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テストが終わると終業式まで短縮授業で、午後は皆さっさと帰っていく。受験組は予備校通いや家庭教師と大変なのだろう。わたしは義父にこれ以上頼りたくもなかったから、学校の補習を受けていたけれど。
中にはだらだらと残って教室にたむろってるグループもあった。それは受験までの束の間の学生生活を惜しんでいるかのようだった。
あの後、甲斐くんからは声もかからない。まるで無視されてる見たいに目線も合わなかった。そのことにほっとしながらも、少し期待してる自分がいた。
誰かに欲しがられるなんて初めてのことだったから……
だけどそれも終業式の日で終わるんだ。
わたしはすぐに帰っても誰かが待ってるわけでもないし、アパートの暖房代も馬鹿にならないので、空調の効いた図書室で調べものをしてから帰ることにした。そのあと、たまたま教室の机の中に忘れ物をしていたことを思い出して教室に戻った。
そこには甲斐くんとその仲良しグループ達が集まって楽しそうな輪を作っていた。

「史仁、おまえあのK女子高のマイちゃんと別れたって本当か??」
「ああ」
「えーほんと?あんな綺麗な子……本命かなって思ってたのに、違ったの?」
「うるせえな、どうでもいいだろ?そんなこと」
ハデハデグループの香山くんと若尾さんが交互に聞き込んでいた。
でもおかしいな……カノジョのこと、次の日に呼び出すって言ってなかった?
「いつ別れたのよぉ!」
「いつだっていいだろ」
「どうせまたおまえが振ったんだろ?むやみに女喰いやがって!マイちゃんのバージン返せ、史仁ぉ!」
ちょっと不機嫌そうな甲斐くんを無視して、香川くんがその襟首をつかんで激しく揺さ振っていた。
あれ?その子も初めてだったの?でも、甲斐くんバージンは初めてだって言ってた気がするけど……って、こっそり聞き耳立てるなんて、質が悪いな、わたし。
「苦しいだろ、寛也!別に……マイも別にオレが初めてじゃなかったから。最近メールとか携帯とかやたら送ってきてウザイから、受験までうるさくするなって言ったら逆ギレされたんだ。向こうはまだ2年だしエスカレーターだろ?受験とか言っても気が回らないみたいでさ、やになるよ」
「そっか、おまえ受験マジで上狙ってるもんな。一人だけ国公立組にクラス変えちゃってさ。まあ頑張れよ、マイちゃんは俺に任せろな?」
そう言ったのはもう一人の男の子、溝端くん。
「あ、それムリ。あいつオレと大学生と二股かけてたらしくってさ、そっちにするってさ」
「嘘っ!あの清純可憐なマイちゃんが??史仁、嘘だと言ってくれぇ!!」
香川くんが大げさな素振りで甲斐くんに縋って懇願していた。周りの女の子達はまるでコントでも見るようにおかしそうに笑ってる。
「知るか。あいつ、清純でも可憐でも無かったぜ?どっちかっていうとしたたかオンナ、だったかな?なあ、おまえらオンナに夢見るなよな。オレらの中身が知れてるように、オンナだって中は同じだよ。見た目と中身が違う事なんてのも、当たり前なの。」
「ひっどい!それ女子の前で言うかな?」
若尾さんともう一人、名前知らないけど背の高い方の女の子。
「だけどさ、そんなもんだろ?」
甲斐くんがちらっとこっち見た気がした。たぶん気のせいだと思っていた。
けれども……
「ほら、意外とそこの委員長なんかが清純そうに見えて違うとか、さ?」

───え?

一瞬身体が震えた。まさかそこで自分の話題が出てくるなんて思わなかった。
そうだった。彼の意志一つで、人知れず終わるはずの関係を暴露して、わたしを貶めることもできるのだという事を。あの快感を産む行為には、そんなリスクもあるって事をすっかり忘れていた。
だって……まさか彼が自分から不名誉な事を口にするとは思っていなかったから。
そういえば甲斐くんは、二人のカラダの関係を終えることに不服で、最初に『続けたい』って言ってたっけ?その時もそんなことを言っていた気がする。
だけど、まさかわたしと何かあったなんて話は、人前ではしないだろうと思っていた。甲斐くんは同じ学校の子とは滅多に付き合わないけれども、結構モテるし、いつもカノジョが居るって話だった。そんな彼にわたしは容姿にしても不釣り合いすぎるはずだ。
でも、もし彼が『委員長は意外と淫乱、資料室ですんなりやらせてくれるような女』だと誰かに言えば、おもしろおかしくそんな話しは広がるだろう。そんなことされたら、今まで培ってきた真面目な委員長の評価は地に落ちてしまう。男を家に連れ込み、平気で抱かれる母が嫌で軽蔑してきたのに、今や自分もそんな女に成り下がったことを、真面目ぶった委員長の仮面の下に淫乱な素顔を隠していることはしられたくなかった。
だけどあの時、快楽の誘惑に負けたのも自分だ。
その自分の浅はかさを、さっきの甲斐くんの言葉で思い知らされていた。

「まっさかぁ、委員長さんは委員長さんでしょ?」
「ほんとに真面目だって、うちのクラスの内宮も言ってたよ〜」
内宮って言うのは去年まで同じクラスで、比較的仲良かった子だ。
「そうだな。委員長は真面目な委員長さんだよな……」
「あれ、史仁は委員長みたいなタイプも興味あり?」
やめて、余計なこと言わないで!!止めに行きたい衝動を抑えて、でもそこから動けずにいた。
「別にそうじゃない。人は見かけによらないから、見たままじゃわからないって事だよ。マイみたいに可愛い顔してる女の方が怖いしな。それに、どうせ受験だからな、しばらくはおとなしくしてるよ」
「でもさ〜彼女いなくっても我慢できんの?おまえ、今までオンナ空いたことなかったじゃん?」
香川くんの言葉で、ようやく自分のことから話題が変わったようでほっとした。
「別に、カノジョじゃないとダメって事もないだろ?我慢できなかった時は、そん時考えるし」
「うわっ、史仁、おめー鬼畜な発言!」
香川くんの大きな声が教室に響く。甲斐くんの言ってるのって、まさか……わたしのこと??
「あ、じゃあそん時、わたしが相手してあげる!どう?」
若尾さんが自信たっぷりにポーズ取って手を挙げた。
たぶん本気、彼女が甲斐くんに片想いしてるってことは女子の間でも公認のこと。要するに、若尾さんが甲斐くんを狙ってるから、他の女子は手を出すなっていうことらしいんだけど。
「そうだな、考えよっかな。いくら受験でも適当に抜いとかないと辛いからな」
だろうね、カノジョが居てヤッても足らないって言ってたんだから……そう答えるって判っていたのに、心のどこかで拒否してくれることを期待していたのはなぜなんだろう?
「ほんと?ホンキにしちゃうよ〜」
「その代わりデートとかイベントは抜きな。オレ、これでも受験生なんだから。カラダだけってことで」
それってわたしに対するけん制?それとも若尾さんが居ればもうわたしはいらないってこと?そんなこと言わなくても判ってるのに……それに、甲斐くんにそんな人が他にできたとしても、もう何の意味もない。この関係は、今度の終業式で終わりにするって約束したんだから。
「どう?それでもいいなら、付き合う?」
「どうしよっかなぁ」
「春菜、辞めとけ、そんな鬼畜野郎!やめてオレとつきあおうぜ」
香川くんのおどけた声、騒ぎ立てる若尾さんや周りの友人達、すごく盛り上がってるように聞こえる。だけど、彼が周囲より笑ってないのは判っていた。
甲斐くんは見かけよりもずっと中身が醒めてる。ノリがいいようでのってる振りだけで、実際はどうでもいいみたいな……あまり物事にも執着しないように見える。なのに、なぜ自分のカラダにだけ執着してきたんだろう?校内でヤリたいなら、若尾さんのような子だったら手軽にできるだろうに……
もういい。追求するのもやめておこう、すぐに終わるんだから。
わたしはカバンに机の中の物全部詰め、帰ろうとして教室を出ようと騒がしい集団に背を向けた。

「委員長、帰るんだ?」
不意に、背中に甲斐くんの声がかかる。そっと振り向くと甲斐くんの視線がちらっとこっちに流れた様な気がしたけど……あり得ないことだった。彼は既に若尾さんの方に身体を傾けて、その耳元に何かしら囁いていたから。
「さよーなら、委員長」
「さようなら」
香川くんの声に軽く会釈をして、無表情のまま教室を出た。
「オレたちもどっか行こうぜ」
甲斐くんの声が重なるのが聞こえたけれども、わたしはそのまま真っ直ぐ前だけ見て帰路についた。


帰ってから昼食の準備をする気にもならなくて、ベッドに俯せに寝転がっていた。
「馬鹿みたい……」
何を期待して、何に脅えたんだろう?
関係をばらすことなど、彼にとっては何の見返りもないことだ。するはずないのに?
それとも、彼が噂のカノジョと別れたことが嬉しかった?カノジョと別れたからって自分が代わりになるはずもないのに。
それに……甲斐くんは若尾さんと付き合うんだろうか?彼女もセフレとして?それとも正式なカノジョとして?若尾さんはわたしなんかと比べたら男性の目を惹くタイプだ。今風にお化粧してるのがちょっとケバイけど、可愛く見せるよう努力してる今風の娘だ。でも、女子の前と男子の前では声の高さもしぐさもまったく違うのってどうだろう?わたしはあまりオトモダチにはなりたくないタイプだ。もし甲斐くんが若尾さんと付き合いだせば、きっとわたしなんていらなくなるだろう。だって彼女となら学校でも気軽にえっち出来るし、彼女は受験にもそんなに力はいってないから時間も十分にありそうに見える。
そうしたら、今週末の終業式の後、甲斐くんはわたしに何て言うんだろう?
ちょっと前まで、彼が求めてくれたことに喜んで、ちょっぴり期待してしまっていた自分が愚かに思えた。

求められて嬉しかったなんて、ほんと、馬鹿なわたし……だった。

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