月がほほえむから
〜番外編〜

君は僕のお日様だから


保育園から一緒だった郁太郎とは高校で離れた。

勉強の出来た僕は少し離れた公立の進学校に進んだけれど、郁太郎は近くの私立高校に進んだ。高校は離れても夜には夕飯を食べに食堂に来るし、そのまま僕の部屋で話していくことも多かった。
「めちゃくちゃ可愛い子でさ、ちょっと身体弱いらしいんだけど、付き合ってくれって言ったら『お友だちとしてなら』って、真っ赤になってさ...ほんと、男知らない感じでさ、オレ、もうメロメロだよ。」
夜遅くにのろける郁太郎はいつも純情可憐な女の子に片思いしては振られて来たヤツだ。いつも輪の中心にいて、行動派の郁太郎は、見かけヤンキーっぽい目つきでそう言うタイプの子には怖がられてしいまうんだ。中身はいいヤツなんだけどな。で、年上のイケイケ系のお姉さんとかにモテる。中学時代に、歳を誤魔化してしっかり初体験してきてそれを自慢げに皆に話してたっけ?
僕とは正反対の郁太郎。真面目で無口に見られる僕に比べて、明るくておしゃべりで人懐っこいヤツはいつも人の輪の中心に居た。なぜ仲がいいのか不思議に思われて居たけど、ご近所で、同じ剣道場に通い、母親を早くに亡くしたヤツは毎晩うちの食堂で食事して、一緒に風呂に入って寝てた仲だから、兄弟に近いかもしれないな。それもやんちゃな弟...
それでも中学になって異性を意識しはじめたとき、生徒会などに入ってる僕には大人しくて素直そうな子が告白してきた。中には郁太郎が好きな子が居たりして、そう言う感情には意外と疎かった僕は、いいなと思って居てもさりげなく断るようになっていた。まだ郁太郎達とツルんでいた方が気楽だったからだ。
高校に入っても郁太郎は相変わらずのようだったが、さすがにその子のことはしょっちゅう聞かされて、初めて会ったときも初対面って気がしなかった。
その日も、いつもなら剣道部で遅くなる所、たまたま中間試験で早く帰る日だった。帰りの電車で、郁太郎を見つけて、側にいる儚げな可愛い女の子が、いつも話してる子だとすぐに判った。色が透き通るように白く、色つきリップなど塗っていないのに赤い唇。少し痩せぎすな女の子、それが郁太郎とつきあい始めた菜々子だった。
友達としてだとしても、郁太郎が菜々子に夢中なのは判っていた。郁太郎のマシンガントークに口元に手を当ててコロコロと声を上げて笑った。彼女の身体を気遣って、ゆっくりと歩く郁太郎。自然と僕もその歩調にに付き合っていた。何度か行き帰りの電車で見かけては合流して他愛もない話をした。人見知りする彼女も、郁太郎の親友の僕には笑顔を向けてくれた...
いい子だなと、思ったけれども、それは郁太郎の彼女としてだと、そう思おうとしていた。
だけど...
ある日を境に僕たちは急接近してしまった。生まれつき心臓が弱く、早引けして帰る途中発作を起こした彼女を、たまたま試験日がずれてて、早くに帰る僕が見かけて、介抱して、自宅まで送っていった。自宅で迎えた彼女の母親に高校名を聞かれて、いたく気に入られてしまった。どうやら、郁太郎はあの柄の悪さで彼女の母親には嫌われてるらしかった。すっかり長居して、帰る間際には、病気で勉強の遅れがちな菜々子の勉強を見てやって欲しいとさえせがまれ、それは、郁太郎のことを考えると断ったけれども、菜々子が何日か学校を休んだ日などは、来てやってくれと、母親の方から連絡があった。それが母親の策略なのか、菜々子の気持ちなのか判らなかったけれども、お互いに惹かれあっていたことは、薄々気がついていた。
郁太郎を挟んで見つめ合い、その手をとうとう繋いでしまった。
休みの日に、郁太郎に黙って彼女の部屋に行ったり、二人で出掛けたり、夜遅くまで電話で話したり...
そして、郁太郎に気付かれた時には、二人とも、もう離れることが出来なかった。
謝る僕にヤツは『そんな気がしてたんだ』なんて言って、あっさりと許してくれた。
「菜々子の目がおまえばっかり見てんだもんな。気付くよ...まあ、オレも3年の先輩に申し込まれてるから、ちょうどいいや」
なんて強がって...それからも、ずっと友達として付き合ってきてくれた。郁太郎が菜々子以上の人を見つけられずに、思い切れないまま付き合っては別れることを繰り返してることも判っていたのに...僕は何も出来ずにいた。
その時から、僕は郁太郎に感謝こそすれ、二度と裏切るマネはしないと、そう誓っていたんだ。

ぼくは大学進学後、一流企業に就職し、菜々子のためにマンションを購入し、結婚の許可を貰った。幸せな新婚生活。だけどいつだって身体の弱い菜々子は、自分が僕を幸せに出来ないと気にしていた気がする。その現れが子どもだった。
出産は負担が大きすぎると医者からいわれていたのに、彼女は子どもを欲しがった。そんな彼女に逆らい切れず、僕らの間に赤ちゃんを授かった。菜々子は命をかけて圭太を出産した後も、なかなか体調が戻らなく、入退院を繰り返した。今までの会社ではやりがいもあったが、仕事もきつく、菜々子にずっとついていてやることは出来ない。生まれたばかりの圭太を彼女の母親に預ける形になってしまう。圭太を手放したくない、菜々子の側にいたい。そのために、僕は父が亡くなったのを期に退職し、食堂を継いで実家に帰った。それがその時選んだ菜々子と圭太の側にずっと一緒にいてやる唯一の方法だった。

それから1年もたたない、4月なのに雪の降る日、菜々子は天に帰っていった。

「もし、わたしが死んでも、圭太とあなたを見てるから、安心してね。守ってみせるから、だからいつか、圭太とあなたを大切にしてくれる人を見つけたら、大事にしてあげてね。」
何度も白いベッドの上で繰り返していた菜々子。
そんな人はもう現れないと、そう思っていた。だから椎奈ちゃんが、愛華ちゃんを抱えて困っているときに家族になろうと思った。たとえ、見せかけの家族でしかなくても、彼女を女性として愛せなくても構わないとすら思っていた。けれども、彼女には本当に愛する人が再び姿を現し、それを喜ぶ自分が居た。

なのに、今回は諦められない。
また同じマネをするのかと、何度も自分の気持ちを押し殺した。だけど、いくら諦めようとしても、日向子さんはドンドン僕の心の中に入り込んでくる。圭太は既に日向子さんにべったりだし、彼女も圭太に対する愛情を惜しむことはなく、まるで本当の母子のように毎日を過ごしているのだ。
僕にどうしろと言うのだ?
諦めても、振り切っても、日向子さんはその素直さで僕に体当たりしてくる。
日向子さんの部屋の鍵だって、郁太郎のためじゃない。彼女を抱きしめて自分のモノにしようとしてしまう、愚かな自分への戒めのつもりだったのに...

彼女は鍵をかけない。僕は眠れない日を過ごす。
あの時、キスしてしまったことが悔やまれる。
もう自分の心に嘘は付けなくなっていたから...

ある日、時間になっても日向子さんが大学から帰ってこなくって、郁太郎からメールが来ていた。
<今夜日向子を借りるぞ。今日こそはスペシャルコースで返事を貰うから、遅くなっても探すなよ>
ああ、とうとう今日なんだと、自分を納得させようとしていた。だけど、圭太が
『もしひなこが泣いてたらかわいそうじゃない!とうちゃんはへいきなのか?ひなこがずーっといなくなってもへいきなのか?おれはへいきじゃないぞ!』
そう泣き叫ぶのを聞いて...街に飛び出していた。
場所は見当がついていた。だから郁太郎の携帯を鳴らしたが出ない。
焦る気持ちを押さえて、おそらく行ってるだろうホテルに電話して、郁太郎を呼び出して貰った。だけれども出ないので、僕は郁太郎がチェックインしている部屋の前まで来て、止まってしまった。
もし、彼女が僕が来ることを望んでいなかったら...既にもう遅かったら...?
そう考えると足はコンクリートに埋め込まれたように動かなかった。
あの時、ドア越しに日向子さんの叫び声が聞こえなかったら...そのまま帰っていたかもしれない。

激しくドアを叩いた後、郁太郎が開けた部屋の中には、乱れた半裸の日向子さんが居た。既にもう遅かったのかとも思ったが、それでも構わない、彼女さえ僕を選んでくれれば...そう思った。
「日向子さん、迎えに来ました。圭太が待ってます...僕も...」
泣き崩れる彼女を抱きしめることしかできなかった。
「郁太郎...日向子さんが嫌がる限り...おまえには、渡せない...」
そう宣言した。もう、この思いは譲れないと...
郁太郎は出て行った。あいつなりの思いやりの言葉を残して...いいヤツなんだ。本当に幼馴染みで、親友で...

だから、その夜、僕は彼女を抱けなかった。
抱きたかったけれども、彼女のこと、郁太郎のことを考えると抱けなかった。
ここまで追い込んだのは間違いなく僕だった。
日向子さんも彼女なりに悩んで、ぎりぎりの所まで郁太郎についてきたんだ。
想いのすべてを伝えて、それで、彼女が落ち着いたら帰ろうと思っていた。
だけど、色々されたって聞いて、一瞬頭に血が昇った。
思わずお風呂にでも入ってくればと奨めてしまった。
「日向子さんがそれで気が済むなら...ただ、僕は気にしませんよ?」
本当は悔しかったさ、けれども傷ついた彼女のことを考えると、そうしか言えなかった。
「あ、あたしが気にします!!だって、だって...」
「たしかにおもしろくはないですけれどもね。行ってらっしゃい、お風呂に入っても駄目だったら...僕が日向子さんをキレイにしてあげますから。」
あんまりにも泣きそうだったのでそう言ってしまった。あんまりにも可愛らしいので笑ってしまったけれども、それは後で失敗だったと気付いた。
「駄目なんです...宗佑さんの手で忘れさせてください。あたしを...」
そう言って、バスタオル一枚で出てこられたら...

「あっ、うんっ...はぁ」
郁太郎よりも深く長いキスで日向子さんの口中を貪る。あまりきついキスはしたことなかった。菜々子が心臓が弱かったので、キスもセックスも、穏やかにゆっくりと、だった。菜々子が死んだ後、ヤケになった時期にしばらく色んな女と寝たりもしたけれども、あの時は愛情よりもテクニックや欲望のはけ口になっただけの最低のセックスだったから...
だから僕が全力で愛する人を抱くのは日向子が初めてかもしれない。
息を切れさせ、肩を上下させる彼女をベッドに押し倒し、執拗なほど体中をなめ回した。郁太郎の触れた部分全部、余すところ無く、すべてに僕のキスを...
そして...
「あっあっんっ、ひゃぁん...だめっ、変になっちゃう...宗佑さん、こ、こっんなの...あたしっ!やん...ひゃぁあぁっっん!!」
何カ所も一度には可哀想だったかもしれない。だけど、彼女の中には侵入せずに、蕾を攻めて一度イカセた。
可愛い声で、ぴくぴくと身体を震わせて、おそらく生まれて初めての快感に震える彼女は僕にとって何よりも官能的だった。
だけど...
「はい、上書き終了。」
ここで終わり。これ以上は僕だって我慢できない。張りつめた下半身が痛いほどなんだからね。
「もう、僕以外思い出せないでしょう?」
惚けた顔で僕を見て頷く日向子さんを満足げに見つめる。何だかちょっと意地悪な気分になってしまった。彼女は気持ちよかっただろうけど、僕はね、まだ辛いんだから。
「意外と大きな声も出すんですね、うちじゃ気を付けないといけませんね。」
「うち...?」
「まさか、うちで指一本触れちゃ駄目なんていいませんよね?僕だって結構辛いんですよ...このまま最後までしてしまいたい気持ちでいっぱいですが、さすがにそれは悔しいです。ここは郁太郎が用意した場所ですからね。」
真っ赤になる彼女。
「じゃあ、帰りましょうか?母も心配してるでしょうし。もう、寝てますけれどもね。」
時計を見て今度は真っ青になっている。夜中すぎてますからね。勉強しないときのいい子の日向子さんはもう寝てる時間です。
「あれ?」
立とうとして、へなへなと地面に座り込む。やっぱり、ちょっときつかったかな?最後のは...
「あれ?立てませんか?しょうがないですね。これじゃ最後までシタ日には翌日は使い物にならないですね。」
またまたいじめてしまう。何だかもう自分のモノのように思えて、うれしくてしょうがない僕が居る。帰ろうというと、
「でも、あの、その前に...立たせてください...」
そう、泣きそうな声で訴える彼女をぎゅっと抱きしめた。

もう離したくなかったから...

    

         

別で書こうかと思っていたお話です。郁太郎と、宗佑と奈々子の関係。
宗佑が頑ななまでにも郁太郎に協力していた理由です。
だからこその態度、これが理由だったんですけどね。
考えてみると郁太郎って、ほんといいヤツじゃないかっ!?