2014サイト開設記念作品 番外編 5 同窓会〜史仁〜 |
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同窓会編5〜史仁〜 夫婦で同窓会に行くと言うのは、なかなか恥ずかしいものだった。連れ合いの感想がダイレクトに伝わってくるからだ。もちろん、悪い意味ではない。 「おい、委員長ってあんなに可愛かったか? 昔はメガネかけて真面目そうなイメージしかなかったんだけどな」 「ホントだよな、すげえ垢抜けた感じ?」 香川たちが染み染みと口にする。たしかに高校時代の彼女を知っていればそうなるだろうな…… 学生時代の友人は、しばらく顔を合わせていないと、昔のままのイメージでしか再現されないから、まさか彼女がこうも可愛い女になっていることなど、予想していなかったのだろう。 言っとくがオレが選んだ女だ。高校時代、真面目なだけの志奈子に手を出したのも、見た目で選んだからじゃない。今となれば一生添い遂げられる番を見つけたのだといえるが、あの時はただ本能だった。――――しばらくのあいだ、そのことが自分でもわからなくて遠回りして彼女を傷つけてしまったけれど。 今では互いに強い信頼と愛情で結ばれたふたりだが、志奈子が自分の容姿に自信が持てず、オレの隣を歩くことにも未だ気後れしていることも知っていた。子供ができて3人で出歩くようになってからは、そんなこともなくなったが…… 妻の見た目や格好をどうこう言うつもりはないが、ここに来たら口うるさい女達が細かいところにケチを付けかねかいことは想像できた。そして自分に自信のない彼女が、その言葉に傷つくのも目に見えていた。だからその前に手を打ったというわけだ。だからこそ、ここに来る前に朱里のところへ寄ってきた。オレが口出しすると余計気にするから、志奈子のおしゃれについては朱里に任せるのが一番だった。 朱里は大学時代から志奈子のことが気に入っていたらしく、色々とアドバイスをしてくれていたらしい。昔……オレのために彼女に頼んでデート用の下着や服を購入したのもきっかけになっているのだろう。おしゃれなんて全くしてこなかった彼女がやけにかわいい格好をしてきた時は焦った。オレ以外の男の目にとまるのが怖くなったからな。 結婚後も買い物や美容院、エステにまで連れ回しているらしく、最近では着飾らないとしても、質のいいものを身につけるようになってきた。下着や服、化粧品やボディ用品までにも細かい気遣いが見られる。いつ触ってもしっとりと吸い付くような肌はたまらない。だから少しでも肌を晒すような服はオレがいい顔をしないので、日頃はシンプルで露出の少ないものが多かった。おかげでずいぶんと可愛くなって、結婚前よりも若々しく見られるようになった。 実際今日の志奈子は上品で清楚で可愛らしく仕上がっていた。朱里がオレの好みを熟知しているというのもあるが、朱里は本当に志奈子のことをよく見ており、志奈子以上に彼女自身のことをよくわかっているんじゃないかと思うほどだ。 「いやあ、オレの好みのド真ん中なんだわ」 見かけが変わったからといって急に言い寄ったところで、志奈子はなびかないけどな。 本当は目立たせたくなかった……だが、心ない言葉で志奈子を傷つけてしまうよりは余程ましだと判断した。もっとも、彼女がどんなにひどい格好をしていても関係ない。どんな志奈子でも抱ける自信がオレにはある。 「メガネかけた真面目そうな女子って記憶しかなかったけど、なんかさすが史仁っていうか……女を見る目あったんだな」 志奈子が隣の女子テーブルの会話に交じるために背を向けて離れると、悪友共がますます好きなこと言いだした。 「どういう意味だよ、それ」 「いやーあそこまで変わるとは思わなかったからさ。それにおまえの過去の女たちとは比べ物にならないよな。モデルとか派手な姉ちゃん多かったし」 「若い時はそういうのが良かったけどさ。やっぱ委員長みたいなの、嫁さんとしては最高なんじゃないか? やっぱ理想だよなぁ。頭良すぎて偉そうな女も、美人すぎて鼻にかけているのも、色気振りまいて男に媚び売りまくる女も、遊ぶにはよくても一生添い遂げるには難があるよな」 溝渕、おまえ女で苦労しているのか? その言葉に実感がこもり過ぎていた。 「たしかにな……そういう女は嫌ってほど相手してきたから、もう懲り懲りだよ」 「史仁はそういう女にやたらもてたよな。あいつら、いい男連れてるのがステイタスみたいな感じで、俺らのこと総無視してくれたしな」 学生時代からそばで見てきた香川の言葉に、その場にいた奴らが皆、うんうんと頷いてやがる。 「あいつらが好きだったのはオレ自身じゃなくて見てくれだけだったから。志奈子は……違ったんだよ。それに、あいつは苦労して育ってるから、オレが言わなきゃ贅沢しようともしないし、控えめな方だしな」 「あー、なんかそんな感じするよなぁ。清楚っていうより素朴な感じするし。おまえも委員長のこと大事にしてるのがわかるよ。彼女、幸せで満たされてるって顔してるじゃんか」 「そりゃもちろんだ」 満たしまくっている自信はある。昔のように抱くだけじゃなく、言葉にも態度にも出している。家事も彼女が全部して当然と思っていたあの頃とも違う。子育てだって手が空いた時はできるだけ手伝うようにしている。ただでさえ残業やおやじの店の管理とかで、オレの帰りがやたら遅いから……その時は抱くだけになっちまうけどな。 「お前のことだ、毎晩ヤりまくってんじゃないの? ってわるい。そんな顔するなよ」 志奈子との夜の生活を聞かれて、一気に機嫌の悪い顔になったらしい。邪推されたくない、アイツのことだけは……まあ、未だに時間が許す限りほぼ毎晩ヤってるけど。 「ひょえ〜マジかよ。平気な顔して付き合ってた女を回してきたおまえらしくもないっていうか……俺はおまえが本気で女に惚れる日が来るとは思わなかった。まあ、それだけ委員長がいい女だったってことだよな?」 こいつらはやたらそういうことを聞きたがる。しかたないか……それも自分がやってきたことのしっぺ返しだ。 うざくなって別れたあとも女達はやたらとまとわりついてきた。元カレでもモデルをやってるオレの側にいると、なにか美味しい話が転がってくるとでも思ってたんだろうな。相手しなかったらそのうちこいつらと寝てたってだけのことだ。ただその時に、女達はべらべらと俺とのセックスを寝物語にしゃべりまくってたわけだ。 あの頃のオレは、女と寝てイカせまくって夢中にさえ、それで自分に足りない母親や女性の穴を埋めようとしていた。あまりにも女が思うとおりになるので面白がってもいたが見下してもいたんだ。 おかげでオレの女性関係はかなり変な噂になっていたらしく、志奈子も最初はオレのことを噂通りの奴だと思っていたらしい。最初が……最初だったしな。 いきなり校内で彼女を抱いたアノ日のことは、今でもはっきりと思い出せる。あの時理解できなかった感情も、今ではよくわかる…… 「で、どうなんだよ。やっぱそんなにいいのか?」 だけど、それと志奈子のことは別だ。あいつのことはこいつらが酒の肴にするのも気に食わない。ギロリと睨むとさすがに黙ったが、ニヤニヤとしやがって……面白くない。 だけど男共のこんなからかいなんて可愛いものだった。あの女があんなこと言い出すなんて。 名前ももう覚えていなかった女だった……たしか宮下、下の名前は知らない。真面目で勉強ができる同級生――――見かけは、だがな。そういえば志奈子と同じタイプに聞こえるが、中身は全く違っていた。ガリ勉で、勉強一筋だけど、人のために何かをするなんて発想は欠片もない、自分だけ良ければいいってタイプだ。裏で派手に遊んでいることも、仲間内から聞いていたがそれだけだった。寝たことのある女なら他にも何人かいたが、その場合はオレだけじゃなくダチの何人かともそういう関係だったから後腐れもなかった。 だけど宮下は違った……タチが悪いどころじゃなかった。 『これ見てよ……あなたと委員長でしょ? 撮られてるって、気が付かなかった?』 見せられたのはオレたちがヤッてる写真だった。 『真面目な委員長が甲斐くんとなんて……みんなが見たらなんていうかしら?』 そう、あいつはそれを見せて脅してくるような女だった。 『ねえ、委員長が抱けるんなら、あたしのほうが良いはずよ。だから……抱いてよ』 抱かないなら、志奈子とヤッてる写真をバラまくと。だから、一度だけ相手してやった。もちろんその気にさせてもらわないと勃たないし、イケないしで最悪だったけど。人のこと見下して、自分が志奈子より綺麗だと思っているのだろうけど、肌も匂いも締まりも何もかも最悪。そのくせ突きまくると白目向いたので、その写真を撮ってもう構ってくるなと脅しておいた。 そのあと卒業まで何を言ってきても相手にもしなかったのに、再びあいつがオレの前に姿を表したのは、志奈子がいなくなってヤケになって荒れていた時だった。店にメガネかけて真面目な風を装おってやってきて―――オレにクスリを使いやがった。そのあとの記憶はない。ただ志奈子とヤッたことしか覚えてなかった。 それからは店にやって来てはオレの彼女面して他の客と揉めて、困り果てて親父に任せて、オレは暫く店に出なかった。その間にも問題を起こし、ヤバイところから金を借りていたらしく、それがバレてうちの店も出禁を食らったはずだ。そのあと、随分堕ちたって話は聞いていた。いい大学に進学したのに、借金してホストクラブに通ってちゃヤバイよな。せっかく入ったいい大学もようやく卒業できただけマシ。就職先もなんとか名前の通ったところに入ったらしいが、借金返すためにフーゾクでバイトして、借金取りに会社まで来られたらお終いだ。 ことの顛末だけは親父から聞いていた。その後のことは本当に知らなかった。まさか今日の同窓会に来ているとは思わなかった。それに――――すっかり忘れていた。それほど今のオレは幸せで、危機感が薄れていた。 志奈子と一緒に無理やり引っ張られていったテーブルにアイツはいた。だけど最初はだれなのかよくわかっていなかった。見た目も雰囲気もかなり変わっていたから。 成長して色んな職種についてみんなそれぞれ変わったが、一見派手に着飾って濃い化粧してごまかしているが、中身がぼろぼろなのがオレにはよくわかる。たまに店に流れてくるのにこういう女がいるからだ。うちの店は堅いほうなのですぐに見なくなるが。まさにそいつがソレだった。 「ねえ、甲斐くんは今でもお店手伝ってるの?」 「お店ってなあに?」 宮下の言葉に事情を知らない他の女達が質問を繰り返しはじめる。 「甲斐くんのお父様がやってらっしゃるホストクラブよ。行ったことない?」 「ないよー! 全然知らなかったわ。知ってたら行ったのに〜〜」 「だから言わなかったんだ。未成年の入れる店じゃないからね」 やめてくれ、そんな情報ばらまいて、同級生の女どもが押し寄せてくると仕事にならない。ただでさえ、あまりテーブルにはつかないようにしているのに。また他の客ともめる原因になる。 「でも、宮下さんは行ったんでしょ?」 「ええ、当時はよく……ねぇ」 含みのある言い方に気分が悪くなる。この時点でようやく思い出していたんだ……こいつのことを。 「あの頃の甲斐くん、本当にかっこよかったわよね。もちろん今もだけど!」 「そうそう、モデルの女の子と歩いてたり。でも甲斐くんのホスト姿見たかったなぁ」 「オレはウエイターや裏方専門で、店にはあまり出てなかったから」 「あら、じゃあ、わたしは特別だったのかしら」 嘘つけ! 大声でオレと寝たことがあると自慢して、騒ぎになって仕方なくテーブルにつかせたんだろ? 「あの、ちょっとお手洗いに行ってきます」 志奈子はそう言って席を立ってしまった。 もしかして、また昔のことを気にしているのか? 気になって志奈子の方を目で追うが、宮下が邪魔をする。トイレに行く途中、おとなしめの女子のグループと話しはじめたのを見て安心したが、あまりにベタベタくっついてくるのでオレは立ち上がった。 「きゃっ、甲斐くん?」 「気持ち悪いから離れてよ、宮下さん」 「えっ?」 その言い方に周りの女子たちはびっくりしながらも、その矛先が自分でないことにホッとした顔を見せる。宮下以外は。 「無礼講にも程があるだろ? 妻帯者相手に断りもなくべったりくっついてくるなよ、常識がないな」 「そんな、さっき船橋さんも何も言わなかったじゃない」 「船橋? ああ、今はおれの嫁だから甲斐だけど。気配りの一つもできないから、彼女が嫌そうな顔していたのもわからなかったんだろ? オレ、もう向こうのテーブルに戻るから。ついてこないで」 そう言って、再び香川たちのテーブルに戻る途中、風間に捕まっていた。 「おまえ、他の女に対してきつくなったなぁ。昔は愛想よくさばいてたのによ」 ふたりで厨房の裏から店の外に出て、タバコに火をつけ一服していた。 「あいつは別。酷いトラブルメーカーでさ……親父の店、出禁食らったぐらい」 「へえ、なんかさっきは羽振りのいいこと言ってたけど? T大出て、イイトコ就職したって」 「そんなもん、とっくにクビになって今はお水かウリやってるはずだよ。見栄張ってんじゃないの?」 「うっわ、最悪か……まあ、年月経てば進む道に差は出てくるもんだけどさ。やっぱ心持ち次第っていうのは、おまえ見てて実感するよな」 「なんだよそれ」 「絶対まともなオトナにならないと思ってた。親父さんの跡継いでホストか、最悪ヒネまくって極道の手先になって女転がしてると思った。まさか、まともな会社員やってるとは思わなかったね」 「……それは、オレも思う」 「だろ?」 「おまえだってまさか家の居酒屋継ぐとは思わなかったよ。オレより成績良かったのに」 「人生いろいろ。オレもあいつと出会ったからだろうし……」 亮平は、ちらりと厨房で忙しそうに働く自分の奥さんの姿に目を移して愛おしげに笑う。 「オレも志奈子と出会って……あいつを手に入れることができたからだな」 「委員長も、おまえと出会って変われたんじゃないの?」 「ああ、そうかも……な」 男が女を変えることもあれば女が男を変えることもある。守るべきもの、大切なモノに早々気づかせてくれたことに感謝だ。そしてオレがいい意味で志奈子の変化に関われたとしたら、それも嬉しい。 「大変です、店長!」 「どうした?」 「あの、トイレで女性客同士が揉めてるって」 急いで店内に戻り見回すが……いない。志奈子も、宮下も! 「おい、史仁!」 オレは急いで店のトイレに向かうと、予想通りふたりが対峙していた。 「委員長もセフレのひとりだって、あの時甲斐くんも言ってたんだから!」 宮下のでかい声が店側にまで聞こえそうだった。案の定志奈子は真っ青になって立ち尽くしていた。 セフレ、それは志奈子が一番聞きたくない言葉だっただろう。彼女の真面目な性格から考えても、決して許されないその関係に持ち込んだのはオレだ。だけど今でもその言葉が彼女の過去に影を落としていることも知っていた。 そういう宮下はセフレどころかオレを無理やり脅してヤラせた最低の女だ。写真を撮られた相手が志奈子でなければ勝手に公開させたさ。そういうことを恥ずかしがる志奈子だから、あの時は彼女のために、こいつの言いなりになった。まだ、志奈子との間に身体の関係以上の繋がりがなかったから……いや、馬鹿なオレが気づいてなかったから。 「違うよ、宮下さん」 馬鹿な女だ。いくら志奈子を責めて屈服させようとも、オレたちの仲は揺るがないというのに。自分が恥をかくだけなのだから。誰も知らないと高を括って人を貶めようとすればバチが当たる。人を呪わば穴二つってね。誰かを妬んで恨んだところで、自分の卑屈さを目の当たりにし、そのせいで過去を乗り越えられないまま後退りするだけなのだから。 志奈子にこいつとヤッたと認めるのは本意じゃないが、このまま彼女を傷つけたままではすませるつもりはなかった。それ相応の罰は受けてもらわないとな。あの頃……他にもいろいろあったことはとうにバレてるから、いまさらそのことでふたりの仲にヒビが入ることはないはずだ。過去のことは深く反省している。もう二度と志奈子を悲しませないと何度も誓った。 なのに宮下は好き勝手なことを口にする。オレがいかに志奈子に惚れているかを口にすればするほど。 「わたしたちあんなに愛し合ったじゃない!」 そんな覚えはまったくない! だが、志奈子は再びショックを受けたのか崩折れそうになる。その身体を支え、精一杯彼女に告げる。 『オレを信じて』と…… あれは無理やりだったし、薬も使われた。容姿のことを言われる度に、志奈子が落ち込んでいくのがわかるが、オレは顔がきれいなだけの女なんて何人も見てきたし抱きもした。朱里なんて……自分に似すぎてて嫌だ。それに親父に惚れてるのはわかってたからな。そんな女を好きになるもんか。 確かに最初は志奈子の身体に夢中になった。だけどそれも彼女の見た目と中身のギャップにやられて、抱いてる時だけ素直になる、素の自分を見せてくれる彼女をオレだけが腕にすることができて嬉しかったんだ。 だけどこいつには何を言っても無駄だった。宮下の言動は止まらない。志奈子を見下し侮蔑し続ける。 自分が偉いとか優れていると思う奴は、自分よりもいい目を見てる奴が妬ましくてたまらないんだよな? 努力もせずに自分の不幸だけを嘆いていたって幸せにはなれないのに。自分が吐いた毒は自分を腐らせるだけだ。 「まだ……志奈子の事をそんな風に言うんだ」 おまえのどこがそんなに偉いというんだ? 志奈子はどんなに辛くとも、どんなに苦しくても、今の自分にできることを精一杯やってきた。親に見捨てられて育った幼いころも、ひとりで暮らしながら必死に勉強していたことも。<教師になる>という夢を実現するために、ひとりで生きていこうとしていた……それを邪魔したのはオレだ。 だけど、志奈子は言ってくれた。オレと出会ったことで新しい道が開けたと。教師として短い間務めた時も、精一杯生徒たちの心に寄り添えたのはオレと出会えたからだと。未だに遊びに来る志奈子の教え子たちがそのことを証明していた。 だから全部バラしてやった。オレに薬使ったことも、今の宮下の状況も。一番知られたくなかっただろう? 周りにはいいところに就職して派手にやってると言いふらしてたもんな。自分で作った借金のせいでクビにになって、キャバ嬢やって、今じゃソープで働いてるなんてこと、バラされたくなかっただろうけど。これだけ志奈子を傷付つけたんだ。その償いはしてもらうさ。 「どうして、わたしを選んでくれなかったのよ!!」 だけど彼女は人のせいにするばかりだった。オレが彼女を選ばなかったから、だから幸せになれなかったと……いい加減にしてくれ! もううんざりだよ。 すがりついてくる彼女を足蹴にしてやろうとしたその時。 「人のせいにしないで」 志奈子が震える声でそう言い放った。人のせいにしないで、勝手なこと言わないでと。 苦労してきた彼女からすれば、宮下のやってることなど甘えが原因だとわかるのだろう。そもそも人のせいにするのが甘えだし逃避なんだ。 志奈子は逃げなかった。そしていまは母親をやっている。毎日を精一杯生きてるんだ。 その邪魔はオレがさせない。オレが守る。 だけど、志奈子の強い気持が言葉から伝わってきて嬉しくなった。 もう――――彼女は負けたりしない。幸せを守ると言った。どんなことをしてもと。 そうだ、オレも、子供も、彼女に守られてもいたんだよな。母としての彼女に…… オレが言いたかったことを、志奈子が全部伝えてくれた。今が嫌ならやり直せばいい。人のせいにしてたって何も変わらないと。 オレも伝える。そんな彼女だから一緒に幸せになりたい。こんなに愛しい存在は他にないということを。 志奈子はオレの支えなくひとりで立ち、そして宣言した。 「本気ならかかってきてよ。わたしももう逃げない。わたしだって……彼を、史仁さんを誰よりも愛してるの! だからあなたには絶対に渡さない……」 その時のオレの気持ちがわかるだろうか? いままで愛してると何度も口にして、毎夜その身体にその想いを伝えても、平等ではなかった。彼女にしてしまった過去をすまないと思う気持ちと、オレのほうが彼女を愛しすぎているという気持ちでいっぱいだった。だけど……彼女も同じだったことに、今はじめて気付かされた。 そうだよな、夫婦なんて同じ思いを同じ強さで持っていないと、続かいないよな? 長年一緒に暮らしていれば、いろんなことがある。だけどその度に確認しあって、許し合って、認め合っていくんだ。これから何年先も…… 「さすが、史仁を変えた嫁さんだけあるよな、委員長」 ずっと後ろで話しを聞いていた亮平が、場を収めるために割って入ってくれた。もうこれ以上言うことはないから助かる。 「ここは僕の出番かな?」 そう言って名刺を出して営業はじめたのは弁護士の小池だ。そうだな、今の宮下に必要なのは法のプロだろう。この先やり直すにしても今の泥沼から這い上がらなければならない。それは難しいことだが、素人ひとりではいくら足掻いたところで無理がある。宮下がこの先どうなろうと気にはしないが、同級生の女が不幸になって嬉しいはずがない。 最後は香川や亮平がうまくまとめてくれたので、店内の雰囲気はなんとか持ち直した。だけど、オレが心配なのは志奈子だった。皆と一緒に笑いはしているが、内心では傷ついているだろうし腹も立っているだろう。 「ごめん。大丈夫だったか?」 小さな声で謝ると一生懸命笑って頷いてくれた。オレに気を使って、心配させないようにと。 その姿が愛おしくて、その場で抱きしめたくなった。だけど志奈子は女子たちに連れて行かれるし、オレも男子たちに囲まれて……今日のオレたちは酒の肴になるしかなかった。 結局亮平の店を出たのは深夜。そのあとふたりでラブホに泊まり……おもいっきり志奈子を鳴かせた。 本当は大事に抱くつもりだったんだ。だけどあんまり可愛いこと言うし、恥ずかしがってオレを煽るのが悪い。たとえ気持ちを通じ合わせて付き合う前のことでも、他の女と寝たことは申し訳ないと思う。だけどそのことにヤキモチを焼いてくれたのが嬉しかった。志奈子はあまりそういった感情を表に出さないから余計にだ。 ただ、これが反対の立場だったらと考えるとぞっとする。 オレなら許せるか? いや、許さなければならないだろう。もっと酷いことをしてきたのはオレのほうだし、それでも許してもらえたからこそ今があるのだ。志奈子は理由もなくそういうことができないというのもわかっている。その時は余程の理由があってのことだと理解するしかないのだ。ただ、その後は……嫉妬と焦燥で狂いそうになるだろうが、それも甘んじて受けよう。同じ思いを彼女にさせたのだからと。そう思いながらも、抱きはじめればおそらくオレは際限なく彼女を責め、抱き尽くすだろう。他の男の手垢を消し、全てをオレで塗り替えるまで、幾度でも、幾夜でも…… 今夜もそのつもりだった。亮平もオレがそのつもりでいることを察していたようで、しっかりと近隣のラブホ情報を教えてくれた。そりゃヤるんならシティホテルよりラブホのほうが遠慮なくやれるからな。『ラブホでもいいんだけど』と聞いた時に時点で読まれてたのかもしれない。 帰り際に『これ飲んどけよ』と漢方薬をこっそり手渡してくれた。肝臓と強壮にもいいらしい。弟の嫁が漢方扱ってる店に勤めているらしい。すぐさま飲んだが、それが効いているのかなんだかシャキッとしてきた。このあといくらでも盛れそうな勢いだった。 ラブホなんて本当に久しぶりで、遠慮無く抱くつもりだった。今夜どれほど彼女が傷つき、しれでも勇気を振り絞ってオレへの気持ちを、家族を思う気持ちを言葉にしてくれたのだから。オレも、どれほど強く志奈子を愛しているか、その心と身体に刻みつけてやりたかった。やさしく、そして激しく抱いて……いやちがう。早く確かめ合いたいのだ。オレたちの仲はあれしきのことでは揺らがないと。 それに、男どもの志奈子に対する目……あれは気に食わない。オレが抱いている女だという目で見ているんだ。それもみなオレの過去の所業が災いしていることも重々承知のうえだが、それでも面白くなかった。見た目が変わっただけで気軽に声かけたりしないでほしい。 ああ、そうだとも。志奈子の身体は想像以上で最高だと言ってやりたかったが、そこはノーコメントで通した。勿体無くて言えるわけないからな。 なんだか、気分が凶暴になっていく。あの頃のように激しく抱きたくなってしまった。だけど……きっちり愛情をこめてなければ。あの頃とは違うのだから。 結局その日の夜はかなりむちゃをした。 互いの心の内をきちんと告げあったことで心のわだかまりは溶けていった。 最終的には彼女の恥ずかしがる可愛い顔に煽られて、盛りまくった。壁に押し付け片脚を持ち上げて突き上げる。繋がった瞬間に彼女の中がキツく締まるのがわかるほど志奈子も感じてくれたようだ。オレも即果ててしまいそうなのを必死に我慢したさ。いつもはタップリと濡らしてから入り込むソコはとろけるほど気持ちがいいのだが、今日のようにまだ半濡れの状態ではたまらなくきつくなる。 「すげえ、たまんねぇ」 「やっ……すごいの。甲斐くんのが…ああんっ」 志奈子もかなりいいみたいで、腰で擦り上げると片脚で立っていられないほど感じているようだった。オレも久々に避妊具をつけずにいたので、ナカの感触がダイレクトに伝わってきて堪らなかった。 そう、子供ができても構わない。夫婦ならではのセックスだ。もちろん、安全日もだいたいわかっている。一人目ができて、その間の禁欲生活に互いが我慢できなかったこともあり、しばらくは子供を作らないようにしてきたが、今日は別だ。こんな日に無粋な隔たりは欲しくない。そう……あの頃だって、自分のものにするために、孕まして無茶苦茶にしてしまいたかった。そう、ずっと思っていたから子供ができたことを知っても嬉しくてしょうがなかったんだ。――――ああ、これでやっと俺のモノだって。 卑怯だと言われてもいい。あの頃のオレはそうでもしないと彼女を自分のものにできないと思い込んでいた。何度も逃げられて、自信喪失して……それでも諦めきれずに捜して追いかけて、縋って抱くことでまた手に入れようとした。 「あの時みたいになってるよ、今のオレ」 高校時代、大学時代。そして追いかけていった先でも、オレは狂ったように志奈子を抱いていた。あの頃のようにところかまわず抱いて、繋がっていないと狂ってしまうかのように……だから立ったまま突き上げ、後ろから獣のように激しく腰を振りたくった。そのあとはベッドで――――久しぶりに手加減せず抱いた。 「出すから、奥に……志奈子の一番奥に!」 深く、強く、彼女の最奥まで入り込み、オレの全部、一滴残らず注ぎ込んだ。志奈子はオレを渾身の力で締め付け、イキながら身体を震わせ続けた。最後は無我夢中で腰を振りたくり、彼女が何度もイク中、堪えたソレを解き放つ瞬間は腰が震え、砕けそうになるほど気持ちがよかった。 その後……ビクビクと震える彼女の股間から温かいものが溢れだし、シーツに水たまりを作った。 「やぁ……見ないで……恥ずかしいの、だめ……」 そんな、見ないでいられるものか。こんな可愛らしい志奈子の恥じらう顔を。 誰にも見せたことのない部分を互いに晒し、それでも愛しいと思える。あの頃と違い、オレを信じてくれているからこそ見せる羞恥。すべて受け入れられるから、全部見せてくれ。オレに…… 「愛してる、オレだけの志奈子。他の誰にも渡したくない。もう……おまえ以外抱けるものか」 ぐったりとした彼女の身体をぎゅっと腕に抱きしめ、オレは身体に残る幸福な余韻を深く感じながら目を閉じた。 明け方目を覚ますと、志奈子はまだよく眠っているようだった。漢方薬が効いたのか、昨夜あれほど吐き出したというのにまだ抱き足りない。まどろむた志奈子にくちづけて、背中から抱き込んだままその肌の甘さを味わい続けていた。 「んっ……」 「志奈子、起きた?」 「あっ……ん、やぁ……」 夢現でも、身体の方は感じているらしく触れればうねり、胸の先に吸い付けば甘い声をあげる。 「寝てていいよ。その声は反則だから」 「はぁ……ん……かい、くん」 昨日の今日だからか、寝ぼけているからか、わからないがまだオレのことを甲斐くん、と呼んでいる。 この呼び方は学生時代を思い出してしまう。初めて抱いた時、それから学校で……あまり喋らない彼女がオレの名を口にするのが嬉しかった。何にも興味が無いようで、ちゃんとオレを認識してくれているのだと確信が持てたから。 「んんっ……あっ」 胸の先を弄りながらも秘所に指を潜り込ませると、ソコは昨夜オレが大量に精を吐き出したままだった。 「志奈子、入れていいか?」 朝から元気に立ち上がったソレを志奈子にこすりつけると、なんの抵抗もなくオレ自身をずぶずぶと飲み込んでく。 「こんなに濡らしたままで……すんなり入れられやがって。無防備すぎないか?」 「だって……甲斐くん、だから」 どうやら目は閉じたままでも、だんだんと覚醒しはじめているらしい。 そうだな、オレだから無防備な姿を見せてくれるんだよな? 「ごめんな、オレが何度も出したまま寝ちまったのが悪かったんだよな」 「ん……でも……いいの……っあん」 ゆっくりと抜き差しすれば、彼女の声が可愛らしく上ずる。モーニングセックスのいいところは、何も考えていなからこそ、身体の反応が素直になることだ。 「気持いいか?」 「……いい……きもち……」 「もっと、して欲しいか?」 「ん……もっと」 その言葉にオレは腰を突き出し、横臥したままグリグリと彼女の中をこすり上げる。志奈子の腰は無意識に角度を調節して深く飲み込もうとする。無意識に締めてきてるしな……これをやられると、ちょっとヤバイ。 「やぁ……もっと、してぇ」 「ああ、いくらでもしてやるさ」 こちらも快感に抗えなくなり、彼女に腰を打ち付け攻め始めた。 「あっ……これ……ダメェ!」 うつ伏せにして、そのまま攻めると声が変わる。完全に目覚めたらしいその声は、打ち震えてソレ以上の快感を怖がっていた。この姿勢で腰を打ち付けると、足を閉じているせいか、膀胱が圧迫され、膣道がやたら締め付けられる。それがやたら感じるらしく、志奈子は逃げようと足掻きはじめる。いまだに感じすぎると怖いのだろう。 「あっ……やっ……イク……いっちゃう……ああ」 その声に反応して志奈子の臀部に腰を打ち付けた。オレだって、もう果てることしか考えていない。志奈子もすぐに絶頂を迎えるだろう。 「志奈子っ……志奈子……ああ、また出るっ! 絞りとってくれ!!」 「やぁぁっ……ん!! あたしっ……あっ、あっ、ああああああっ!!」 「くっう……!」 こすりつけるようにして吐き出し、そのまま何擦りかすると志奈子の中でまた固くなっていく。 「まだだ……志奈子」 「やっ……もう、無理!!」 「ごめん、だけどもう少しだけ付き合ってくれ。家じゃ朝からこんなことできないだろ?」 「そう……だけど」 腰を持ち上げて膝を立たせたが、上半身は突っ伏したまま。まだイッたばかりの志奈子のソコは余韻を残しヒクつかせている 「ああっん」 「もう少しだけ……夕方までに迎えにいくと言ってあるから」 「……夕方?」 「だからそれまでは諦めろ」 「そんな……無理よ……あっん」 目覚めた志奈子を容赦なく後ろからえぐる。 「まだこれからだから」 「いやぁ……ゆるして、お願い……」 力なく哀願されても止めるつもりはなかった。久しぶりに、たっぷりと……ヤリまくるつもりなのだから。 結局朱里のところへ娘を迎えに行ったのは本当に夕方近くだった。 〜おまけ・朱里〜 「すみません、朱里さん……遅くなってしまって」 「大丈夫よ、機嫌よくご飯食べてうちの子と遊んでたから。それより、大丈夫? すごく……疲れているみたいだけど」 迎えに来た志奈子さんはぐったりした様子で、史仁はやたら満足気だった。これじゃ夕方までナニしてたかなんてもろバレよ? 「悪かったな、朱里」 「いいけど……史仁、今度時間があるときうちに寄りなさい」 志奈子さんに聞こえないよう、小さな声で史仁に告げる。 「なんだよ、偉そうに」 「簡単なメークとヘアメイク教えてあげるから……やり過ぎた時は直してあげなさいよ」 「あ、ああ」 「ちょっとは彼女の事考えてあげないさいよね」 「わかってるよ……それぐらい」 「わかってない。あの子はそういうの知られたくない子でしょ? 気遣ってあげなさいよ」 「なんか……母親みたいなこと言うのな」 「これでも一応あなたの母親よ、義理だけど。そして嫁が可愛くてしょうがないんだからね」 「嫁って……志奈子のことか?」 「そうよ、あんたはすぐ無茶するから。わたしが気遣わなかったら誰がするのよ」 さすがにそこまでいうと史仁も黙る。自宅だといいけど、これからはこういうパターンも多くなるってことでしょう? うちは親に預けたりシッター使うけど志奈子さんはそういうのしないし。でもたまには夫婦で出かけるのって大事だって……わかっているもの。 「だから、いつ連れてきてもいいけど、ちゃんと志奈子さんのこと気遣ってあげなさい。出かける前に言ってくれたら服とかアドバイスしておくから」 「ありがとう、助かるよ」 嬉しそうな顔しちゃって。ま、いいけどね。不肖の息子と可愛い嫁のために、そのぐらい。 「朱里、さっき史仁に何言ってたんだ?」 「え? ああ、たまにはこうやって預かってあげるわよって言ってたのよ」 「結構大変だったけどな」 「いいのよ。たまにはふたりになりたい気持ちわかるもの。あなただったら、耐えられるの?」 「まあ、無理だわな。あいつも……無理だろうな。おれの息子だし」 「でしょう? だから、よ」 同じ苦労をしているのかと思うと、よけいに志奈子さんが不憫に思える時があるから、なんて……ふたりには言えないけどね。 |
2015.7..12
11周年? あれれ……(汗) 写真素材 :オリジナル(転載不可) |