「理子、ちょっといい?」
「は、はい?」
お昼休みに、同じ総務課のお姉様方に呼び出されてしまった。
「今朝ね、S社の新堂さんと一緒のところ見かけたんだけど、どういうこと?」
腕組みして睨まないでくださいよぉ…
お姉様方の先頭に立っているのが橋本先輩で、この間の合コンにわたしを引っ張り出した張本人だ。前回メンバーが急に減っちゃって、会費奢るから人数あわせでご飯食べに来なさいってことだった。
この橋本先輩のグループはいつも合コン三昧で、派手な部類に入る。綺麗な人だと思うんだけど、いつもいかにも狙ってます〜な態度なので、引かれるか適当に遊ばれるかだったりするって同期の西岡さんが言ってた。わたしはどこにも属さず、いつも残業引き受けてお姉様方をお見送りするほうだった。その方が楽でしょ?逆らわず、適度に言うことを聞いてれば波風立たないし、仕事は嫌いじゃないから残業出来るし?
「なんか、うちの会社の人に用事あったらしくって…それだけです!!」
「そうなの?もう、この間もいつの間にか新堂さん消えてて大変だったのよ?一番ねらい目だったのに…そういえばあなたも消えてたわね?」
「え?あ、あの、お腹がいっぱいになったんで、帰らせていただきました。盛り上がってらしたんで、そっと…」
一緒にでた所なんて、たぶん誰も気が付いてないと思う。そう願いたい。
「そう?ならいいんだけど。まさか、あの時一緒に帰ったなんてことないわよね?」
「そ、そんなことありません、はい…」
うう、怖いよ〜先輩本気だよ?だから思わず嘘ついてしまった。
もし本当のことを知られたら…
ずっと握られていた手、耳元でささやくちょっと低めのハスキーボイス、それから、星を見上げたままされてしまったキス。
初めてされたキスなのに、なんだかすごいのされたと思う。だって、あのあと腰がぬけたみたいで立ち上がれなかったもの。
それに、今朝の彼の言葉
『今夜即行オレのにするから、にげんなよ』
アノ言葉どおりだと、わたしは今夜…ぼっと顔が赤くなりそうだった。
「あとで聞いたんだけど、新堂さんてモテる割には忙しい人で、この間みたいに合コンに参加する事自体が珍しいらしいのよ。だから、もうあんな機会ないかもしれないって考えると惜しいわよね。」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ、あのS社で若くして営業企画部のチーフなのよ?相当なやり手ってことじゃない。きっと出世頭よ、ツバの付け所だったのに〜それに、結構女の人には手が早いって聞いてたから、いけるかなって…ね。まあ、機嫌悪そうだったから、駄目だったかもしれないけど。」
「そうですね、ずっと黙ってましたもんね。」
「そういえば、理子はずっと隣じゃなかった?ね、まさか彼の連絡先とか聞いてないわよね?もし聞いてたら教えなきゃ承知しないわよ?あの日、あんたはあたしらの奢りだったんだからね?」
うう、知ってます…っていうか無理矢理押しつけられましたけど?メールもわけわかんない短いのが来ます。返事何とかしてますけど、教えたらきっと…そっちの方が怖いと思います!!
先輩はずっと睨んでる。
「いえ、あの、わたしはなにも…」
やっぱり言えなかった。
彼の連絡先も、それからあの夜キスされたことも、今夜誘われてることも…
だって、あれが本気だなんて信じられないし、今夜のことだって絶対からかわれてるって思ってた。
なのに、いきなり会社の前まで来てて…わたしを待ってた。
本気なのかな?まさか、ね?
「ま、それはあり得ないか?色気より食い気だもんね、理子は。」
「はぁ…」
それでもってあれから食欲ないんですけど?なんかどうしよう?って思ってたら胸の辺りが苦しくって、胸もお腹もすぐにいっぱいになってしまう。
目の前の橋本先輩は見事なぼんきゅっぼんだけど、わたしは…ため息でるほどお子様体型だと思う。そんなあたしのどこがいいのかこっちが聞きたいくらいなのに…
<定時で終わるから迎えに行く。会社の前で待ってろ>
終業後、着替えに更衣室に戻った時にメールチェックして恐れおののく。
そ、それはヤバイです!!どうするの?先輩達に見つかったら??
<どこか、お店の駐車場で待ってて貰えませんか?>
そう返事を返したのにっ...
「よお、遅かったな。」
なんで会社の前?おまけに橋本先輩ご一行様が群がってるじゃないですか??
「お、お疲れ様です!」
急ぎその場所から立ち去ろうとして、失敗した。
「なに逃げてんだよ?メール見てないのか?」
「あわわっ」
先輩の目が睨んでますっ...
「あ、じゃあ、コレもらって帰ります。」
「ええ…じゃあ、よろしくね、新堂さん。」
先輩?その冷たい笑顔は止めてください!目が笑ってませんよ?ごめんなさい、残業全部代わりますから赦してください!
そんな顔で手振って見送らないでくださいよぉ…月曜が怖いです。
車の中、連れ去られ中です。
「あの、先輩達はなんで...」
手を振って見送ってくれたんだろう?それが聞きたかった。
「ああ、オレがハイレベルな友人を数名紹介するって約束しておいたからな。おまえは安心してオレに喰われればいいの。」
そうだった...わたしはこれから喰われるんだった。ん?喰われる?
「あの、どこに向かってます?」
「ホテル、おまえの部屋でもいいけど部屋の壁薄そうだからな。なんなら俺の部屋にするか?」
「ええっ?」
そんな、心の準備もまだだし、服だって、下着だって全然お洒落じゃないし?何の準備もしてきてないんだよ、わたし…
「そんな顔するな。人さらいになった気分になるだろが。」
実際攫われてる気分ですけど?先輩達の手前逃げようもなく、彼の車に乗ってしまったのは、もしかして今朝の約束に対してOKってことになるの?
どうしよう…
「オイ…ったく」
車は脇道に入っていった。そして小さな公園の前に車は停まった。
「降りろ。」
そう促されて車から降りて手を引っ張られる。目の前には小さなブランコ、それから滑り台にお砂場、ベンチがいくつかあった。彼はブランコにわたしを座らせるともう一つに腰掛けた。
「あの…」
「オレが怖いか?」
思わず頷きそうになった。実際怖いっていうか、よくわからない。最初がアレだし、その後も一方的にメールが来るだけで、ようやく今日が2度目にあったばかりなのだから。何度か逢おうって言われたけど、わたしの都合もつかなかったし、何よりも彼がかなり忙しいのは確かで、土日も返上で仕事してるみたいだから。
「そうだよな、まだ二回しか逢ってなくて...忙しくてメール送るのが精一杯だったなんて言い訳にしかならんしな。」
忙しそうなのは文面でもわかっていた。仕事を頑張ってる人は嫌いじゃない。愚痴も言わない潔い人だってわかってる。ただ…言葉が足りなさすぎて、経験値の低いわたしには全くわからない事だらけで戸惑っていたのが事実。
きっとそれなりにいろいろあった人だとは思うのよ。
でも、わたしは誰とも付き合ったことないし、自分が誰かの気を引いたり好かれたりするなんてあり得ないことだと思ってきた。男の友達もそこそこ居るけれども、恋愛感情なんてもう持つことはないと思ってきた。
だからこんな時、どう対処していいかなんてわからない。
「今日はかなり無理したんだ。仕事は定時で切り上げてきたし、明日からの土日もしっかり休み取ってるからな。」
「へ?」
「言っただろ、逃がさないって。そっこー喰っとかないと、おまえ逃げる気満々だろ?」
「うっ!?」
正直今でも逃げ出したいです。ただ、ここがどこなのかわかりません。走り出しても多分すぐに捕まるだろうし?
「ここがいいならここでモノにしてやるけどな?ところで…敢えて確認するが、おまえ初めてだよな?」
頷くに頷けないストレートな質問…もう真っ赤になるしかなかった。
「だったら、ここじゃあんまりだよな?どうする、ここで手出される?それとも、ホテルでじっくりがいい?それとも俺の部屋?着替えが欲しいならおまえの部屋だろうけど、声が漏れるようだったら後々居づらいだろ?」
「そ、そんな…」
他の選択はないんですか??
「あ、ご飯!ご飯が食べたいです!!わたし、お腹が空きましたっ!」
切羽詰まって叫んだのは、選択肢にない食事だった。お願い、ご飯食べさせてください…でないと落ち着けない。
「オマエな…ったく、じゃあ、まずメシ喰わせてやるよ。オマエの先輩から聞いてるぞ?食べもんさえ与えておけば大人しいってな。」
「ひ、ひどい…」
橋本先輩あんまりです!そりゃ食べ物に釣られますよ?食べられればどこにだって行きますよ?だけど、そんなペットみたいな扱い方法伝授しなくっても!
「まあ、たらふく食わせてやるよ。けど、最後はたべられる側に回るんだからな、覚悟しておけよ?」
その言葉どおり山ほど食べさせていただきました。ほんとにおいしかったんだもの!イタリアンのお店は程よく満腹だし、その後バーに連れて行かれたけど、実はお酒には強いので、結構飲んでも平気!なはずなんだけど…失敗。
「ふふん、とろんとした目しちゃって。度数のきつい酒紛らせてたの気がつかなかったのか?うかつだな、理子」
すでに呼び捨てですか?
「新堂、さん…あの、か、帰ります!ごちそうさまでしたー」
わたしはバーを出た後、酔った勢いでエレベーターまで走って逃げた。だけど直ぐに捕まって、上がってきたエレベーターの中に押し込められてしまった!
「逃げられるとおもってんの?俺から」
にやって笑って腕の中に閉じ込められてます…くすん
「耳、真っ赤…喰ってください、って言ってるみたいだな。」
「やぁ、だめぇ…」
「ふん、望みどおりにしてやる」
降りていくエレベータの中で耳にキスされた。ううん、たべられた…口に含まれて、甘噛みされて、首筋に吸い付かれてしまった。 そのあと、またあの深いキス…
「キスだけでへたりこむなよ?そんな姿さらすのは俺の前だけにしろよ。」
「はぁ、っ…」
腰が抜けてます?また?どうしていいかわからなくて、目の前のスーツにしがみつくしかわたしには出来なかった。
「じゃあ、行こうか?」
いつの間にかエレベーターが止まっていたこと自体も気がついていなかった。新堂さんが開ボタンをずっと押していたことも気がつかないほど、キスにすべての気を奪われていたのだ。
「や、だ…」
すでにホテルの一室に連れ込まれたようで、やたら広く感じるこの部屋は普通のホテルの部屋とは違うようだった。
部屋にベットはひとつだけ、それもでかい!部屋は程よく広々で、結構見晴らしのいい窓には夜景、小さなソファセット。そこまでは入ったとたん確認できたんだけど、そのあと再びとっ捕まってまたキス、キス、キス
離された時にはすでにぐったりモードのわたしはベッドの上で、服も乱され半脱ぎ状態?いつの間に!!
「そんな顔してもダメだ、その態度が俺を煽ってるって、わかってやってんなら褒めてやるけどな。」
「ちが…わたし、そんな」
「お前が素直じゃないことくらい知ってるよ。こういうのに慣れないのも見てればわかる。」
「え?」
「オマエさ、俺の言ってることまったく信じてなかっただろ?こっちは本気で行くって言ってんのによ。しまいには携帯の電源切りやがるし?ホント、素直じゃないねぇ」
「な、なにいって」
嬉しそうにわたしのブラウスのボタンを全部はずしてませんか?
「別に、スキって言わなくてもいいけどさあ。本当はバレてるのに隠したつもりでいても…いいけどね、俺は楽しくて。」
「わ、わたしは、別に、新堂さんのこと、」
好きじゃないって言うつもりだったのに、言えなかった。それだけは、素直じゃないわたしにも口には出来なかった。
昔の悲惨な経験から、恋愛関連ではすっかりひねてしまったわたしに、ストレートに迫ってくる彼から、いつの間にか逃げられなくなってしまったようで…
「イヤなら、もっと本気で嫌がれよ。俺の好き勝手にできる程度でしか抵抗してないのはお前だよ?」
そう、本気で嫌がってなんかいない。嫌じゃない…
「抵抗してるの、誘ってるの、どっちだよ。あと5分後も抵抗できるなら放してやるよ。本当は、できないってわかってんだろ。」
わたしは思わずもがいていた手を止めたて、じっと彼の顔を見つめなおした。今度はやさしく唇が落ちてきた。
何度も角度を変えながら、やさしく口内を舐めあげた彼は、やさしい手でわたしの頬を何度もなでた。
「喰ってください、って言ってるみたいだな。望みどおりにしてやるよ」
そう言って、 わたしは一晩じっくりかけて彼に食べられてしまった。
「起きたか?」
目が覚めて誰かの腕の中にいるなんて初めてで…
「あ、おはよう、ございます…」
意外にも昨夜の新堂さんは優しかった。初めてのわたしを気遣ってくれた。意地悪なことも言ってきたけれども、ちゃんと好きとか大事にするとかも言ってくれた。
恋愛に臆病になってた自分が合コンで知り合った人と、逢って2回目でこんなことしちゃうなんて信じられないけど、もう逃げられないって言うのはよくわかる。
だって、迷ってる暇も悩んでる間もなかったもの。
だから、これからはゆっくり、解り合えるように過ごしたいなって思ったから、一言だけ告げた。
「あの、スローペースでお願いします。」
でもそれは、せっかちな彼に却下された。同時に覆い被さってくる彼の裸の胸、伸びてくる手がわたしの体中をまさぐり、唇は塞がれる。
「まあ、あと二日間身体で覚えるんだな。」
「そ、そんな…」
チェックアウトした後は彼の部屋で、ちゃんと名前で呼ぶようになるまでしっかりと仕込まれました。
週明け、わたしを追求しようと意気込んでいたお姉様方も憔悴しきったわたしをみて遠慮してくれたのはありがたかったですけど。
それ以来、和樹さんが休みの週末は幸せで、恐怖です。
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