1.おでぶの定義

 世の中、可愛いか可愛くないかで男の人の態度が違うように、太ってるか太ってないかで世間一般の扱いがかなり違うと思う。特に男性の太った女性に対する扱いは、可愛くない女の子の比にならないんじゃないだろうか? それに『ブスなら3日で慣れる』とか、『暗いとこでヤレば同じ』だとか……実際そう話してるの聞いたことがあるんだけど、それってまだマシだと思う。
――――だって『でぶだけはその気にならない』らしいから。
 わたしはどう見ても『その気にならない』部類に入るおでぶらしい。そりゃ、どこまでがぽっちゃりで、どこからでぶなんて境目はないだろうけど、誰がどう見てもわたしは太ってると思う……
 体重は聞かないで欲しい。大台に乗りまくって何年目だろう? もう女の体重じゃないって所まで来てる現状は悲惨だ。よく気を遣って『ぽっちゃりしてるだけじゃない?』とか『それも個性よ』などと言って慰めてくれる人もいるけれど、自分がどの部類に入るかなんてよくわかってるつもり。
 わたし細井千夜子。『細井』って名乗るたびに『ぷっ』って、吹き出されるほどの……おでぶです。


「うそぉ……」
 その日は朝からサイアクだった。
 少し寝過ごしてしまい、いつも乗る余裕で空いてる電車には間に合わなかった。満員電車に押し込まれるわ、会社に着いて急いでエレベータに飛び乗れば定員オーバーのブザーが鳴るわで、衆人の視線の中すごすごと降りるしかなかった。
 そして今、お昼ご飯の後トイレで屈んだ時に、ブチってウエストの辺りで音がした。一番大きいサイズのベストのボタンは以前からキツかったけれど、とうとう今日はスカートのホックがちぎれて取れてしまった。
「まさか……また太った?」
 どうするのよ、これ以上大きいのは特注だって言われてるのに!
 うちの会社は業界でも中堅どころの商社で、そこの営業部で事務を担当するわたしは簡単な経理と書類整理、電話番が主な仕事。女性社員は営業以外の事務職なら制服着用が義務づけられていた。
 入社当時は今ほど太ってなかったので、制服も大きめぐらいで済んでいたのだけれど、年々成長し続けてサイズは3サイズもアップしてしまった。外回りの営業は私服でもいいらしいけれど、わたしはこの体型のせいか一度も社外に出してもらったことがない。
 トイレの鏡に映る醜く太った自分の姿に辟易する。これでも学生時代はバレーボールに打ち込んでいて、がっしりとたくましい体型程度だったんだけどなぁ……
 大学まで続けたバレーを引退後、身体を覆っていた筋肉は脂肪に変わり、たくましかった足腰は痩せることなくぽっちゃりと成長し続けている。なにせ仕事のストレスは全部食べ物にいっちゃってるもの。それに、この体型じゃ着るものとかのオシャレはほとんど出来ないから、せいぜい見苦しくない程度に着込むのが精一杯。そっちにお金を使わない分、ついつい食べ物に手が出てしまう。元来美味しい物に目が無く、スイーツのハシゴなんてしょっちゅうだし、食べたい物の為なら手間暇かかる料理も厭わない。お陰様で料理の腕だけは上がったけど。その結果、現役時代のがっちり体型がぽっちゃりになった上にプラス20kg……って酷すぎるよね? 病気的な太り方じゃなくて全体的に骨太な外人タイプの太り方だから、これがまた痩せにくい。
 たしかに食べなきゃ痩せる。でも食べなかったら確実に倒れる。
 空腹時には低血糖っていうらしいけど、貧血みたいなのが起こるから無理ができない。倒れて仕事で迷惑をかけることだけはできないと思うから。
 他にもいろんなダイエットを試した。水飲みダイエットは水分取り過ぎて浮腫んで大変だったし、単品ダイエットはすぐに飽きたし、冷たいものが多かったから冷えて胃がやられた。何より空腹に負けた……というか我慢出来なかった。それからお腹がへっこむとうたわれた下剤系の薬草が入っているサプリメントもやったけど、もともと快便なので超下ってしまって大変だった。夜中に救急車を呼ぼうかどうか迷うほど酷くなってたけど、呼べるような状態じゃなかったので(トイレから離れられない)薬に詳しい友人を呼び出し、漢方薬を持ってきてもらって助けられた。
 食べるわりには運動しないのがよくないと言われ、脂肪を燃やす系のサプリメントもやったけど、無理に運動しすぎてすぐにバテてしまい……続かなくて、結局は飲んでるだけで終わってしまった。
 もっと我慢すればいいのはわかってる。だけど、どうしてわたしにはその我慢ができないんだろう? つらい練習にも耐えてこれたのに……我慢すればするほどその反動は大きかった。要するにリバウンド? それは何度も経験した。前より太っちゃうなら無理してダイエットするのが馬鹿らしくなるばかりで……だって、我慢を重ねた挙句、限界超えて食べ物に手を出した時は、もう止まらないんだから!!
「痩せる気ないんでしょ?」
 何度かそう言われたことがあるけど、ちゃんと痩せる気はある。だけど食欲を抑えられない、我慢ができない……そんな時は自分が病気なんじゃないかなとも思う。もう、ここんとこの増加には諦めが入ってきている。 ホントに、どうすりゃいいの? だよ。
「ぽっちゃりしてても小柄ならまだ可愛いけどね。あの身長じゃあ……」
 可愛げの欠片もないのはわかってる。確かにそのとおり……サイアクなことにわたしの身長は標準よりかなり高い。せめて背がもう少し低かったら、まだ可愛さがプラスされたかもしれない。だけど元バレー部、身長169cmのアタッカー。アタッカーとしては高い方ではないので、現役時代はあと10cmは欲しかったんだけどね。
 とにかく身長と体重があれば並以上にデカく感じる。それでも昔は筋肉質で均整も取れてたけれど、今では体脂肪率も35%を軽く越え、肥満体型に成り果ててしまった……40%いってないだけまだマシかもしれないけど、現役時代はどれだけがっしりしてても体脂肪率は20%台だったのに……サイアクだ。

 そんな体型のわたしだけれども、幸い性格だけは明るく前向きなのが救いかな? 体型で馬鹿にするような友人はいなかったし、男女の垣根を超えてちゃんと中身で付き合ってくれる幼馴染もいる。仕事だって……身体つきのせいでどうしても鈍そうに見えるから、文句を言われないように人一倍頑張ってきた。そういう意味では他の社員よりも必死だったかもしれない。頼まれたら即返事、笑顔で引き受けてできるだけ素早く仕事を仕上げて返す。そのためには出来ないことはすぐに克服できるように努め、どうすれば円滑に仕事が出来るかを絶えず考えて動くようにしてきた。お陰様で仕事で上司にもそこそこ認めてもらえるようになったし、仕事も楽しくなった。
 だけど……そこまでだ。仕事や友人に恵まれても、恋愛系はゼロ。まあ、この体型だからね? これまでの人生、誰かに告白されることもなければ、好きになった人に告白する勇気もなく生きてきた。だから、男の人と友達以上の関係になったことは今まで一度も無く……
 ただ今彼氏いない歴25年目を更新中です。

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新連載、なんとか始めました! ダイエットもの〜前から書きたかったんですよね。
うんちくうるさいですが、目を瞑ってやってください。そこ、本職なんで(笑)
わたしも連載と同時にがんばります……(涙)皆さん、一緒にダイエットしましょう!!