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「あ……志奈子?」
「ごめんなさい、ちょっと遅れてしまって……」
美容院でメイクしてもらっていたら少しだけ時間がオーバーしてしまった。慣れないヒールは歩きにくいし、こんな格好気恥ずかしくて溜まらなかった。
もらったワンピースに気がついたのか、甲斐くんは驚いたような顔をしてじっとわたしの方を見ていた。ひっつめていた長い髪は初めて緩いパーマを毛先に当ててアップにして華やかに毛先を散らしてもらった。メイクは今までめがねだったのでやったことのないアイメークを施してもらって、一重の大きくない目もぱっちりとしてるみたいだし、あまり整えてなかった眉も綺麗にそろえられた。リップ程度だった唇にはグロス、頬には華やかなチークとハイライトにはラメの入ったパウダーがのせられた。
「いや、そんなに待ってない」
別に何も言ってくれなかった。そりゃ、期待してた訳じゃないけど、甲斐くんの周りには本物のモデルとか居るわけだし、朱理さんとか半端なく美人だし……いくら化粧して着飾ったところで褒めて貰えるなんて思ってなかった。もしかして、軽い気持ちで一緒に出掛けるだけなのに、わたしがこんなに気合いの入りすぎた格好して来たから引かれのだろうか?自分の容姿も顧みず、勘違いしてるって思われないだろうか……
それも、もういい……どうせ今日明日までのことだから。
「よかった……えっと、それじゃ」
どこに行こうか?映画見るなら三つ先の駅まで出なきゃいけないけれども。
「志奈子、こっち」
「え?」
腕を引っ張られてローターリーから少し離れた路上パーキングに向かった。
「乗って」
そう言われて小さな黒い車の助手席に押し込まれ、そのまま車は走り出した。前の派手なあの車じゃなくて、小さくて少しオンボロな感じがする車だ。
なんか、彼らしくない車だった。こんな車じゃ甲斐くんのカノジョたちは喜ばないんじゃないかな?わたしは走れば別に平気だけど……あ、わたしだからかな?そんなにいい車じゃなくても見栄えしないから。今日はどんな車に乗せてもらっても大丈夫かなって思ってたんだけどな……
「ね、どこに行くの?」
返事はなかった。甲斐くんにとっては数あるデートコースの一つだろうけれども、わたしにとっては初めてのデートだ。本当はすぐ近くのショッピングセンターでも、ファミリーレストランでもどこでもよかった。甲斐くんの隣を堂々と歩きたかっただけなのに……
車が停められたのは大きなショッピングセンターの駐車場だった。今流行のアウトレットってやつだ。ニュースでは見ていたけれども、どこかで見たことのあるブランド名が軒を連ねる中、どこをどう見ていいかわからなくて立ちつくしていた。
「映画がいいなら、ここだったら映画館もあるし、買い物でもなんでも出来るから」
「そう……」
どうしていいかわからない。自分のおもしろ味のなさに心底あきれる。この間の朱理さんと一緒の時は彼女が色々連れ回してくれたから困らなかったけれども、どっちに行っていいのかもわからない。これだったらもっと友達とどこかに出かけるとかして慣れてればよかった……
誰かと付き合えば自分のプライベートに入ってこられてしまう。だから、必要以上誰とも関わらないようにしてきた。お金がないから飲み会もショッピングも付き合えなかった。たまに講義の間が空いて、時間つぶしにと誘われてお茶するぐらいだった。甲斐くんと一緒に住むようになってから、プライベートな事聞かれても答えにくくてつい避けてきた。そのツケが回ってきたみたいだ。もっと、朱理さんと色んなトコいってみたかったな。ショッピングもお洒落の仕方も、もっと色々教わりたかった。だけど彼女は甲斐くんの……だから。それは無理だってわかっているけれども。
「甲斐くんは?何か見たい物とかないの?」
「……じゃあ、こっち」
そう言うとわたしの腕を掴んで歩き出した。思わずつんのめりそうになると、すぐさまその歩調が遅くなる。もしかして、わたしに合わせてくれたのかな??
「甲斐くん?」
「志奈子も見たい物あったら、言えよ」
そう言ってわたしに合わせて歩き始めた。

どこに入っていいかわからなかったから、ただゆっくりと色とりどりのショウウインドウを眺めながら歩いた。時折甲斐くんがわたしをショップの中に連れて行き『これは?』と服や靴を差し出してきた。
「お似合いになられると思いますよ」
試着して、店員さんにも褒められると嬉しいやら恥ずかしいやらでどうしていいかわからない。
「仕事用に買えば?」
そう言って選んでくれたのはリクルートタイプの靴とスーツ。学校の先生らしいオーソドックスな形と色。だけどこの間の出費でかなり苦しい。最後の方、バイトしてなかったのが効いたみたいだ。物は良くて、正規の値段よりも安いはずだけど、わたしにはちょっとびっくりするぐらいの値段だった。
「就職祝いにオレが買ってやるよ」
「え……でも!」
わたしは何一つ用意していない。わたしが選んだものなんて、喜んで貰えるとは思わなかったし……
「引っ越しとかでお金いるだろうし……そのコートだって、最近買ったんだろう?」
今着てるコートを指さされてわたしは下を向いてしまう。やっぱり、デートだとか言って気合い入れたのまずかったかな。
「……似合ってる。これも、だからオレが買ってやる」
小さく最後に『今までの……』と聞こえた。今までの?慰謝料とか?違うよね?手切れ金?それも違うよね。
何なんだろう?
「あ、りがとう……」
それで甲斐くんの気が済むならいいと思った。

「甲斐くんは買わないの?」
「オレはスーツも服も山ほど持ってる。志奈子も先生やるんだったら生徒に馬鹿にされない程度にもっとけよ」
「うん、わかった」
甲斐くんの言うとおりいくつか見回ったけれども、どれも今の自分に買える金額じゃなくて……何店かは甲斐くんが支払ってしまった。
「こんなの悪いよ!」
「じゃあ、これ、志奈子が買って」
そういって甲斐くんはショーケースの上に置いてあったネクタイピンを指さした。何かブランドっぽいロゴの入ったそれは、そんなに高くなくて、わたしの持ってるお金でも十分買えそうだった。とにかく今夜の食事代だけは残しておかなきゃいけないから……
「ありがとな。じゃあ、これオレへの就職祝いって事で」
「うん、こんなのでいいの?」
「ああ、あとは……志奈子、腕時計とかはいいのか?」
「これ?うーん、まだ今のが使えると思うんだ」
少しベルトの部分がくたびれてきたかな?あとでベルトの部分を買い直そう。このくらいだったら自分で付け直せるし。
「時間、もう少ししたら出るからな」
「え、もう?」
「ああ」
まだ早いと思うんだけれども……もうすこし見回りたい気がしたけれども、これ以上うろうろしたら疲れ切ってしまいそうだった。周りの女性達を見ると、みんな凄い勢いで買い物しまくってる。
ショウウインドウに映る二人の姿。
おかしくないよね?
お似合いとまではいかなくても、いつもみたいに指さされるほど不釣り合いじゃないよね?
「ああいうの食べないのか?」
甲斐くんが指さしたのはジェラートとクレープのお店だった。
「た、たべたい……」
「どれがいい?」
「えーっと」
メニューをのぞき込んでジェラートを何種類か選ぶとそれを一つに盛ってくれた。
「あ、お金」
「いい、オレが出しとくから。おまえ早くそれ食っちまえよな」
「う、うん」
歩きながら駐車場まで戻ったけれども、ちょっと欲張りすぎて食べきれそうになかった。
「まだ食い終わらないのか?」
「ちょっとまって」
残りにかぶりつこうとしたら横からかじられた。
「甘ぇ……」
残りのコーンをわたしから取り上げると、二口三口で終わってしまった。
「あ……」
「何だ、まだ欲しかったのか?」
そうじゃないと言いかけたのに……助手席に押しつけられたまま、唇をふさがれていた。
官能的でない、優しいアイスを舐めるようなキスだった。
「っ……はぁ」
ようやく離れた甲斐くんの舌先が唇の端を舐め取っていく。
「こっちも甘いな」
夢中になって食べていたから、すっかりグロスも剥がれてしまっていた。きっと唇の周りにアイスとかつけちゃってたんだ……わたしったら恥ずかしい!
「あ、の……」
「シートベルト」
甲斐くんの手が伸びてわたしにシートベルトをつけさせると、車を駐車場から発進させた。


しばらく車は走り、わたしは歩き回った疲れからか、うとうとと眠りこんでしまっていた。周りも薄暗くなりかけていたのに、気が付くと明るくて広いエントランスの前に車が横付けされた。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
グレーの制服姿に帽子を被ったドアマンが車のドアを開けようとする。
「え?」
「志奈子、降りて」
言われるまま開けられたドアから降りると、そのドアは恭しくドアマンによって閉められた。
「お車をお預かりします」
お名前を頂戴しますと言って、代わりに出されたプレートを受け取ると甲斐くんはそのままホテルのエントランスへと向かう。
一瞬どうしていいのかわからず立ちつくすわたしを再びドアの手前で待って、それから二人して並んでホテルのレストランへ入っていった。
「予約してた甲斐だけど」
「お席にご案内いたします」
そういってこんどはグリーンの制服のボーイに窓際の席に案内された。
「ねえ、食事ってこんないいとこ?」
奢るっていったよね、わたし……足りるかな?持ってきたお金で。こんなところに来るんだったら、朱理さんと買い物行った時我慢するんだった。思わず後悔してももう遅い。
「なんだ?支払いのこと今から気にしてるのか?」
「だって……」
「気にするな。ディナーチケットもらったんだ」
「ほんと?」
「でないとこんなとこ来るか」
それ、カノジョにどうして使わなかったの?そう言いそうになってやめた。今日はあんまりそう言うこと考えたくない。それにもし甲斐くんの気が変わって『そうだよな、じゃあそうする』なんて言われたらココの支払い全部なんて……想像付かないもの。

料理はどれも美味しかった。、見た目も綺麗に盛られていて、少しずつ上品に食べるのに苦労したけれども、料理が出てくるたびにウエイターの人が『こちらのナイフとフォークをお使いください』って教えてくれたり、料理の材料や調理方法まで簡単に説明してくれるので凄く楽しめたと思う。
「すっごく美味しかった……こんな順番に出てくる料理なんて初めてだよ」
「ああ」
甲斐くんもテーブルの向こうで笑ってる気がする。
それにしても最初に出された食前酒のシャンパンや途中からワインとか勧められて甲斐くんまで飲んでたけど大丈夫なのかな?
「なあ、もうちょっと飲まねえ?」
「まだ飲むの?」
わたしはいい加減ワインでほろ酔いもいいとこだった。
「上にラウンジがあるんだ」
「ラウンジ?」
スカイラウンジと言って、夜景を楽しみながらカクテルとか飲ませてくれる所だそうだ。
「カクテル、志奈子が好きそうな甘いのあるぞ」
「甘いの?」
ワインは結構キツくてあまり飲めなかった、白は貴腐ワインだとかでまだ美味しく飲むことが出来たけれども、赤いワインは思ったほど甘くもなく少し渋いような気がして、変な顔してたら甲斐くんが笑っていた。
「行こう」
返事をするまもなく、エレベータまで連れて行かれて、そのまま最上階まで駆け上がった。
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