presented by kiroto oomori 〜サイト開設2周年〜

犬の悪戯(R18バージョン)


遠く響く、自動車のクラクションの音が意識を呼び覚ました。
一瞬この場所がどこであったのか思い出せず、身体を起こす。さらりとした衣擦れの音。頭を掻いて周囲を見回す。家具もほとんどない殺風景な部屋は、先月借りたばかりのマンションの一室だ。広いフローリングの部屋。ダンボールが部屋の隅に押しやられるようにして詰まれている。忙しくて開封する暇がなく、そのままになっていた。たった、二、三箱であるのに。
「うん……」
小さな呻きに智紀は傍らを見下ろした。さらりと広がった黒髪と、白い肩。細い首筋にほくろが見える。
胸を梳くような愛しさが、喉元からこみ上げる。枕に顔を埋めて自分に背を向けている女に、悪戯を仕掛けたくなる。
そっとその背中を手でさすって、口付けを落とす。首筋のほくろから、一つ、二つ、三つ。背骨を伝うようにして、順々に。
棗は目をさまさない。ただ枕に顔を埋めたまま、寝息を立てている。口付けが腰骨まで達し、智紀は本格的に羽根布団をはぐった。絵画に描かれるかのような滑らかな曲線と肌が、照明の落ちた部屋に浮かぶ。細い足に自分の足を絡めて、体重をかけた頃、ようやく眠り姫が目を覚ました。
「んもう……なんなの?犬みたいよ?」
「犬なのかも」
「……やらしい犬」
棗はけだるげに目をこすり、小さく笑った。手が伸ばされる。その招きに応じて、智紀は顔を寄せた。
キスを交わす。最初は子供が犬に戯れて与えるような、触れるだけのものを。そのうち、唇を開いて、下を絡ませる。ひとつひとつの口付けが長く、舌の動きも緩慢で。水音は、衣擦れの音にかき消されるほど少なく微かだ。
「次いつ?」
「……さぁ。上に聞いてみないとわからないわ」
「どうせならこっちに移転してもらえばいいのにな」
棗が苦笑して、目と表情で口付けを強請る。意地っ張りな彼女の誘いなど、こんなときでしかお目にかかれない。
畳の居間と、ダイニングキッチン、寝室二部屋。十分に広いこの一室は、二人で借りた。けれど自分は喜ぶべきか、喜ばざるべきか、芸能人としての仕事は安定して、一年の半分はこの部屋に戻ってはこられない。棗は、一年の半分を実家で過ごす。東京での仕事の折だけ、ここで過ごす。
重なる時間はわずかで、唇を離すわずかな時間すら惜しくなる。時間をかけて、身体を重ねる。
「ちょ、ねぇ……いいの、おきれ……なくなるけど」
再び背中に落とされる執拗な口付けに、棗が身体をねじって主張した。
もうすぐ夜明け。窓の外は、白み始めていた。今日は二人で桜を見に行く予定だった。お弁当を持って。
この間、仕事で訪れた場所。穴場なんですよ、ADの少年が教えてくれた場所。その頃は満開には程遠かったが、今はもう散りかけている。今日を逃したら、後がない。l
寝坊するわけにはいかなかったが。このまま引き下がるには身体に熱がこもりすぎた。
「いいことにしておいて。どっちにしろ俺はいくらでもして平気。すぐ起きられる」
「………私を起きられないように………ぅん………するつもり?」
「かも」
下半身を密着させたまま、腕立ての要領で上半身を起こす。組み敷いている女はほんのり肌を上気させて、自分を見返している。
「何せ俺は」
ゆっくりと唇で曲線をたどる。臍の部分に触れたとき、棗が身をよじって甘い声を漏らした。
「あう……ん………え……な、に?」
肩をすくめて智紀は言った。
「悪戯好きの犬だから」
沈黙が落ちて、棗はぷっと吹き出した。くすくす笑い出す棗を、智紀は半眼で睨め付ける。
「なんだよ笑うことないだろう」
「え?あぁごめ、でも本当に……確かにその通りだわ。悪戯好きで、いやらしい」
いやらしいのはどちらだ。
白い手足は自分を捕らえ、甘い瞳が誘惑する。唇が吐息を漏らすたびに、情欲を掻き立てる。
無意識なのか、故意なのか。
それすら。
篭る熱に突き動かされて、白い身体をむさぼり舐る。甘い甘い餌を与えられて、飛びつく犬のように。
(違うな)
「あ…………あんっ」
足を割って、唇を滑らす。無意識に閉じられようとする膝を固定して、その間に顔を割って入らせながら、手は滑らかな腿をゆっくり撫でる。開かれた秘めやかな部分の鑑賞会。一足早い“お花見”。
「ふ………あや、あぁ……」
そんなことをいったら絶対起こるだろうな。甘い棗の声を聞いて苦笑する。
(犬は甘いものは食べないから)
甘いにしろ、甘くないにしろ、極上の餌にむしゃぶりつく犬と大差はない。身体を起こして棗の額に口付けを落とす。うっすらと汗ばんだ額、わずかに持ち上がった瞼。その間に、指を足の間に滑らせて、彼女の体の中へともぐりこませる。
ぴちゃん……
遠くのシンクで水音が撥ねる。それと同時に、抱いている棗の身体から、呼応するように水音が響く。
暖かな、柔らかな、身体。
「あんちょ………んん………っつぅん……とに……むかつく」
相変わらず自分と彼女の相性はよかった。まるで神様が自分のために見繕ったかのように。
「え?何が?」
くん、と指を折り曲げる。顔を上げてきょとんと彼女の顔を見下ろす。熟れた果実に似た感触を指に感じて、本当はそれほど余裕はなかったのだが。
「……だってあ……ぅん……は……ん………ひ、一人、楽しんでるでしょ」
一人でって、そんなこと、あるものか。
「楽しくない?」
「たの……あん!」
ぬるりとした感触とともに指を引き抜いて、親指の腹でこすってやると、棗は身体をしならせた。一晩すでに繰り返した後なので、神経が張り詰めているのか、ほんの些細なことで反応する。
腕が伸びて、首に回され、耳の後ろを掻き揚げられる。細い指が首筋をたどる。それだけで、ぞくぞくする。陶然とした潤んだ棗の瞳。すでに少し焦点があっていなくて、それに馬鹿馬鹿しいぐらい腹を立てて、無理やりその瞳に自分を写す。
「棗」
名前を呼ぶのは好きだ。彼女の名前は綺麗に響く。
「棗」
棗が智紀の首筋に唇で触れる。白い指が背中をたどっていく。南国の果物のような匂いがふわりと髪から匂った。
「棗」
「何よもう………」
「普通、犬がなめるものだろう?」
何で自分がなめられているのだ。
「戯れがあまりに酷いから、お仕置きにきまってるでしょ?」
余裕のない呟きは、棗から笑みを引き出す。嫣然とした微笑に眩暈がする。
「貴方も足腰立たないようにしてあげる」
そういって彼女は耳たぶに少し歯を立てて、唇を首筋から順に下らせた。
どこで一体覚えたのか。彼女の愛撫は冗談抜きで上手い。痺れるような快感と熱が臀部に集まって、目を閉じながらそろりと息を吐く。
そして限界ぎりぎりまでまって、彼女の肩を引っつかんだ。
「きゃ……」
狂犬が、飛び掛るような勢いで彼女の肩を寝台に押し付けた。スプリングが、きしむ。
「貴方も、ということは、俺が棗を足腰立たないようにしてもいいわけだ?」
「え、ちょっと……ほ、ほんきでいけなくなっちゃうわよ!お花見!」
避妊具を付けながら、ちらりと窓を見やる。白み始めた空。けれども明るさはちっとも変わらず、部屋は相変わらず薄暗いまま。
空には薄く膜がかかっている。この都心の空においてそれは常だが、今日はその膜に厚みがある。
鈍重な、灰色の雲。
それが蓋をしている、フォトフレームの中のような四角い空。
「だいじょうぶだろう」
指先で少し広げてやってから、ゆっくりと挿入していく。
「は、あぁっつあんんや………え……はん!……な、で?」
「雨、みたい……だから」
思いのほかきつい締め付けに、途切れ途切れになる呼吸の合間に智紀は答えた。
花が散るかもしれないが、あの綺麗な花を見せてやれないのは残念だが。
また来年行けばいい。どうせ自分たちはずっと一緒だ。
「もう」
棗の声が遠く幻聴のように響く。くすくす笑ってキスを交わして、しつこいぐらいに身体全てを撫で回す。
悪戯が過ぎてももう棗は何も言わない。
ただ犬の悪戯を、甘い声で許容するだけ。

さぁ、次はどんな悪戯を仕掛けようか。
男はいつも考えているんだよ。まるで無邪気な犬みたいにね。
可愛い飼い主である君に、甘えていたいためだけに。





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