22
「なあ、あんたのカレシが他のオンナといるの見かけたぜ?」
アパートの前で声をかけてきたのは覚えのある顔だった。
隣に住んでいる大学生、といっても一体いつ大学に行っているのやら……朝大学に向かう時朝帰りの眠そうな彼と出会うこともあった。いつも疲れたような顔をして、服装もなんとなくだらしなく見えるのはいつも甲斐くんを見ているからだろうか?
彼はいつだって流行の衣服を身につけていたし、着崩してはいても身だしなみはきちんとしていた。だからダサくて流行の物ひとつ身につけていない自分が並ぶのが嫌だった…
外で逢うこともない、逢えば裸で抱き合うだけだからそれは関係ないことなのだけれども。
「キレイなの連れて、モテルね、あんたのカレシ」
「…………」
なれなれしい物言いに嫌悪して、無言で無視した。
隣人だからといって仲良くご近所づきあいをするつもりはない。おばちゃんとか相手ならうまく立ち回っておかないと後が怖いから適当に合わせたりもするけれど、いくらわたしみたいな女でも男の下卑た視線は気持ちが悪い。
前に甲斐くんが来た時にも何か話しかけて来たらしいけど、甲斐くんが無視していたのでわたしも相手にしないようだんまりを決め込んで鍵を開けてさっさと部屋に入ろうとした。
「羨ましいよな、モデル並みのいいオンナ連れ歩いてるくせに、アンタみたいなカノジョが居るんだもんな。まあ、どっちが浮気か知らないけど」
「別に、カレシでもなんでもないわ、だから放っておいて!」
思わずカノジョという言葉に反応して返事をしてしまった。わたしの中で必ず引っかかってしまう。その言葉を肯定したままで居ることが出来なかった。嘘でもそう思うこと、そう思われることを許したら自分が惨めになる、そう思っていたから。
わたしは、甲斐くんのカノジョでもなんでもない、ただの……
「へえ、カレシじゃないのにあんなコトしちゃうんだ。見た目とは印象違うんだな。アンタのカラダそんなにイイの?」
「え?」
「オレだったらあのキレイなオネーサンのとこ毎晩行っちゃうけどさ、そうじゃないってことは、それほどアンタのカラダの方がいいってことだろ?よく、いい声で鳴いてるもんなぁ」
思わず頭のてっぺんまで血が上る。この男、聞いてるんだ。わたしの声や行為の……
これ以上聞いてられなくて部屋に駆け込んで鍵を閉めた。
怖い……だけど、言ってることは事実だ。わたしが甲斐くんに抱かれてること。堪えきれなくて漏れたアノ時の嬌声を聞かれていた。
だから……そんな女だと思われたのだろうか?
真面目そうな顔して、男に体を開いて嬌声を上げて善がり狂う女の姿。
母のシルエットに自分が重なる。わたしみたいなダサい見かけの女に興味なんか持たないはずなのに、こうして興味を示されてるってコトは、母のような女だと思われてるってことだ。
誰にでも股を開くような女……
嫌だ、そんな女になりたくなくて必死で勉強してきたのに!
なのに……恋人でもない男と誘われるままに寝て、淫らな快楽に酔い隣の部屋にまでその声を聞かせていたなんて、自分にはあるまじき行為だった。
やっぱりもうやめたい……こんな関係。
どっちにしろ、カノジョが出来たのなら当分甲斐くんは来ないだろう。だったら……いっそのことまたここを引っ越そうか?流石にもう甲斐くんも追っては来ないだろう。来ても彼女がいない間だけの相手だから、また新しい相手が出来たら来なくなるの繰り返しだけなんだから。
いっそカレシらしきものをわたしが作れば終わるのだろうか?
その候補に隣の大学生を思い浮かべてみたけれども、ぞっとしただけだった。
今までどんな男性との接触も避けてきた自分に、甲斐くん以外恋愛の対象になるような相手は居ないってコトなど判りきっているのに……
それ以来部屋に出入りする時、隣の男とは顔を合わさないように気をつけていた。
「なあ、隣のヤツとなんか話したのか?」
「え?」
甲斐くんが来て、食事がまだだというのでその準備をしていた。相変わらず、彼女がいても時間が空くとこうやって食事とカラダを強請りに来る。
「なんか皮肉言われたぞ」
「なんて?」
「いや、別に」
珍しく甲斐くんが口ごもった。なんだ、キレイなカノジョとのコトならもう知ってるのに。
他の女の人の存在を隠しはしないけれども、説明されたりもしたことはない。まあ、当たり前だしわたしも聞かないから。
「それって、今度のカノジョがモデルみたいにキレイってこと?」
「なんだよ、それ!」
あれ?違ったのかな……
「甲斐くんとカノジョのこと、街で見かけたって言ってたから。別に珍しくもなんともない話なのにね」
つい、皮肉っぽいことを口にしてしまった。そんな風に言うつもりじゃなかったのに……
「それで、志奈子はなんていったんだ?」
「別に……」
それ以上は言う気になれなかった。これじゃまるで浮気の現場を押さえて文句言う本命の彼女みたいだ。反対なのに……付き合ってる彼女がココに怒鳴り込んできても文句のひとつも言えないことしてるっていうのに。
「とにかく、隣には気をつけろよ」
「何を?別にわたしが誰と仲良くなったとしても自由でしょ?」
甲斐くんに何が言えるの?彼が誰と何をしても自由なように、わたしが誰と何をしようと勝手なはずだ。
「違うだろ、おまえは……くそっ!」
いきなり引き倒すように台所の床に落とされる。甲斐くんが手を伸ばしてコンロの火を止めた。
「何よ、お腹すいてたんじゃ……」
「志奈子が先だ!」
「んっ……」
いきなり床の上で始まった行為に驚く。服を着たまま性急に求められ、下着の中に指が入ってきて濡れているのを確認するとすぐさま甲斐くんが自身を宛がい突き入れてきた。
「やぁ……んっ」
思わず声が出そうになったのを手の甲で塞ぐ。もう聞かれたくなかったから、なのに……
「声、だせよ……隣のヤツに聞かせてやれよ」
「……やっ……ふぅ……っん」
膝を抱えあげられて激しく揺さぶられた。背中が床に擦れて痛い。でもそんなことお構いなしに甲斐くんはわたしを壁際に連れて行き後ろから攻め立てた。
「聞かせてやれよ、志奈子が俺に気持ちよくさせられてるトコ!」
「やぁあああ!」
また前みたいにさせられるのかと思った。だけど今度はひたすら鳴かされて、イカされて、いつの間にベッドに戻ったのか、甲斐くんがいつの間に帰ったのか判らないほど乱れて堕ちていった。
目が覚めると身体はきれいに清められ、枕元には飲み物が置いてあった。
「あ……」
声を出そうとしても枯れて出ない。しかたなくペットボトルのそれを口に含むと幾分か楽になれた。
また、やっちゃったんだ……
今度こそ声を上げないようにしようと思っていたのに。
あいにくここは角部屋だから、隣はアノ大学生の居る部屋しかないけれども、またあんな淫乱な女を見るような下卑た目で見られるのかと考えたら気が重かった。
それから、わたしも甲斐くんも後期の試験が始まり、2週間以上逢うこともなかった。
当然、隣の男も試験期間だったらしく、あまりバイトに出たりしてなかったので顔を合わすこともなくほっとしていた。
勉強に打ち込んでる間はまだいい。何も考えずに集中できるから。
だけど……
時間が空けば空くほど身体が求め始める。甲斐くんの与える快感、快楽の愛撫、そして身体を包むその熱、暖かさ……
甲斐くんの指を思い出して、自分の身体に触れる。こうして抱かれ始めてひとつだけ変わったことがある。自分の身体が前より嫌いじゃなくなったことだ。すぐに淫乱になって快楽に溺れてしまうのはどうしようもないけれども、いつだって甲斐くんが触れてくれるその指を思い出すだけで自分の身体すらいとおしくなる。あんなに味気ないほど色気の欠片もなかったこの身体がいまや、男を求めて熱く火照るのだから……
『志奈子の肌は気持ちいいな』
いつだってそう褒めてくれる。褒めながら何度も何度も触れてくれる。他にはない宝物のように扱ってくれるのだ。その証拠が、あんなにきれいなカノジョが出来てもわたしのところに来ること、わたしを飽きずに抱くのがその証拠だろう。同じように触れてみる。
「あっ……」
甲斐くん、と声にならない声で彼の名を呼ぶ。もう試験は終わっているから、先にカノジョとデートでもしているのだろう、連絡もない。今時分、あの優しい指先で美しい人を抱いているのかと思うと知らず知らずのうちに涙が溢れてくる。彼の気まぐれと、カノジョの不都合が重ならないとわたしは抱いてはもらえない。次はいつ?なんて、聞けるはずもない。
「んっ!」
欲しくて疼き続けるそこを自分の指で慰めるように擦り続けるしかない。
淫乱な身体……いつもより浅い快感の頂。
「ふぅ……」
むなしさを吐き出して衣服を整える。こんなことしてもかえって身体が疼くだけなのに……
「馬鹿みたい」
一人で居ると独り言が増えてしまう。本当に馬鹿みたい。
「あ、牛乳……」
コーヒーを飲もうとして、切らしてたのに気が付いた。ここのところ食事も一人分だったからあまり買出しにも行ってなかった。いい加減買い物にでも出て気分を変えなきゃと思い出かける準備をした。
幼い頃、いい加減な食事で栄養失調になったりして困ったことがある。学校給食が始まり、自分で自炊するようになってから体調も肌もよくなった。そのとき以来食事の大切さが身にしみているから自炊だけはきっちりとする。だからこそ甲斐くんが好きだというこの肌も維持できているのかもしれない。
「そんなつもりないのにな……」
意識しないところで作用している悪循環。いっそのことガサガサの肌になったら甲斐くんは来なくなるだろうか?
まあいい、どっちにしろ当分彼は来ないのなら来ないで別に構わない。そう思うしか他に方法はないのだから……
「やっと出てきた」
「え?」
ドアを開けたその前に、隣の大学生が居た。と、思った瞬間からだが押し戻されガチャリとドアの閉まる音が聞こえた。
「何っ……きゃぁっ!!」
ドンと床に押し倒され、その衝撃で後頭部をガツンとしこたま打ち付け思わずクラリと意識が遠のきそうになる。
「なあ、欲求不満なんだろ?カレシ来ないもんな、身体疼いてるんだろ?」
いやらしく顔を寄せて煙草臭い息を吹きかけてくる。
なんなの?いったい……
「真昼間からイイコトしてくれちゃって、鏡使ったらカーテンの隙間から見えるんだよ、アンタの部屋さ」
もしかしてベランダ側のカーテン、ちゃんと閉まってなかった?
「やめて!!」
サーッと血の気の引く音がした。けれども意識がはっきりした頃には両手首は何かに縛られ、わたしの上には馬乗りになった隣の男がはぁはぁと粗い息を吐いている。
「真面目そうな顔して、すんげえ淫乱?男と毎晩ヤリまくってくれちゃってさ、こっちはいい迷惑なんだよ。けど、カレシじゃないんだろ?あのオトコマエ。だったらオレでもいいよなぁ?ココんとこ来てないみたいだからさ、オレが慰めてやるって」
「いやっ!!」
「なんだよ、アンタ誰とでもヤレんだろ?暴れんなよ、すぐに気持ちよくしてやっからさ」
ぞっとした。甲斐くん以外の男に近づかれること、のしかかられてその手が胸元に伸びて……怖気だった。
「ヤダっ!やめてっ!!」
必死で腕と脚をバタつかせて暴れるけれども、大の男に馬乗りされて腕を縛られていては逃げられるはずもない。
「なあ、お互いイイ思いしようや、オレも溜まってんだよ、な?」
「やぁっ!!」
押し付けられる甲斐くんじゃない熱い昂ぶり。甲斐くん以外の人がわたしの中に??
イヤ、イヤ、イヤッ!!
首を振って煙草くさい顔が近寄ってくるのから逃げる。だけどそのまま首筋に吸い付かれてチクリと軽い痛みを感じる。
「うはぁ、すんげえ跡形付きやすいのな。色白いし、なんか気持ちよさそ」
そういいながら空いた手で体中を撫で回し始めた。
「吸い付くような肌だねぇ、顔も……メガネ外せば見れるジャン?髪も……へえ、ひっつめてるのしか見たことなかったけど、いい感じジャン。脱がしたくなるね、胸も案外あるみたいだし……こりゃ見かけより楽しめるってか?さすが、アノ男ソレ知ってたんだ。なるほどねぇ〜じゃあココは?」
「ひっ!!」
下着の横から指が入り込み、まだ濡れもしないそこをかき混ぜようとする。
「キツそ……ほんじゃ楽しませてもらおうかな?」
サッとわたしの下着を引き抜き、それをわたしの口の中に押し込んだ。
「んぐっ!」
もう何もしゃべれない。抵抗する言葉すら吐き出せなくて、目の前が真っ暗になりそうになる。息が苦しくて、指の先から痺れ始めて……
もう、ダメだ……やられてしまう。
一瞬身体から力が抜け、意識が遠ざかりそうになった。
誰でもいいわけじゃない。
甲斐くんだから……彼だから抱かれていただけなのに。
まるで淫乱な、誰でもいいから咥え込んでいた母のような扱いされて、このまま無理やり犯されてもわたしは感じてしまうのだろうか?甲斐くんにされるみたいに喘いで淫乱になってしまうんだろうか?母のように……
イヤだ!甲斐くんじゃないと!!
いっそのこと舌を噛んで死んでしまいたい。だけどソレすらさせてもらえないならどうすればいい?
目いっぱい抵抗して、その後……
甲斐くん
甲斐くん……
甲斐くん!!
甲斐くんにならいくら酷いことされてもそんな気にはならなかった。自分が淫乱で、母のようだと思っても、甲斐くんは優しく触れてくれたから。終わったあとも優しく身体を撫でてくれたから、だから自分のこと嫌いにならずに済んだのだ。この身体すら愛しいと思える瞬間もあった。
だけど……このままおとなしく汚されるぐらいなら、いっそ………
「んんっう!んぐっ、んぐっ、んんっ、んんっ!!」
必死で脚をバタつかせ、出せない声を必死で絞り出した。
「うるせえっ、大人しくしろ!」
バシッと耳元で大きな音が鳴り、頬が一瞬熱くなり、その後ジンジン痛んだ。
殴られた?
そのショックで身体はますます強ばり、熱く勃起した欲望の塊を内腿に押し当てられても身動きも呼吸することも出来なくなっていた。
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