風花〜かざはな〜


44

*この先近親陵辱なシーンがだめな方はお引き取りください。(本来なら地下室行きです。)

夜道を飛ばす車の助手席で、はやる気持ちを抑える手だてはなかった。
ただただ、暗闇を見つめ、目をこらし、自分の行き先を見据えることしか、今の恭祐にはできない。
運転席には野本が、後部座席にはその彼女でもある静恵が鈴音の隣に座っていた。
「場所はやはり、宗方家の所持する別荘でした。数日前から人の出入りがあり、電気のメーターも回り続けています。夏場にしか使われない別荘なので調べに向かった者が間違いないと...」
「そうか、ありがとう。」
「いえ、場所をリストアップしたのは私ですが、直接チェックには知り合いに行かせました。実はそこは私の郷里でもありまして、何かにお役に立てるかと、車を用意して待っていたんです。静恵は、自分も行くときかなくて...同じ女性がそんな目に遭ってるのは許せないとか言い出して、すみません。抜け道にも詳しいのでご安心ください。」
なぜ野本が車を回してくれたのか、なぜその彼女が居たのか、恭祐にもやっと飲み込めた。だが、そのおかげで鈴音も今は大人しく後部座席に座っている。これが男性に囲まれたり、恭祐自身が隣に座ったりしていたら又彼女も違う反応をしたことだろう。
力也もすぐに後を追うと言って居るしおそらく清水慶子も一緒に来るだろう。新崎も腕の立つ部下を何人か回してくれることになっていた。
最悪の事態も考えて置かなければばならなかった。
ゆき乃が汚され、絶望の淵に落とされたとしても、恭祐は全てを受け入れる覚悟だった。
だが、鈴音はただ黙って後部座席に納まっている。
「あと数時間かかります。夜半には着くでしょうが、恭祐さんも少し休まれたらいかがですか?」
「いえ、今の僕には眠るなんて事、出来ませんよ。」
「そうでしたね...では出来るだけ目を閉じて身体と神経だけでも休めてください。」
野本の言葉に従い目を閉じて車の揺れに身体を任せた。不思議と眠気は襲ってこず、ただただ車が止まる時を待ちわびていた。



      別荘
「ううっ...ふぐっ..うぐっ」
身体を這い回る指先に嫌悪感は隠せず、鳥肌立った肌はひたすらに身を捩りその手から逃れようとしていた。
「吸い付くような肌ですな。まだ味わってはいけませんかな?」
「取りあえずは恭祐が鈴音さんとの婚約を飲みましたからな。何かあればすぐにでも差し出しますよ。なに、婚姻してしまえばこちらのモノだ。その時は好きになさってください。」
「ふはは、どちらを望めばいいのかな?まあ、可愛い娘が恭祐くんとの結婚を望んでいるのだ。それまでは我慢しよう。」
「ご協力頂いたお礼はきちんとさせますよ。」
「楽しみにしているよ。娘は恭祐くんに抱かれることを望んでいるんだ。私がこの娘を代わりに抱いても構わんだろうと思うのだがね。正直な娘でね、『今夜恭祐様の所に泊まります。』などと言ってくるんだよ。婚約者の所では反対も出来んしね。」
折原の高笑いが響く。ゆき乃は折原の言葉に絶望を隠せなかった。
「それでは、はやく披露目をいたしませんと。」
「ああ、私は早くこの身体を味わいたいモノだよ。少しだけ又前のように味見をさせてくれんかね?」
「しかたありませんね。ではどうぞ。」
その言葉で男の身体がゆき乃にのしかかる。舌が身体を舐め回し、指が攻め立ててくる。逃げることも叫ぶことも出来ないゆき乃はただ涙を流しながら身体を硬くすることしかできなかった。
折原の指が身体に埋め込まれ、ゆき乃の身体の中を掻き回し続けていた。
「そんなに激しくされては困ります。まだ生娘なのですから。それ以外ならいくらでも...折原さんとは縁戚関係になるのですからね。」」
玄蔵の言葉に折原は惜しげに指を引き抜き、今度はゆき乃の脚の付け根に舌を這わせてそこを啜った。
「ふぐっ...んっ」
両腕両脚を縛られ好きにされていた。ベッドの支柱の四隅に繋がれ、逃げることも出来ぬまま、折原に愛撫されていた。舌をかむことも出来ぬよう、結び目のある布で猿ぐつわもされたまま声を押し殺して耐えていた。
折原の老練なテクニックは安易にゆき乃から快感を引き出して、その狂態を目の前に『淫乱な女』だとゆき乃を蔑さげすむ言葉で貶め、辱めを続けていた。約束だからと、性交までには至っていなかったが、玄蔵までもが手を出し、おもしろがった二人に交互に汚され、シーツも髪も身体も、体液が乾き異臭を放っていた。それでも一向にそれをやめようとしないのは、ゆき乃の身体が感じ、よがり、絶頂を迎える姿に興奮しているからであった。知り合いの娘、娘の同級生、をその父親の目の前で、父親と共に汚す背徳的な行為が、富と権力を手に入れた二人の男達にとって最高の享楽のようだった。
「なあ、いっそのこと今、私にこの娘をくれんかね?たまらんよ、コノ身体、思う存分犯して声をあげさせたいのだが?」
「そうですな、そうさせたいのは山々ですが、それを恭祐が知って、元の木阿弥になってしまってはしょうがない。その代わりに、それ以外の事でしたら、いくらでも。」
猿ぐつわを外され、ようやく口を開けて必死で空気を吸い、息を整えようとするゆき乃の口元に折原のグロテスクなモノが押しつけられる。
「い、いやぁああ!!!!」
叫ぶゆき乃の鼻をつまんで押し込むと動物的な動きで男は自分の欲望を果たそうとする。
「ふぐふぐっ...んぐっ!!げほっげほっ...」
吐き出されたモノを喉に詰まらせ咳き込むゆき乃の顔にまで残ったそれが垂れてかかる。
「では、今日はコレで我慢しよう。」
帰り支度をすませると折原は玄蔵と婚約発表の日取りを決めて帰っていった。



「どうだ?そろそろあきらめがついただろう?こんなに男のモノで汚されて、約束さえなければおまえなどとうにあの男にくれてやったモノを...」
「ううっ...」
ゆき乃には、悔しくて涙を流す以外、もうどんな気力も残っては居なかった。
絶望と屈辱はそ底をつき、既にもう虚無しか残っていなかった。ただ喉の奥に残された苦みがわずかに残っていた感覚を目覚めさせ、涙を取り戻していた。
「私ですら思うように出来んのだ。そう簡単に誰のモノにするものか...おまえを...」
折原が立ち去ったあとは、今度は実の父の陵辱が待っていた。
再び猿ぐつわを噛まされ、身体の上で動く男は実の父親だと考えると鳥肌が立つほど悪寒が走る。けれども身体は疲れ、もう反応する力もない。もう、このまま死んでしまいたいとゆき乃は何度も思っていた。
「ゆき乃、おまえはあの志乃の娘なのだから。おまえのような女が...くそっ!」
玄蔵の仕打ちは娘に対するものでなく、まるで、死んでしまった母への執着、いや憎悪ともとれた。
(狂っている?)
折原の居なくなった空間で他の男に汚された娘の身体をまさぐり、己の欲望を扱き果てる父の姿に正気はないような気がしていた。
「はあ、はあ、ゆき乃...志乃、志乃っ!くそっ、もう...あんな男より...私がっ」
あれだけ折原には許さなかったくせに、玄蔵は狂った様でゆき乃の身体を割り、己の欲望を押しつけようとしていた。ゆき乃は必死で首を振り続けて動く限りの力で暴れ拒否した。だが押さえつけられ、再び噛まされた猿ぐつわのせいで、うめき声しか上げられない。舌を噛み切ることも出来ない...
「ふぐっ、んんっ...んん!!!」
(い、いや、お館様、許してください!!嫌ですっ、それだけは...お父さまっ!!)
出ない声で叫び続けるが、誰の耳にも届かない。
「はあ、はあ、私のモノだ。志乃、私の...」
目の前の欲望にぎらつかせた父の顔を見ていることも出来ずに、ゆき乃は堅く目を閉じ、声にならない声で精一杯叫び続けた。
(いやあああああああ!)


「あなたっ!!」


バンと開いたドアの向こうに、ゆき乃の瞳に霞んでみえたのは自分の上に居る男の妻の姿であった。
(奥、様...)
「そ、苑子...」
玄蔵が自分の妻の名を呼ぶ声が真上から振ってくる。
苑子の目にはベッドに四肢をくくりつけられた若い娘の上にまたがり、今にもその欲望を沈めようとする浅ましい夫の姿がどのように映ったのだろうか?
「あ、あなたは...何をなさってらっしゃるのっ!?」
「な、なぜココに...」
完全に動きを止めて、次第に自分から離れていく男の身体を感じて、ゆき乃は少しだけ安堵していた。身体の震えは止まらず、がくがくと硬直する身体に必死で酸素を送り込んでいた。
「この別荘を折原様にお貸したのはあたしよっ!ゆき乃を連れていくのに足の着かないところがいいと仰るから...ここなら、折原も宮之原の家の者もしらないから、私が兄から借りている宗方の別荘ですものね。ねえ、ゆき乃を折原様に差し上げると約束なさったのではなくて?帰ってらっしゃらないと思えば...会社にも出ずに...なぜ、その娘に、何をしようとしてらっしゃるのっ!」
鬼女のような形相でじりじりと夫に近づくその姿はゆき乃が身震いするほど恐ろしい姿だった。
「ご自分の娘ではなかったの?それとも、志乃さんに似ているから惜しくなったの?」
「ああ、そうだよ。惜しくなったんだ。あんな、折原のような女好きにくれてやるのがな。」
「だからと言って血の繋がった自分の娘を...」
「ふん、おまえも人の事が言えんぞ?恭祐もこの娘に好きなことをシテおったわ。まだ処女だったがな、イヤらしい身体に仕込んだのはおまえの息子の恭祐だぞ?」
「......」
無言でこちらを睨んだままの女相手に、さすがにバツが悪かったのか、降ろしていたズボンと下着を引き上げ、自分身繕いをするとようやくベッドから降りていった。

叫ぶ事も、抗うことも、自ら命を絶つことも許されないゆき乃は、全てが終わった後、いや、父に犯された後死のうと心に決めてその瞬間を覚悟した。
だが、その時苑子が姿を見せたのだ。一番自分を憎んでいるだろう、玄蔵の妻が。今まで一度も助けられたことなどなかったのに...
ゆき乃はほんの少しだけほっとして身体の力を抜いた。苑子がいる間は辱めを受けることはないと感じたのだ。
これだけ無慈悲な行為を繰り返す玄蔵も妻の乱入には驚いていたのか、狂ったままなのか、その現場を見られても悪びれることはなくにやりと笑って妻の方を向いていた。
「あなたは、それほどまでに、志乃さんを...娘を犯そうとまでするなんて...」
「志乃?あいつがどうしたというのだ?私の娘だと手紙には残していたがな、ゆき乃が誰の子だかはっきりしたものではない。あの女は、私の元を去ってからも金で男に抱かれていたんだ!再開して抱いた後、私に金を出せと言ってきたのもあの女なんだよ!騙されたと思ったよ。清純そうだったのに...志乃も私を嫌ってはいない、そんな確信もあったのに、あいつは抱くたび毎に金を阡園(せんえん・今の1万円以上)づつ置いて行けと言ったんだ!当時の金にしては大きすぎる金を、あの女は抱くたびに私からせびったのだ。そうやって、男に身体を売って生活していたんだ。囲おうとしても、頑として承知もしなかった。色んな男に抱かれたかったのかどうかはしらんが、そんな生活を好んだのだ。だから私は志乃が居なくなるまで買ってやったさ。だがな、そんな女、姿を消した後はもう探すきもなかったさ!なのに子を産んでたなどと...」
母親がお金を?
ゆき乃は一瞬耳を疑った。あの手紙にはそんなことは一切書いてなかったはずだ。
阡園...阡園?ふと、ゆき乃の脳裏にその数字が浮かんできた。
祖母が亡くなった後、届けられた母名義の預金預かり帳に羅列して数字だった。阡園の数字がいくつも並んだ出所のわからないお金の入った通帳、ゆき乃は幼心にそれを鮮明におぼえていた。
なぜなら、祖母は先代のお館様が亡くなられたあとは援助も得られず、何も望まなかったために財産らしいモノは何一つ持っていなかった。持っていた着物も、何枚かは食べ物に換えたのをゆき乃はしっていた。そんな通帳があったならなぜ使わなかったのか、謎に思っていた。
阡園が1幾つ個並んだ後ぷつりと切れて、一時期的に引き出されてはいたが、その時期といえば、ちょうどゆき乃が生まれた前後だった。結局その金は祖母の葬式代と溜まった家賃とツケのお金に回されてしまったが...あの預かり帳は今でもゆき乃は持っている。
「苑子、おまえは私を憎んでいるのではなかったのか?私になど興味はない、そのような顔で恭祐を産んだ後も、ずっと無関心な顔をしていた。なのに、志乃の事になるといつもムキになる。そんなにプライドが許せなかったのか?その娘であるゆき乃にも随分と辛く当たっていた。まあ、おまえが何をしようと私はどうでもよかったがな。なのになぜ今更...な、苑子っ...うっ」

ドンと、妻の身体が玄蔵に重なったのがゆき乃の所からでも見えた。
そしてゆっくりと玄蔵の長身が折れ曲がって床に落ちていく。
「ううっ...そ、苑子...?」
玄蔵の伸ばした腕の先にいた、立ちすくんだままの苑子の手にはナイフの刃が光り、返り血で紅く染まっていた。
「んぐっ!?」
ゆき乃は急いで身体を起こそうとしたけれども、手足の自由を奪われたままでは何もすることは出来ず、倒れた玄蔵のシャツの腹の部分が紅く染まっていくのを見ているしかできなかった。
(お館様が刺された??!奥様が、なぜ?血が、お館様っ!!)
叫ぶことも出来ず、ゆき乃はただ藻掻くことしかできなかった。
苑子の目はじっと下に向けられていた。床に落ちた玄蔵を、見つめてぶつぶつとなにかを言っていたが、ゆき乃には聞こえなかった。
すべての動きが止まってしまった玄蔵と苑子を前に、声は枯れ、見ているだけしかできないゆき乃の時間は無駄に過ぎていき、次第に意識が遠のき、ゆき乃自身も何もわからなくなってしまっていた。



恭祐がこの別荘に着いた頃には、夜半を過ぎていた。
別荘の前で待っていたのは野本の友人らしく、巻き込んではいけないと、すぐさま引き取ってもらった。
彼の話ではちょうど先ほど小太りの中年男が車で帰っていったとのことだった。
(折原か...まさか、ゆき乃はもう...)
血の気の引く思いでその報告を聞きながらも中に入る準備をした。
「恭祐さん、どうします?力也さんか新崎さんの手の人が来られるまで待ちますか?それとも...」
「待つ気はないよ。すぐに中に入る。静恵さんには悪いけど車の中で鈴音さんを見張ってて欲しい。」
「わかりました。僕は一緒に行きます!」
野本と連れだって屋敷に踏み込んだ恭祐の目に映ったものは...
「ゆき乃...」
ベッドの支柱に四肢を縛り付けられ、全裸でぐったりとなったゆき乃の姿を見つけて思わず息を呑んだ。野本もすぐさま視線を逸らしてくれたので、急ぎ駆けよろうとしたその時、床に倒れた血まみれの父親と、壁際で放心状態のまま座り込んだ母の姿が飛び込んできた。
「う、うわぁ...これは、医者呼んできます!」
「野本さんっ、出来れば口の堅い医者を...警察は呼ばないでください。」
「は、はい、わかってます!!」
飛び出していく野本を後に、恭祐はベッドに駆け寄って、ゆき乃の四肢を解放した。猿ぐつわも外し、意識を失ったゆき乃に上着を掛けたあと、何度も名を呼んでゆき乃を取り戻そうとした。
髪や顔にこべり着いたものの正体を考えると吐き気さえしたが、今はゆき乃が意識を取り戻してくれる事だけを祈っていた。


「ゆき乃っ、ゆき乃っ!!」
ゆき乃は揺すぶられ、聞き慣れた愛しい声が自分の名を呼んでいるのを遠いところで聴いているようだった。
まるでこの世でないような浮遊感に包まれたあと、頬にはっきりとした感覚を思い出した。
「きょう、すけ、さま...」
猿ぐつわは外され、手足の拘束も解かれ、ゆき乃の身体には恭祐の上着らしきモノがかかっていた。
部屋には恭祐しか居なかった。
「あ...お、お館様が...」
「ああ、わかっている。」
意識が戻ってきたと同時にゆき乃は自分の姿を、目の前で起こったことを思いだし、思わず身震いした後恭祐の腕から逃げ出そうとした。
「いやっ!恭祐様、だめです、ゆき乃は汚れています!離して、恭祐様っ!」
震え逃げ出すゆき乃の身体をしっかりと抱きしめる。離さないと、何度もキスを落とし彼女が落ち着くのを待った。
「構わない、ゆき乃!どんな目に遭っても、ゆき乃はゆき乃だ...愛してるんだ。おまえが生きていてくれただけで、それでいいんだ。」
「でもっ!あたしなんか、死んでしまった方が...」
「おまえが死んだら僕も後を追うよ?馬鹿なことを言わないで...それよりも、あれは...」
視線の先に玄蔵が横たわっていた。この状況を説明出来るものはゆき乃しか居なかった。だが、一目瞭然、誰が刺して誰が刺されたかは説明するまでもない。
「ゆ、きの...恭祐...」
その時、意識を取り戻した玄蔵の口から、掠れた力のない声が漏れた。
「お館様?大丈夫なのですか?恭祐様、お館様の元に...」
そう嘆願して恭祐に抱えられたまま玄蔵の側に二人駆け寄った。
「ふん...あれほど、されても、心配するのか...おまえは...」
「だって、お館様は...」
自分の父親だ。こんなことをされても、間違いないと母が残した手紙が伝えてくれたのだ。ゆき乃の身体を恭祐が支える。
「私は、こうされても、しょうがない事をしてきたんだろう...苑子にやられるとは思わなかったがな...潰してきた取引先か、それとも、おまえか、恭祐にだと思っていたよ...」
「父さん...」
「苑子も、私を恨んでいたんだろうな...子供が出来るまでの間、数回抱いただけで、恭祐が生まれたあとも、見向きもしなかった...いつも冷たい、冷めた目で見る女だったのに...それほどコイツのプライドを傷つけてきたのだろうな。私を、刺すほど憎んでいたとは...」
力のない声は傷の深さと、時間の経過を示していた。出血の量もかなり多いはずだった。夫を刺した妻はその出来事から逃避するように部屋の隅で震えながら何事かを呟いていた。
「あなたがいけないのよ...志乃志乃って...私を、私のプライドをボロボロにしたわ...」
玄蔵は憐れみを籠めた目で妻を見た。苑子の視線は誰を見るでもなく、宙を向いたままの焦点の合わないものだったが、その言葉は小さいながらもはっきりとしていた。
「おまえが、それほどまで傷ついていたのか?確かに...私は志乃しか見てなかったのかも、しれんな。無理矢理抱いた後も、心ごと捕らわれたままだった...再開して、金で買うようになってからも私は志乃に溺れて、いた。愛など存在しないと、思い知らされながらも、離れられずにいた...志乃が自分からいなくなるまで...異母妹だったなど、後で知っても、遅かった...なぜ早くに教えてくれなかったのか...いや、知っても同じだろう...なあ、恭祐...?」
父の中にも自分と同じ思いがあったと、今更ながらに思われた。だが、なぜこれほどまでに歪んだ思いを抱いていたのだろう?それほど愛していたのなら、なぜに娘をも愛そうとしない?恭祐の心にそんな疑問が湧きあがって来た。
「母は、お館様にお金を...と、身体をお金で売っていたのですか?」
「ああ、あの時はさすがに言えんかったがな...おまえが私の娘だというのなら、そうだろう。だが、おそらく他の男にも...」
「ま、まさか??」
父の言葉に恭祐は愕然とした。ショックを受けているだろうとゆき乃をみると、彼女は強い視線で玄蔵を見つめていた。
「一萬八阡園...」
「なんだ、それは...?」
ゆき乃が口にした言葉に、玄蔵の視線がゆき乃に向かう。顔つきは険しかったが、先ほどの狂ったような目ではなくなっていた。
「母が、あたしに残した通帳です。一阡園づつ、一八回、通帳に入っていました。あたしが生まれる一年ほど前の、三ヶ月の間に、何度か...そのあとは、何もなくて、そのままずっと置いてありました。祖母が死んだときに葬式代と、溜まっていた家賃とツケでなくなってしまいましたが...」
「まさか...私が渡した金を...志乃は、金で抱かれていたんだ。だからわたしは、志乃を憎み、そして...」
そうとしか考えられなかった。志乃は知っていたのだから。玄蔵が自分の異母兄だと言うことを。決して結ばれてはならないと、憎まれた方がよいと。禁断の罪に悩むのは自分一人でいいと...
「志乃...そうだったのか?志乃...」
「あははっ!死んでもまだ、志乃?死にそうになっても志乃なの?嫁いでからもそうだったわ!あたしだって、こんな思いをするために宮之原に入ったんじゃないわっ!なのに...悔しいっ、だから無理矢理子供を作ったのに...」
「母様...」
そっとゆき乃を床に降ろし、自分の母親に近づく。未だナイフを手にしているのは危険だと判断したのだ。
「さあ、もうナイフを渡してください...」
「ああ、亮祐さん...あなただけだった、私を愛してくださったのは...なのに、あたしを連れて逃げてはくれなかった...自分だけ遠いところに行ってしまうなんて、酷いわ!」
さめざめと泣き崩れる母の肩に手を置くと、わっと縋り付いて泣き崩れた。
「か、母様?」
「ほんとうによかったわ、あなたが、宮之原に似なくて...だけど、怖かった。それが怖かった!」
その時、野本と一緒に力也達もが部屋の中に飛び込んできた。
「だ、大丈夫なのか??」

その場には、苑子以外、誰ももう説明の口を開く気になるものはいなかった。

      

すみません、本当にすみません。本来なら地下室行きなほど酷いシーンが続きます。
ただしこのシーンぬきでは話の展開がわかりにくくなりますので敢えて掲載させて頂きます。
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