番外編
朱理&隆仁 その3
隆仁 その3
止めておけと脳内で声が響く。だけど、止まらないこの感情はどうすればいい? 息子と変わらない歳の娘に恋慕して、堰き止められない激しい感情を爆発させようとしていた。
「朱理……」
不思議と押し黙ったまま俺の部屋まで付いてきた彼女が、名前を読んだ途端ビクリと肩を震わせた。
「怖いか? 俺が」
下を向いたままプルプルと首を振るその仕草は、歳相応の少女だ。ブランド最先端のファッションを身に着けて歩く彼女は、落ち着いたオトナの女性に見えるというのに。
「どうして……家になんか連れて来たの?」
見上げてくるその目はいつもと同じく、強く訴えている。本当のことを話せと……
本当は、彼女のはじめてをそんな簡単にホストで済ましたりせず、ちゃんと好きな相手作ってからにしろと、もっともらしく説教して返すべきなんだ。だけどそれすら出来ないほど、俺は自分の内心を隠せなくなってしまっていた。
「それは……」
だけど、言えるかっ! 他の男に抱かせたくなかったからだなんて。ホストクラブ<アンティーム>のオーナーで、このあたりでは売れっ子ホストで名を馳せた甲斐隆仁ともあろうものが。けれど、18歳になったばかりの娘を保護者の前から拐かすように連れ出したからといって、即抱くつもりはなかった。その気だったら近場のホテルにでもシケ込んでるさ。
だけどそういうわけにもいかないだろ? いくら俺が見境なしだといっても、彼女は友人の姪っ子で息子の友人。前から手を出すなと釘を刺されている。そのうえ、彼女は氷室コーポレーションの一人娘だ。責任取るとか取らないという問題だけじゃ済まない。そのあたりの事情を、オトナの俺のほうが分別持って対処しなきゃならないっていうのに……俺は後先考えず行動に出てしまった。他に行き先がないからと言って、自宅に連れ込んで……とりあえず理性を保つために応接間に座らせたけど、ここで女を抱いたことがないとは言わない。前に押しかけて来た女とやってるとこを史仁の彼女に見られたっけ? ベッドルームに連れて行くのも億劫でヤッてる最中だったな。
ああ、今までの自分の愚行を嘆いても始まらないが、あんなふうに女を平気で抱き捨てる男もいるんだ。この一年言い争いながらもこの娘が可愛くて、コイツを泣かす男は許せないとすら思った。自分が真っ先に泣かせそうなくせに。今回だって、こうやって邪魔しなくても、そのうち誰かのものになるとわかっていながら、俺は……
「言ってくれないなら、帰る」
「待てよ、おい!」
思わずその腕を掴んで引き止めていた。わかっているさ、止めてもしょうがないって……だけど、勝手に手が動くんだよ!
「おまえは……どうなりたいんだ?」
「どうって?」
「いや、だから俺と……」
ヤルかヤラないかだ。だけど、今俺はそう聞くことに躊躇してしまっている。その先の答えを求ても、まだこの娘には経験がない。
「甲斐さんは?」
「俺は」
他の男に触れさせたくなかったと、正直に言えばいいのか? この1年の間、からかうように相手しながらもこいつが可愛くてならなかった。いつかは誰かのモノになるとわかっていたし、その時が来ても笑って見過ごせるはずだったんだ! なのになぜと聞かれても答えられない。理由なんかない、これはもう本能というか感情が先走って行動してしまったのだから。
「あのまま、店に居させたくなかったんでしょ?」
「ああ……」
「ユウさんと帰らせたくなかった?」
「そうだ」
「わたしがあの人に抱かれるのが嫌だった?」
「ああ、そうだよ! なにもあんな、あてつけみたいにしなくてもいいだろ? もっと自分を大切にだな、」
今更説教してどうするんだ、俺は……馬鹿か?
「今だけ大切にしても、決められた相手と結婚するなら同じじゃない!」
「そんなことはない。もしかしたら好きな男ができるかもしれないし、親が決めた相手を好きになることだって……」
「そんな例え話なんて期待してないわよ! 感情がどうにもできないものだってことは、この1年で十分わかったことだわ。わたしだって、こんな条件の悪い相手なんて御免被りたかったわよ! だけどしょうがないじゃない……他の人じゃダメだってわたしの全部が言うんだもの。あなたは意地悪で、わたしのことなんてちっとも認めてくれないけど、しょっちゅう会いたくなるし、ずっと顔や声が出てくるのよ? 消すことが出来るのならとっくに消してたわよ! こんな気持ち……だけど、ダメなの。それは、あなただってわかってるはずだわ」
「それは……」
俺だってそうだったさ。やめとけと何度も自分にそう言い聞かせた。だけど店に来るコイツと喧嘩するように話すのが楽しくて、言いたいこと言い合って、コイツの拗ねた顔が可愛くて……ここのところ仕事で女抱くのがホントに嫌になっちまって、随分とお得意様を若いホストに任せるようになった。どうしてもの場合は奉仕というかテクでイカせるだけイカせたり、道具や薬に頼ったりもした。
そうさ、互いに惹かれ合ってたことは最初からわかってたんだ。そんなことに鈍感だったらホストなんてやってられないからな。だけど、だからこそ本気になっちゃヤバイ相手だって踏まえてたつもりだったんだ。瑠璃子にも俺は絶対ダメと言われている。さっきから振動してるケータイのバイブは恐らく彼女からの着信だろう。
だけど、イヤなんだよ、他の男がおまえに触れるなんて! だからといって今無理に抱いてどうする? いずれは離れなきゃいけなくなるんだ。史仁の母親が去るときも彼女の為を思えば追いかけることはしなかった。どの女の幸せも、俺と共にないのならそれでいいと見送ってきた。俺を求める女だけ抱いていればいいと。
だけど、それも嫌だと気づいてしまった……
俺だけの女に、そう願ってしまう自分がいる。
諦めることを覚えた俺が、どうしても譲れない存在と認めてしまった。それで結局、感情に任せて連れ出しちまったなんて、まるでガキだ。自分の気持ち一つ抑えられないなんて!
「欲しくないの? わたしのこと」
「欲しいに決まってるだろ!」
ああもう、相手がホンモノのガキな分だけ始末が悪い。コイツといると俺はどんどん同じレベルの我儘なガキになってしまうんだ。
「なら、約束して? わたしを抱くなら、もう他の女は抱かないで! あなたに抱いて欲しくて尻尾振ってるそこらの女と同じにされたくないの! もし抱いたら……わたしも同じように他の男と寝るわよ! それでもいい?」
「おい……それがバージン娘の言うセリフかよ?」
なんて取引出してくるんだ? それが一番俺に効くって、わかって言ってるのか?
「言わせてるのは誰よ!! この、根性なしの腑抜け親父!」
おいおい、泣きそうな顔で怒るなよ。ったく……可愛すぎて参る。こんな、愛しいなんて気持ち……十何年ぶりだ?元妻は感情をあまり表してくれなかったから、余計に気が付かなかった。たまに見せる笑顔で気づいた俺の中の愛しいという感情……あの頃はその想いに素直に従えなかった。だけど今なら、歳食った今のほうが正直になれることもあるんだ。無くすことの怖さを知っているからな……一応、学習はしてるってわけだ。まさかこんなに歳の離れた娘に堕ちるとは思わなかったが。
手を出すならもう、離す気はない。押し通すだけの覚悟はできているし、すがるような未練としがらみはとっくに捨てる決心がついているんだ。本当に欲しい物のためには手段は選んじゃいられないって、わかってるからな。
「腑抜けじゃねえよ……ったく。他の男には抱かせねぇし、他の女ももう抱かねぇ」
「ホントに? 覚悟はできてる?」
「ああ、とっくにな。おまえこそ、後悔するなよ?」
「するもんですか!」
にっこり微笑むその強さにお手上げ、降参だ。
彼女の腰にそっと腕を回し、引き寄せ絡めとった。己の高ぶりを押し付けて思い知らせる……俺は十分その気だってな。
「いいか朱理、俺は金輪際おまえ以外の女は抱かない。客とも一切身体の関係は持たない。もちろんご奉仕もしないしさせない。その意味がわかるか?」
「それは……覚悟してるわ」
俺の相手をひとりで務めようなんて、イイ覚悟だな。壊さないよう大事にはするけど、無理をさせずにいられるかどうかってのは、ちょっと自信がない。
「朱理だけにする……そのかわり、おまえも俺のモノになるんだな?」
「うちの両親と事を構える覚悟があって言ってる?」
「当たり前だ! この1年どれほど悩んでも止められなかったんだ……そのぐらいの覚悟あるさ。店畳んでどこかに駆け落ちしたとしても、お前のことを離す気はないよ」
「それ、もっと早く言いなさいよね! 馬鹿っ」
嬉しそうに微笑んだ彼女は、腰を押し付けたまま俺の首にしがみついて慣れないキスを仕掛けてくる。
馬鹿はおまえだ……導火線に火をつけてただで済ませてもらえるなんて思うなよ? 俺が本気出して抱いたら、2、3日動けなくなるぞ? それほど……この1年は長かった。挑発してくるこの娘に何度襲いかかろうとしていたことか。煩い口を塞いで、甘い声しか出せないようにするのなんて俺にとっては簡単なことだったから。
「んっ……」
甘い口腔に舌を差し入れ歯茎の裏まで舐め回す頃には腰が砕けていた。キスは経験あるとか言ってたが、大したことはないな。このままキスだけでイカせてやりたいほどメロメロになっているのが可愛い。
「おいこら、キスだけでそんなになってどうする? まだこれからなんだぞ」
「だって……こんなキス、知らない……」
上品な男たちとのキスは入門編でやめていてくれたようだな。だったらこの先はたっぷり俺が……可愛がりながら教えてやる。
朱理その3
なにこれ……こんなキスは、はじめてだった。
もっとも、そこまで許した人はほとんどいないけど今まで無理やりされたようなキスはあまり気持ちのいいものじゃなかった。押し付けられて、舌で唇を割って入り込もうとするのは全部拒んできた。彼の硬いものが下腹に当たっているようだけど、それにも気づかない振りしていた。
「んっ……」
思わず身体が蕩けそうになる。抱えられた腰は砕けて地面に崩れ落ちる寸前だ。甲斐さんの舌先は執拗なほどわたしの口内を這い回り、上顎の歯列の裏側を舐められたときは本当にどうしようかと思うほどカラダが震えていた。知らぬ間に泣きたくなって、涙がポロポロとこぼれ始める。
やだ、わたしはそう簡単に泣かない女のはずなのに……
「おい、泣くなよ……悪いことしてるおじさんみたいになっちまうだろ? まあ、実際そうなんだけどよ」
そのまま涙を啜って、あやすようなキスに切り替わる。
「だって、こんなんじゃなかったもの……いままで」
「キスは経験済みだと偉そうに言ってたくせに」
返事に困ってそのまましがみつき返した。恥ずかしくて俯いていると、よしよしと宥められ、そのままベッドの上で横抱きにしたまま座らされた。
「どうする? ココでやめておくか、お嬢ちゃん」
「イヤよ」
答えは決まってる。だって、この男がキスだけで済まないのはわかってるし、今やめたらすべてが終わってしまうような気がする。今じゃないと! って、何かに急かされているような気がしてならなかった……
だって……こんな面倒な女、もたついてたら呆れられるに決まってるもの。
「じゃあ、おまえだけな? 経験ない女を無理やり襲う気はないし、しばらくは慣らしていくから俺のやり方を覚えろ」
「どういう意味? ……あっ」
そこから再びキスが始まり、ドロドロに溶けるまでやさしいキスと這いまわるようなキスを繰り返させられた。
「んあっ……」
口の周りも首筋も濡れてドロドロじゃないだろうか? 時々奴の唇が胸元まで落ちてはまた戻ってくる。優しく背中や腰を何度も撫で上げられて、時々ビクリと震える自分の身体が恨めしい。何も知らないのに、身体はどんどん反応し始めていた。
「かわいいなぁ、喰っちまいたくなるぞ、その顔」
「もう……子供扱いしないで」
きつく言いたいのに、言えない。まるで甘えたような泣きそうな声になる。
「してたらこんな事しねえよ。色っぽくて、可愛くてたまんねぇってことだ」
彼だって、いつもと違って信じられないくらい甘い声だ。わたしのことじっと見つめて、トロけるような視線を送ってくる。こんな甘い彼を何人の女たちが知っているのだろう? そう思うと悔しいけど、今そうさせてるのは自分なのだから……だったら、自信を持っていいかしら? 子供扱いされて、相手にされないって思ってのに比べたらすごい進歩よね?
「ふっ……んんっ」
再び塞がれる唇。もう中側全部舐め尽くされたんじゃないかと思うほどで。身体も肩、腕の外側と中側、首筋に喉、胸元から脇腹、背中に腰、それから脚も……届く範囲は全部撫で擦られて、いつのまにかしがみつきながらベッドに横たえられていた。
「泣かさないように、大事に抱いてやるよ。俺のやり方で……鳴かせるけどな」
「??」
どういう意味かわからないまま、わたしは奴の与える快感をその唇と指先から受け入れる羽目になった。
「あっ……ん、もう、やぁ……」
自分でも信じられないほど声を上げているけど、わたしはまだ何も脱がされていなかった。なのに、異常なほど敏感になったカラダが、奴の指先に触れられる度に甘く震え、自分じゃない喘ぎ声が漏れる。
「いい声だな、たまんねぇや」
「ど……して、こんな……」
「ん? こんなやりかたはイヤか?」
「だって……今までこんなこと」
「したことないぜ。今まではもっと早く抱けとせっつかれてばっかりだったからな。おまえも知っての通り、俺は飽きるほど女を抱いてきた。史仁が出来た時も、その母親と籍入れた時も、俺は仕事で女抱いてたんだ。そうしなきゃ食っていけなかったし、何の罪悪感もなかった。だけど、おまえを抱くってことは……そんな俺でも妙に気後れしちまうんだ。本当は今すぐにでもむちゃくちゃにするほど激しく抱きたい。だが、そうしないことで、俺はおまえへの想いを証明してみせる」
「どう……やって?」
「おまえが二十歳になるまで、他の女も抱かずに、おまえだけに奉仕するのさ」
どういうこと? それって、わたしも抱かないってこと?
「つまり……この俺が2年間女を断つって言ってんだよ」
「なんでよ? 抱けばいいじゃない!」
どうしてそんな我慢するの? わたしはいいって言ってるのに?
「馬鹿か! 今おまえ抱いて責任取ろうにもおまえの親に認めてもらえるか? 未成年は何をするにしても親の許可がいるんだぞ。結婚すれば別だけど、それだって許してもらえるか? おまえは一人娘だし、反対されて親に悲しい思いさせたくないだろ? それは俺みたいに親になり損なったもんでもわかるんだ。それに……おまえはこれから大学に行くんだろ? だったら、しっかり勉強して何か資格摂って独り立ち出来るようになれよ。親に文句言われないように一人前になれ。それからだ……おまえの親に挨拶に行くのは。それまでは徹底的に隠すからな。俺の客からも全部……大事にしたいんだ。まあ……そのうち我慢できずに突っ込んじまうかもしれないけど」
「……もう、なによ! そんなこと今言うの? まだ抱いてもいない女に……」
そこまで本気になってもらえるなんて思ってなかった。遊びじゃ嫌だから、親のこと口にしただけなのに。
本当は無理だと思ってたから。氷室の一人娘で、いずれは……親の決めた相手と添わなければならないのなら、今だけでもいいと覚悟していたのに。彼のほうがそんなこと言ってくれるなんて!
「遊びのつもりはねえから。おまえは、俺の最後のオンナになるんだろ?」
「……うん」
「だったら、いいオンナになって、俺を夢中にさせてくれ。もう、昔みたいに斜めに構えたり、本気なのに隠したりしねえからな。他がないってこと、今の俺にはよく分かってるんだよ……」
それはきっと、史仁のお母さんを失った時のことを言っているのだろう。伯母から事情は聞いていた。史仁はどうやら知らないっぽいけど。だって、本人には聞かせられないよね? 夫と息子のことを忘れてしまうほど追い詰められてしまったなんて……
「大丈夫よ、これでも精神的には強いんから」
ただのお嬢様だって思わないで。我が強くプライドも高いモデル軍団の中で過ごしてきたのよ?
「そのうち、土下座してお願いさせるぐらいのオンナになってやるわ」
「その意気だ……楽しみだぜ。だけど当分は俺に鳴かされてろ」
「あっ……やっ、んっ……」
その後、本当に鳴かされまくることになった。
大人の男ってものと女のカラダってものをじっくりと教え込まれ、繋がりこそしないけど可愛がられ喜びを与えられてわたしはオンナとしての自信をつけていった。
だけど、お互いの我慢は半年も持たなかった。
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