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番外編

朱理&隆仁 その2
朱理その2

「約束よ、今日で18歳になったんだから」
「はあっ? 18歳になったからオトナだっていうのか、お嬢ちゃん」
 なによっ! まだ子供扱いする気? 18歳は十分オトナだと思うわ。この店はお酒を飲まなければ18歳でもOKなはずよ? それに……あなたが以前手を出してたモデルのリサは当時19歳だったと思うけど。18歳と19歳のどこが違うっていうのよ? 3月生まれだけどようやく誕生日を迎えたのよ? 高校の卒業式だってもうとっくに終わっている。
「せっかく伯母様が貸し切ってくれたんだから、十分遊ばせてもらうわよ」
 甲斐の店アンティームの予約は、瑠璃子伯母さまが誕生日のお祝いにと店ごと貸し切ってくれた。そう、今宵はわたしのバースディパーティなのよ? この店のすべてのホストがわたしに跪き賛辞の言葉を並べてくれたっていうのに! どうしてムスッとした顔でわたしの隣にいるわけ??
「ちょっと、伯母さまのトコに行きなさいよ!」
「おまえの指名が俺になってるんだ。それに瑠璃子はユウが相手してるから用はないだろ? あいつのお気に入りは今のとこヤツなんだからな」
 だからって……指名したお客様に対してその態度は何なの?  別に認めさせたかっただけで、へばりついて構って欲しいわけではない。なのにひと通り他のホストたちからお祝いの言葉をもらった後、どっかりとわたしの隣に座り込んで近づいてくる男達を凶暴な眼で睨むもんだから、誰一人として隣に座ってくれない。この店のホストたちがオーナーである彼に逆らうわけもなく、同じモデル事務所の男の子たちまで……
 今日は他にも伯母さまのモデル事務所の女の子たちも来ているから賑やかで、モデルの男の子達も史仁を含めて数人顔を出していた。ホストクラブだから男の子たちは来ないんじゃないかなと思ってたけど、史仁と仲のいいのが何人か、中にはこの店出身の男の子もいたから驚いたけど。いつもなら自分たちが一番だっていう自信満々のモデル達ですら彼に睨まれて去っていく。史仁なんか最初から父親と目を合わせようとしてない。でも、座ってくれないのは男だけで、反対側には入れ替わり立ち代わりにモデルの女の子たちが彼の隣を奪い合ってる。
 なによ、こんなおっさんのドコがいいのよ? そりゃ、史仁の父親だって聞いてなかったら、かなり若く見えるからおっさん扱いはしないかもしれないけど……
「やぁーん、もう、あっん……だめぇ」
 ちょっと、何やってるの?? わたしの反対側で変なことしないでよ!!
「んんっ!!」
 奴にしだれかかっていた女がビクンと震えると、そのあと上気して紅らんだ顔つきで、ぐったりと彼の首にしがみついていた。
「……はやくぅ、いこ? ねえ……しようよぉ」
 奴は顔色ひとつ変えずに、女が回した手を外す。
「あっちいってろ。満足させてやっただろ? ん、それともホンモノじゃないと満足できないのか?」
「お願い……タカさんの、ちょうだい……もう我慢できないのぉ」
 艶めかしい動きで男を誘う……マリ、だっけ? やだ、もう……人の誕生パーティでこんな発情した雌犬みたいな顔を見せないでよ! 違うわ、そうさせるこの男が最低なんだ!!
「おい……マコト、奥で相手してきてやれ」
「はい。マリさん、ボクとあっちの部屋に行きませんか?」
「ねぇ……ダメなの? タカさんったらぁ」
「今日はお嬢ちゃんの世話役なんだ。さあ、もう行けよ。約束守ってやっただろ?」
「わかったぁ……じゃあ、今度絶対ね」
 マリは嬉しそうにマコトくんに連れられて奥へ消えていく。相手ってまさか……ね?
「なんだ、おまえ羨ましいのか?」
「そんなはずないでしょ!!」
 ああもう、なんでこの男は……もちろん、わたしはそんな扱いを受けたいわけじゃない。ただ見返してやりたかったのよ! 17歳だったわたしを子供扱いして馬鹿にしたこの男、甲斐隆仁を!

 この1年必死で頑張った。あのままモデルの仕事を中途半端にやっててもダメだって思ったから、自分磨きもかなりした。上質なモデル、いい女になったとたくさんの男達が賞賛してくれた。親の名前と伯母の目があったので、変な男たちは言い寄ってこなかったけれども、それなりに野心を持つ男たちは擦り寄ってきた。そしてわたしをオトナの女として認めてくれる男の人からお付き合いを申し込まれたりもした。誰もが一人前の女扱いしてくれるのに……どうして彼は前と態度を変えないの??
「なんだよ、不服なのか? 今夜は一晩中一緒にいてやってくれって、瑠璃子に頼まれてるんだ。それが望みだったんだろ? だけどな、いくら綺麗になっても、中身がガキのまんまじゃ1年前とちっとも変わっちゃいねえ。そうだろ? 朱理お嬢ちゃん」
 わたしに延びてくる手はさっきマリに触れていた……
「嫌っ! 触らないで!!」
「なんだよ……今度はヒステリーか? 自分の思い通りにならなかったらそうやって癇癪起こして、まったくお子ちゃまだなぁ。何も知らないバージン娘が、ホストクラブなんか貸し切るんじゃねえ。瑠璃子の頼みだから受けてやったけどな、誰もがおまえに傅くわけでもないんだ」
 まだ認められないっていうの? 頑張っていい女になれるよう、必死でやってきたというのに! わたしはちっとも変わってなかったっていうわけ? まだ……バージンだから? だから子供だっていうの?
 サイテーだ……こんな夜、こんなバースディ。これなら馬鹿みたいに上品ぶった親が催してくれるパーティのほうがよっぽどマシよ!!
「バカッ! だいっきらいよ、あんたなんか……」
 どうしてこんな男を見返してやりたいなんて思ったんだろう? こんな……最低な男を! わかってる、気になってしょうがないんだ。はじめて出会った時からずっと……気になって、気になってしょうがない。誰に対してもそこそこ無関心でいられたわたしが、神経を逆なでするように気に障る存在。
「それでいい、お嬢ちゃんはさっさとおうちに帰って、パパとママの選んでくれたデキのいいお坊ちゃまの相手をしていればいいんだよ」
 それが嫌だから……こうやって伯母様のモデルクラブに入らせてもらってるのに?
 両親が与えてくれたもの以外で自分を試したかった。勉強もそう……なにか変えられるかもしれないと、いろんなことにも一生懸命チャレンジしてきた。自分に力をつけることができたら……将来の道を、親の決めた相手と結婚して跡を継ぐレールから解放されるかもしれないと僅かな希望を抱いていた。変えられない未来を諦めるのではなく、少しでも足掻いて自分が歩める自由な人生の選択肢を少しでも増やしたかった。全く別の道なんて選べないことはわかっている。今までだって知らず知らずのうちに両親や伯母に守られているから安穏としていられただけだもの。
 ただ……お世辞にも特別扱いにも慣れすぎて、純粋に人の気持ちを受け取れなくなってしまっていた。それは史仁も同じように感じていたのかもしれない。だから気があった……わかるような気がした。
 だけど史仁みたいに誰彼かまわず身体だけの付き合いをする気にはなれなかった。最近本気の相手ができたみたいだけど、卒業してすぐに行き先も告げずに引っ越してしまったらしい。随分と落胆していたみたいだけど、わたしが同じ大学に通うとわかると、その子のことを探してくれって……名前しかわからなかったら難しいわよ? 学部が違うと情報なんてなかなか入ってこないんだからね。
 だけど少し羨ましいかな? 今までわたしには誰かと付き合ったりそんな関係になる気はしなかった。だけど、そろそろ……いいかげん大事にしているのにも疲れていた。『色気がない』『人形のようだ』と、撮影の合間にそんな声を聞かされる。分かる人にはわかるのだろう。『恋も男も知らない』ってことを……
 何度かそれも指摘されたけど、氷室の娘でいるだけなら構わない。だけど、どう大事に守っても好きな人となんて無理なんだよね、わたしの場合。この男が言うように『パパとママの選んでくれたデキのいいお坊ちゃまの相手』をしなくちゃならないんだったら……
 もう大事にしなくてもいいだろうか? いい加減オトナになって、振り切ってしまいたい。このまま恋もできずにいるのなら……
「なによ、バージンじゃなければいいんでしょ!」
「……はぁ? 何言ってんだ?」
 ふふん、驚いてるわね? そうよ、今はまだバージンでも、わたしがその気になれば……今夜中に何とかすることだってできるはずだわ。
 わたしは立ち上がると伯母さまのいるテーブルへ向かう。彼女のテーブルにはユウと史仁がついていた。いくらなんでも史仁とはそんな関係になる気はない。それに、まだ落ち込んでるってわかるし。よほど、その彼女のことが好きだったんだよね? だけどそう聞いても素直に答えない。相変わらず身体だけの関係だったと思っているようだけど、今まで彼がそれほど誰かに執着したところは見たこともない。女のことでわたしに頼みごとをしたこともないっていうのに。無自覚って怖いわよね。回りにいる人間のほうがずっと早くに気がついている。
 そんな相手に巡り会えた史仁が羨ましい。わたしには……せいぜい振り向かせてみたい男ができたぐらいだ。何度顔を合わせても小娘だと馬鹿にする彼をその気にさせてみたかった。どうしてあの男相手にそんなこと思いついたのか、今ではよく分かる……相手にしてもらえなかったのが悔しかったんだ。他の女なら簡単に口説くくせに、わたしだけまるで子供扱い。まるで自分の娘みたいに説教して……なによ、同じ年頃の女でも平気で抱くくせに! ずっと悔しかった……ちゃんとオトナ扱いされないことも、好きだと気づいても相手にもされないことも。
 馬鹿だな、わたし……どうせならユウみたいに優しいホストに恋すればよかったのに。友人の父親で、ホストクラブのオーナーで、伯母の友人で……恋愛対象にもしてもらえない相手に、こんな想いを持ち続けるなんて滑稽だわ。他にはいくら歳の差があっても大人扱いしてくれる人たちはいくらでもいたのにね。
 でも……もういい。大事にしても始まらないなら、捨ててしまおう。
「ユウさん、お願いがあるんだけど」
 この中にいる男の中で最上級の彼となら、文句なしだと思わない? ユウさんは伯母が気に入ってるだけあって、女の子が憧れる王子様のように素敵な人だった。上品で好感の持てる清潔感、だけど女をうっとりさせるフェロモンも併せ持つ。それはあの男みたいに無闇にバラ撒いているものではなく、特定の相手に向けてのみ放出させる。たまにドキッとする瞬間がそうだと思う。それって、史仁もそんな感じで慣れてるから、あえて動かされはしなかったけれども。それにユウは某有名国立大学院生だという話だ。この店に来たり、伯母が連れ歩いてる時に何度か話したことがあるけど、尊敬できるほど知識も豊富で、話しててもすごく楽しかったもの。
「なんでしょう? 僕でできることでしたらなんなりと」
 ほら、こうして向き合うだけでまるで王子様に傅かれているお姫様気分になれるわ。それなのにどうして……わたしは彼のように魅力的な男性に惹かれなかったのだろう? あんなに年上で粗野でわたしを子供扱いにしかしない男に認められたいなんて思ったんだろう?
「お願いしたいことがあるんだけど……」
 わたしは彼に近づきその耳元に囁いた。
『今夜、あなたを貸し切ってもいいかしら? はじめての女が面倒でなければ……』
 さすがに彼もこの提案には困惑しているようだった。今わたしが言った今夜というのは店内だけの意味ではないと彼にだってわかっているのだろう。
「それは……いいのですか? 今夜、朱理様はオーナーをご指名だったはずですが」
「かまわないわ。彼は他の女性を可愛がるので手がいっぱいでしょうから。それとも、もっと通わなければいけなかった?」
 わたしはこれから彼のお得意様になれるだろうし、いろんな上客を紹介する事もできる。独立するならそれを援助することだってできる。だって、わたしは氷室の娘なのだから。
 普段は邪魔な看板が、こういう時には役立ってしまうという、悲しい現実。
「いえ、貴方様なら喜んでお相手させていただきますよ。ですが……本当に良いのですか?」
「ええ、ぜひお願いしたいわ。その……仕事をする上で、すごく邪魔になってしまったの。そんな理由じゃダメかしら? あなたには無理を言いますけど……」
「いえ、無理ではありません、むしろ光栄ですよ」
 彼は跪くとわたしの手を取りその指先にそっと唇を押し当てる。甘く、官能的なその仕草に、一瞬身体ごと奪われそうになる。微笑む彼はまるで王子様だ。伯母も言っていた、甲斐なんかよりユウさんのほうがよっぽど女性をいい気分にさせてくれるって。女の扱いは天下一品、優しく抱いてくれるし、エスコートも最高のものだって。
「後腐れはないとお約束するわ。伯母の手前もあるし……だけど、今後はわたしもあなたの顧客として通わせてもらうつもりよ? どうかしら、あなたにとっては悪くない話だと思うんだけど」
「とても嬉しいお申し出です。こちらからお願いしたいくらいですね」
 いきなりロストバージンを決めたのは軽率だったかもしれないけど、このぐらい勢いがないときっとだめね。
 あとで聞いたけど、彼との店外デートやそれ以上のサービスは、とてつもなく大枚を払い続けた上客のみらしい。もちろん、伯母もその一人ということだけど。
「あら、ユウにしたの? 別に朱理がそうしたいならいいわよ。彼なら申し分ないもの。だから言ったでしょ、あんな女を狂わせるような理不尽な男より、彼のほうがよっぽど紳士だって。あなたにはユウの方が向いてるわ。それじゃもう一度お祝いしてあげる」
 そう言って伯母さまはピンクのドンペリを持ってこさせて再び乾杯した。
「あなたのこれからが素敵な日々になりますように。今夜のあなたに、乾杯」
「ありがとう」
 ユウさんが優しく微笑みながら伯母と一緒に祝ってくれた。
 さっきまで最低の扱いをされていたのとは雲泥の差。彼の優しい言葉と扱いで、最悪の誕生日を過ごさずに済みそうだ。

 本当は……少しぐらいは夢見ていた。
 18歳になったわたしと、大人扱いしてくれるあの男と過ごす夜。手が早いと評判だったし、きっとわたしも……いつか彼とそういう夜を過ごすんだって、勝手に思い込んでいた。なんでそんなこと思い込んだのか自分でもわからないけど。
 でもいいわ、大勢の中の一人で済ませてしまうよりも、大事にされる方がいい。ユウさんなら……きっとわたしのはじめてを綺麗な思い出にしてくれるはずだわ。だって、プロだもの。
 あんな最低の男を……この1年の間、見返してやりたくて頑張ってきた自分が馬鹿みたいに思えた。



隆仁その2

 18歳になったらオトナだって? 笑わせてくれる。
 史仁の友人でもある朱理の18歳のバースディパーティをうちの店でと言い出したのは伯母である瑠璃子だ。うちの出店時のスポンサーでもあり、現在でも最上の顧客である彼女の申し出を断れなかった、というより俺が知る前にマネージャーが受けて、すでに準備が進んでいた。だけど、この店に朱理は相応しくない……いや、まだ早い。外見とは裏腹に中身はまだまだ子供なんだ。それをわかっていないから危なっかしくてしょうがない。
「貸し切りって、どういうことだ? おまけに俺が指名って……」
「瑠璃子さんのお申し付けですから、ノーは言えませんよ。あ、今日もいらっしゃってますよ」
 いつものように瑠璃子はユウを側に置いて優雅にグラスを傾けていた。俺が経営する店がここまで秩序と質の良さを保っていられるのは、ナンバーワンのユウと、TOPの上顧客である彼女の品格のおかげだろう。店なんていくら内外を飾り立てようとも、中にいる人間の質で格が決まることもある。間違いなく一流店としてやっていけるのはこの二人を筆頭に店の格上げしてくれるホストと客のおかげだろう。
「よう、瑠璃子」
「あら、お久しぶり。珍しいのね、店に出てくるなんて」
「ふん、それより朱理のバースディパーティに俺が指名って、どういうことだよ」
 彼女の斜め横にドカリと座りポケットからタバコを取り出すと、アシストのタクミがすぐに火を近づけてくる。
「客として相手して、適当に諦めさせてくれない? あなたには事務所の若い女の子を数人連れていくから……お好きにどうぞ」
「なんだ、それ……」
「朱理はあなたに馬鹿にされたことが気に入らなくて、あれ以来ここに何度か通ってるんでしょ? いつも楽しそうに言い争ってるって話だけど」
「それはだな、」
 くそ、言い訳しづれぇ。確かに、はじめて店に来て以来、何度か店に来ていた。そのたびに俺は追い返すような真似をしてきた……あの子にはこんな店は必要ないんだ。遊ぼうと思えばいくらでも遊べるくせに、何を血迷ったかこんな店で金使って男侍らせてどうする? そもそも遊びなんか必要としないお嬢様だろ? 瑠璃子の真似をするなんて数十年早いってもんだ。息子の史仁にも『俺がいない時に来ても、あいつに無茶させるな』と重々言われていたんだからな。
「まだ、子供だから……」
「そう思ってくれてるなら助かるわ。いくら娘のように可愛くても、あの子は妹からの預かりものなの。今時結婚までバージンでいろとは言わないわ。変な男に遊ばれるくらいならちゃんとした遊び方を教えてやろうと思うけど、それはあなたじゃないわ。たまたま興味を持ったのがよりによってあなただなんて皮肉だけど、あの子の相手には分が悪すぎるわ。何度か寝る遊びの相手ならいいけど、本気になるには怖い相手だもの」
 瑠璃子は史仁の母親の話を知っていた。そう、俺なんかに本気になって辛い目に遭うのは女の方だ。俺は仕事で他の女を抱くしセックスで夢中にさせる。中には金を介在した遊びと思えず執着する女がでてくるが、それは俺と寝るのがそれだけイイのだという自信があった。だが、妻がいると知ればその矛先を向けて攻撃された……妻は精神をズタボロにして俺達の前から去っていった。息子の存在も、俺を愛した事実も忘れて。今は別の人生を歩んでいるらしいが、俺は妻と息子の人生を壊してしまったんだ……
「とにかく、相手にできないんだって思い知らせてやってちょうだい。あの子は自分でも気がついてないけどあなたに惹かれてるわ。免疫のない娘にあなたのフェロモンは強烈すぎたのかもね。滅多に男に興味を持たないのに……困ったものだわ。でもね、あの子が本当に欲しいのは同性の友人なの。それもなかなか難しいみたいだけど。唯一の友人があなたの息子っていうのも困ったものよね。だけど、史仁も遊ぶ割には朱理のこと大事にしてくれてるみたいで安心してたのよ。どうやら最近本気の子を見つけたみたいだしね」
「ああ……あの娘ね」
  去年だったか、俺が女とヤッテる最中に家に連れ込んでた娘だろ? 真面目そうで、けど色気があって……どこか史仁の母親の若いころに似てたっけな。気がつかないうちに、親子して似た女に惚れてしまうのかもしれない。だけど息子にだけは俺と同じ失敗を繰り返させたくない。未だに俺とはまともに話そうともしてくれないが……今までの行いが悪すぎたんだろう。女連れ込んで面倒見させて……いつのまにかあいつに女が乗っかるようになっちまった。
「だから、史仁だったらよかったんだけど……あの子を大事にしてくれるし、惑わせたりしないから。でも、あなたはダメ」
 はっきりと言ってくれる……結局、長い付き合いだが瑠璃子とは一度もそういう関係にはなっていない。お互いに怖かったのかもしれない。のめり込むのも、束縛するのも……だが、彼女とは同族嫌悪のようなものある。この女は男もOKだが、女もイケるバイだ。綺麗どころの女のモデルも半分ぐらい喰ってるんじゃないか? だからこそ、喰う女が被らないようにお互いに牽制し合いつつも、互いの領域を犯さないよう譲歩し合ってきたというところか?
「絶対にダメだからね」
 鋭い視線で睨み込まれた。コイツには見えていたのかもしれない。あの子が知らず知らずのうちに俺を求めていたことと、俺がその誘惑にだんだんと勝てなくなりつつあることに……

 だから、今日は彼女に指名されて隣に座りながら、言い寄ってくるしつこい女を相手にしていた。瑠璃子の思惑は、事務所で俺とやりたがってた女を何人か連れてきて、おもいっきり無分別なところを見せつけてやれとの事だった。だから誘いに乗って相手をしていたけど、俺は……乗れなかった。いつもなら興奮して奥の部屋に引きこんでやりまくりのはずなのに。甘い声で公衆の面前なのも構わず足を開いてくる女を、指で軽く下着の上からイカせてやっただけで留まった。彼女の視線が気になって……痛くて。収まりのつかない彼女を、ホストナンバー3のマコトに任せた。
「嫌っ! 触らないで!!」
 彼女からは拒絶の言葉が吐き出される。ほら、うまくいったじゃねえか。それこそ瑠璃子の思惑通り……
「バカッ! だいっきらいよ、あんたなんか……」
ああ、わかってるよそんなこと。その言葉通り嫌ってくれ。なのに、俺の胸は酷く痛んだ。
「それでいい、お嬢ちゃんはさっさとおうちに帰って、パパとママの選んでくれたデキのいいお坊ちゃまの相手してればいいんだよ」
 いつかどこかのお坊ちゃまが、この強気で可愛らしい娘を美味しくいただくんだろう。大切にしてくれるなら遊び慣れてない男でもいいが、せめてまともにセックスできる男に出会ってくれと願う。って、自分の娘じゃあるまいし、そこまで心配してどうする? 一体どんな男なら俺は……その瞬間、ハッと気づく。その男に自分がなりたがっていることに。
「バージンじゃなければいいんでしょ!」
 だけど、彼女は顔を真赤にして、泣きそうな目をしながらも怒りで全身を震わせながらそう叫んだ。
 何を言い出すんだ?? いや、こいつがバージンなのはわかってる。だけど、そのまま瑠璃子の……いや、ユウの側に行って何やら囁き始める。
 おい、待てよ……そいつなのか? 跪き、その手を取って王子様のように傅くユウの姿にその意味を知る。瑠璃子も、アイツならいいってわけか? 俺じゃあダメでユウなら……
 そりゃそうか。アイツは王子様のようだと言われている。それはセックスも同じで、夢のように夢中にさせてくれるという。バイで女が好きな瑠璃子ですら夢中にさせたそのテクは、女の夢を壊さないものなのだろう。
 それに比べて俺は……彼女が友人だと思う史仁の父でもあり、すでに30の後半だ。どう足掻いても19歳の歳の差は縮められない。おまけに年甲斐もなく獣のようなセックスをするときている。女を嬲り、追い詰め、飢えさせ、恥ずかしくて、だけどもう元には戻れないような快感を与える……そんなセックスは、遊びの関係を楽しめる女か、濃いも酸いも嗅ぎ分けた女が味わうにはいいけれど、恋愛初心者の彼女には刺激が多すぎるだろう。
 さっきもはっきりと嫌われた。女にだらしのない、男だと思われたことだろう。いや、それも事実だ……彼女は処女の潔癖さで、俺に触れられることすら嫌悪したんだ。
 それが目的だったはずだ。何を落ち込む? うちの店のナンバーワンが氷室のお嬢様を捕まえたんだ。いい客になるといってくれている。彼女だってこれからは遊びと現実は区別していくだろう。
 いや、できるのか? あの子に……
 俺は知らず知らずのうちに立ち上がっていた。
「親父?」
 ユウと同じ席に着いていた息子の史仁が怪訝そうに俺を呼ぶ。恐らく見たこともないような顔を俺がしているのに驚いているのだろう。
 馬鹿野郎、こんな顔……おまえの母親にしか見せたことないんだぞ? こんな情けない余裕のない顔……
「来い!」
「えっ?」
 戸惑う表情で俺を見上げる朱理の腕を掴んだ。
「タカさん?」
「オーナー!」
 呼び止める声も聞かず、彼女と一緒に店を飛び出した。
 いったい俺はいくつのガキなんだ? 取られると思った瞬間、我慢なんてできなかった。
 飽きれ顔の息子、ヒステリックに喚く瑠璃子の声。そして……やっぱりといった表情で笑うユウのしたり顔。
 全てを置き去りにして、俺は彼女を車に押しこみ自分の部屋へと連れ帰ってしまった。
 まだ、パーティの途中だというのに……
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