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「やばいですね、先輩。」
「ほんとだね、どうしよう?最後の訪店先が一番お世話になってるとこで、田舎の小さい店なんだけど結構売り上げがコンスタンスにあるとこなのよね。先に回ればよかったわ。」
あたりが暗くなるにつれて雪が深々と降り積もり始めた。すでにもう10cmは積もってるだろう。タイヤチェーンは積んでるが、道はまだ大丈夫なのでもうしばらくはこのままでと走り続けたがさすがに峠の有料道路ではチェーンを巻いた。
「スキーで慣れてますから、先輩は車の中にいてくださいよ。」
そうは言ってくれるけど一緒に外に出て作業してるの見てた。手伝うって言ったんだけど、男の仕事ですなんて言って、余裕かましすぎ。
「とにかく最後の取引先に急ぎましょう。」
雪のせいかあたりが暗くなって、まだ5時過ぎだと言うのにすっかり夜の雰囲気。
あたし夜降る雪を車の中やホテルの窓から見るの好きなんだよね。つい意識とばしてぼうっと見てた。
「先輩、次の道左ですね?」
「えっ、あぁ、そうよ。判りやすいと思うけど、橋を越えて真っ直ぐの左。看板でてると思うんだけど...」
「...あぁ、ありましたよ。ここですね?」
車を止めて田舎の何でも雑貨や風情の店に飛び込む。ここは薬や雑貨、なんでも置いてあるのだ。
「おばちゃん、こんばんわ。○○の深沢です。」
奥の部屋に向かって呼ぶと、ちょっと背の縮まったおばあさんが出てくる。
「あらま、なっちゃん、こんな天気の日にどした?寒かったろうに...うん?お連れさんかね?」
「ええ、新人の三谷です。」
彼もそつなく名刺を渡して見せるが、取引先の店主をおばちゃん呼ばわりするわ、あたしの事を可愛らしくなっちゃんなんて呼ばせてるもんだから随分面食らってるようだった。
「深沢先輩、ここって...」
「ん、ごめん、社には内緒にしてて欲しいんだけど、ここのおばちゃんにはよく可愛がってもらってるのよ。息子さんが同じ年らしくって、来るといつも娘扱いなの。あんまりよくないことなんだけど、ここだけはね。」
私の勧めるものは全部信じて、親戚や町の人にも薦めてくれて、またそれが続いてるのでここの売り上げはこの地区では1番だ。
「僕は構わないですよ。だから先輩もいつも通りに振舞ってくださいよ。」
ありがたい言葉、おばちゃんに薦められるままに座敷に上げられる。三谷君も一緒にだ。
「まあ、温まりなさいな。今日はかす汁炊いたとこだから食べていかんか?」
「うん、そうしたいとこだけどこの雪でしょ?出来たら帰れるうちに帰らないとね、後輩もいることだから...ごめんね、おばちゃん。」
「そうか、残念だねぇ。」
コタツにあたりながら、一通りの紹介と営業を済ませる。あったかい生姜湯をご馳走になりながら...。
このおばちゃんにはほんとにお世話になってる。男と別れてちょっと泣きが入ってたときに見事に見透かされて、泊まっていきなさいと言われて、一緒にご飯食べて晩酌して、心の中洗いざらい吐き出させてくれた。今のあたしがしっかり立ててるのはこの人のおかげなのだと思う。誰かが心配してくれる、話を聞いてくれるだけで心が随分と違うのだ。友達でもなく、身内でもない、あったかな存在。
「じゃあ、そろそろ帰らないとね。」
それでもしばらくは和んでしまって、三谷君もすっかり馴染んでる。おばちゃんにも随分気に入られたようだ。ここも彼の担当になるのでそれでいいんだけど、あたしが寂しいかな?
「エンジン暖めてきますね。」
三谷君が出て行ったので少しだけおばちゃんと話してた。
「今度の新人さんはいい子だねぇ。若いんだろうけど落ち着いてるねぇ。なっちゃんと並んでても見劣りしないよ。」
「何言ってるのぉ、あっちが可哀想でしょ?10も下なのに一緒にされちゃ。」
「けど雰囲気っていうのかね、同じもの持ってるよ、あんた達。」
そうかしらと笑って見せるけど、実はそう感じてた。波長が合うっていうのかしら?まあ姉弟ってとこだろうけれども、弟にしては出来すぎくんだよね。
「先輩、大変ですよ、峠が雪のため封鎖されたってラジオで言ってるんですけど...道は他にあるんですか?」
大変て割には落ち着いた物腰で三谷くんが戻ってきた。
「うそぉ!道、あるけどすごい九十九折の坂道でそっちの方が危険なのよ!どうしよう...」
私は少し焦っておばちゃんの方を見ると仕方ないねぇ、って顔で見返してくる。
「まあ、あかんかったらここに泊まればいいよ。部屋は何ぼでもあいとるし、息子のでよかったら男もんの服があるしねぇ。」
この辺に宿屋はない。それこそ峠を越えれば高速の手前にラブホテルはたくさんあるけどそういう訳にも行かないし。
「僕は構いませんが、先輩は帰れなくても大丈夫なんですか?」
「まあ、一人暮らしだし、それは構わないんだけど...」
「さすがに僕もこの雪の中運転する自信はないんですよ。営業車は4駆じゃないですし...」
そういわれては無理も出来ないかな。
「おばちゃん、ごめん二人お世話になります。」
おばちゃんは嬉しそうに賑やかになるねといって準備を始めた。
「ごめんね、三谷くん。あたしのミスだね。社のほうに電話しておくわ。まあ明日は土曜日で会社も休みだけど、予定があったらごめんね。ここ携帯の電波の入り悪いからおばちゃんに電話借りてね。それと、きみも気に入られたみたいだよ。よかった、ここに気に入られたらあと任せても大丈夫だね。多分来年からはここら君が担当することになると思うから、しっかりね。」
「えっ、ぼくがですか?先輩はどうかされるんですか?その...結婚退職とか?」
恐る恐る聞いてくる。そっかそんな風に思われてたんだ。まあいつ結婚退職してもおかしくない年齢だものね。
「ぷっ、そんなのないわよ。もう、相手もいないのに結婚どころじゃないわよ。私は仕事と結婚したの。この県は範囲が広いから半分にって、課長と話して決めたのよ。私も空いた分教育係に回れって言われてるのよ。」
「なんだ、そうだったんですか...。びっくりしました。いきなりそんな事言うから。」
「だから、今晩へましないようにって事。おばちゃん日本酒党だから出てくるわよ。飲まされてもぼろだけ出さない様にね。」
「僕結構強いですよ、先輩飲みすぎたらちゃんと介抱して差し上げますって。」
また爽やかな笑顔を返されてしまった。