風花〜かざはな〜

36
〜恭祐・回想5〜

ゆき乃の合格もわざわざ掲示板まで見に出掛けた。
予想通り合格が決まって、一番喜んでいたのは僕じゃないだろうか?ゆき乃が僕の側に戻ってくる、その事実が嬉しかった。夜の酒場に出て行くことももう無くなった。
目標のために、学業と事業を両立させるので精一杯なのもあるけれども、なによりゆき乃のために出来る限りのことをしたかったから……

離せないのなら、離さなければいいんだ。

妙からゆき乃が近くに住むことを聞いていた。そこから通いながら再び僕の身の回りの世話をさせるのだと。父がよくそれを許可したものだと思った。どうやら妙の意向もあったようだ。一人でこちらにいるときも絶えず連絡を寄越して僕の身体を気遣ってくれたのは妙だけだった。僕が乱れた生活を送ってるのに気がついていて、それを改めせるためにはゆき乃に任せるのがいいと、妙は判断したのだろう。僕のことを一番わかっているのも、一番心を許してるのもゆき乃だし、妙にとって一番信頼の置ける部下も彼女だったから。
もしかしたら気がついていたのかも知れない。僕の気持ちも、ゆき乃の気持ちも……その間にある事実は知らないだろうけど。
僕は入学式の当日の朝、ゆき乃の部屋に向かった。早く会いたくて、気が焦るのを必死で押さえて、車にゆき乃へのプレゼントを用意して乗り込んだ。
部屋の呼び出し鈴を押すと、人の気配が近づいてくるのがわかった。
ゆき乃がこのドアの向こうにいる。押さえられないキモチ、もう誤魔化したり逃げたりしないと決めていた。


「不用心だな」
不意の来訪者にを、疑いもせずにドアを開けるゆき乃に、少しだけキツく言ってから後ろ手にドアを閉める。
これが女性狙いの暴漢なら、確実に危険な目に遭っているはずだ。
「え……恭祐様?」
少し戸惑った声が返ってくる。まさか僕が来るとは思わなかったんだろう。部屋の中にはいると、僕は後ろに持っていた小さな花束を差し出した。
「合格おめでとう。それから入学おめでとう、ゆき乃」
花束を手にしながらも、完全に戸惑っているゆき乃が可愛らしかった。いつも我慢して、無表情を勤めていたメイド時代には見られなかった表情だ。
「待っていたのに……僕の所には顔も出してくれなかったね?」
受験の日も、発表の日も、ゆき乃は僕のところには来なかった。そんなに会いたくないと思われているのかとしばらくは落ち込んだ。今日だって拒否されたら怖いから、こんなにも強引な自分が居るんだ。
表面上は何もなかったかのように平然と接する僕に、ゆき乃はすこし面喰らっているようだった。だけどその表情が徐々に歪んで、今にも泣きそうなほど瞳が揺れる。
「ゆき乃の入学式に付き添おうと思って来たんだけど、いけなかったかい?」
ぶんぶんと音がするほど横に首を振るゆき乃、僕の手が自然と彼女にのびていく。逢えずにいることがどれほど苦痛だったか。触れたい、抱きしめたい、この腕で、この胸の中に!
その衝動を抑えながら、ぽろぽろとこぼれ出すゆき乃の涙を指先ですくう。彼女は僕を拒否してはいない?僕と同じ気持ちでいてくれている?
問いかけるまでもなく、ゆき乃が胸の中に飛び込んできた。
「恭祐様っ!!」
泣きじゃくりながら僕の名を呼ぶ愛しいゆき乃。その髪を優しく梳き指に絡める。その背中を優しく抱き、離さない。
もう手離したくない。側に居てくれるだけでもいいから、ゆき乃。ここから離れていかないで……
「ゆき乃……」
僕のゆき乃。

「ゆき乃、こうやって飛び込んできてくれるってことは、僕を信じてくれてたってこと?」
彼女も僕を思ってくれていた。その真実だけが嬉しい。ゆき乃を抱き留めていた腕の力をさらに強める。
もう、離さない。
「ゆき乃の近況も、力也を通して担任の布施先生から聞いてるよ」
「え?じゃあ、恭祐様は力也くんと会ってるんですか?彼は……」
「元気だよ。なんだ、もう彼の心配かい?妬けるなぁ……僕の心配はしてくれないの?」
ちょっとおどけてそう聞く。もう、昔のままの話し方だった。変えない、変わらない……僕はもう、目の前の事実に心を折り曲げることなんてしない。そう決めたから。
それなのに自分が同じ大学に入学を決めて、こうして上京してきたことを迷惑ではないかと聞く。そんなはずはないのに……
逢いたくて、側にいたくて、触れたくて、離したくなくて、思いを捨てないと決めていたのに。
僕は力也から聞いた話をした。ゆき乃は黙って頷いているだけだった。
父が今までにない執着をゆき乃にみせていたこと。
藤沢の申し出など、断ればすむものを、それだけで済まさず会社の屋台骨を揺るがすような妨害をして見せたりと、あまりにもあからさまだった。僕だけではなかったということか?血の繋がりがあってもゆき乃を手離せない父の執着。
「異母妹だと判って、諦めようと躍起になって、それでも諦めることが出来なくて……それでもゆき乃はずっと僕の心のよりどころだったのを奴も知ってた。ゆき乃も、だろう?血の繋がりがあっても、想いは消せない、忘れることも、諦めることも出来るはずがないんだ。悩んだ挙げ句、じっとしていられないことに気がついた。父が、ゆき乃に無茶を言ってたのは想像できる。いや、想像以上かも知れない。この部屋、父が用意させたんだろう?このスーツも、この口紅の色も、全部父好みのモノだからね」
そう、父好みの少し大人びた、身体の線を強調したスーツ、華やかな色の口紅、部屋の家具も、すべて……どうせ父の秘書が選んだものだとしても、どれひとつゆき乃にはふさわしくない。
僕は車に戻って用意した箱を手渡した。ゆき乃に似合う優しい印象のスーツを……
それに着替えさせて僕は一人満足していた。ゆき乃も用意されていた身に合わないモノより喜んでくれた。今の輸入の仕事がこんな形で役に立って嬉しかった。
「僕は決めたんだ。こっちに来たら、僕がゆき乃を守って……そのためにも、普段からずっと一緒にいて、今までにないくらいにゆき乃を思いっきり思いっきり甘やかすから、異母妹として、甘やかす……振り」
ゆき乃の支度を終えさせて僕はそう言った。
「ふ、振り、ですか?」
不思議そうに聞き返すゆき乃。そう、出口なんてあるはずのなこの思い。無理矢理作ってしまうんだよ、二人の行き先を。
「ああ、父の前では妹が出来て嬉しい兄を演じてみせる。出来るだけ……父に、ゆき乃は触れさせないから」
そう、もう二度と触れさせない。父のあの執着、そしてゆき乃が見せる怯えは間違いなくヤツの干渉を示している。直ぐに表情を曇らせるゆき乃を見ていれば間違いないと確信できた。
僕が護るから、ゆき乃……
なのに、ゆき乃の表情は晴れなかった。戸惑う心が手に取れた。父を怖がっているのは判っていた。
「どうしたの?ゆき乃は僕を信じて付いてきてくれると思って言ってるんだけど?それとも、力也を待つの?」
僕は父のことだと判っていて、わざとそう聞いた。僕が笑っているのを見てゆき乃の身体の力も抜けて、こちらに預けてくる。
「あれからずっと考えた。でもいくら考えても同じなんだ。僕はゆき乃を誰にも渡したくない。親父にも、他の男にも、力也にもだ……ゆき乃には、どんな形でもいいから、側にいて欲しいと思った。本当に手に入れられなくても……苦しい想いをしても構わない。ずっと、側に……僕だけのゆき乃で居て欲しい。だから、それなりの力を付けてみせる。これから、もっと……」
「あたしも、恭祐様の側に居られるなら、どんな形でも構いません、恭祐様を信じて、ずっと付いていきます。おそばに……置いてください」
やはり同じだったんだ。僕らの気持ちはただ側に居ることだ。それがどんな意味を持っているのか、判っていながらそう決めたんだ。
再びきつくゆき乃を抱きしめる。離さない、離したくないんだ。
ゆき乃を思う気持ちは変わらない。そう告げて、今でも女遊びをしてる振りをしていることを話した。まずあの父を欺かねばならないから。
「そう、女性と遊び歩いていながら、ゆき乃をちゃんと妹として見れるようになった兄の振りをするから。だって、もしかしたら、今日も親父はゆき乃の入学式に来るかもしれない。来れないよう細工はしておいたけれどもね。それほどあの人の執着心は強いよ。けれど、おまえをエスコートするのは僕だから……いいね?」
腕の中の彼女は溶けるような微笑みで返してくれた。このままずっとこうしてココにいたいほどだった。だけど入学式が始まってしまう。
「いけない、入学式に遅刻してしまうよ」
そうせかして二人で車に乗り込んだ。

ゆき乃は連れて歩くと十分に人目を惹いていた。決して派手ではないけれども、優しいく整ったその面立ちは少し寂しげでいつも男性の視線を集める。妙の教育が効いているのか、どこでも作法も立ち振る舞いも申し分なかった。レストランで食事をしていても視線を集めてる気がした。
ゆき乃は僕もだというけれども、男が女を見目と、女が男を見目は意味合いが違う場合もある。男は性的な対象として見る場合が多いから。そう考えるとあまり連れ歩きたくなくなってしまう。これも嫉妬だろうか?
だけど、ゆき乃が僕に焼き餅を妬いてくれるならそれも悪くはないと思うのだった。



「あれ?ゆき乃、部屋の電気消し忘れたかい?」
「いいえ、そんな……あっ!」
窓に映る影は間違いなく父のものだった。急に様子がおかしくなるゆき乃を僕は抱きしめた。震え脅える彼女……
一体父は、ゆき乃に何をしたというんだ?
「怖いのか、父が……」
ゆき乃はそっと頷いた。身体はまだ固まったままだった。
「なに……されたんだ?」
「…………」
答えないゆき乃を見て、尋常でない理由を想像した。
「ゆき乃、僕が護るから……だから言ってくれ、なぜそこまでゆき乃は父を怖がるんだ?」
大きく息を吸い込んだ後、ぼそりとゆき乃が口にした事実。それは、予想通りというよりも、許せない事実だった。
「お館様は、力也くんとのことを疑った時に……あたしが処女かどうかを確かめるために……身体を調べられたんです。そのあと……お、収まりがつかないからと……く、口で……」
「なっ!?まさか……親子なのに???」
「そうじゃなければ……と」
「あの、エロ親父が!!何を考えてるんだ!!」
血が繋がって無ければ平気で犯したというのか?幼い頃から働かせて、虐げて、その上まだ?
そして血が繋がっているから、無理だからかわりに口で奉仕させたというのか?
身体が怒りで震えた。身内の居なくなってしまったゆき乃に血の繋がりを告げ、なのにその口を犯したのか?まだ経験の無いゆき乃は、昔襲われた記憶からその行為を恐れていることも僕には判っていた。
だから、あの夜、僕は最後までしなかったけれども、途中まで許してくれたのは、精一杯のゆき乃の気持ちだと思っていた。だけどあの行為もそうならば、僕は責める資格があるのだろうか?
「僕も、言えないか……知らなかったとはいえ、ゆき乃の身体を……」
「それはいいんです!あの時は……あたしもそれを望んだから」
あの甘い至福の時、それは忘れなくても、繰り返してはいけない。それだけは判っていた。
「僕が付いてるから……」
そのままゆき乃を部屋に連れて行く。


「ゆき乃、なんだ、まだ恭祐もいたのか」
ジロリと睨み付けるその目。この男は本当に僕の父親なんだろうか?その視線の中に男としてのどす黒い嫉妬の混じった思いを感じた。
「ええ、異母妹の入学式ぐらい身内が付いて行ってやろうと思いましてね。それにしても、あなたがこんなところにくるなんて、今まででは考えられないことですね。息子である僕の所に来たこともないのに?」
皮肉をこめてその視線を払う。騙せないかも知れない。父がこんな目でゆき乃を見ている限り、僕は真っ向から対立してしまうかも知れない。
「ふん、男は心配はいらんがな、女はそう言うわけにもいかん。どんな虫が付くともしれんからな。おまえは、今日はずっとコレに付いていたのか?」
「ええ、僕も家族同様に育ったゆき乃が心配でね、今日はエスコートしてきましたよ。僕が付いてる限りは悪い虫は付いてこないからいいでしょう?お眼鏡に適ったいい虫だけ近寄せることが出来ますよ」
「ふん、まあ、いいわ。なんだ、その服は……?秘書が用意した服と違う物を着ていたと心配していたぞ」
あの使えない秘書は随分と余計なことを言ったのだな。
「あなたもこっちの方がよく似合うと思っているのでしょう?」
そう告げると、おもしろくなかったらしく父は『帰る』と言ってたち上がった。
「ふん」
すれ違いざま、不機嫌そうな父の声がゆき乃の身体を震わせた。
父が出て行った後、そっと抱き寄せる。
「よほど怖い思いをしたんだな……僕が……忘れさせてあげたいよ、ゆき乃……」
出来ることなら、この身体で、そうしてやりたい。それは、決して許されないことだけど……
「それは……あの……あたしたちは……」
ゆき乃の声が再び怯えはじめた。
「判ってる……僕たちは……だけど、一生、こうやって身体を温め合う兄妹がいてもよくないかな?何もしない、ただこうやって、二人で抱き合うことが許されるなら……」
本当はもっと繋がりあいたい。だけど、それが許されなくても、こうやって互いの体温を感じあって居たかった。これからも、ずっと。そうすることでゆき乃が救われるならいい。父への恐怖感はそう簡単に拭えるものではない。幼い頃からのすり込みもある。
逆らってはいけない、怖い存在として……
「こんなにも震えて……そんなにアイツが怖いのか?僕が、側にいるから……父の所へは絶対にやらない。ココにいるのが不安なら、僕の所にずっと居ればいい。そうすれば僕も守ってあげられるから」
ゆき乃の部屋にヤツが自由に出入りできるなんて恐ろしいことだった。その恐怖はゆき乃にとっても耐え難いモノなのだろう。
「何もしなければ、大きな顔をしていればいいんだ……違うかい?」
「あの、恭祐様は、それでいいのですか?」
それは僕の立場を言ってるのか、それとも男としての欲望を言ってるのか。
ないとは言わない。今だってゆき乃を女として抱きたい。その気持ちは変わらない。
「構わない……離れて居ることや、ゆき乃を苦しめる物から守ってやることが出来るなら、そのくらい我慢するよ。館を出て1年、どれだけ気がかりで、どれほどゆき乃に逢いたかったか。ゆき乃さえ側にいてくれたら、もう何も望まない、そう思えるほど、今までゆき乃はずっと僕の側に居てくれただろう?だから、構わない……そりゃあ、辛くないと言えば嘘になるよ。僕も男だから……」
そう、だけどいけないことだとも判っている。離れること、手放すこと、忘れることに比べれば我慢する以外に考えられなかった。今だって十分我慢してるのだから。
「あ、あの、あたし構いません……恭祐様が他の女性を抱かれても、恭祐様がその方がよければ……あたしは。こうやって側に居れるだけでいいんです。お世話できれば……」
「本気で言ってるの?」
もう他の女性を抱いたりはしない。そう決めたんだ。その事実はきっとゆき乃を苦しめるから。
ゆき乃が他の男に触れられることに比べれば平気なはずなんだ。身体は、なかなか言うことをきいてくれないけれども。
だけどゆき乃に見せてしまった過ちを思い出す。自棄になって、気持ちの伴わない行為を繰り返してしまった。だけど……
「他の女を抱いても何の解決にもならないことはもう判ったんだ。あれは……すまなかった。ゆき乃にも醜態を見せてしまった。だけど、どれだけ欲望を果たしても、それがゆき乃じゃない限り、苦しくて、後味が悪いだけだった。もしこうやってゆき乃が他の男に抱かれているなんて考えると、気が狂いそうになるんだ。僕はゆき乃が他の男に抱かれるなんて嫌だよ。だから、僕も他の女は抱かない。それならば自分一人で処理する方が、よほど精神的にいいと思うよ」
「一人で……?」
「ああ、ゆき乃は考えなくていいよ、そんなこと……」
思わず言ってしまったけれども、不思議そうな顔をするゆき乃にほっとする。
ベッドに腰掛けて、ゆき乃を引き寄せ膝のうえに乗せてその髪を梳く。
立っていれば判ってしまうほど、下半身の一部が熱を持ち始めていた。ゆき乃に触れていれば自然とこうなってしまうのだから……
「今夜、僕はどうすればいい?」
このままこの部屋に居た方がいいのか、それとも帰った方がいいのか。ゆき乃の気持ち次第だった。
「今夜、ゆき乃の側に居てくださいますか?」
小さな声でお願いされて、嫌といえるはずがない。
「いいよ。ずっと、朝まで側にいて、忘れさせてあげるよ。怖いんだろう?まだ……」
「……はい。思い出して、しまって……怖い、です」
ゆき乃がぎゅっとシャツを掴んでしがみついてくる。僕は溜まらずその髪にキスして抱きしめた。

しばらくは互いの体温を感じあって至福の時を過ごしていた。だけど、思いは体の熱に比例して、それ以上何も出来ないのに、体だけ暴走しそうになる。
「あの……恭祐様?」
不意に見上げてくるゆき乃の瞳は潤んで、少しだけ開いた唇がまるで誘うように見えたほど……おかしくなりかけてる思考能力。このまま離れたくないんだから。
「ん?このまま一緒に休むだろう?それとも、先にシャワーを浴びる?連れていってあげようか?それとも嫌じゃなければ一緒に入る?大丈夫、なんにもしないから」
半分本気、半分冗談なのに、ゆき乃は焦って真っ赤になる。こんな可愛らしい顔は外ではして欲しくないな。
「いえ、あの、一人で行けます!」
「そう?僕は入ってもいいのに……そのぐらいの特典は付かない?」
「だめです、いえ、無理です!」
からかいの言葉に反応して、必死で叫びながらバスルームに駆け込んでいく。くすぐったいじゃれあい。今まではもっと遠慮されていた気がする。昔に戻った気分だった。そう、二人で屋根裏から忍び出たあの頃のように。

ゆき乃と入れ替わる瞬間、バスタオルだけの姿に驚く。焦って着替えを持って入るのを忘れたらしい。ゆき乃らしくないけれども、それほど慌てていたのかと可愛らしく思えてしまう。
ああ、だけど頼むから、そんな格好で刺激しないで欲しいのに……仕方なくシャワーを浴びながら一人で抜いた。
しょうがないだろう?さっきまでアレだけ触れ合ってて、あんなあられもない姿見せられて、しっかり反応しまくってるのに、これからゆき乃の部屋にあるあの狭いシングルのベッドに二人で眠るんだろう?ソファで寝てもいいけど、寒そうだし、できればあの暖かさをこの腕の中に閉じ込めて眠りたいから。手を出しそうな自分を制するためにも、とりあえずってわけだから。
僕もバスタオルを巻いて出た。着替えなんて無いし、どうやらゆき乃が洗濯してくれたみたいだったから。
「僕はソファに行ったほうがいい?」
念のために聞いても、首を振ってくれる。二人で滑り込む小さなベッドがわずかに軋む。
引き寄せた腕の中でゆき乃が大きなため息をついた。
必然的に触れ合う体。ゆき乃はレースとシフォンの扇情的な寝巻きなんか着てくれてるものだから、さっき吐き出した熱情が再び蘇りそうになる。辛くて幸せなぬくもりだった。
「恭祐様の腕の中……こうやって、もう一度戻れるなんて……」
「ああ、お帰り、ゆき乃」
我慢できずにゆき乃の髪にキスを落とす。
「もう、ココがあたしの帰る場所なんですね。あの館でも、屋根裏の部屋でもない……」
「そうだね……僕も、あの館に帰れなくて、すべてを捨てることになっても、こうやって、ゆき乃が側に居てくれたらそれでいい。もともと二人っきりだったんだ、僕たちは……」
幼い頃を思い出す。二人の共有する思い出の数々、ずっと側に居ると信じていたあの頃。
ずっといろんなことを頑張ってきたのも、ゆき乃に勉強を教えていたのも、いずれは使用人でなくきちんと自分の元に迎えようと思っていたこと、誰にも何も言わせない力を付けるために、今まで影で努力してきたことも、全部話した。誰にもゆき乃を渡すことが無いようにしてきたことも……心配でたまらなかったこと、誰かがゆき乃に触れてるんじゃないかって気が狂いそうだったことも、異母兄妹だとわかってからも、諦めることも思い切ることも出来なかったこと、ゆき乃の受験が終わるまでは館に戻るなと父に言われていたことも。
それがゆき乃を大学にいかせるための約束だった。
父は僕に真実を告げていなかった。僕がその気になった時にだけ伝わるよう、ゆき乃にだけ告げていたのは父の策略でもあったのか?
「まさか、その事実を知った後でもこうやってることを知ったら親父も驚くだろうけれどもね」
僕たちがこうなっている事は、父にとっても想定されていたことなのだろうか?ゆき乃の肩をそっと引き寄せて、何度も髪にキスをする。もう離せないと、何度繰り返した?
「しかたないよ……ゆき乃は僕にとって異母妹であっても、一番愛しい女なのだよ。誰も変わりの出来ない、大切で……どうにも出来なくても手放せない存在。だから……」
こうやって一緒にいるのだから。二人離れられないって、わかってしまったから。
「けれども、やっぱりあの秘書は誤解しているよ」
「何をですか?」
「その寝間着だよ……目の保養にはなるけれども、どう見たってそれは男性に見せるための物だ。ゆき乃をそういう存在として扱ってるってことが嫌だし、そうさせてる父にも腹が立つよ」
あいた胸元、さらけ出された肩先、そのためのデザインが今は恨めしい。
「あの、他になかったんです……だめ、ですか?」
「ダメって言うか……そんな胸元見せられたら、ごめん……」
少し寄せた腕によって胸元が強調される。それだけで反応してしまう自分が情けなくて照れくさくて。
「恭祐様?」
「どうせ判ってしまうだろうからね……こうやって、一緒に寝てたりすると……」
正面から抱きしめるときっと判ってしまうはず。だから思いっきり強く抱きしめた。
「あっ……」
下腹部にあたる僕のモノに気がついて、こんどはゆき乃が真っ赤になる。
「こういうコト、だけど……別に、このままでいいから、ゆき乃も気にしないで……」
苦笑いして誤魔化す。だけどどうこうしようってつもりも無い。
「長く夫婦で居るとお互いが空気のような存在になるっていうじゃないか?僕たちもはやく一足飛びにそうなれないかなんて、切実に願ってしまうよ」
「まあ、恭祐様ったら……」
ゆき乃が笑う仕草がくすぐったかった。再び抱きしめる。
「ずっとこうしていたい」
「はい……」
「だけど、同じベッドにはいるのは僕の部屋だけにしよう。このベッドは狭すぎるから……辛さが倍増する。腕を緩めたら落っこちそうだよ」
その言葉にふたり微笑みあって、お互いの鼓動を聴きながら、そのまま眠れぬ夜を温め合って明かした。

      

こちらは久々の更新ですねw
なんとか年内に恭祐編終わらせたかったのですが……無理かな??(涙)