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23

もう、ダメ……
諦めたその瞬間、ガチャリと閉められたはずのドアの鍵が開く音がした。

バンッ!

凄い勢いで開いたドアの向こうに、甲斐くんの姿。
どうして??どうして甲斐くんが部屋の鍵を開けて入ってくるの?

「てめえ、何してやがる!!」
「ちっ」
舌打ちする声が頭の上でした瞬間ふっとからだの上から重みが消えて、目の前を影がブンと勢いつけて流れていく。
身体はまだ強張ったまま動かせない。だけど目を動かすと、さっきまでわたしの上にいたはずのチェックのシャツ着た男が床に押し付けられて鈍い音を立てて甲斐くんに殴られていた。
「おまえ、ヒトの女に無理やり何してんだよ!」
「ちがっ……さ、誘われたんだ!アンタがこないから寂しいってよ」
何言ってるの?わたしがそんなこと言うはずないじゃない!ソレよりもヒトの女って、そういうのセフレにも遣う言葉なの?
「馬鹿か、おまえ!志奈子がそんなこと言うはずないだろ!」
「そんなことわかるもんか!あんただってカレシでもなんでもないんだろ?そんなオンナが他にオトコいたっておかしくないだろうが?」
「志奈子は違うんだよ!ありえないんだ!!」
きっぱりと言い放つ甲斐くんが、立ち上がりながらドカッと大学生の腹に蹴りを入れた。ウッと唸ってそのまま彼は背中を丸めて咳き込んだ。

「大丈夫か?志奈子」
口の中から下着を引き抜き、頭の上で結ばれていたベルトを解くとわたしの身体をそっと起こし、ぶたれた頬に指を這わせた後、ガタガタと震えるわたしの身体を優しくさすりはじめた。セックスの後、動けなくなった時のように……
「か……い、くん……」
ようやく出せた声で彼の名を呼ぶと、甲斐くんはほっとした顔を見せて、そのまま胸にわたしの顔を押しつけ、頭を抱え込むようにして抱きしめた。
「もう大丈夫だから……俺は間に合ったか?志奈子……」
間に合った、ことになるのだろうか?わたしはそのまま顔を上げずに頷いた。
「ううっ……」
隣の大学生が苦しそうなうめき声を上げて身体を起こすのがちらりと視界の隅に映り、わたしの身体はびくりと震える。
「テメー失せろ!その見っとも無いモンさっさと仕舞ってここから出て行け!!二度とこんな真似しやがってみろ、ただじゃおかねーぞ!」
わたしを腕に抱いたまま甲斐くんが叫ぶ。
「その筋の知り合いだっているんだ。すぐにあんたに制裁加えるコトだって出来るんだぜ?わかったら一生俺たちにその顔見せんな!」
凄みの効いたその声はわたしの上を通り越して、背中を向けて逃げ出す大学生の背中をびくりと震わせた。
「う、うわぁ……」
這うようにして部屋から出て行くのを見届けて、ようやくわたしを抱きしめている腕の力が緩み、ほうっと、大きなため息が聞こえてわたしの身体にのしかかってきた。
「くっそぉ、めちゃくちゃアドレナリン放出しちまったじゃないか」
今まで彼が暴力を振るってるところなんて見たこともない。高校時代からどちらかというと、何事も事なかれ主義に見えて、人と争うほど何かを主張することなんて、なかったと思う。だけど、さっきの甲斐くんはやけに殴り慣れてるというか、そんな感じがした。
「怖かったか?何もされてないならいいんだ。けどおまえの気がすまないんだったら、もう一回アイツに制裁加えに行ってやるから」
ぐいっと肩を掴まれて顔を引き起こされる。目の前には心配げな顔の甲斐くん。
「あ……」
その顔を見た途端、力が抜けて、その後再び震えが始まった。もし、間に合ってなかったら……そう考えると怖くて、身体の震えが止まらなかった。
「ひっ……」
「志奈子?」
身体が震え、しゃくりあげはじめると再び息が出来なくなる。そして指先からまた痺れて気が遠くなっていく。
「おい……くそっ」
いきなり唇がふさがれ、食いしばった顎をつかまれて無理やり口を開かされ彼から送り込まれる空気。緩んでくるとそこに甲斐くんの舌が入り込んできてなだめるように優しくわたしの口内を溶かしだす。
「んっ……」
徐々に力が抜けて行き、指先に力が戻った頃にはぐったりと力を失い、意識も白いもやの中に落ちていった。


目が覚めたら、枕元に甲斐くんがいた。
「甲斐、くん……」
「志奈子、気がついたか?」
身体を起こそうとして、やたら背中が痛いことに気がついた。話そうとして口を開く時にも違和感がある。
「背中、痣が出来てた。後頭部もたんこぶがあった。気分悪かったら病院へ行くか?」
わたしは首を振った。今は例え診察でも誰かに身体を触られたくなかった。
「顔、腫れちまったな……」
その指先が腫れてひりつく頬と唇の端を優しく撫でた。
「いいよ、そんな大した顔でもないし」
そう言った途端甲斐くんの表情が曇る。
「志奈子、おまえ隣のヤツに……」
びくりと身体が震えるのがわかった。思い出したくもないし考えたくもない。
「ごめん」
何に謝っているのかわからなかった。だって甲斐くんはわたしを助けてくれただけなのに?
あ、そうだ。
「ね、どうしてここに入って来れたの?鍵かけられたのに……」
「ああ、それな」
甲斐くんはポケットを探っていつもの自分のキーホルダーを見せた。
「これ、ここの鍵。前に借りた時スペア作っておいたんだ」
「なっ!」
何するのと言いたかったけれども、そのおかげであのギリギリの所で助かったのだから文句の言いようがない。
そういえば、この服……いつものパジャマを着せられてるみたいだけど。
「じゃあ、着替えは?」
「俺がさせた。身体も拭いといたけど、気持ち悪かったら風呂にはいるか?沸かしてあるから」
拭いたって事は……まさか
「間に合ってよかったよ」
確かめたんだ?わたしの身体と、隣の大学生にも?
ダメだ思い出すと身体が怖気立つ。甲斐くん以外の男に触れられた気持ち悪さがよみがえってきてしまう。
「お風呂、入りたい……」
「わかった」
そう言うと、いきなりわたしを抱え上げようとした。
「な、なに?」
「何って、風呂場まで運ぼうと思って」
「い、いいわよっ!重いから……」
わたしはその手を払うとふらつきながらもお風呂場までたどり着き、パジャマを脱いだ。
手首に赤い痣、洗面所の鏡に映る首筋に紅い痕。
急いでバスルームに飛び込み必死で身体を洗った。
消したい。あんなキモチワルイ感触、跡形、全部……
「ううっ……ひっく」
嗚咽がこぼれ、擦りすぎた所がひりつくほど擦り続けた。

「おい、無茶するな!」
バスルームのドアが開き、いつの間にか甲斐くんが入ってきていた。
「ただでさえ紅くなりやすいんだから、そんなことしたら痛むぞ?」
スポンジを取り上げられ、桶で湯船の湯をすくい身体にかけられた。
「っ……」
「ほらみろ、しみただろ?」
「うっ……ううっ……」
わかってる、だけど、どうしても……消せない。消したい。
どうすれば消えるの?
「消したいか?」
わたしは頷く。
「忘れさせてやろっか?」
目の前に甲斐くんが跪く。そしてわたしの手をそっと持ち上げると、紅く痣になった部分に唇を宛がった。
「俺に触られるのは嫌か?」
わたしは頭を振って、引き寄せられるがまま、甲斐くんの腕の中に収まった。
「俺ならいいんだよな?」
首筋の、同じ所を吸い上げるその痛みに堪えながらわたしは何度も頷く。
「俺だけ、だよな……志奈子は」
甲斐くんはわたしを信じてくれた。わたしが誘ったんじゃないって……今となってはその事実が嬉しくって、わたしは甲斐くんのTシャツやジーンズが濡れることも厭わずに彼に抱きついた。
「ここも酷く擦りやがって」
触られた場所は酷く擦ったので紅くなってわかってしまう。ソコに優しく順番に触れ、キスして舐めてくれた。まるで傷口を舐める動物みたいに……
「あっ……ん」
バスルームに響く声。ダメ、また聞こえてしまう……
急いで手の甲で唇を押さえるけれども、その手を甲斐くんが優しく引き剥がす。
「いいんだ、声、だして」
「ああぁっ……」
「ここじゃできないな、志奈子、その縁に腰掛けて」
言われるがままバスタブに腰掛けて膝を開かれ、その付け根に顔を埋めながら腰を抱え込むようにして抱きしめられた。
甲斐くんの鼻先がソコを優しくなぞった後、生暖かい舌先が濡れ始めたソコを、丹念に何度も何度も舐めはじめる。
「はぁっ、ああっん」
クチュリと入り込んだ指先が中を擦りはじめる。舌先が突起を舐め、剥きでたそれを吸い上げて軽く歯で噛まれて急速に昇らされて、はしたない声を上げてしまう。
「やっぁああああっ!」
「入れていい?」
ビクビクと不安なまま腰掛けて震えるわたしを抱きしめて耳元で問われ、わたしは縋り付くことで返事をする。
身体ごと湯船に落とされ、同じく湯船に入ってきた甲斐くんは膝立ちになると濡れたTシャツをバシャリと脱ぎ捨てた。わたしを引き寄せ何度も唇を合わせるその間にジーンズのファスナーを降ろし、わたしの身体の中心に宛い、わたしもそのまま腰を降ろす。
ズブズブとお湯の抵抗を感じながらもゆっくりと甲斐くんを中に収めた。その間も甲斐くんはキスをやめない。わたしが腰を落としたのを確認すると身体を抱えたまま突き上げてくる。
「んっ、んっ」
深くて、奥まで当たりきって、苦しくて生理的な声が漏れる。だけど逃げない、逃げられない。
欲しかったのは甲斐くんのだから、他の人じゃだめだったんだ。
淫乱なわけじゃない、甲斐くんにだけそうなるんだ。
わたしは……母とは違う。甲斐くんが好きだから、だから抱かれてもいいって思えた。例え彼にとってただのセフレでも、こうして他の男のモノになりそうになると嫉妬してくれる。彼のモノで居られることが嬉しくて、わたしは激しく揺さ振られながら必死で甲斐くんにしがみついていた。


一瞬でもあの嫌な感覚を忘れることが出来て、甲斐くんに与えられた快感に酔いながらわたしはぐったりとその胸にもたれていた。
「志奈子、ちょっとだけ退いて」
わたしを湯船に沈めると、甲斐くんは立ち上がり、脱ぎにくそうにジーンズを脱いだ。濡れたジーンズは脱ぎにくかったと思う。
「ほら」
全部脱いで、湯船に浸かるとわたしを引き寄せて、あの後のように身体をさすってくれる行為に身体を預けていた。
「おい、志奈子……こんなとこで寝るなよ」
「ん……」
だけど何も考えられないほど疲労しつくした身体はだるい。おまけにのぼせてしまったみたいだし。
「しょうがないな」
なんとか湯船から上がると甲斐くんが身体を拭いてくれて、もう一度パジャマをわたしに着せるとベッドまで運んでくれた。その後彼も置いてあった自分用の下着とTシャツを身につけるとわたしの隣に入ってこようとした。
「俺も眠いから……寝かせて」
狭いベッドの中、抱き寄せられて、腕枕されて、そのまま二人眠りに落ちる。
甲斐くんの体温だけ感じて、何も考えずに眠れることが幸せだと感じた夜だった。
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