風花〜かざはな〜

37
〜恭祐・回想6〜

ゆき乃の居る生活。
幼い頃から側に居てくれていると今まで思っていたけれども、こうやって確かな形で側 にいるのを温もりで実感できる。腕の中で眠るゆき乃の柔らかさに溶けそうになる。心も体も……いっそ解け合えればいいのにと切実に願う。
それだけは叶えてはいけない望み。
ゆき乃もそれはわかっている。同じ血を持つ者同士、身体で愛し合う好意は禁忌なのだ。だけど、だからこそ触れあっていたかった。こうやって、ずっと……

僕は、大学でゆき乃を身内の者として扱った。そうすることによって父の目的を果たし 、自分の庇護の中に置いておきたかったから。
何度も聞かれる。『どういう関係なのか?』と。そして男性からは『是非紹介を』と。宮之原の血縁者に近づきたいと考える者は多い。ゆき乃を利用しようとしてるのは間違いない。それに彼らの興味を引くには十分すぎるゆき乃の容姿。そのあからさまな視線は僕を不愉快にさせるほどだった。
宮之原の子息は僕だけだったので、今まで娘を持つ親たちがこぞって僕に近づき縁作ろうとしているのはわかっていた。娘を娶せようと躍起になって機会を作るのだ。お茶会やパーティの誘い、中には友人に呼び出されていった先がその妹との引き合わせる場だったりしたこともあった。それが、今度はゆき乃という存在を知り、息子を持つ親がと言うよりも、すでに男達がゆき乃に目を付けているのだ。
誰にも渡すつもりが無い。だからこそ、僕がゆき乃にふさわしい男を見分ける振りをして排除していく。
正直ふさわしいのは今のところ力也ぐらいしか居ないのだけれど……

       藤沢力也、奴も不思議な男だった。
あれほど敵対視していたのに、今ではもう何年来の親友のように付き合っている。
信用できる男、裏切らない男。それが力也だった。
僕の気持ちも、ゆき乃の気持ちも知っていて、あえて何も言わない。そして手も出してこない。僕は力也に感謝してもしたり無いのではないだろうか?無理矢理にでもゆき乃を奪うことも出来たのに、それをしなかった。きっと力也の気持ちは本気なのだ。それも僕と変わらないほど……長く思ってる分、ゆき乃の気持ちが僕に向かっていたから、敢えて思いとどまってくれている。言うなれば、僕が少しでも気を抜けば、ゆき乃の気持ちが変われば、いつでも攫っていくぞと言う宣戦布告状態のままというわけだ。
けれども最終的に選ぶのはゆき乃だ。彼女を苦しめないためには、この手を離してやればいいのに、楽な方に背中を押してやればいいのに、僕がゆき乃を拒否すればすむことなのに、それすらも出来ないままでいる。
だけど、これが僕の出した答え。
ゆき乃がその手を僕の方に伸ばしてくる限りは受け止める。そして優しく抱きしめてやるのだ。兄として、家族として、そして男として……
ゆき乃にはもう僕しか居ないのだから、ゆき乃がこの手を離すまでずっと側にいよう。
果たしてその時、僕は壊れずにすむだろうか?
僕こそがその手を離せずにいるというのに……

ゆき乃は自分の部屋に易々と父が入り込むのを恐れていた。それが父がした行為によることだと聞き、当惑した。あんな酷いことを……性的奉仕をさせられていた事実を聞き、僕は驚きと共に父への憎悪を感じた。父が昔思いを抱いていたと噂されるゆき乃の母の面影を見ているのだろうか?だが、娘かもしれない彼女にした仕打ちは許せない。本当に娘だと思えばそんなマネはさせたりしないはずだ。僕ですら、愛しあっていても、そんな行為、させられないというのに……
父にはゆき乃の父親でいる資格はないと思った。
関わらせたくない。
なのに父が見せるあの執着は何なのだ?僕に出来るのは、出来うる限り父との距離を作ってやることだった。

ゆき乃は僕が帰るといつも部屋で料理を用意して待っていてくれた。
そう、僕が欲しくてしょうがなかった小さな家庭がそこにあった。両親に愛された記憶の薄い僕が望んだ暖かくって愛情に溢れた小さな世界。それを護る為ならば何でも出来た。
ゆき乃の身の回りの物を揃えて部屋に居させた。父が揃えた物をゆき乃の身に纏わせるのすら嫌だった。

僕だけのゆき乃。

何度抱きしめても足りない。髪に頬に口付けても満足できない。
男である自分の存在が疎ましかった。なぜにこうもゆき乃の身体を欲しがってしまうんだろう?若い自分の身体は時々抑制が効かなくなる。
ゆき乃を抱きしめて眠っていると、その甘やかな香りに誘われ、柔らかな身体に這わせる指が求めはじめる。意識すればするほど下半身に熱が集まっていく。
その度に固まるゆき乃の身体。
まだ男をしらないゆき乃にとってその行為はまだ恐ろしいものでしかないのだろう。以前乱暴されそうになってからも怖がっていた。受験の前のあの夜も、ゆき乃が怖がるのを見て、抑制した。無理矢理にしたくなかったから。
今思うとそれが良かったのか悪かったのか……悔いることなく今の形で満足すればいいものを。
彼女が上京してきた時、熱にうなされたままこの手に抱いてしまった。その勢いで毎夜抱いてしまいたいなどと愚かなことも考える。
「ごめん、シャワー浴びてくるよ」
その意味を彼女は知っているのだろう。寂しげな目で僕を見送る。
「うっ……くっ、ゆき乃っ!」
高ぶった思いを冷たいシャワーで冷やしても収まりがつかない。そのときは、そのまま自分の手で欲望を吐き出していた。
虚しい行為だった。
妄想の中で抱いているのはいつだってゆき乃だ。他の女の顔なんて出てきもしない。
だけど、女の中の温もりだけは、リアルに今まで抱いた女の感触で蘇ってくる。それがゆき乃であればと何度も、何度も妄想の中で犯して、そのせいで後ろめたくなり、シャワーの後はソファで眠ったり客間に逃げたこともある。
翌朝、気まずい雰囲気と、少し赤くなったゆき乃の目元を見て、僕は又彼女を引き寄せずには居られなくなる。

離れられないんだ。
もう、心も体も悲鳴を上げている。
いつまで、いや、一生続けるのか?
それでも構わなかった。ゆき乃が他の男のものになるよりは……


「だから、ココは大丈夫だって俺が言ってるんだ!」
力也が尋ねてきていた。相変わらず強気なヤツだった。
「しかし、この会社の屋台骨は意外ともろいぞ?バックボーンもなしにアイデアだけでどこまでやっていけるか……」
どちらかというと安全策をとる僕と力也の意見は、最初は違えどもいつしか歩み寄りを見せていく。二人の目的が同じだから。お互いの考えを尊重しているから。
「俺らがそのバックボーンになってやればいいだろう?これからのびるのはこういったアイデアとやる気のある若い会社だ!」
「信用という言葉は一日二日で作れるものじゃない。それなりに歴史も必要だ」
「ったくあいかわらず堅いな……だけどっ!」
「わかった。じゃあ、力也、オマエを信じよう。それならうちも30%の出資を飲むよ」
「ほんとか?じゃあ、うちも30%、あとはあいつらも自力で出すって言ってるからなんとかなるよ」
にやっと笑ってみせる。頼もしい男だ。
「夕食の準備ができましたよ。おふたりとも、冷めないうちにどうぞ」
ゆき乃が呼びに来ると力也の表情が軟らかくなる。僕もそうだと力也に言われたが……
「やったね、久しぶりのゆき乃の作った物が食べられるよ!ったく、ホテルのメシって不味いんだよなぁ。オレの口には合わないんだ。恭祐はイイよな、毎日食べられてよぉ。 あ、これ、おかわりあるか?」
信じられないくらい大食漢の力也にゆき乃が目を見張る。僕はそんなに食べない方だと いうのは力也を見て思ったことだ。いや、ちゃんと普通に食べているのだが。

「ゆき乃は男と住んでてもあんまり変わらねえな。綺麗になったけど、まだまだ硬いなぁ。恭祐に可愛がってもらってないのか?」
「え……っと、何をですか?」
食後のコーヒーを飲んでいる時に不意に力也がゆき乃に鎌をかけ始めた。きょとんとしたゆき乃の表情に力也が意地悪い表情を作る。
「ふうん、恭祐の奴、まだ手出してないのか?信じられねえ……いくら異母兄妹でも、こうやって同じ屋根の下で一緒にいて抱き合って眠るだけってか?俺なら1時間も耐 えらんねえぞ?なんなら、ゆき乃、今晩試してみるか?」
「おい……力也っ!」
ゆき乃を引き寄せる仕草に驚いて奪い返す。やはり嫌なのだ。たとえ力也にも触れさせたくない。
「あはは、冗談だよ。ったく、オマエらには……負けるよ」
力也は異母兄妹であっても、好き同志ならさっさと抱いてしまえと言う。
そうできればどんなにかこの身体が楽になるだろうか?だけど、心はもっと苦しくなる。罪悪感でゆき乃の心が潰れてしまうのが何よりも怖かった。

そのまま泊まっていく力也と飲み明かして朝を迎える。
ヤツが居るときには同じ部屋に入ったりはしない。それがケジメだと思っている。
だけど、今夜ゆき乃が見せた表情。僕とヤツに分け隔て無く注がれる微笑み。
僕の自信なんて取るに足らない脆いもの。いつだってゆき乃を攫われる不安と闘っているんだ。信用していても最大のライバルである藤沢力也が必ず二人の間に存在する。
笑い合う胸の奥で、無条件にゆき乃を抱くことの出来る身体を持っている、ヤツが羨ましかった。
「なあ、恭祐。本当に今のままでいいのか?」
深夜、互いに酒量は増えていき、仕事の話がとぎれたその時、力也は不意にそのことを口にした。
「ああ……」
「おまえも、ゆき乃も辛そうに見えるぞ。互いに想い合う気持ちは既に兄妹の域を越えているんだ、オレはもう何も言わん。たとえ血が繋がっていても、禁威であっても、おまえ達はもう離れられない、そうわかっているくせに……何をためらっているんだ?」
酔った勢いなのだろう、いつもより語気が荒く、向こうに見える目は据わっている。
「俺たち男は……惚れてない女でも欲望だけで抱けてしまう。それは本能といえるかも知れないが、今まで散々その欲望の捌け口に女を使ってきただろう?だけど……僕はその対象にゆき乃をしたくなかった。それは昔からだった。そりゃ、ゆき乃が女に見え始めた頃、僕の身体も反応をはじめたよ。夢の中に出てくるゆき乃は艶めかしくて、一糸まとっていなかったりして……そんなときだったかな、高等部に上がるとすぐに上級生の先輩に誘われて、初めて女と寝たんだ。いろいろと教えてくれるいい女だったよ。だけど、いくら抱いても、又夢の中でゆき乃と入れ替わってしまう。今度はリアルな感触付でだ……あとは、おまえも覚えがあるだろう?一度知ってしまった快感は捨てがたくて、飽きるほど女を抱いて、それでも解消できなくて……その先輩とは卒業を切っ掛けに別れたよ。むこうも割り切っていたから楽だったけど、その後は、もう……ゆき乃を見ているだけでも苦しかった。そんな対象にしたくないのに、あんな奴らに汚されかけて……おまえが居なかったら、今時分ゆき乃はもっと深く傷付いていただろう。自分のモノにしてしまおうと思った。ゆき乃が怖がらなければ、いつか、と。今までだって何度も抱こうとしたさ。だけど、もし本当に抱いてしまったら、禁威の罪を犯した罪悪感でゆき乃がもっと苦しむのではないのかと……」
「ゆき乃はおまえを求めていないとでも言うのか?」
「…………」
「ゆき乃をなんどもその腕で抱こうとしたんだろう??少しは味わったんだろう?だから今苦悩している。違うか?」
「力也……」
「まだ血の繋がりが明らかでないときに……そうだろう?ゆき乃の心も体もおまえを求めている。見ていて、それはわかってるはずだ。ゆき乃の視線も、仕草も、すべてが知らず知らずにおまえを求めておまえを誘っているんだ。それに気がついているから、尚更苦しいんだろう?だったら、抱いてしまえよ!見ているこっちも辛くなる!!オレだって、ゆき乃が好きだ。護ってやりたい。この手で愛してやりたい。けれども彼女が求めるのがおまえしか居ないのだったら、オレは二人を護ってみせる。たとえ兄妹で愛し合っていてもだ!!そして……もし、ゆき乃を泣かせるようなら、その時はオレが……ゆき乃を離さない。いつまでもそんなんじゃ、オレが諦めきれねーんだよ!!」
「力也っ、」
本気だった。ヤツは本気で僕たちを認めているのだ。

認められないのは僕なのか?それとも……


翌朝、軽い眠りから覚めた僕は、アルコールの残ったけだるい身体をシャワーで引き締めて台所へ向かった。
珈琲の香りが廊下にまで漂ってきて、霞んだ脳を覚ましていく。
頭の中には昨夜の会話が色濃く残って、そのときの言葉が今でも僕を支配しているようだった。
「おはようございます。コーヒー煎ってますよ。飲まれますか?」
僕は濡れた前髪をタオルで拭きながら、シャツを羽織っただけのラフな恰好でキッチンに入った。台所ではエプロン姿のゆき乃が甲斐甲斐しく動き回っていた。ボイラーの音でどちらかが目覚めたことを悟った彼女は、すぐさま珈琲を用意したのだろう。
「ああ、貰うよ。力也は、まだ起きそうにないな……」
もし先に目覚めたのが力也だったら……朝の挨拶を優しい笑顔で迎えられて至福の時を過ごすのはヤツだったのか?ゆき乃の朝食を準備する後ろ姿は、邪魔にならないようまとめた髪の後れ毛が、朝の光に透けて華奢な首筋が誘うようだった。
その姿に、思わず近寄り抱きしめてしまう、自分の我慢のなさに呆れる。腕の中では軽く抗った後すぐさま身体を預けてくるゆき乃の柔らかい抱き心地をゆっくり味わう。
「昨日はゆき乃が腕の中に居なかったので寂しかったよ」
自分のモノだと、ゆき乃の髪にそっとキスを落とす。
これは独占欲。離したくない。
「少し飲み過ぎたよ……」
「そのようですね。力也くんが来るといつもですわ」
そう、力也がいるのに、僕は……だけど煽ったのもアイツだと、今更言い訳してみる。
「ああ……アイツは信用できるやつだ。ゆき乃を守るという目的では絶対に道を違えない。だけど……力也となら、ゆき乃はもっと楽になれるのにな。アイツにならゆき乃を任せられる。おまえがその気になったらいつでもアイツの所に行けばいい……」
「何を……急に?恭祐様?」
そう、ずっと思ってきた。だけどそれは机上の理論でしかなかった。目の前にして、渡せないこの執着心。諦めきれるようなものではない。
ぎゅうっと、ゆき乃をキツく抱きしめるその身体が暴走をはじめる。
「誰にも渡したくない……だけど、もしゆき乃がその方がいいなら、力也になら……」
「そんなこと、言わないでください……わたしは今のままで十分幸せです。だから……」
聞きたい、ゆき乃が僕を求めてくれる気持ちを……
「このまま……そうだね、ゆき乃の心は僕のモノなのにね。けれども時々気が狂いそうになるんだ。思いと裏腹に暴走しそうになる。もし、ゆき乃が力也を受け入れたらなんて考えると、身体が暴走してしまうんだ」
ゆき乃の背中に熱く猛った、モノを押しつける。
驚くゆき乃を無視して抱きしめ続ける。そうだろう、朝から、それも力也が同じ部屋に居るときにこんなことしたこともない。
「え……?」
だけどこんなにも愚かに男である自分。昨夜の力也の言葉が僕に拍車をかける。『抱いてしまえ』
「力也を飲み潰してしまっても、不安でしょうがないんだ。もし、力也がゆき乃の部屋に行ってゆき乃を抱いてしまえば、ゆき乃はそのまま力也のモノになってしまわないだろうかと。けれども、ゆき乃も僕と同じこんな思いしているのだったら……力也の言う通りいっそのこと、その方が何もかも上手く回ると考えたりもするんだよ」
「まさか、そんなこと……力也くんはしたりしないわ」
「ああ、アイツは信用できる奴だよ。だけど、力也は今でもゆき乃を思っている」
そう、何度か冗談交じりで言われたその言葉。昨日は真剣に言われてしまった。『もし、ゆき乃を泣かせるようなら、その時はオレが……ゆき乃を離さない。』と……そう告げた力也の強い眼差し。
「力也くんがそう言ったの?」
「ああ、アイツも昨日はかなり飲んだからな。なぜ、抱かないのかと言われたよ。愛しているなら、たとえ血が繋がっていても抱いてしまえと。でないと……『オレも諦めきれない』と」
「そんな……」
「僕だって、血の繋がりさえなければ……」
そうさ、血の繋がりなんか無ければ、きっともう何度も抱いているだろう。側にいれば毎夜、毎朝、一晩中抱き続けて、彼女を壊すほど抱いて、繋がって、貫いて、同じ高みを目指して何度も昇り詰めただろう。
もう止まらない。僕のなけなしの理性は、昨夜からあの言葉でどこかに行ってしまっていた。
「恭祐様……っあ……」
ゆき乃に回した手をそっと身体に這わせていく。頬を這わせた指先を首筋から鎖骨へ降ろしていくだけで震えるゆき乃の身体。ブラウスの下から脇腹を撫で上げ、そのまま這い上がり下着の上から胸の膨らみに触れた。反対の手は膝丈のスカートの裾を持ち上げて、太股の外側を何度撫でつけ、内ももへ向かっていく。
ゆき乃の身体は、拒否してはいない。喜んでくれているのなら、ならば……
「あっ……んっ……きょ、恭祐様……」
「いっそのこと、力也が言うように抱いてしまいたい……だけど、そうすれば身体は楽になっても、心はもっと辛くならないだろうか?」
「力也くんが、居間にいるのに……んんっ」
胸の先を見つけた指でそこを押さえ、下着の上からつまみ上げると、それとわかるほど硬くなった蕾が見つかる。脚の付け根に達した指先はそれ以上進ませず、下着の上から敏感な部分だけを擦る。それにあわせて甘い声がゆき乃から漏れる。
甘い声、だけどゆき乃の表情はわずかに曇る。『ソコハフレテハイケナイ』場所だから……だけど、
「居なかったら、今時分ゆき乃を押し倒して……抱いてるよ……」
「ああ……恭祐様っ!」
ゆき乃が溜まらずに身を捩って、僕の硬くなった欲望に無意識に擦りつけてくる。欲しくて溜まらない。だけど……ゆき乃には伝わってないのだろうか?
「必死で我慢しているのに、僕はそんなにも平然としているように見える?力也に、あんな風に言われて、僕の箍は飛んでしまいそうだったんだ。誰かが許してくれるなら、 いっそのことって、そう思ってしまうほど、僕は……」
指先も身体も覚えている。
ゆき乃の感じる部分、触れると震えてしまうところ、優しく擦ると、身体の中から蜜を溢れさせる場所。
このまま、そう思った瞬間、バタンと、バスルームのドアが閉まる音が聞こえた。
その瞬間ゆき乃の身体は完全に固まった。
その後続いてボイラーの音が響く。力也がシャワーを浴びはじめたのだろう。
ゆき乃の肩はわずかに震えていた。やはり、禁威を犯すのはゆき乃には荷が重いのだろう。
僕は手を戻してもう一度強くゆき乃を抱きしめた。これ以上はゆき乃も求めていないはずだ。
「しばらく、戻らないよ」
「え?」
ちょうどいい機会だった。しばらくは仕事で海外へ行かなければならない。今回の力也の来訪は、現地の人間には輸入するワインの銘柄の選択を任せられないから、一緒に同行してくれと頼みに来たのだ。
その間は、こんなに苦しい思いをしなくて済むのだ。おそらく、それとも……
「しばらく離れて頭と身体を冷やしてくるよ」
僕はそう言い残して旅立った。



「恭祐?どうした、疲れたか?今回は済まなかったな、付き合わせてしまって」
「いや、少し考え事をしていただけだから、大丈夫だよ。僕にもいい経験になったしね」
現地でのワインの買い付けが終わった夜、食事の最中に黙り込んでしまった僕を心配して力也が声をかけてきた。
「ゆき乃のことか?心配なんだな……やはり明日、帰るのか?」
「ああ、離れてるとやはり心配でね。ゆき乃の友人達に頼んでは来ているけれども」
「あの個性的なおねーさん方のことか?なかなか普通に喰えない女達だよな、ゆき乃の友達ってさ」
「まあね、しっかりした考えのお嬢さん方ばかりだよ。ゆき乃のことをなんの色眼鏡もなく、本当によく付き合ってくれている」
「普通ならあの3人は寄らないよな。ゆき乃を挟んでつうか、構ってほどよく馴染んでるって感じだな。ゆき乃も今まで普通に友達が居なかったんだよな。いつも一緒にいると嬉しそうにして……焼き餅妬いてるのか?ゆき乃の女友達に」
「馬鹿な、感謝しているよ、本当のこと言っても、彼女たちは全く態度を変えなかったから」
「え?まさか、言ったのか?」
力也が驚いた顔をする。そうだ、僕は彼女たちにゆき乃との関係を正直に言った。ゆきのはおそらくいわないだろうと思っていた。彼女は一生日陰の身でも、幸せになれなくとも誰にも恨み言一つ言うことはないだろう。
だけど、ゆき乃が初めて得た友人達をどれほど嬉しく大事に思っているかもわかっている。それでも一応ゆき乃の仕事もあるから、彼女たちとの付き合いよりも僕の世話というか一緒に居ることを優先してくれてるのが申し訳なかった。
今回長期の留守に対して彼女たちにお願いをしてきた。

『僕がしばらく留守にする間、ゆき乃をお願いしてもいいだろうか?』
そう頼んだ僕に向かって一番理論派の清水さんが表情を変えずに聞き返してきた。
『その前にお聞きしたいのですがいいですか?宮之原さんは、ゆき乃のことをどう思ってらっしゃるのですか??彼女が貴方に思いを寄せてるのは、側に居るわたしたちには痛いほどわかります。貴方も少なからずもそう思ってらっしゃるのも。でもそれがどんな思いなのかはわたしたちにはわからないんです。』
『そうですね、あなた方にはいずれ話しておこうと思っていました。誰かから間違ったことを聞かされて、ゆき乃を嫌いになったりしないように……』
僕がそう告げると3人は黙って僕の話しに耳を傾けてくれた。
『ゆき乃は宮之原に幼い頃引き取られてきた遠縁の娘でした。僕とは歳も近くて、僕らは直ぐに仲良くなった。だけども彼女は幼いながらもずっと下働きをさせられて育ってきたんだ。最初僕が気まぐれで勉強を教えたら思ったよりも覚えが良くて、僕もゆき乃が『すごい!』って褒めてくれるのが嬉しくて、随分と勉強したものです。それが幸いしたのか同じ私立の学園に入れてもらい、このまま勉強が出来ればゆき乃はずっと僕の側に置いておけるんじゃないかと幼いながらに僕も考えましてね。いろいろと謀って大学まで来させることが出来たんです。宮之原の両親は仲のいい方ではなくてね、僕は両親から愛情を受けた覚えもあまり無かった。だからゆき乃と二人、こっそりと屋根裏に昇って遊んだものです。あの冷たい家の中でゆき乃だけが暖かな僕の思い出、僕のすべてだった。』
目の前の珈琲を一口、口にした。
『ゆき乃も僕を慕ってくれて、僕もゆき乃を愛しいと思った。だけどそれが幼馴染みとしてなのか、それとも共に育った兄の様な気持ちなのかわからない時期もありました。けれども僕の心も体も、すべてがゆき乃を求めていると気付いたその後……彼女が父の娘であるかも知れないと告げられて、僕は絶望の海にでも投げ込まれた気持ちでした。僕のすべては彼女を側に置くために動いていたというのに……』
『兄妹?』
『ええ、父が外に作った異母兄妹だと……』
彼女たちが息を呑むのがわかった。
『ずっと心のよりどころとして、ずっと側にいた愛しい少女と血が繋がっているかもしれないと聞かされたのは、思いを告げあった後だった。今も気持ちが変わらない僕を軽蔑しますか?』
しばらく沈黙が続いた。カフェの片隅で押し黙る僕らを周りはただの風景として飲み込んでいた。
『今でも……ゆき乃を?』
『ええ、好きです。兄として、家族として、そして男としても……その気もちは何度も捨て去ろうとしましたが、出来なかったんです。ゆき乃にもそう告げてあります。』
『ゆき乃も、あなたのことを異母兄だとわかっていて……それでも……好きなんですよね。』
『はい。』
清水さんの問いに素直に頷いた。
『見ていてわかるもの。あなた達が互いに思いあってることも、大切にしていることも……』
屋代さんがふっと微笑みながらそう告げてくれた。
『そうよね、ゆき乃は宮之原さんといるときが一番幸せそうで……』
萌恵がため息混じりにまた微笑みながら
『ゆき乃が苦労して育ったことは薄々わかっていました。世間のことにやけに疎いのに家事は完璧で礼儀作法もお嬢様並み。だけど贅沢を知らない子で……わたし達はゆき乃が可愛くてしょうがないんですのよ?』
清水さんもそう言って微笑んだ。
個性的な美女三人に微笑まれるとこうも凄みがあるものか……
彼女たちは、自分とは違うやり方でゆき乃を護ろうとしてくれていたのだ。今までも、これからも……
『ゆき乃には今まで同性の友人はいませんでした。私立の、そこそこの家柄の子女が通う学園では、宮之原のと遠縁といえども下働きの彼女を相手にする者もなく、ただただ孤独で、僕以外に頼る統べなく過ごしてきました。あなた方は、ゆき乃にとって初めて出来た友人なのです。なんの垣根も偏見も無く、ゆき乃を一人の友人として認めてくれた本当の友人だと思っています。』
『わたしたちも、下手すれば個性で押しつぶしあうほど気が強いこの3人が唯一一致したのはゆき乃を護ることだったの。無垢で、世間知らずのゆき乃はわたし達のとげを全部吸収してしまうほど柔らかい心をもってくれていたわ。だから、わたし達がこれからもずっと友情関係を続けて行くにはゆき乃ははずせない存在なのよ。』
清水さんの言葉に3人が頷く。
『あのゆき乃が、いつも何かを我慢して耐えてるようなのはすごく気になっていたの。たぶん辛くても、苦しくても、決して口には出さない子だから……』
屋代さんの声は少し震えていた。
『わたし達は、ゆき乃が好きなんです。ゆき乃が望むなら責めたりしない。ずっと味方です。』
桐谷さんが屋代さんの肩を少し抱きながら言葉を繋げた。
『ありがとう。ゆき乃はすばらしい友人に恵まれたようだ。だけど彼女を一人にしておけないのは、世間知らずなだけじゃないのです。彼女は父を、宮之原玄蔵を恐れています。僕も父が何を考えているかわからないのです。我が父ながら、ゆき乃に対する仕打ちは酷く、自分が留守の間も不安でならないのです。』
『父親が……?』
『ええ、彼女は男性を酷く怖がるでしょう?あれは高等部の時にクラスメイトに無理矢理襲われそうになったり、恥ずかしながら父親とも思えぬことをする父を恐れて育ったせいなのです。』
『そうでしたか。』
納得する部分は多々あったと思う。自分がいないときはこの3人が何度も盾になってくれたとゆき乃からも聞いていた。
『私はしばらく日本を離れなければならないのですが……もし、良ければ、自分が居ない間、助けてやって貰えないでしょうか?出来れば彼女の相談に乗ってやって欲しいんです。』
僕は椅子に座ったままだったけれども深く頭を下げた。
しばらく声が消えたそののち、清水さんの静かな声が聞こえた。
『頭を上げてください。わたし達は今までと変わりません。これからもゆき乃の友人ですし、彼女の世話を焼きたいのはみんな同じよ?それに……きっとこの事実は彼女は口が裂けても言わないだろうから、聞かされていて良かったわ。わたし達は世間がどういおうとも、あなた方の味方です。宮之原さん。』

嬉しい言葉だった。その言葉を信じて側を離れられた。
逢いたいよ、ゆき乃。
逢って抱きしめたい。
側にいれば欲が出る。だけどこうして離れるとやはりただ愛しいだけだ。
抱きたいと思うのはこれが兄としての思いでない証拠だ。
「ゆき乃……」
異国の深夜、力也は気分転換だといって外に出て行った。女でも抱きにいってるのかも知れない。ヤツは日本でも玄人しか相手にせず、娼館などに出入りしている。それがやつのゆき乃の忘れ方なのだろう。
一人の部屋に声が響く。
「ゆき乃、ゆき乃っ……」
やはり愛おしい。早く戻りたい。
抱きたいのはおまえしか居ないんだ。
「ゆき乃っ!」
熱い想いは迸ることをやめてはくれないのだから。

      

力也と恭祐の間ではこのような会話が交わされてました。
恭祐の変化の原因はココにあったのですね〜
恭祐サイドも後少し!!次回は…モロ年齢制限です!!