13.
 
一人暮らしと言っても会社の寮じゃ様にならないかな?
ホテルの従業員の女子寮だけれども食堂のついてるアパートみたいなもの。勤務の不規則な仕事が多いので、食生活も不規則にならないようにと会社側の心遣いだろう。門限は特別ないとしても、入り口で男子禁制だった。建物が男子と女子に別れている。だからそういう相手が出来ると寮を出て部屋を別に借りるらしい。窮屈そうにする子達を尻目にあたしは喜んで寮に入った。
 
仕事はきつかったけど楽しかった。
最初の半年は現場で実地、要するに結婚式のフロア係だった。土日なしで幸せそうなカップルの結婚式を横目で見ながら黙々と働く。そして思う。きっとあたしは一生こんな結婚式は出来ないだろうと...だからこそ、こうやって結婚式を挙げる事の出来るカップルたちに少しでも満足してもらえるように...そう考えていた。
だって、自分に誰かと過ごす未来があるなんて、そんな考えはもうなかった。
<どんなカップルにだっていろんな理由も経緯もあるはず。それでも幸せになるために式を挙げようとするカップル、それぞれにどんな思いがあろうとも、こちらは最大限の祝福として、無事よい式が終えられるよう、お手伝いさせていただくこと>
わたしがフロア係になったとき、主任の中上女史にそう教わった。彼女は結婚式を挙げられないまま、ともに暮らした人を亡くしたと聞いた。病室で仲間達が着せてくれたウエディングドレスの思い出は今も忘れられないという。その彼が亡くなった後、彼の看病のために休んでいたホテルに戻り、弱かったウエディング部門を一気に盛り立てた手腕は今でも語りぐさだ。
あたしも同じ気持ちかもしれない。あたしはフロア係を終えた後、彼女直属の部下に配属された。
 
章則が去った今、あたしにはもうそんな未来は見えてこない。もし誰か本当にココロを許せる人に出会えたとしても、発作を起こさずに理解してもらえるなんてとてもじゃないけど思えない。あたしが出来ないこと、その分ここに来る人に幸せになって欲しい。その思いで必死に仕事した。結婚しないって事は、それだけ仕事に打ち込めるって事で、土日も全部仕事するあたしは重宝がられた。それでもホテルの客室係の子に比べると夜はまだ早いし、仏滅は比較的ヒマだし、たまに京香達と飲んで気持をリフレッシュさせる。それで十分だった。男子寮との交流会もあるけれども、仕事を理由に参加せずにいた。相手を見つけるのに必死の子達は色々と忙しそうだったけれども。
 
「よお、久しぶり!」
何度か集まるメンバーは京香と三宅とあたしと工藤の四人だった。ココにたまに清孝や未来とその彼氏が加わる。たまにだけどね。
「工藤、今日は金曜日なのにいいの?デートは?」
「ああ、彼女今田舎に帰ってるんだよ。大学はもう冬休みだからね。椎奈こそ、今まで週末なんて出てこれなかったのにいいのか?」
工藤の彼女は大学の後輩で2コ下の女の子らしい。今回は長持ちしてるかな?工藤もその子が可愛くてしょうがないらしい。元気で、凄く気が付くんだって自慢してた。
社会人になった工藤は髪もそれなりに真面目にして、ピアスも全部止めた。前髪だけは少し長めだけど...仕事帰りの彼はスーツ姿で、その様になるスタイルは若い子向けのカジュアルな居酒屋のなかでも女の子の気を引いていた。
「さすがにこんな年末になって式あげる人もいなくってね、明日はなんと休みもらっちゃった。みんなももうちょっとこっちに居るんでしょ?あたし年末は帰らないから。正月開けてから帰るの。ホテルの客室の方手が回らないから手伝うんだ。」
「俺ももうちょっとこっちにいるけどさ。帰ったって別になぁ...」
「あたしも、もうしばらくいるよ。」
みんなも年末ぎりぎりまでこっちにいるらしい。休みは休みらしいけど。
「望月、そんなに働いてばっかりでどうすんだよ?そんなんじゃ彼氏つくる暇無いじゃんかよ?」
「うるさい、三宅、あんたに言われたくないわよ。この間紹介した子達はどうだったの?合コンで全滅?」
「うう、全滅したよっ!頼むから次のグループ紹介してくれよぉ...」
泣きつく三宅、彼のお仕着せのようなスーツ姿はそれなりに愛嬌があってその場を和ませてくれる。肩幅がないからよけいにそう思えるのかな?けれども職業的にはなかなかの有名企業に就職した彼は自社の仲間を餌に引っ張り出してはうちのホテルの若い女の子達と飲み会をやっては自爆していた。いまだ彼女居ない歴23年。土屋のことは三宅や清孝には言ってなかったけど、高校時代、あたしにでもカレシはいたのにと、よくなきつかれるのだ。合コンにもおまえも加わってカレシ見つけろよと言われるけど、土日が忙しいからと金曜日の夜は出かけることを拒否していた。
「もう、しらないわよ、いったい何組紹介させればいいの。次は未来にでも頼んだら?」
「未来はさ、今カレシと住んでるだろ?連絡しにくいよ...そうだ、京香、おまえ会社に若い子居ないか?」
「人妻、バツイチでよけりゃ3,4人いるわよ?」
「...結構です。俺どうせなら初めての子がいいなぁ。こう、男と付き合ったこともないような子!でないと俺比べられちまうだろ?」
こいつが童貞捨てに風俗に行ったのはこのグループじゃ有名な話だ。当たったのが結構年くった人妻だったらしく、サービスはしてもらったものの、感動がなかったとわめいていた。そんな話し、女の居るとこでわめかないで欲しいんだけど....まああたしや京香は女外らしい。
すっかり昔通りに接することが出来るようになったわたしは、三宅の人畜無害なY談になら軽く乗る。あんまりお堅いこと言ってたら仕事なんて出来やしないからね。ただ女性が多いのが今の職場で一番嬉しいこと。直属の上司が中上さんだし、その補佐をよく頼まれるので、日中男性と接することがほとんどないのだから。
「それだったら俺の彼女の同級生頼んでやろうか?まだ20そこそこで初々しいぞ?」
「く、工藤、それほんとか??」
「おう、今度連絡する。」
あれから、っていうか就職してからかな?工藤の彼女の傾向がコロッと変わった。
今までのようにお姉様タイプの美人じゃなく、もうちょっとおとなしめのタイプの女の子になったようだ。
「あんたも好みが変わったね?」
そう京香に聞かれたときは
「しょうがないだろ?就職したとたん結婚話なんて出されてみろ、勃つモノも萎えちまうぞ?年上の女は網張り巡らせてて怖いんだよ。その点学生だと少々忙しくて逢えなくても我慢してるし、そんな先のこと言い出してこないからな。よっぽど気が楽だよ。」
「相変わらずだね。」
あたしも京香と一緒にため息で返事してやる。
「そういう京香は相変わらず落ち着いたおっさんばかりか?」
「エリートと言ってくれる?」
工藤を睨んで京香が答える。今付き合ってる人はバツイチらしいっていうか、結局前付き合ってた人が奥さんと別れたって聞いたけど、ずいぶん年上なのは間違いないんだよね。実はあたしもまともに会ったのは1回だけ。某有名企業のやり手さんらしい。忙しい中、京香に会いに来て、あたしが居るのをみて急いで帰ろうとしたのを引き留めた覚えがある。
「あ〜あ、未来も彼氏とはらぶらぶだし、三宅、女子大生の彼女なんかつくるんじゃないわよぉ!最後に二人残って飲み会続けようね!」
「やだね、彼女つくって、俺は尽くして尽くして尽くしまくるんだぁ〜〜!」
「それじゃ貢ぐくんじゃない」
叫ぶ三宅に京香がトドメを刺す。
「くそ、飲んでやる!望月、俺は今日は飲むぞ!」
「わかった、付き合うよ!」
カレカノのいる二人をそっちのけで盛り上がって飲む。三宅もある意味人畜無害だよなぁ。まあ、奴の好みがすっごくおとなしくって、お嬢様タイプの、雅子のようなタイプだとわかってるからよけいかな?あたしも京香も正反対だしね。
「で、望月は彼氏いらないのかよ?」
ああ、もう話を戻すなってば...
「今はいいの、仕事に燃えてるのよ!そうだ、三宅も彼女が出来たらうちに遊びに来てもいいよ。ウエディングドレスの試着させてあげるよ〜フェアの時は恋人同士でも可だから。工藤も秋のフェアの時彼女連れてきたしね。」
「工藤、連れて行ったの?」
急に京香の目が細まって少し怖い表情になる。
「うん、だってフェアだから、誰が来たっていいんだよ?京香もおいでよ。」
「あたしはいい。別にドレスや式にはこだわらない方だから...たぶん椎奈の世話になれそうにないからね、ごめん。」
事情を考えたらそうなるよね...
「いいよ、こっちこそごめん...三宅はカノジョできたら連れておいでよね?」
 
明るくは言ったけど、あの時は少しショックだった...
工藤の彼女は多聞に漏れず綺麗な子だった。今までの女の人と比べると少し子供っぽくって、きゃぴきゃぴと元気がよかったけど。
『彼女がどうしてもっていうから...』
そう困った顔をしながら工藤は彼女を連れてきた。何着か試着しては工藤の返事を求める彼女は可愛かった。あたしは忙しさを理由に走り回ったあげく、最後にはタキシードを着た工藤と彼女の二人の記念写真を撮る羽目になった。
ひどくその日は胸が痛んだ。あたしの中で踏ん切りつけたはずなのに、苦しかった。
嘘の格好でも、そうやって並んでるのを見て、また自分の思いに気が付かされる。
なんでだろうね?もういい加減に忘れればいいのに?この思いだけどこかにやって、友達としてやっていきたいのに...
でも、友達として、式の相談や準備なんか手伝わされたらいやだなぁ...それだけは避けたいな。それぐらいだったら、結婚式に呼ばれて拍手してる方がまだましだよ。
 
 
飲みに行った日には必ず京香の部屋に泊めてもらう。いくら門限がないと言っても、深夜に帰宅したらみんなに何言われるやら...最初から外泊届けを出しておく。でないと食事の都合があるからね。
「ふぁ、今日も飲んだわ〜」
「椎奈、あんたと三宅は今日は飲みすぎだよ。何も彼女欲しがってる奴に会わせて盛り上がることないのに...」
「いいのよ、あんまり彼氏いらないとか男はイヤって言ってたら女の方がいいのかって思われちゃうでしょ?あ、でもその方がいいかな?どうせあたしは一生このまんまだろうし...」
着ていたスーツをぱっぱって脱いで、京香の出してくれたジャージを借りる。ちょっと酔いが覚めるまでこの格好で過ごさせてもらう。同じく着替えた京香がウーロン茶のペットボトルを持ってくる。これ以上飲むなって事?
「椎奈、あんたね、どうしてそこまで諦めちゃうわけ?他の事に関しては、切り替えも早いし判断力だって的確なのに...まだ土屋のこと引きずってるの?もしかしたら全然OKな奴が現れるかもしれないじゃない?」
コップについだウーロン茶をくくって飲み干す。よく冷えてて美味しい。
「ふっ、でも、現れてもさ...土屋みたいな目に会わすわけにはいかないじゃない?これでも結構反省してるんだよ?あたしなんかと付き合ったせいで、ほんとに土屋には悪いコトしちゃったよ。だから、もし、そんな人が現れても、出会いたてなんかは激しく拒否しちゃうしね。そんな出会いどこにも転がってないしね..、ほんと、どうしようもないわ。」
「...それだけ?」
「え?」
「それだけなの?」
京香の問いかけが鋭くなる。
「な、何が?」
「本当にそれだけの理由なの?あんたのココには誰かが住んでるからじゃないの?」
京香がびしっとあたしの胸の真ん中を指さした。
「工藤が住んでる、違う?」
あたしは息を飲んだ。
「なに言ってるの?工藤は親友で...」
「あいつはそう思ってるかもね?でも椎奈は違うでしょ?友達としての好きを越えてるよね?」
「京香、あたしは...」
「お願いだからもうこれ以上あたしに黙ってないで!言いなさいよ、正直に!出ないとまたあんたが壊れてしまう...椎奈は、強がるくせにもろすぎるのよ。それを知ってるのはあたしと土屋と工藤だけでしょ?だけど土屋はもう居ないし、工藤には甘えられないんでしょ?だったら...あたしにぐらい甘えなさいよ。手遅れになる前に、もっと早くから甘えなさいよ!」
あの時、土屋のことが終わったあと...
相談するのが遅かったと京香にはしかられた。もっと甘えればいいと...そうすればあたしも甘えれるからと、その後自分のなかの想いを語ってくれた。今の彼氏のこと、奥さんが居ること、でも本気になってしまったこと。別れるつもりで夏休み帰って来たのに迎えに来たこと。そしてその人が迎えに来て、奥さんと別れてしまったこと。今でも続いてるけど、彼の子供の事を考えると結婚する気にはなれないことなど語ってくれた。だけど、その時もあたしは土屋のこと以外は口に出来なかった。
「工藤のこと、諦められない?」
「たぶん...あいつがもうちょっと長続きしたら、そしたら忘れられるって思ってたけど、相変わらずなんだもん。けど、今の子なんて半年以上続いてるし、そろそろ諦めなきゃって思うんだけど...あたしって、なんでこんなに諦めるの下手なんだろ、ね?」
堪えていたモノがこみ上げてくる。
「やっぱり、土屋の時もそれが引っかかってたんでしょ?ね...ずっと、高校の時から?」
「ん、苑子と付きあう前から...でも、何度も、諦めようとしたし、口に出せば簡単だけど、あたし、友達の工藤も失いたくなかった。すっごく我が儘だけど、彼とは友達でいたいって、そう決めちゃったから...もう後戻りできなくて...だから、土屋も、岡本くんも傷つけて...」
涙がこぼれて顔がくしゃくしゃになる。言葉を出すのも苦しくなる。だけど堰を切ったかのように感情があふれ出てくる。止まらなかった。ずっと7年間胸に秘めてきた想いを口にした。
「だけど、工藤のことが...好き、他の人じゃだめなんだ...」
「そう...告白は?しないの...?」
そう聞かれてぷるぷると頭を振る。
「しないよ、そんなコトしたら工藤が苦しむ。あたしのこと親友だって言ってくれて、あたしが困ってるときはいつだって先頭切って助けてくれて、これ以上贅沢言えない。あたし、友達でもいいから、側にいたい...」
「椎奈...」
京香が隣に座った。
「いつか、工藤は誰かと結婚して、そうすると親友なんてたまに逢うだけだよ?会社と家庭、その次になるんだよ?」
「わかってる、そんなこと...その頃にはあたしも諦めてるかもしれないじゃない。あたしには仕事があるし...今は京香だって居てくれるでしょ?だから、今は、今だけ我慢すれば、きっと通り越しちゃうはずなんだ。」
「そう思いながら7年?長すぎるよ、椎奈。それもあんなに側にいてでしょ?椎奈がこっちに来てからまた頻繁に飲むようになったし、そんなんであんた諦められるの?」
「きっと、大丈夫だよ?」
「どっちも馬鹿か...」
「え?どっちもって?」
「いいのよ、あんたも馬鹿、あたしも馬鹿ってとこよ。」
「京香...」
「今夜はもうちょっと飲もうか?」
そう言って京香は冷蔵庫から冷酒を取り出した。
 
その夜、あたしは意識がなくなるまで飲み続けていた。
 
 
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〜あとがき〜
社会人編始まりました。
いきなりまた工藤の奴...うごかねえ!!動いたのは京香だけ?京香にはなにかわかってるみたいですね。今後キーマンになるんでしょうか?社会人になってもうすでに12月のようです。まあ、あっという間の1年という事で、次回おそらく新キャラ出ます。出てどうなるのか私にも予測はつきませんけどね。う〜〜ん、椎奈次第なんです、最近の展開は...
 
それと一つ謝っておきます。12話で部屋を借りたとしていましたが、寮に入ったに変更しています。今後の展開上しかたがないと言うことで、ご了承くださいませ。
 

 

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