日高&正岡
同僚・その3
「なんか……よかったね。自分で話付けちゃうなんて、さすがに志奈子先生らしいけどさ。でも、ちょっと寂しかったんじゃないの?責任取るつもりだった男としては」
志奈子先生の部屋からの帰り道、割とゆっくりした歩調でふたり車に向かって歩いていた。
「まあ、ね。けど船橋先生が言うことももっともだからね。いつかできる……俺の本当の子供に悪いって」
「そりゃ、まあそうだろうけど。うまくいけばそのまま志奈子先生手に入れられたかもしれないのに」
そうなったら、ちょっと……ううんかなりしんどいだろう。だって、わたしは日高くんの事が好きだと彼女には宣戦布告してあるのだ。だから、そうなったらなったでちょっとやりにくいというか、引っ込みつかないから困る。わたしの方が好きなのにと思ってしまうだろう。でも……日高くんは彼女の元カレよりも、もっともっと志奈子先生の事が好きなんだ。だから……子供の父親になるとまで言いだしたのだと思う。
あーあ、そろそろわたしも、いいかげんきれいさっぱり諦める時が来たみたいね。
今夜、送ってもらって……それで最後にしよう。もう、ふたりっきりでは逢わない。志奈子先生とはうまくいかなかったとしても、この先また彼に可愛い人が出来るのを見続けるのは……やっぱり辛いから。そのたびに、こうやって相談にのっておせっかいを焼くのは最後にしたい。
「ああ……それはもう、諦めてるよ」
意外な返事だった。期待してたから言いだしたんじゃなかったの?
「彼女は意外と意思が強いし、人に頼ったり同情を受けるのを嫌うだろ?まあ、不思議と……智恵先輩には頼ってるみたいだけど」
そっか、彼女に頼ってほしかったから、あんなこと言いだしたのかな。大丈夫、彼女の場合事情が事情なだけに頼るわけにもいかなかっただけで、他の子ならきっと彼を頼るに違いない。
「それは、ほら、人徳だよ。まあ、日高っちも頑張ってまた可愛い子を探しなさいな。わたしもこれで落ち着けば、安心してお見合いの話、受けられるしね」
そう、前から来てたお見合いの話。そろそろ返事しちゃおうかな。
「……えっ?受けるって……何を?」
「お見合いよ、お・み・あ・い。そろそろ限界らしいのよね。今はまだ独身の人なんだけどね、これが30後半になると40代の男性か再婚相手とかになっちゃうのよ。今来てるのが結構いい話でね、いつ会うのがいいとかって急かされてたんだけど、ここのところ、志奈子先生の事で出かけることも多かったから返事渋ってたのよね」
「見合い……するの?」
「え?もう何回かしたよ。でもさすがに部活の指導はやめないって言ったら、向こうから断られたけどね」
それは本当に何度も。最初は理解あるようでも、さすがに土日祝日ほとんどがクラブ指導で潰れると言ったら、あっさりと断られた。やはり女性は家庭一番でないとダメらしい。
「子供……産みたいほど好きな人がいるって言ってたのに?」
「いるけどね……向こうにその気がなければ産むことはできないじゃない。少なくとも、わたしとお見合いする人たちは、こんなわたしでも奥さんにして子供産ませたいって思ってるわけでしょ?だったら、その中から選ぶしかないでしょ?」
中にはずっと仕事や部活指導を続けてもいいって人が、ひとりぐらいいるかもしれない。もちろん、子供ができたらその間ぐらいちゃんと休むわよ。
「気持ちは?智恵先輩の、その人を好きって気持ちはどこに行くの??」
それを君が聞くかな?
「それは……無くならないよ。だけど、実を結ばない思いはそのまま持っていても……為にはならないでしょ?志奈子先生だって、ほんとうは子供ができなかったら、このままここで先生としてずっと過ごしていくはずだったんだよ。もしかしたら、時間をかければ日高っちが幸せにしてあげられたかもしれない。だけど、元カレへの想いが彼女をまったく別の道に歩かせてる。わたしは……お見合いして、わたしを好きになってくれる人ができた時、そんな思いを持ってたら失礼じゃない?だから、そっとしまって閉じ込めて……置いて行くんだよ」
ここに。この場所に……もちろん告白なんてしない。卑怯かもだけど、わたしは仕事を取る。これから先やりにくくなったりするのは困るからね。後輩に尊敬のまなざしで見られていることを優先するんだ。100%望みがないのだから、それが一番ベストの選択なはずだ。わたしは星空を見上げて大きく手を伸ばした。ほら、届かない……そんなものなのだから。
「智恵先輩!」
その伸ばした二の腕を思いっきり掴まれた。
「な、なに……どうしたの??」
「僕と……付き合ってもらえませんか?」
「……え?」
付き合うって、これから飲みに行くってこと……?
「飲みにだったら……」
「違います!見合いなんてするぐらいなら、僕を選んでください!そりゃ5つも歳下だけど、教師としてもまだまだで、先生に勝ててるところとか、全然ないですけど……」
嘘……何言ってるの?
「ずっと一緒にいて、尊敬できる人でした。一緒に飲んでて楽しくて……オレなんか相手にされないって思ってました」
違うよ、それはわたしの方だよ?こんな年増の……部活馬鹿、色気も何にもないのに。
「何……言って……」
「見合いなんてしないでください!」
抱きしめられていた……その胸の中に。想像以上に熱い胸板。かたい筋肉。それから……早い鼓動。
「ついこの間まで、他の女性のことを好きだって言ってたし、信用してもらえないかもしれません。いいかげんなヤツだって思われてもしょうがないですけど、だけど……智恵先輩を他の男に渡すなんて絶対に嫌です!」
「日高くん、ちょっと落ち着いて……君の好みはおとなしくて可愛い子でしょ?わたしじゃタイプ正反対だし……」
彼がS中に赴任してきた頃、彼女の写真を見せてもらったことがある。おとなしくて可愛いい従順そうなタイプ。だけど遠距離恋愛は半年ももたなかった。彼女に好きな人が出来て、そのときも慰めたのはわたしだった気がする。その後も、何人か付き合った女の人の話をずっと聞かされてきたんだから!
だから、これはきっと違う……好きの意味が違うはず。期待したら、あとで笑えなくなる。
「そうですね、志奈子先生の時も好みのタイプだと思いました。でも、実際に彼女たちはおとなしくなんかなかった。他に男がいたし……誰かに縋っているようで、ちゃんと縋る相手を決めている。ある意味強いんですよ。それに比べて智恵先輩は、全然人には寄りかからない。自分の事で泣かないくせに、人の事でばっかり泣くおせっかい焼きで、可愛くて……」
「か、可愛くなんか!」
そんなこと今まで一度だって言われたことないわよ?かっこいいとか、頼もしい以外……
「この間からあなたが可愛いくてたまんないんですよ!いつの間にか僕より志奈子先生のことを心配して、全然関係なかったはずなのに、彼女のために本気で悩んで、怒って泣いて……いつの間にか彼女の事よりあなたのことの方が気になってしょうがなかった。格好悪いところばかり見られてるし、年下だし……絶対無理だろうって思ってたけど、見合いするなんて話を聞いたら黙っていられなかった。好きです!智恵先輩。僕と付き合ってください!」
「うっ……」
嘘言わないでって、言いたいのに言えない。だって、違う、絶対……ない、ありえない!信じられない、そんなの嘘だって思うのに……きっと聞き間違いのはずなのに、喉の奥が詰まって、声にならずに嗚咽と一緒に涙がポロポロとこぼれ出すと止まらない。わたしは可愛く泣けないから、しゃくりあげて、必死で堪えても堪え切れなくて……きっとくしゃくしゃのみっともない顔をしているに違いない。
「ああ、また……泣く。でも、やっと自分のことで泣きましたね?まったく……なかなか自分の事には目を向けないんだから。こうやって、感情が高ぶるとすぐ泣いちゃうくせに、いつも強がって……そんなとこ見せられて、惚れないわけにいかないでしょう?僕にとって……そんなあなたは、年上とか先輩だとかは関係ない。誰よりも愛しく感じる女性なんです」
「ううっ……ひっく、うそ……」
「嘘じゃないです。付き合うだけですませるつもりはないですよ。結婚して欲しい……僕の子を産んでください」
「えっ……?」
「先生言ったじゃないですか?もしって……自分に置き換えたらって。置き換えてみたんです。そしたら……僕がこの先一生をともにしたいのはあなたしかいなかった。子供を産んでほしいと思ったのもあなたしかいなかった……あなたが、誰かの子供を黙ってでも産みたいと言ってるのを聞いた時、すごく悔しかったんです。僕の子供を産んで欲しいって……そう思ってしまったから」
「嘘……だって、そんな……」
「何が嘘ですか?先生に好きな人が、それも子供産みたいほど好きな人がいるって聞いてショックだったんですよ?」
「だって……ひっく、それ……君だから」
しゃくりあげながら必死で言葉にする。
「え?」
「だから、それは君の事だって、言ってるの!」
もう、恥ずかしい……こんなこと、こんな場所で、言い続けるのは。
「本当……ですか?」
「だって……最初っから、いいなって。ずっと一緒に仕事していて信用できる子だってわかってたし、学校が離れてからでも、たまに一緒に飲めるのが楽しかった。そうよ……ずっと好きだったのはわたしのほうなんだからっ!」
ああ、また溢れてしまう!好きの想いも、涙も……だって絶対に無理だって、叶わない想いだから今日を最後に忘れるんだって、そう決めてたのに!
「ずっと……僕を?本当なの?じゃあ……遠慮しなくていいんですよね?」
「えん……りょ?」
「僕の事を好きになってもらえるまで、待たなくてもいいんですよね」
それは……どういう意味??
「えっ?……んんっ」
生暖かいものが唇に押し付けられていた。身体ごと抱えられて、どこもかしこに日高くんの熱をうつされてしまう……触れているところ全部。
「好きです、智恵先輩……」
何度もその言葉を繰り返しながらキスが続く。わたしは慣れてなくて、どうしていいかわからなくてそのままされるがままになっていた。ついばむようなキスから、口の中を伺うように……舌先が入り込んでくる。
もちろんこんなキスは初めてで、どうしていいかわからないまま翻弄されていた。
彼は知ってるんだよね、キスも……その先も。わたしは知らない分だけ不安に思いながらも、ただひたすら置いていかれないように縋りつくしかなかった。
「んっ……日高……くん」
背中や腰をまさぐる手が情熱的になって、なんかすごくいやらしい動きだった。彼の腰も……何度も押しつけられて、日高くんが何をしたいのか、下半身が主張している。そのぐらいわかるよ、経験なくても……さすがに30過ぎてるんだし。
「すみません、ここでは……だめですよね?」
唇を離した彼はわたしの腰を抱いたまま車へ駆け寄り、助手席に押し込むともう一度思いっきりキスしてきた。
「んんっ……」
シートを倒され、ドアを開けたまま覆いかぶさられたまま、キスが続いていた。
日高くんって……こんなにも手が早かったの?なんかイメージじゃないというか……
「すみません……我慢できなくて。キスだけで終わらせようと思ったのですが……無理です」
無理って言われても、どうすればいいの?
「智恵先輩……今日は帰さなくても、いいですか?」
「……えっ?」
「家に……連絡できますか?僕も連絡しておきますから」
それはどう返事していいのだろうか?一応親には連絡の取れない同僚の事が心配だから、遅くなるとは言ってある。まあ、今まで浮いた話すらなかった真面目で信用度の高い娘ですから、それでどうこう言われることもない。
それって……そういうことだよね?
ちょっとまって、その、心の準備が……まだ出来てないよ。そりゃ、身体は力入らないくらい気持ちいけど。
「あの、まって。わ、わたし……その、実は……こういうのって……」
はじめてって言っていいのかな?この歳までそう言うこと一切なくて、干物女もいいところだ。引かれるだろうな……たぶん。
「はじめて……ですか?」
わたしは黙って頷いた。少し驚いた様子でわたしの顔を覗きこんでくる。
「すみません、気遣えなくて……」
「ううん、そうじゃなくて、この歳までそういう経験がないのって……気持ち悪くない?」
「それは全然、むしろ嬉しいぐらいです。僕が智恵先輩のはじめてになれるわけですからね。それに……今までずっとろくに遊びもせずに、子供たちのために一生懸命仕事してきたからでしょう?そのぐらいわかってます。ただ、僕はもう待ったり遠慮したりしたくないんです。嫌なんですよ、今帰してしまったら……先輩は、また見合いしようって気になるかもしれない。5歳も下の男なんて頼りないって思うかもでしょ?ご両親だって、聞けばきっとそう思うはずです。だから……逃げられなくさせてください。あの言葉……嘘じゃないんでしょ?」
子供を産みたいほど好きな人がいる……そう言ったのは嘘じゃない。
「本当よ、でも……」
だからといって、今すぐなんて……だって、まともに男性と付き合ったこともないのに、たった今から付き合いはじめることになって、いきなり、その……しちゃうの??だめだ、急過ぎて頭がついていかない。
「怖いですか?」
「だって……急過ぎるから」
泣きそうになる。30にもなって情けないけど、どんなことするかは知ってても、実際の経験がなければ怖いと思ってもしょうがない。30年間そういう危機に直面しなかったのだから……
「だったら、最後までしませんから……それなら、いいですよね?」
有無を言わせないその視線に負けた……でも、最後までって??
彼は運転席へ回って車を発進させた。どこに向かっているのかなんて、全くわからないままに……
たぶんここは、俗に言うラブホ?だけど確認するような余裕はなかった。
車から降りる時も手を引かれたままで……恥ずかしくてひたすら下ばかりを向いていた。なんか、パネルみたいなのを操作して、この部屋に入ってようやく手を離されたかと思えばキスがはじまった。さっきさんざんされたけど、それでも慣れない。ただ、合間に呼吸するのだけはようやく覚えて、少しだけ離れた隙にパクパクと息を継ぐ。
「んっ……日高、くん……」
「その呼び方、久しぶりですね。最初はずっとそうだった……最近、日高っちなんて呼ばれて、ちょっとへこんでたんですよ」
ずっと心の中では日高くんだった。だけどふざけてでも呼ばないと、その名前にすら想いがこもってしまいそうで怖かったから。
「好きだよ、智恵……」
名前で呼ばれて、ぞくりとする。智恵先輩と……呼ばれるたびに少しだけ緊張してた。正岡先輩と智恵先輩じゃ全然違ったから。だけど今のわたしは、先輩じゃないのよね?
キスをしながら、ベッドに誘導されて、そのままシーツカバーの上に落とされた。
「安心して。最後までしないし、本当に嫌がれば止めます」
にやりと笑って……ずるい。さっきのキスの時も、逃げられないぐらい力が抜けてたこと、知ってるくせに。
だけど、最後までしないがどこまでのことなのかよくわかっていなかった。
胸触るくらいかなって……思ってたのだけど、それは甘かった。
「やぁあっ……だめぇ」
「そんなんじゃ逃げてないですって。もう、可愛いなぁ……」
「ひっ……んっ、やあ、抜いてぇ」
「まだ指1本だけですよ?」
「でも……でも……」
最後までしないって言葉に安心してたんだと思う。まさか……全部脱がされちゃうなんて思わなかった。
はじめて胸に触られただけでも死にそうなぐらい恥ずかしかったというのに、筋肉質なだけであまりないその胸に吸いつかれた時はどうしようかと思った。だけど予想以上に声が上がってしまい、そのあとはもう……凄かった。いや、今も凄いことされてるんだけど。
いろんなところにキスされて、あ、あんなところまで舐められた……もう、おかしくなる位恥ずかしくて……、だけど気持ちよくって、声をだすのと、身体がぴくぴく跳ねるのが止められない。自分で触ったことぐらいあったけど、正直言って人に触られる方が、こんなにも刺激が強いなんて思わなかった。
それに……わたしの中に入りこんだ日高くんの指。さすがに自分でもそれはしたことないわよ。だから、そんなの初体験で……怖くて苦しくて、だけどおかしな感覚が続いている。知らずにソコを濡らしてしまう自分。日高くんの指の存在をしっかりと感じて、ゾクゾクした快感のようなものがこみあげくる。
はじめてって痛いのよね?それとも指だけだったら痛くないの?ひきつるような感覚はあるけれども、激しい痛みはまだない。ということは、そこまで入ってないってこと?でも……
「んっ、キツイですね。さすが鍛えてるからかな?これは、入れただけでヤバそうです」
「くぅ……っん」
その指が中をゆっくりとなぞりながら外に出て、つるりと突起を撫でた。
「ひあっ……やっ」
その痺れる快感にもう腰の裏がびくびくしてしまって、なんかもうダメってくらい力が入らない。
「あいかわらず……智恵先輩はくすぐったがりですよね」
「そ……ひっ!!」
それがどうしたのと返事したかったけど、再び彼の指が腰のあたりや首筋を何度も撫でるから、おかしくなるぐらいくすぐったいような変な感じに襲われて、息も絶え絶えになっていた。そういえば最初に首筋に触れられてからおかしくなったんだっけ?
もうダメと弛緩するわたしに覆い被さったままの彼が、再び脚の付け根の蕾に吸いき、わたしは声にならい悲鳴を上げてしまった。
「んんっ……んぐっ」
「やっぱり……ずいぶんと感じやすいみたいですね、智恵は」
先輩と言ったり名前で呼んだり……だけどそんなこともうどうでもいいと思うぐらい、この体に与えられた快感をくすぶらせたまま、わたしはその手を伸ばして彼にしがみついていた。
「イッって……智恵。そしたら今日は帰してあげます」
「やぁあああっ……ひっ!」
そんなこと言われても、どうしていいかわからないまま、彼の舌と指に翻弄されながら、中まで執拗に擦られて、最後に蕾に軽く歯を立てられたあとは真っ白な空間に意識を飛ばしてしまっていた。
「くっ……僕も」
身体を起こした彼はすごい勢いでその、自分のを扱いてて……
「すみませんっ、もう、我慢できなくて!」
それが何をしてるのかなんて、経験がなくてもわかるものだ。
「うっ……くっ」
わたしのお腹に熱いものがかけられ、そして急速に冷えていった。
結局最後までっていうのは入れないってことだけで、それ以上はするってことのようだった。
その後お互いにお風呂に入ったけど、そのまま泊まるのではなく、しばらく休むと夜中過ぎに自宅まで送られた。
その間、日高くんはわたしを離さないというか、ずっとキスしたりして、普段と全然違って面食らうどころではなかった。
「すみません、うざいぐらいでしょ?僕は、こうたまんなくなっちゃうと、じっとしてられないんですよ。だから……智恵のこともまだ離したくないし、本当は今日も最後までしたかったんです」
もう、この展開にすらついていけてないわたしには、未知の世界な上に対応できない。
「結局自宅に連絡してなかったので送ってきましたが……もう少しこのままでいいですか?」
黒の軽四はいまどきのコラムシフトにベンチシートで、寄り添うには困らないけど……こういう時はどうすればいいの?
自宅前なのに、車を停めたままわたしは離してもらえずにいた。
「智恵、好きだよ」
またキスだ……今日の全部が初めてなのに、こんなに繰り返されるとどれを記憶しておけばいいのかわからなくなる。さすがに舌とかは入れてこないけど、愛おしげなしぐさで何度もちゅっちゅと繰り返される。
日高くんって、なんだか想像してたのと全然違うタイプ?
「反応のひとつひとつが可愛過ぎて……普段とのギャップが凄すぎますよ。止まらないじゃないですか。こんなこと今までなかったのに……んっ」
今まで、なかったって……ほんと?
聞きたくても、さっきからわたしは何も言えない状態で……玄関はすぐそこなのに、帰りたくないような帰りたいような。
「でも、そろそろ帰しますね。また反応してしまって困ってますから」
少し息を荒くして、ようやく彼はわたしを解放した。
「一気に進めていいですか?悠長に付き合ってお互いを知るなんてことは、もうしたくはないんです」
「でも……」
わたしは何もかもが初めてだっていうのに……その戸惑いはどうすればいいの??
「智恵先輩は、どちらかというと自分のそういうことは悩んでしまうでしょ?部活の指導力とかは凄いのに、自分の事になるとそこらの中学生より自信をもってない」
「ぐっ」
当りだ。そりゃこの歳まで男の人とまともに付き合ったこともないし、自分が魅力ある女性だなんてまるっきり思えないから。そのかわり人として、教師としては実績もあるから自信もあるってものよ。
「だから一気に進めます。だって、僕たち知り合う必要ないでしょ?お互いに人となりもよくわかっているし、考え方だって……仕事の面も理解しあえてると思う。ただ、恋人同士になった時のお互いを知らないだけだから、あとはあなたが受け入れてくれるかどうかだけです。本当は今晩そうしてしまいたかったけど……敢て別の日にお誘いします。いいですね、今度は覚悟決めてきて下さい」
わたしが怖がってること、バレてたんだね。
「あ、りがとう……うん、覚悟、決めて来る」
「ええ、それじゃ来週の週末、泊まりのつもりで……昼間は指輪を買いに行きましょう」
「え?」
「結婚してくれますよね?僕と」
「あ、はい……」
自然と答えが出ていた。
うん、日高くんとなら……嬉しい。
「よかった……」
再び彼の胸の中に。
「帰したくないけど……明日はお互い仕事ですから。それじゃおやすみなさい。あとで、ケータイに電話します」
そう言ってわたしが降りるのを待って、軽く手を上げると車を発進させた。昔はやった歌のように、角のところでお決まりのブレーキランプ5回の合図はちょっとやり過ぎだと思ったけど。なんだかそんなことまでがうれしくて、にやにやが止まらないまま部屋に駆け込んだ。誰にも見られないように……
その次の週、指輪を買ってもらって、そのままホテルへ向かった。今度はラブホテルじゃないとこ。こういう気の使い方出来る人だとは思わなかったけど……聞けばお姉さんのマンガを読んで育ったのだそうな。なるほどと思うぐらい女の子の喜びそうなことをする。
「今日は、最後まで」
宣言通り、彼はわたしを最後まで抱いた。それまでトロトロにされて、その後に痛みは訪れた。お世辞にも『痛くなかった』とは言えない。出血はやっぱりあったし、痛くて痛くて……
「痛っ……ううっ!!」
思いっきり顔はこわばっていたと思う。
「ご、ごめん、無理っぽい?」
心配そうな彼の顔がのぞきこんでくる。
「ううっ……だ、大丈夫。何とか」
「けどさ……」
あまりに痛そうにしているからか、彼が身体を離そうとした。
「ダメっ!」
それも痛いのだ。それならいっそ……
「最後まで……どうせ痛いんだったら、一気に……お願い」
「男前なセリフだけど、僕には可愛く見えるよ。僕の為に我慢してくれてる智恵がすっごく愛しく思える……」
目じりの涙にキスされて、ちょっとつらそうだけど無防備に笑う彼が、わたしにも愛しく思えた。
「あっ……」
その瞬間、身体の奥まで彼自身がズンって、入り込んできた。
「ああっっ……ん」
「くっ……もってかれそう」
「んんっ……日高くん」
「智恵、動くよ?」
「ひっ……」
あとは……彼が果てるまでまるで嵐の波に乗った小船のように揺らされ、わけのわからない声を挙げていたと思う。痛みも快感らしきものも、何もかもごちゃごちゃになって、わたしから全部剥ぎ取って……残ったのは何もまとわないわたしの素の感情だけ……
「好き……圭一さん……」
「僕も……智恵、愛してる」
最後にぎゅううと抱きしめられて、身も心も溶けあえたような気がした。
その夜は、彼の腕枕で朝まで眠った。翌日はふたりとも練習を午後からにしていたので、少しだけゆっくりしたけれど、その後はきっちりと教師の顔に戻る。
「それじゃ……」
家の前まで送られて、なんだか照れ臭い。友人のところに泊まると言って出てきたけど、きっとバレてると思う。
「じゃあ、また」
「う、うん」
結婚前なんてこんなものなのかと思いながら、したくして学校へ向い、部活指導に勤しんでいた。だけど……部活帰りに、校門のところでしっかり待ち伏せていた彼。
「ごめん、我慢できなくて」
その日のうちに再戦申し込まれるとは思わなかった。まだ痛かったから最後まではごめんなさいしたけど、しばらく離してもらえなかった。
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