12.
 
『明日ご飯食べに行かない?土曜日だし、今週試合入ってないからゆっくり出来るんだけど?』
『ああ、明日はクラブコンパが入ってるんだ。遅くなるよ...』
『そっか、あれからゆっくり会えないから...来週はあたし試合が入ってるんだ。じゃあまた時間あったらだね。』
電話でそう話したけれどもすごく不安だった。
あれからゆっくり逢えないでいる。今度こそって思ってるからなおさらだ。
あ、でも日曜にゆっくり逢えばいいんだ。
そう思い直したあたしは夜メールを入れて章則からの電話を待っていた。
でも、その夜も、次の日も、その後も...章則からの返事はなかった。
 
 
 
いったいどうしたんだろう?
3日たっても返事はない。自宅に電話してもまだ帰ってないっていう。ここ何日か外泊が続いてるそうだった。
<どうしたの?返事がないから心配です。クラブで何かトラブルでもあったの?明日逢いたいよ   椎奈>
そんなメールにも返事はなかった。
昨日も帰ってきてないらしいけどちゃんと連絡はあったそうだ。『友達の家に泊まる』って。思わず工藤のとこかなって思って電話してみたけど居なかった。他愛もない話をして電話を切ったけど工藤が一言だけ気になることを言った。
『なあ、おまえの付き合ってる奴ってオレの知ってるやつ?』
あんな事の後だったのではっきりと言うわけにもいかず、誤魔化して電話を切ったけれども...
 
水曜日の朝、章則の携帯に電話した。5回ほどコールして電話にでた。
『もしもし、章則?心配したよ、ねえ、今どこにいるの?』
『......』
『...章則?』
返事がなかった。おかしいな、電話に出てるのに...
『...ごめんなさい、彼、今シャワー浴びてて...ずっと、うちにいるの...ごめんなさい、望月さん。あたし、やっぱり土屋くんのこと諦めきれなくて...ごめんなさい、あたし、彼と...もう離れられないの...』
え?誰...
あたしのこと知ってる女の人。
諦め切れない?離れられない?
『庭井さん...?』
『ごめんなさい!でも、あなたも悪いのよ!あなたが彼を苦しめるから...だから、あたし...あっ...!』
後ろで何か音がして、しばらく雑音が聞こえていた。
『椎奈...』
何日かぶりの章則の声。
『椎奈、ごめん...』
辛そうに震える語尾。一言一言を絞り出すかのような、こんな辛そうな章則の声は聞いたことなかった。
『逢って話すよ...今日そっちに帰るから。』
『あ、逢いたくない...っ!』
身体が震えていた。がくがくと芯から凍えそうなほど...
『椎奈、ごめん、僕は...』
『いい、言わなくても、いい...あ、あたし...聞けない...』
必死で言葉を絞り出す。だけど頭は動いてない、勝手に唇から言葉が漏れていくだけ。
『椎奈、許して欲しい、恵子のこと...彼女をこれ以上傷つけられなかった。彼女の想いを受け止めてしまった、僕が悪いんだ...椎奈、椎奈のこときらいになったんじゃない、だけど...』
『だけど...その人と居るのが、答え、なんだよね...?』
『椎奈、僕は椎奈を...』
『いいのっ!もういいっ、あたしもいっぱい謝らなきゃいけない、でも、でも今は...うぐっ...』
あたしは嗚咽が押さえきれなくて、携帯を閉じた。
 
 
あたしは、泣いていた。
悲しくて、悲しくて...嗚咽は押さえても押さえても堪えきれずに出てくる。
何が悲しいのか...?
全部自分が悪いだけじゃないの?
章則に甘えて、傷つけて...
誰かの元に行ってしまっても、あたしには責める資格なんてない。
だけど...好きだった。
友達以上の気持はあったはず。でなきゃキスなんて出来ない。
それ以上だって...
 
でも、一番悲しかったのは、たぶん、もう友達では居られなくなるって事。
章則が責任を感じてしまってること、それが一番辛いことだった...
 
 
 
「椎奈!?」
泣き疲れて、頭もぼうっとして、ベッドにもたれたまんま焦点の合わない目で空を見つめていた。時間の感覚はなかったけどかなりたってたはず...
あ、学校、さぼっちゃった...
「椎奈っ、居るんだろ?開けるぞ!」
「えっ?」
部屋のドアががんがん鳴らされてること自体気が付いてなかった。
時計を見ると11時過ぎていた。母もパートに出かけてもう誰もいないはずなのに?
「椎奈...」
ドアを開けて入ってきたのは工藤だった。
「く、どう...なんで、ココにいるの...」
あたしを見る目はひどく細められていて、あたしは自分がどんな顔をしてるか気が付いて急いで顔を背けた。
「椎奈、やっぱり泣いてたんだ...」
「な、何なのよ、急にっ!」
あたしは精一杯の虚勢を張って大きな声で怒鳴った。
「章則から、電話もらった...京香も連れてこようと思ったけど捕まらなくて...オレだけ高速飛ばして帰ってきた。」
章則が、電話??
「あいつだったんだな?椎奈が付き合ってるのって...なのにあいつは...くそっ、あれだけ頼んだのに、椎奈を、泣かせやがってっ!」
「違う、あたしが悪いの、あたしが...」
「夏休みに帰ったときに章則の家に行ったんだ。椎奈の彼氏ってどんな奴かしらないかって...あいつは知らないと答えた。あいつは反対に好きな子がいて、その子は初めてだからどうすればいいか聞いてきた。オレは優しくしてやればいいって、少々嫌がってもやっちゃえばOKだとも言った。だけど、その相手が椎奈だったなんて...」
「あたしが、章則を受け入れられなかったから...」
「それはしょうがないだろ?おまえは、岡本の件でひどく傷ついていて...おまえはあれから凄く変わった。いつも天真爛漫で、明るくて意志の強い女の子だったのに、何かに怯えて影のある笑い方をするようになった。オレたちと居るときはそれほどでもなくても、側に知らない男が寄ってくるだけで表情が強ばってた。だから、男性恐怖症になってるんじゃないかとなんどか章則に聞いたけど、あいつは『大丈夫、僕が付いてるから』ずっとそう言っていた。椎奈の彼氏はあいつじゃないかとも思った。それならそれでよかったんだ。あいつなら側に居て椎奈をずっと護ってやれる。安心して任せられるそう思ってた。だけど違うって言ったから...だから...」
「いいの、もう...だって、あたしは...だめだったの、怖くて、キスされても大丈夫だったけど、あそこを...触られると、あ、あの時の、こと、思い出して...」
「大丈夫か?椎奈、顔色悪いぞ?」
「さっき、また、あれがでたから...」
あたしの足下にはくしゃくしゃになった紙袋が転がっていた。
「椎奈っ、おまえ...」
「章則に触れられても、でちゃったの...章則の指先でさえ受け入れられなかった...だから、しょうがないの!他の女の人の所にいっちゃっても...あ、あたしが悪いん、だから...」
「椎奈...」
あっ...
その瞬間ふんわりと工藤の腕の中に抱きしめられていた。
「章則も苦しんだとは思うよ...あいつが、椎奈に気があるのは気が付いてたさ。だけど、二人ともそれを言わないし、オレもどう対応していいかわからなかった...」
あたしは腕も身体もだるくって工藤の背中に手を回すことも出来なくって、くたりとしたまんま工藤の胸にもたれていた。
「あいつ、土曜の夜からずっと女のとこにいたんだそうだ。」
その言葉にびくんと身体が震えた。
「酔ったまんま、女に迫られて、跳ね除けれなかったそうだ。いつも、椎奈のこと相談に乗ってもらってたって...その子も、本気だったんだよな...章則はああいうやつだから、オレみたいにヤリ捨てるなんて出来なかったらしい。そのまんま、帰って椎奈に逢うのも怖くなって、そのまま女の部屋に居続けたそうだ。」
「章則が...責任感じなくていい。あたしが...あたしのせいなんだ。岡本だって、章則だって、あたしが...」
「椎奈、自分を責めるな。」
「あたしなんか、なんで好きになるの?そんな価値なんて全然ない、身体が欲しいだけなの?好きになるってそう言うことなの?あたしは...ただ好き、それだけでよかった...」
「それは男にとって酷な話だよ。男なら誰だって好きになればココロも身体も欲しくなるさ。女だって、そんなときがある。椎奈がまだそれを理解できないだけなんだ。そのうち、椎奈が身も心も預けれる奴が出来るさ。世の中に男はいくらでも居るんだ。そのうち身体なんか関係なく好きになれる相手だっているさ...ってオレが言っても慰めになんねえか...」
工藤がはらりと落ちてくる前髪をかき上げながら眉をしかめて笑う。
トモダチだったら...失うことは何もないんだ。工藤のように、いつでも側にいられる。
だけど、きっともう章則とは今までのようにつきあえない。側に行けない。
あたしに絶対手を出してこなくて、それでも、触れても平気なのは...もう工藤しか居ないんだ。
 
あたしは、なんだかほっとしてそのまま目を閉じて眠ってしまった。
 
 
 
 
大学四年、遅すぎる就職活動だった。
だけど、あたしはもう地元に残るつもりはなく、K市やU市を探した。
京香も帰ってくるつもりはないみたいで、あたしはそのまま地元にいても寂しいのと、一度親元を離れてみたかったのとで、必死で親にいいところ受かればと頼み込み、『いざとなればおじさんの工場の事務職に』なんて言われながら必死で活動を続けた。あれからのあたしは、恋愛感情を一気に捨てて、クラブに、ゼミにと頑張った。
大学からしかあたしを知らなかった子は、『椎奈ってこんなに元気者だった?』なんてびっくりしてる。クラブに居るときだけは昔のあたしだったので、やつらは全然驚いてなかったけど...
それと京香と未来が昔のあたしに戻ったって喜んでくれた。
 
あの時、工藤があたしの元に駆けつけてくれたとき、連絡を受けて未来と京香が未来の彼氏に車を出させて飛んできた。遅くまで居るわけにいかないと、工藤は目が覚めたあたしを二人に預けると、未来の彼氏とそのまま飲みに行った。そうと思ってたけど、実際章則の所へ行ったらしかった。自分一人だと章則に何するかわからなかったから、未来の彼氏に来てもらって、公園の駐車場に呼び出して、一発殴って、そのあと声を殺して泣き続ける章則の肩を抱いて、そのまま朝まで語り明かしてたらしい。
あたしは未来と京香に慰められって言うよりも、聞かされてなかったと怒る未来に謝り、あんたも悪いとたしなめられ、そして抱きしめられた。
朝まで、3人で寄り添って眠った。まあ、寄り添ったのは未来で、京香は『あたしゃこっち』と離れて、でもあたしが寝付くまでずっと側に居てくれた。あたしは、照れくさくって、でも嬉しくって...彼女たちに、工藤に感謝した。
 
その翌日あたしは章則にメールで<今までありがとう>って送った。
しばらくはどっちも逢うのが辛いだろうと、逢わなかった。
4年になって、久しぶりに出会ったとき、少し痩せて引き締まった顔の章則を見てあたしは笑えた。
「彼女元気?」
ってきいたら、ああ、と静かに答えた。
「就職、地元でするよ。市役所、狙ってるんだ。」
そして、落ち着いたら結婚すると...あのあと、彼女に生理がなかなかこなくって、かなり焦ったらしい。その時に覚悟したと彼は言った。『彼女を大切にしてやりたい』と...市役所なら安定してるし、そのまま家に入ってもらえばいいからと。
 
 
 
あたしはホテルのブライダル部門に就職を絞り、週に何度かK市の系列のホテルでアルバイトしながら仕事を覚え、何とか本社に就職することが出来た。土日の休みのない仕事だけど、やりがいだけはありそうだった。
会社の寮に入ったので、そのまま就職した京香や工藤、三宅とも近くなった。未来と清孝は少し離れてるけど、それでも地元に居るよりも近い。
工藤は商事会社の営業、京香は地元の新聞やタウン誌を出している小さな出版社、三宅は某有名証券会社、清孝は歯科技工士として大きな技工所に、未来も有名なホテルに就職した。彼女も同じくずっとバイトで入り続けたらしい。彼女には就職するまでも色々と相談に乗ってもらった。
 
 
そして、大学卒業22の春、あたしは地元を離れて一人暮らしをはじめた。
 
 
☆親友の事情 〜土屋の事情〜 こちらから☆
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〜あとがき〜
こんな結末になってしまいました。ってお話はココでは終わってないんですけどね。
土屋の馬鹿たりが〜とお怒りかもしれません。それよりもなんで??といった疑問の方が大きいかもしれませんね。上の土屋の事情同時UPです。何が正しいかなんて誰にもわからないです...
土屋ファンの方本当にごめんなさい。これからも見捨てずおつきあい頂ければ嬉しいです。
 

 

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