「Intermission 」 |
淋しい、と肩を震わせながら静かに涙を流すアナタを。 俺は、たまらなく愛しく思ったんだ……。 湯気が立ち込めるバスルーム。 その中へ、俺は彼女を抱いて運んでいった。そして、パジャマのまま湯船につける。 目を白黒させる彼女に構わず、俺はバスローブを脱ぎ捨て、中へ入っていった。 「なにするのっ!」 そんな彼女に、しれっとした口調で告げた。 「洗ってあげるんですよ」 「やめてっ!」 即座に拒絶の言葉を発し、上目遣いで睨みつけてきた。 この状態でも、虚勢を張り続けようとする。必死に優位に立とうとする。彼女らしい、と。心の中で苦笑した。 初めて本性を見せたのは昨夜だ。しかも、騙まし討ちに近い格好だった。普段、俺や他の部下に的確な指示を出している彼女からすれば、当然の反応だろう。 だが、俺はそんな態度に動じたりしない。 強がっているのは、見掛けだけ。本当の彼女は、誰よりも不器用な女性なのだ。弱音を吐くこともできず、自分を追い詰め、追い込み、それでも必死に一人で立とうとする女性なのだ。こういう女性は、強引に本心を引きずり出さないと駄目だ。 「また忘れたって言うの?」 いって、俺は彼女の瞳をまっすぐに見つめた。決して逃れられぬよう、深く深く覗き込む。 「いい加減認めてくださいよ。僕のコト好きだって。ずっと熱い目で見てたでしょ? 僕はずっと前からアナタに夢中なんだから、さっさと認めて、もっとイイコトしましょ?」 口端をあげ、男にしては細く長い指先で彼女のパジャマのボタンを外していく。 まろやかな肩のライン。くちづけしやすい鎖骨のくぼみ。年齢よりずっと若々しい、ふたつの胸の膨らみ……この柔らかさの中へ昨夜顔を埋めたのかと思うと、それだけで自身が疼いてきた。 ふと見れば、彼女は唇を噛み締めていた。その後、ほう、とひとつ吐息し、ゆっくりと腕を伸ばし、俺の顔を引き寄せた。 「ね、だったら、キスしなさいよ。好きだって囁いてみせてよ」 瞳の奥底にたゆたう、密やかな揺らぎ。社長としてではなく、一人の女としての彼女がそこにはいた。 淋しいと訴え、肩を震わせて涙を流した、あの夜と同じ瞳の色をしていた。 肌を合わせることだけが重要でないことは知っている。 言葉だけでも満たされることも。 けれど。 今の彼女は、言葉だけでは駄目だ。もちろん、体だけでも。 その両方がなければ、決して、満たされることはない。 だから……。 「アナタが望むなら、何度でも」 彼女の腕をそっと外し、顎を捕らえる。閉じていく瞳……無防備な表情。薄く開いた唇に、自分のそれを重ねた。 しっとりとした感触。ついばむように何度も触れる。舌先で唇を舐め、わざを音を出す。次第に吐息が漏れ始めるが、かまわず触れるだけのくちづけを届けた。 「好きって……言ってよ……」 ふと見れば、彼女の瞳は潤んでいた。切ない眼差しを向けてくる。情欲に彩られた瞳……たまらない。 「本当に、アナタって人は……」 自然、口元に笑みが刻まれる。愛しくて、愛しくて、たまらない。 俺は、頭の中で、今日の予定を反芻した。 朝食さえ食べなければ、十分に時間はある。俺はもちろん、彼女の体にも火が点いているだろう。十分に愛してあげないと。 素早く考えを纏め、彼女に告げる。 「もう、体は温まっただろう? 洗ってあげるから出なよ」 え? と、彼女の瞳が見開かれる。かまわず、俺は備え付けのスポンジを手に取り、ボディーソープを泡立たせ始めた。 ふんわりと甘い香りがバスルームを満たしていく。 「……自分でできるから」 「駄目だよ。俺が洗うって決めたんだから」 有無を言わせぬ口調。彼女は、悔しそうに顔を歪めた。それでも、従わなければ体の飢えを満たせないことはわかっているのだろう。胸元を隠しながら湯船から出てきた。 濡れている為、パジャマが体のラインをくっきりと浮かび上がらせる。とても、三十代後半の体つきとは思えない。素晴らしいプロポーションだ。 「ほら、早く脱ぎなよ。それとも、脱がしてほしい?」 すると、彼女の頬に朱が散った。ふるり、と体が震える。 「……覚えてなさいよ」 低い、低い、声。怒りと屈辱が入り混じっている。その言葉に、俺はくすりと笑った。 「覚えてるに決まってるでしょう? ……アナタの可愛いところを忘れるなんてもったいない」 「最っ低!」 彼女の手が、空を舞う。すかさず捕らえ、もう一度くちづけた。今度は、深く。 舌で歯列を割り、口腔を犯す。上顎をくすぐると、彼女の体が小刻みに震え始めた。 逃げる彼女の舌を追いかけ、絡みつかせる。最初は逃げ回るだけだったが、徐々に応え始めてきた。 口端から、唾液が滴り落ちる。喉元から胸元に伝わる頃、やっと彼女を解放した。 「……あんた、ホント、最低ね」 毒づきながらも、指先はパジャマのボタンを外し始めている。露になる彼女の全て。明るいライトの下でみると、その美しさがよくわかる。 「さ、背中から洗ってあげるから。早くしないと、新幹線に遅れますよ」 「わかってるわよっ。さっさとしなさいよ!」 いって、無防備な背中を向けてきた。俺は、もう一度スポンジにたっぷりとボディーソープを取り、泡立て始めた。そして、丁寧に洗っていく。 髪の生え際から、肩へ、背中全体へ。撫でるように、優しく。 「あとは、自分でやるから。スポンジちょうだい」 「冗談。全部俺が洗うに決まってるでしょう?」 いうなり、両手で彼女の胸を持ち上げるように掴んだ。 「ち、ちょっと!?」 身を捩ろうとするが、逃がしはしない。指先で胸の先端を摘むと、びくりと彼女の体が跳ねた。 「駄目だってば!」 泣き出しそうな声。かえって嗜虐心が掻き立てられてしまうことに、彼女は気づいていないだろう。俺は、躊躇うことなく首筋に唇を這わせた。 「ぁ……は、ぅんっ」 たまらず漏れる声。いつもの彼女からは想像できないほど可愛らしい声だ。もっと聞きたくて、俺は彼女の秘められた場所に指を這わせていった。 そこは、すでに蜜で溢れていた。心の中でほくそえみながら、俺は何度も撫でた。指先の動きに合わせるように、面白いように反応してくれる。 「ねぇ……お願い……っ」 悲鳴にも似た嬌声。あまり焦らすと後が怖い。 「続きは、ベッドでね」 耳朶を甘噛みしてから、一番敏感な花芯を摘む。 一際高い声で鳴いて。 彼女は、俺の腕の中に全てを預けたのだった。 ぐったりとした彼女の体を丁寧に拭き、両腕で抱きかかえながらベッドルームへと運ぶ。もう、諦めているのだろう……身じろぎひとつすることなく、黙って俺に全てを委ねていた。 静かにベッドの上に下ろし、そのまま覆い被さる。 二人とも、なにも身に纏っていない。互いの眼前に全てを晒していた。 「……いつまでも見ていないで、さっさとしなさいよ」 こんな時でさえ、彼女の強気な姿勢は変わらない。きっと、全てを手に入れても変わりはしないだろう。 ……それでいい。 彼女は、そうでなければいけない。 そして、俺以外の男にこんな愛らしい姿を見せることなど許さない。 「しなさい? 『してください』の間違いでしょう? 今のアナタは、俺の雇い主じゃない。ただの女だ。もちろん、酷くしてほしいなら話は別ですけど?」 指先で、つつ、と脇腹を撫でる。とたんに跳ねる敏感な肢体。唇からは、悩ましい響きが零れた。「勝手にすればいいでしょう!?」 まなじりにうっすらと涙を浮かべながら、彼女は吐き捨てるようにそう告げた。だが、いつもの勢いはない。とっくに、彼女の心は堕ちているのだから。それに、そう簡単に屈してしまわれても面白くない。ただ縋ってくるだけの女など、いらない。 俺は、彼女の左胸を鷲掴んだ。 「く……っ」 「お望み通り、勝手にさせていただきます。……大丈夫、きちんと新幹線の時間には間に合わせますから」 くすりと笑って見せると、彼女は頬を歪めた。そんな彼女を見ているだけで、達してしまいそうになる。 もう、何年も憧れていた女性なのだ。ずっと、ずっと、彼女だけを追い求めてきた。 途中、幾人もの女を抱いてきたが、所詮、彼女と再会するまでの繋ぎに過ぎない。 そこまで欲した女性を組み敷いているのだ。肌に触れるだけで、ぞくぞくとした快感が込み上げてくるのも当たり前だろう。 掴んだ手の平を緩め、おもむろにくちづける。つん、と尖ったそこを舌で弾くと、全身が激しく反り返った。かまわず、むしゃぶりついた。 焦らすように舐め上げ、吸いたてる。甘噛みし、歯列で擦る。 左手はうなじを優しく撫でさすり、緩急をつけて愛撫する。足で割った彼女の秘所からは、熱い蜜がとめどなく溢れていた。 それでも、一番触れてほしいところには決して触れずに焦らし続ける。 俺は体を起こし、彼女の左足を肩に担ぎ上げた。そして、内腿を強く吸う。 「ぃ、た……」 彼女の声に気づかない振りをして、いくつもの紅い華を散らす。 「本当は、もっと目立つところにつけて、俺のものだ、って主張したいけど……会社にとってマイナスにしかならないからね。ここで我慢しますよ」 「勝手なことを……っ」 「勝手にすればいいといったのはアナタです。俺は、実行しているだけにすぎません」 さらりと告げると、彼女はふい、と横を向いてしまった。それでも、体は快感で震えている。 昨夜も思ったが、本当に敏感な体をしている。彼女の体をここまで開発した見知らぬ男に嫉妬している自分に気づいて、俺は苛立った。その感情のまま、彼女の秘められた部分に唇を寄せた。 「な……ちょっと、急すぎ!」 もがき始める彼女を無視して、俺は攻め始めた。 一番敏感な花芯を鼻で擦りながら、こんこんと湧き出る泉を舐めあげる。今まで以上に、彼女の体が跳ね上がった。 言葉にならない、嬌声。自然と動き出す腰を押さえつけるように、俺は両腕で彼女の太腿を更に割り開いた。そして、蜜の溢れるその場所に舌を差し込む。 「く……ぅんっ」 何度も抜き差しし、柔らかな襞を撫でさする。吸っても、吸っても、更に溢れ出す甘い雫。 唇の周りが汚れることも厭わず、俺は彼女を愛し続けた。 「ねぇ……ねぇ、もうっ」 ついに、彼女が懇願の言葉を口にした。 俺は、攻めの手を緩めると、ゆっくりと上体を起こし、ぐったりとしている彼女に軽く跨り、上から見下ろした。わざと唇の周りを舌で舐め、その後耳元に囁く。 「美味しかったですよ」 「ば、馬鹿……」 か細い声。消え入るような声。 本当に、こういう場面でもなければ、彼女の愛らしい声を聞くことはできないだろう。 普段の颯爽として快活な彼女も嫌いではない、けっして。でも、誰よりも『女』を感じることのできる今の彼女の方がずっといい。 もちろん、一番美しい瞬間は、俺の腕の中で至上の高みへと駆け上る瞬間に相違ない。 その煌きを見たくて、俺は、体を反転させながら彼女の体を自身の体へ跨がせた。 「……え?」 「欲しかったら、自分で挿れて動きなよ」 すると、彼女の瞳に再び焔が宿った。 「あんた……!?」 「別に、俺はいいんですよ? でも、アナタは困るでしょう? ……あぁ、ご自分で慰めるのでしたら、それを堪能させてもらうのも一興ですね」 俺を見下ろした格好。けれど、主導権を握っているのは俺に間違いない。案の定、彼女はおずおずと俺自身に触れてきた。 びくり、と。もたらされた刺激によって自身が跳ねる。一瞬、手を引きかけた彼女だったが、躊躇いがちにもう一度触れてきた。そして、腰をくねらせながら秘所の入り口に宛がった。 「ふ……ぅ、んん」 体をのけぞらせ、ゆっくりと己の中へ導いていく。瞬く間に、彼女の一番熱い場所に埋められた。 吐息を漏らしながら、彼女は両腕を俺の肩の上に置く。その後、潤んだ眼差しで見つめてきた。 「これで、いい?」 少し掠れた声。五感の全てを刺激される。 どくん、と。彼女に締め上げられている自身が脈打った。 おもいきり突き上げたい衝動に駆られるが、その想いをおくびにも出さずに告げた。 「挿れただけでしょう? 自分で腰を動かさないと。……新幹線の時間に遅れるよ?」 がり、と。俺の肩に爪を立ててくる。意趣返しのつもりなのだろう。それでも、一向に動く様子のない俺に焦れたようだ。やがて、腰を揺らし始めた。 「ぁ……や、ぁ……はぅっ」 きつく結ばれていた唇から、次第に吐息が漏れ始める。それに従い、腰の動きも激しくなった。 目の前で揺れる、ふたつの膨らみ。こんな扇情的な光景を見て平静でいられる男がいるわけがない。俺は、胸を掴みながら顔を寄せ、尖りを口に含んだ。 「んん……っ!」 彼女がのげぞりながら高い嬌声をあげる。もっと鳴かせたくて、俺も腰を動かし始めた。 「いいよ……もっと、もっと鳴いてっ」 理性が掻き消されていく……ただひたすら彼女だけを求めて突き上げた。 「もう、いや……っ」 彼女の締め付けが更にきつくなる。限界が近いようだが、それはこちらも同じだ。 両腕を伸ばし、彼女の首に回す。そのまま引き寄せ、喘ぐ唇を塞ぐ。 絡み合う舌と舌。唾液が零れることも厭わず求め続けた。 「ねぇ……言って。好きって……好きって、言ってよっ」 体を震わせながら、彼女はその言葉を口にする。俺の言葉を聞くまでは絶対に昇りつめはしないというように。 『好き』……たった、一言。 その一言を望むこの人が、狂おしいほど愛しい。 「好きだよ。誰よりも好きだよ。だから……アナタの全てを見せて!」 きつく、きつく、抱き締める。 耳元に、彼女の名を囁く。 その刹那。 彼女は今までで一番美しい表情で至上の高みへと昇りつめ、同時に俺も彼女の中へ全てを解き放ったのだった……。 「あぁ、もう、早くしなさいよっ。契約取り損ねたら、みんなあんたのせいですからね!」 叫んで、彼女は鏡の中の俺をキッと睨みつけた。背後から、恐ろしいほどの怒りのオーラがビシバシ伝わってくる。 「……社長がいつまでも化粧されていたからじゃないですか」 ぽつりと呟くと、書類の束を床に叩きつけた。 「ふざけないでよっ。あたしの予定では、今頃はバイキングで十分おなかを満たした後、優雅な気分で珈琲を飲んでいるはずだったのよ? それなのに、あんたのせいで……!」 そこまで叫んで、頬を朱に染めてしまった。どうやら、昨夜の痴態を思い出したらしい。わなわなと拳を震わせている。 「あぁ、もうっ。とにかく、さっさとする! じゃないと、クビにするわよ!」 その言葉に、さすがの俺もムッとした。軽く髪を整えてから立ち上がり、彼女の方へ向き直る。 「……別に僕は構いませんけど? たしか、僕が抱えている案件の締切は一週間後ですよね。他の社員の方に引き継いでもらうにしても、時間が足りません。まず間違いなく契約不履行となり、多大な損失が出ますが。それでもよろしければ、解雇してくださってけっこうです」 眼鏡をくい、とあげ、じっと彼女を見据える。 別に、解雇されたところで痛くも痒くもない。社長と秘書ではなく、恋人になればいいのだから。 それに引き換え、彼女は俺という存在が社内から消えるのは困るはずだ。秘書の傍ら、いくつかのプロジェクトにも絡んでいる。その中には、かなり大掛かりな取引も含まれているのだ。俺が抜けることで、どれだけの損害を被るのか……聡明な彼女ならば、全てを告げなくても即座に理解できるだろう。案の定、眉を吊り上げはしたが、それ以上は何も言ってこなかった。ただ、悔しそうに唇を噛み締めただけだった。 「……策士、ペテン師っ」 それだけ告げて、くるりと背中を向ける。 「ロビーで待っているから。五分経ってもこなかったら、先に行くわよ」 そのまま部屋から出て行こうとする彼女を、背後から抱き締めた。 「ち、ちょっと……!」 「つれない人ですね。昨夜、あれほど俺を激しく求めてきた人とは思えない」 でも、そこが好きだよ。 耳元で囁くと、いきなり暴れだし、振り向きざまに平手が飛んできた。 高い音が室内に響き渡る。 「この……馬鹿男!」 そのまま、部屋から飛び出してしまった。必要な書類もセカンドバッグも、全て室内に残したままで。 「……本当に、俺より十歳以上年上とは思えないよな」 苦笑しながら、俺は打たれた頬を撫でた。 社長としての彼女は年相応に美しいが、素のままの彼女はとても愛らしい。年齢の差なんて、少しも感じない。 初めて出会った時は、俺なんか相応しくないくらい格好よくって、憧れの存在だった。ホストクラブで再会し、素顔の彼女を知って、ますます好きになった。 追いかけて、追いかけて、やっと、彼女を手にいれたのだ。絶対、逃がしたりしない。 「覚悟してくださいね」 そっと、聞こえぬくらい小さな声で彼女の名を呟いた。 「……いいかげん行かないと、置いていかれるな」 俺は、軽く肩を竦めてから、彼女が残していった書類や荷物を持って部屋から出た。 心の中で、昨夜から明け方にかけての幸せな一時を噛み締めながら……。 |
Thanks! Writed by いくみ千沙 |
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