風花〜かざはな〜

終焉〜ゆき乃〜

はらはらと雪が舞う
風の花のように雪が舞う
儚くて 自分を見るようで涙が止まらなかった
けれども、今は暖かい温もりに包まれて
共に生きていける人がいる。
もう一人じゃない
眼下に広がるのはもう冬の海だけではない。
春を知らせる日射しの中
舞う、風花よ
幸せをこの手ひらに
溶けない幸せを、あたしに...

「ゆき乃、どうしたの?」
夜中にふと目を覚ましたあたしは恭祐様の腕の中を抜け出して窓際に佇んで夜の街を見ていた。


館では、奥様があれ以来時を遡ったように逆行し、自分が母であったことすら忘れてしまったようだった。彼女が唯一気を許していた妙さんが亡くなった後、今はお館様が側についておられる。最初は奥様も、初めて逢った他人同士のように警戒していたけれども、根気よく接するお館様に、徐々に心を許してきていると竹村さんから聞いて嬉しく思ったのはあたしだけじゃないはずだった。
『館のことは私に任せて、恭祐様を支えてください。』
竹村の言葉どおり、大学と平行しながら恭祐のサポートを始めていたが、どちらかと言うと生活面の支えが多かった。
社長業に就いた恭祐様は毎日がお忙しそうだった。こうやって、都内に広めの部屋を用意して、そこを拠点に走り回っているのだけれども、休みらしい休みは取れず、プライベートな時間は自宅に戻ってからしかなかった。
大学に復帰てからも、何か出来ることがないかと、あたしも時々会社にも顔を出すけれど、すれ違いは多かった。
食事をするからと言われて、準備をして部屋で待っていても、夜中を過ぎることも多かった。
先に休めと言われても、つい待ってしまうのはメイドとしての長年の習性だろうか?
だけど...
帰宅された恭祐様は食事もそこそこにあたしを求めて来られる。お風呂を先にと言えばそのままバスルームに引きずり込まれるし、つい逃げ切れないときはそのまま玄関先や台所で抱かれてしまいそうになる。


「夜景を、見てました。ここもかなり上の階ですが、あの部屋とは眺めが全然違うなって...」
恭祐様の熱い視線に気がついて、急いでシルクのナイトガウンの襟を寄せた。知らぬ間に開いて胸の谷間がおへその辺りまで見えてしまっていたと思う。
「館に帰りたい?」
「いえ、あたしの居場所は恭祐様のいらっしゃる場所ですから、ここに居たいです。」
ゆっくりと身体を起こして、恭祐様もガウンを羽織るとそのまま前も閉じずにあたしのすぐ側に立たれると、後ろから身体を抱きしめられた。そのまま何も言わずに顎を持ち上げられ、唇が重なってくる。さっきまで眠っていたはずの恭祐様のたかぶりが薄いガウン越しに押しつけられて、熱く滾ってあたしを求めている。でも、もう今日は十分すぎるほど愛されていた。いつもならばそのまま朝まで目が覚めないのだけれども、今日は講義が休講だった事もあって、昼間ゆっくりとしすぎてつい目が覚めてしまったから。
「あの、恭祐様...離して、くださいませ。もう...」
「なにが?僕はまだまだなんだよ?ゆき乃が意識を失ってしまうからやめているだけだから。目が覚めたのなら、もう一度...させて?」
深くなっていく口付け、身体の側面を這っていく恭祐様の手、いつの間にか襟をはだけられ、胸を愛撫され、裾を割って入り込んだ恭祐様の膝に閉じていた脚を開かされて、滑り込んでくる恭祐様の指に攪乱させられた。
「ダ、ダメです、恭祐様っ、っああぁん」
自分の身体の中に入り込んだ長い指が身体の奥底に甘い疼きを作っていく。入り口の蕾を撫でられて、仰け反ってしまうともう止められない。
昼間でもこんな調子だったりするので、この部屋には使用人が置けない。恥ずかしいほど求め合う自分たちの姿をさらけ出す訳にはいかない。
「恭祐様、明日、早いっておっしゃって...うっ、くうぅっ」
愛撫が深くなる。
「自分で起きていくから...ゆき乃はゆっくりしていればいい。今は、ゆき乃が欲しいんだ。」
あっという間にベッドに組み敷かれ、そのまま激しく貫かれる。数時間前まで愛撫され尽くしたソコは既に泥濘んで、すぐさま恭祐様を受け入れた。
「ああんっ、お、休みにならなければ...恭祐様っ、お身体が...」
「ゆき乃、自分の心配をしないといけないよ?持たないのはおまえの方だろう?」
緩急を付けて攻め立てられ、次第に気が遠くなっていく。身体が跳ねて昇り詰めた後の記憶はもうなかった。


時々不安になってしまう。こんなに幸せでいいのかと...愛する人の腕に護られて、目覚め、そして眠る幸せ。どこかで崩れてしまうのではないかと思う心を見透かすかのように恭祐様に激しく求められる日々。
「どこかに消えてしまいそうなんだよ。おまえは...何をそんなに不安な顔をするんだ?こうやって捕まえておかないとどこかに行ってしまいそうだ...」
愛されているのは確かで、けれども自分がこの場所に居座っていいのか?納まってみて初めて不安に思う。恭祐様の側以外で生きていけるはずもないのに、もう二度と離れないと誓ったのに...
それでも、つきまとう不安。
「やはり館に帰りたいか?1年もあそこを仕切ってくれていたんだ。心配なのはわかるよ?けれども1年も離れていた苦しみを再び僕に味あわさないでおくれ。もう、ゆき乃を離せない。そう言ったはずだ。」
「館は...竹村さんが居てくださいます。あの方は執事などにはもったいないほど出来る方です。あたし以上にきちんと館を、お館様と奥様のこともちゃんと見てくださると思います。ただ...不安なだけです。ふと気を緩めると、何もかもなくなってしまいそうで...こんな贅沢、住むところも、着る物も、食べる物も、誰に咎められることもないと判っているのですが、メイドでもなくこうして暮らして、毎夜恭祐様に愛されて、でも...」
「ゆき乃っ!」
キツく抱きしめられて、唇を塞がれる。
「おまえを不安にさせてる物の正体はわかってるんだ。今まで幸せになってはいけないと、望んではいけないと押さえつけていたゆき乃の自我が、今の生活を拒否しているのだと思う。そんな育ち方をさせてきてしまった...僕が、ずっと側に居たのに、なのに...ゆき乃は幸せになっていいんだよ?死んだ妙や志乃さんの分まで幸せにならないと叱られるぞ?妙はやかましいからな、きっと化けてでてもおまえに説教しに来るぞ?」
「恭祐様...」
「おまえに居場所をやるよ。僕の側だ。大学を卒業したら僕の妻になるんだ。そして近い将来、ゆき乃は母親になる。僕の子供を産んで、その子のためにも一生懸命生きて、幸せにしてやるんだ。僕たちが得られなかった幸せを、家族の愛を、居場所を、子供達に生まれたときから与えてやるんだ。二人で家族を作るんだ、いいね?」
優しく抱きしめられた恭祐様の腕は温かく、その胸に顔を埋めてあたしは静かに涙を流していた。
幸せな家庭。子供達が幸せな家。自分たちが欲しくても手に入れられなかった、家族を作る。
恭祐様と二人で...
翌朝、目覚めるのがもったいないほど深く眠れた。目を覚ますとやはり恭祐様の笑顔があって...
「おはよう。」
「おはようございます。」
「朝から又抱いたりしたら、ゆき乃は壊れてしまう?」
「え、そ、それは...もう無理です、恭祐様ったら!」
せっかく気持ちよく目覚めたのにとゆき乃は少し頬をふくらませて怒った振りをした。
「だって、早く赤ちゃん欲しくない?」
「お願いですから、卒業だけでもさせてくださいっ!」
もう、と起きあがって朝食の準備をしようとするゆき乃は再び恭祐の腕に閉じこめられる。
「卒業したら、式を挙げるんだよ?盛大な式をして、誰にも文句言わせない。誰よりも美しく輝くゆき乃を見せびらかして、みんなを羨ましがらせてやるんだ。」
「もう、そんな子供みたいな...式なんて、あたしにはもったいないです。」
「ダメだよ、ちゃんと挙げるんだ。ああ、だったら余計に作れないよな、けどこんな調子じゃ危ないな...いくら避妊してても、うーん...」
いろいろと出来ないように工夫はしてくれているようだったが、その当たりのことはあたしにはよくわからなかった。いつも最後の方は意識がないから余計だし。
「とにかく、食事の準備をしますので、あの、離してください。でないと会社も大学も間に合いません。」
渋々と言った表情で恭祐様が離れてくださったので急いで台所に向かった。
「赤ちゃん...結婚式か。」
自分には遠いと思っていた現実が近づいてくる。
あたしは自分を包む確かな幸せをゆっくり噛みしめていた。


異変に気付いたのはあたしの卒業間際の事だった。卒業と同時に挙式の予定を入れて、大忙しなスケジュールの中、恭祐様の仕事も忙しく、あたしもその仕事のサポートに追われていた。身の回りの世話も、持ち帰った仕事も、二人でこなしていた。
無理をしすぎたせいだと思っていた。
「うっ...」
食事の準備中に思わずムカついてしまい、急ぎ洗面所へと走った。ちょうど居合わせた恭祐様が心配して駆け寄ってくださった。
「ゆき乃?どうした!!」
「すみません、ここのところずっと、胃の調子が悪くて...」
「無理を、させすぎたか?仕事も、身体も。」
どれだけ疲れていても、恭祐はゆき乃を離さなかった。
その結果...
「もしかして、できたのか?子供が...」
「は、い...あのっ、ずっと遅れていて...」
「明日、病院に行かなくては...野本に電話してくるよ、明日の午前中仕事を抜けさせてもらうから。」
「そんな、一人で大丈夫です。それより、本当に出来ていたら...あの、産んでも、いいのでしょうか?もしかしたら、この子は...」
「いいに決まってるじゃないか。僕たちの子だ、他はどうでもいい。そうだろう?」
その力強い言葉にあたしの決意は固まっていく。
あたしと恭祐様の子供...恭祐様だけを信じて子を産み育てることができる。
あたしはようやく自分の居場所が見えてきた気がした。



妊娠していることはごく身近な人たちだけに知らせてあたしたちの結婚式はとり行われた。無理のないよう、スケジュールの大半をはしょって、式の後の新婚旅行も極近くですませた。
日に日に大きくなっていくお腹に不安はあっても、幸せだった。
無事に生まれてくれることだけを願って...。
『自分が産んでみてわかるんだけど、子供は子供だよね?だけど、どう育つかはやっぱり周りの環境だし、親の愛情なんだよね。親が迷ってちゃダメだよね。数いたらよくわかるわ、それが。』
力也くんと結婚して3男2女を儲けた慶子さんがそう言ったことがあった。
子育てしながらも、相変わらずパートナーとして力也くんを支える彼女は、逞しくも美しい女性に変貌していた。内側から輝くようなバイタリティはゆき乃がうらやむほどだった。
出産してからは、もう目の回るような忙しさだった。男の子はなんだかんだと神経質で夜泣きをしたりミルクを戻したり。出来るだけ人の手は借りないようにと頑張ってみたものの、2年あけてすぐにまた女の子に恵まれて...慎祐と美織と名付けた我が子はどんどん大きくなっていく。
先日、恭祐様が捜されていた橘亮祐さんの息子、啓祐さんが見つかった。親戚のところに世話になっていたようだけど、頭もいいのに進学を諦めて地元の企業に就職しようとしていたところを大学進学を持ちかけて連れてきたのだと彼は言った。
ほんの少し前の恭祐様によく似た面差し、育ちのせいか口は悪く粗忽なところもあったが、優しい人だというのはすぐにわかった。3つになる娘の美織が彼の側を離れないのだ。娘に引きずられながら我が家に馴染んでいく彼は、薄々事情には気がついていながらも真実を知ったしばらく後は屋敷にも顔を出してくれなかった。おかげで美織の機嫌の悪いこと。


「ねえねえ、お母様、このお館にも屋根裏部屋があるの?」
「そうよ。ここの屋根裏部屋に似せて作ったのが東京のお家の屋根裏部屋なのよ。小さくて、天井も低くって...その代わりに、眺めがとても良いわよ。」
久しぶりに家族揃って館にやって来た。美織も春から初等部にあがる。3年前に奥様とお館様が相次いで亡くなられて以来の館だった。
「ほんとう?じゃあ見に行ってくる、啓祐連れてって!」
こちらも久しぶりに顔を出した啓祐さんに美織が我が儘を山ほど言っていた。今まで居なかったからだと言うのだが、啓祐もまんざら嫌そうでもなく、苦笑いをしながら美織を片手で抱き上げた。
「はいはい、お姫様の仰る通りに。」
「そうよ、啓祐はずっとあたしの側に居なきゃいけないんだからね。」
屋根裏に向かって階段を昇る後ろ姿を見ていた。
恭祐様の異母弟だとしたら叔父と姪になる二人だ。だけどいまはまだいいだろうと恭祐様もそう言っていた。

この館には思い出が詰まっていた。
手入れされた庭の樹木たちも、古びていても手入れされた壁も床も、全て懐かしいとすら思えるほど馴染んだ家であった。
恭祐様と共に育った館。今では恭祐が主で、その妻であるゆき乃二人の持ち物だった。
ゆっくりと部屋を見回る。
妙の居た部屋、現在は二人の部屋にしている恭祐の部屋。遠慮する竹村にはお館様の使っていた部屋を執務室として使ってもらっていた。
あの部屋は、二人には辛すぎて入ることすら出来なかった。
使用人も減り、空き部屋の多い中、子供達が駆け回る笑い声が響いていた。美織に引き回されている啓祐の嘆き声も混じっている。慎祐と美織が喧嘩を始めたらしく、騒がしくても、すぐさま啓祐さんが止めに入ってくれた。親である恭祐様よりも啓祐さんの言うことをよく聞くのだから、家の娘は...又今晩皮肉たっぷりに拗ねた恭祐様が離してくださらないかもと思うと少しだけため息。
「ゆき乃、どうかした?ほら、花を摘んできたよ。部屋に飾ろうか?」
両手いっぱいの花を抱えて夫が部屋に入ってくる。
「疲れたのか?それとも久々の休みなのに、息子と娘を啓祐に取られて暇をもてあましてる僕の相手をしてくれる気になった?」
花束を受け取って、飾るための花瓶の場所を思い出しながら立ち上がるあたしの腰を恭祐様が引き寄せて動きが取れなくなる。
「恭祐様?」
「こんなに穏やかな日をこの館で過ごすことが出来るなんて、思わなかったよ。」
「そうですね。ゆき乃は、幸せですよ。」
「ああ、僕もだよ。」
昔のように僕と言って、その腕を強めてくる恭祐様を少し睨むと、くっと笑いを堪えてそのままあたしの肩に顔を埋めて笑い出された。
「もう、恭祐様ったら、どうして笑うのですか?」
「おまえは、口調は全然直してくれないけれども、そんな顔を見せてくれるようになったんだなと思ったら嬉しくてね。」
「そんな顔を?」
「そう、僕を睨んだり、慎祐を睨んだり...美織を怒鳴ってみたり、ゆき乃の存在がどんどんはっきりしてくる気がするんだ。」
「あたしの居場所が、はっきりしましたから。それをくださったのは恭祐様ですし...」
「居場所か...僕らは手に入れる事が出来たんだ。」

二人してその言葉を噛みしめながら微笑みをかわした。
明るい日中であるにかかわらず、恭祐様に引きずられ寝室へと向かう。
「もう、こんな日中から?」
「久しぶりの休みだし、子供達は啓祐が見てくれてるからな。夕食の時間までには解放してあげるから。」
甘い囁きに心を許して、その日の夕食がまともに食べられなかったこれを幸せというのなら、それも構わないと思えるあたしだった。


不安な日々は姿を隠した。
子供達と愛する夫に囲まれ、幸せな日々が続く。
娘や息子も、また心を焦がすような恋をするのだろう。その恋が、傷害のないものであれと願わずにいられない。苦しい恋を経ても、また子を産み、育て、そして自分の居場所を築いていく。
家族、家庭...家。
それは与えられるだけでなく、自分で作っていく物だと知ったから。

これからも、ずっと...

ゆき乃〜終焉〜

      

ゆき乃のその後です。
幸せを噛みしめることが出来たことを一緒に喜んでやってくださいね。
謎解きはどちらかって言うと恭祐サイドです。
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