バカップルの日常シリーズ

〜姫と直〜    もう一緒にいられない??
〜直樹・後悔〜

「直樹さん、いつまで寝てるんですか?会社休む気ですか?」
爽やかな青年の声が頭の上で聞こえる。
そうか、昨夜、ちよの家に連れてこられて、子犬くんも一緒に潰れるまで飲んだんだっけ?


姫の一件があってから、俺はまだ立ち直れてなかった。死人の様な顔して仕事をするだけ。取りあえずの場所では表情を保っているけれども、知り合いの前では、もう顔なんて作ってる余裕がなかった。かなり痩せて顔つきも壮絶だってさ。女の子が遠巻きに見るようになっちまった。
あの夜、なんでオレは姫を捜さなかったんだろう?眠れないまま仕事に向かって、携帯の電源も落としたまま、姫が大変な事になってるのに、ちよからの電話まで無視して...
俺は怖かったんだ。姫を無くすかも知れない事実に立ち向かうことが。彼女が自分以外の男を選んだんじゃないかって知ってしまうことが。

姫が意識を取り戻しても、逢わせても貰えなかった。
姫は、誰が声をかけても「はい」としか答えないそうだ。どうやら話しかけられたくないらしく、自分の殻に閉じこもっているらしい。その中で唯一<恭ちゃん>はその存在を許されて側にいる。
昔の話は昨夜ちよから聞いた。”あの日”も、言葉を無くし興奮すると今回のように過呼吸の発作を起こし、まともな日常生活も送れなくなりかけた姫を助け、支え、引き上げたのは、彼だったのだと。
『先生、ちゃんと話しましょうよ。カナウ、酒持ってきて!』
そう言って16の子供に酒もってこさせるなよ?しかし4升のうち半分はコイツ、子犬ことカナウが飲んだって言うから驚いたけどな。ザルだって聞いてたけど並じゃないな。今朝はけろりとした顔で俺を起こしに来るし。
(*未成年の飲酒はだめです)
最近、ちよの子犬になったこのくそガキは、思ったよりもまともって言うか歳不相応に大人で、あっという間にちよの隣に居るようになった。今までの男達と違って、ちよが遊んでるだけではないようで、どうやらホンモノらしい匂いがする。そう言えば姫もベタ褒めしてたっけ?すごくいい子だって。オレにはいい子って言うよりも一筋縄でいかない、見た目道理じゃないおぼっちゃまって気がするって言ったら、『直さんと一緒じゃない』って、姫。
まあ、ちゃっかりとこんな場面に居合わすことを許すって事は、ちよの奴もすっかり気を許してるって事だ。だがな、可愛い顔に騙されちゃいけない。俺がこの部屋に着いたとき出迎えながら、
「よくここまで来られましたね。」
なんて言いやがって...そのあと、俺が諦めたような口ぶりを見せたときにも、飲みながらぬかしやがった。
「ふーん、落ちて終わってその程度ですか。大人は自分の線引きって言えば、クールに言い訳できるんだから、ラクかもしれませんよね。」
「なんだと?」
「俺、子供でよかったな。ちよさん諦めなくても、俺子供だからワガママだって言えるしね。簡単に諦められるんでしょう?」
「そんなんじゃねーよ。諦める訳じゃねえ。」
ふふんって笑ってやがるこの16歳が...一体どんな生き方して来やがった?その隣でにやつきながらも目元が笑ってないこの女も怖いけどな。
ちよは、中学に入ったときから一人で生きてきた女だ。親がそれぞれ再婚した後、自分で進路を決め、自分で生きてきた女。強気で自信家で、男を手玉にとって...そんな姿に思わず自分を重ねてみてるようで、ずっと苦手だった。
だけど、俺とは違ってハードな人生歩んできてる分文句言えねーし、第一姫の親友だし...
ちよは全部知ってたみたいだった。詳しくは<恭ちゃん>に聞いたらしいんだけど。
『姫は追いつめられていたんだよ。先生に言おうとしてたのはそれでじゃなかったの?』
聞いてやらなかった。それどころか、俺は狭い了見に縛られて、その<恭ちゃん>との仲を疑って、姫をさらに追いつめてしまった。
散々飲まされ、俺は後悔も憤りも全て吐き出していた。おそらく俺は、昨夜人生で最大にかっこわるい醜態をさらしてたんじゃないかと思う。オレの今までの人生の悩みがどれだけ生易しいもんだったかってことで...きっと本当に追い詰められたことなんて、なかったんだよなオレ。

「起きてください、半休終わりますよ!まったくいい大人が、酔うのはいいけど自己管理くらいしてください。」
カナウが俺を起こして食卓につかせる。シジミの雑炊だぁ?こいつ、そこらの主婦よりマメじゃねえの?俺とちよが自滅してる間にすっかり散らかった居間を片付け、朝食を作り、俺の社員証を使って会社に半休までとってくれたそうな...
できすぎだぞ?と礼を言いそうになったとき
「ジャマするのは今回だけにしてくださいね。」
なんてニッコリ笑って言うのか?っていうか、子供に説教されてる俺ってどうよ?
コイツは中2の時にであったちよを諦めずに努力を続け、確実にちよの懐に入り込んでやがるんだ。俺よりも12も下のこのくそガキが...

俺だって、負けてられないよな?



決意して俺は<恭ちゃん>に逢うことを決めた。
今は姫とは逢えない。だけど、俺はこのままで終わらせたくなかった。姫と逢う前に彼に会っておきたかったんだ。

清宮恭二、<恭ちゃん>は今年大学を出てちよと同じ大学の院生で、今でも勉学に励む真面目な学者風情の静かな男だった。
16で、姫を支え、兄の死を乗り越えた男は面差しの柔らかい、しかし意志の強そうな目をもった男だった。
「彼女のこと、本当に大事に思ってるんですか。そうだったら、今日はこのままお帰り下さい。」
静かにそう言ったけれども、その目は強い意志でオレを拒否していた。
「大事に思ってても、あなたが会って謝って罪悪感を減らすなんて、自己満足のために、今苦しんでる最中の彼女のところに、元凶のひとつのあなたが土足で踏み込むっておっしゃるんですか?彼女はあなたの人生やあなたの満足感のために存在してるんじゃないですよ。」
その通りだよな、オレが今逢ったところで、姫を苦しめるだけだ。
「あなたには、愛することの結論は一つしかないんですか?」
そうだ、好きになって、手に入れたくて、心も体も全部欲しがって、かっこいいこと言って、見護ってるつもりでも、それは自己満足でしかなくて...
自分の生き方を否定するつもりは全くないけれども俺はこの瞬間、男としてって人間として敗北を感じた。
『あの二人の心の中には一生<慎兄ちゃん>が一緒に住んでるんだ。その思い出と思いを共有してる。一時期壊れかけた姫を元に戻したのは彼だよ。恭ちゃんは見た目以上に強い男だよ。姫を護るためだったら、結婚って言う形を取ることも厭わない男だよ。それが恋愛の形での愛情でないことは二人とも知ってるんだ。それでもね、それを通してしまうほど、姫を大事に思ってる。ねえ、先生にはそれが出来ないの?自信ない?逃げるの?』
逃げないさ。そのためにもここに来た。あの人に下心とかはまったく感じなくて、現実にこういう愛し方があるんだと俺にでもわかったさ。
小せえよな、自分。
「結論が出るまで、どれだけかかっても、姫が1人で考えたいならしばらく距離を置こうと思う。結論が出て、もしオレといたい、いられるって思えたときにやりなおせるよう、待つよ。」
待つ。でも、もちろん無理はしない。他に好きな女ができたらちゃんとその人を向くつもりだけど、その可能性は少ないと思われる。これだけ惚れた女を今更手放せるか?だけど今回は姫の心一つで、やり直せるかやり直せないか、俺に決める事は出来ないし、強要も出来ない。

だけど、ただ待つだけなんて、俺がすると思う?



〜姫・琥珀の中の心〜

あんまり記憶はなかった。
病院で意識を取り戻した後もぼーっとしてて、何も食べたくないし、誰とも話したくもなかった。たぶん丸二日ほど、何を言われても反応しなかった。
無意識に『はい』とは答えてたらしいけど、ちよが来ても全く反応しなかった、あたし。ちよ曰く、『琥珀の中に心を閉じこめた状態』だったそうだ。今考えると上手いこと言うなって思う。実際目が開いてても何も見えなかった。閉じこもって居たって言うのがただしいかな?

気が付いたら、側に居てくれたのは恭ちゃんだった。
ほっとした...もしここに、直さんが居たとしても、あたしは話すことが出来なかったと思う。
別段何かを聞こうとするでもない、いつもの恭ちゃんだった。
『何があったの』とか、何も聞いてこない。
「あ、昨日テレビで姫の好きなオペラやってたの録画しといたから、後で見ろよな。」
とかいってたり、少年漫画の話したり、私が自分から少しずつ話すのを待ってくれていた。
直さんとの最後の口論ことを話したときも、ただ『そうか』って言っただけ。
穏やかな人で、まさか、直さんにかなり怒って言ったなんて、後で聞いても信じられなかったぐらい。
だから、退院したときも、直さんの部屋には戻れなかった。
少しずつ、自分を取り戻してきたあたしは、ちよやほかの友達とも話せるようになったし、食事もなんとか食べれるようになってきたので、点滴も外れて、帰れる用になったけど、帰るところは、もう、あの直さんの居るうちじゃなくなっていた。

しばらくは心配だからって、1週間ぐらい、恭ちゃんの所にお世話になった。
直さんのいない間に、ちよと一緒に取りに部屋に行ったけど、彼とは逢ってない。恭ちゃんの部屋を出た後は、前にいたマンションに戻っていた。
ほとんど荷物はないけれども、まだ契約を切ってなかったっていうか、そうしなかった両親に感謝した。もしもの事を考えて、この部屋をそのまま置いてくれていたんだと思う。
それから、両親にも黙っておくことは出来なくて、恭ちゃんも一緒に説明してくれたんだけど、お父さんが大激怒だった。一通り話した後オロオロして、
「苦しかったな、生きててよかった」
そう言って下を向いていた。だけどしばらくしたら何か怒り出しちゃって。
「あの男、気にいらん気にいらんと思っていたけど...ゆるさーん!!」
って、あたしが直さんと暮らすときに、挨拶もしてるのに、あんまりいい顔しなかったのが、今来たみたいで、大爆発。
正直、これで直さんとは終わりだろうなーって思ってた。


疲れてた。
関係を修復するのも、理由を話すのも、もういいって。
だから、両親にも『もう終わったから』そう話したの...