サイト開設半年記念アンケート集計結果〜第3位・同僚〜   短編シリーズ

男の事情・女の事情

〜片思いの事情〜

「おい、牧原これ頼む、3時までな!」
「ちょっと待ってよ、これあんたの仕事でしょう?何であたしが?!」
「しょうがないだろ、俺もこの仕事2時までなんだよ、終わったら手伝うから。そっちの仕事はいつまでなんだ?」
「明日の5時...」
「ならできるだろ、俺のためじゃなくて...」
「はいはい、会社のためでしょ?わかってるわよ、でなかったらやらないわよっ!」
ひとしきりそいつ、中嶋を睨みつけて、あたしはどすんとイスに腰を落とした。
牧原智恵子、27歳。適齢期もいいとこだけど、これでも会社じゃそこそこ出来るほうで通ってるから仕事は辛くない。
「明日のも手伝う、その後晩飯奢るから、な。」
優しく言ってくれるわよ、この口だけ男が!
あたしにここまで言われてる男は同じく同期入社の中嶋久志、仕事も出来るいい男。もてまくって、会社の女の子食いまくってるって話し。さっさと結婚でもしてくれたらまわりも落ち着くだろうに...

あたしは長めの髪を後ろでまとめて、化粧っけのない顔にきつい縁のある眼鏡をかけた、いわゆるお局様、オールドミスのスタイルを保ってる。会社の制服は少し大き目をそのまま野暮ったく着込む。今時こんなのいないかもしれないね。
なんでそんな格好してるかって?そうしてないとヤバイからよ。

あたしの両親は二人とも長期入院している。
父親は脳溢血で倒れてそのまま寝たきり。その世話をしていた母親が過労で心不全を起こして倒れた後、もともともっていたリュウマチが悪化し、現状況から逃避するかのように記憶障害とノイローゼを起こしてしまい、入退院を繰り返している。そのため二人ともあたしの扶養家族。ようやく入社が決まったとたんのことだった。最初はなんとか貯金と保険で何とかなったんだけど、さすがにそのままじゃ無理で、大学の途中から夜の仕事を始めた。せっかく就職が決まったのにやばいと思い、入社式からこの格好を通している。会社の宴会には出ない、旅行にも行かない、お昼は質素なお弁当、お茶も持参している。服も買わない。(制服があってよかった...)
きっとしこたまお金貯めてるんだと、時々言い寄ってくる物好きもいるけど、そういう男は一目でわかる。悪いけど、夜の仕事でいろいろと見させてもらったからね。男、見る目だけは養われたんじゃないかな?
とにかく、入院費を稼がないことにはどうしようもない。
けど何でうちの親は駆け落ちなんかしてるのよ。思わず嘆いてしまう。父と母はもともと不倫だったらしくどちらの実家とも連絡すらない。詳しいことを話してくれる前にこんなことになってしまって、親戚もどこにあるのかすらわからない。あたしは父が40歳の時の子だからもしかしたらどこかに兄弟がいるのかもしれないけど、まったくわからない。
これじゃ頼るとこなんかどこにもない...


「牧原、約束してただろ?今晩飯奢るから。」
性懲りもなく誘うか?誘って欲しそうな娘が後ろに立ってるよ?行けるわけないでしょう。お店に出なきゃだし、あたしの私服って、ひどいしさ...見た目いい男風のこいつの横にいると目だってしょうがないから...会社でもなるべくなら話しかけずにいて欲しい。
「ありがと、でもいいわ。あたし今日も急ぐのよ。」
「おい、待てよ!おまえいったい何回断れば気が済むんだ!?」
「何回でもよ。あたし誘ってくれなんて一言も言ったことないわよ?ほら、約束がないんだったら、後ろの女の子誘ってあげなさいよ!」
「牧原!!」
すばやく更衣室に逃げ込む。まったくもうやってられない...
中嶋はただ断るにしても分が悪い。同期で、仕事になれない頃、よく助けてもらった。誘われても断り続けてたら段々態度が攻撃的になってきて...
今じゃしっかりケンカ友達のノリ?
普段からあたしの目の前で女の子誘ったりして、なに考えてるんだか...


「遅くなりました〜!」
「マリアさん、今日は一段と地味な格好ですね。」
目の前で苦虫噛み潰したような森支配人の顔が、ちょっとひくひくと笑いかけている。
今日のはほんとに地味かも...だって母親の着てたスーツ直しただけだから...ここに来る時は、さすがに髪は下ろして、眼鏡は外してるけどね。
しょうがないわよ、ここの衣装は自前だから...それもたまに買わないとしょうがないし、そうすると自分の服買ってる余裕がなくなる。
髪にカーラー巻いて、眉を細めにシャープにあげ気味に描く。普段は下げ気味で太めに描いてるからこれだけでもかなり顔つきが変わる。アイメークはきつめのアイラインをリキッドで黒、マスカラも三重重ね。アイシャドウは大人しく上品なパープルをアイホールに、パールがかったホワイトを全体に入れる。これで大人しい目がパッチリとはっきりになる。チークはほんのりと、口紅は青味かかったローズレッド、薄めの唇を大きめにぷっくりとアウトラインで縁取って、少しは色っぽく見せる。色気のない顔だからね、あたしって...。あとは全体に細かいラメ入りのおしろいで仕上げる。
エナメルだけはナチュラルなベージュ系。スーツは柔らかなパステルカラーだけどラインのシェイプされた色っぽいやつ。
生活が切り詰められてるおかげで太りはしないけど、そろそろミニスカートも無理がある。年齢に無理が出てくるよね。お手入れにもお金は掛けられないし、あと何年この世界でやっていけるのか...そこまで体が持つんだろうか?
まあこの店は良心的なほうだし、上品さが売りだから、そのぶん女の子も粒よりがそろってる。支配人の趣味だろうケド、それがよくって通ってくる常連さんが多い。


「いらっしゃいませ〜」
ここはお酒と愛想とトークを売るところ。
けれどもやっぱり下ネタもあるし、上手に言って触ってこられることもある。時々勘違いしていきなり触ってくるのもいるけど、軽いタッチ以上はやんわり拒否する。通じない時もあるけれどお客さんだから、我慢で忍の一文字の時もある。
この店の常連さんは遊び上手な人が揃ってて、きれいに遊んで帰ってくれるから助かるわ。最近はアフターのお誘いのしつこい人はあたしの周りにはいない。それって嬉しいのか悲しいのか...
お店の引ける頃には顔が引きつってる。だから会社では笑う気力もなくなるんだわ。明日は土曜日で、会社もお休みだから、両親の病院へ行ってこなくっちゃ。
「マリアちゃんお疲れ〜、明日は病院に行くんでしょ?これよかったら持っていきなよ。」
「レイナちゃんいいの?いつもありがとう。両親が喜ぶわぁ。」
髪を明るく染めたレイナちゃんが花束をくれた。
ここの仲のいい子には両親が入院してること、昼間の仕事のこと、両方言ってある。誰もが好き好んでこの仕事につくものではないとみんなわかってるから...又これも支配人さんの好みなのか、けっこう苦労人が集まってたりする。だからみんな来る人の気持ちを大事に接客するから顧客もつきやすいのか、不況の中でもなんとかここは維持できてるようだ。中には情にほだされてお客さんと出来ちゃったりする娘もいるけど、相手はたいてい妻子もち、泣くだけがオチだったりする。
「誕生日に花貰っても嬉しいけど、お金には変えれないものね。だったらそのほうがあたしもうれしいじゃん。」
ちょっとてれてあたしの背中を叩くこの子も親を病気で亡くしてる。だから余計にこうやって気を使ってくれるのが嬉しい。
「じゃあ、明日持って行ってくるね。お疲れ様〜」
軽くメーク落として裏口から出た。


「牧原...」
「はい?...っ!!」
不意に呼ばれて振り向いてしまった。まずいっ!
「な、中嶋...」
やばい、出てきたとこ見られた?まさか...最初からつけてたってことないよね?
「おまえの用事ってこんなことだったのか?」
「な、なんのこと?」
「しらばっくれるなよ、会社にばれたらどうする気だ?」
「あ、あんたが黙っていてくれればなんともないわ...言えば?あたしが会社からいなくなったらすっきりするでしょう?その代わり困った時にもう助けてあげれないからね。」
だめだ、顔がうまく作れない。一番知られたくなかった相手なのに...
「...いわねえよ、今まで手伝ってもらった分のお返しなんもしてねえから。」
「あ、ありがとう...たすかるわ。じゃあ!」
きびすを返して駅へと向かいだした。
「待てよっ!なぁ、話させろよ!それとも、明日ゆっくり逢えないか?」
「話って、何もないでしょう?明日は...約束があるのよ。」
「...男がいるとか?」
「....」
そんな発想しか出来ないんだよね。
しょせんはこいつもただの男だったんだ。ホステスやってる女のことそんな風にしか見れない...
「そうよ、じゃあね。」
おもいっきり駆け出す。今日はそんなに飲んでなかったのに、走ってると酔いが回ってくる。
惨めだ...
あいつにだけは、見られたくなかった...


「おとうさん、どう、綺麗でしょ。貰ったんだよ。お母さんのとこと、半分ずつにしようね。」
昨日貰った花を半分病室の花瓶にさす。
ここはこういった寝たきりの人の多い老人病院だ。かなり順番を待たされたけど、ここなら3ヶ月で転院させられることもない。動けないので身障をとっているから部屋代だけなんだけれども、それでも月々10万近くかかる。母親は出たり入ったりなんだけれども、それでもかなりの額...無理いってここに一緒に入院させてもらってる。
OLだけではいくら切り詰めてもやっていけない。家賃、光熱費、食費も負担が大きい。サラ金や金融ローンにだけは手を出したくないし、少しでも貯金していざという時に備えなくちゃいけないし...はぁ、身体もつかな...


母親の病室回って、3時か...今日はお店早い目に入ろう。すこしでも稼がなくっちゃね。
お世話になってる看護婦さんに挨拶して帰ろうとナースセンターに立ち寄った。
「牧原さん、お見舞いのお客さんとお会いになられました?」
「はぁ?お見舞い?」
「ええ、牧原さんのとこに、珍しいわねって話してたとこなのよ。」
「いえ、誰も...」
「あら?おかしいわね、病室お教えしたのに...若い、男性の方でしたよ。けっこう男前で、ねえ?」
主任看護婦さんが隣の若いナースに問いかけると彼女も『すっごくステキな人でした』と相槌をうつ。
...だれだろう?
もう一度病室に戻ったけど、誰も来た気配はない。
仕方なく病院を出て駅へと向かう。
「おい!」
急に腕を掴まれた。
「中嶋っ?!何であんたがここにいるのよ?まさか...つけてきてたのっ?あんたいい加減にしなさいよっ!」
「すまん、俺知らなかったから...」
「知らなくていいのよ、忘れてくれればねっ!」
「俺...おまえがあんな仕事してるの知って、変な宗教にのめりこんでるんじゃないかとか、変な男に捕まってるんじゃないのかとか、昨日から心配で...」
「あら、贅沢に使ってるのかもしれないでしょ?」
「何言ってるんだ?年頃の娘が化粧っ気もない、おしゃれもしない、地味な服着ててなにが贅沢だ!おまえが金使ってるとこ見たことないぞ?お昼も弁当作ってきてるし、みんなに付き合ったことも一度もない。何年おまえの同僚やってきてると思ってるんだ?何年も見てたら心配して当たり前だろ?」
「そう...心配、してくれてたんだ。」
「ああ、あんまりにもひどいだろ。おまえの場合。付き合い悪いし、俺が奢ってやるって言っても来た事ないしな。お前が何考えてるのかはわかんなかったけど、おかしいなって、ずっと思ってたさ。」
「ありがとう、でもあなたには関係ないから、黙っててくれたらそれでいいから...」
「なあ、牧原少しだけ時間ないか?」
「5時には店に入るつもりだからあまり時間ないわ。」
「同伴にしろよ。」
「えっ?」
「あるんだろ、そういうの。」
「ちょっとまってよ、あたしは嫌よ!同僚の男をお客として連れてくなんてまっぴらよっ!」
なによなによ、ホステスしてるからっていきなりそうい女扱い?
中嶋、そんなやつじじゃないって思ってた、なのに...
「牧原、俺はおまえと話がしたい、それだけなんだ。変な意味じゃない、5年も一緒に仕事してるのに...仕事以外でおまえと話したことなんて一度もないだろ?だから、1時間でいいから、時間をくれよ!」


喫茶店に向かい合って座る。こんなとこ、学生時代に来たっきりだわ。
「いつからなんだ、その、ご両親の入院は...」
「大学4年の冬よ。入社が決まってすぐだったの。」
「それで入社式からいきなり地味な格好してきたのか?」
「え、なに?」
「うちを受けた時はコンタクトだったし、もっと明るい感じだったのに、いきなり雰囲気変わってたから...俺、おまえのこと探してたのに、なかなかわからなかった...おまえは覚えてないかもだけど、入社試験の時俺おまえに会ってるんだぞ。」
「...そう、覚えてないわ。」
ううん、ほんとは覚えてる。ちょっと緊張して、がちがちになってる時に話しかけられた。リクルートスーツがすごく似合ってて、すごく優しい微笑みを貰った。うれしかった...もう一度逢えるかなって楽しみにしてた。
入社式で見つけたけど、地味な格好してたら気づいてもらえなかった。でもそれでいいと思った...付き合ったりする時間なんてないし、そんなことしたって無駄なだけだとおもうようにしてたから。
「やっと見つけたおまえは、すごく冷たくって...いくら話しかけたって無表情だし、あの時みたいな笑った顔を見せて欲しかった。嫌われてるって思って他の女の子とずいぶん付き合ったよ。おまえって、仕事だったらいくらでも話してくれるくせにプライベートだとまるまる無視だったからな。だから俺、必死で仕事したよ。おまえにえらそうに言える位にな。それでここ何年かやっと並んで歩けるようになったのに...いくら誘っても無視される俺の身にもなれよ。こういう事情だったらそういってくれればよかったのに!」
「言ってどうするの?あたしは会社に黙ってホステスやってます。だから仕事の後は付き合えませんって?あなたもああいうとこに飲みに行った事あるんでしょう、だったら判るでしょ?女性がどういう扱いうけてるか...お酒なんていやってほど飲まされるし、身体触ってくるスケベオヤジもいるし、アフター誘ってくる下心丸出しな奴もいるわ。ちゃんとした仕事してるからたまたま一人の人として扱われるだけで、同じ女なのにホステスやってたら女以下に扱われることもあるのよ...もう、なれたけどね。」
「...牧原、俺は...俺には何も出来ないのか?何もすることはないのか?」
「ないわ。黙っててくれること。それからもう構わないでいてくれること。」
あたしは席を立って店を出た。
お願いだから追いかけてこないで...
「牧原っ待てよ!」
背中の声を無視して駆け出す。
やめてやめてやめて!来ないで!
ヒールで走った。だけど、やっぱり追いつかれる。どうして追いかけてくるのよ...
「ま、牧原っ...はあはあ、お、い、逃げるな...よ。俺は、やっぱり、諦めきれない...おまえのことずっと好きだった。頼む俺を、頼ってくれよ!」
身体から力が抜けていくようだった。
あたしのこと、好き?
とても欲しい言葉だった。
おれのこと頼れよって、
誰かに言ってもらいたい言葉だった。
でも...
聞いちゃいけない言葉だった。
今まで頑張ってきた自分が壊れてしまう。維持できなくなる。
彼氏の居る女の子は誰かに身体触られるのが嫌だという。でもその彼氏はヒモ同然で、彼女が稼いでくるのを待ってる。だから許してもらえる。
あたしは...誰も好きじゃない。
両親のため、そう思ってがんばってきたんだから...
だから、
邪魔しないで!

「あたしは、あんたなんて好きでもなんでもないわ。むしろ嫌いよ...」
あたしの腕を掴んでいた腕の力が緩む。
あたしは腕を振り解いて歩き始める。
泣くもんか、あいつに涙見せるくらいだったら死んだ方がましよ...
もし、
今もう一度引き止められて、振り向かされていたら...全部ばれてたかもしれない。
あたしの気持ち、ずっと押し隠してたあたしの気持ち...
だって今あたしの頬には涙が伝ってきてる。止まらない涙、湧き上がってくる嗚咽。
ばれないように、肩を震わせないよう、精一杯歩いていく。


あたしは、中嶋の気持ちもらえるほど綺麗じゃない。
仕事始めたとき、あまりの堅さに支配人に呼ばれた。
『マリアさん、あんなに嫌そうにしてたらお客さんだって楽しくないし、君だって持たないよ?事情があってこの仕事するにしたって続けられなければ困るのは君じゃないのかな?』
優しい方だと思う。他所じゃこんなに丁寧には言ってもらえないだろう。あたしはここを選んだことの幸運さに喜びながらもこのままじゃダメだと思っていた。
『たぶん間違いないだろうから言うけど、マリアさん男性経験ないんでしょう?』
あたしは支配人の言葉に頷くしかなかった。
『誰か好きな人にでもいいから一度抱いてもらいなさい。もっと割り切れる人なら大丈夫だけど、マリアさんの場合は無理っぽいからね。』
『...いません、好きな人なんて。』
でもそう言った時、頭の中に浮かんできてたのは中嶋の顔だった。
抱いて欲しいだなんていえない...
好きだとも言うことが出来ないのに。
『そっか、じゃあどうする?この店の中で選ぶかい?それともお客さんの中で?それはちょっと無理っぽいよね、今の君じゃ...』
『あの、支配人、森さんがよければ、お願いします。』
あたしはとっさにそう告げた。目の前の支配人を名乗るこの男はこの業界には珍しくインテ派で、ちょっと渋めのナイスミドルっぽい。40前後の彼は口ひげがとても似合ってて、一見こんなとこで仕事してる風には見えなかった。眼光はそこそこ鋭いけれども、スーツを着たらどこかのエリートででも通ってしまいそうだ。反対にサングラスでもかけたらその道の人にも見えてしまう。
彼を選んだ理由。
声が、中嶋に似てる気がしていた。
『わたしですか?』
『はい。』
『わかりました。』
わたしは支配人に抱かれた。
さすがに事務室はかわいそうだと、仕事の後支配人の部屋へ連れて行かれた。
初めての身体は震えておびえていたけれども、強めのお酒を流し込まれ、目を閉じていると中嶋が側にいる気がした。
『キスはしません。それだけでもとって置きなさい。』
優しくそういうと、ゆっくりと服を脱がされ、全身をくまなく愛撫され、快感をゆっくりと引きずり出された。あたしは酔うように目を閉じたまま漂っていた。
『ううっ、やぁ、い、あぁぁ...なかじまぁ...あぁっ!』
敏感な部分を刺激され、舌で丹念に愛撫されて、支配人の指と舌であたしは初めての絶頂へと導かれた。
森さんはあたしの小さなうめき声を聞き逃しはしなかった。
『その彼だと思ってもいいから...彼に抱かれてると、そう思いなさい。』
そういった後は何度も耳元であたしの名前を甘く囁き、ゆっくりとあたしの中へ入ってきた。裂けるような痛みのあとに、甘い疼きを覚える。どんな男に抱かれてもこんなに感じるものなんだろうか?あたしは固く目を閉じて支配人の声だけを聞いていた。
『可愛いよ、すごく、いい...智恵子、智恵子っ!』
あたしは夢の中で中嶋に抱かれていた。
そう思うしかなかった...


男と女がすることがわかれば、後はどうにでもなるもの...とりあえず飛びのくことはなくなった。客と寝ればもっと稼げたかも知れないけど、そんな気はなかった。
支配人とも、しばらくはそのままだった。
けれども仕事で遅れたり、しつこい客が入るとフォローしてくれる。みんなからするとあたしは支配人のお気に入りらしい。
あの時、中嶋に抱かれてるつもりで支配人に抱かれた。支配人はそれを知っているから何も言わない。
まあそれももう5年前のこと。
なのにここ2年の間に、寂しさに負けて何度か支配人と寝てしまった。無理してるのがわかったのか支配人に誘われたこともあるけれども、自分からマンションに行ってしまったこともある。
中嶋に彼女が出来てそれを目の当たりにしてしまったりしたら、辛くて、いくら言い聞かせても心が言うことを聞いてくれなくなる。
最初の時のように強いお酒に酔って、中嶋の名を呼びながら抱かれる。初心じゃなくなったわたしの身体は、本能で彼を求め、何度も昇り詰めようと自ら動く。『中嶋』と、あいつの名を呼び果てるあたしに、支配人は何も言わなかった。
抱かれた後、後悔してまた涙を流す。そんなあたしの頭を優しく撫ぜる支配人の腕の中であたしはまた夢を見ながら眠るのだ。中嶋を想って...
こんなことしてるから中嶋のこと諦めきれないんだよ。
馬鹿な自分...
もう二度と戻れないのに、出会った頃には...



中嶋がまた彼女を作ったと聞いた。それも同じ部署内の若くて可愛い子。
視界に入る仲睦ましい二人。まるで見せ付けるようなあいつの挑戦的な目。
あたしは又自分で自分を追い詰め始めていた。
「智恵子、今夜来るかい?」
支配人の優しい声に逆らう気力もなく、あたしは彼の誘いに乗った。
今まで以上に辛かった。あたしを好きだといったのに?また他の娘と付き合うのよね。そしてその腕に抱いて、あの熱っぽい視線で彼女を捕らえて離さないんだわ...
「智恵子、お願いだ、もう...わたし自身を見て欲しい。」
「支配人...」
「そろそろわたしの名を呼んくれてもいいだろう?勝也と...」
下肢を大きく広げられて、最奥まで貫きながら彼がそういった。
「本気なんだ。最初は店の女の子としか思わずに抱いたけれども、5年も一緒にいて、ずっと見ていた...我慢できずに、誘ったら君は来た。なのに、何度抱いても君は未だに別の男の名前を呼ぶんだ...わたしもそろそろ限界なんだ。だから...わたしの名前を呼んで、わたしを求めて欲しい...」
「あっ、うぐっ...!」
深く今までにないほどきつく攻め立てられながらあたしは中嶋の名前を呼ばなかった代わりに、彼の名前を呼ぶことはまだ出来なかった。
「わたしが抱いてるんだ、智恵子はわたしに感じてるんだ、そうだろ?智恵子、智恵子っ!」
抱かれることに慣れたあたしの身体はそれなりに反応して、濡れてもいたけれど、目を開けて抱かれている相手の顔を見れば見るほど泣けてきた。感じたいのに段々と身体が冷めていく。なぜなんだろう、今まであんなに感じて喘いでいたのに...それからは演技のように声をだして、イク振りをした。きっと彼にはわかってはいたと思う。薄い膜越しに彼が果てた後、いつものように抱きしめられることもなく、今日は帰りなさいとタクシーを呼ばれた。
あたしは、次に抱かれる時には彼の名前を、ちゃんと勝也さんと呼ぼうと心に決めていた。


「牧原さん、N病院の婦長さんって方から電話なんですが...」
会社に掛かってきた電話は、父の様態の急変を知らせる電話だった。
「はい、判りました、すぐに行きます...」
電話を切るとすぐさま課長のところへ向かった。
「すみません、父の様態が急に悪くなって...しばらく有給をいただけますか?」
「そうか、何かあったら連絡しなさい。」
上司には父親の入院のことえをそれとなく言ってある。だからあたしがあまり残業しなくても、付き合いが悪くてもしょうがないなで済ましてもらっている。課長のお宅もお母様が長らく寝たきりなのだという。
「今やってる仕事なんですが...」
「俺がやっておいてやる、どれだ?」
中嶋が飛んできた。あたしは書類とやりかけの仕事をフロッピーに落とすと後を頼んで会社を出た。


「この間から風邪気味だったでしょう?痰が絡んで苦しいらしくって、体力も落ちてきて...ここ2、3日が峠だと先生が仰ってました。」
婦長さんは付き添いで泊り込むことも許してくれた。
人工呼吸器をつけて、心電図のモニターの音が廊下でうるさく鳴っている。
こんな時なにをすればいいんだろう...あたしは、何のために身体をはって生きてきたんだろう?父や母にこんな思いをさせるために?
「牧原...」
ノックとともに部屋へ入ってきたのは中嶋だった。
ここを知ってるのは彼だけ...
「中嶋...」
「これ、よかったら食えよ、身体持たないだろ?」
コンビニの袋の中にはコーヒーとかお茶やサンドイッチ、おにぎりが山ほど入っていた。
「ありがとう...でもこんなに一人じゃ食べられないわ。仕事は?」
「おまえの分は先に済ませた。やっと借りが返せた気がしたよ...」
「そう...もういいわよ?彼女と約束あるでしょ?」
「さっき別れてきた...」
「なんで?!」
「こんなにも気持ちがおまえにあるのに、かわりに付き合って、抱いても彼女に悪いだろ?まあ、今までの彼女全部そうだけど...。」
強い視線があたしを捕らえる。
あたしは反論する気も起きずに、部屋のイスに座っていた。簡易で寝るのにも使ってる長いすに毛布だけかかっている。その隣に中嶋も腰掛けた。
「少しでもいいから食べろ。」
そう何度も言われて、やっとサンドイッチに口をつけた。
動転して店に電話を入れてなかった。さっき支配人から連絡があったので父親が危篤だから休ませて欲しいといった。そっちに行こうかと病院を聞いてきたけれども大丈夫だから、行けるようになったら電話すると言って切った。
どうなってしまうんだろう...
何時間も喋らずに、ただそこに座って父を見ていた。触れ合うからだの右側が暖かかった。一人じゃないってこういうことなんだろうか?
明け方近くまでそうしていたんだろうか、うとうとしかけてぼーっとした頭を壁に押し当てた。
「少し寝ろよ、なんかあれば俺が起こしてやるから。」
あんまりにも優しい、本物の中嶋の声。あたしはそのまま壁にもたれて目を閉じた。
軽く目を閉じてただけだったのに...眠っていたのだろうか?
目が覚めたとき、あたしは中嶋の肩にもたれかかって寝ていた。時間にすればそんなに長くはないだろうけど。
「おはよう、俺一回部屋に戻ってから会社に行くよ。また夜来るから...」
こなくていいと、なぜいえなかったんだろう...
一人にされる心細さ。
「昨日からのおまえ、昔みたいに素直で可愛いな。じゃあ、おだいじに...」
帰り際に中嶋があたしの手をぎゅっと握って部屋を出て行った。
けれども父の様態はまた急変して、夜まで持たなかった。


「牧原...?」
病院での処置が終わったころ中嶋が姿を見せた。
「ダメだったのか?」
「あ、中嶋...来てくれて...ごめん、悪いけど会社に、お葬式...のこと...っ」
何かを言おうとして、不意にこみ上げてくるものに押しつぶされそうになる。さっきまではなんとか保っていたのに、彼の顔をみて声を聞いただけで、崩れてしまう。
こうなること、ずっと予想してた、心のどこかでは望んでいたかもしれない。でも、でも、生きていてさえくれてたらよかったのに...
張っていた糸が切れるように涙があふれてきて、あたしの顔は中嶋の胸の中に納まっていた。
「どこまで強情なんだ?声出して泣けよ、泣いてもいいんだぞ...」
「う、ううっ....うわぁあああっ!」
堰を切ったようにあふれ出る涙は止まらないあたしは空っぽになるまで泣いていた。


落ち着いた後、それでもやらなきゃならないことは山済みで...頭が上手く回らないあたしの変わりに、中嶋が葬儀屋さんと相談して大方決めてくれていた。
「このコースでいいか?じゃあ、決めたらとりあえずアパートに一旦つれて帰ってもらおう。」
俺も一昨年親父を亡くしたんだとそういった。
それは知らなかった。
葬儀の間中、まるで身内か葬儀屋さんのように動き回る彼はいつものあたしに命令口調で仕事を言いつけてくるあいつとは全然違っていた。

知り合いも、親戚もほとんどないひっそりとしたお通夜は終わった。
母も病院から外泊の許可を取って連れて帰り、奥の部屋に寝かせている。
あたしはここで一晩ろうそくを絶やさないように起きていればいい。
「ありがとう。あたし一人じゃきっとおかしくなってた...。感謝してる。」
「いや、俺に出来ることがあって嬉しいよ。今夜ここに一緒にいてもいいか?明日の葬式にもこのまま参列するから。」
「帰った方がいいよ...」
「おまえを一人にはしておけないから、いるよ。」
「だめだよ、そんなことされたらあたしがだめになってしまう。今からだって一人でやっていかなきゃならないのに、甘え癖つけたくない。」
「牧原、俺は身内だと思ってここにいさせてもらってるつもりだ。おまえの父親なら俺にとっても...そうおもっちゃいけないか?なぁ、ダメなのか?」
「...あたし、そんなにしてもらえるような女じゃない!」
「牧原?」
「だから辛い、苦しい、あたしは汚れてるから...ホステスなんかやって、心も身体も汚しちゃったから...だから、中嶋に思ってもらえるような女じゃない、だから...帰って、お願い!」
「な、俺は気にしないぞ、両親のためにおまえ一人で苦労してきたんだろ?」
「でも...っ!」
「コンコン」
ノックとともに支配人が姿を現した。黒の、店の服装そのままだけど、蝶ネクタイを黒のネクタイに変えてきていた。
「この度はご愁傷さまでした。明日は顔を出さないほうがいいと思って、代表して来たんだが...線香あげさせてもらってもよろしいかな?」
隣にいた中嶋をちらっと見て言葉を選んでくれていた。
「森さん、すみません。勝手してしまって...こちらは同僚で、事情も店のことも知ってますので...」
「同じ会社の中嶋です。」
その名前を聞いて支配人は一瞬びくりとしたがすぐに顔を作り直した。
「支配人の森です。牧原さんは店も長いし、入院されてたことも知ってたので店の子たちも心配してね、代表して来させてもらいました。」
そういって何通かの香料袋を差し出した。
「大丈夫か?」
「はい...ありがとうございます。」
「今後のことは、また改めて話そう。今日は支配人としてよりも森勝也個人として来させて貰った。」
そういって私の方にすっと近づく。
「支配人?」
「来るのが遅かったのかな?」
そういってあたしの肩に手を置き目を覗き込んだ。中嶋が一瞬身体を緊張させる。
「あ、あの...」
困惑した視線を読み取ってすぐさまその手を離し、一歩身体を引いた。
「読めすぎるというのもわたしの悪いところなんだ。これでいつも損をする。」
「森、支配人...」
「勝也とは呼んでくれないのか?」
「.....」
あたしはいつだって支配人に助けられてきた。甘えて、頼って、いつの間にか...身代わりにして...本物が側にいるからもういらないというの?でも本物は手に入れちゃいけないのよ。分相応にイミテーションで満足すればいつかそれは本物になるかもしれない。その努力をしなければいけない。
「森さん...あたし...」
「今日は帰ります。中嶋さん、そこまでご一緒しませんか?」
立ち上がりながら支配人が珍しく挑戦的な目で中嶋を促した。
二人部屋を出て行き残されたあたしはどうしていいかわからず。ただ、父の顔を見て、どうすればいいのか問い続けた。


翌日、中嶋は葬式にも顔をださなかった。森さんから、『二人の関係を聞かれたから正直に言いました』と連絡があった。『これで引くようなら、わたしは譲らない』と...


忌引きが過ぎてもしばらく残っていた有給を使い身辺整理をしていた。
会社も辞めてしまおうかとも思ったけれど、まだ母がいるから無理は出来ない。
店は、やめることにした。母の分だけならなんとかなるし、出来れば家において、早く帰って面倒を見ればすむことだから...まだ50代の母は、あまり長期に見てもらえる病院が少ないのだ
あれから中嶋から連絡はない。
それでいい、諦めてくれればそれでいいのだから...

「お世話になりました。」
「寂しくなるわ〜、でも仕方ないか...」
みんながかわるがわる別れの言葉を掛けてくれる。もう逢うことはないかもしれない女たち。店に最後に挨拶がてらお給料を貰いに来た。
「マリアさん、事務室まで来てくれるかな?今までの分精算するよ。」
精算といっても、ここは時給制で、ツケもない明朗会計だから。実際お給料を貰うだけなんだろうけど。

「智恵子、これを渡したら店で支配人と従業員として会うのは最後になる。これからは森勝也と、牧原智恵子として逢ってくれるね?」
支配人は手にした封筒を見つめて言った。
「お通夜の夜、僕らのことを、中嶋君に話した時、彼は何も言わなかった。」
「いいんです、それで...あれから、会ってませんから。会社に行けば逢うでしょうけど、彼とは別に、何かあったわけでも、なんでもないんです。だから、気にしないで下さい。」
「智恵子...」
彼の両腕があたしの肩を掴む。
「お願いだ、わたしだけのものになってはくれないか?お母さんのことも全部面倒見るよ。だからわたしと...」
「森さん、わたし...」
「本気なんだ。寝物語に君に言ったんじゃない。君が誰の名前を呼んでいようと、最初に抱いたのも、抱かれに来たのも全部僕だ。彼じゃない。智恵子の身体には僕の抱いた癖しか残っていない、そうだろう?」
「...」
「きみが喜んで受け入れているのも、切なく締め付けたのも全部僕のものだ、そうだろう?あの男がいてもわたしは諦めない。」
彼に抱かれた時を思い出せば身体は熱く反応し始める。けれども心の中に住み着いたあいつを消すことが出来ないまま、彼の胸に飛び込んでもいいのだろうか?
「智恵子っ!」
「あっ、やっ!」
抱きしめられて、唇を寄せられる。でも...
いやっ!唇だけは...ずっと拒み続けていた最後の砦。
「ごめんなさい、ごめんなさい...支配人にずっと甘えておいて、身勝手なことばかり...でもキスは、唇はやっぱり、いや...」
「智恵子...」
支配人の腕が緩む。
「だめなのか...」
「ごめんなさい、あたし、ごめんなさい!」
外へ飛び出した。泣き顔でみんなに一言さよならを言って店の外にでる。家までどうやって帰ったのか覚えてはいないけど、部屋に戻ると自分の布団に潜り込んで泣き続けた。


泣きつかれて、瞼の重いまま目を覚ました。
「起きたのか、牧原。」
「な、中嶋?なんでここにいるの?」
急ぎ身体を起こした。布団の前にどっかりと腰を落としたあいつがいた。
「ここに来たらドアの鍵が開いてた...」
「....」
あたしはよほど気が動転していたんだろう...
「今日、会社に、森さんから電話があった。」
「え、森さんから?」
「ああ、話してくれたよ。牧原を抱いたのは、最初は男慣れさせるためだったって。そのときからずっと、俺の名を呼んでるって...おれだと思って抱かれてるって...それは本当なんだな?」
「ちがう、あたしはっ!」
「森さんが、辛かったって...他の男の名前を呼ぶ智恵子を抱き続けるのは...本気になったってしまったからなおさら...最後まで俺の代わりだったんだ、責任取れよって...」
どんと、布団に押し倒される。
「いい思いさせてもらった分は、それでちゃらにしろってさ。」
「な、中嶋っ?」
「キス、俺ならいいか、させてくれる?」
「だ、だめっ!」
あたしは頭を振り続けた。
「でも俺はしたい。智恵子とキスして、智恵子を抱きたい。俺だって今まで色んな女を智恵子の代わりにしてきた。だから...気にするな。」
「でも、でもっ!」
「黙って...」
「んっ...」
押さえつける腕の力は強いのに、押し当てる唇は優しかった。
「最初からはじめよう...入社試験で出会って、それから...」
キスが繰り返される。抵抗したいのに、まるで魔法にかかったみたいに動けない。キスが深くなるにつれて息が上がり、体の力が抜けていく...
「ふうっん、うんっ...」
絡め取られる舌先に痺れを感じていた。キスはほとんど初めてだったのでどうしていいかわからずに、必死でその動きにこたえようともがく。
「智恵子、愛してる、もう離したくないんだ...」
「中嶋...」
目を開けて、あたしにキスしてあたしを抱きしめている男の顔をじっと見る。
「俺は、結構しつこい男だから、諦めたりしない...だから...」
「ほんとに...いいの?わたしで...」
「おまえがいい!おまえを今まで抱いてたのは俺なんだろ?俺以外に抱かれてないんだろ?辛いなら、一生そうう思っていてもいい。俺は気にしない。」
「中嶋...」
「久志って呼べよ、俺も、智恵子って呼ぶから...」
「ひ、久志...好き、ずっとまえから、好きだった...ずっと...」
泣きじゃくりながらキスを繰り返す。お互いに着ている物を剥ぎ取って激しく絡み合った。彼の手が全身を這い回り、キスで埋め尽くされた身体は快感を思い出し、開いた脚の付け根に顔を埋められた瞬間昇り詰める。何度も身体を弛緩させては頂点を体感し、シーツに沈む間もなくまた昇っていく。
「もう、我慢できない...智恵子、つけなくてもいいか?お前の中に...出したい。」
「久志...」
「おまえの人生も、持ってるものも、全部俺が背負うから、一緒に歩いてくれ...結婚しよう、家族を作ろう、おまえが気が変わらないうちに決めてしまいたいんだ。俺は...案外卑怯なやつなんだよ。」
切なそうに眉をひそめながらにやりと口の端を上げて笑う。
あたしも泣きながらこたえる。
「あたし...久志が、欲しい、全部、欲しい...」
そのまま何も着けずにゆっくりと彼が入ってくる。そこはすでに熱く濡れていて、生身の感触にまた意識が飛びそうになる。お互いにそれを味わいたくてゆっくりと、動かずに彼自身を実感する。
「あああぁ...」
「智恵子っ...あぁ...」
深く息を吐いてお互い、快感を逃がす。目と目で見詰め合って、ゆっくりと動き始める。
「あぁん、やぁ、だ、だめぇ...そんな...ああんっ!」
「ち、智恵子、だめだ、そんなに...くっ、絞めすぎっ!」
そういわれても先ほどから、深く突かれるたびに、大きな波に襲われ、快感に打ち震え何度も達しかけては引き離されているのだ。
「お願い、久志、激しくしてっ!あたしの一番奥に久志が欲しいっ!」
「ああ、智恵子っ!」
ぱんぱんと激しくゆすぶられる音が部屋中に響く。何度も高みに持っていかれて達したまま戻って来れなくなってあたしは声にならない叫び声をあげて身体をそらしたまま意識を飛ばした。
二人同時に達したらしい。
戻ってきた意識が、あたしの中に全てを放つ彼を感じて、彼もあたしを感じて、互いにお求め合う下半身が同時に喜びに震える。彼のモノをきつく締め付けて、欲しいと貪欲に彼を自分の中に飲み込んでいく。
そう反応するからだが、嬉しかった。
こんなにも幸せになれるものなら...ずっと、こうしていたい...
「智恵子、あぁ、智恵子なんだね。」
「久志なのね、久志がいっぱい...」
軽くキスを交わして繋がったまま、抱きあう。すごい充足感...
「何度でもしたくなるな、智恵子...」
「うそ...」
「ほんと。」
また...とそう思うだけで嬉しくて、再び彼を求めてしまう自分の身体。
彼が動き出すまでのインターバル。すぐに大きさを取り戻して、また動き出す彼の動きに煽られ続ける。
何度も繋がって、何度も久志のモノを飲み込んでいった。


「一緒に暮らそうか。俺の家で、智恵子と智恵子のお母さんと、俺のお袋と...それから生まれてくる赤ちゃんと、な?」
彼の肩に頭を置いて、そのまま抱きしめられながら、久志の顔を見てくすくすすと笑った。
「まだ判らないのに?」
「これだけして、出来なかったらおかしくないか?...けど、出来てそうな予感がする。」
「ん、あたしも...」
ちょうど危ない日あたりなのはわかっていた。
「ケンカしてもさ、意地張るのだけはお互いによそうぜ。どっちも負けてないからな。」
「そうね、その時は久志から謝ってよね。」
「何でだよ?」
「あたしの方が意地っ張りだから...」
「そうだな、そんときは身体から攻めることにする。どうも、こっちはすごく正直者みたいだからな...」
ここまで教え込んだあの人にちょっと焼くけどといったので、負けないほど慣れてるあなたを攻めましょうかと返してやった。



本物の彼に抱かれて気がついたこと。
久志の方がしつこくって激しい...
それと、抱かれて安心するんだってこと。
あたしは、もう自分からこの腕を離したくないと、そう思った。

Fin

          短編TOPに戻ります〜    

同僚こんなに暗くていいんでしょうか??
なぜかこんな風になってしまいました。書いてみたかったんだ〜ちょっとダークなのも...このサイトでは書けないかな、なんて思ってましたが、短編なのでいい機会かなと...嫌な思いなさった方はごめんなさいね〜。