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高校3年間勉強に打ち込んで来たおかげで、わたしはセンター試験で十分な点数が取れていたので、前期試験で国公立のO女子大に合格した。ここで教員課程を取っていずれは教師になるつもりだった。人に勉強を教えるのは嫌いじゃないみたいだし、なんといっても公務員は女独りで生きていくには有利だ。女性の職場としても安定してるし、オールドミスでも企業よりは風当たりも少ないかなと思う。女子大を選んだのは、もう男性に関わりたくないってこと。
気づいてしまった自分の本性に一生蓋をして生きていくにはそれがいいだろう。
大学でも奨学金を貰えば義父に負担をかけなくてすむし、家庭教師のバイトをすれば少しは生活に余裕も出る。
わたしの人生にはもう二度と余分なモノが入り込まないように、これからも目の前のカリキュラムを黙々とこなしていくだけだった。
ただ……合格の連絡をどうしようかと、携帯を手にして悩んでいた。このまま連絡せずに引っ越せば終われるのに、律儀に約束を守る必要もないはずなのに、馬鹿みたいに連絡したがってる自分が惨めだった。
『受験終わったら、思いっきり壊してやるから、待ってろよ。』
甲斐くんは最後、わたしの背中越しにそう言っていた。
その言葉に熱くなった身体。だけど……このまま連絡しなくてもきっと終われる。もう二度と逢わずにすむのに、もう逢えなくなることが辛いと感じてしまう自分。
忘れられない……あの日、中途半端に放り出されたわたしは、アパートに帰ってから自分を慰めた。だけど、いつも彼が与えてくれるような快感は得られなかった。
馬鹿みたい……身体の中にこんなモノかかえるようになっちゃって。
わたしは甲斐くんに欲情していた。
あの腕に抱きしめられたい。あの指先に翻弄されて、彼のたくましいものでナカをいっぱいにされたい。えぐられて、擦られて、頂上に押し上げられて……それでもまだ打ち込まれて、身体が痺れて動けなくなるまで、されたい。
終わった後、優しく身体をさすられて。一度でイイ、あの腕の中で眠ってみたかった……
<O女子大に合格しました。>
大学の近くに引っ越す前日、荷物を全てまとめた後、わたしはようやく甲斐くんにメールをした。
彼からはすぐに、待ち合わせ時間と場所を指定したメールが来た。
「よ、合格おめでと」
「ありがとう、そっちは?」
「国公立はダメだった。滑り止めに受けていた私立に決めたよ」
「そう……残念?」
「いや、一応W大学だし」
「よかったわね、それじゃおめでとうだね」
待ち合わせて普通に話す友人同士のようだった。
「やっぱり途中からしゃかりきになっても無理があったな、それまで遊びすぎてた。せっかく委員長にも教えて貰ったのに、わるかったな……浪人する余裕はないから、W大でなんとかやるよ」
3年間勉強以外の思い出がないっていうよりもいいんじゃないだろうか?でも最後をわたしとの情事で終わらせなくてもいいと思う。
「じゃあ、受験は早くに終わってたんだ」
「ああ、もう後期は受けなかったよ」
「そう……で、彼女はもう出来たの?」
聞かなくていいことを聞くわたしって、馬鹿だ。
「まあね、街うろうろしてたらOLのお姉さんに逆ナンされた」
「あ、そう……」
今そのヒトと付き合ってると、彼は言った。じゃあ、わたしはいらないんじゃなかったの?
最後だから、もったいないっていうほどのモノでもないはずでしょうに。きっとそのヒトの方が綺麗でスタイルもいいはずだわ。自分から彼に声かけられるって、それだけ自分に自信があるヒトなはずだもの。
───なのに帰ろうとしないわたし。
もう決めてきたから……今日で最後だから、最後ぐらいは身体だけでも素直になろうって。
「じゃあ、これからどうする?」
目的は一つなんだから、さっさと済ませてしまいたかった。こんな街中で、まるで恋人同士のように寄り添って話してても周りの視線が気になるだけ。
だって、今日のわたしはいつもと変わらない三つ編みと眼鏡。普通に地味なデニムのロングのスカートにハイネックのセーターで、ウールのダッフルコートは学校で着ていたもの。色気のない恰好のわたしに比べて甲斐くんは、ブラックジーンズに襟元にフェイクファーのついたロングのコートをひっかけている。その姿はもう十分大学生に見えた。髪は卒業してからいっそう明るくなってるし、サングラスも常備してたり、胸元の開いたシャツにアクセサリーが揺れてる。あの綺麗な長い指には大きなシルバーの渋いデザインのリングがいくつかはめられてるし、耳にはピアスが増えていた。
ファッション雑誌から抜け出たようで、誰もが注目するのは判る。だけど、それと同時に周囲から自分に向けられる軽蔑したような視線。
ダサイ、ブス、似合わない、釣り合わない。
やだな、見られたくない……出来ればすぐに誰もいないところに行きたい。人前で一緒にいるのはすごくいやだった。
「委員長……じゃもうねえな、船橋さえよかったら、合格祝いに飯でも奢るけど?」
彼はセックスの最中だけ<志奈子>と名前を呼ぶ。さすがに卒業してまで委員長はおかしいと思ったのだろう。だけど、船橋と名字で呼ばれたのは初めてだった。
「ご飯は、食べてきたわ」
待ち合わせの時間は2時だったから、それは当然。
「じゃあ、お茶でも?それとも、映画とか、行く?」
「……え?」
そんなのでいいの??セックスが目的じゃないの?
まるでデートみたいじゃない……セフレ相手になに気を使ってるんだろう。最後だから?それとも彼は外ではセフレ相手にもこうやってカノジョと同じ扱いをするのかしら?
「別に……見たい映画はないわ。お茶だけでいいなら、さっさと済ませて帰らせてほしいんだけど」
ああ、もう、こんな言い方しかできなくなってるなんて。
一瞬にしてむっとした表情になる甲斐くん。最後ぐらい思い出作ってやろうって本気で思ってたなら悪いコトしたかな。でも、そんな思い出辛いだけなの、判らないかな……
自分が惨めで辛くなるだけだもの。側にいたら……比べられる、そして思い知らされる。彼に、わたしなんか隣にいるのすら不自然で不釣合い。
「なんだよ、帰りたいのか?それとも門限でもあるのか?」
「門……限?」
そんなもの今までのわたしに存在したことがない。
母親が邪魔だと言ったら夜中でもコンビニに行ったり、公園で明け方まで時間を潰したこともある。
今考えると、よくグレなかったものだと思うけど。
「わたし、一人暮らしだからそんなもの無いけど?」
「え??な、なんだよ、それ……」
「どうせ大学はいったら大抵そうなるでしょ?高校の間は誰かに入り浸れられたら面倒だから黙ってたけど」
「なんだよ、それだったら……くそっ」
何怒ってんのよ?そんなに悔しがること?
「じゃあ、今からおまえの部屋行ってもいいのか?」
わたしの部屋に?そんな、急に言われたって引越しの準備しちゃってるし、布団も全部荷造りは済んでいる。それに、誰がどう見ても女子高校生の部屋じゃないわよ?生活費切り詰めてたし、高校の3年間だけのつもりだったから部屋も安くておんぼろなところだ。えっちするのに場所選ばない人だものね、タダで出来るとこ探してたんだ?そっか、部屋に呼べばよかったの?でも、そんなことすればわたしが普通の家に育ってないっていうのがバレてしまう。だって……良識ある娘思いの親なら、あんな部屋借りるはずがないもの。家賃が安いだけのボロアパートはわたしが自分で探して決めたところだ。保証人の欄は郵送で記入して送ってもらっただけで、あのアパートを見に来たこともないはずだ。うちの親は……
「……無理よ、意外と壁が薄いの。だから、何もしないつもりなら、別に構わないけど」
「そ、そっか……」
何か言いたげだけど、よくわからない。今日はなんだか逢ったときから態度おかしいし。
「じゃあ、取りあえず門限無いって事は、帰りは何時になってもいいんだな?」
今までの表情と一変して、ニヤって笑った甲斐くんはわたしの腕を掴んで歩き始めた。
入ったのはラブホ。もちろん、はじめて。
意外と綺麗な内装なので驚いていた。女の子が憧れそうな造りだ。もっとよく見たかったけど、あまり物珍しげに見回るのもなんだと思って、取りあえずソファに腰掛けて周りを見回した。
「シャワー浴びる?」
「来る前に浴びてきたけど……入るものなの?だったら入るけど」
一応礼儀かなって思って聞いた。だって何もかも初めてだよ?デートしたこともないのにいきなりホテルだもの。でも、もう全部済ませた関係だったらその緊張も今さらだよね。
よく、落ち着いてるねって言われるけど、それは表面上だけのこと。実際、今も胸はどきどきしてるし足もガクガクしている。だけどわたしの表情は変化することは滅多にない。あんまり笑わずに育ったからかな?嬉しいとか、楽しいって感情を表現するのは苦手だ。ただ、周りの誰かを不愉快にさせないようお愛想笑いだけは身に付いた。でも、何事にも動じないと思われてるわたしは、みんなからすればどんな時でも頼りになる委員長像だった。
そんなわたしが唯一自分をさらけ出せた行為が、甲斐くんとのセックスだった。だけど、あんな経験の仕方して、どんな方法が正しいのかも判らないまま、資料室の床の上で抱かれ続けた。最後はトイレだし、立ったままだったし……普通の恋人同士がどうするのか、どんな風に甘えてしなだれかかるのかもわからない。いつも服も着たままシテ、はだけてくしゃくしゃになってたから、実際未だに互いの全裸の姿は知らないはずだ。
やだ、裸?!見せなきゃいけないの??
このポッコリお腹も、たぷたぷの二の腕も、前に見られてるけどふっとい太股も、全部……
────か、帰りたくなってきた。
「じゃあ、オレも終わってからでいいや。な、そんなとこに座ったままでどうすんの?」
甲斐くんは冷蔵庫からミネラルウオーターのボトルを取り出して口にしていた。
「ど、どうするって……どうすればいいの?」
声の勢いがなくなってしまう。まるで、今のわたしの心境と同じ。虚勢張っても、全然平気なんかじゃない。
「こっち、来いよ」
ベッドに座ったまま甲斐くんがわたしを呼ぶ。
ああ、やっぱり抱かれるんだ。
今更ながらに実感してどうするなんだけど、身体は半分期待して、半分怖がってる。
甲斐くんに抱かれるのは好き。あの時の快感を思い出すと身体は熱くなって、震えて腰が落ちそうになる。
だけど今日は少しだけ怖い。
わたしの裸見て幻滅するだろうなって思うと……だって今まで綺麗な人と、何人もと経験があるわけだし、比べられたらやだなって思う。
でもコレで最後だから、思い切って脱いでしまおう。それに、気にするほど見てないかも知れない。
ただのセフレだもの。最後に気楽に抱ける女を手放すのが惜しいだけ、だろうから……
「きゃっ!」
側まで歩いて行くと腕を引かれて、そのままベッドに引き倒された。
ベッドに押し付けられたまま眼鏡と三つ編みが外される、これはいつもの儀式。
そして、わたしは女の顔になる。
重ねられた唇を受け、わたしからも積極的に舌を差し込み絡め、追い追われるを繰り返す。
セーターを脱がされ、キャミソールも取られブラも外された。晒された胸にキスと愛撫を与えられて、甲斐くんの手がのそまま下に降りて行き、スカートのファスナーにかかると全部引き抜かれて、後は下着一枚だけの姿になった。
恥ずかしい……こんなみっともない身体を甲斐くんに見られることが堪らなく恥ずかしくて、怖かった。
「やっぱり、吸い付く肌だな……全部見るのははじめてだな」
甲斐くんの指が優しく身体中に這っていく。その指先とわたしを見る目は思っていた以上に優しげでほっとした。蔑まれるほど、酷くはないってことなのだろう。
少しだけ安心して、手を伸ばそうとしてそれを留める。甲斐くんの身体に触れたかったけれど、ジャケット以外脱いでない彼には直接届かない。
「ずるいよ、わたしだけ……」
そう言って甲斐くんのシャツに指先で触れる。彼は、ああ、と気がついて自分で腕をクロスさせて頭から脱いだ。
下半身ジーンズだけの甲斐くんの上半身は、見とれてしまうほど綺麗な逆三角形だった。シャツの半脱ぎ姿は何度か見たけれども、制服の下にこんな綺麗な身体があったなんて本当に知らなかった。そして、そのジーンズの下、細い腰についたモノでいつも女を喜ばせているのだ。わたしも、一番嫌っていた行為を何度も受け入れてしまうほど、彼のそれで幾度も狂わされた。
誰もが夢中になるわけだよね。こんなにドキドキするほど色っぽくて綺麗に見える男に抱かれるなんて……整った顔立ちにすらりとした肢体、割れた腹筋に薄い体毛。目を奪われ、思わずそっと指先でそこに触れるとわずかに整ったその顔を歪めた。
嫌がっていないことを確認して、わたしは身体を起こして甲斐くんの胸に手を這わせ、そしてその硬くなった小さな胸に吸い付き軽く噛んだ。
「うっ、あぁ……」
「かわいい」
女の子みたいに上がった声に夢中になって、しばらくは交互に吸い付いて離れなかった。自分でも大胆だと思う。でも、コレで最後だからこそ出来ることで、恥もかき捨てじゃないけどもう、本当にコレが最後だから、そう言い聞かせてわたしは自分から甲斐くんの股間に触れた。
ジーンズの上からでも判るほど、甲斐くんのモノは勃起していた。わたしは慣れない仕草でベルトを外して、ジーンズのボタンに手をかけて、ファスナーを降ろした。
そんなコトしてくるとは思ってなかったのか、甲斐くんは一瞬吃驚していたようだったけれども、腰を浮かしてジーンズを脱ぐ手伝いをしてくれた。
「志奈子、どうしたんだ今日は……」
わたしは答えない。だって理由は簡単。最後だから、わたしもしたかったから……
コレで最後だけど、はじめて見る彼の裸。薄暗い資料室や背中向けられたトイレじゃあまりゆっくり見たことがなかった。
ジーンズを脱ぎ去った後には黒いボクサーブリーフが残されていた。その下の熱くて堅いモノが、厚手の下着を下から押し上げて、たくましい形を作り上げていた。上から愛おしげにゆっくりとさすりながら、彼の胸の先を転がしていた。いつも自分がされるように、何度もしつこいほど、ゆっくりと。
「くっ……も、いい……それ以上やったら、10倍にして返すぞ?」
「え?あ、やぁっ!!」
股間に添えていた手をはずされて、そのまま仰向けにシーツに縫いつけられた。
「ここはいくら声だしても、どんなに大きな音出してもイイトコなんだぜ?いつもの倍以上凄いことしてやる。だから、声、聞かせろよ……志奈子の声、可愛いんだから」
可愛いだなんて、信じられない彼の言葉だった。
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