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キリリク450万作品〜yokoさんへ

昼の月・夜のお日さま

1.昼のお月さま

「あのね、宗佑さん。」
夫婦の寝室で日向子がおずおずと話しかけてきた。
明日からは週末で、忙しかった今月、久しぶりにその腕に愛しい妻を迎えて男が期待してないはずがない。宗佑は甘い微笑みを浮かべて優しく聞き返した。
「どうした、日向子?」
「あのね、」
恥ずかしげな日向子はなかなか話し出せない様子だった。
(可愛い...)
結婚して、もう何年かたつのに、相変わらず年の差のある二人の関係は以前と変わらなかった。圭太を連れているとどう見ても母親には見えない日向子。同時に宗佑の妻に見られることも少なかった。だが最近ようやく馴染んできたのか、宗佑が仕事柄若返ったのか、日向子が落ち着いたのか、二人並んでも以前のような違和感はなくなっていた。
「日向子...」
我慢出来なくなった宗佑は日向子を引き寄せ布団に組み敷いた。何か言いかけた日向子の唇を塞ぎ、熱い抱擁で彼女を押し開こうとしていた。
「だ、だめっ!」
恥ずかしがっても拒否することなんか無かった日向子が激しく抵抗する。
「日向子?」
宗佑は落胆を隠せない表情で、ゆっくりと彼女の身体から離れた。
「あ、あかちゃんが出来たかも知れないから...だから、その...ダメ、なの。」
「赤ちゃん?病院に行ったの?」
「ううん、まだ...おかしいなって思って、サチさんに相談したら検査薬買ってきてくれて...さっき試したら、その、妊娠してるみたいで...」
「ほんとに?」
「うん。」
不安げに見上げてくる日向子を愛おしげに見つめ返すと、宗佑は静かに彼女を抱きしめた。
「そっか、ここのところあんまり避妊してなかったしな。僕は出来てもいいかなとは思っていたけれど、日向子はよかったの?」
「ん...仕事の事もあるけど、周りもそろそろって聞いてきてたし、あたしも宗佑さんの赤ちゃん欲しいなって、思ってた。」
まだあどけなさの残る愛しい妻の頬を愛おしげに何度も撫でる。
「病院にはいつ行くの?」
「明日仕事帰りに行ってこようと思って...」
「じゃあ、明日僕も一緒に行くよ。産婦人科なんて一人で行くの不安だろう?」
穏やかな微笑みを見せる宗佑は喜んでいるのだろうけれども落ち着いている。
(初めてじゃないものね...)
宗佑にとって圭太で全て経験済みだった。ましてや身体の弱い前の妻の為に仕事も辞めて、出産までずっと付き添ったほどである。子育てだって、そこいらの母親にも負けないほど手をかけて来ているかも知れない。
   慣れている。
日向子にとって、いつもは頼りになる落ち着いた態度の裏付けとなるその事実が少し重かった。
全部わかっては居ても、自分は初めてで戸惑いが多いし、今現在お腹の中に赤ちゃんがいると言われても信じられないし全くわからない。だけど、落ち着きすぎている歳の離れた夫の態度がほんの少しだけつまらなく思えた。
「連絡をくれれば少し仕事抜けてでも行くから、連絡しなさい。」
「はい。」
そう返事した日向子に宗佑はそっと口づける。
「ありがとう。日向子...」
その笑顔を見ただけで、日向子の心は凪いでいく。優しい、包み込むようなその笑顔、優しいキス、繰り返される愛撫...
「そ、宗佑さん??」
「大丈夫、子供が出来ても出来るんだよ。深くしないようにちゃんと気をつけるから...」
すっかりその気になった下半身が押しつけられてその目が甘えるように『ダメなのか?』っときいてくる。逆らえるはずもない日向子はそのまま宗佑の熱に煽られその夜、優しすぎる愛撫に震えて、何度も涙をながすはめになった。


「圭太、あのな、おまえに弟か妹が出来るぞ?」
そう聞かされた圭太は大きく目を見開いて驚いていた。
「ほんとう?いつ、ねえ、いつ?」
「来年かな?」
「やった!!!!やっとうちにも出来るんだね?菜月や愛華ちゃんのトコだけずるいなぁって思ってたんだー」
「そっか、じゃあ、日向子が重いものもったり転んだりしないように圭太もちゃんと気をつけてやってくれるか?」
「うん!オレちゃんと手伝うよ!」
「おめでとう、日向子ちゃん。この歳でまた孫に恵まれるなんて嬉しいよ...」
義母にそう言われて日向子はまた泣きそうな顔で微笑む。
「またお義母さんに迷惑かけちゃうかも知れませんけど...」
「何言ってるんだい、孫の面倒なんて迷惑のうちに入らないさ。圭太も手がかからなくなってきたからね。ところで仕事はどうするんだい?」
「実は、ぎりぎりまで勤めようかと思って。その代わり、しばらく休むつもりなんです。育児休暇取って、その後もし出来るなら、しばらく子育てに専念したいなって...宗佑さんもそれがいいって言ってくれるので。」
「そうかい、そりゃいいよ。子供の小さい時なんて一瞬だからね。出来るだけ一緒に居てあげるといいよ。」
そう話す横で、圭太が宗佑に男の子か女の子かどっちがいいか必死で聞いていた。答えられない宗佑は苦笑いしながら『どっちでもいいよ』と返事をしていた。


「菜月、オレんとこにも赤ちゃん出来るんだぞ!いいだろう〜」
朝の通学時に、一緒に登校する一つ下の菜月を捕まえて嬉しそうに圭太が報告していた。
「へえ、よかったわね。」
いつものように落ち着いた、抑揚のない返事が返ってくる。
一つ下なのに、4年生の圭太に比べて菜月は随分大人びて見えたし、やたら落ち着いている。大人に言わせたら少々無表情らしく、担任も表情が読めないと嘆いていた。
ソレもまあ、育った環境のせいと、皆がそのままの菜月を受け入れていた。圭太もそうだった。どれだけ菜月が無愛想でも、それを責めることがない。根っから明るい圭太はそのままの菜月を自然に受け止めていたのだろう。
「葉月ちゃんも可愛いけど、和伊みたいな男の子だったらいいのになぁ。大きくなったらオレ色々遊び教えてやれるのに...秘密基地の作り方とかさ、そしたら菜月と葉月と4人で遊べるだろう?」
「そうね、来年なら愛華ちゃんや和伊も一緒に遊べるかもよ。そしたらあの基地じゃ狭すぎるんじゃない?」
秘密基地といっても場所は菜月の家にある。その庭の木に、昔郁太郎と宗佑が作った秘密基地を圭太が郁太郎の手を借りて直したのだ。
「そうだよな、じゃあ、もっとでっかいの作んなきゃだな!」
いそいそとしながらも頬を赤くして喜ぶ圭太を見ていると菜月は胸がつんとした。
「そんなにいいかな...赤ちゃんが出来るの。」
小さな、いつもよりもっと抑揚のない声。
「えー?いいに決まってるじゃん!兄弟が出来るんだぜ??」
「だって、お母さんは赤ちゃんしか見なくなるのよ...お父さんだって目の前のちっちゃい子供が可愛くて、すっごく可愛がるとこ見てなきゃいけないのよ?おねえちゃんになったら甘えさせて貰えないし、何かあったら『おねえちゃんでしょう?』って...可愛いけど、自分の居場所がなくなっちゃうんだよ。ましてや日向子さんは圭太の本当のお母さんじゃ無いんでしょう?自分の子供の方が可愛いに決まってるもの。圭太もそれは覚悟してなきゃダメだよ。」
珍しく震える声で訴える菜月の言葉に圭太は愕然とした。
もう甘えられない?かあちゃんは、日向子は自分の子供の方が可愛い?
「うちさ、こっちに来るまで郁太郎のこと、知らなかったじゃない?あいつさ、あたしのことすごく気を使うんだよね...でさ、目の前にいる葉月が初めての子供みたいなもんだから、すっごく可愛がるの。あたしとは全然違うんだもん、態度がさ...葉月は可愛いけど、お母さんも前よりずっと優しくなったけど、やっぱり『おねえちゃんだから』ばっかりで、やってられないわよ。」
「うそだ、日向子はそんなこと無いもん。とうちゃんだって...」
「わからないわよ、そのうち。」
菜月の言葉が圭太に不安の塊を飲み込ませてしまった。
天真爛漫な圭太。いつだって色んな人の愛情を一に受けてきた。母親を早くになくしてもひねることなく、いつだって周りのモノ全てを柔軟に受け入れる優しい子供だった。男の子にしては可愛らしすぎる顔立ち、素直な性格の圭太。それは一重で大人びた可愛気のない顔立ちをした、中身もそのままの菜月にとって羨むべき物でもあった。自分は未だに父親とぎくしゃくしているのに、実の子でもない圭太が郁太郎に素直に接してるのを菜月はどんな気持ちで見てきたか...
そんな心の燻りが、あまりに無頓着な圭太を見て爆発してしまったようだった。
「どうしよう、オレ...捨てられちゃうのか?」
「そんなことはないだろうけど、覚悟しときなさいってことよ。その時は相談してもいいわよ。そのことに関しては私は先輩なんだからね。」
ちょっぴりえらそうに言う菜月を尊敬の目で見つめる圭太だった。

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