== 最終話 ==
 
〜食堂一家〜
 
「京香...」
「椎奈っ!!」
椎奈はタクシーで食堂に戻って車を降りたとたんに、京香に飛びつかれて驚いた。京香は普段決してこんな行動を取る女性ではなく...
「この、馬鹿、心配させて...ほんとにもう...連絡ひとつしないで...許さないんだからね!」
「京香ぁ...」
京香の泣き顔なんて滅多に見たことのなかった椎奈は驚きながらも、自分がどれほどこの友人を悲しませたのかを察した。後ろから圭司が降りてくるのを見て京香は椎奈から離れると少しだけ睨み付けた。
「愛華ちゃん今起きたとこだよ、工藤。可愛い顔してるよ...」
「ああ、けれどもその前に...」
圭司は一歩前に進むと、食堂の女将と宗佑に深々と頭を下げた。
「すみません、椎奈と愛華を返してもらえませんか?お願いします!」
「あ、あんた...」
女将が一瞬困った顔をして息子の方をみた。
「今まで椎奈と愛華がお世話になって、こんな身勝手な言い分をオレがするのもなんなんですが、オレには椎奈が必要なんです。一人で苦しめた分は今からなんとしてでも幸せにします。いや...オレが椎奈がいないと幸せにはなれないんです!椎奈がした約束、なかったことにしてもらえませんか?」
店先で頭を下げたまま動かない工藤の肩に宗佑の手が置かれた。
「いいですよ、その代わり約束して欲しいことと、我慢してもらいたいことがあります。」
そう言い終わるやいなや、顔を上げた圭司の頬に宗佑の拳がめり込んだ。
「宗佑さん!」
穏やかな宗佑のいきなりの行動に椎奈も驚いた。軽く後ろに尻餅をついた工藤は頬を押さえながら立ち上がった。
「痛いでしょう?僕は椎奈ちゃんがここに来てから、ずっと見てきました。不安になって泣きたいときも涙を堪えて笑っていた。それでも夜中に何度も泣いてる声を聞きました。彼女をここまで追いつめた責任は重いですよ。これはこの1年近く家族として暮らしてきたみんなを代表して殴らせてもらいました。」
宗佑はにっこりと笑って拳を撫でた。
「さあさ、こんなとこでいつまでも居たら近所迷惑だよ。さっさっと中にお入りよ。」
女将に即されて全員居間に通される。圭太はもう部屋で寝てるようで、目を覚ました愛華が手足を動かして小さな布団の中に居た。
圭司は部屋の戸口で立ち止まり、じっとその方を見つめて息を飲んでいた。
「ね、圭司、愛華を抱っこしてやってくれる?」
椎奈に押されて数歩近づくと、椎奈が抱き上げた小さな存在を目の前にして軽く固まっていた。
「オレ、どうやって抱いていいのかわかんねえよ...」
緊張しまくってる新米パパの腕の中に、手慣れたママはさっさとその身体を渡してしまう。
「あ、ちいせえの...これが、オレの子...オレ、ほんとに親父になったのか...」
身じろぎ一つ出来ずに、それでもその手は宝物を抱くように腕の中の存在を実感している圭司だった。
「オレ...ふつうの家庭なんて知らなくて、親父にもお袋にも捨てられたみたいなもので...だから、こんなオレが親父だなんて...オレ絶対に大事にするよ、椎奈も愛華も、オレのような寂しい想い絶対にさせない...約束します。」
圭司は愛華の頬に軽く頬刷りする。とたんに愛華が泣き出してしまった。
「あわっ、どうしよう?椎奈、オレ泣かせちまった?」
椎奈が笑いながら焦る圭司から愛華を受け取ると軽くあやして落ち着かせると、ようやくみんながそれぞれ座布団に腰を下ろし始めた。
 
「で、報告は?椎奈、工藤。だいたいのことはあたしもこちらで聞いてるし、話しておいたけど?」
「女将さん、宗佑さん、本当に今までお世話になりました。あたし、圭司...彼と戻ります。本当にごめんなさい、でもでも、ずっとここにいてもいいって思えるぐらい、あたしこの何ヶ月もの間幸せでした...ありがとうございました...」
椎奈の肩が震える。とても一言で済ませられるような想いではない。全くの赤の他人を側に置き、出産にまで立ち会ってくれた人たちだ。感謝の思いは涙になって椎奈の瞳からこぼれ落ちた。それを見た女将は優しくため息をつくと椎奈を優しく抱きしめた。
「いいんだよ、愛華ちゃんのパパは死んだんじゃなくって生きて迎えに来てくれたんだ。これ以上いいことはないだろう?」
「でも、あたし圭太くんに...」
「あいつのことはいい。ちゃんと言って聞かせるよ。愛華ちゃんのパパが生きて迎えに来てくれたんだというよ。それよりも椎奈ちゃんはこれからの幸せを考えるんだ。親子3人、仲良く暮らしていけるのが一番の幸せだからね。」
「宗佑さん...」
暖かい言葉をかけられて椎奈はもうそれ以上言葉が出なかった。
「それで、今後どうするかだな。まず今日はもう遅いから椎奈ちゃんも愛華ちゃんもここに泊まるといい。もちろん京香さんも同じ部屋にどうぞ。悪いけど今夜は椎奈ちゃんも愛華ちゃんも君には返さないよ。」
ちょっと意地悪く言われても圭司は苦笑しながら立ち上がった。
「わかりました、オレはホテルに帰って明日の朝迎えに来ます。望月の家の者も椎奈のことを心配してますので、明日すぐにでもそちらに連れて帰りたいのですが、構いませんか?」
「ああ、それでいいでしょう。荷物はあとで送ります。送り先は?」
「じゃあ、オレのマンションで...」
「えっ、圭司、あたし一旦実家に帰るよ。だから...」
「だめだ!おまえはオレのとこに来るんだ。実家になんか帰ってみろ、また当分逢えなくなるだろ?それともオレに仕事終わってから毎日椎奈の実家まで通えって言うなら、そうするけどな。」
「工藤...あんた変わりすぎ...」
京香が思いっきり呆れていた。
「今まで、そんな誰かに執着するようなこと、一度も聞いたことないよ。」
「悪いか?」
圭司は完全に開き直っている。言い合ってる圭司と京香は放っておいて、椎奈は再び女将の方に向き直った。
「圭太くんには、明日あたしから謝ります。」
「ああ、そうしておくれ。あの子はあんたに懐いていたから...寂しくなるね。」
「すみません、女将さん...あたし...」
「いいんだよ、幸せにおなり。今まで無理して我慢してた分、この人に大事にしてもらいな。まあ、工藤さんなら大丈夫だよ、あんたを幸せにしてくれるさ。」
「あたし、女将さんのこと本当の母親のように思ってました。見ず知らずのあたしを一緒に住まわせてくれて...いつもいつも助けてもらって...」
わずか10ヶ月足らずの間のことだったが、椎奈は一番不安で苦しい時に助けてもらった女将への感謝の気持ちでいっぱいだった。そして今日を最後に、明日には出て行くのだと思えば思うほど、辛くなってきてしまう。圭司が迎えに来てくれたことも、京香が来てくれたことも全部嬉しくても、別れは辛いものだ。
「あんたはあたしの娘だよ。愛華ちゃんはあたしの孫だ。もしよかったらたまに顔を見せてくれないか?」
「はい、必ず、必ず来ます、女将さん!」
ちらりと圭司を見ると、圭司も頷き返していた。
 
 
〜圭太〜
 
翌朝、圭司が椎奈たちを迎えに来た頃に、一波乱起きていた。
「なんだって?愛華が居ない?圭太くんも?」
朝一でそれを聞かされて圭司は眠気を吹き飛ばして食堂まで駆けてきた。朝はタクシーも捕まらないので荷物を担いで走ってきたのだ。
「ええ、そうなの。朝ちゃんと話ししたら圭太くん判ってくれたみたいだったんだけれども、ちょっと目を離した隙に居なくなって...」
椎奈は涙目になって圭司の腕にすがりついた。今まではそんな甘えた仕草したこともなかったのに、余程不安なのだろう。圭司はその手を上から握ってやった。
宗佑と京香はすでに探しに出かけてくれたらしい。椎奈と女将は食堂で待機していたのだ。
「椎奈、大丈夫だ。圭太くんがついてるんなら愛華にひどいことしたりしないよ。」
不安そうな顔で半べその椎奈を軽く抱きしめると圭司はその額にキスをした。
「椎奈はここで待っといで、オレ外を探してくるから、な?」
「圭司ぃ...」
椎奈の指が圭司のシャツをきゅっと掴む。もうすでに離れがたくなってしまった二人だ。もう一度、今度は唇に軽くキスすると圭司は外に飛び出した。通りの公園など見覚えのあるあたりを探し回った。その途中で郁太郎と顔を合わせた。直接話したことがなかったが、どちらも常連だったので顔はよく知っていたのだ。
「あんたが椎奈ちゃんの相手だったとはな...」
「......」
「まあいい、椎奈ちゃんがそれで幸せならな。おれも椎奈ちゃんのファンだったんだぜ?そういえば前に圭太に...」
郁太郎がもしかしてと自分の家の方に戻り始めた。工場兼自宅は食堂のすぐ裏手にあるのだ。
「一度だけ圭太を招待したことがあるんだよ。」
そういって連れてきたのは郁太郎の家の裏にある大きな木の下だった。
その横に、残り木で作った小さな小屋があった。そこは郁太郎や宗佑が幼い頃近所の悪ガキ連中と力を合わせて作った秘密基地だった。
「圭太、いるんだろ?出てこいや。」
「やだ!」
郁太郎の呼びかけに圭太は返事だけで姿を見せなかった。そこは子供に十分でも、大人にはとうてい無理な入り口だったのだ。
「いくたろ、おまえうらぎったな!」
幼い圭太にため口きかれる郁太郎だった。普段同レベルで遊んでる二人の姿が圭司にも見えるようだった。
「うるせ、人質取るなんて卑怯だぞ、出て来い!圭太」
「やだよ!あいかちゃんはぼくのいもうとなんだ!かえったらつれてかれちゃうもん!おおきくなったらおよめさんにきてもらうんだい!だ、だから...うっ、うぇ...」
「泣くな、圭太!男だろ?男が泣いちゃ女の子を守れないぞ?なあ、ここに愛華ちゃんのパパが居るから、出てきて正々堂々と申し込んでみろ、大人になったらお嫁さんにくださいってな。」
「え?」
圭司は一瞬ひるんでしまった。まだ父親の自覚もないのにお嫁さんだなどと...
「...あいかちゃんのぱぱ?」
狭い出入り口から愛華を抱えた圭太が顔を出す。
「あ、おにいちゃん!おにいちゃんがあいかちゃんのぱぱだったの?じゃあしんゆうさんってやっぱりしいちゃんのことだったんだね?」
愛華は圭太と一緒なら平気らしく落っことされそうになりながらもきゃっきゃと喜んでいた。
「ああ、そうだよ。圭太くんが伝言、伝えてくれたんだってね。ありがとう...君のおかげだよ。」
椎奈から圭太が一生懸命伝えてくれたことを聞いていた。圭司はそっと圭太から愛華をそのなれぬ手に受け取った。
「ね、あいかちゃんのぱぱ、あいかちゃんがおとなになったらぼくにちょうだい?いっぱいべんきょうして、おかねもちになってむかえにいくからさ、おねがいします。」
小さな頭をぴょこんと下げる。そのかわいらしさに圭司も郁太郎も唖然としてしまい、思わず郁太郎が吹き出した。
「こいつはいいや!この歳でそこまで惚れたか?」
そこに郁太郎から連絡をもらった椎奈と京香、そして宗佑が集まった。
「圭太!」
「まって、宗佑さん...怒らないでやって。」
思わず大きな声を上げる宗佑を椎奈は止めた。
「圭太くん、さっきの聞こえたんだけど本気?」
圭太は思いっきり頷いた。
「ね、愛華がいいよっていったら...どうする?圭司。」
「うう...それは...」
話しを振られて、結果圭太の視線を一身に浴びる圭司だった。
「そうだな、もし、将来愛華がいいと言ったら、圭太にやるよ。その代わり愛華を惚れさせるぐらいいい男になれよ?お金持ちでなくてもいいから、いっぱいトモダチつくって、愛華のこと幸せにする自信が出来たらいつでもこいよ。その代わりに一発殴らせてもらうからな?」
ちらりと宗佑をみて圭司は笑う。
「うん、わかった!ぼくがんばるよ。あいかちゃん、まっててね!」
 
 
〜望月家〜
 
たまに顔を見せて欲しいと女将にも再度言われて、必ず遊びに来ると約束をした圭司と椎奈だった。
「オレのとこは、もうじいちゃんもばあちゃんも居ないから、もう一つの実家みたいにして来ればいいさ。これも縁なんだからさ。」
圭司にそう言われて椎奈はようやく女将と圭太から離れた。
新幹線で親子三人と京香とで関西方面へ戻る。一旦圭司のマンションに戻り車に荷物を積んですぐにまた椎奈の実家へと向かった。京香はさっさと彼氏のところへ戻っていった。もっとも新幹線の中で『工藤は今からいくらでも抱っこできるでしょ?』と言って愛華を離さなかったのには二人とも驚いた。
 
椎奈の実家に連絡はしてあるものの、圭司は愛華のことは言えずにいた。椎奈も電話で話したけれども、今回の失踪の理由も言いようがなく、ただ無事と、心配をかけたことだけを詫びただけだった。
「親父さんに殴られるだろうな...」
「どこまで説明するの?」
言えるはずのない理由を思って椎奈もため息をつく。椎奈の実家へ向かう車の中、椎奈は助手席で愛華を抱いて座っていた。高速を運転する圭司はそのことを考えると気が重かった。
「どこまでって...全部言えるはずがないだろ?かわいい娘孕まされたどころか、もう出産までしちまったとなると親父さんのショックは大きいだろうなぁ...けど、椎奈をこうやって手に入れられたんだから、何発だって殴られてやるさ。」
圭司はシフトを握っていた手を伸ばして椎奈の髪に軽く指を絡ませる。そのまま指を滑らせて椎奈の首筋を軽くなでた。そんな仕草を前を向いて運転しながら圭司はやってのける。椎奈はびくりと体を動かしてしまい、くうくうと眠る娘に気づかれないかと焦った。そんな椎奈の気持ちにお構いなしに圭司の指は流れて愛華のぷにぷにとした頬を愛おしげに撫でると大きくため息をついた。
「ただな...圭太に愛華をくれって言われたときにさ、なんか親父さんのことが浮かんできたんだ。娘を取られるっていうか手放すときのこと考えてオレも結構焦った訳よ。だから、椎奈が急に居なくなった時のショックとか、いきなりオレが家に来て椎奈と付き合ってたって言い出したことですら、腹立たしかったと思うんだ。けど理由のわからなかった親父さんはオレを責めなかったよ。それにこうやって、愛華を連れて帰ったらさ、椎奈に子供が出来るようなことをオレがして、その責任をとれないような男だったってわかるだろ?オレは親父さんにいくら殴られたって足らないくらいだよな。」
「圭司...もう父親の心境なの?」
くすくすと笑う椎奈の手に自分の手を重ねる。
「ああ、圭太のおかげでしっかり自覚させられたよ。そのかわり...殴られたらちゃんと椎奈が慰めてくれよな?」
 
 
けれども最初に殴られたのは...
「馬鹿者!!」
「きゃっ!!」
家に入るな否や椎奈の抱く幼子をみて驚きはしたものの、すぐさま椎奈の母親が受け取ると、父親のその掌は椎奈の頬を打った。
「心配かけよって!家族のみんなや友人たちをどれほど心配させたか判っているのか?ここにいる工藤くんだってどれほどおまえのことを探し回ってくれたか...わたしとて職を休んでも探しに行きたい気持ちを抑えるのにどれほど...その間に黙って一人で子を産むなど...他の人の気持ちも考えなさい!」」
父親の拳は震えていた。娘相手にどれほど手加減したことか。
「ご、めんなさい...お父さん...」
椎奈は頬を押さえて父親の前でうずくまって嗚咽をもらした。
「椎奈...大丈夫か?」
圭司はそんな椎奈の肩を優しく抱くと父親の方に向き直った。
「親父さん、殴るんならオレを思う存分殴ってください。オレは、殴られなきゃいけないようなことをしました。そうされないとオレの気も済みません、何発でも、気が済むまでオレを殴ってください。椎奈を苦しめたのはオレです。今まで側にいながら椎奈の気持ちにも、自分の気持ちにも気がつかずオレは...他の女性とばかり付き合ってきました。それなのに椎奈を抱いて、ちゃんと気持ちも伝えず不安な想いをさせてしまったんです。だから椎奈は...子供が出来ても産めないって思ってしまって...そう思わせてしまったオレが悪いんです!」
「それは本当なのかっ...貴様っ!!」
圭司の頬が再び腫れ上がる。昨晩宗佑に殴られたのと同じ場所を拳で殴られた。
「それで今まで、悪いことをしたと思って必死になって探してただけなのか?椎奈を...そんなに苦しめたのかっ!!おまえがっ...!」
胸ぐらを掴まれ反対の頬も殴られた。
「もっと殴ってください...オレには叱ってくれる父親も、心配してくれる母親も居ませんでした。だから...その分も、もっと、思いっきり殴ってください!オレは...椎奈に謝っても謝りきれない...」
圭司の胸ぐらをつかんでいた椎奈の父親の手が離れて、圭司はすとんと腰から床に落ちる。
「だけど...オレは椎奈が好きです...愛してるんです。オレにとってたったひとつ信じられる存在が椎奈だった。それに気がついたのが椎奈がいなくなってからだった...オレは椎奈がいなくなることには耐えられなかったんです。これからも彼女のいない人生なんて考えられません!」
椎奈の父親もぜいぜいと肩で息をして、その眼孔は圭司を睨み付けたままだった。
「親父さん、椎奈さんをオレにください。もう二度と泣かせません。生涯椎奈一人、大事にします、絶対にもう、離したくないんです...お願いします!どんな条件でものみます、ですから...お願いします!!」
圭司が床にこすりつけるように頭を下げた。
「おとうさん...」
椎奈が心配そうに聞き返すが父親はまだ動かなかった。
「君が...どれほど娘のことを思ってくれてるかは、この一年で十分判っているよ...」
そういうと再び圭司を立たせて平手で彼の頬を打った。
「子供を作っておいて女に一人で産ませたりするな!馬鹿者が!」
これはおまえの親の分だと椎奈の父親は小さく言った。そして居ずまいを正すと『娘と孫をよろしく頼む』と深々と頭を下げた。
 
そのあとは愛華を中心に和やかに丸く収まった。連休が明けたらすぐさま籍を入れて圭司のマンションに移ることになった。しかしそれまでの2日間は椎奈の実家から帰らせてはもらえなかった。連夜椎奈の父親は圭司を相手に遅くまで飲んだ。娘しか居なかった父親は上機嫌で圭司を酒の相手に任命したのだ。
夜中散々飲まされて客間に戻る圭司だった。
(くそう、あの親父、さりげに椎奈と引き離してないか?明日は絶対に帰ってやる!)
椎奈は自分の部屋で愛華と休んでいる。今夜は妹の柚が愛華をはさんで寝てるはずだった。その前の夜は母親が...
(夜ばいにも行けないじゃないか?)
あの夜の椎奈を思い出しては下半身が熱くなる圭司だった。中途半端な時間で、体を合わすだけで終わってしまった気もする。
1年の禁欲生活で大人しくなったわけではない。いつでも椎奈を求めて圭司の体は暴走していたのだから...同じ屋根の下におりながらも、さすがにどうすることも出来ず、独り寝を嘆く圭司であった。
 
 
〜友人たち〜
 
「圭司、ねえ、起きて、圭司ったら!」
翌日の朝早く椎奈が圭司を起こしに来た。薄目を開けて寝ぼけたまま圭司は椎奈の腕を引いて布団に引きずり込む。周りには誰もいないのを確認してのことだ。
「椎奈...んっ」
「やっ、だめ...圭司っんんっ!」
唇を塞いで朝から濃厚なキスを送る。朝っぱらだからこそ椎奈を欲しがってしまう。それはもう自然現象だからしょうがないと圭司はその手を椎奈に這わし始める。
「ちょっと待って...ね、圭司、今日って未来の結婚式だったの?」
「え?あぁ...忘れてた。オレも招待状もらってたんだっけ。おまえのことですっかり抜けちまってたよ。」
そのまま椎奈の服の中に手を入れる。キスは首筋を降りていく。
「京香がね、電話してきたの、未来にあたしが帰ってきたことを伝えたら人数増やしておくから一緒に来いって!」
「え、一緒にって...二人で?まさか、今から行く気じゃないだろ?」
せめて一回ぐらいとか浅ましくもそう思っていた圭司は仕方なく体を起こす。だけども再び椎奈を引き寄せて膝の上に抱きあげて、しゃべる椎奈にお構いなしでキスを続ける。
「披露宴は3時からだって。自社ホテルだからね、ラストの時間帯で、あとの式がないからゆっくり出来るでしょう?それでね、ホテルも部屋取っておくから、愛華を預けて二人で来ればって...」
「え?預けても大丈夫なのか?」
「ん、お母さんは構わないって...」
「そっか、行きたいよな。」
思わず二人っきりになれることを喜ぶ圭司だった。
「うん、未来の結婚式だもん。もちろん行きたいよ。」
うっとりと結婚式を想像する椎奈をみて圭司はキスをやめてそっと抱きしめた。
「オレは、おまえにドレス着せてやりたかったな。未来よりも先に...」
「圭司...?」
「順番逆になっちまったけど、夫婦として出席しようぜ。早めに行って椎奈の勤めてたホテルで結婚式場の予約をしよう。中上さんにプロデュースしてもらおう。あの人もすごく心配してくれてたんだからな。それと、藤枝も...」
「ん...」
「椎奈、オレと結婚してくれるよな?オレ、ちゃんと言葉にしてなかったって思ってさ。返事は?なあ、ちゃんと答えろよ。」
「はい...よろしくお願いしますね。こぶつきだけど?」
「ばか、そのこぶはオレの子だろ?」
くすくすと笑ってじゃれ合う二人だった。
 
 
「望月さん!!あ、それとももう工藤さんなの?」
ホテルのブライダルコーナーでは中上が椎奈を喜んで迎えてくれた。
「明日から工藤になります。」
「そう、とにかく、よかったわ...二人がそうやって並んでるところが見れて...」
藤枝は珍しく休日に休んでいるらしく、聞けばデートらしいが、相手が学生なため最近ちょくちょく土日に振り分けて休んでるらしい。
「あの、無理を言いますが、一番早い日程で式を挙げたいんですが...親戚関係は椎奈の方しかいませんから、友人中心で、あの、子供も参加させたいんで...」
「了解、わかってるわ。」
電話で前もって説明だけしていたので話しも早かった。
「でも圭司、出来ればお父様だけでもお式に出てもらわないの?」
「今更...オレの父親は椎奈の父親だ。なんだったら婿に入ってもいいくらいだぞ?それとオレの実家はあの食堂だ。女将さんたちにも来てもらおう。」
「それでいいの?」
「ああ、それでいいさ。」
「じゃあ詳しくはまた連絡するわ。望月さんまた来れるかしら?」
「あの...子供連れでよかったら打ち合わせに来ます。」
「そう?じゃあ時間空けて待ってるわ。あなたの経験を生かしてみなさい。私の権限でさせてあげるわ。」
「ほんとうですか?」
「ええ、自分の結婚式、やるつもりはないなんて言ってたけど、やってみなさいよ。ね?」
「はい、ありがとうございます!」
椎奈は中上にそういわれて喜んでいた。好きで続けていた仕事だ。辞めたくて辞めた訳じゃない。仕事よりも子供を優先しただけのことだ。
「いつか...落ち着いたらまた仕事しろよ。オレは椎奈が仕事してるとこ好きだぞ。」
「そうしてもらえると私もうれしいわ。あ、ねえ、今から友人の披露宴だって言ってたわよね?」
「ええ?」
「その格好でいくつもりなの?」
椎奈はごく普通のスーツを着ていた。色はグレーで中に白のブラウスを合わせただけ。出産で胸回りが合わなくなってしまったのだ。荷物も減らしていたから、実家においてきたスーツの中で一番ましなのを着込んできただけだ。
「工藤さん、奥様をちょっとお借りしていい?披露宴用に仕上げてくるから。」
そういって椎奈を衣装室に連れて行き、セットとメイクまで施して戻ってきた。
柔らかなベージュの光沢のあるスリップドレスにストールを合わせてある。大きくなった胸元が誇張されて圭司が思わずくらっとするほどだった。パールのネックレスは椎奈の母親が自分のものを着けさせてくれていた。
「あとここの飾りは後でちゃんと買ってあげてね?」
そう言って中上は椎奈の左手をとって圭司に引き渡した。
 
 
「椎奈!!ばかぁ〜〜心配したのよっ!!」
未来が化粧の崩れるのも厭わずに泣きついてきた。新婦の控え室。
「ごめん、ごめんね、未来...」
「あたしだって、この式がなかったら東京まで行ったんだからね!」
「うん、ごめん...」
花嫁を泣かせてしまったことを椎奈は何度も詫びた。一緒に来ていた京香がなだめて、愛華の話をし始めるとすぐに笑い声に変わった。未来は今年中に作って産むからと断言していた。
未来の披露宴は久々の旧友達との再会の場でもあった。三宅も呼ばれていてみな同じテーブルだった。未来の相手はもちろん学生時代から付き合っていたあの寡黙な彼で、今でも大学の研究室で講師をしながら残って研究を続けているらしい。
三宅は一年経っても相変わらずで、ただ、例の彼女と結婚の約束をしたと告げた。京香は相変わらずマイペースだが、『あんた達にあてられたかな?』そういって近々籍だけ入れるつもりだと言った。
「けど一番驚きだよな?椎奈が出来ちゃったで工藤と結婚だもんな。ったく意外なようで、一番納得できるわ。」
「なんだよ、それは。」
三宅に散々からかわれながも圭司は上機嫌だった。
「おまえが女に本気になるんなら椎奈みたいな女だろうなって思ってた。」
「ちぇ、一番鈍いおまえにも読まれてたってことは、オレが一番鈍かったってことか?」
「まあ、そういうことだな。じゃあ次からの飲み会は工藤ん家だな?それだったら椎奈も一緒にいられるだろ?」
「そうだね、椎奈それでいい?」
三宅の提案に椎奈も圭司も頷いた。
「三宅、気兼ねがないからってしょっちゅう入り浸るんじゃないわよ、まだここは当分新婚さんなんだからね。」
「ふん、でもよ、奥さんも旦那も友達だったら遠慮なしに遊びに行けるよな?今度オレの彼女連れて行ってもいいか?」
「ああ、構わないぞ。」
「あたしも彼氏連れて行こうかな...」
「げっ、なんか緊張しそう...」
京香の言葉に三宅が真っ先に反応した。
「何であんたが緊張するのよ?」
ちょっと怒った顔をするけれども京香も幸せそうだった。
披露宴は恙なく進み、出来るだけ堅苦しいイベントは省いた穏やかで落ち着いたものだった。未来の見事な花嫁姿に感動している椎奈に圭司は耳元で囁いた。
『絶対おまえの方がきれいだぞ?』
真剣な顔をして言う圭司に椎奈は思わず吹き出した。
向こうのテーブルでキャンドルを灯す二人の姿を余所に圭司の手は椎奈を引き寄せていた。
『愛してる...椎奈』
正面で大きなメモリアルキャンドルに火を灯すその瞬間、暗闇の中で一瞬唇をかすめるような圭司のキスを椎奈は受けていた。
 
 
 
〜二人〜
 
椎奈はまたみんなの元に戻ってきた。
友情と恋愛感情の狭間は微妙かも知れないが、親友としての愛情は紛れもなく存在した。どちらもが自己主張をし、お互いを切に求めた時点でそれは愛に変わった。
愛に変わったのならきちんと伝えて分かり合わなければいけないことを二人はしったのだ。
 
「これからも俺たちは親友で恋人で夫婦だ。何でも分かり合っていこうぜ?遠慮はなしだ、けんかだってしてもいいさ。でも最後はちゃんと仲直りしような。」
「そうだね、親友で恋人で夫婦ってなんかすごいね。」
「オレたちはもうそうだろ?で、今晩は今までの仲直りを全部する。」
「今までの?」
「ああ、オレが椎奈にしてきたこと、悪かったことは全部謝る。だからおまえも今までオレに隠して来たこと謝れよな?」
「そんな...」
「で、その分だけ仲直りで繋がろう?辛い思いさせたぶん、気持ちよくしてやるからさ。」
「え、それって...」
「そ、いっとくけどまだ1年分やってないし、再会したあとも時間切れで中途半端だったし、椎奈ん家では全然出来なかったし...こんばんは愛華も居ないし...思う存分やらせてもらうからな。」
「け、圭司...もしかしてそのためにこの部屋?」
未来が取ってくれていた部屋から圭司によってグレードアップされた部屋はセミスイートだったのだ。二次会で飲もうと盛り上がる中圭司によってここに引きずられてきていた。
「まあ、新婚第一夜ってことでね...」
あきれ顔の椎奈は圭司に強引に引き寄せられてその腕の中に収まる。
 
 
 
「椎奈、離さないから...もう二度と...覚悟しろよな?オレの親友...」
 
 
 
翌朝起こさないでの札がかかったまま、その部屋のドアは夕方まで開くことがなかった。
 
 
〜END〜
その熱い夜が見たい?
ソレは後日...
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〜あとがき〜
なんかとりとめないですけど終わりました〜〜〜けど全部書ききれなかった(涙)
でも幸せさと周囲の驚きが伝われば....です。
ちょっと調子に乗ってって言うか欲求不満気味なので<熱い夜>を書きます。いつになるかはまたよろずで報告します。もしかしたら引っ越した後思いっきり18禁か21禁で?(オイ)
それでは皆様長い間連載を読んで頂きましてありがとうございました!!

 

 

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