風花〜かざはな〜


45

「恭祐っ!これは...」
力也と慶子が遅れて到着し、別荘の中に飛び込んだが、その異様な光景に二人して息を呑んだ。

洋風のつくりである広めのその部屋には恭祐の母苑子の嗚咽だけが漏れ聞こえ、あとは不思議な静けさを残していた。
部屋のほぼ中央で横たわる玄蔵は、白いシャツの腹部を赤く血に染め、青白く怒りを含んだ顔を彼の妻の方に向けていた。少し離れた壁際で、さめざめと泣き崩れて息子に縋り付く女の手からは既にナイフは取り上げられ、恭祐が後ろ手に所持していた。上着を脱いだ恭祐の白いシャツの袖は、苑子の手に付いていた血でべったりと赤い染みを作っているのが、一瞬彼も刺されたのではないかと力也を心配させた。
慶子と力也は、戸惑いながらも、玄蔵の側に座り込んだままのゆき乃の元に駆け寄った。
「ゆ、ゆき乃...っ!?」
間近で見る、彼女のその姿に慶子は一瞬差し出した手を止めた。ゆき乃のその姿は、力也が思わず目を逸らすほど淫靡な行為の痕を残していたからだ。恭祐の上着を着せられてはいても、その下には何一つ身に纏ってはいない。べた付いたように濡れて、何かのこびりついた彼女の黒髪...
その悲惨なその姿に二人は再び言葉を失った。
「見、見ないで...」
ゆき乃は自分自身を恥じ入るように身体を縮こまらせて叫んだ。
自分を抱きしめるその細い手首や、隠しきれずに見える白い足首に赤い痣になった縛られた痕が目立つ。思わず伏せた彼女の長い髪の隙間から見えた口元が、赤く腫れ上がりまるで殴られた痕のようにも見えた。よく見るとそれは両側にあり、猿轡されていたことが見て取れた。
あまりにひどいその姿...
部屋に立ち込める異臭が彼女がされた事の証であった。そんな姿を友人に見られたことはゆき乃にとってもショックで、逃げ出したい衝動に駆られていた。けれども慶子はそんな震えるゆき乃の肩をぎゅっと抱きしめた。すぐさま慶子が汚れると気を使って身体を離そうとしたけれども、慶子も恭祐と同じくゆき乃を離すことはなかった。
『もう大丈夫よ』と何度もその背中を撫でてゆき乃に安心感を与えてくれたのだ。そう、慶子の持つ雰囲気は、厳しいけれども優しい、あの妙とよく似ているのだとゆき乃は感じていた。今までも漠然とそう思っていたけれども、こうやって抱きしめられていると、なおさら強くそう思えたのだ。
ほんの少し落ち着きを戻したゆき乃の耳に、再び恭祐の声が聞こえ、ゆっくりと慶子の胸から顔をあげた。

「母様、亮祐というのは、どなたなのですか?」
恭祐の問いかける言葉に、泣き崩れていたはずの苑子のしゃくり上げがぴたりと止まった。
ゆっくりと上げた顔が一瞬脅えた表情を見せて、恭祐の腕を掴んだまま急にがくがくと震えはじめた。
「し、知りらないわ...そ、そんな人...」
必死で引きつったような笑いを張り付けて、狂女のように焦点の合わないままの視点で恭祐を見た。
「私は悪くないのよ?何もしてないわ、全部お父様が悪いのよっ!ね、わかるでしょ?あなたは私の味方をしてくれるわよね?ねえ、恭祐...」
激しく首を振り、再び恭祐に縋りついた。
「母様っ...」
哀れな女なのだろうか?それとも愚かな女なのか...縋るその女にどう対処すればいいのか、恭祐は自分の手を宙に浮かせたまま思い悩んでいた。
苑子は虚ろな視線のまま、恭祐でなく、どこか遠いところを見て話し始めた。
「だってね、志乃志乃って!宮乃原に嫁いできてから、何度も聞かされたのよっ!!庭師や下働きの者までもが『志乃は綺麗だった』だの『志乃は優しかった』って...宮乃原が若いときからご執心だったことまで聞かされたわ。だから、悔しくて...実家の力を借りて行き先を探し出して、二度とこの館に顔を出せないような目に遭わせてやったのよ!」
「そ、苑子、おまえ...志乃に、あ、会っていたのか...?」
志乃の名を聞いた玄蔵は傷ついたその身体を起こして声を振り絞った。倒れそうなほど弱りきったその身体を不本意ながらも側にいた力也が手を貸していた。
「そうよ、あなたの大事な志乃を滅茶苦茶にしてやったわ!あたしの目の前で何人もの男達に犯されて、泣いて約束したわよ?『二度と館には近づきません、玄蔵様にもお逢いしません』とね。だから、私もいってやったのよ、『このお腹の中には宮之原の跡取りがいるのだから、二度と顔を見せないで、主人を誘惑しないで!』ってね。それからしばらくして本当に妊娠してることに気がついて安心していたら...私がお産で実家に戻ってる間にあの女はまた夫を誘惑したんだわ!ああ、いやらしい女っ、あの身体で男をずっとたぶらかし続けていたのよ。知らない男に好きにされてひいひい喘いでるような女がっ、汚らしい!どこがいいのよっ、あんな女!」
憎々しげな口調と対照的に口元をつり上げて笑い顔で語られる十数年前の事実に皆唖然としていた。語るうちに嫉妬と怒りに燃えた女の表情は変化していく。あの女と口にしたときの鬼のような形相、長年この女の中に蓄積された憎しみは、すべてゆき乃の母に向けられていたものだったのだろうか?
だが、この話を聞いたゆき乃も、恭祐も、力也も、鈴音のことを思い浮かべていた。残酷なそのやり方を彼女に教えたのは、もしかすればこの女だったのかも知れない。
「志乃に...そんなことをっ!」
震える声を振り絞ってそう声に出したのは玄蔵だった。身体を起こしたがために、その傷口からは再び血が大量にあふれ出している。かなりの出血に顔は色を無くし、脂汗が玉のように浮いていた。
「そうよ?あなたは...何度も通ってらしたようね。しばらくしてから、そのことに気がついて急いで訪ねたわ。でももう既にそこに志乃は居なかった。その後はいくら探しても見つからなかった...あなたもようやく執着を捨てて、子供を可愛がってくれると思ったわ...少しは家族らしいことをしてくださるんじゃないかと...だけど、前とちっとも変わらない。あたし達のことを無視し続けて...それだけでも許せないのに、まさか、志乃が子供を産んでいたなんてっ!それも、宮之原の子ですって?どこの男の子供かわかったものじゃないのに...あなたは見つけたらさっさと引き取ってきたわ。誰にも興味を示さなかったくせに...女なんか使い捨てのように手を出して飽きたら捨てるを繰り返してきたあなたがそんなまねをするなんて!だから、この館にゆき乃を連れて来たときから気に入らなかったわ。そう、ゆき乃は志乃に生き写しで、あなたは辛く当たってるようでも、ゆき乃を見る目が違ってたんですもの...成長すればするほどその目つきはまるで志乃を見るようだったのに気がついていまして?ああ、おぞましい...自分の子かもしれないのに、なんて目で見るのかと、何度もいってやりたかったわ!!」
苦々しげな恭祐の表情はこんな時だけすり寄ってくる母を拒絶していた。
母を支えるその腕を放してしまいたかった。
母との優しい思い出など無い、出来の良いペットのようにサロンで見せびらかし、甘えたいと思ったときにはその手を払われた。まともに向き合ってくれるのは公の場だけで、不意に置き去りにされては寂しい思いを何度も味わった。そんな母への思慕の念などとうに無くなっている。
ゆき乃を拒否する母の存在が、味方ではなく敵だと思うようになったのはいつの頃だっただろう?恭祐の中で、ゆき乃が守るべき存在になった時から、全てが彼女中心に回り始めていたのだ。
恭祐はもうこれ以上、この女の醜い戯れ言を聞いていたくはなかった。なのに彼女の言葉は堰を切ったかのように溢れ止まらなかった。
だが、その時初めて母の視線がまともに恭祐に向けられた。
「けれども...夫だけでなく、息子までもが、いくら言っても聞かずにゆき乃を可愛がって...それを咎めた時のあなたの顔を今でも覚えてるわ...まるで、悪女でも見るような目で私をみたわ。確かに私は良い、母親ではなかったわ。でもね、あなたを見てるのが辛くて、ずっと責められてる気がしてたのよ!ずっと、生まれたときから...あまりにも似すぎているから、あの人に...」
「あの人...?」
そう、あの人と言ったあと再びまたその目は宙を見つめた。
「優しい人だったわ。私の従兄弟で家庭教師をしていた人だったの。夫が冷たくて酷いと言ったら、『僕ならあなたを幸せにするのに』って。私のためなら何でもすると言ってくれたのよ?何度も何度も、そう囁いて...だけど、たいした男じゃなかったわ。助けてって言っても何が出来るわけでもない。財産も何もない、優しいだけの男よ。父に取り入って就職させてもらうくらいしかできなくて、肝心な時には居なくなってしまって、なにも相談出来なかった...」
恭祐は夢の中で話しているかのような母にそっと聞いた。
「その人が僕の本当の父親ですか?」
「ああ、わからないの...でも気性も、顔立ちもあなたにそっくりなのよ?母方の従兄弟だったから私ともよく似ていて、涼しげな目元をしていたのよ。男のくせにあたしよりも綺麗な顔をしていて...あっ!」
そこまでつらつらと言葉を並べていた苑子が真っ青な顔をして口を閉じた。ようやく自分が口にした言葉の真実に気がついたのだ。
「それほど僕に似ているのですか?その人が僕の本当の父親かもしれないんですね!?」
強い語調で母親を攻め立てるように聞き返す恭祐だった。なぜならその言葉はそのまま恭祐が玄蔵の子でない可能性を示している。聞き逃すわけにはいかない大事な言葉だった。闇の中の一筋の光のように見えた。
それはきっと、ゆき乃も同じ。
恭祐は今まで、あまりにも母だけに酷似した自分の姿形は、たまたま宗方の血だけが色濃く出ているのだと思っていた。まさか、父の子ではないかもしれないなどと思いもしなかった。
幼い頃に知れば全てを覆すほどの恐ろしい事実も、今の恭祐にとっては甘美なものでしかなかった。

「橘、亮祐か...」
玄蔵も結婚式の前後に2度ほど、その男の顔を見た覚えがあった。従兄弟だと名乗った男は確かに、言われてみれば今の恭祐によく似た優顔で、儚げなその美貌は女性からすればまるでお伽の国の王子様のようであっただろう。頭がよいので苑子の母方の実家から宗方の家に世話になり、大学まで行かせてもらったあと、宗方の事業の手伝いをしていたはずだが、どこに所属しているのか、名前も顔も見たことがなかった。優しげな風貌はそのまま気の弱さをうつしていたし、影の薄いその存在は表に出るような仕事には向かなかったのかも知れない。
そう、本当に影の薄い男で、恭祐ほどの芯の強さも意志の強さも見あたらなかった。恭祐の頭の良さも、判断力の的確さも、行動力も全て自分の遺伝子だと思っていた。だが、最初から子供に対する愛情や保護欲はあまり湧いてこず、その事実に玄蔵自身そんなものだろうと今まで思っていた。最も別段好きでも何でもない女が産んだ子供など、どうでも良かったといばそれまでだった。執着したのは志乃の子、ゆき乃にだけだった。だが、宮之原にふさわしい教育を施して、跡に据えることが出来るほどの秀でた頭脳と才能を持ち合わせた息子の存在に玄蔵は満足していた。だが、ゆき乃に構い、時折見せる自分への反抗的な視線には苛立ちすら覚えていたのは確かである。それはゆき乃を挟んでの嫉妬心だとわかれば理解出来る。自分の中にあった感情にようやく納得した玄蔵であった。

「亮祐、その人が僕の父親なら、僕は宮之原とは何の血の繋がりもない。だったら、僕でなく、ゆき乃が宮之原を継ぐべきでしょう?」
「だめよっ!あの女の血なんか入れさせない!!あなたが宮之原の全てを継ぐのよ!ゆき乃なんかに渡してたまるもんですかっ!」
再び激しい感情を爆発させる苑子だった。
「母様...あなたはそれを恐れていたのですか?だからゆき乃をあんなに嫌って...」
「ゆき乃なんかに...志乃の子に何一つ渡してたまるものですか...ゆき乃は折原にくれてやるといったくせに、また執着して...許せない...だから、ダメよ、恭祐、あなたも鈴音さんをお嫁に迎えるのよ?あの女の血が入るなんて許さないっ!あなたがゆき乃と愛し合うなんてもっと許せないわっ!あの女の血を入れるなんて、絶対にいやよっ!」
再び泣き崩れる母の背に恭祐は憐悲の目を向けた。
ゆき乃の母を憎むその感情の裏にある真実にこの女は気がつかないのだろうか?プライドを潰されたと言っても、既にその報復はしているはずで、ゆき乃を恐れるのはその母の事だけでなく、その血を恐れたからか...
手に入らなかったからなのか、それとも相手にされなかったからなのか、憎しみにすり替えられた恋慕の思いにこの女が気付くことはあるのだろうか?手に入れた王子様の思いも、一時の慰めにしかならなかったほど、その過ちの落とした影に何十年怯え続けてきた事実。
それは苑子の玄蔵への屈折した想いの成れの果てではなかったのだろうか?無くしたくなかった宮之原という地位のもたらす贅沢な生活、財産、名声。そして手に入れようとした妻の座、本当の幸せ。
最後にその想いが憎悪に代わり、憎んできた対象のゆき乃でなく、玄蔵に向かったのはなぜだろうか?
おそらく母にもわからないだろう。
「許さない、絶対許さない...」
ぶつぶつと聞こえる苑子のつぶやき。恭祐はそんな母親を支えることは出来なかった。彼女が志乃にした仕打ちを考えると、今すぐにでもゆき乃の側に戻り、母のしでかしたことを謝りたかった。恭祐がゆき乃に視線を向けると、慶子に支えられた彼女がじっと自分を見つめていた。その目は恭祐を求めるものだと、確信できた。
先ほどのことが真実で、血の繋がりが無かったとしても、それを証明する手だては現在存在しない。医学が発達したずっと先の事だろう。
何が必要だろう?いや、何を躊躇うことがあったのだろう?
二人の気持ちはとうに結ばれていて、想いは同じだったのだから...
視線が絡み、恭祐の身体がゆき乃に向かおうとしたその瞬間、恭祐の手から再びナイフが奪い取られた。
「母様っ!!」
「ゆき乃、許さない...私の息子と、恭祐となんて、一緒にはさせない...」
ゆき乃に向かう母を止めようと身体を動かしたが、あまりに早いその動きに恭祐の手は空を切った。母の背中でゆき乃が見えなくなる。
「ゆき乃っ!」
駆け寄る先に見えたのはゆき乃を庇うように抱きしめた慶子と、苑子の腕を掴んだ力也の姿だった。
「馬鹿な真似を...生まれが何だ、誰の子だなんて関係ないだろう?あんた母親だろう?自分勝手なことばっかり言ってんじゃねえよ!!」
恭祐も急ぎその手からナイフを取り上げると、はっきりとした口調で告げた。
「たとえ母親でも、父親でも、誰であろうと僕のゆき乃を傷つけるのは許さない。ゆき乃が誰の子でも、僕の父親がだれであろうと、もう関係ないんだ、そんなこと...」
「恭祐様...」
慶子が緩めた腕の中からゆき乃を引き寄せる。
「どんな過去も、どんな事実も、もういらない。今回のことでよくわかりましたよ、僕にはゆき乃がいればそれでいい。誰にももう邪魔はさせない。」
射るような視線は父親にも向けられていた。いくら志乃を疑っていたとしても、ゆき乃にしたことを許すつもりは恭祐にはなかった。たとえ、ゆき乃が許したとても、人として、親としてして彼女にしてきたことに対する憤りは消そうにも消せやしない。
「恭祐ぇ...私は悪くないわ、何もしてない...」
涙で訴える母の姿に恭祐は目を伏せた。
「そう、だな...すべては、わたしが、撒いた種か...」
「何が正しいかなんて誰にもわからない。だけど、父さんはどんな形であれ、志乃さんを一人の女性として愛した。妹だったとわかったとしても、兄妹として共に育ったわけでもなく、男と女として出会ってしまったのなら、どんな過ちがあったとしても、どう想い合ったかが大切だったのでしょう?あなたはその愛し方を間違えた。志乃さんもきちんと伝えることをしなかった。そして、夢ばかり見ている母様を苦しめた。その歪みが再び志乃さんやゆき乃を苦しめたんだ。ぼくは、たった一つの真実を曲げない。だれがどう言ったとしても、ずっと愛してきたのはゆき乃だ。何よりも大切で、誰よりも幸せにしたい。そして、僕が幸せになれる。」
「恭祐...おまえは、そうか、私にたった一つ無かったものを言うとすれば、志乃の気持ちだ。アレが私をどう思っていたのか、最後まで聞けなかった...」
力のない声がそう答えた。
「母は...お館様を思っていたのではないでしょうか?」
「ゆき乃?」
「思っていたから何も言えなかった。憎むことも思うことも出来ず、伝えることもせず、ただ出来たのは身体を許すことだけだった。血の繋がりを考えると一番罪の重いその方法を選んだのが母の答えだったと思います。そして、黙ってあたしを産んだことでそれを証明したんです。」
「そうだと、嬉しいがな...大事なものなど何もない私に、もっと早くそれがわかっていれば又違った人生が歩めたかもしれん。それなりに、苑子のことも思いやってやれたかもしれんな。」
儚い、玄蔵らしくない微笑みを、生まれて初めて恭祐とゆき乃に見せた。その微笑みを見たことがあるのは、今はもう亡き志乃しか居なかったことを、彼自身もしらない。


「医者を連れてきました!先ほどの友人の父親ですので安心してください。」
沈黙を破るかのように部屋に戻った野本の後ろには、初老の白衣の男があった。急ぎ止血の応急手当をし、すぐさま施設の整った病院を手配するように言った。
「それならうちの系列の病院へどうぞ。」
数人の屈強な男を連れて部屋に入ってきたのは新崎その人だった。
「新崎さん...」
「先生、うちの車の中にも多少の道具が入っています。そのまま宮之原氏を連れて行けますか?」
「今動かすのはあまり良くないが、輸血せねばならん...血液型を調べて、そこの丈夫そうな方々から輸血しながらなら、なんとかもつかもしれない。」
「その道具なら確か積んでありますよ。荒っぽいことが多いのでね。それに宮之原や藤沢に恩が売れる機会なんて滅多にありませんからね。いくらでも、血の気の多いヤツから取ってやってください。」
笑いながらそう言って若い者達に指図すると、どこからか畳一枚分の板を運んできて玄蔵をそこにのせて連れていった。野本がそれに付き添う。
「すみません、又お世話をおかけしました。」
近づいてくる新崎に礼を取るために恭祐は立ち上がった。力也も苑子の腕を捕らえたまま、慶子をともなって恭祐の隣に立った。
「うちの病院なら、警察も誤魔化せますのでご安心ください。それなりの治療費がいただければそれで結構です。そちらの奥様も治療が必要ならお引き受け致しますよ?」
「母を、ですか?」
「精神科医に診せなければならないでしょうね。心の均整を失った女性は少し時間がかかるでしょうが...別の車でお送りしますよ。おい、」
後ろ手に呼ぶとすぐさま数人の男達が苑子を羽交い締めにした。
「いやよぉ、何するの!!」
「おば様、落ち着いて、私が一緒に行きますから。」
慶子がすっと苑子の手を取った。
「あなたが?」
「はい、一緒なら大丈夫でしょう?」
「そうね、一緒なら大丈夫、ね。」
落ち着いた笑顔に安心したのか、苑子はすんなりと連れられていった。
「場所はこちらです。」
新崎が簡単に説明した病院への道のりを恭祐と力也は頭に入れた。
「では、恭祐さんはゆっくりなさると良い。そちらのお嬢さんの傷の方が大きそうですのでね。」
新崎の言葉に少し驚いたが、恭祐は再び感謝の意味を込めて頭を下げた。
「綾女さんにもよろしくお伝えください。」
「いや、既にこの件は私が興味半分で動かせてもらってる。礼には及ばないし、いずれそれなりの見返りを期待しているので。」
「それは怖いですね。」
言葉とは反対に、笑い合う新崎の中に策略らしいモノは見えなかった。
「私も嫡子ではありませんからね、わかるんですよ、何となくね。」
「なんとなく、ですか...」
綾女は正妻の娘だったはずだ。ではこの男は異母兄なのだろうか?
「恭祐様!」
再び野本が戻ってきて何事かを恭祐の耳に囁いたあと、玄蔵に付き添うので安心してくれと伝えた。
「鈴音さんは?」
「彼女が付き添っています。新崎さんの連れてきた人って、強面の人が多いでしょう?折原のお嬢さん怖がって、うちの彼女から離れないんですよ。」
ちらりと新崎を見る野本は度胸が良い。
「ああ、すみませんね。けれども、あの折原の娘さんにはちょっとお仕置きが必要でしょう?折原の方にもキツイ口止めがいるようですからね。あちらも痛い腹は探られたくないだろうから、これ以上顔を突っ込んでこないように、それなりのオトシマエはきっちり付けさせましょう。 まあ、この後の処理もお任せください。では、いったん引きますので。」
新崎のニッコリと笑うその笑顔は薄ら寒いモノがあったが、そんな彼と軽口を叩きながら去っていく野本の処理能力がこれほど高いとは恭祐も思ってはいなかった。
「じゃあ、俺も慶子が心配だから外見てくるな。」
ぽんと、恭祐の肩を叩いて、力也も出て行った。

部屋に残されたのは、恭祐とゆき乃の二人だけだった。

      

ようやくハッピーエンドの兆し?
46話は間違いなくハートマーク付きですw
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