7.
 
夏期休暇は前期試験の煩わしさも気にならないほど待ち遠しかった。その間は電車に乗らなくてもいいんだから...
気軽に出かけることも出来ない、ただ大学と家との往復で終わった前期。時々未来や京香が映画や食事、ショッピングに連れ出してはくれる。時には土屋や工藤、三宅が付いてくる。清孝はなんだか忙しいらしくって顔も出してこないけど。
誘われても合コンに参加しないあたしは、大学内では親しげに話す人はいても、一緒に遊びに行くほど親しくなる友達はいなかった。電車が苦手だとか、知らない男の人がだめとか言えないから...もっとも土屋と一緒なのを見られて、すっかり誤解されてるのもあるんだけどね。
 
あれからまた工藤は彼女と別れたらしかった。まるでジンクスのように、仲間内の所に連れてくると別れるだなんて...三宅は絶対に連れてこないと叫んでたけど、その前に彼女つくれればの話だとみんなに笑われていた。自分の大学の女子の数の少なさを嘆いてもしょうがないよ。
<椎奈、オレ暇になっちまったよ。今度夏休みには帰るけど、一度こっちでみんなで飲もうぜ!  圭司>
メールも頻繁に来始めた。今度はすぐに彼女が出来なかったみたいで...これでまたぱったり来なくなったら彼女が出来た証拠。
<了解〜京香のとこに泊めてもらえるよう計画立てるね。  椎奈>
時間帯によってはメールの後に電話がかかってきたりもする。相変わらず女切れると親友のあたしを思い出すのか?すげなく出来ずにいるあたし。電話だと平気な振りして工藤の声に聞き入っていられるのが好き。こうやって電話越しだと表情見られなくて済むもんね。
苑子のことがなかったあのころ、教室に遅くまで残って二人でいろんな話をしたっけ...文化祭についていろんな意見出しあって盛り上がっていた。話すことが楽しくて、お互いをどんどんわかりあえていく瞬間。こいつってすごいって思えることがちゃんとあった。すごく友達を大切にする奴だっていうのはすぐに判った。ちゃらんぽらんに見せてても、人の悪口とかすごく嫌う。あたしも同じだったから...工藤もあたしのことを判ってくれてるみたいで嬉しかった。男みたいにさばさばしてる性格を褒められた。
このままこんな関係が続けばいいなって思えた時間、恋愛感情なんてものにも気付かなかった。それは人としての好意で、友情だと思いこんでいた。気軽に肩に回される手、ふざけて頭を叩いてくる、ボケに返すのはつっこみで裏拳で肩を叩き合う。
だけど苑子が口に出した『好き』の言葉にあたしは戸惑った。
彼女がいると聞いてたけど他校生で見たことないし、学校が離れた時点であまり会ってないって聞いてたから、そう簡単に申し込みを受けるなんて思わなくて...あたしはきっと断るだろうなんて軽く考えながらも苑子との仲を取り持とうとした。
だけど結果工藤はその申し込みを受けた。その瞬間からあたしは友達の立場から、カノジョの親友って立場になってしまった。近くにいてちっとも近くじゃない、工藤は親友のカレ、自分だけ置いてかれたみたいで、寂しくて、それでやっと気が付いた。
もしかして、あたしは工藤のことを?って...
だけどもあたしはその想いごと飲み込んだ。あたしは親友のカレを好きになるなんて自分が許せなかった。まだ引き返せる想いだって思ってた。なのに工藤はカノジョよりも親友のあたしを選んだ。恋愛感情よりも友情を選んでしまう工藤。だからこそあたしは親友になりきった。それが一番長く工藤といられる方法だと知ってしまったから...
 
 
 
「あの、望月さんですよね?」
前期試験の終了したその日、大学から出てすぐに呼び止められたのは、何度か電車でみかけた女の子だった。たしか土屋と同じ大学で、同じ茶道部。乗り換えてからよく一緒になって話しかけてくる肩まで伸ばした髪が柔らかく揺れる大人しい女の子だった。
「わたし庭井恵子といいます。土屋さんと同じ大学の...」
わざわざここであたしが出てくるのを待ってたらしい。7月の日差しはジリジリして暑かっただろうに...大人しげな風貌、それでも意志の強さを見せる一重の目が真剣な表情であたしを見つめてきた。
「少し時間もらえませんか?」
その重々しげな口調に嫌な予感はしていたけれど、あたしは誘われるまま近くの喫茶店へ向かった。この気配、何度も経験してるから判ってるけど、今までと違うのはこれが工藤がらみじゃないってこと。
「あの、はっきり聞きますね、望月さんと土屋さんは友達同士だって、彼から聞いてます。でも普通友達同士で大学も違うのに待ち合わせして電車に乗ったり、お弁当作って渡したりしませんよね?映画なんかにも行ったって聞きました。本当のところどうなんですか?」
アイスコーヒーが運ばれ終わるのを待ちかねて彼女の緊張した口元が開いた。
「本当のところって...あたしと土屋はトモダチだよ。すごく大切な友人だよ。」
土屋もすごくあたしのことを優先してくれていた。申し訳ないけど、今頼れるのは彼だけだったから...どう表現していいか悩んだけど、親友って言葉は使えなかった。あまりにも土屋に負担かけすぎていて、それがあたしはすごく心ぐるしかった。気にしないでいいよって優しく言われるほどあたしは気にしてしまう。まだぼろくそに言われる方がましだった。
優しすぎる土屋。だからこそみんなに誤解されちゃうんだよね。だからあたしは精一杯の気持で答えた。
けれども目の前の彼女の目はその答えに満足していない。それどころか苛立ちすら見せていた。
「それっておかしいです!そんなの...うちの部ではみんな二人が付き合ってるって思ってます。お昼には望月さんが作ったお弁当嬉しそうに食べてるし、飲みに誘っても『椎奈が待ってるから』って帰ってしまいます。でも、でも、あたし土屋さんのことが好きで...勇気をだして誘っても一度だってOKもらえないんです。望月さんは友達なんですよね?親友なんですよね?だったらお願いします!友達なら、親友なら、土屋さんを自由にしてあげてください。望月さんに縛り付けないでください。あたしに...チャンスをください。少しでもいいんです。きっかけがあればいいんです...お願いします...っ」
彼女の頬を涙が伝っていく。
工藤を求めてくる女の子達とは全然タイプが違う。彼が自分の物だと主張してるわけでもない。ただ彼女がどれほど真摯に土屋のことを思ってるかが伝わってくる。こんなに思われて男冥利に尽きるじゃないの?あたしのおもりばっかりしてないで土屋にもちゃんと幸せを見つけて欲しい。それはあたしもずっと思ってること。だって、ほんとにイイ奴だから...優しくて責任感があって、あったかくって...
「そうだよね、庭井さんの言うとおりだよね。ごめんね、土屋に甘えすぎてたね。あたしが電車苦手だからそれに付き合わせてただけなんだよ。そうだね、なんとかしてみる...一人で電車に乗れればいいんだからね。」
「ほんとに、いいんですか?」
「頑張ってみるから。そうしたらもう土屋を付き合わさせなくて済むから...」
決死の覚悟で来ていたんだろうな。緩んだ顔には泣き笑いのようなほっとした表情が浮かんでいた。
「ありがとうございます!!振り向いてもらえるかどうか判らないけど、あたし精一杯やってみます。それで...お弁当なんですけど、あたしが作ってもいいでしょうか?」
「そ、それはあたしに聞かれても...あたしはもう作らないから。それでいい?」
「はい!望月さんって、すごくいい人だったんですね、あたしきっと我が儘で自分勝手な人だって思いこんでいて、すみません、本当にすみません!!」
必死になって謝る彼女にあたしはすっかり毒気を抜かれてしまった。
 
その日は土屋を待たずに電車に乗った。少し混み始めた電車は苦痛だったけど、角地に鞄を抱きしめて必死で乗り換えの区間まで我慢した。乗り換えると始発駅なので席を選んで、隣に女性が座ってくれたのでなんとかなった。
『椎奈、メール見たけど急にびっくりするじゃないか?』
先に帰るから心配しないようにとメールだけ送っていたので、電車を降りたあたりで土屋から電話があった。
「なんかね、今日は大丈夫な気がしたんだよ。時間も早かったしね。」
心配そうな土屋の声が駅を出たあたしの携帯から聞こえてきていた。
『でもな、急だったし、やっぱり心配するだろ?』
「どっちにしろもう夏休みだからね。あたし明日で最後なんだ、講義。朝はいつもの時間に乗るけど、帰りすごくはやいんだよ。3限までだから...お昼お弁当作っていかないから...ごめんね。」
『そんなの構わないけど、椎奈急にどうしたんだ?』
「なんにもないって!ね、土屋もたまにはゆっくり羽のばしておいでよ?いっつもあたしのことで手取らせちゃってるんだからね。」
『椎奈?』
「もう、心配しないで!もうすぐ家に着くから。」
『...そう。ああ、夏休みの間椎奈も教習所いくんだろう?一緒に行かないか?紹介で行くと入会金安くなるらしいんだ。』
「うん、いいけど...」
これまで断ると悪い気がして誘いは受けた。だってはやいこと車の免許は取っておきたかったから...電車がだめならね、絶対必要だもん。
 
 
最後の講義の日、お昼は食堂に行った。今まであまり利用したことがなかったけど、結構こぎれいなところ。同じ講義を取ってる友人たち数人に引き連れられて中央の席にどっかりと座り込む。
「望月さんいつもお弁当だったから食堂ははじめてなんだよね?すごいね〜毎日手作りだなんて、お母さん?」
「ううん、自分でだよ。」
土屋に御礼の意味を込めてだったから毎日結構気合いってたと思う。
「すごいねぇ、ここはね定食もあるけどカレーもお勧めだよ。赤い色してるけどあんまり辛くないんだよ。ビーフシチューに近いかな?もうカツカレーが最高!サラダ付ければいいしね。」
ぽっちゃり顔の佐野さんがいうとすごく、美味しそうに思える。
「じゃあ、それにするね!」
彼女が言ったとおりのおいしさにあたしは綺麗にカツカレーを平らげていた。
「あの...望月さんだよね?K高校のショート守ってた?」
「え?」
目の前に日焼けしたジャージ姿のがっちりした人があたしのテーブルに手をかけた。
「あたし2年の児童教育学科の名高聖子。H高校でソフトやってたんだけど覚えてない?」
H高校って、いつもベスト8には入ってた高校だった。名高さん...たしか一つ上のキャッチャーにすごく上手い人がいて、打撃がすごかったひとだ。
「キャッチャーの名高さん?」
「そうよ、あたしここのソフト部に入ってるのよ。良かったらうちの部にはいらない?あなたの守備上手かったの覚えてるわ。1年からショート守ってたでしょう?ここの大学そこそこ強いのよ。大学のリーグにも参加してるし。ね、一緒にやらない?」
「あ、あの...あたし、自宅通学で1時間以上かかるんです。だからちょっと無理かなって...」
「寮もあるわよ?クラブはいってると優先で入れるのよ。今なら空きもあるし...どう?」
「でも...」
「一度見にいらっしゃいよ。なんなら通いで入ってみて、無理だったら寮に入ってもいいじゃない?夏休み中の練習の日程表渡すから、よかったら参加してみてよ。」
強引な誘いだったけれども、もし寮に入れば電車に乗らなくてもすむ?そう考えてしまったあたしだった。
 
 
夏休みの半ばには、なんとか頑張って車の免許を取った。試験場にはやっぱり土屋と行ったりしたけど、一緒にいるとあの子の顔がちらついてしまった。あれだけ言われてもまだ一緒にいて、責められてるような気がしていた。
なんどか昼間に大学に行ってソフト部の練習に参加した。昼間なら何とか通えそうだったけれども夕方になると怖くて、なんどか電車を降りてしまった。土屋に頼るわけにもいかなくって、どうしていいかずっと悩んでいた。そこで親に車を借りて運転して行ってみた。道もよくわからなくて、父親に必死で道を聞いてなんとか大学までたどり着けた。
これなら、なんとか通えるかもしれない...
車なら峠を越えるけど1時間ぐらいの距離だったから。
 
お盆間帰省してた京香や工藤たちとは何度も集まって遊んでいた。海に行く計画も合ったけどバイトでなかなか帰ってこない未来や三宅を待ってたらお盆に入ってしまったからだ。結局全員揃ってから、夏休み前にいってた飲み会をすることになり、みんなでそろってY市まで戻る形になった。工藤が車で帰ってきてたのと、あたしと同時に免許を取った土屋の車の2台に乗り合わせる。取り立ての土屋か慣れた工藤のどちらかの車に乗るかはあみだくじで、あたしは工藤の車に京香と清孝らと乗ることになった。土屋の車には未来と三宅が乗り込む。やっぱり雅子はでれなかったみたいだった。
「京香、ちょっと話しいいか?」
清孝が珍しく真剣な顔で京香と後部座席に乗り込んだのであたしは仕方なく助手席に座る。ううん、仕方なくなんかじゃない。嬉しかったかもしれない。でもこの助手席にも何人も彼女が座ったんだって考えると思いっきり暗くなるけど...
後ろで話し込んでるのは雅子のことのようだった。最近あまり雅子と会えないと嘆く清孝はもともと雅子と仲のよかった京香に何か知らないか聞いてたみたいだった。
「実はね、彼女見合いしたらしいよ...」
京香にそう聞かされた清孝はすっかり落ち込んでしまった。
「なんでこの歳で見合いするかなぁ?」
そうつぶやく工藤の横顔はサングラスでどんな目をしてるのかよくわからない。
「親の言いなりなんだろうけど、短大卒業するまでにはまだ1年半はあるのにね...」
清孝が専門学校を選んだ理由は2年で卒業して、就職出来るからだ。それも資格をとれば就職も早い。理由はきっと雅子との将来を確かなモノにしたかったからなんだろうな...清孝にしてはえらく頑張ってるようにも思えるのに見合いされちゃ落ち込むよね。あたしはなんていっていいのか判らないまま黙って窓の外を見ていた。
 
 
「うえ、めちゃくちゃ飲んだなぁ...」
「あたしもこんなに飲んだのはじめてだよ。」
みんなで街に繰り出して飲んでカラオケして騒いだ後、京香のアパートで飲み直していた。未来はアルコールに弱く速攻爆睡中。京香のベッドを占領している。三宅と京香はどっちもお酒に強いので飲み比べと言わんばかりに飲んでいる。
清孝もあの調子のまま結構深酒してるみたいだった。その横で、酒にはからっきし弱い土屋が酔いの回った清孝に愚痴られてる。土屋ってほんと聞き役にもってこいなんだよね。
あたしは久々に工藤と色々話し込んでいた。
「ね、梨恵さんと別れたのってさ、4人で飲んでからすぐだったの?」
酔いに任せて気になっていたことを口にしていた。
「あぁん?おまえが気にすることじゃないよ。」
並んで壁にもたれてビールと缶チューハイを傾けていた。ちらりと見た視線の先にいた土屋は清孝と話しながらこっちを見ていた。
「でも...」
「それより、なんかあったのか?おまえ今日あんまり章則と話してないじゃん?」
「別に...普段会ってるから、だよ。」
実際あたしは土屋を避けてたかもしれない。理由はどうであれ、一人で大学に通う方法を必死で試してるのをまだ話してないし...
「この間はさ、オレ入っていけないと思うくらいだった...」
「何が?」
「椎奈と土屋、二人でいるとおまえが女に見えるし...おまえが章則にすごく頼り切ってるようで...その、付き合ってるのかなって、思ってた。」
「まさか、それは土屋に悪いよ。そりゃあたしもそろそろ土屋に頼ってちゃだめだと思ってるよ。いつもいつも付き合わせてちゃ、土屋もデートすらできないでしょ?だからあたしなんとか自分で通えるようにしたほうがいいかなって。」
「それ、土屋に言ったの?」
「まだ言ってないよ...実はさ、土屋のことすごく好きな子がいてね、あたしに聞きに来たんだよ。どうなのかって、まるであんたの時みたいにさ。でもね、その娘いい子なんだよ、一生懸命気持伝えようとしてて...ほんとに誰かさんのことで言いがかりつけてくる女達と全然タイプが違ってね〜やっぱり人格ですかね、これは?」
「悪かったな、オレが付き合うのはそんな女ばっかりでよ。」
ぐいっと残ったビールをあけた工藤はくしゃっと缶を潰した。
「で、章則はその子と付き合うと思うのか?」
「だっていい子なんだよ?大人しそうで、土屋にはぴったりだと思うけどなぁ...」
「ふ〜ん...」
「それと、あたしもう一回ソフト始めようかと思って...夏休み中何度か練習に参加したんだ。」
「そっか、いいかもだな。椎奈はソフトやってるときが一番かっこよかったからな。」
「かっこよかった??」
「ああ、なんかさ、輝いてたよ、一生懸命の椎奈が一番だからな。」
「そ、そう?」
思いっきり褒められてなんか照れてしまう。
「あれ以来さ、おまえ見てるの辛かったよ。いつものおまえみたいじゃなくて、元気なくってさ...親友としてはいたたまれなかったよ。結局側にいてやれなかったしな。」
その間に彼女作ってるし...
「もう何ともないんだから、気にしないで...もう、忘れたから。」
「椎奈?」
覗き込んでくるその瞳に胸が跳ね上がる。いつだってこんなに近づいて、するって心の襞にに入り込んでくる。悔しいよ...
でも言えない...電車のことも男性が怖いことも。もし言えば?どうなるんだろう。
「ごめん、ちょっと酔ったかな...」
酔った振りして流れそうになる涙を膝頭に隠してあたしはそのままうつむいた。
「そっか、大丈夫か?」
ぽんぽんと頭を叩かれた。いつもの元気だせよって仕草だった。
 
 
その日は明け方近くまで飲んで、京香の部屋で雑魚寝した。どこで寝たかなんて覚えがないんだけど、目が覚めると隣には工藤の寝顔があった。
誰もまだ起きてこない...
京香は未来の隣に潜り込んで、三宅と清孝は重なり合うように同じ肌布団にくるまってた。その向こうで土屋はバスタオルを布団代わりに掛けて寝てる。
あたしはいつの間にかかけてあったタオルケットをそっと落として身体を起こした。
意外に長いまつげが綺麗だった。こうやって寝顔を見るとほんとに綺麗な顔をしてる。スッキリとした目元、薄い唇...
どくりとまた鼓動が強くなる。あの時触れた唇の感触だけ未だに覚えてる。この部屋に誰もいなかったら...もう一度重ねてみたい衝動に駆られる。
だけど...
ばかな考えを押しやってそっとベランダに出た。
「椎奈、起きてた?」
「土屋...」
「あのさ、椎奈僕に隠し事してない?」
「え、別に...」
「昨日ちらっと聞こえた。工藤と話してただろ?ソフトまた始めるって...クラブに入るの?」
隣に並んだ土屋は景色を見ながらそう聞いてきた。あたしは夏休み中練習に行ってたことと、後期からは車で通うつもりなことを正直に告げた。
「そっか...それが一番いいかもしれないね。」
「うん。」
「僕に気をつかってる?」
「そんなこと無いよ、でもクラブに入ったら時間ももっとまばらになっちゃうし、土屋には土屋の大学生活があるでしょ?」
「そんなこと...椎奈、僕は...」
「あのね、久しぶりにソフトやって楽しかった。あたしやっぱりソフトが好きなんだよね。あれ以来あたし、いろんなモノが怖くなって、手も足も引っ込めたまま大学に通ってた。でもね、このままじゃ嫌だったし、もっと楽しみたいって思った。土屋にはいっぱい助けられて、守ってもらったよ。これからもまだ力借りなきゃならないときあるかもしれない。でもね、土屋も楽しんで欲しいんだ。茶道頑張ってるでしょ?たまには茶道部のみんなと飲みに行ったりしなよ?あたしのことがあったからずっと断ってたんでしょ、もっと土屋も楽しんでいいんだよ?」
「違う、椎奈っ、僕は...」
土屋があたしの腕をぎゅって掴んだ。その力の強さに一瞬びくっと身体が震えて、その手はすぐに離された...
「僕は椎奈を守りたいって、思ってたんだ...迷惑なんかじゃなかった。だから...」
「あたしも感謝してるよ。土屋のおかげで安心して大学に通えたよ。いっぱい誤解されたし、お弁当ももう作れないけど...そのうち可愛い彼女が出来て作ってもらえるよ。土屋の優しいとことかちゃんと気付いてる女の子周りにいっぱいいるよ?」
あの庭井さんって人もいるしね。
「...椎奈の作ったのがよかったんだ。」
「え?」
「ううん、椎奈の作った卵焼きは僕の口に合ってたんだけどなぁ...惜しいな。で、車はどうするの?」
「ああ、ちっちゃい軽四買ってもらうことになった...」
「そっか、じゃあ、たまに僕を送ってくれる?時間が合えばね。椎奈の女子大まで行くからさ。」
その時またの庭井さんの顔が浮かんだ。
「圭司、おはよ...」
土屋が振り向いた先に工藤が立っていた。
「おお、わりぃ、朝の一服ベランダでしてもいいか?」
「ああ、どうぞ...」
いつの間にか煙草を吸うようになった工藤は土屋に差し出して断られていた。土屋は煙草を吸うとお茶の味がわからなくなるっていってた。
あたしはそのまま二人をベランダに残して部屋に入った。
 
 
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〜あとがき〜
進展してない!!(涙)なんかまったり過ぎる大学編。ようやく夏休みです〜
さて8の予告です。帰り組は土屋と椎奈だけです。あとはそれぞれの下宿先に戻ります。さて、どうなるか!?

 

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