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社会人編

41
〜甲斐・6〜

「あんたのせいなんだからね!」
酷く剣呑な視線をオレに向けてくるのは朱理だった。今日はとうとう水嶋さんに捕まって、朱理の前に引き出されていた。こいつに会うとかならず愚痴るか惚気るかするから嫌なんだよな。
「なんだよ、今更……」
「今更なのはそっちでしょ!あんな、いい子を……ああ、もうもったいない!!史仁にはもったいなすぎたのよ、ねえ?リュウ兄」
「なんだよ、オレはその子の事知らねえんだけど?まあ、こいつの凹み具合見てりゃ察しは付くけどな。まともな子だったんだろ?タカさんもそうだったけど、コイツもまともに育ってねえからな。女の正しい扱い方なんて判っちゃいないんだから」
呆れた声で対応するのは水嶋さんだ。朱理からすれば従兄弟のお兄ちゃんで、オレの上司。親父のこともオレのこともよく知ってるから、ズバズバと本当のことを言われてもオレは文句のひとつも言えない。
「もう、甲斐さんのことまで悪く言わないで!あの人は変わったんだから」
「そりゃまあ、そうだ。息子と同い年の女に手をだしてるんだからな……本気みたいだけど?」
「そうよ、浮気とか絶対に許さないんだから!」
「はいはい、今のあの人にゃそんな気は毛頭無いでしょうって」
朱理の怒りの矛先が変わってホッとする。水嶋さんはさすがに付き合いが長いだけあって朱理を宥めるのが上手い。

氷室朱理、彼女は唯一オレに説教たれてくる気の強い女……前に同じモデルクラブに所属していた。氷室コーポレーションの社長令嬢で、それだけでも恵まれているというのに標準以上に美人でスタイルもいい。だけど彼女は華やかな外見に似合わず結構真面目というか堅実的な考え方をする。大企業のご令嬢とは思えないほど質実剛健だ。頭もよかったし、無駄な贅沢や特別扱いが大嫌いだという。母親が庶民だからよと言うだけあって、きっちりと親の愛情を注がれて育ったお嬢様だ。
『わたしの後ろにあるものばっかり見てヘイコラしてる人間が一番嫌いよ』
出会った時から生意気で、外面はいいくせに誰にも心を許してない様な所があった。親の財産や地位、そして恵まれた容姿に引かれて下心有りで近付いてくる奴等に辟易としていた。オレも上辺だけ見てすり寄ってくる奴等が嫌いだった。利潤ばかり求めてくる、その為に媚び諂われるのは御免だった。オレが媚びないと判ると、朱理の態度は大きく変わった。オレには結構素の態度で接してくるし、モデルやお嬢様の皮は被らない。そんな所がオレも気に入っていた。何となく気が合う数少ない本音が言える女友達だったが、恋愛感情にならないのは……彼女は凄いファザコンで、自分がしっかりしすぎてる為に同年代の男ではまったく恋愛対象にならないらしく、オレ自身も元々遊べる女しか相手にしてなかったから彼女は対象じゃなかった。それに、オレは朱理が年上の男にだけ無条件で甘えるのを嫌悪していたし、向こうもオレが女を性欲処理に使ってるのを嫌悪していた。そう言う意味では一緒にいても恋愛感情に発展しないから気を遣わなくていい相手だと、何となく認め合っていた。
まさか、年は上だけど精神年齢はかなり低く、超扱いにくい親父みたいなのに惹かれるとは思わなかったけれども。
信じられないが、数年前からこいつは親父のカノジョだ。冗談で店に連れて行ったのはオレだし、いつもの親父らしくなく、いきなり朱理を子供扱いして彼女を怒らせ、その後何故か朱理が親父に猛アタックかけ始めたというのも聞いていたが、まさかあの親父が堕ちるとは思わなかった。オレと同い年だぜ?おまけに……超気が強いお嬢様だ。親父とのことも、周囲が認めるはずもないと思っていた。事実、親父の上得意だったモデルクラブのオーナーで朱理の叔母の梨沙子さんが怒り100%で店に怒鳴り込んできたらしい。
「わたしのことよりも、志奈子ちゃんのことよ!知ってるんでしょ?彼女が今どこにいるか」
「まあ、な……」
手元には春菜が渡してくれた志奈子からの返信ハガキがある。ここから離れた県で彼女は教壇に立っている。その県の赴任教師の一覧を地方紙で探して赴任先の中学も調べていた。きっと彼女は今充実した教師生活を送っているはずだ。あれほどなりたかった職業に就き、真面目な彼女の事だから目一杯その仕事に打ち込んでいるはずだ。それを邪魔していいものかどうか……志奈子はようやく夢を叶えたのだから。
「ねえ……なんで、黙って行かせたのよ?一緒に住んでたんでしょ?」
「ああ」
「史仁と一緒に住んでて、他の女と遊んでも文句言わないなんていったいどんな子なんだって思ったけど、話してみるとホントにいい子でさ……デートするのに持ってるワンピースに合わせて化粧したいって相談された時、わたしがどれほど驚いたか判る?あれってずいぶん前にあんたが買い取ったワンピースだったじゃない?わたしが『これならどんな体型の子でもサイズ関係なく着れるね』って言ったからでしょ?」
「うっ……それは」
なんでそんな細かいことまで覚えてるんだ?この女は……
「それ着て、あんたとデートしたいって……それが最後のつもりだったなんて、何で気が付かないのよ!バカぁ!!」
おしぼりが飛んでくる。さっきから何度も飛んできては、水嶋さんが側に戻すもんだから……まあ、他のモノが飛んでこないだけまだマシだけど。
「こんなバカ、さっさと離れて正解よ!今時分もっといい男と恋愛してるわよ」
「それはない……あいつは、恋愛も結婚も、一生しないっていったんだ。だからオレは……」
手放したんだ。あの時……どれほど彼女を欲しいと願いながらも。
「そんなの判らないわよ?素敵な人が現れたら……ねえ?」
「そうだねぇ、一生本気の恋愛はしないって言ってたタカさんが今じゃコレだもんな?わかんないよね、人の心なんて」
水嶋さんがしれっと口にする。
「あのクソ親父と志奈子を一緒にするな!」
考えたくない事だけど、でも違うんだ……志奈子は。まっすぐで、嘘が無くて……強情で、融通が利かなくて、頑なで。オレ以外の男に心も体も開かないはずなんだ。
――――たぶん……
だからあの手を離した。高校卒業後、いったんは諦めたあいつを見つけて、あらゆる手を使ってその身体も生活も全部取り込んだのに……最後の最後まで、あいつの心の一番奥の扉は開かなかった。
だから、あいつの望む未来を手に入れられる様に、オレは手を引いた。カラダは手に入れられても、あの心だけは……最後まで手に入らなかったから。
オレは……どこでやり方を間違ってしまったのだろうか?


〜独り〜
高校を卒業したオレは一人暮らしをはじめた。志奈子の代わりなんて何処にでもいる、そう思って片っ端から女と寝てみた。見た目が好みとかそういうのも関係なく、自分から言い寄ってこないような子や、オレに興味を持ってなさそうな子でも、色白で、肌の綺麗な子に声かけたり誘ったりした。だけど……あの肌の持ち主、志奈子みたいにオレを夢中にさせるカラダの持ち主は何処にもいなかった。
どんな女だってヤレば気持ちいいけど、志奈子とヤッてる時の様な高揚感が沸いてこなかった。いくら抱いても抱き足りないほど手に入らないあの感覚。もっともっと触れたくなる肌の暖かさ、しっとりと汗ばんで吸い付く様な……そして言葉や表情と裏腹に乱れていくカラダ。この腕の中に抱き込んだと思っても、すぐにするりと抜け落ちていく。思い通りになる様でならない女。
だから、大学に入ってから付き合った女とはまったく長続きしなかった。付き合い始めはどんなに恥ずかしがっていても、どんなに控えめでも慣れるとどんどん図々しくなっていく。結局はどの女も同じで、当たり前の様に独占欲を見せ甘え要求してくるからすぐに興ざめした。
『ねえ、わたしのこと好き?だったら……』
もっとわたしを見て!わたしを好きだと言って!他の女を見ないで!もっとわたしを、わたし、わたし、わたし!どんなに束縛しても、好きだと言ってきても、尽くしてくれていても、いつか離れてしまうくせに……他に自分を満足させてくれる存在を見つけたらさっさとオレの前からいなくなるくせに?
そう、親父の恋人達はオレを可愛がってくれたけれども、結局はヤツの仕事や女関係に愛想を尽かして、最後には皆オレから離れていってしまった。だから期待なんてしていない。好きだの愛してるだの、そんな言葉も、尽くしてくれていても、好きだという言葉も全部嘘っぽく思えてしまう。志奈子みたいに最初から『無い』とはっきり言ってくれる方が余程正直で信じられた。
だから、彼女に言わせたかった。望ませたかった。オレを……だけど志奈子は何も言わない、何も望まない。思わずこっちが何かしてやりたくなるほどに。頑なにカラダを強張らせれば開きたくなるし、なかなか本心を見せないから、素直になるまで責めまくる。
快感に素直になった志奈子は可愛かった……あの一瞬だけは手に入れたと思えるのに、身体を離して熱が冷めればいつもの彼女に戻ってしまうのが寂しかった。だから何度も求めた……どんなに抱いても手に入りはしないというのに。

「ねえ、今カノジョは?」
「いない」
「じゃあ、付き合おうよ!甲斐くん凄くカッコイイし、えっちもすごくいいし」
本日の飲み会の後お持ち帰りした同じ学部の女は、セックスの後当たり前の様にそう言った。オレは返事もせずぼーっと煙草をふかしていた。
「ね、今日は泊まってってもいいでしょ?」
拒否しなければその女はカノジョということになり、図々しくも毎日のように顔を出す様になる。断りもなく自分のモノを持ち込んでは、オレの世話を焼いてるふりをして他の女の出入りをチェックする。そして最後にはオレの側から離れていくんだ……
ただ、家事をやってくれるのは助かった。独り暮らしをはじめると色々と面倒だったから。
食事も洗濯も掃除も……誰かがやってくれなければ自分でやらないといけない。なんだかんだ言っても、家にいれば誰かがやってくれてたし、家政婦も来てた。時々店のホストや従業員が転がり込んで来てはそいつらが、親父の女が来てる時は彼女たちがやってくれた。その事を嫌ってたくせに、結局はしてもらうことに慣れてしまっていた、オレ。
女がいない時は、最低限の洗濯と掃除ぐらいは自分でするようになったけど、料理だけはからっきしだめだった。もっとも今の世の中料理が出来なくても、インスタントもコンビニの弁当もスーパーの総菜もあるから困りはしない。
付き合い出すと、嬉しそうにオレの面倒を見ることを口実に部屋に入り込む女達……自分がいかに有り難い存在か必死になってアピールして、その変わりに見返りとして、言葉や態度やプレゼントを欲しがるんだ。
――――疲れる……
頼んでもいないのに?ご褒美がないと駄目なわけ?見返りを求める女の行為には、いくらよくしてもらっても心が動かなかった。ただ、ヤリたい時に女がいないと面倒だから、女の温もりが欲しい時に側に寄ってくるから、そんなことをいいながらも手当たり次第手を出してるんだから世話が無い。

「ああっ……やぁっん、いくっ、いっちゃうっ!!」
長い髪がシーツに波打つ。目の前の女が不意に志奈子の姿と重なった瞬間、オレは激しく女を責め立てた。
「あんっ、キツイのぉ!!」
激しく腰を使いながら、最後の瞬間目を閉じる。イケない時はそうすればすぐに終わりが来る。浮かぶのは、志奈子の快感に耐えるあの切なげな表情。どんなに気持ちよくても、どんなに感じてても、そんな自分を責めるかの様に泣きそうな顔して耐えてる表情を思い出せば、いつだってゾクリと背中が震えて快感が込み上げてきた。もっと……理性を壊す最後の一線で耐える彼女を壊したくて沸き上がる己の凶悪な欲望。そして、震えるほど感じて鳴き乱れて、最後にぐったりと動けなくなった彼女に対して、酷く扱ってしまった事を後悔しながらそのカラダを撫でさすって彼女の世話を焼いていた……
だけど現実では行為の終わった後、元気に動き出す今のカノジョ。自分で後始末して、勝手にシャワーを浴びにいく。イキ過ぎて震えて、カラダをさすってやらないと動けなかった志奈子とは違うんだ。最もあれはそうなるほど責め立てていただけで、今のカノジョに対してはそこまで求めたりしてないだけだけど。
「ねえ、明日映画でも見に行かない?」
「……別に、観たい映画ない」
「もう!じゃあ買い物とか付き合ってよ。帰りに美味しいものでも食べて帰ろう?すっごく素敵なお店見つけたんだよ、あのね、そこはメニューがね」
――――ホントに、疲れる……
男のオレが興味も湧かない、訳の分からない『かわいいお店』だの『オシャレなメニュー』の話なんて、聞いててもちっとも楽しくない。なのに聞いてないとまた怒り出すんだ。どうせそのうちオレに愛想つかすか、他に男ができて離れて行くだけのくせに……それを待つだけだった。

せっかく入った大学も、講義のコマをこなしていくだけ。女は居てもイラつく毎日の繰り返し。
そんなある日……オレは駅で志奈子を見つけた。
「船橋?」
もう三つ編みじゃなくて、あの野暮ったい黒縁の眼鏡も消え、シルバーのフレームに変わっていたけれども、ふと見た横顔は間違いなく志奈子だった。
大学名は聞いてはいたけれど、志奈子が黙ってあの部屋から居なくなった時も、引っ越し先まで調べてはいなかった。自分から離れていった女を追いかける気は毛頭無かったから……だけど、まさかこんな近くに居たなんて。考えてみればこの辺りは各大学のキャンパスも集まってきてる学生街だから、近くに住んでいてもおかしくはない。今まで気が付かなかっただけで、何度もこの駅ですれ違っていたのかもしれない。どちらにしろ、このチャンスを逃すつもりはない。
そう、結局彼女の代わりになるカラダの持ち主なんていなかったから……だからいいよな?もう一度彼女を手に入れて、オレが抱いても。もったいないだろ?あのカラダを一生誰にも抱かせないなんて。女なんて年取れば放って置いてもそのうち誰も見向きもしなくなるんだ。だったらそれまで、彼女さえうんと言わせられたら。そんなこと簡単だと思っていた。カラダから落とせばいいだけなのだと……
もう一度、あのカラダを抱きたい!その一心でオレはその後を追いかけた。
「志奈子……見つけた」
雨が降っていたけれども、お互い傘がないのもおかまいなしに、ただ逃がさない様にその腕を強く掴んで振り向かせた。
落ち着いた私服姿の彼女は相変わらず地味だったけど、白いブラウスの開いた衿から覗く白い肌と張りのある腰にグレーのタイトスカートが似合っていた。地味だけど妙に色っぽくって、えっちい感じがした。そんな格好で電車に乗ってたっていうのか?他の男がその服の下を想像して盛ってるような気がして、ちょっとムッとした。
「甲斐、くん……」
その声はあまりにも普通すぎた。たぶん、驚いてるんだろうけど、その抑揚の無い声がオレの名を呼ばなければ、オレが誰だか忘れていると思えるほど冷静な声……というよりも迷惑がっているように見えた。
オレがこんなにもこの再会に浮かれているというのに、彼女はにこりともせず押し黙る。
そう、だよな……オレはあの時切られた存在で、志奈子はオレなんかには逢いたくもなかったってわけだ。だけどそのカラダはどうだろうか?相変わらず触れられれば敏感に反応して濡れるはずだ……それとも、他の男に抱かせてるのか?
一気に沸き上がってくる焦燥感を押し隠して、オレは冷静を装い話しかけた。
「あんま、変わってないのな、お前」
見かけは少しだけ変わったけれども、中身はという意味だった。相変わらず無表情すぎてオレはどう話していいのか一瞬躊躇した。だけど聞きたいことは山ほどあった。最後に逢った日の翌日、オレは彼女が引っ越した後のアパートを訪ねたがもぬけの空だった。急いで携帯に連絡を取ったけれども繋がらなかったし、メールも全部返ってきた。自分が振られたというか切られた事にすぐに気が付いた。だけどそこまでされるとは、その時まで思っていなかった。それまでの密接なカラダの繋がりがあまりにもあっさりと断ち切られた事が信じられなくて……
オレは昔から他人の好意とかそういった感情に敏感で、自分に気のある女の子はなんとなく判ったし、向こうの気持ちが離れていく時も判った。志奈子も口では嫌だと言っていてもカラダは嫌っていなかったから大丈夫だと思いこんでいた。だから、また声をかければあの関係が始められるはずだと……だけど志奈子は、オレがいくら話しかけても視線すら合わせてこない。そんな態度に腹が立って、思わず掴んだ手に力が籠もった。
「だって……アレで最後だって、約束したじゃない!」
それでも彼女の口から出てくるのは拒絶の言葉ばかり……
オレを睨み付けながら、彼女は初めて感情的な表情を見せた。最後に抱いた、あのホテルでの行為が最後だって約束。
そう、約束は……したさ。けれども、あのホテルで一晩中抱き続けても、オレは満足できなかった。カラダ的には打ち止めでも、もっと抱きたいと思った。他にあれほど満足できる相手が居ないんだからしょうがないだろ?今は離れていった理由なんてどうでもいい。聞きたいのはそんなことじゃなくて、今、他に男がいるのかどうか、前みたいに抱ける可能性があるかどうかってことだけだった。
もう一度、セフレの関係に戻りたかった。別に付き合う形でもいいけれども、志奈子は一生結婚するつもりも恋愛するつもりも無いと言っていたから、ソレは困るんだろう?本気で恋愛したくない時、相手に彼女や彼氏がいる方が安心すると思ったから、志奈子の『彼女が居るのか』という問いにも正直に『いる』と答えた。そう、カノジョはいるけれども志奈子ほど満足させてくれる、抱きたいと思うセフレはいない……
だから、志奈子のカラダが欲しい。今を逃せばもう次のチャンスはないだろう。このカラダさえ落とせば……あとはどうとでも理由はこじつけられる。押しに弱いのも知っているし、求められたら拒みきれないことも……他の男の手に落ちる前に、再び自分のモノにしておきたかった。
だからオレは、嫌がる彼女の腕を離さず人気のない路地裏へと引きずって行った。民家の壁にその柔らかな身体を押しつけて、自分の欲望を解放しようとしていた。こんな……野外の、いつ誰が通るかも判らないところで、再び見つけた至上の快楽の源である志奈子のカラダを目の前にして、オレは抑制がきかなくなっていた。興奮したカラダをグイグイと押しつけて、その欲望を解放したくて堪らなかった。
「な、本当に忘れた?オレのコト……オレの身体……オレは忘れられなかった。おまえの、志奈子の身体……こんなに感じやすいのに……」
その白い首筋に吸い付き舐め上げれば、感じてすぐに落ちる志奈子のカラダ。彼女のことは他に何も知らない変わりに、感じやすい場所も弱いところも熟知していた。だけど、カラダは落ちても彼女自身はちっとも思い通りにならなくて、焦れて……いつだって、抱いても抱き足りなくて餓えていた。
志奈子の唇からは拒否する言葉しか出てこない。だけどそれも前と同じだ。感じやすいこのカラダは拒否の言葉を口にしても、早くもオレの愛撫にビクビクと反応している。
「志奈子の身体が我慢出来るはず無いだろ?なあ、あれから他の誰かに抱かれたか?」
何度も問いただす。こんな感じやすいカラダが本当に我慢できたのか?オレと同じようにカラダから言うことをきかせるヤツがいないとも限らない。いや……彼女に限ってそんなはずはないと思い直す。あれだけオレに抱かれて喜んでいても、卒業後、見事にオレから逃げ出したのだから。
「もったいない……こんな抱き心地のいいカラダ放っておくなんて……馬鹿だよ、おまえも他の男も……」
だけどその馬鹿な男どもに感謝だ。真面目で色気もなく見える彼女が、こんなにも抱き心地のいいカラダをしていることに気付かずに居てくれて……
「思い出させてやるよ……志奈子の身体が、オレに抱かれるのが好きだったことを」
その唇を塞ぎ、口内を舌で愛撫する。上顎の辺りを舌でなぞると途端に彼女のカラダが傾ぐ。オレの袖口を掴んだ指先に力が入る。壁に押しつけて動けなくしたまま胸の先を摘み、タイトスカートをまくり上げ、下着の中に指を這わせ、弱かったところを責め続ける。しっかりと濡れたソコはオレの指にかき回され、ぴちゃぴちゃと水音を街の片隅に響き渡らせる。
「あっ……んっ」
唇を少し離すと、甘い喘ぎ声が漏れてくる。その声にゾクリとカラダが震えた。いくら逃げても、いくら嫌っても、彼女のカラダは逃げられない。この快楽の波に押し流されて、オレを受け入れるまで責め続けるだけだ。そして極めつけの言葉が……
「やっぱ、志奈子、ヤラしい女……こんな淫乱な身体放って置いたらもったいない。オレが可愛がってやるから」
やらしい、淫乱。この言葉を使うと志奈子は恥じ入る様に目を潜ませ、カラダを硬くして抵抗しなくなる……濡れて誘うかの様にオレの指を締め付けてくる志奈子のソコは最初の頃のようにキツクて、男のモノを受け入れるのはどうやら久しぶりのようだった。
ああ、もう、我慢できそうにない……オレは怒張した己の欲望の竿を取り出し、志奈子の滑らかな太股に擦りつけていた。他の女なら、その気にさせて放置しても平気なのに……どうして志奈子だとダメなんだ?女が嫌がったら、普通萎えるし相手にもしなくなるのに。志奈子の場合は、どんなに彼女が嫌がっても途中で止められない。トイレや公園でしていたあの頃の様に、ここで志奈子の片足を持ち上げて立ったままヤッてしまうのもいいが、今はもっと濃密に彼女と繋がりたかった。
オレは、ここからたいして離れていない自分の部屋に連れ込んで思いっきり抱いてやろうと考えていた。志奈子も諦めたようで、ここでやられるよりは部屋がいいと答えてくれた。
もう一度志奈子を抱ける……
オレは、これから得られる快楽を想像して興奮した。だけど、この思いっきり勃ってしまった自分のモノをどうすべきか……このまま部屋になだれ込んでも、玄関先で突っ込んでさっさとひとりで果ててしまいそうな勢いだった。
そんな格好の悪いコトは出来ない。それに今夜はそれ以上のいい思いをスルのだから。オレは怒張した己のモノに志奈子の手を添えさせて、そのまま吐精してその場を納めた。

部屋に入ると志奈子の気が変わらないうちにコトを進めようとベッドの上に押し倒した。そう言えば昨晩も女が泊まっていって、シーツもそのままだけど……ま、いっか。今更シーツ換えたりする余裕はない。
嫌だ、もうしないと繰り返し、抵抗を続ける志奈子の手首を適当に床に落ちてた衣類でベッドに縛りつけた。こうすればもう逃げられないだろ?ベッドの上で大人しくなるまで感じさせて徹底的に落としてやるんだ。
彼女の眼鏡と髪留めを外す……オレに抱かれる儀式のように、素顔を晒した志奈子はもう逃げられない……逃がすつもりもない。嫌だと言えなくなるほど感じさせて、欲しいと自ら求めるまでは……


どの位の間責め立てただろうか?どれだけ志奈子が泣き叫ぼうが、その声は既に快楽に濡れて甘い艶を含んでオレを煽る。
「や……甲斐くん、はずして……これ、お願い」
拘束した腕をほどいて欲しいと何度も懇願するが、それはオレを欲しいと言ってからだ。触れるたびに震え、焦れて腰を蠢かせる。濡れた蜜壺を指でかき回せば締め付けて果てる。
覚えているんだ……志奈子のカラダは、オレを……オレだけを。
「やぁああ、また、またいっちゃう……だめぇ……」
何度も、何度も指だけでイカせ続けた。終いには呼吸を乱し、抵抗の言葉も意志も彼女から消えていく。
ここはオレの部屋で、時間制限なんてない。朝までヤリまくってもオレは構わないぐらいだ。
彼女が欲しいと言ったのか、それともオレが我慢しきれなかったのか……耐えきれなくなって、淫猥にヒクついてオレを欲しいと蠢くそこに深々と己を突き入れた。その途端ひくついてるのが判ったけれども、直接襞に触れる気持ちよさに、自分がゴムすら付けていないことに漸く気付いた。
そんな余裕も無くすって……オレは、ガキか?それともサルか?
そこから抜け出すのが嫌で、浅いところで何度もゆっくりと擦りあげると志奈子は堪らないと言った喘ぎ声を上げる。それだけでもう……止まらなかった。
「あぁあああっ……もう、やめて……ひっ、んんっ」
「くっ……」
獣の様に腰を使って最奥を責め立てて、また志奈子が昇り詰める瞬間、渾身の力を込めて己を引き抜き彼女の腹の上に吐精した。何度も跳ね上がって残った体液を重ねる自分を思わず恥じる。中出しはしなかったものの、いきなり生で入れるって……ダメだろ?それは。自分の失態を隠す様に、オレはキスを繰り返しながらさりげなく自分が脱いだTシャツで志奈子の腹の上を拭き取り、まだ納まらない自分にサイドボードから取り出した避妊具を付けると再び志奈子の中に深々と納めた。イカせすぎたせいか、夢うつつの彼女はオレのそんな行為に気が付かぬまま再び脚を抱え上げられて喘いでいた。腰を動かして、オレを欲しがって……
オレは志奈子を抱きしめながらベッドに縛り付けたその腕を解放してやった。だけどオレの腕の中からはまだまだ離してやらない。カラダを起こして対面で座らせたまま下から突き上げ、カラダを揺する。その耳元に、逃げられない囁きを落とす。
「好きなんだろ、コレが。こんなにオレの締め付けて……」
『いやらしい女』と、その言葉を告げるたびに何度もオレ自身を締め付けてビクビクと震える。愕然とした表情の彼女を、これ以上逃げられない様にぎっちりと抱きしめて唇を塞いで……再びシーツに押し倒してこれ以上ないほど深く繋がって……ゴム越しに全てを注ぎ込む。志奈子の矯声が部屋の中を甘く満たし、彼女自身も快感の波に攫われていく。その瞬間、ぎゅっと閉じた瞳から、ポロポロと涙をこぼしながら……

全てを吐き出したあと、脱力したカラダを志奈子に預けた。
オレの下で、はあはあと荒い呼吸で息切れしながら、いつものように痺れたまま動けなくなった志奈子のカラダを優しくさすり続けた。そうしながらもオレは無意識に、何度も志奈子の額や髪の生え際にキスをしていた……それほど、愛しいと思えたんだ。
オレは動けない彼女のカラダを綺麗にしてやるためにタオルを取りに行った。そのついでにさっき使ったTシャツをゴミ箱に捨てる。
もし、出来てしまったら……オレはどうする気だったんだろう?責任とるとか、どうこういう問題じゃない。志奈子は最初から一生男と付き合う気もなければ結婚する気も無いと言っていた。だからこそ男の気を惹く為のオシャレも、自分の為に着飾ることすらしない。ダサい格好も、黒縁の眼鏡も三つ編みも全部……それがあの頑なな彼女を構成している核の様なものだ。あの時、何も言わずに引っ越したのも、オレがあまりにも彼女のカラダに執着したから、その先を望んでいると勘違いされたんじゃないだろうか?オレだって遊びの相手に本気モード見せられたりしたら引くよな?特に最後のホテルでも……付けずに繋がった。もちろん外に出したし、もうたいして出もしなかったけど。
これからもこのカラダを抱きたかったら、オレが遊びだって……志奈子も最初に言ってた様に、ただカラダが気持ちいいから、だから続けるだけなんだって思わせておかなければいけない。きっとそれ以上を求めたらまた終わってしまうだろう。
――――そう、いつだって本当に欲しい物はこの手をすり抜けて行ってしまう。記憶にない母も、幼い頃母の様な温もりをくれた女性達も……縋ったその胸に、何度も置いて行かれた。それ以上求めちゃいけないことをオレは知っていたはずだ。欲しいと願っても手に入らない、執着しても無駄だってコトを、遠い昔に学んだはずなんだ。
だから……オレはどうすればこの関係が続けられるか、気を失ったかの様に眠る志奈子を腕に抱いて、ただそれだけをぐるぐると考え続けていた。


「帰るわ」
目が覚めた志奈子に風呂を勧めると、彼女はさっさと立ちあがって衣服を付け始めた。
いつもこうだった……セックスの最中はあれほど快楽に素直なのに、終わった途端冷めていつもの『委員長』に戻ってしまう。
「なんだよ、もう遅いから泊まっていけばいいだろ?それとも何か食べに出るか、ピザでも取る?」
馬鹿みたいに引き留めながら、それは最も彼女が嫌う行為だと思い出す。
そう、いつだって彼女は熱が冷めたあとは別人の顔をして、さっきまでの行為を恥じるんだ。
引き留めちゃいけない……だけど、ここで素直に帰したら、また捕まえるのに苦労しそうだ。オレは送るからと言って急いで服を身につけた。タクシーでも拾うと言っているが、その脚は微妙にふらついている。
そりゃそうだろ?この時間まで何も食べずにオレに抱かれ続けたんだから……それも際限なく。
「あっ……」
靴を履こうとして屈んだ途端ふらついて前のめりに倒れ込みそうな志奈子のカラダを支える。
ほらみろ、ゆっくり休んで行けばいいのに。そんなに早く帰りたいほどオレと寝たのが嫌だったのか?あれほど感じて乱れていたくせに……
「あ、ありがとう」
違う、いつもの志奈子だ。酷い目に遭わせたのはオレなのに、咄嗟にお礼の言葉が出るんだ。カラダを拭いてやってる時もそうだ。申し訳なさそうにしたり、してもらったことにはきちんとお礼を言う、それが志奈子だったから……
やっぱり、休んで行けと言っても頑なに帰ろうとする。もしかして……誰か待っているのか?高校時代から一人暮らしの彼女が実家に戻ったなんて到底考えられないから、きっと今でも一人暮らしに違いない。それとも、相変わらずのボロアパート住まいがばれるのがいやなのか?志奈子が前に住んでたアパートは間違っても高校生の女の子が住むようなところじゃない。だからオレにも最後まで見せたくなかった気持ちはわかる。それほど彼女の実家は貧乏というかお金がないのだろうか?
泣きそうにも見えたその顔から、きっと住んでるアパートを見られたくないのだと思った。それなら無理矢理送ったりせず、タクシーに乗るまでだけにしよう。いざとなったらあの駅で、彼女が降りてくるのを待てばいいのだから……
オレは大通りに出てタクシーが来るまでの間、ふらつく彼女のカラダを支えていた。
帰したくない……また出会えなかったら?そう思うとついついこのまま部屋にもう一度連れて帰りたくなる。だけど……それをすればきっと彼女は束縛されることを嫌って、二度とオレに抱かれてはくれないだろう。
だったら、此処は紳士的にさらりと送り出さなきゃならないと思った。
もう一度彼女を抱く為に……
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