クリスマス企画第2弾

Last of chance

〜クリスマスを過ぎても〜
12月21日


「じゃあ、悪いけど、お先...」
富野が肩を落として帰っていく。企画からはずされたヤツは結婚前だというのに酷く落ち込んでいる。けれども今までのように慰めるのはあたしじゃない。あたしにそんな暇はない。
「杉原、来い。」
「はい!」
課長に呼ばれて会議室にこもる。用意した資料をプロジェクターで映しながらチェックを進める。数カ所曖昧な部分を鋭く指摘されて、やり直しを言い渡された。
「悪いな、今日も遅くなる。」
「構いません、慣れてますから...」
「そうか、まあ早めに仕上げないと富野の披露宴や二次会に出席出来なくなってしまうぞ?まあ、その方がいいかもだけどな。」
「えっ?」
「何とか余裕もって終わらそう。杉原、そっちの資料をよこしてくれ。」
「あ、はい...」
ああ、そっか、部下の結婚披露宴なんか面倒くさいんだろうね。課長からすると...
一瞬自分の気持ちを代弁されてるのかと思ってぎくっとしてしまった。
手渡す書類を受け取る課長の指は思ったより長く、男の人にしてはキレイな手をしていた。
「課長、コレもです。」
書類に書き込んでる課長にもう一部の書類を渡す。
「ん、よこしてくれ。」
集中してるのか、顔も上げずに差し出した左手には鈍くひかるマリッジリング。
富野もまたこうやって指輪をはめた左手をあたしに差し出してくるのだろう、なんの躊躇もなく...


「遅くなったな、食事でも、どうだ?」
会社を出たときには既に12時を回っていた。
「いえ、いいです。まだ明日もありますし...終電無くなるんで。」
「そうか。けど明日は早めに上がってやるよ。女性は出掛ける前には何かと準備が大変なんだろ?お手入れだとか、セットだとか、違うのか?」
「まあ、そうですけれども...」
この時間からだとかなり辛い。けれども今日一日でかなり課長に対する見方が変わったのは事実。ホントに仕事の出来る人だ。それとあたしのことを女扱いせず平等に扱ってくれる。企画部の男どもも、勝でさえ普段は女扱いしないのにコーヒーやお茶を入れるときだけは女扱いしてきたり、そんなとこがなくて、あたしが没頭してたらコーヒーを入れてくれたり...ついでだって言ってたけど。
「じゃあ、プレゼン終わってから食事でもごちそうさせてくれ。今回おまえの相棒を奪ってしまった責任は俺にもある。安易にこの時期に長期休暇など認めるべきではなかったな。」
あれ?俺って人称変わってる?そう言えば会社出てから課長の雰囲気が柔らかくなってる。
「そんな...こんな時期に式あげる方が馬鹿なんですよ。」
「おまえ、知らなかったのか?富野のとこ、『出来ちゃった』らしいぞ...それで急いで式場取ったら23日の昼間しか空いてなかったってワケだ。相手の浅野麻里は先々月には退社したらしいしな。」
「そ、そうだったんですか...」
そんな話し聞いてなかった。
「何でも話してるってわけじゃなかったんだな、おまえ達...」
今課長がふふって笑った気がしたの、気のせいだろうか?なんだか馬鹿にされてるような、見透かされてるような居心地の悪さを感じた。
でも、確かにそうかもしれない...あたし、いつだって何でも相談されてきたって、思ってただけだったんだろうか?
「しかし、今から帰っても晩飯ないだろうなぁ...」
課長が時計をちらりと見た。あたしも走らなきゃ終電がヤバイかも。
「なあ杉原、悪いがちょっとつきあえ。帰りのタクシー代ぐらい出してやる。この時間だとまだ馴染みの店がやってるんだ。腹減らないか?家庭料理のうまいとこだぞ、どうだ?」
「いえ、煮物とか、結構するんで...別にいいです。」
あたし結構めんどくさがりだけど、寝る前に明日の分ぐらい煮物煮込むくらいは苦じゃない方らしい。野菜は山ほど実家から送ってくるしね。
「そうか...うむ。」
「課長、家庭料理に飢えてらっしゃるってことないでしょう?」
「いや、洋食しか作れなくてね。和食は苦手なんだ。」
「そうなんですか?」
奥さんって和食あんまり作らないのかな?まあ、他人の台所事情なんて知ったことじゃないけどね。
「じゃあ、少しだけ...」
少しだけ不機嫌になった課長の表情をみて、上司の誘いもたまには受けなきゃと思い直した。


課長行きつけのお店で食事して、店を出たらもう2時だった。意外だったのは、課長も食事するだけでお酒は注文しなかった。てっきり飲むんだって思ってたのに...
「飲まれないんですか?」
「実は車なんだ。」
「え、もしかして...今までも?」
「ああ、たいてい車なんでいつも飲んだ振りしていたが全く飲んでなかったよ。」
食事の間も仕事の話などで盛り上がり、そのころにはかなりうち解けて話していた。強引だけど、意外と繊細な気配りもあったりで、あたしに気を使わせないようにしてくれていたみたいだ。
あたしも今日は課長に合わせて飲んでいないのに、頬が上気して熱かった。きっと店の中が暖房効き過ぎていたんだろう。オフィスは節約とかいって、最近低めに温度設定されているから、女子社員は着込むしかないからね。
「自宅が遠いんだ。車で混んでたら2時間、空いてても1時間半はかかるんだ。終電に合わせていたら仕事できないんでね。ま、帰れないときは車の中で休んだりしてるがね。」
いつもあたし達より遅く帰ってたりするので、そんなことは全く知らなかった。これじゃ家族っていうか奥さんも怒るわよ、っと、口挟まない、他人、他人...
「杉原はS市方面だったな?途中だから送っていくよ。乗って行きなさい。」
会社の方へ戻りかけたのに、課長に腕を取られる。うう、強引...
「いえ、でも...タクシーで帰ります。」
「いや、変な意味はないんだ。ここのとこ寝不足なんでね、帰り道途中まででもいいからうるさくしゃべってもらえればと思ってね。」
「すみませんね、うるさくって。」
また課長が笑った。笑うと目尻に小じわがはいって、それなのに反対に幼く見えたりもする。
「いや、杉原はそこいらの女性のように訳のわからない話題を話したりしないからね。すごく助かる。」
それって女っぽくないってことかな?まあいいや、あたしは出来る部下で...
「わかりました。じゃあ、眠気も覚めるような話題で起こしてればいいんですね?」
「ああ、頼むよ。」
いつものワンマンな課長らしくもない、低姿勢な態度に負けて、あたしは助手席に乗り込んだ。
課長の車は3ナンバーの国産高級車ってやつだった。音楽がかかって、なかなかの乗り心地。タクシーよりはよかったかも?実はタクシー独特のあのにおいが嫌いだったりする。バスも苦手...だからラッキーと言えばラッキー。
「シーマですか、これ?」
「ああ、そうだが。」
「ふうん、これが...勝、富野が乗りたがってましたよ。結婚したら当分新車買えないって嘆きながら。でもこういう車は課長クラスが乗るから落ち着くんですよね?彼じゃ浮きます。」
「そうか?けれども俺だって、シーマは2台目だけれども、26.7から乗ってたぞ。」
「え、そうなんですか?じゃあ課長だからかな、課長が課長になられたのは20代の後半だと伺ってますが...」
「ああ、ちょうどいまの富野ぐらいだな。なあ、杉原、その課長課長って言うの外ではやめてくれないか?せめて社外では名前にしてくれ。」
「そ、そうですか?じゃあ、本宮課長...」
「課長も抜いてくれ。」
「本宮、さんですか...」
「俊貴でもいいがね。」
「あのっ、冗談ですよね?」
「...冗談だ。」
横顔を見ると真顔だった。
駄目だ、ついていけない...本宮課長にしては、ジョークでも言ったつもりなんだろうけど。
「まさか、上司の名前をそんな風には呼べませんよ。」
「杉原は、絶対に上下関係とか、男女のラインとかも絶対に崩さないな。おまえ、そんなに堅苦しくバリア張ってたら疲れないか?それじゃ気軽に声かけてくる男も居ないだろ?」
...ぎくっとした。
あたしは今だって身体を堅く緊張させている。
あたしは男に慣れない...ううん、男に慣れてない。
そりゃ、友人とは気軽につきあえる。それは、あたしが女扱いされてないってわかっているから。でも初対面だとか、知らない男性とかは全然ダメ。構えて、お高くとまったキツイ印象を与えるだけのようだった。
元々男性に媚びたりもしない、仕事には自信持ってるし、だからそれがなにって感じで、そのうち男扱いされるようになって、その壁も取れていく。
課長だって、あたしを他の男性社員と同じように扱ってくれてるし、仕事の上でも尊敬できる相手だと思ってる。ただ、上司と部下である限りはなれなれしい態度や言葉を使うつもりはない。
だからって...今こうやって車に二人で居るときに言わないで欲しい。すっごく、ごまかしにくいから。
「もう...イヤですね、課長。あたしみたいなかわいげのない女は一緒に仕事する分には楽だけど、側にいると安らげないらしいですよ。」
「ふうん、それは男の方に女を安らげさせるだけの度量がないだけだろう?」
え?そんなこといわれたの初めてだった。いつも言われ続けていた『おまえは、』って
「自分にその女に頼られるだけの力のない奴に限って、それを棚に上げてそんな風に言うものさ。富野にもそう言われたのか?」
「ベ、別に、富野になんか言われたワケじゃないですよ。」
「まあ、富野には浅野あたりが精一杯だろうな。」
それって、勝はその程度だっていうこと?意外と辛辣なことずばずば言うんだな、課長って。
「あ、課長、そこの角でいいです。コンビニのあるとこで...」
「そうか?うちの前まででも構わないのにな...」
車をコンビニの駐車場の端に止めて、課長は大きくため息ついてハンドルに腕ごと額を預けた。
「なあ、杉原...悪いがコーヒーでも買ってきてくれないか?ブラックで砂糖の入ってないやつ...眠くなりそうなんだ。」
「わかりました。暖かいのでいいですか?」
「出来れば冷たいのを...」
なんだか初めて課長の弱音っぽいのを聞いた気がする。ちらっとこっちを見る目が眠そうに少ししかめられて...男の色気?思わずぞくってきちゃった。
「実は、ヤバイんだ。一人になると寝てしまいそうだ...昨日もほとんど寝てなくてな。ん...家までなんて自信が無くなってきたな...」
「大丈夫ですか?本宮課長、無理されてもしものことがあれば...」
「そうだな...じゃあ、悪いがこの当たりで朝まで車を止めていても怪しまれないところはないか?」
「え?そんな...車止めて、どうなさるおつもりなんですか?」
「そこで朝まで休もうかと...事故るよりましだろう?」
「そりゃそうですが、そんな、風邪引きますよ?!」
ホテルでもって、そんな時間でもない??あまり泊まったことないからよくわからないけど。
「じゃあ、杉原の部屋で少し休ませてくれるか?」
「えっ?あ、あたしの部屋ですか?」
この場合どう対処すればいいんだろう?真顔で冗談言わないで欲しい。あ、冗談なんだ。
課長が信用できる人だって言うのはわかってる。妻帯者だし...何よりもあたし相手じゃそんな心配もないし、ってなんの心配?そんな心配必要ないのに。
あーホントにあたしって、女としての魅力なんてないんだろうなぁ。またまた実感しちゃった。
だからこの年まで大事に持っちゃってるんだよね、バージンなんて代物...
今のあたしの最大の足かせ。だからちっとも動けない。誰もがまさかって思うもんね。猥談にだって参加するし、それなりに耳年増だし...
だってね、長すぎたんだよね、片思いが...大学時代から8年も富野なんて男に片思いして、告白もせずに振られてさ...ううん、違う。もうとっくに諦めてた。あたしなんか彼氏は出来ない、恋なんて出来ないって思ってたから。
その分仕事でがんばればって、ずっとそう思ってやって来たんだから...諦めるなら富野に彼女が出来た時点で諦めてたはずなんだから...
思考が一瞬とんだ。じっとこっちを見てるきつめだけど整った課長の顔を見ていきなり現実に引き戻される。
「あの、それも冗談ですよね?」
「ん?まあ、冗談じゃないほど眠いんだが...おまえのうちは遠いのか?それとも他に誰か居て迷惑なら言ってくれ。マジで車の中で寝るよ...」
「そんな、自殺行為ですよ?12月に車中泊だなんて...せめて屋根のあるとこじゃないと危険です。」
「じゃあ、どこか屋根のあるとこはないか?」
「あの、う、うちのマンションの来客用スペースが空いていれば...」
「じゃあ、そこでいい。コーヒーは後で買いに来るよ。先に車を止めさせてくれ...」
あたしに断る権利はなかったようだった。

         

すみません、21日分書いてたの忘れてました。(笑)
その分今夜22日分もUPします〜〜