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13
私立の受験が始まり、夜の質問電話も無くなった。電話で話すときの少し掠れた声を聞いてるの、好きだったんだけど。
学校でも顔を合わすことはほとんどなかった。そんな連絡は取り合ってなかったし、身体の関係もいらないならしょうがない。
そうするうち、すぐに卒業式。うちの高校は2月の頭には式がある。
卒業式の日、みんなに囲まれて照れくさそうに笑う甲斐くんがいた。わたしと違ってたくさんの在校生や友人達に囲まれて、やっぱり人気があったんだよね。だって整った顔してるし、格好いいって有名だったから。
あんな人に抱かれてたんだ……今更ながらそのコトに気がつく。
あの資料室でのことがなかったら、彼は卒業するまでただのクラスメイトだっただろう。きっと卒業すれば街角ですれ違ってもクラスメイトだということに気づくこともなかったはずだ。その名前も顔も、二度と思い出すことがないまま、同窓会であったとしても話さないまま終わっただろう。
でも、知ってしまった……彼の肌の温もりも、その指先の優しさも。彼の熱く堅いモノ、腰の卑猥な動き、そして彼が女を抱くときの艶っぽい表情、イク時の切なそうな顔が凄く綺麗なことも……
わたしみたいな勉強以外なんのとりえもない身体を、何度か抱いてもらえただけでも感謝しなくちゃいけないかもしれない。もし、この先同窓会で逢ったとしても、知らない顔できるかどうか自信はないけれども、それ以外どんな関わりもなくなる、そんな存在なのだから。


卒業式の後、わたしはそっと、あの資料室に行ってみた。
もちろん鍵が開いてるわけもなく、がたがたと音を立てる開かないドアを前にわたしは苦笑いして、しかたなくその廊下の窓から外を眺めていた。
この学校とも、もうお別れ。
だけど不思議と3年間の思い出は何一つ出てこない。そりゃそうだろう、うわべの付き合いで、勉強しかしてこなかったわたしにたいした思い出はない。真面目な委員長、頼まれたらにっこり笑って要領よくこなす。だけど、その心の裏なんて誰も知ろうともしなかっただろうし、わたしも見せようとしなかった。彼にだって……抱かれていながら、何一つ自分のことは話してない。なのに、蘇ってくるのは彼との濃密なセックスだけだった。
あの時、初めて自分以外の人がわたしの内側に直接触れた。心も身体も誰にも触れさせることはなかったのに、その行為を許したわたし。恥ずかしいの限界を超えて行為を繰り返し、間にある感情が何もない限り、彼に愛想笑いも気遣いもしなくていいのは楽だった。
だって、淫乱な母を映し出したわたし自身の本性を知られてしまったから。あんなに嫌っていた母と同じだと気づかされ、もう彼の前では取り繕っても無駄だと思った。それはとても楽なことで、大学にいったらもうお愛想笑の委員長は止めてしまおう、そう思えたほどだった。
何も言わず、ただ肌だけ重ねるだけでも人の体温を感じることが出来ると知らされた。母にすらろくに抱きしめられた覚えがないわたしには、それは知らなくて欲しかったものだった。セックスの快感も嫌いじゃないことはもう認めるけれども、それよりも終わったあと彼が身体をさすってくれるのがとても安心出来て好きだった。
だけど、彼の目にわたしはどう映っていただろう?真面目なふつうの家の子だと思ってたのに、意外と淫乱で驚いただけだろうか?きっと、好きでもない男に平気で抱かれるあたしは滑稽に見えたことだろう。見かけによらず淫乱で、真面目な顔して男欲しがって、それが楽しかった?でも、もしかしてって勘違いするほど行為そのものは情熱的で優しかった。場所さえ目を瞑れば十分なほど上手かったと思うし、その後もほったらかしにされたりしたこともない。ただセックスの最中に理性がとぎれた時の自分のことだけは思い出したくもない。乱れて、よがって、求めて……最低の女だったと思うから。
自分の本当の気持ちに目を瞑り、そうなるのは自分が淫乱だと説明するしかなかった。
だけどそうやって割り切った関係を演じるのにはそろそろ限界。いつか行為の最中に口走ってしまいそうで怖かった言葉を封印するには卒業はちょうどいい儀式だ。これでお互いの関係をすっぱり終わらせてしまうのがいい。だから、最後だからもう言ってしまってもいいかな……
「好き」
ずっと心の内側でくすぶっていたその思いを言葉にして、窓の外に向かって声にしてみた。声に出した途端に身体が震えて涙が溢れてきそうになるのを、深呼吸して必死に堪えた。
誰に対しても持ったことのない感情。欲しいと願っても手に入らないと知っているから、とうに求めることを諦めてしまった。
だから、最後まで自分で気づくのが怖かったんだけど、口にしてみればなんて素直で可愛らしい言葉なんだろう。いつの間に、なんて自分でもわからない。なぜって言うのもわからない。ただ抱かれていただけなのに……
わたしの内側に入り込んできた人だから?同じ環境で育ったから?
理由なんてもうどうでもいいかもしれない。いくら抵抗しても気付いてしまった想いだから。
この言葉を口にして、うざがられるのも、嫌われるのも怖かった。都合のいい相手のまま消えるのが一番いい。ただの性欲処理の相手にそんな言葉は貰いたくないだろうから、綺麗に後腐れなく別れてしまいたかった。始まりも言葉がなかったのだから、終わりもこのまま何もなかったように消えていくのが一番いい。
向こうだってそうに決まっているだろうから、わたしは直接顔を合わさずにこのまま帰るつもりだった。
ただ、最後はこの場所で、自分の中の想いときちんとさよならしたかった。
「さよなら」
思いっきり深呼吸して、ゆっくりと窓を閉めて帰ろうと振り向いたそこに……甲斐くんがいた。

「どう、したの?」
「探した。ケータイ、いくら鳴らしても出ないから」
携帯は学校にいる間は電源を切っている。そんなの知ってるくせに。
「もう、帰ったと思ってた」
「そっちこそ、卒業祝いにみんなでどこかに行ったんじゃなかったの?」
そんなことを言っていた、確か。仲間内で今日ぐらいはいいだろうと騒がしかった彼のグループ。真剣に受験に取り組んでるから少しだけ迷惑そうな表情だったのはわかったけれども。
「俺はまだ受験残ってるからパスした」
「そう」
わたしは鞄を持つとそのまま帰ろうとしたけれど、いい機会だから最後にちゃんと挨拶をしておこうと、思いなおして立ち止まった。
「今までありがとう。それじゃ、元気でね」
ありったけの作り笑顔を見せる。これ以上は無理だけど、最後ぐらい笑った顔でもいいかなって思ったから。
「なんだよ!」
「え?」
すれ違いざまにいきなり腕をつかまれた。
「これで最後みたいな顔すんなよ!」
いや、最後でしょう?もう卒業したら無理して手近で済まさなくてもいいんじゃないの?大学さえ決まればあとは好きにしていいんだろうし……
「だって、もう卒業でしょ」
「それで終わりってことか?」
「そうよ」
「だったら最後に抱かせろよ」
「えっ?」
なに?最後って……
ああ、そっか、わたしみたいなのでも抱き心地はいいって言ってたから、最後にもう一回抱いておきたいってこと?
「ちょと、やだっ!」
壁に押し付けられて、彼の顔が近づいてくる。思わず顔をそらすとそのまま首筋に埋められてしまった。
「やっ……まさか、こんなとこで?」
「もう、誰も来ないだろ」
あの日、彼の部屋以来こんな展開にはならなかったのは、わたしの身体にはもう飽きたんだと思ってたのに。それでも、大学には受かりたいから勉強教わるだけにしたんじゃなかったの?
「でもっ、」
「じゃあ、こっち」
そういって目指すのはまたトイレ?そりゃ廊下なんて恥ずかしくて無理だけど、やっぱり嫌だ。そんな排泄行為と同じ扱いなんて……
「やだっ!!いやよ、そんなとこ!」
せめて、最後ぐらい、ちゃんと抱かれたかった。
わたしは甲斐くんの手を振り払って拒否した。少し驚いて、でも相変わらずじっとこっちを見ながらも怒りを堪えた目はそのままだった。
「なんだよ、いまじゃダメなのか?」
「今日は、嫌よ。それに、もうすぐ前期の試験だし……甲斐くんだってこんなことしてる暇ないでしょ?」
狙ってる国公立はぎりぎりのボーダーだと聞いている。
「溜まってるんだよ。けど、まあ、俺もセンターぎりぎりだったからな……だったら、受験終わったら思いっきり抱かせるか?その後も、続けるか?」
「えっ?」
終わったらって、その後もなんて、あるはずないのに?それとも、また彼に彼女ができるのを見ていなきゃダメなの?それは、いやだ……もう、自分の想いに気が付いてしまったから。
「なあ、受験終わったら連絡して来いよ。それだったら、それまでは我慢する。」
答えずにいたらぎゅっと抱きしめられて、神妙な声になった。きっと返事するまで離さないってことだろうな。
「それっきりにしてくれるなら、連絡する」
わたしは思わずそう答えてしまっていた。彼の熱い塊が下腹部に押し当てられ、それだけで身体が彼を欲しがってしまったから。
「その後は?」
「もう、お終いよ……大学に入ったら、甲斐くんならすぐに彼女ぐらいいくらでも出来るでしょ?」
「そんなに最後にしたいのか?」
甲斐くんの手がゆっくりと腰のラインを落ちていく。それだけで期待する身体が熱く反応して震える。
「やっ……」
「こんなに感じやすい身体のくせに」
そのままスカートの裾から彼の手が潜り込んで、壁に押しつけられたまま太股をざわりと触れた後、下着の上からゆっくりと撫でられはじめるともう抑制は効かなかった。
「あっ……ん」
指先が微妙なラインを掠め、敏感な突起を通り過ぎるたびにため息が出てしまう。
「触って欲しいくせに」
反対の手はブラウスの下に潜り込んでブラの上から優しく触れるだけだった。
「いま人が来たら大変だな?真面目な委員長が制服を乱されて、感じた顔を誰に見せる?後輩か?それとも先生?」
「やっ……」
「もう、濡れてる……委員長の身体はほんとに淫乱だから」
下着の上から擦られて、ソコを濡らしていることも知られてしまった。
「ひっ……ん!」
下着の隙間から指が入り込み、つるりと襞を擦りながらわたしの中に埋め込まれていく。
「ほんと、いつでも何処でも入れられそうだ。いっそここで入れてみる?」
押しつけられた甲斐くんのソレはわたしを求めてくれているのがわかって、嬉しくて、余計に身体が濡れて感じて求めてしまう。
「おねだりしてみろよ?」
わたしは必死で頭を振る。いくら身体が淫乱でも、こんなところじゃ嫌だと心が拒否し続ける。
「そんなに嫌なのか?」
その問いかけとは裏腹に、彼の指は執拗にわたしの中をかき混ぜ、感じる部分を擦り上げて逃げられなくしようとしている。だけど、わたしが黙ったまま頷くと、その手の動きが止まり、ゆっくりと包み込まれるように抱きしめられた。
「はぁ……わかったよ」
彼はその腕を解いてわたしの身体を解放した。
それがとても寂しかった。身体反面の温もりが消え空虚な冷えが身体を包む。本当はもっとその腕で抱きしめられていたかった。自分がただのセフレじゃなくて、カノジョにでもなったような気になれたから……だけど、そうじゃないことにはすぐに気付いていたし、勘違いしたままじゃもっと悲しくなるだけだということもよくわかっていた。

「この続きはお互い合格してからな。委員長もツライだろうけど、精々我慢しろよな?欲しかったらさっさと連絡して来いよ」
わたしが感じてることを知ってて、彼はにやりと笑いながらわたしから抜き出した指を舐めてみせる。
ずるい……一旦快楽の火をつけられたらなかなか引かないのに?
「か、いくん……」
腕を伸ばして彼に縋り付きたくなる身体を必死で押しとどめていた。
「そんな目をしてもダメだよ。それともここで委員長が口で俺をイカせてくれたら考えてもいいけどな」
こんな、誰も居ないからといって廊下で跪いて彼のモノを舐めろというの?
無理、よ。それでトイレにでも付いていけばそこで抱かれてソレでお終いなんでしょ。
それも嫌。だったら最後ぐらい……

「連絡すればいいんでしょ?」
「え?ああ」
いきなり醒めたわたしに驚いたみたいだけど、わたしにだって最後の意地がある。
最後ぐらい、自分のペースで終わらせたい。ずるずるとこんな関係続けていくつもりはないから。
「じゃあ、帰るわ」
「おい、待てよ!そんな顔したまま帰るのか?」
そんな顔ってどんな顔よ?可愛くないのは知ってるわ!
「関係ないでしょ」
アパートは学校から近いから徒歩だし、この時間帯だったらあまり人とすれ違わなくてすむ。
「残りの受験、お互い頑張りましょう」
それだけ言って、わたしはその場を立ち去った。
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