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12
駅で待ち合わせて彼の家に、なんて凄く甘いシチュエーション……
これが彼氏と彼女だったらね。ただ単に図書館が閉まってるから、それだけのこと。確かに自宅なら勉強もセックスも両方出来るわよね。トイレに連れ込まれずに済むのは助かる。声が出せなくて、恥ずかしくて、だけど感じてしまう自分の愚かな身体を憎むけど、やっぱり見つかった時のことを考えるといやだった。
そういえばまともな場所で抱かれたことないな……せふれなんてそんなモノ?お手軽お気軽に抱ければいいんだろうね。彼女でもないのにホテルなんかに連れて行くのは面倒なんだろうか?何処でも出来るなんて、本当に手間も省けて安上がりな女なんだ、わたしって。
そう考えると一気に落ち込む。どうせ自分は母のように快楽に逆らえず何処でも身体を許してしまうような女なのだから仕方ないかも知れないけれども、それでも求められることを嬉しいと感じてしまった自分が贅沢が言えるはずがない。普通なら、わたしみたいなダサイ女は見向きもされないはずだろうから。
でも、自宅に呼んでもらえたってことは、すこしはまともに扱われるんだろうか?ここのところ勉強中は普通だし、彼の家、彼の部屋で勉強して……そんな甘い展開あるのだろうか?彼女でもないのにあり得ない、なのに期待してしまう自分が惨めだった。
でも……一度ぐらいちゃんと抱かれたいかな。年が明ければすぐに受験だし、卒業すればもう逢うこともない。それならば、今日彼の部屋では素直に、カノジョの雰囲気だけでも味合わせて貰っても罰は当たらないんじゃないだろうか?ベッドに上げて貰えなくても、せめて甲斐くんの部屋で……そしたら、少しだけ惨めにならなくて済むかな?ベッドの上じゃ、一応彼女扱いしてもらえるかな?
だったらいいのに……

「待ったか?」
「ううん」
今日は自転車じゃなく歩いて迎えに来てくれたみたいだった。そのままなにも話さず甲斐くんの後を付いていくだけ。駅で待ち合わせなんて、そんな恋人同士みたいなこと照れくさくて恥ずかしかった。けど、甲斐くんからすればなんでもないことかもしれない。こうやって誰かと待ち合わせて家に連れて行くことも……
ただ、横には並べなかった。カノジョじゃないから……


「わりぃ、ここなんだけど、先に応接間行っててくれる?なんか入れてくるわ」
そこそこ広いマンションの一室、彼の部屋でなく居間で勉強するらしかった。やっぱり部屋には通してもらえるような関係じゃなかったってことかな?その事が少しだけ悲しかった。でも、仕方ないよね、恋人同士でもない、ただの身体だけの関係なんだから……

「やぁん、いいっ、はっはぁっ」
「そうか?我慢できなかったみたいだものな、ここ」
え?
突然目の前に絡み合う男女の半裸の姿。
言われた通りリビングのドアを開けたとたん目の中に飛び込んできた。
「ヤダ、だれか見てるぅ」
「ほう、史仁のカノジョか?にしては毛色かわってんなぁ。よかったら混ざるかい?」
思わずそのままドアをばたんと閉めた。
「委員長、どうした?」
知ってて、つれてきた?不思議そうな顔した甲斐くんが、わたしの表情を見たとたん顔色を変えた。
「クソ野郎か??」
ガシャンと手にしたお盆を床に叩きつけてドアを開けた。
そこにはさっきの二人がやっぱりさっきと同じ格好でセックスしていた。
「隆仁、何やってんだよ!」
「なんだ、帰ってたのか?おまえいないから、たまには気分変えてここでセックスをだな」
そういえばさっきチラッと見たとき誰かに似てるって思ったのは甲斐くんにだったんだ。お兄さん?って思ったけれども、よく見るとかなり年上みたいで、お兄さんにしては歳がいきすぎてる気がした。それに相手の女の人も、綺麗だけど若いって感じでもない。少し年齢がいってる感じがする。その、なんとなくだけど。
「枕営業を家でやるなって言ってんだろ!」
「仕方ないだろ?お得意さまに家に行きたい、俺の息子の顔が見てみたいなんて言われたらなぁ?」
息子って……父親なの?そうだとしたら反対に若すぎる。おまけにお得意様って、もしかしなくてもホストかなにか?でも、この現状って……
「なあ、その子おまえのカノジョなの?好み変わったなぁ。それとも、そんなの気にならないほどいいカラダしてんの?その子。だったら混じって4Pやろうぜ、試させてよ。こいつもそういうの大好きだから、なぁ?」
「あぁん、すきよぉ!高校生の男の子も大好物よぉ、もちろんタカさんがぁ一番だけどぉ」
堂々と目の前で平然と話しながら腰を動かしているのが、甲斐くんの父親なんだ……
まるで、昔わたしがいても平気で男の人の相手してた母のように、彼の父親も、そういう人だったんだ。
同じ、だったんだ……
「うるせえ!委員長、来いよっ!」
呆然としてたら、ぐいっと凄い力で引っ張られてあっという間に彼のマンションから遠ざかっていた。


結局は公園のベンチに座って、彼が買ってきた缶コーヒーを手にして、二人無言で座っていた。
何を話せば?でも、説明する必要もないと思う。別にカノジョなわけでもないし、だからといって軽蔑できるようなことでもない。

「悪い、委員長……」
甲斐くんが悪い訳じゃない。わたしだって同じだったから……子供は親を選べないんだからしょうがない。ましてや養って貰ってる間は尚更だ。
ただ、ようやくわかった気がした。甲斐くんにずっと感じてた何か……それはわたしも感じていたモノ。はっきりと言葉には出来ないけれども、みんなが持っていて持っていないもの、普通の家がないから感じる引け目、だから自分はこうなっても仕方ないんだっていうヤケにも似た感情。自分の中の足りないモノを他に求めて、形だけでもいいから求められ、認められることでほっとする。わたしは勉強で、彼はカノジョとか友人だったりしたみたいだけれども。

「別に、気にしないわ」
自分のことを話さないつもりだったので、普通にそう答えた。
「そうか……」
説明しなくて済んでほっとしたようだった。わたしだって、長々と自分の不幸自慢みたいなものを人に話したいとは思わない。それなら真面目で非の打ち所のない優等生、委員長だと思われてる方がいい。同情されるのも勘ぐられるのもいやだった。何よりも母のような女になりたくなかったから……今は同じようなことしちゃってるけどね。
彼も、きっとそうなんだろう。そこそこ明るくて、人付き合いいいように見える。女の子にモテて、仲間も多いふつうの高校生でいたかったに違いない。
「あんなんでも父親でさ、あいつが女たらして稼いだ金で食わしてもらってんだ。もう歳だから経営側だけどよ、未だにあの調子だから。俺は慣れてるけど、委員長みたいにふつーの家の育ったお嬢様には衝撃強かっただろ?」
普通の家?うちが?
違うけど、そう思われてたんだ……そりゃそうだよね、そう思われるようにふるまってきたし、今は母親も落ち着いて普通の奥さんしてるしね?義理でも普通のお父さんいるし。
いまさら話したとこで嘘っぽいか……それに、そう思われてるならそのままがよかった。どうせ卒業するまでの関係だし、真面目な委員長のイメージのままでいい。淫乱な母親を持った娘だってわかったら、彼だって興味なくすだろうから……それに、そんなこと思われたくない。彼の目には少しでも綺麗なイメージの自分を残しておきたかった。
「べつに、そんなの関係ないわ。父親がどうであれ、甲斐くんは甲斐くんなんだから」
「委員長……」
「どうする?ここじゃ寒くて勉強出来ないわね。昨日やったとこでわからないところがあるんなら、どこかファミレスかファーストフードに入る?受験生なんだから、時間無駄に出来ないでしょ」
「いや、今日はもう、いいよ」
本当はもう少し一緒にいて、少しだけでも彼の心を温めてあげることが出来たら、なんて思ったけれどもそれは軽く却下された。やっぱりわたしなんかとどこかの店に入るなんていやだよね?連れ歩くにはちょっと酷いものね。
立ち上がった彼は空き缶をゴミ箱に放り込むと、『送る』といって駅の方へ歩き出した。

やっぱりイヤだよね、あんなの見られたら、自分の作ったイメージが足元から崩れてしまうから。その気持ちはわかる……だから、わたしは何も言わずに電車に乗った。
誰だって聞かれたくないことや知られたくないことがあるんだ。話したくなったら話すだろうと思う。でもその相手は、本当に彼が本気になった人でわたしなんかじゃない。だから、何もきかないし、知ろうともしない。
それが二人のが、セフレのルールだと思っていた。


それから、正月過ぎまで甲斐くんから連絡がなかった。
いつものように独りで過ごす年末年始。一応は家に帰ってくるかと聞かれたけれども、受験勉強を理由に断って除夜の鐘を聞きながら勉強していた。
アパートの窓を開けると、冷たい空気と一緒に遠くのお寺の鐘の音が部屋の中に入り込んでくる。
ずっと、独りだ……
お正月なんて楽しいものだとは思ったことがない。たまに、男のいない母がお正月は雑煮を食べるんだと言って、いつものおみそ汁に焼いたお餅を放り込んで食べさせてくれたっけ。おせち料理なんて物はテレビの中だけの物で口にしたことはない。
あたりまえなんて、知らない。普通の生活も、家族も、何も知らない。でも知った顔をして過ごしてきた。擬似的な情報はテレビや本からいくらでも手に入ったから。
だけど、実際には一人。買出しに行く以外家からも出ない。これで受験勉強でもなければまったく目的もない無意味な日々。学校のない自分なんてこんなにも色のない生活だったんだ。呼び出されて図書館へ通う日々の方が生きてるって気がした。

『なあ、逢わねぇ?』
甲斐くんから電話があったのは正月明けてしばらくしてからだった。
「セックス抜きの勉強なら」
そう答えたら意外にもOKをだした。
『悪かったな、正月ぐらいは家族と過ごすだろうと思ってたから遠慮してたんだけど、ちょいわかんない問題あってさ。俺、予備校とか行ってないから聞くとこ無くて』
遠慮?家族なんて居ないのに……正月なんか無かったのに。
「図書館でいいの?」
『ああ』
やっぱり、彼の中ではわたしは普通の家の子なんだ?
あれ、わたしって、そうじゃないって、甲斐くんに知られたいの?知られたくないの?
知って欲しいけど知られたくないなんて矛盾してる。
それとも、解り合える部分を見せれば今のこの関係は変わるだろうか?だけど、『なんだそうだったのか』と納得されるのもいやだった。そんな女だと今以上に蔑まれるのはいやだ。
わたしの中のなけなしのプライドが邪魔をする。今、甲斐くんの家族のことを知ったわたしに対して彼が引け目を感じてるのがわかっている。だから今までと違って上手に出る事が出来てるのだから。
なのに、抱かれなくて済んだことにほっとしながらも、少しだけ寂しく感じているなんて……
たとえ性欲処理の為でも、自分を必要として貰えることが嬉しかったのかな?
馬鹿みたい。そんな魅力がわたしにあるはずないのに。取りあえず取り柄の勉強を教えてほしいって言われてる、それだけでいいんだから。

休みが明けて、しばらくは登校日だったけれども、卒業試験を省くと自由登校になり、互いに受験一色で志望校合格に向けて勉強に励む毎日。時々質問の電話がかかってきたりするぐらいだった。だけど、今まで鳴らなかった電話が不意に鳴る嬉さ。メールで質問が来たりと、勉強しながらも浮かれている自分がおかしかった。このアパートに来てから、はじめて夜が寂しくないって思えだした。ソレも受験が終わるまで。
もういらないんだろうな、この身体も……
飽きるのが遅すぎたぐらいだし、今は勉強が出来ればそれでいいみたいだ。これで大学が決まればもう女の人に不自由しないだろうからね。
時々身体が疼いて、その時は甲斐くんの指や彼のたくましいモノを思い出しながら自分で慰めた。
それはちょっと虚しい行為だった。
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