風花〜かざはな〜
35
〜恭祐・回想4〜
部屋の中に充満するアルコールと煙草の匂い。
僕はいつの間にか煙草を吸うようになっていた。最初は女が火をつけたそれを勝手にくわえさせられるだけだったが、次第に自分で手を伸ばすようになっていた。
明け方近くまで酒場で知り合った女を抱いた。獣のように貪りあった自分のベッドはお互いの体液と汗でですえた匂いを放っていた。もう、何度こんな夜を過ごしただろう……
ゆき乃から異母兄妹だと聞かされて、この部屋に戻って来た夜、二人して眠ったこのベッドにゆき乃の香りが残ってるようで、苦しくて眠れなくて酒場に出掛けていったのがきっかけだった。
直ぐに安物の香水の匂いが染みついて、それに我慢できなくなって居間のソファで飲みながら明かす夜もあった。
「ピンポーン」
その日も同じような夜を過ごして、明け方にようやく一戦終えて、まだベッドで死んだように眠っていた。
「はーい、何、こんな朝早くから……」
先ほどシャワーに向かった女がドアを開けたようだ。
「ちょっとまって……恭祐ぇ」
呼ばれて仕方なく玄関に向かう。だれだろう?妙がまた世話を焼きに来たんだろうか?
僕はズボンの上に側にあったシャツを羽織り部屋を出た。
「ん……妙が来たのか?」
まだ眠くて、昨夜の酒が抜けてない。酔って意識が飛ぶほどにならないと女も抱けない情けない男だった。
だけど、玄関口でこちらを見ていたのはゆき乃だった。清楚なワンピース姿で、その瞳はまるで信じられないモノを見たかのように大きく開いていた。
「え……ゆ、ゆき乃っ!なんで……おまえが??」
気を取り直してお辞儀をした彼女からは、直ぐに冷めた返事が返ってきた。
「おはようございます。朝早くから申し訳ありません。妙さんに衣服の入れ替えと、身の回りのお世話を言い付かってきましたが、お邪魔でしたら、時間を改めて参ります」
上げた顔は既に表情を取り戻している。落ち着いた様子でそう言うと、頭を下げて出て行こうとした。
馬鹿な、どこで時間を潰すというのだ?
今この部屋に入れるのは凄く気が引けたが、仕方なく彼女を迎え入れた。
「もう、なによっ、急にあらっぽいわねっ!」
部屋の真ん中で何事かという顔の女を追い出す。優しくした覚えもないが、女はドアの向こうからジロリとゆき乃を睨め付けて出て行った。
なぜココにゆき乃が?その疑問でいっぱいだった。いや、思考力はまだ戻っていない。アルコール漬けの脳味噌は未だに発酵を続けている。
こんな緊急事態でも……もう、どうでもいい、そう思ったはずなのに、女を見られたこと、荒れた生活をしていることをゆき乃には知られたくなかった。
「なんで、ゆき乃が来たんだ?」
その問いに彼女は淡々と答える。
「妙さんが、そう何度も上京するのは身体が持たないそうで、出来れば毎週末わたしにお世話に上がるようにと……」
妙が来るなら夕方なので、女を帰しておけば済むはずだったのに……悔やんでも始まらない。ゆき乃は掃除をすると言ってはじめてしまった。
僕は何をどういっていいのか判らず、つい癖になってる煙草に手を伸ばした。
「えっ……あの、吸われるのですか……?」
「ああ」
ゆき乃の視線を感じながらも煙草をくわえて、大きく吸うとそのまま天井に向かって煙を吐き出した。
「空気入れ換えますね」
その途端嫌な顔をされた気がした。確かにこの部屋の匂いも酷い。酒と煙草と香水の匂い……不意に寝室に入ろうとするゆき乃が目に入った。
「ゆき乃っ!そこはしなくていいっ!!」
自分でも信じられないくらい大声で叫んで部屋に入ろうとしたゆき乃を止めたけれども遅かった。
乱れたシーツ、情交の後のむせかえる匂い……あの女とやってた事実をこうまで彼女に見せなければならないのだろうか?一瞬身体を強ばらせたゆき乃だったが、すぐさま意を決したように動き始め、汚れたシーツを手にしようとしていた。
「ゆき乃っ、おまえ……」
それを急いで止めようとしても慣れているからとその手を止めない。
慣れている?それはどういう意味なんだ??
「お館様のお部屋の片づけで、な、慣れてますから……」
なっ……僕は思わず部屋の壁を拳で殴っていた。
父は、ゆき乃にそんなことまでさせていたのか?いつから?何のために?
動けなかった。ゆき乃がシーツをはがしているのが判ったけれども、怒りを抑えるのに必死で動けなかった。ゆき乃の肩がわずかに震えているのが判る。
彼女は……決して声を上げて泣いたりしない。例外は、あの襲われた夜だけだった。いつもひっそりと嗚咽を堪えて泣く。肩を振るわせて、だれにも見られないよう顔を背けて……
泣かせたくない、唯一の存在だったのに、僕は……
「僕が持って行く……」
さすがにそのシーツを持ち上げたときはそれを横から奪った。こんな汚れたモノをゆき乃に持たせられなかった。
「でも……」
「ゆき乃に、させたくないんだ……いいわけはしない、僕は酒場で出会ったあの女性と一晩過ごした。かなりの酒を飲んでたけれども、これが、初めてじゃない……僕は毎晩違う女と……」
いいわけでしか過ぎない。だけど、言わずにいられなかった。愛のあった行為でも何でもない。ただの性欲処理、最低な男。
「そ、それは、恭祐様の自由です……」
静かな声が微かに震えていた。平気なはずがない。ついこの間自分を愛していると語ったその場所で他の女を抱いて汚したのは僕なんだ。
「責めないのか??ついこの間までゆき乃を愛してると言ったその腕で他の女を……それもあんな……」
いっそ責めて、罵って欲しかった。だけどゆき乃は表情を歪めるだけで、泣きそうな自分を必死で押さえているようだった。
「ゆき乃にはそんな資格はありませんっ!」
そう叫んだ彼女はクローゼットルームに飛び込んでしまった。僕は追いかけることも出来ず、そこで泣いているだろうゆき乃を慰めることも出来ないまま、洗濯機に放り込んでそれを回した。
五月蝿く回る洗濯機の音以外聞くのが怖くてしばらくその場所を離れることが出来なかった。
何も出来なくて、ソファに座ったまま時が過ぎるのを待っていた。
しばらくすると目を赤くしたゆき乃がクローゼットルームから出てくる。その後は忙しそうに掃除をしたり食事の用意をしたりと、一所に留まらない。
邪魔になるからと途中食卓に移動したぐらいだ。
すべてを終えたとゆき乃が報告して、手付かずの昼食を見てため息をついた。
「あの、コーヒーでもお入れしましょうか?」
平然と、メイドらしく、抑揚のない声で……
「ゆき乃……なぜそんな、平静な顔をしていられるんだ?責めたり、取り乱してくれる方がよほど気が楽だというのに……」
「何か他に食べたいものがありましたら……」
帰ってきたのは事務的な言葉だけだった。そうか、ゆき乃のなかではもう僕のことは終わってしまったことなんだね?諦めなきゃいけないのは僕の方なんだ。
「欲しいのは……」
「はい」
「今でも、ゆき乃だけだ……」
「……」
一瞬ゆき乃の瞳が見開く。信じられないといった表情。
また馬鹿なことを言ってしまった。無駄なのに、もうどうしようもないのに、心だけがついてこない。諦められなくて軋む。
「ふっ、異母妹に何を言ってるんだろうな……食べるよ、せっかくゆき乃が作ってくれたのだから……」
冷め切った昼食を口にした。それは懐かしい、食べ慣れた料理の味だった。
「では、帰ります」
外が暗くなり始めた頃、ゆき乃が荷物を持ってそう言った。
「今から?」
「はい、夜行のキップを買っておりますので……」
「もう……来るな」
そう言うしかなかった。お互い苦しむだけだから。
「妙さんには無理ですから、わたしが来ることになると思います。わたしの代わりですと、チヅさんしか……」
チヅか……アイツは苦手だ。あの父の相手を長年続けるだけあって、ずいぶんと気丈な女だ。イヤ、快楽主義なのか?楽しめればそれでいい、それに見合った報酬が貰えれば満足なんだろう。だけど、時々僕を誘惑しようとしたりするから困ってしまう。どうやら父の言いつけらしかったが、女性を知らない時期はその対処方法にも困ったが、綾女を知ってからはそれほど困らなくはなった。それなりにあしらう方法も覚えたから。だけど、だからといってアイツに乗り込んでこられたら困るのは間違いない。
「週末……」
ゆき乃の声が変わった。
「藤沢力也に誘われています」
「な……に?」
「時間があったら出掛けようと……」
「ゆき乃……」
力也に?では、力也と出掛けるというのか??
一番ゆき乃に近い男。ゆき乃が信用している男。そして自分自身がゆき乃を任せた男だった。
「恭祐様がお頼みになられたんですよね?自分が居なくなったらと……」
「あ、ああ……」
自分で頼んだんだ。力也がゆき乃を誘っても止めることは出来ない。そんな資格も持っていない。
「ここに来れば、ゆき乃はその誘いを断ることが出来ます」
それは、有無を言わせない承諾だった。そう、来させたくない、でも行かせたくもない。
「では、来週か再来週また参ります」
そう言って部屋を出て行くゆき乃を追いかけて駅まで送った。外は暗い。ゆき乃が絡まれたりしたらいけないから、そう自分に言い聞かせて。でも本心は離れたくなかった。もうしばらく彼女の側にいたい、それが本音だった。
駅の改札の手前で、ゆき乃の手を取り告げる。一番正直な気持ちを。
「週末に、おまえがここに来ることで、藤沢の元に行ってないと判るなら……僕は半分苦しまなくて済む。ゆき乃が来ればもっと苦しむのは判って居るけれども……」
「はい……」
それでも聞かずにいられない、自分のことは棚に上げて。
「ゆき乃は、まだ、藤沢の……モノではない?」
頷くゆき乃にほっとする。卑怯な男だ僕は。自分は勝手なことをしてゆき乃には許さないというのか?
「僕は、強くなんて無い。いっそ……深い過ちを犯しても、自分の想いに正直でありたいと、願うときもある」
ゆき乃、おまえが欲しい。そう心はずっと叫んでいた。今日一日中。いや、他の女を抱いてるときもずっと、ずっと……
「それは……いけません。どうぞ、恭祐様にふさわしい女性をお捜し下さい。ゆき乃には何も出来ません。ですが、あのような女性はおやめ下さい。本当に恭祐様を思ってくださる女性をその腕で……どうか……」
そう言い残してゆき乃は駆けていく。僕の腕をふりほどいて……
次の週も、その次の週もゆき乃は来た。
それは力也と出掛けていないという証。
あれ以来、週末には女性を部屋に連れ来んだりはしていない。
だけど、耐えきれずに酒場に行くと鬱陶しいほどしつこく言いよって来る女とそのままというのもあった。だけど、あの寝室にはもう入れていない。部屋までくっついてくる女が居ても追い返した。どうしてもな時は女の部屋に行くか、そう言うトコロに行って済ませるかだった。
ゆき乃を手に入れるまではどれほどでも我慢が出来たのに、手に入れられないと判ってからの方が余計にその衝動は強かった。一人で眠る夜、夢のなかで嫌がるゆき乃を無理矢理犯す男の姿がある。それはいつしか自分に変わっていく。その罪の恐ろしさに汗だくで目が覚める。
ゆき乃が来ていても部屋に戻る勇気すらないときがあった。
未だにゆき乃は僕の胸をかき乱す。異母妹だと思おうとしても、同じ部屋の中に居るゆき乃に手が伸びそうになる。
こんなにも、求めていても触れてはいけない存在。
帰り道だけ、送っていく。それだけが唯一一緒にいられる時間だと決めていた。
それからしばらくは毎週来ていたのに、ある日を境に再び妙と新人メイドに変わった。父の差し金だとは思ってはいたが、留守の間にやって来て用事を済ませて帰るらしかったのでその理由を聞くことはなかった。だからか、相変わらず平日には女と飲み明かす日々が続いていた。
そんなある日、突然藤沢力也が尋ねてきた。
「何やってるんだよ!!」
酔ってふらついてる僕を殴り倒したあと、首根っこをひっつかんで怒鳴りつけてきた。奴の目はまるで手負いの獣のようだった。怒りで、爆発しそうなその態度は尋常ではなかった。
「どうした、まさか……ゆき乃に何かあったのかっ?」
瞬間的にそう悟った僕は反対にヤツに掴みかかろうとしていた。
「オレは、もうゆき乃を守れないかも知れない……」
項垂れた力也はその目で再び僕を睨んだ。
「なあに、その人……」
側で様子をうかがっていた女を見るなり、力也はドアの外にその女を押し出すと、今度は面と向かって話しはじめた。
ヤツは自分の親を通して、ゆき乃を欲しいと父に申し込んだらしかった。今までの費用は全部見るからと、ゆき乃を力也の婚約者として引き取らせて欲しいと……
ゆき乃のためにすっかり真面目になって自分の事業を手伝い、その力を伸ばそうとしていた力也のために、父である藤沢社長は彼女を側に置いた方がもっと頑張ると謀ったのだろう。父親らしいところのある人だ、自分の父親とは違って……
だが、その返事は翌日からの取引中止と妨害、資材が入手困難な状況に追い込まれてしまったのだ。それは間違いなく宮之原の手によるものだった。
力也もその状況を知って必死で対策を練り、現状維持を図ろうとしたが、意外にも宮之原の力は大きかった。得意先から手を引かれ、資材すらまともに回ってこなければ建設業界で力を振るっていても何にもならない。工期は遅れて信用を落とすし、質を下げて手抜きは出来ない。
「このままじゃうちも危ないんだ。学園にもしばらく顔を出していない。あそこには僕の身内の者が教師でいるからゆき乃ことはなんとか情報は入ってくる。覚えてるか?今ゆき乃の担任をしている布施敦史だ、身寄りがなくてうちで育ったんだ。昔は家庭教師をしてもらっていた。彼から聞いたんだが、ゆき乃は個人的に借金もあるらしいって、おまえ聞いていたのか?」
「いや……」
借金の話しは知らなかった。父がなぜ、ゆき乃を奪おうとした藤沢建設に圧力をかけたのかも判らない。断れば済むだけの話しなのに。なぜ、そこまでするのだ?あの父がそれほどもまでにゆき乃に執着するのはどうしてなのか?いくら血が繋がってるといっても、一度も可愛がったことなど無いはずだ。ゆき乃も、僕も……
なのになぜ?
「おまえは知ってるのか?なぜ、宮之原玄蔵がそこまであいつに執着するんだ??ゆき乃はただの使用人なんだろう?」
「……違う」
言わなければならないのだろうか?ゆき乃に一番近いこの男に。
「ゆき乃は、父の、宮之原玄蔵の娘だ。僕とは母親の違う、妹、なんだ……」
「まさか……」
力也が信じられない顔をして嘘だろうと問いただす。僕は静かに首を振るしかできなかった。
「そんなこと、アイツは一言も……おまえだって!!おまえたちは、お互いを想い合っていたんじゃなかったのか??」
返事は出来なかった。そう想い合っていた。そんな事実さえなければ心も体も深く繋げあって離れはしない。毎週通ってくるゆき乃を離しはしない。そのすべてを自分のものにして、帰したりしない。
「そんな……ゆき乃は、アイツは何も望んじゃいなかった。ただ、おまえを思っているだけで幸せだと、なのに、思うことも許されないのか?兄妹だなんて……」
力也は肩を落として言葉を失った。それから長い間二人の間に沈黙が流れた。
「オレは……そうだからといってゆき乃を無理矢理奪ったり出来ない。それに当分奪いに行くことも出来そうにない。親父が作った会社だけどな、オレにとっても大事なモノになっちまったんだ。オレは何とかして会社を建て直す。それまでゆき乃の元には帰れない。だけど、落ち着いたら迎えに行っていいのか?オレが、アイツを幸せにしていいのか?」
「……ゆき乃がそれを望むなら」
そう答えることしかできない。
僕には何の資格もない。コイツに任せる他はないんだ。
「だが、このままじゃうちも危ないんだ。国内から資材が全く入ってこなけりゃ仕事が進まない。このまま工期が遅れればうちは……」
国内の資材ルートを断ったのか。父らしいやり方だ。地方にまで睨みを効かし、その一声でいくつの会社を潰してきたことか。そしてその家の若い娘を慰み者にしてきたのも知っている。
「……まてよ、国内がダメなら海外のルートがあるだろう?宮之原はそこまで手出しできないはずだ。海外から直接資材を入れるんだよ。正規の業者を通さずにね」
「そ、そんなことできるのか?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
僕は再び彼女、綾女に連絡を取った。すると直ぐに一人の人物を紹介してくれた。
「今からこの人に会いに行こう。僕も行く!」
「なんで、オマエには関係ないじゃないか?そんな、おまえ自身まで矢面に立つことはない!」
「いや、僕もそろそろ闘わなければならないんだ。僕のため、そしてゆき乃のためにも」
上着を手にして部屋を出る。そう、もう決めなければならなかった。自分は誰を護るのか、こんなことがあって、ゆき乃が無事なはず無いだろう。
ひっかかっていた。父のゆき乃に対する態度、藤沢建設に対する異常なほどの報復。
今ゆき乃は泣いているんじゃないだろうか?声を押し殺し、肩を震るわせ、誰もいないところで立った一人で……
そう、動かなければならない。今、このときから、ゆき乃を護るために!
それから直ぐに綾女の紹介してくれた人物に会った。
綾女は裏の世界でも有名な人物の孫娘だったのだ。母親が名家の出だったので、普通にしていたが、本人もその世界を好み、静かに手を広げていったようだった。紹介されたのは綾女の兄、僕との関係を聞いていたのか、わずかにその口元を引き上げて笑って迎えられた。
綾女の兄、新崎達郎は海外との繋がりも強く、すぐさま数件の業者を紹介してくれた。国内でも何件か、そう、表の人間ではなかったけれども、彼の口利きは確かで、藤沢建設には予定よりも安価で資材が確保できた。藤沢社長はその繋がりを喜び、その取引の一切を力也に任せた。僕も藤沢の立て直しに協力を惜しまなかった。
藤沢は持ち直した。だけど力也は学園には戻らなかった。どっぷりと仕事に使ってるのがおもしろく、二人で夢中に仕事をこなしていった。
担任から得たゆき乃の話しを力也から聞くことが多くなった。奴は仕事の話しでちょくちょくこの部屋に顔を出していく。今では、もう信用できるビジネスパートナーとなった彼。今はまったく自分の名前を出していないが輸入中心で立ち上げた今の会社は事実二人の会社だった。資本を出し合い、それぞれ大学と自社の合間に手を広げていく。何人か出来る人間を雇って任せられる部分は任せていく。仕事の実績を上げていくのが楽しくもあった。
妙も来させるのが悪いと思い、代わりにこちらで家政婦を雇った。たまに妙が新しいメイドを連れて様子を見に来る程度だった。僕の生活も極真面目で多忙なものになった。
だが、それからもゆき乃に関して耳に入って来る話しは、聞けば聞くほど父の彼女に対する執着心を確信させた。登下校に送り迎えが付き、束縛された生活をしているのが報告されていた。
「あのくそ親父、ゆき乃になんかしたみたいだな」
「ああ……」
予想していた通りだった。久しぶりに学園に出向く機会があった力也が、直接彼女から聞いたと教えてくれた。
「このまま館に置いておくのはヤバイくないか?」
「ああ、せめてこっちに来させることが出来れば……」
「ゆき乃に大学受験を勧めさせてるんだ。敦史が、もったいないって。オマエと同じ大学受けるみたいだぜ、俺たちに出来るのは応援するぐらいだけどな」
「そうか、何とか受かればいいんだが」
「あれから、一度も帰ってないんだってな」
「帰れない。まだ、ゆき乃を見るのが辛いんだ。ははは、情けないよな、もう諦めなきゃいけないのに、未練たらしくいつまでも思い続けてるなんて……それも異母妹を」
ついつい自嘲的になる。力也の前でつい漏らしてしまう本音だった。
「10年以上想い合ってきたんだろう?今更諦めて『はいそうですか』なんて出来ねえもんだろ?無理すんなよ」
力也の手が軽く肩に掛かる。ヤツなりに慰めてくれているらしい。
「ああ、ありがとう。すまない……」
「オマエのこと、最初は無茶苦茶気にくわなかったんだけどな。ゆき乃のこと、絶対奪ってやろうって思っていた。だけど、今は、ゆき乃が幸せになってくれるんならそれが一番いいって思ってる。そう言う意味では俺たち同志なんだよな、それも信用できる相手だ」
「そうだね、信用できるよ。おまえになら……ゆき乃を渡してもいいと思ってる」
「ふん、ゆき乃がその気になってくれればな、いつだって手を出すさ。さらっていけるだけの力も付けたつもりだ。だけど、アイツはまだオマエを忘れちゃいない。一生側に居れればいいだなんて健気なことを言いやがるんだ。簡単に手は出せないさ。だから無理強いはしない、それだけは誓う」
その言葉を嬉しく思う自分が居た。力也の言葉に僕はずいぶんと救われていたんだと思う。
そして3月。
ゆき乃が大学受験に合格した知らせを妙から聞いた。本当は知っていたんだ。受験の日、僕は遠目でゆき乃が教室に入っていくのを見ていた。そして帰って行く姿も。
春から上京してくることと、近くにアパートを用意されて、大学に通いながら僕の部屋の面倒も見ることになったと。
逢えるんだ。ゆき乃に……
僕の中に一つの結論が出ていた。逢えない間にずっと考えていたこと。
ゆき乃は力也を受け入れなかった。それがゆき乃の出した答えだと思う。
僕はゆき乃を手に入れる。すべての力を使って、すべてを捨てても……
僕には、ゆき乃の代わりなんてどこにもないことに気がついてしまったから。
まだまだ!!(涙)頑張ります〜〜 |