バカップルの日常シリーズ

〜姫と直〜    解り合えない??
〜姫の過去〜


「何で、そういうこと言うのかなっ!恭ちゃんはそんなんじゃないって言ってるじゃない!」
「姫こそ、わかって言ってんのかよっ?たとえ従兄弟で幼馴染みでも他の男のトコに泊まるだなんて...」
「恭ちゃんは、すごく大切な人なの!直さんとは違う意味で...なのにそんな言い方しないでよ!」
「そんなのわかんねえよ!じゃあ、幼馴染みだったら、オレも他の女のトコに泊まってイイって言うのか?違うだろ?」
「だから、そうじゃないの!ねえ、どうしてダメなの?」
もう、なんでこんな言い争いしてるんだろう...
ここのところお互いにイライラしてたのは判ってた。直さんも仕事が忙しいみたいだったし、その上独立起業の話があって、今の仕事を続けるか、いっそこの話に乗って独立するか、将来直さんのお父さんの仕事を引き継ぐにしても、直さんがやってみたいと思ってることは判っていた。あたしも団体の仕事も忙しかった上に、専攻したい研究室が今の大学になくて、編入試験受けてそっちに移ろうかなんて思って準備してたりと、すごくめまぐるしかった。
なのに”あの日”が近づいてくる。だから、あたしは、彼の側に行きたかった。今までずっとそうやって”あの日”を過ごしてきたから...
    あたしの父方の従兄弟の息子になるから又従兄弟なんだけど、あたしにとっては、とても大事な人、恭ちゃん...
「いくら遠縁になるっていったって男だろ?いきなり幼馴染みのトコに泊まってくるって言われても、すごく大事な人だとか、そんなこと言われたらオレだっておもしろくないだろう!」
「だって、ほんとにそうなんだもの...恭ちゃんは、ちがうのっ!他の人とは...直さんとも比べられない...このことは、彼と私にしかわからないことなんだから。」
だって、だって、”あの日”が近づいてるんだもの...
「なんだよ、それ?だったらわかってくれる奴のとこに、ずっといたらいいだろ!俺だって、そうやって他の男の所に行くのを、黙って見てなきゃいけない女じゃ、こっちも身がもたねえよ!好きにしろっ!」
「...わかった。」
あたしは部屋を飛び出した。

どこに行くって...ちよに電話したら留守だった。最近あの子犬くんとよく遊んでるから仕方なく、一番近くの友達に電話した。
『え?なによそれ...そりゃカレシ怒るわよ?自分とも比べられないって、まるで自分より大事って言ってるみたいじゃない?』
「そんなつもりで言ったんじゃないもの...」
『もう、すぐ戻って、謝りなよ、姫。カレシにちゃんとあなたが一番大事ですって言わなきゃ!だから泊めてあげない。』
「そんな...」
でもあたしは直さんのいるあの部屋には帰れない。
今は帰りたくない...



もうすぐ来る”あの日”
あたしは実は旧家本家の娘だったりする。少し歳の離れた兄が居るけれども、早くから寄宿学校に入っていて、長期休暇でないと会うことも少なかった。そんなあたしの周りにいたのは、歳の近い分家の恭ちゃんと、その兄である慎ちゃん。分家のおじさんが父親の従兄弟になるから、親戚と言っても又従兄弟。でも家も近いし、田舎だってこともあって、あたし達はいつも一緒にいるのが当たり前になっていた。どこに行くのも3人で、いつだってあたしは守られてきた。
”あの日”
あたしは中学3年で生徒会の用事で帰りが遅くなっていた。いつもなら同じクラブの同級生や後輩達がいるのに、あの日に限って、生徒会で同じ方向の子がお休みで、一人暗くなる夜道を自宅に向かっていた。バス通学だったけど、バス停から自宅まで少しあるかなきゃいけないのが難点。清宮の家はこの辺りでも古い由緒ある系図の中心で、周りに家も少なく、分家の家々が立ち並んでるだけ。その集落に入ってしまえば楽なんだけど、その手前に一族のお墓のを護る林があったりして暗くなるとちょっぴり怖いの。昔は親戚の子供達が集まって肝試しなんかやったんだけど...


なんでこんなとこに車が止まってるの?

お墓に向かう測道の脇に一台の車。改造車って言うの?車体を低くして、真っ黒な窓ガラスは中が見えない。スモークっていうんだって慎ちゃんが前に教えてくれた。
彼は3つ上の高校2年生ですごい車好きだった。18になったら免許取って、卒業するまでにお金貯めて中古の車買って改造して乗るんだって意気込んでた。
側を通ると低い車体を軋ませてドアが開いた。
そこからの記憶は曖昧だった。
腕を掴まれそうになって、それを振り払った。伸びてくる腕から逃げるように駆けだして、追いかけられた。恐怖で、身体が重くって思うように動けなかった...でもすぐに掴まって、あたしは草むらに引き倒された。口の中に何か布きれがが押し込まれて、声も出せなかった。暴れる両手は地面に縫いつけられ、男達の手が何本も身体に伸びてきた。
その時、
「姫ちゃん!!」
「姫っ!」
ふたりの声だった。バスに乗る前に自宅に電話していたので迎えに来てくれたんだ!
ガシャーンっと自転車が倒される音が聞こえ、あたしの上から重みが消える。
「大丈夫?」
恭ちゃんだった。親戚の子供の中でも一番優しくて、歳が近くで仲良しで、あたしより2つ上、慎ちゃんとは年子の兄弟。
「野郎、俺たちの姫に何しやがる!!」
慎ちゃんの声だった。血の気が多くって、けんかっ早い慎ちゃん。ダメだよ、無茶しちゃ...
「オマエらの狙いは俺だろうがっ!」
「くそっ、おまえはいつも目障りなんだよっ!」
「慎兄っ!」
恭ちゃんが見かねて、あたしを置いて加勢しようとしたその時、相手の出したバタフライナイフがシャキンって光って、すぐさま慎ちゃんの身体の中に消えていった。
「慎ちゃんっ!!!!」
あたし達が駆け寄るのと反対に男達は車に向かって駆けだしていた。
「慎兄!」
「慎ちゃん!!」
微かに震える睫毛を動かしてあたしを見つけた慎ちゃんは、その手を伸ばしてあたしの頭を軽く撫でた。
いつも、名前を呼びながらそうするように...
「姫...無事か?」
慎ちゃんがあたしのことを姫って呼ぶときは本当に珍しくって...いつだって真剣な話の時だけだった。
「無事だよ、慎ちゃん、あたしは大丈夫だからっ!」
「よかった...姫...」
「慎ちゃん??」
意識を失った慎ちゃんの手はあたしの頬を掠めて地面に落ちた。
恭ちゃんが警察と119に電話して、大人を呼んでくるまで、わたしはどうしていいかわからず、手に持っていた男達に口の中に押し込められた誰かのバンダナでその傷口を必死で押さえていることしかできなかった。だけどナイフの引き抜かれた傷口は深く、ドクドクと溢れ出るその温もりを止める術をあたしは知らなかった。
次第に冷たくなっていく慎ちゃんの身体を必死で抱きしめているしか出来なかった。

その命日が、明日だった。ううん、もう今日だ...


「慎兄は姫を守れて喜んで逝ったんだと思うよ。」
高い煙突から立ち上る煙は空に吸い込まれていく。
わたしはあれからしばらく口がきけなかった。慎ちゃんの死があまりにも大きすぎて、このまま立ち直れないんじゃないかとさえ思っていた。
「慎兄のことを恨んでる奴らだったそうだよ。アイツ、けんかっ早いから...だから、もしそれが原因で姫になんかあったら、慎兄はきっとその方が辛かったはずなんだ。だから、姫がこのままだと、慎兄浮かばれないよ。」
わたしがナンバープレートを覚えていたため、すぐに犯人達は掴まった。慎ちゃんと何度かもめたことがあった札付きのグループで、逆恨みだったらしい。
あたしは流す涙も無くして、ただ虚無の悲しみに耐えていた。
あたしが、バス停で待っていたら。あたしが迎えを断らなかったら。
あたしが...
あたしが
あたし




『姫、どこにいるんだ??』
恭ちゃんの声が遠くでする。
苦しかった。また過呼吸の発作がでたんだろうか?
思い出す度、胸が苦しくて、昔も何度も発作を起こして心配かけたよね?
冷たくなっていく慎ちゃんの身体や、何も出来なかった自分に対する虚脱感で身体が冷たくなり、泣き出すと止まらなくって、しゃくり上げるのも苦しくって、だんだん、息が出来なくなって...からだが硬直してしまう。
何度も恭ちゃんに助けられた。そんなあたしに、紙袋を宛って、身体を温めて、何度も大丈夫だって優しく言ってくれるの。
誰よりも優しい、慈愛の人。
恭ちゃんも同じ苦しみを味わったはずなのに、あたしはいつも恭ちゃんに助けられてばっかりだった...
彼も、彼の両親もわたしを責めなかった。反対に無事だった事を喜んでくれた。
でも、慎ちゃんの命に替えたら、そんなもの...
自分を責める心が痛くて、辛くて、わたしは思い出してまた自戒の渦に取り込まれていく。泣きわめき、知らず知らず暴れていた。
あたしは、どこにも行き場が無くて、あたしは所属する団体の事務所に来ていたのだった。恭ちゃんが、咄嗟に前に会ったことのあるちよを思い出してすぐさまそっちに連絡を取ったそうだった。実は恭ちゃんはこの春から、ちよの通うT大の大学院に入ることを決めていた。その準備でこっちに引っ越してきたのと、あの日が近いから心配して呼んでくれたのだ。今まではあたしの部屋に来てくれていたけど、直さんと一緒に住みだしてたから、そんなわけにもいかなくて。
ちよから、電話の雰囲気で事務所らしいことを聞いた彼はいち早く駆けつけて、ビルの警備の人に頼んで鍵を開けてもらったらしい。

ちよが事務所に駆けつけたときは、あたしは既に救急車で運ばれたあとだったそうだ。
机の上が滅茶苦茶に引っかき回され、相当苦しんで暴れ回った後で、見られたもんじゃなかったと、後でちよに教えられた。
あたしは発作を起こして、身体を硬直させて、喉をかきむしって、呼吸困難を起こしていたそうだ。もし発見が遅くて太い血管を傷つけたりしていたら大変なことになっていただろうって。それから恭ちゃんの応急処置がなかったら、脳傷害を残したかも知れなかったと、医者は言った。

その後、救急車で病院に運ばれたあたしは、しばらく面会謝絶で意識を取り戻さなかった。


〜直樹の憤り〜

翌朝になっても、帰ってこなかった姫。
知らずにイラついたまま仕事に出掛け、携帯の電源も切り、ちよが会社にかけてきた電話にも居留守を使ってでようとしなかった。
もう、どうでもいいとすら思えていた。
姫がオレ以外の男を選ぶんならしょうがない。オレも今まで散々女と別れるときに、いろんな理由をつけてきた。恋なんて冷めたら、他に好きな奴が出来たらもう、どうしようもないものだと判っていたから。今までは、諦めの付く恋ばかりだった。なのに本気で、この女はと思っていた姫に裏切られたような気がして、オレはその憤りの持って行きようがなく、ただひたすら腹をたて、それを隠すかのように仕事に打ち込んでいた。

俺は何も知らなかった。

姫と恭ちゃんと呼ばれる遠縁の幼馴染みの間に何があったかなんて。
姫は何も言ってくれなかった。ちよは聞いていたらしく、それをも責めたけれども、『言えなくしてたのは先生じゃないの?』そう言われた。
言おうとしていたのか?だけど、俺もイラついていて、何か言いたそうにしていた姫のサインを見落としていたのだろうか?
何でもない振りをするのが上手い子だから、いつだって誰からも頼られても、頼ることはなかった??オレも、いつの間にか姫に甘えてたんだろうか...
実は、企業コンペで企画が通り、賞金として起業資金が出ることになったのだ。俺は今勤める(まあいわゆる一流ってとこ)広告代理店を辞めて、起業してやっていくかどうかっていう岐路に立たされていた。
正直やってみたいと思っていた。いずれ父親の跡を継いで社長をやるとしてもただの2代目なんてごめんだった。その為には、今の会社のスキルだけでは物足りなかったし、自分で何かを成し遂げてみたいという思いはずっと胸の中にあった。心の中で半分決めていたことでも、俺の頭の中はここしばらくそっちに傾いていた。
だから疲れて帰った後、いきなり姫が言い出した「恭ちゃんの部屋にお泊まり」っていうのが気に入らなくて、怒鳴ってしまったんだ。

ようやくでた電話で、ちよから事情を聞かされ、急いで病院に駆けつけたのはもう翌々日の夜だった。
「一昨日がその日だったんだよ。」
病院に行っても逢わせてすら貰えなかった。通路で項垂れる俺にその理由を教えてくれたのはちよだった。
「おまえは知ってたのか?」
「うん、聞いてたから。いつもこの時期、姫は不安定になるんだよ。だから実家に帰ったり、恭二さんが姫の部屋に泊まったり、二人で亡くなった慎一さんの話をして夜を明かすんだって言ってたから。」
「そう、だったのか...」
「どうして姫の話聞いてやってくれなかったんですか?姫は言うつもりだったのに...耳塞いで、聞こうとしなかったんじゃないんですか?言いにくくって、何度も口をつぐんでいたはずですよ?」
そうだった。ここ数日、姫は何か言いたげで...だけど、身体を繋げる暇もないほど俺は忙しくって、悩んでいて。
「これからのこと、考え直してください。姫は当分逢いたくないって言ってます。今は、恭二さんがついている。その意味わかりますよね?本当はそれは今年からあなたの役目だったんですよ?一緒に暮らして、この先姫の全部を背負うつもりだったなら、あなたが支えるべきだったんですよ?」

何も言えなかった。
まるで敗北者。何の権利もないと、ドアの外に追い出されて、俺は手の中からするすると何かが滑り落ちて、無くなっていくのを感じていた。


28年間生きてきて、こんなにはっきりと負けと虚無感を感じたのは初めてだった。俺は全てを無くした抜け殻のようになりながらも会社に向かった。
こんな時でも俺は仕事するんだと一人愚痴た。

俺は、取り返しのつかないことをしてしまったのか?
俺はもう姫を取り戻せないのか?
俺は...
あんなに自信満々だった俺は今は居ない。
こんなにも自分が非力で、本当に大切なモノを守れなくて、本当に欲しいモノが手に入らなくて、俺は...
俺はどうしたらいいんだ??


俺は、病院にも行けずに、ただただ落ち込んでいたんだ。