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先生とあたし

4.懺悔
城野依里子は城野結衣子の妹だった。

どこかで気がついていたはずだった。同じ姓、出身中学、面影は少しは見えたはず。だが何より全然違うタイプだったし、私は依里子に対して最初っから「いい生徒」としての認識が高く、全く警戒を解いてしまっていた。

可愛かったんだ。
無邪気な笑顔、純粋に師として慕ってくれている。それが伝わってきていたから。

結衣子は...
姉の結衣子は違っていた。

数年前、まだ受け持ちもろくに無かった新米の頃。初めて担任したクラスだった。理数系だったので、2年持ち上がりで卒業まで見送った。その中でも、少ない女子の中でも群を抜いて目立っていたのが結衣子だった。
眩しい、女子高生特有の弾ける若さと輝きと艶を持っていた。
何度か、恋愛相談にも乗ったりしていた。次第に尋ねてくる回数が多くなり、ヤバいなと思っていたが、とうとう3年の秋に告白された。
『だって他の男達見てても子供なんだもん。ね、だから、先生付き合って?』
教え子との交際など私の中ではもってのほかだった。だが、
『卒業するまで待つから、ね?卒業したら教え子じゃないでしょう?』
そういう約束だった。男として、嬉しくないはずがない。女性としての魅力の詰まった彼女を持つと言うこと。一線を引いて、けじめだけは付けようとしていた。だが、周りが受験体制に入る中、早々に推薦で進路を決めた彼女は焦れはじめた。
『センセ、デートしようよ。』
『センセの部屋にいっちゃだめ?』
『ねえ、キスして?』
『えっちしようよ...してくれなきゃ、あたしみんなに言っちゃうよ?真面目な深山センセは教え子に手だしてますって。』
女の独占欲か...他の女子生徒の進路の悩みに付き合うことにすら束縛をはじめる。
子供だったのだ。だが、私自身も断り切れず、何度か出掛け、何度かキスをした。
軽くあわせるだけのキスのつもりでも、彼女の方から舌を絡めてきて、その刺激に欲情すらした。結衣子は既に男性経験もあった。
頭で教師をしていても、身体は男だったのだ。
卒業式の日、求められるまま、結衣子を抱いた。その時に決めたのだ。ちゃんと責任を取ろうと...

『どこに行ってたんだ?』
『コンパだよ。しょうがないじゃない、新入生歓迎コンパだって言われたら断れないわ。』
『泊まったのか?』
『終電なくなっちゃったんだもの。』
彼女は大学生になると、今までになかった自由を感じて、羽を伸ばし、遊びはじめた。
『ずっと連絡してたんだぞ?』
『......』
『結衣子、なぜ携帯の電源切ってたんだ?』
『男と居たからよ...悪い?全然逢う暇もなくて、逢っても全然手も出さない癖に!』
『それは、仕事だからしょうがないだろう?手を出さないのも結衣子を大切にしたいからだ!』
責任を取らなくてはと思っていた。教え子に手を出したのだから、遊びではないことを証明するために、誠意をもって対応しようと...

事務的になっていたのだろうか?結衣子はそれに気がついていたのだろう。
元々そんなに感情的な方でもなく、女性に興味があっても強く欲する方でもなかった。恋愛だって不器用で、いつも女性に言い寄られて流されてきた。
自分の気持ちも、意志もどこにあったのだろう?

結衣子とは別れた。思いっきり振られたと言ったところだな。
それからは、学校内でも出来るだけ私的感情を交えないようにと、生徒にも自分にも厳しく、良い教師であろうと努力した。必要最小限の感情以外、笑顔も、好意も何も持たぬように...


そんな中、私自身が安らぎを覚えるような生徒が現れた。
城野依里子。
この地域は城野という名も珍しくないので、すぐさま結びつけて考えていなかった。

だけど、心の隙間から忍び込むように、自分の中に広がるこの感情を好意以外の言葉にするのが怖かった。
彼女からの純粋な思慕の視線、尊敬の沿線上にあることを感謝した。
だが、あの日、満点を取った彼女に思わず『ごほうび』などと言ってしまった。
一生徒を特別視するつもりもなかったのに。
ちゃんと授業を聞いていなければ解けない問題を入れていた。
彼女はそれを見事に解いて見せたのだ。それも中間期末と続けて...
『先生の笑顔を下さい』
そういわれたときの驚き。可愛いらしいその要望に思わず喜びがこみ上げてきた。そして、その後に続いた言葉が私を地の底まで引きずり落とした。

『あたしの姉がココの卒業生なんです。先生が担任していたって聞いてます。城野結衣子って言うんですけど覚えてませんか?』
忘れるものか...忘れたくても忘れられなかったさ。自分の罪と、愚かさと後悔と懺悔、全てが詰まった名前だった。
そか、その妹か。姉に聞いて、私を嘲笑いに来たのだと思った。自分の必死で護ろうとしたプライドを、この子がずたぼろにしに来たのだと。
そうされる前に、傷つけてやろうと思った。自分を護るために...

『いやっ、先生...あ、あたしはお姉ちゃんじゃない...』
結衣子のように経験がある身体ではなかった。なのに私は押し倒し、唇を奪い、その秘所に指を埋め込み、姉と同じ快楽の強い部分を攻め立てていた。ソコを責めると結衣子は何もかも我慢出来なくなって、狂ったようによがるのを覚えていたから。

彼女は結衣子ではなかった。
何も知らない、依里子だった。私が惹かれ、その気持ちを押さえきれなくなるほど愛しいと思い始めていた依里子だった。
私の懺悔を依里子は受け止め許してくれた。心も体も傷ついてるはずなのに。

私は、彼女に許されることによって過去から解放された気がした。
この思いを手にするために、私は思い悩んできたのだと。
抱きしめた彼女の身体は震えている。
これからは、自分の意志で依里子を愛し護っていきたいと、心からそう思った。
もう二度と同じ過ちは犯さない。
自分のやり方で彼女を護り愛し抜くのだ。
そのためには、まず自分の中に隠れていた激しい欲望と闘わねばならないことに気付いた。
これほどにも、欲しいと思うモノなのか?
本気で惚れた女を、抱きしめ、口付けて、思う存分自分を刻みつけたいと、そう願うのは、愚かなことではなかったのだと。


「だからココで依里子に手を出すつもりは、無いんだ。」

何度も繰り返している言葉。
なのに私の心を揺らす彼女の濡れた瞳。私を思ってくれているからこその、眼差しの艶。それら全てがそんな自分の決心を鈍らせる。
「今はキスしてくれないの?」
泣きそうな顔をして言わないで欲しい。
ココでは手を出すまいと我慢しても、この手が伸びるのはなぜだ?
その震える身体を抱きしめたくて、不安そうなその瞳を閉じさせたくて、艶を帯びた声で私を呼ばせたい。

「ああ、もう、くそっ!」
耐えられなくなるのは自分。
その唇に触れると、もう、自分は一教師では無くなっている。腕の中の少女を欲しがる男だ。
「止まらなくなるのがわかってたんだ。依里子相手だと、どんなに自分を押さえても、私は先生で居られなくなる...」
やっとの思いで唇を離してそう告げる。
こんな状態で部屋になど来られては理性が持たない。人目のあるところ以外で自分を保つ自信はない。

まるで、我慢の効かない高校生のように...

依里子、おまえと居ると私は、10代の男に戻ってしまうんだよ。
それほど、真っ直ぐで、素直で、眩しい。
おまえのその穏やかな微笑みを護りたいと思うのに。
それを壊そうとする自分と闘う。

いつまで持つのか、それは神のみぞ知る、だな?
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