HOMETOP

クリスマスを過ぎても・2007

本当のHolyNight−聖夜−
12/23〜12/25 俊貴

朱音は大丈夫だろうか...
突然、身重の妻が友人の家から帰れないとメールで言ってきた。子供がいるから携帯の電源を切っておくとも。
こちらからその家に電話することも出来た。だがそれをしなかったのは...
自分が彼女に隠していることがあったから、問いただしたりすることは、なにも言えなかった。


今年のクリスマス3連休の最初の日は見事に仕事で潰れた。毎年のことだが、この時期のプレゼンの予定がずれて23日になったため、営業企画あげての出社日となったのだ。今回は主に自分と富野、細野で組んで進めた。資料まとめは朱音が細野にたたき込んでくれていたおかげできっちり資料が出来ていたし、説明とかスピーチは富野のソフトで人当たりのいい雰囲気が好評なので任せることにしていた。
プレゼンは好評で、課をあげての打ち上げは忘年会を兼ねていたので、営業企画課のほとんどが参加だった。さすがに二次会のカラオケの後、3次会まで流れたのは俺の直下の男ばかりだった。やはりプレゼンあけで気分が高揚していたんだろう。
「課長、どこか綺麗なおねーさんのいる店に連れて行ってくださいよぉ!」
酔ってこんなことを言い出すのは富野の馬鹿だ。奥さんとの離婚調停中にいいのだろうか?
「ぼ、僕も行きたいです!!課長、まだそういうとこ行ったことなくて...」
細野が情けない声を出す。
「行きましょうよ、たまにはいいじゃないですか!前によく行ってらした店があったでしょう?ほら...」
いらん事を思い出して口を挟むのは三村係長だ。そういえば、課長昇進の時に連れて行かされたか?三村係長は俺よりも一期上だが昇進に興味がないらしくいつものほほんと構えてる。それでいてきっちり仕事しているのだからたいしたものだ。自分より下のものが昇進してもなんら気負うことなく普通に接してくれるのがありがたいが、入社以来ずっと同じ部署なので少々性質が悪い。

−クラブアイリス−
何年か前まで、接待や営業にも使っていたし、妻と離婚した後はしばらく一人で通っていた店だった。
「本宮様、お久しぶりです。」
マネージャーが覚えていたらしく挨拶をしてくる。
「どうなさいますか?リオさんまだいますよ。今夜は休みのはずだったんですが、さっきまで忙しくて、急遽ヘルプに来てもらってたんですよ。偶然といえば奇遇すぎますが。呼ばれますか?」
「ああ、そうだな...後は適当に、彼女に任せるよ」
かしこまりましたと、恭しくお辞儀をして黒服を着たフロアマネージャーが奥に引いていき、若い黒服がテーブルまで案内してくれた。
リオと呼ばれるホステスは、今では知らないが数年前までこの店でNo.1、2を争うほどの人気ホステスだった。飛びぬけて綺麗な容姿、いつでも銀座界隈で勝負できそうなほどなのに、甘んじてこの界隈にいる理由を俺は知っていた。
そう、何度か...店以外の付き合いをした仲だったから。
妻と別れて、朱音の存在に気づきながらも、富野への気持ちを押し隠して笑う彼女を見ているだけの自分に嫌気がさしていた頃だった。
「お久しぶりです。」
隣に座るスレンダーな身体、長く伸びた亜麻色の髪、少し掠れた夜の声、昔のままの彼女が居た。
「ああ、久しぶり。李央、元気だったか...子供は?」
無粋だと思いながらも聞いた。あの時、長く続けられなかったのは、彼女が母親の顔をみせたから。本気になれない以上、彼女を抱くのは悪いと思ったからだ。そう、彼女は子供がいるから、この街で夜の仕事を続けているのだ。
「元気よ。実はね、あれから色々あって...もう一人出来たの。」
「そうか、そいつはおめでとう」
注がれたグラスを軽く持ち上げて祝杯にする。直ぐ隣のテーブルには若いのが2、3人で若いホステス相手にテンションを上げている。このテーブルには三村係長とあとはヘルパーの子だけだった。
「それがね、めでたくないの。出来たとたん浮気されて...別れちゃった。あなたは?」
「結婚、したよ。」
前とは違う新しい結婚指輪をちらりと見た彼女は微笑んだ。カムフラージュで指輪をつけていたことを彼女は知っている。
だから、俺に抱かれた。遊びで寝るような女じゃなかったんだ。
「あの、片思いの彼女と?」
「ああ」
「それはおめでとうございます」
にっこりと綺麗に微笑んでグラスを空にした。


富野たちがいい塩梅に酔いつぶれかけた頃、彼女がマネージャーに耳打ちされて血相を変えて立ち上がった。俺はついでにとトイレに向かった。
「まま、しんちゃんおねつでてあついの、いっぱいなくのぉ、かえってきてぇ」
幼い声が裏戸口から聞こえ、ふとそちらを見やると少女が大きな赤ん坊を抱いて泣き顔を晒していた。
「ごめんね、乃理香。ママはまだお仕事中なのよ。」
「どうして?はやくかえってくるっていってたじゃない!きょうはおてつだいだけだって...」
「ごめんね、どうしてもはずせないお客さまなのよ。奥の控え室で待ってて、終わったらすぐ新一を病院に連れて行くからね?」
どうしてもはずせない客とは自分のことだろうか??別に困るわけでもないが...そうか、子供が調子悪かったから、休みの予定で、忙しくてヘルプに来ていたというわけか。もし自分がこの店に来ていなければすんなりと帰れたはずなのだ。
少しだけ責任を感じてしまった。
「マネージャー、もしよかったらこれからアフターってことで帰してもらえませんか?」
俺は後ろからそう声をかけた。盛り上がってる奴らを無理に連れ帰るわけにもいかなかったが、それよりもこのまま自分の都合で帰れば、彼女の成績にだって響くだろう。
「それは...助かりますが、いいんですか?」
「かまわない。とりあえずお勘定頼むよ。後の分はつけておいてくれ。後日払うから。」
ありがとうございますとお辞儀して店に戻っていくマネージャーの愛想笑いに少しだけ気分を滅入らせて俺は李央の方を見た。
「ありがとう...助かるわ。」
相変わらずお人よしねといいながら彼女は帰り支度をして、その間に俺が呼んだタクシーに子供たちと一緒に乗せて病院まで付き合った。


40度近い熱を出していた下の子供はまだ1歳にもなっていないそうだった。もう少し大きければ、もしかしたら自分の子かも?と焦らなければならないところだ。点滴は極々ゆっくりで、このままだと明け方までかかりそうだと言う。
「いったん帰ってこの子を寝かせてくるわ。」
「そうか、なら、その間病院には俺が付いていようか?」
そう申し出ると彼女は喜んだ。もしもの時があってはいけないので、今は保護者が離れられないのだ。
「おじちゃん、まだいるの?」
「ああ、しんちゃんが心配だろ?」
「ふーん」
李央によく似たその子は納得した後、にっこりと笑って『またね』といって彼女と一緒にいったん自宅へと戻った。
俺は結局明け方までそこにいて、始発電車で自宅まで戻ったのだった。


メールで知らせていたものの、帰ると煌々と灯された明かりに、朱音が待っていてくれたのが隠れ見えて嬉しかった。
眠そうに身体を起こす彼女に軽くキスをしてシャワーを浴びた。今夜のことは、敢えて朱音に説明するつもりはなかった。臨月で、お産を控えた彼女に要らぬ心配をかけたくないのもあったし、昔のことを説明する気にもなれなかったから。だから飲みすぎてホテルに泊まったことにしておいた。それが一番いいだろうと、その時は思ったんだ。
ベッドにもぐりこみ、愛する妻の身体を抱きしめて眠る。至福の時...なのに、今夜の朱音は疲れているのか、身動きひとつせずに眠っていた。
昼近くまで二人で眠っていたがさすがに起き出してランチの準備をした。朱音が起きれそうになかったので、簡単なパスタを作って、眠そうな彼女と二人で食べ終えた後、携帯が鳴った。
昨夜、営業の電話をかけたいからと聞かれて教えた李央からの連絡だった。
『ごめんなさい...他に頼れるところがなくて。』
「おい、なんだっていうんだ」
『お願い、子供たちを見てて欲しいの。どうしても仕事にでないといけなくて。稼ぎ時だから、コンパニオンでお客様に呼ばれてるのよ。昼までは見てくれる人がいるんだけど、その人も1時からはいなくなるの。その後、あたしが帰るまでの間子供たち二人だけなのよ。お願いだから、子供たちを見てて欲しいの。』
「そんな無茶を言うなよ。」
『今日だけ、今日だけだから...あの子も、乃理香もあなたがいいって、言ってるのよ。おぼろげでも覚えてるんだわ。昔あなたに遊んでもらったこと。メールで住所送るわ。鍵はあなたが名前を言えばあけるよう娘に言ってあるから、じゃあ、おねがいね!』
「え?そんな...おい、あ...」
電話は切れた。後ろであわただしい音がしていたのでパーティ会場からだったのだろう。
あの子達を夕方まで放って置くのか?そんな無茶な...下の子は昨日高熱を出したばかりじゃないか?
「朱音、ちょっと出てくる。トラブルみたいなんだ。」
簡単にそういって俺は家を出た。こうなったら仕方ない。様子を見て、大丈夫そうだったら帰ってくるつもりだった。


ドアを開けた少女は人見知りをしないのか、俺の顔を見てにっこりと笑って部屋の中に招き入れた。
下の子はよく寝てるようで、熱も下がったようだった。
「あそぼ、おじちゃん」
そういっておもちゃを取り出してくる少女に直ぐ帰るといえずにそのまましばらく居座ってしまった。昔、この子がもっと幼かった頃、一度だけこうやって遊んだことがあった。覚えていたんだろうか?あの時、子供の無邪気な顔を見て、俺は彼女とは距離を置くことを決め、元の客とホステスに戻ったのだから。
そうだ、朱音は不審に思ったりしていないだろうか?少々心配になりながらもこの場所を離れられずにいる。少女の信頼しきった笑顔が、すげなく帰ることを許してはくれなかった。
「ねえねえ、おじちゃん、こうえんにいきたい。」
「駄目だよ、病気の弟がいるんだから置いていけないよ。」
「すこしだけ、ねえ、4じにはママかえってくるっていったから、いまから4じまでだけ、ね?」
よく寝てるベビーベッドの子供を見て、どうすればいいか李央に連絡を取った。約束どおりに帰れそうだから少しだけ連れて行ってやって欲しいと頼まれた。
俺は少女に手を引かれて公園へ向かった。
無邪気に友達と砂場で遊ぶ少女を見て、いつか、こうやって自分の子を連れてくる日が来るのだと実感していた。手をつないだ小さな手が未来を垣間見せてくれるようだった。朱音のお腹の中にいる子供の未来の姿のようで、俺は待ち望んでいるのだと実感したのだった。


李央が時間より早く帰ってきて、俺が急ぎ家に帰っても朱音の姿はなかった。
俺が過去と邂逅している僅かの間に何があったのかと一瞬考えたが、友人の所に居るとメールがあって取りあえずほっとしたものの、いつもと様子が違う事に気が付いた。
子供が寝ているから電話は出来ないといい、少しお腹が張るから今夜は泊めて貰うというのだ。心配だから迎えに行きたかったが、お腹が張っているときには車は良くないし、彼女が居るのは親友の所だ。俺よりも妊婦や出産に詳しい女性が居るのだから任せばいい。だが、朱音の声が聞きたいのに、心配なのに、その後電源が落とされてしまった。
翌朝、まんじりともせずに夜が明けて、一人のベッドの寒さを知った。
一昨日、病院に居た夜、朱音はこうして眠っていたのだろうか?だが、飲んで遅くなるなんてたまにあることだし、出張で帰れない日だってあったはずだ。彼女が入院している間はベッドが広すぎて、帰るのが厭になるほど朱音の側に時間が許す限り居た。

昼を過ぎても帰ってこない。
携帯の電源は落ちたまま。
仕方なく彼女の友人の妙子さん宅に電話をかけた。
『え?朱音来てませんけど?』
「そんな...」
『一昨日の昼間遊びに行きましたけど、それっきりですよ。帰ってないんですか?朱音...まさか...』
「いえ、大丈夫だと思います。他を当たってみますので。」
近くの友人の家...てっきり妙子さんの家だと思っていたのに。他の友人...まさか富野は違うだろうからと、必死で年賀状や住所録を探していた。
ふと時計を見ると午後3時を回っている。もしかしたら約束の場所に直接来るのだろうか?
そう思い直し、上着を手に取ると車のキーを手に、玄関を出ようとしたときに携帯が鳴った。
朱音か?と思いたかったが、この着信音は仕事関係だ。
「富野...?まさか」
急ぎボタンを押して応えた。
『課長、すみません。朱音が...』
やはり富野だったのか?なぜ、いつもお前なんだ??まさか、朱音はまだコイツのことを??
そんなはずはない。もう、ただの友人だと言っていたではないか。
「朱音がどうしたんだ?まさかお前の所にいたのか?」
『そ、そうです!けど今は病院です。かかりつけの産婦人科で、朱音産気づいたらしくって、陣痛始まってるんです。』
「まさか...予定日は年末だぞ?」
『なんかいろいろあって、早まったらしくって。いま麻里が付き添ってます。あの、入院の準備をしてるはずなので、その荷物を持ってきて欲しいって、それで...』
「...わかった。すぐに行く。富野、お前覚悟は出来てるんだろうな?」
『ええっ?あ、はい、出来てますっ!俺は、朱音の味方ですからっ、今回のことは本宮課長が原因ですからね。それだけは間違えないでください!』
ヤツにしては妙に強気の口調で言い募る。とにかく急ぎたくて『後で』と告げて携帯を切った。
車で病院まで急ぐ。
「朱音...一体何があったんだ?」
昨日今日の自分の軽率な行動が悔やまれる。過去に引き摺られるべきではなかったのだ。今だけを見ていればよかったのに。悔やんでも、朱音を傷付けたかも知れないと考えると、自分が許せなかった。
二度と泣かせないと誓ったのに。
最初、妻が居ると思いこんで居ながらも、初めての身体を俺に差し出し自分のモノになってくれた。それでも、すぐに身を引こうとする健気な女だった。もし、李央のことを誤解したらまたよからぬ事を考えつくかも知れない。
せっかくのクリスマスなのに...俺は、また3年前と同じような過ちを犯してしまったのだろうか??


病院に着くと富野が病室の前に居た。
「課長...」
「どういう事なのか説明しろ、富野!」
「昨晩は朱音の具合が悪くなって俺の実家に泊めました。俺の母親も朱音のこと学生時代からよく知ってるんで。具合が悪くなった理由は、たぶん課長もご存じのはずです。俺は...朱音の味方です、ずっと朱音に無神経なことしてきたけど、友人として恥じるようなことだけはしてこなかったつもりです。だから、これから先も、俺は友人として朱音の味方なんです。課長を敵に回しても...」
「なんだと?」
「課長!あの女性、リオさんでしたっけ?あの人と、あの夜どこに行かれたんですか?」
「...それは、」
「係長はにやにや笑ってるし、あそこにいたマネージャーは『アフターです』なんて言うしさ、聞けば昔馴染みのホステスだったんでしょう?」
「...ああ、だが、昔の話だ。」
「じゃあ、なんで!!俺、まさかと思って、課長が帰ったかどうか朱音に聞いたら帰ってないって言うし、だから...」
「朱音に言ったのか?」
「言われて困るようなことをしたのは課長ですよね?」
「馬鹿やろうっ!やましいことは何もしていない!」
「だったら、なぜ!子供と一緒に公園なんかに?あの公園はうちの実家に近いんですよ?課長の車見つけて俺がどれほど驚いたか...朱音は全部見てたんですよ?」
「なんだって??お前は、妊婦の朱音にわざわざ見せたのか??」
「だ、だって...」
俺は怒りのあまり富野の胸ぐらを掴みあげていた。
「富野ぉ!」
「あ、朱音は知る権利があるでしょう?そうでなければ課長は一生言わずに居るつもりだった、そうでしょう?やましい心があるから言えなかった、そうじゃないんですか?」
「それは...」
少しだけ掴んだ指の力が抜けていく。
「はっきりさせてやって下さい。朱音が中で待ってますから。陣痛って結構痛くて不安らしくって...こんな時にっていうのも判ってます。俺がいらないことしてるのも...けど、隠した嘘や見せなかった部分は後になってどんどん大きくなるんですよ。失敗した俺が言うのもなんですけど。朱音は課長と結婚して幸せそうでしたよ。けど、ちょっとだけ無理してる。背伸びして一生懸命が悪いんじゃない。けど、課長に合わせようとして、必死になってた。だから、妊娠しても無理したんじゃないんですか?こんな時でもないと朱音は本音言わないだろうから、だから、俺は思ったまま動いたんです。けど、朱音を幸せにしてやれるのも、安心させてやれるのも課長だけです。行ってやってください、朱音にちゃんとホントのこと言ってやってください。」


「朱音...」
出産準備室という部屋に入ると、富野の妻麻里の背中の向こうに朱音の弱々しい顔が見えた。
俺が入ってきたのに気が付いた麻里はすっと席を立つと部屋の外に出て行った。
「俊貴さん...」
震える声が俺の名を呼ぶ。どれほど不安にさせてしまったのだろう?
「朱音、心配かけてすまなかった。だがおまえが心配するようなことは何一つ無い。」
「でも...あの子が、乃理香ちゃんって子が、あなたが自分のパパになるって...」
「ああ、それか。サンタにお願いしたのが叶ったとか言ってたのがそうだったらしいな。あの子は父親を知らずに育ったらしい。その下に1歳の弟が居るんだが、その子の父親も最近出ていったらしく、自分の父親が欲しいとずっと言ってたそうだ。」
朱音は黙って俺の話を聞いていた。
「その子の母親を見たのか?」
こくりと頷く。
「昔、客とホステスとして、何度かそういう関係になったことがある。妻と別れた頃の話だ。それも許せないか?」
「......わからない」
「子供が居る女性だったから。大人の関係だったが、本音では彼女はその子の父親になりうる男性を捜していたのに気が付いた。だから、あの頃の俺は結婚などする気はなかったからすぐに別れた。それ以来あの店にも行ってなかったんだ。それに、お前に惹かれていってからは誰とも寝ていないしな。」
「ほんと?」
「ああ、一昨日帰れなかったのは下の子が高熱を出して病院で点滴を受けなければならなくてな、すんなり帰れなくて困っていた彼女にアフターを申し出て一緒に帰っただけなんだ。けれども夜中だろう?上の子を家に連れ帰って寝かせてくる間病院で付き添っていたんだ。嘘を付いて悪かったな。」
時々陣痛で顔を歪ませる朱音の頬をそっと撫でた。
「帰ってこなくて、心配したの...勝が女性と帰っていったって言うし。」
「ああ、本当にいらぬお節介をするヤツだ。俺はあいつほど節操なくないぞ?あいつはその間若いホステスに鼻の下伸ばしてたんだからな。」
くすくすと笑ってはまた顔を歪める。
「昨日は、急に子供が見れなくなって、仕方なく俺に連絡してきたんだ。昨日の今日で事情を知ってるからということでな。ただそれだけだ。もう二度と迷惑はかけないと言っていたし、俺ももう顔を出すつもりはない。他人の子でも心配なものは心配だが、一番は朱音とこの子だろう?無事に産んで欲しい。待ってるから」
はらはらと流れる朱音の涙を唇で拭う。
「一人じゃ嫌なの...俊貴さんと一緒にこの子を育てたい。その為に産みたい...」
「ああ、そうしよう、俺たちの赤ちゃん、待ってるから。幸せにしてやろう?二人で」
「ん...そうすれば、わたしたちも幸せだよね?」
「ああ、その通りだとも。」
「うっ...痛い、ん...」
「朱音?酷いのか?」
「さっきから感覚が短くなってるみたい...」
「待ってろ、看護師さん呼んでくるから」
俺は立ち上がってすぐにまた朱音の元に戻った。
「頑張るんだぞ?愛してる、朱音」
そっとキスを落として。


陣痛の始まったその部屋の中は一層あわただしくなって、かなり激しく痛み出した朱音を見ているのが辛いほどだった。程なく分娩室に移されるときに、俺は部屋から出された。恥ずかしいからという理由で、朱音は立ち会い分娩を望まなかった。そう考えるとやはり自分に遠慮しているのだろうかとか考えたりもする。だが、生来そういうことには恥ずかしがりやで、一緒に風呂にはいるのも未だに躊躇するようなのだからしかたがないだろう。結構修羅場だと立ち会いしたことのある羽山から聞いている。ヤツも一人目は立ち会ったが、その後は遠慮したそうだ。
時間が経つのが長く感じられ、待合室に富野夫婦と3人、なにも話さず待ち続けた。
小さく産声が聞こえた様な気がしたとき、全員が立ち上がってドアの向こうを見つめ直した。
深夜、薄暗い廊下に聞こえたその声は、やけに心に響いた。
「おめでとうございます。産まれたみたいですね。」
「ああ、そう、みたいだな...」
「課長?」
「なんか嬉しくてな...まだ顔も見てないのに。あんなに苦しんで、朱音は俺の子を産んでくれたんだ。愛おしくてしょうがないよ、そうだろう?」
富野達を振り返る。
「そう、ですね...忘れてました。あの時の気持ち...幸せにしてやるって思いましたもん、俺。」
「あたしも...すっごく辛くって、苦しかったけど、赤ちゃんの顔見るだけで、なんか涙がでるほど感激したんだわ...」
互いの顔を見合わせていた。
「天からの贈り物だよな、子供って...幸せを運んでくるんだ。お前達だって、何度も美奈ちゃんに救われてるんだろ?」
こくりと頷きあう一組の夫婦が居た。罵りあった過去も全て洗い流して、もう一度やり直せれば一番いい。
「それじゃ、朱音の赤ちゃんは神様からのクリスマスプレゼントですね。もう零時回ってますよ。課長、メリークリスマスですよ!」
「...あ、ほんとうだ。」
「メリークリスマス、おめでとうございます。」
麻里も笑ってそう告げてくれた。
「本宮さんのご主人、中へどうぞ。」
看護師の声に呼ばれドアまで駆けよる。
「あの、朱音は、妻は無事ですか?子供は??」
「はい、どちらも元気ですよ。さあ、中で奥さんがお待ちですよ。」
呼ばれて後ろを振り返ると二人が手を振っている。
「早く行ってやってください。課長のメリークリスマスは朱音に言わなきゃ。」
「ありがとう、富野、麻里さん」
俺は呼ばれた部屋の中に向かっていった。

少しだけと言うことで、隣に赤ん坊を置いてもらった朱音が酷く衰弱した、けれども何とも言えないほど綺麗な微笑みを浮かべて子供を見つめていた。
「あなた...」
聖母、だな...ふとそう思えた。どんな名画の聖母にも負けないほどの慈愛に満ちたその表情。
「朱音、頑張ったな。」
その隣の小さな存在が僅かに動く。真っ赤な顔でしわくちゃで、赤ちゃんって言葉がここから来るんだって実感した。
その小さな手にもいっちょまえに細い指を付けていることにも驚く。
せわしなく動き回る看護師の目を盗んで、そっと朱音の髪にキスを落とし、彼女の手をゆっくり握った。赤ちゃんにもしてみたいが、衛生上まだ触れない方がいいだろうと思えた。
「朱音、素敵な贈り物をありがとう。」
「え?」
「この子だよ、メリークリスマス、朱音」
「あ...もう、25日?」
「そうだよ、食事も何も出来なかったけど、すごい贈り物をもらってしまったな、俺たち。」
しばらく感慨深げに視線を泳がせた彼女がほっと息をついた。
「そうね、すごい誤解して、どん底まで悩んだけど、もうどうでもいいって思える...過去、だものね?」
「ああ、そうだ。俺だっていらぬ心配山ほどしたぞ?今さら富野に嫉妬などしたくもないのに...」
「ごめんなさい...」
少し笑いながら謝るのは、その心配が全くないからだろうか?
「謝るのは俺の方だ、悪かった。黙っていないで正直に言えばよかった。昔の所行を恨むよ。」
「他にもあるの?」
少し拗ねた顔で聞かれたが、これも苦笑いで済ませるしかない。30過ぎでバツイチで、なんの過去もないなんてそんなきれい事はあり得ない。
「...まあ、若い頃はな。勘弁してくれるか?それで。今はお前だけだし、これからもだ。」
「そろそろお部屋に移しますよ。ご主人、外でお待ち戴けますか?」
看護師の声に身体を起こす。
「俊貴さん」
「ん?」
「お部屋で待ってて...さっきまで一緒に居れなかった分、一緒に居て?」
「わかった。待ってるよ。」
「メリークリスマス、この子にも、祝福がありますように...」
朱音が俺と赤ちゃんに視線を送ってそう囁いた。子供はそっと看護師がベビー用のベッドへ連れていく。俺もそっと部屋をでた。

その夜、眠る朱音の手をずっと握りしめて、朝までその部屋で過ごした。
翌朝は会社に行かなければならないけれども、ギリギリまでそうしていたかった。
聖なる夜は更けて、今日から俺たち家族の日々が始まるのだ。小さな命が一つ増えて、これから俺たちの愛を一身に受けて育つだろう。

〜MerryChristmas〜

全てに感謝したくなる、そんなクリスマスだった。
2007.12.25
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俊貴バージョンです。
ふ〜コレで終わればいいのですが(笑)
気が向けば?余裕があれば、その後も??言うだけはタダですね(笑)
最後までお楽しみいただけましたか?それではまた!!〜MerryChristmas!!〜

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