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日高&正岡

同僚・その4


 男の人って、こんなものなの??
 なんかえっちしだすとそればっかりというか……あんなに真面目な日高先生が、こんなにさかってくるなんて! ちょっと信じられないんだけど??
 でもまあ、求められて嬉しくないはずがない。最初は痛かったけど、だんだんとその……気持ちいいし? わけがわからなくされてる時もある。お互い体力だけはあり余っているほうだけど、さすがに次の日の部活指導は疲れるから、泊まりの時に朝もっていうのは困るんだけど。
 お互いの両親への挨拶も済ませ、式場の日程さえ空いるのなら、いっそのこと春休みの間に式を挙げてしまえということになった。年度末のほうが色々と都合いいのよね。だって担任してる最中に名字が変わったりとかややこしいでしょ? 住所変更にしても何にしても……だったので急遽話がトントン拍子で進んでいった。
 式場はたまたまキャンセルで空いたので急いで押さえた。場所は地元の披露宴会場だ。披露宴に参加するのはほとんど地元の人が中心だし、移動するだけで年寄りがくたびれるという理由でそこに決まった。どっちも親戚とか多いしね。
 だけど、結婚決めてからは逢える時間も式の準備に追いやられてちょっとさみしかった。お互い実家暮らしだから、外泊とかあんまり自由が効かないし……互いに部活の指導でとにかく休みもまともにないからね。だから、逢えない日が続くと寂しい。とにかく毎日の時間を一緒に過ごしたくてしょうがなかった。互いに実家住まいだったから余計だろうね。もっと会うためには、一緒に暮らすのが一番早かったから。
 でもまさか自分が結婚式挙げるなんて思ってなかった。そりゃ、見合いして結婚するとなればその予定だったんだろうけど、全く想像出来なかったのよね。今までも同僚の式に参列してきたけど、出るたびに自分は無理だろうなって思ってきた。この歳になるまでまともに男と付き合ってなければそうなるよね? 仕事が忙しすぎて出会いなんてなかったし、好きな人は……とっくに諦めてたし。
 だけど急いだもんだから、やっぱり『出来てるの?』と誤解されたりもした。それに先生同士って、結構生徒たちとかPTAとかの噂が煩いんだよね。最初は式と入籍だけで披露宴なしって言ったんだけど、それをしなくてよかった……親にも「できちゃった結婚じゃないんだから」って言われたし、生徒たちにも示しつかないからね。けど、その点は……彼がきちんと避妊してくれた。やっぱり志奈子先生の事があるから、そのあたりは神経質になっているんだと思う。この衝撃的な噂のお陰で志奈子先生に注目がいかなくなったのは幸いだった。
 あと住むトコも、子供ができるまではアパートに住むことになった。向こうも跡取りだからね、それまでの自由って感じかな? でも、わたしにまともな家事ができるだろうか?? そこは……目を瞑って欲しいと言ってるんだけど。向こうのお母さんも期待はしてないとはっきり言ってくれたので、「教えてください」と頭をさげることができてかえって楽だった。


「智恵……もう一回」
 帰ろうと服を着ようとしているのに、再びベッドに引きずり込まれる。
 少ない二人の時間……式や新居の準備を済ませたあとにホテルに飛び込んで甘いひとときを過ごしたんだけど、もうすぐ10時……泊まりの時間になっちゃうよ?
「だ、だめだって……もう! また帰れなくなるじゃない……」
 今日はいったい何回やれば気が済むんだろう? 久しぶりといっても2週間空いただけだよ? 普段はせいぜい2回で置いてくれるけど、休みの前だと3回以上はのっかかられる。明日はどっちも練習があるはずなんだけど……
「先週末は智恵の生理で、間があいただろ? だから、もうちょっとだけ」
「もう……」
 そうしょっちゅうは逢えないから余計かもしれない。それでも式の打ち合わせに週1回は必ず逢ってる気がするんだけどね。
「早く一緒に暮らしたいな」
「うん……」
 こんな甘いふたりを、きっと教え子たちは想像できないと思う。もちろんわたしだって想像できなかった。自分がこんなにも人に甘えたりできるってこと、今の今まで知らなかったのだから。
 彼女は……志奈子先生はどうだったんだろう? 
 前の彼と身体だけの関係だったという。それが、快感だけ与えられて、後は寂しい思いをしていたとしたら……少し、ううん、かなり悲しいと思う。
 でも、本当に身体だけでここまで追いかけてきたりするのかなぁ?
「智恵、何考えてるの?」
「うん……志奈子先生のこと」
「いつの間にか、僕より心配性だね」
「ほっとけないのよ、あの子……」
 返事は返ってこなかった。彼もどう返事していいのか迷っているみたいだ。まだわたしに気を使ってるのかな? そりゃね、彼が志奈子先生に惹かれた気持ちもわかる。だけど、今じゃわたしのほうがずっと彼女のこと好きだと思うのよね。一生懸命で、でもかたくなで放おっておけない……好きな人の子だからって、一人で出産を決めちゃった彼女の気持ちはわらないでもないけど、ちょっと無謀だもんね。もし、相手の名前とか聞き出せたら、速攻で連絡取って責任とらせたてやりたいわよ! ほんとに。
 話では、向こうの男も結婚して子供ができているらしいってことだし……
「ああもう、なんか腹が立ってきた!」
「え? 僕、なにかした?」
「違う! 志奈子先生の相手の男よっ!」
「ああ、それは僕も腹が立つよ。けどそのおかげで智恵の事に気付けたわけだから、なんとも言えないんだけど……でもやっぱり女性を身籠らせておいてそのままというのは、許せないよなぁ」
「でしょ? ねえ、何もできないのかな、このまま……」
「智恵?」
「何もできないまま、このままわたしだけ幸せになっていいの? 彼が来なかったら……もしかしたらこの幸せは志奈子先生のものだったんじゃないかって、思う時があるんだ」
 抱かれている時、彼の隣で目覚めた時、ふと今の幸せは人を押しのけて得た幸せなんじゃないかと……
「違うよ。彼が現れなくても、彼女は僕のものにはなっていないと思う。ただ、智恵は……彼女の妊娠の事がなければ、僕のことを諦めて、お見合いしてそのまま結婚してた可能性があったんじゃないの?」
「そ、それは……」
 告白する勇気も、何も持っていなかった……ずっと恋愛は諦めモードだったのが事実。だって、今までそういうのには無縁に生きてきたから、お見合いしていい人だったらそれなりに妥協して結婚したか、それとも生涯教育に身をささげていたかのどちらかだったと思う。
 ただ……今はこうして、好きな人に抱かれる喜びをしってしまった。好きでもない人とこんな行為はできたもんじゃないってわかる。いや、わかってよかった……知らないまま結婚してたら、たぶん初夜あたりでパニックを起こしていたかもしれない。
「僕達に出来ることをしていこう。志奈子先生の助けになるようなことを……ね? そうやって、人のことを一生懸命心配してる知恵が好きだよ」
 抱き寄せられてそっと頬にキスされた。
「志奈子先生は人の不幸を喜んだりする人じゃないだろ? 僕らが幸せになることを彼女も望んでくれていると思うよ。それは見ていたらよくわかるはずだ」
「うん……ねえ、だったらわたしたちの幸せをおすそ分けしてもいい?」
「え?」
「いいよね?」
 小さな、小さな方法だけど。


「なんかあっという間に決まっちゃって……」
 その日は日高くんが試合で、わたしは午後から空いたので志奈子先生と会っていた。たまたまつけていった婚約指輪を見て、彼女は綺麗ですねと言って自分のことのように喜んでくれた。
 世に言う3カ月分じゃなくて1ヶ月半分ぐらいだけど、小さくても一応ダイヤだった。わたしはそういうのにあまり興味はないから、形だけなんだけどね。これだけは後に残るからちゃんとさせてくれと言われてしまったから。突き指ばかりする太い薬指には似合わない。だけどそんな指につけても、それを見て彼が喜んでくれるならそれでいいと思えるようになった。指だけじゃない……自分の身体も何もかもが、彼に愛されれば愛されるほど、愛おしくなっていくのだ。
 こんな気持ち、彼女は味わわなかったのだろうか? 婚約指輪だって彼女には縁のないものになってしまったはずだ。だから、見せてと言われた時も、ちょっとだけためらってしまった……自分の幸せを見せつけるようで嫌だったから。でも、彼女はそんな風にとったりはしない。本当に純粋にわたしたちの結婚を心から喜んでくれているのだ。
「おめでとうございます。春にはお式ですってね」
 お腹に子供がいれば、本当なら順番を踏んで、幸せになるのは彼女の方が先のはずだった。なのに……彼女には式を挙げる予定すらないままだ。
 志奈子先生は、今学年度末で退職、3月の終わりには母親のいる実家に引っ越すことが決まっていた。遠く離れてしまうけれども、それは彼女が掴んだ唯一の幸せだった。なんと、長年疎遠になっていた母親と和解し、子供が生まれた後もずっと面倒を見てもらえることになったのだという。そのことが分かるまでは、こっちで朱さんするだろうから、できる限り手伝おうって思ってたのに……だって、彼女は他に友達とかいないみたいだし、身内とも長いこと連絡をとってないと聞いていたからね。
 だけど、親元が一番安心できるよね?
 わたしだって、長年一緒に暮らしていた親と離れるのはちょっと寂しい。うっとうしい部分もあったからせいせいしてる面もあるけどね。なにせ30過ぎても嫁に行きそうにもなかった娘が、いきなり年下の若い男連れて来たもんだから、喜びまくってるのよね、うちの家族。
「春休みぐらいしかないからね、わたしたちの休みなんて」
 彼女は嬉しそうに、結婚式の準備や引越しの準備とかが忙しいって話を聞いてくれていた。自分にはないことだから、聞いてるだけで楽しいと言ってくれたけど、少しだけ羨ましそうに微笑む彼女を見て胸が痛んだ。彼女は子供産んだあとも、ずっとひとりでいるんだよね? このままじゃ、一生結婚式とは縁がないまま終わってしまうだろう。せめて式に招待したかったけど、彼女と日高くんと付き合ってたことは周りに知られているし、今季で退職する理由も勘ぐられてる。そんな中、お腹が目立って来た彼女を、長い式の間ひとりにはしておけなかったのと、体調のことを考えて彼女の方が辞退してきたのだ。
 それに、3月末に引っ越す準備も忙しそうだ。もちろんその日はわたしも日高くんも手伝うつもりだ。妊婦に重い荷物なんて持たせられないからね。それと……来週は卒業式だけど、彼女は着られるスーツなんてあるのかしら? 聞いてみると、どうやらどれも入らなくなったらしく、週末にわたしが衣装を選ぶついでに志奈子先生のスーツを買いに行く約束をつけた。
 実は……ちょっと計画していることがあった。彼女にとっては迷惑かもしれないけど。結婚もせずに子供を産む決意をした彼女に、一度だけでもいいから花嫁衣装着せてあげたいなって思ってしまったのだ。
 だって、背が高いだけでたくましい体型のわたしよりよっぽど似合いそうなんだもの。

「志奈子先生……綺麗」
 やっぱり……凄く似合う。ほんとにきれい! これ、相手の男を知ってたら送りつけてやりたいぐらいだわ。
「ちょっと、正岡先生恥ずかしいから……シャメなんて撮らないでくださいよ」
 志奈子先生に着せたウエディングドレス。胸元で切り替えが入って、お腹の目立たないものなら、普通の花嫁さんに見える。
 衣装選びに付き合ってもらって、ドレスを見せるだけなんて出来なかった。じーっと見てたドレスを無理やりにでも着せたけど、満更じゃないみたい。その証拠に……
「じゃあ、そのシャメ後で貰っていいですか? 両親に……母に見せたいなって」
 そっか、自分にっていうより母親に見せたいんだね。長年の確執を乗り越えて和解した親子だもんね。父親のいない子を一緒に育てようと言ってくれたんだと喜んでいたけど、花嫁姿は見せてあげられないのは申し訳ないと思ってたんだろうね。
「なんか悪いかなって、途中で思っちゃった。わたしばかり幸せになるような気がして」
 後から日高くんとくっついたわたしが、こんなに早くに幸せになろうとしてるのだ。でも彼女はわたしに感謝してるって言ってくれた。こっちこそ、本当は感謝してるんだ。もしかしたら、ふたりがうまくいってるのをこうやって祝福しなきゃいけなかったのはわたしの方だったかもしれないのだから……
「ホントは、志奈子先生もこれ着て幸せにならなきゃいけないのに……」
 これからの彼女の苦労を考えると辛くて……幸せになる自分が申し訳なくて。わたしは彼女を車に乗せた後、彼女を抱きしめた。
 もう何度泣いたかしれない。彼女が泣かないから、いつもわたしが代りに泣いてる気がする。こんな泣き虫じゃなかったのに……自分の事じゃ泣かないくせにって、日高くんにも言われてる。だけど『自分は幸せだ』って言える彼女は強いけど、無理してるように思えてならなかった。こんなにも潔くて、一生懸命なのに……
「わたしは大好きな人の子供を産むことが出来るんです。あの人には迷惑かもしれないけど……これは一生の宝物ですよね? だから幸せなんです」
「志奈子先生……」
「正岡先生は長いこと日高先生をずーっと思ってて、わたしみたいなのにも親切にしてくれて、そんな先生の本当の姿、日高先生もちゃんと見てくれてたんですよね? だったらそれもご褒美ですよ。だから、幸せになってください。わたしは出席出来ないですけど、誰よりも祝福しています」
 何もできなかったのに、わたしに幸せになってほしいと、恩返ししたいなんて言い出す始末。
 何言ってるのよ? 恩返しなんていらない! 志奈子先生が幸せになってくれることが一番なんだから。でもね……
「もし、将来……好きな人が出来た時は、ちゃんとその人の所に行きなさいよね?」
 にっこりとほほ笑むけど頷かない。そんなことないって思ってるんだよね? ほんとに、もう! こんないい子を捨てるなんてほんとにむかつくヤツだわ! もしも会うことがあったら、絶対にぶん殴ってやる!! と、そう心に決めていた。


 だけど、その機会はなかなか訪れなかった。
「どうして呼んでくれなかったのよ!!」
「仕方ないだろう。卒業式の後だったし、そっちだって式の後なんて身動きとれなかったはずだし」
 責めるわたしを彼が必死でなだめていた。
 卒業式にいきなりあの志奈子先生の元彼が訪ねてきたのだ。それも、手引きしたのは志奈子先生の教え子だという。元彼は……えっと甲斐だっけ? そいつは教え子と連絡をとっていて、志奈子先生が妊娠していて、日高くんと結婚すると思い込んでいたのを違うと否定されて、慌てて飛んできたらしい。まあ、それはいいわよ。でもね、今までの責任があるでしょう?
「それでもよっ! で、ちゃんと制裁加えといたんでしょうね?」
「それはもちろん、智恵の分までとはいかないけど思いっきり一発入れといたから」
 そう言いながら拳を見せる。
「ならよし」
「けどさ、今度出会ったときいきなり殴りかかるとか、止めてくれよな」
「どうして?」
「志奈子先生がすっごく辛そうにしてたから。べた惚れだよ……あれは、お互いに」
「ほんとに?」
「まあ今話した通り色々と経緯はあったらしいからね。向こうも誤解してたってとことかな」
「……むう」
「拗ねないで……怒らないでって。人の事で必死に怒る智恵も可愛いけど」
 そう言ってわたしを膝の上に乗せて甘やかそうとする。
 実はここ……その、ラブホだ。 
 だけど、なんだか最近の日高くんは、すぐにこうやって優位に立とうとする。説教するっていうか言い聞かせようとしてるような気がするんだよね。そのときは必ずこうやってわたしに触れながらだから、つい流されちゃうし……
「引っ越しの手伝いは約束したんだろう? だったらその時に話をつければいいじゃないか」
「でも……」
「あのね、僕達の式もすぐその次の週なんですけど?」
 子供ができるまでは二人で部屋を借りて暮らすことになったので、そこへの引っ越しもある。でも家具も電化製品も、いずれ日高のうちに入るのでそんなに気張らず、ふたりで暮らす最低限をそろえた。あとはまあ中身を互いの車で入れていけば済むだけの事だ。余分な物は互いの実家に置いておくことになってるし。たぶん向こうの親と暮らす頃には二世帯住宅とか建てるつもりらしいからね。もちろん、彼が。
「こうやって時間取れるのって凄く貴重だと思わない?」
「……それは」
「じゃあ、もう黙って。わかってるだろ? 僕がもう……こんなになってるの」
 熱い下半身を押しつけて来る。
「最近、智恵の感度が上がってるから、もう毎晩夢にまで出てきて大変なんだけど?」
「もう、そんなことばっかり言って!」
「今さら格好つけても仕方ないからね。それでも、エッチしてる最中だけは完全に僕が優位にたてるから……つい、楽しくてね」
「もうっ、んっ……」
 首筋とかが弱いのを知っていて、執拗に責めて来る。たしかに、エッチの最中は好きにされ放題って感じで……こっちは経験ないのに対して、日高くんは以外と経験豊富みたいで、いつだって気持ちよくされて、わけわかんないうちに終わってたりする。それにお互い体力あるからって、何度もしようとするのはやめてほしい。これって、日が開くからだって言ってるけど、もし一緒に暮したら……毎日なの?? まあ、しばらくは新婚さんだからいいけど。まあ……わたしだって、嫌じゃないもの。
「あっ……ん」
「可愛い声。誰にも聞かせたくないね」
 聞かせるわけないじゃない! 恥ずかしいけど彼の前ではわたしはただの女になってしまう。受け入れて、喘がされて……先輩だとか後輩だとか関係なく、身体ごと支配されて。でも、ちゃんとわたしも彼を気持ちよくしているのが伝わってきて嬉しかった。
「んっ……はぁっ」
 気持ちよすぎて思わず腰が動いてしまう。たまに『上にのって』なんて言われて……気持ちよく動いてると、彼の方が耐えられなくなるみたいで、その時は怒ったようにひっくり返される。
「あ、そんなに……動くなって、ああもうくそっ!」
 最初の一回目とか、すっごく急いてるみたいに繋がるから、我慢できない彼が早々に果ててしまい……そのあと屈辱戦だとか言ってしつこくするのには困るんだけど。逢うたびにヘロヘロになって帰ってるの、家族にばれてるんじゃないかと心配だった。



「あんたが、甲斐?」
引っ越しの日。ようやく志奈子先生のカレシとご対面……そして、ぶったまげた。
何? この色男! なんか出てない? っていうほど女の目を引く。モデルやってたというけど、これは……違うでしょ? 見たことも行ったこともないけど、ホストとかいうやつじゃないの? 聞けば実家が経営してるって……思わず行ってみたいと思ったのは内緒だけど。 
 でも怒りは収まらない。たとえいい男でも、志奈子先生を苦しめたのは間違いないから。
「智恵先輩、ちょっと落ち着いて……」
「あんたはいいわよ! もう一発殴ったんでしょ? わたしはまだなんだからね!」
 だけど、志奈子先生がわたしの腕を掴んで必死で訴えて来る。どうせこの子は『わたしの方が悪かった』って言うのよね? もう……殴れないじゃない!
「じゃあ、わたしの一発は、この先、志奈子先生を泣かせたとき用に取っておくから。いい? 甲斐史仁」
 思いっきり睨みつけておいたけど、結構修羅場くぐってきたのかしら? ヤツは意外と図太く笑って見せた。
「この先なんて、絶対にないですよ」
 しらっと言ってるけど、逃げだすような男ならタコ殴りよ。

 引っ越しはあっという間に片付いた。ずいぶん前から準備してたんだろうけど、元々荷物の少ない子だった。引っ越すたびにいろんなもの捨ててきたんだろう。ここに来た時も段ボール箱数箱とボストン一つだったという。家具は持たない主義、それが彼女の部屋を見てよくわかった。今まで本当に質素に生きてきたのだ。何にも執着せず……これからは少しぐらい贅沢になってほしい。幸せになることに執着して、すこしずつ愛される自信や、甘えることを覚えて? お願いだから……
 どちらにせよ、妊婦の彼女に無理はさせられなくて、荷物は全部片付けてしまった。また身体が楽になってから整理すればいいだろうから。だって、もう……
「これからはすぐに駆け付けられないんだからさ」
「……そうですね」
 そう口にするとすっごく寂しそうな顔して俯いてしまう。
「ほら、そんな寂しそうな顔しない、もう可愛いんだからっ!」
 わたしは彼女をおもいっきり抱きしめていた。照れて真っ赤になってる彼女が可愛くてしょうがない。本当は、離れてしまうのが寂しいのはわたしの方だ。わたしは贅沢ものだから、愛する人も、友人も、家族も、可愛い教え子たちも、全部欲しいんだ。いつの間にかわたしの中でも、無くしたくない存在になっていた。
 だけど、彼女はある意味誰よりも強い。一人でいることにずっと耐えてきた子だから。だからこそ、もう二度とひとりがいいなんて思わせたくない。たとえ、離れてしまったとしても……
「メールしなさいよ? でもって話しがあれば携帯があるでしょ? あの男、油断できないんだから……なにかあったらすぐに報告するんだよ? もしもの時はすぐに駆け付けてぶん殴ってやるんだから」
 そう、心配なのはこの男だ。また同じようなこと繰り返すようなら承知しないんだからね!
「そんな怖いこと言わないでくださいよ。ちゃんと大事にしますから」
 志奈子先生の後ろから飄々とした態度で返事を返してくる、ヤツ。いかにもといった感じで彼女の肩を抱いて笑ってるけど、そういうあんたが一番信用できないんだからね!
「あ、そのときは僕も来るから、覚悟しておけよな?」
 さすが日高くん、わかってるね! わたしが睨みつけてると、ちゃんと後ろから加勢して嚇してくれているのに……
「ハイハイ、わかってますって」
 体育会系で「ハイ!」が基本のわたしたちに対して、いい加減な返事の仕方をするもんだから、おもいっきりわたしの神経を逆撫でた。
「返事は、ハイと一回で!」
 思わず部活で生徒に起こるように怒鳴っていた。


 片付けが終わった頃、タイミングよくインターホンが鳴り、訪ねてきたのはすっごい美形の妊婦と、ちょっと年食ったイイ男のカップル……でいいんだよね?? 
 コレが噂に聞いていた甲斐パパと志奈子先生が憧れていた朱里さんって人? なんか噂以上なんですけど?? 甲斐パパは年齢不詳だし、朱里さんは妊婦なのにすごくおしゃれだ。モデルしてただけあって背も高い。あれ? わたしと目線が合う女性って珍しいわ。
「志奈子ちゃん、元気だった? 史仁の馬鹿が……本当にごめんねっ!」
 朱里さんは、入ってくるなり志奈子先生に飛びついていた……なんか自分の行動パターン見てるようで、一瞬びっくり。彼女も志奈子先生と会うのは久しぶりらしく、何度も何度も抱きしめていた。彼女にも心配かけたんだよね……友達だと思っていたのに、いきなり姿消されちゃ、それは心配だろうと思う。
 そんな彼女たちを嬉しそうにニマニマ見てるの甲斐の父親は、たしかにイイ男だけどちょっと胡散臭い? ホストクラブの経営してるだけあって、きっと元ホスト……いや現役ホストかもしれない。甲斐のヤツ以上になんか出てるわよ??
「あの、正岡先生ですよね? はじめまして、甲斐朱理です。一応史仁の義母になりますけど、志奈子さんとは同じ大学だったんです」
 ひとしきり抱擁が終わった後、こちらを振り向いた彼女がわたしに手を差し出して挨拶してきた。
「はじめまして、正岡智恵です。お噂はかねがね……」
 たしか志奈子先生は、この人と甲斐が結婚したと勘違いしてたんだよね。まあ、紛らわしいというか、普通有り得ないけど、ヤツの父親ならおかしくはないかな? だって、そこらの若い男よりよっぽど魅力的に見えるから。きっと甲斐のヤツが歳食ったらこんな感じになるんじゃない??
「よかったわ。志奈子ちゃんにこうして頼りにできる人ができて……わたしでは力になれなかったから」
 彼女もかたくなな志奈子先生の心を開こうとしたのだろう。だけど、甲斐の相手だと勘違いしたままでそれはありえなかったのだろう。わたしだって、彼女の妊娠のことがなければ、心をひらいてくれなかったかもしれない。あのまま、誰にも頼らず一生を過ごす気でいたんだものね、この子は……

「それじゃ、引越し祝いにお鍋でもしますか?」
 甲斐の会社の先輩だという人も加わったので、何かつくろうということになった。志奈子先生が、たしか土鍋とガスコンロがあるはずだというので、鍋に決定! これならわたしも手伝えるもんね。材料切るだけ、鍋に放り込むだけだから。材料を男どもに買いに行かせて女3人で料理をはじめた。といっても、臨月間際の朱里さんは座って見ているだけだ。お腹がかさばって、台所が狭くなってしまうから。
 彼女は志奈子先生と離れている間のヤツがどうしていたかを事細かに話してくれていた。これでちょっと安心できるかな? それなりに真面目に彼女を思って過ごしていたらしい。傍から見れば両想いにしか見えないのに、相変わらず志奈子先生は自信がない様子だった。
 ようし……それなら
「志奈子先生!!」
 わたしはいきなり大声で叫んでみた。
「どうしたんだ! 志奈子?」
 来た来た。ほらね? 血相抱えて、すごく心配そうで……ベタ惚れ間違い無いじゃない?
「あら、コレすごくおいしいわねーって、言っただけよ?」
ヤツは、ちょっ文句言いたげだったけど、グッと堪えて再び部屋に戻っていった。
「ほらね、すっごく大事にされてるのよ。だからこれからはいっぱい我儘言ってやりなよ」
 ねえ? と朱里さんにも視線で合図を送る。
「出来ることでも全部頼めばいいよ。そうしたら喜んでやってくれるわよ。きっとやること同じよ、あのふたり」
 腐っても親子。きっと似てるんだろうね。二人共よく知ってる朱里さんが言うんだから間違いなと思う。
 二人はこれから同じ血筋の男たちの伴侶として、そして同じママさん仲間としても仲良くしていくんだろうなぁ。なんか一緒にいられないのがヤダ。
「あーあ、いいなぁ、わたしも子供欲しいなぁ」
 思わずそう口にしてしまった……
「あら、今から頑張れば同い年の赤ちゃんが出来るわよ?」
 朱里さん、そんな無茶なことを……やっぱり出産となると仕事も休まなくちゃだし、少し考えてしまう。
「即できそうな感じするけどなぁ。けっこう体力ありそうな感じだし、正岡先生の旦那さん」
 確かに……体力だけは。いうやいや、そんな恥ずかしいこと! ソッチの方面では、甲斐パパのほうが凄そうなんですけど? なんか……想像を絶するような感じ?
「ま、まだそうじゃないです! し、式は来週だし……それに、赤ちゃんは、その授かりものだから。わたしも、もう30歳過ぎてるしね……」
「大丈夫よ、正岡先生の肌とか体つき見てたら十分若いわよ。20代半ばに見えるから」
「そ、そんな……」
 肌? 身体の方は筋肉ばっちりだけど、肌は褒められたことないよ? あ、でも……日高くんと付き合い始めてから化粧とか日焼け止めとか、お手入れするようになった。その、身体もね?
 でも、そんな事見ただけでわかるっていうの?? なんかすごいんですけど……この人も。
「でも……わたしが正岡先生って呼ぶのもおかしいわよね。わたしの方が年下なのに、敬語っぽいし」
 それはそうだ。私のほうがかなり上なんだよね。なのについ、朱里さんって呼んでしまう。美人だから余計にだろうか?
「やだな、みんなそうなのよね……いつも垣根作られちゃうんだ。わたしは普通にお友達になりたいだけなのにね」
 この人はこの人で、今まで心から打ち解ける相手が出来なかったんじゃないだろうか? だからこそ、志奈子先生のことをすごく気にかけてたのかもしれない。彼女は嘘やおべっか使わないからね。
「でも正岡先生、じゃなくて智恵さんとならすっごく気の合うお友達になれそうなんだけど? 一緒に文仁を見張って、志奈子ちゃんを幸せにするとこを確認しないと心配でしょうがないでしょ?」
 それは願ってもないことだった。これからはもっと距離が開いてしまうと思っていた。だけど、彼女と一緒に見張るなんてすごくいい提案だ。
 わたしは即それに同意して、彼女を朱里と呼ぶことにした。
「これからは志奈子先生の幸せのために頑張りましょう」
二人手を取り合ってそう誓い合った。その時……
「ふたりとも、大好きよ」
 いきなり志奈子先生が抱きついてきた。わたし達からではなく彼女からって、本当に珍しいんだよ?
「し、志奈子さん?」
「なっ、どうしたのよ、急に」
 そっか、やっと甘えてくれるようになったのかな?? なんかうれしくて、朱里と二人で目を見合わせる。
「そうやって、いっぱい甘えるんだよ?」
「正岡先生……」
 そう呼ぶ彼女にも、名前の方で呼んでくれるようにお願いした。一応知恵先輩に収まったけど。
 わたしたちは、またここから新た関係をはじめればいいんだ。人生も子育ても、先は長い。ゆっくり……まだまだこれからなのだから。



「よかったな……彼女、幸せそうで」
「うん」
 帰りの車の中、最後までずっと笑っていた志奈子先生……ううん、志奈子の顔を思い浮かべては、わたしまで幸せな気持ちになっていた。
「ところで……この車で良かったら、そこに入らない?」
「え?」
 目の前にはお城のような建物……ってラブホですか?? 田舎にはありえない豪華な建物だった。だけど乗ってるのは借りてきた軽四トラック……
「こんなとこ滅多に来ないんだしさ。明日は自分のとこも午後練だろ? だったら……今晩泊まっていかないか? 朝、少し早めに出ればいいんだから」
 ダメなんて言わせてもらえない……雰囲気だった。なによ、その距離……めっちゃ近いんですけど??
「色々聞いちゃったんだ……その」
 耳元で聞いたのは信じられないキーワード。 ちょっと、なに影響受けてるの??
「ちょっ……んんっ」
 路肩に止めたままキスは止めて!! 軽四トラックでのラブシーンなんて見られたら笑えないわよ??
「智恵、ね? もうおさまりつかないんだ……」
 甘く囁かれて、わたしは頷くしかなく、そのまま強引に中へと連れ込まれてしまった。
 そこできっちり披露されてしまった……元カリスマホスト直伝のテクニックってやつを。

 変なこと教えるなっ!! 甲斐の親父の馬鹿やろう!!
 お陰様で、とにかく鳴かされまくって……ヘロヘロな状態で帰宅するはめになった。
『入れないでさ……何回もイカせまくると、すごくよくなるんだって』
 そんなアホなことさせるなと言いたかった……オカシクなるぐらい鳴かされて、恥ずかしい真似を何度もしてしまった。なんか変なもの漏らしちゃうし?
「子供ができるとこういう激しいのが出来なくなるらしいからさ、今のうちだって」
 お願いだからコレ以上変な知恵を吹きこまないで欲しい。ただでさえ、体力有り余ってる人に……
 こっちがもちませんから!!

 その後、甲斐パパとの接触はできるだけ避けるようにしたけれども、その奥さんと仲良くなっちゃったものだから……これからもずーっと付き合いは続くのであった。
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