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「じゃあ、わたし行くね」
立ち上がると、下に敷いたままだった甲斐くんのブレザーの裏生地に何かがべったりついてるのが見えた。
赤い、その染みは間違いなくわたしの……そのほかにも愛液で透明な染みも出来ていた。
は、恥ずかしい!!!
「ご、ごめん、汚しちゃって……」
「いいよ、気にするな」
「でも、ちょっとまってて、洗ってくる!」
わたしはそれを持ってトイレに走った。さっと水で洗う。血の汚れって後でとれなくなるから。ハンカチで拭いても少し濡れた跡が残るけど、コレは勘弁してもらおう。
そのついでにトイレに行くと、そっちも大出血だった……仕方ないので、トイレットペーパーを何重にも畳んでソコに当てた。
「わたし、バージンじゃなくなったんだ」
ほんの少しだけ虚しくなる。
相手はわたしのこと何とも思ってない人で、わたしも大好きな人とまではいかなかった。
条件はすこぶる良かったけど、それはわたしに対してだけで、向こうからすればわたしは最低ランクだろうに……
「ま、わたしだし、こんなもん?」
たぶん、誰かに抱かれるコトなんて、もう二度とないんだから、と自分を励ました。


トイレの外に出ると甲斐くんが廊下の壁にもたれて待っていた。
「ごめんね、これ、少し濡れてるけど……」
「ああ」
ブレザーを渡すと、濡れたそれを着ずに腕にかけてそのまま歩き出した。下半身はガクガクで、あそこもまだ痛い気がしたけれど、心配されても困るので必死に平気な顔をして後ろを歩いた。
教室まで戻らないと、カバンがないから帰れない。
お昼も回って、お腹も空いてるけどこんな時はどうするんだろう?付き合ってる男女だと『なんか食べて帰ろうか』なんて言うんだろうけど、身体だけの関係に煩わしいものはいらないはず。
甲斐くんはなにも言わない。わたしも何も言わない。これからも何も言わない、それがきっとお約束。

「じゃあ、さようなら」
カバンを取ると、普通に教室を出た。わたしは知らず知らずに唇を噛んでいた。
なぜだか高ぶって、こみ上げてくる嗚咽を堪えてひたすら歩く。
泣いたら惨めになる。
泣きたい訳じゃない、むしろラッキーって思わないといけないのに、なんでこんなに辛いんだろう?
でもせめて家に帰り着くまでは普通の委員長でいたかった。


自分のアパートに戻って一息つけてからシャワーを浴びた。
こんな時一人暮らしだから下手に気を使う相手が居なくて楽なものだ。
もし……『また』があったらどうしよう?
ベッドにうつぶせになって考えてしまう。思い出すと身体に甦る快感の数々。触れられた心地よさ、攻められた快感、そして……きっとわたしは次に誘われたら『NO』とは言えないだろう。魅力的な彼の甘い誘惑にきっと勝てない。
馬鹿な女……
あんなことがなければ、彼と友達ぐらいにはなれたんだろうか。
こういうのなんて言うんだっけ?身体だけの関係、セックスだけの関係……

<せふれ>

それもいいかも。痛かったけど、気持ちよかった。でもって気持ち的にはすごく惨め。
「身体だけでもいい」
そう思ってしまった自分が、惨めで可愛く思えた。



『その気になったら』と、甲斐くんは言ったけど、わたしは自分から言い出すことは出来ない。彼がその気になるのを待つだけだった。
だけど、身体は正直で、あの時の快感を思い出しては身体が震え、慰めの手を伸ばす。
もし、甲斐くんも同じ様に思い出してくれたらあり得るかなと思ったけど、他に彼女もいるみたいだし、わたしみたいなのを相手になんて、冷静になればあり得ない。

クラスの中でも普通に接していた。普通に挨拶して、特別視線を送ることもない。二人きりになる機会もないし、連絡方法もしらない。何か伝えるような用件も無かったからそうするしかなかった。多分アレっきりだってわかってたしね、他の女の子と同じ様に回りにへばり付いて馴れ馴れしく話しかけるなんて出来ない。彼女達のように自分の容姿を磨くこともしなければ自信もない。
たった一回寝たからって、もしかして自分が好かれてる、なんて期待と希望はこれっぽっちも持ってないもの。そんな魅力的な容姿も身体も、なにも持ち合わせていないのだから。アレはあの状態で、お互いに我慢できなかっただけ。
わたしは嫌じゃなかったし、多分、甲斐くんは本気にならない相手なら、誰でもよかったはずだし……
わたしじゃ二度と抱く気にはなれないだろう。それならこれっきりって、あの時言って欲しかったな。
まさか自分の淫乱さを指摘されるなんて思わなかった。何も言ってこないから、もういいんだろうと高を括りたかった。確認して念書でも取りたかったけど、今更話題にするのもイヤだし、聞けない。まあ、大丈夫だとは思うけど。だって同じクラスだっていう以外の繋がりはないし、携帯だってメルアドだってしらない。
一人暮らしだから、一応携帯も持ってるけれども、家族以外電話番号をしらない。クラスの別れた友人達は知ってるけれども、わたしが受験なので皆気を使って滅多にメールも電話もしてこない。
それに……自分が一人暮らしをしてるって事も誰にも言っていなかったしね。そんな環境知ったら、誰かが入り浸るだろうから。
わたしは静かに過ごしたくて、プライベートなことは滅多に口にしていなかった。だから、本当の友人なんて、実際居ないんじゃないだろうか?女友達にもあまり期待はしていなかったから余計かも知れない。まあ、小さい時から片親で、それが男関係も派手な母親がいれば誰だって自分の子供と付き合うの避けさせるし、子供は大抵親に影響されて変な目で見てきたりすることも知っている。
友人達は全てこの学校に入ってから出来た、たまたま一緒のクラスになった地味な女の子達だけだった。わたしの小中学時代なんて知らないだろうし、ただ単に高校に入ってからの「成績のいい、勉強出来る委員長」って思われてるだろう。アレだけわたしを悩ませた母親は、再婚してからはすっかりおとなしいしね。
プライベートを教えてまで付き合いたい友人もいないっていうのが現実だ。

そういう意味では、わたしの中に一番奥深くはいり込んだのは彼だ。
いつの間にか彼のことをよく考えてるし、誰も知らないわたしの中身を覗かれた気がするから。
身体を繋げると、普通じゃ判らないことも肌で感じることが出来るんだよね?ちょっと怠そうで、クールに見える彼が、セックスの時は意外と愛撫も丁寧で、情熱的で、意外と激しいってこと。でも、それも終わればいつも通りで……
まあ、悩むことはないか?声がかからないって事は、やっぱりそれきりってことだ。

馬鹿だ、わたし……本当に、何を期待してたんだろう?


土曜日の補習も相変わらず一緒だけど、補習の時は終了を待たずにさっさと帰った。何度もそれを続けた。
さすがに12月に入ると補習は無くなるし、1月になると登校しなくてよくなる。そうしたらあとは卒業式まで顔を合わすことすらなくなるのだから、忘れるにはそれが一番簡単だ。
その方がいい。乱れた心のままじゃ、受験が危うくなる。わたしの取り柄は勉強しかないんだから。そのおかげで、散々母親のことで白い目で見られても、最後には誰をも納得させることが出来た。真面目な校則通りの三つ編みに眼鏡、普通のソックスに規定のスカート丈。真面目な委員長は成績もいいけれども、服装もきっちりしてる、隙がないと言われ続けているのだから、そのまま卒業してしまえばいいのだ。あんな冗談のような誘い文句を気にして待ち続けてもなにもならないって判っている。

だけど、今日の補習中、気のせいじゃないとしたら、たまに甲斐くんがこっち見てる様な気がした。
なんで?
判らないけれども、気が付いてそちらを見るとちらりと目が合うけれどもすぐに反らされた。
気のせい、だよね?

「委員長」
移動教室で教室に戻る途中、空いてるトイレを見つけて立ちよった。用を足して出てきたら、目の前に甲斐くんが立っていた。
そして、不意に腕を引っ張られた。それも、男子トイレの方の個室に。
最悪……トイレだって。さっき済ませたばっかりのわたしに何の用なの?
「なんで補習のあとすぐ帰るんだよ」
「え?」
なんでって答えようとしたら、いきなり顎をとられた。
「んんっ!!!」
しゃべろうとして開いた口に噛みつくようなキスをされ、そのまま壁に押しつけられて口内を荒らし回るような激しいキスが続く。口の中を蹂躙する甲斐くんの舌の動きに応えられず、身体は反応してたけれども、いきなりの行為とこの場所の選択に頭の中は冷め切っていた。
だけど慣れた彼の手が制服の下に潜り込み、胸を掴んで激しく捏ねる。空いた手がボタンを外し、開いた胸に吸い付き軽いちくりとした痛みを感じた。後で見ると幾つもの赤い痕をつけられていたほど強く吸われた。
ひど……こんなところで、こんな扱いされるんだったら、あれっきりにしておいて欲しかった。
「志奈子……」
以前の様に感じられない。スカートをまくり上げて這い降りてきた指先が触れても、まだ完全に濡れては居なかった。
だって、男子トイレの個室、だよ?
確かに『その気になったら』とは言ったけれども、全然その気じゃないし……こんな風にされるなんて思わなかった。
笑えるわ。わたしは便所扱いなのかって……ね
<せふれ>はまだ人格を認めて貰えるけど、こんなところじゃ、まるで排泄行為と同じ扱いされてるようで、わたしは冷めていた。あの時と違って、心も身体も真面目な委員長のままだった。
「…………」
わたしが反応しようとしないことに気がついた甲斐くんは、身体を離して怪訝そうに怒ったような顔で睨んできた。
「なんだよ、急に連れ込んで怒ってるのか?それとも、ここじゃイヤだったか?」
わたしは頷いた。
「そっか、けどなおまえが悪いんだぞ?教室でも無視するし、話しかける隙もない。よく考えたらオレは連絡先も知らないし、誰に聞いても知ってるヤツいなかった。船橋を抱きたいと思っても、声かけれないなんて……それに、みんなの居るところで声かけたらおまえは嫌がるだろう?」
それはイヤだ。みんなが見てる前でなんて、声すらかけられたくない。なんて言われるか、考えただけでも怖すぎる。
「土曜の補習の後来るかなと思って、オレは先週の補習の後もその前も、ずっと資料室の前で待ってた。おまえもオレと同じ気持ちになったら来るだろうって」
行くはずないよ。あれっきりだって自分の中で必死で終止符つけてたんだから。
「次の土曜日、待ってるから……来なかったら、今度ココで抱くぞ?イヤなんだろ、ここは。だったら、ちゃんと来い。抱きたいんだ、委員長の身体」
平気な振りして立っていたけれど、本当は嬉しくてたまらなかった。
わたし、最低な扱いされてたんじゃなかったんだ。欲しいって、本気で思ってくれてた?もしかして、ちゃんと人格や立場も尊重されてる?でなきゃわたしの意志を無視してここで無理矢理最後までされてたよね?
続けたいと思ってくれたんだろうか?こんなわたしとの関係を……ううん、余計なことは考えない。
彼が欲しいのは、うざいこと一切言わない、さっぱりと付き合える<せふれ>なんだから。
だったらそう振る舞おう。
わたしはそれだけを心に決めた。
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