9.
 
これでも付き合ってるって思っていいのかな?

土屋はすごく優しい。
時々あたしに触れようとする手も、ほんの少しあたしが身体を震わすだけでそれ以上は伸びては来ない。
二人ともますますクラブが忙しくなってくるし、みんなの手前付き合ってないことにしようと決めてしまったために、クリスマスも、新年会もみんなで過ごした。
あたしもその方が楽しかったし、やっぱりまだクリスマスっていうカップルのイベントや儀式は少し怖かった。土屋もそれでいいって言ってくれたから、みんなでどんちゃん騒ぎして終わった。
密かにクリスマスプレゼントの交換だけはしたけど...何をしていいのか判らなくて、何が欲しいのか聞いてみた。車でドライブするときにあうCDでいいと言われた。いつもは邦楽中心に聴いてるからたまには洋楽がいいなんていうから、ちょっと懐かしめのドライブ用に集められたCDにした。土屋もなにがいいかきいてきたから、キーホルダーが欲しいって言ってたら、なんかブランドモノらしきロゴ入りのをもらった。いいのかな、高そうなんだけど...
街を歩くときは手を繋ぐようになった。でないとはぐれそうになるから...
それ以外は今まで通り。友達と遊ぶみたいに安心していられた。土屋の人柄なんだろうな、あたしに気を使わせないようにしてくれてたはず。いつだって優しい視線であたしを包んでいてくれた。あたしはそれに次第になれて、当たり前のように側にいた。

バレンタインにチョコを贈ったお返しにとホワイトデイに土屋から食事を誘われていた。その年は平日だったので大学の講義が終わったあと、二人で街まで出たんだけど、ちょっとワインなんか頼んで、あたしはほろ酔い気分で帰りの助手席ですっかり寝入ってしまっていた。
「椎奈、椎奈...起きて」
「ん...あれ、もう着いたの?」
「まだ峠の途中だよ。ちょっと車から降りないか?」
促されるまま車から降りると土屋は上を見てごらんと言った。
「うわぁ...すごい...」
冬の冷気を含んだ山の天井は、澄み切った夜空と満天の星々の輝きを敷き詰めていた。邪魔する明かりも何一つない。土屋は車のヘッドランプも消した。あたりは一面闇になる。
「眠いから車止めて外の空気吸おうと思って...上をみたらあんまりにもすごかったから、椎奈にも見せてあげたくってね。」
「綺麗...でも真っ暗だとちょっと怖いぐらいだね。」
怖いならと、車のルームランプをつけてくれた。ほんの少しの明かりで土屋の表情が見えて安心する。
「エンジンも切ってもいいかな?」
そういってキーを回すと辺り一面何の音もしない空間に戻る。
自然の中にいるあたしと土屋の二人だけ。
あたしは最近かなり警戒心を解くことが出来るようになった。今となりにいる土屋の肩の触れる温度にも安心する。
「椎奈...寒くない?」
「ん、少しね...でももう少し見ていたいよ。」
「肩、抱いてもいいか?少しは暖かくなると思うんだけど。」
肩?そっか、肩に手を回すってことね?あたしはいいよって返事して、そのまま車に寄っかかりながら宙(そら)を見上げ続けていた。身体は完全に土屋と車に預けてる形になる。
「キレイだね。」
「うん、ほんとに、綺麗...」
あたしは吸い込まれそうになるほどの宙の宝石に心奪われていた。
「椎奈が、すごくキレイに見えるんだけど?」
「え?」
首を傾けて視線を右側の土屋に向けると、彼は宙など見ずにあたしを見つめていた。
「土屋...?」
少し辛そうに笑うのはいつもの優しい笑顔でなくて、やけに熱っぽい視線の彼で...少しだけ身体に緊張が走った。
「今すごく椎奈を抱きしめたい。だめかな?」
「えっ?つ、土屋??」
つきあい始めて半年、そんなはっきりとした意思表示をされたことはほとんどなかった。遠慮がちな手はいつも出されるだけで、あたしが重ねなければ繋ぐことはなかった。
いつも側にいるだけだけで、聞き上手の土屋はあたしの話をいつも笑顔で聞いてくれていた。友達のように付き合うカップルもありなんだと思ってしまっていた。
「椎奈、半年...何もしたくなかった訳じゃないよ。あんまりにも椎奈が怖がるから、僕は友達のように接してきた。けど、そろそろ限界なんだけど?だめかな...」
肩に回された腕がそのまま土屋の方にあたしを引き寄せていく。ゆっくりと、逆らおうと思えば逆らえるほどの力だった。だって土屋の思う通りにしようと思えば、そのまま車に押しつけて抱きしめればすむことだ。だけどそんなことを土屋はしない。だからあたしは出来るだけ身体を緊張させないようにゆっくりと息を吐いて目を閉じた。
「さっきの椎奈はすごく無防備に目をきらきら輝かせて、唇を緩めて...そんな表情他の男の前でされたら堪らないよ。我慢の出来ない男なら何されても文句言えないよ?」
「そ、そんな...あたしにそんな気起こすのなんて誰も居ないよ...居ても土屋ぐらいでしょ?あたしそんな魅力ないよ。」
一瞬また岡本くんの影が見えたれど、土屋は信じられる人なんだからと自分に言い聞かせる。
そうしてもう一人、あたしに決してその気を起こさないやつの顔も浮かんだ。
「本当にそう思うの?」
あたしは安心できるその腕にすりっと顔をくっつけた。
「暖かいね、土屋は、すごく...」
「椎奈、そういうことしちゃだめだよ、抱きしめるだけで我慢しようとしてるのに...」
土屋は少し身体を離したのであたしが顔を上げたと同時に身をかがめてあたしに覆い被さるように真近くまで来て小さな声で囁く『キスしてもいい?』の言葉に頷いて目を閉じた。
ゆっくりと重なる唇は、ほんの少し触れるか触れないかの優しさで...あたしが逃げないのを見てもう一度またゆっくり重ねられる。
違う感触...
あたしが知ってる岡本くんの無理矢理な唇とも、あたしを助けようと必死な熱い工藤の唇とも違った優しい感触。包むように、柔らかく触れるだけの、押しつけてこない唇...ゆっくりと離れていく土屋の唇がわずかに震えているようにも思えた。
「椎奈...っ」
離れた瞬間きつく抱きしめられて耳元に土屋の熱い息がかかる。興奮したその息使いにふいにまた呼び覚まされる記憶。
(や...だっ)
そう思ったとたんに身体がこわばっていた。思い出してしまう、岡本くんの興奮したあの荒い息使い、そして...
「椎奈?」
すぐさま離される土屋の身体。
「だ、大丈夫...ごめんなさい、あたし...」
土屋は辛そうな視線を向けた後、ゆっくりとあたしから離れると車のドアを開けてエンジンをかけた。静まりかえっていた空間にエンジン音とカーステレオから流れるボーカルの声とドラムのリズムを刻む音が漏れていった。
「そろそろ、帰ろうか。」
あたしをそっと促すと土屋が運転席に乗り込む。あたしは急いで助手席に戻る。
「土屋、あたし、キスは嫌じゃなかったの。その後、少し思い出しちゃっただけで...あたし...」
「謝らなくていいよ、椎奈が怖がってるのは判ってるんだ。急いでしまった僕がいけなかったんだよ。キスが嫌がられないって判っただけでも嬉しいよ。」
「でも...」
あたしが嫌がったことで傷つけてしまったのではと考えると辛かった。

一緒にいると安心できる。これが恋愛感情なのかどうか判らない。でも岡本くんに感じたような怖さや不信感は全くない。だから、また同じ結果にならないように、あたしは土屋に対しては誠実でいたいと思っていた。工藤のことはもういい...いくら思ってももう叶わないってことは判ってるから。だからこそ土屋にちゃんと向き合わなきゃ彼に申し訳なさ過ぎる。きっと土屋以外にこんなコトされたらあたしはまたパニックを起こしていただろう。唯一平気な人なら、あたしは...いつか、身体さえ嫌がらなければ土屋のモノになってもいいとさえ思っていた。ただ、その勇気とそこまで行くにはもう少し時間が必要みたいだけれども...



優しすぎるなんていったら贅沢かもしれないけど、あたしの嫌がることは絶対にしない土屋。それが自然に出来る人なんだけど、あたしはそれが少し辛かった。
喧嘩なんかしたこともない。言い争うことも、意見が食い違うこともない。
ただ彼が、あたしに聞いてそれにあわせてくれる。
土屋はそれで楽しいんだろうか?
つきあい始めて1年過ぎても二人の関係は変化しない。
学生生活なんてバイトとクラブを入れていたらそれこそ時間が足りないくらいで...大学と家との往復以外にも色々と行事が増えていく。
そんな中でもイベントにかっこつけて会ったりしてるとこは唯一恋人らしい行動だった。つきあい始めた当初は誕生日やクリスマスに何をしていいか判らなくてあたふたしていたけれども、だんだんとどうすればいいのかなんてつきあいの長さで判っていく。土屋がほんとに欲しがっているモノは別にしても、お互いが大切な存在だと想い合ってるからこそ安心して側にいられた。
相変わらずみんなで集まることはしょっちゅうで、忙しくても盆暮れには実家に戻ってきた仲間達で集まる。一番帰ってこなくなりそうだった工藤もちゃんと帰ってくるし、未来や京香も三宅も戻ってくる。
友達と恋人とどちらをなんて問いかけは二人の間にはなかった。やっぱり大切なのは友達だったから、それがお互い解り合えていたから...


大学2年の夏、彼女と二人で海に行ったりは絶対に無理だからと、清孝・雅子ペアに巻き込まれたあたし達は団体で海に向かった。清孝のおんぼろ車には彼女である雅子が乗り込んだ。年期の入った軽四には他に乗り込むやつもなく、『海は嫌いだから』といって来なかった京香以外のメンバーは工藤の車にぎゅうぎゅうに乗り込んだ。
「三宅、清孝の車に乗り込んで邪魔してくれば?」
ふざけて未来が言ってもこっちでいいと三宅がむすっとした顔で後部座席に乗り込んできた。未来は三宅の恋心なんて知らないから...工藤と目を合わせて苦笑した。
助手席には土屋、カーステレオでサザンなんかかけながらノリノリで海に向かった。
炎天下の中、かなり頑張って飛ばしてたら途中渋滞に巻き込まれて、とうとう清孝の車がオーバーヒートしてしまった。少しの間エンジンを切ってればなんとかなるだろうけど...
「いいよ、みんな先に行けよ。何とかするからさ」
そういって苦笑する清孝と雅子をあたし達はあっさりとその場に置き去りにした。『カップルだからなんとでもなるさ』っていった工藤の言葉の意味がよくわからなかったけれども...

あたしたちはさっさと清孝達のことを忘れて、ビーチボールで遊んだり、浮き輪につかまって泳いだり、思う存分遊んでいた。
「ねえ、ねえ、君ら可愛いね。アイス食べない?奢るよ!」
未来と二人売店に行く途中、二人連れの男の子に声かけられた。今時の大学生って感じで特別不良っぽくもないんだけれども...軽いよね。
「友達と来てるから、いりません。」
なれた口調で未来が断る。普段からナンパとか多そうだもんね、彼女の場合。
「え、じゃあ友達も一緒にさ、奢るよ、そこのアイス。みんなの分、ね?ぼくら男ばっかりで来ちゃって寂しいんだよ。ね、ちょっとだけ付き合ってよ。」
そう言う一人の手があたしの腕を掴んできた。一瞬にしてびくっと震えてしまう。振り払おうとしても結構強く掴まれてて、あたしは目一杯睨んだけれどもにっこり笑われて離してもらえない。最近では発作もそうではしない。ただ、腕から広がる見知らぬ男の嫌悪感にだんだんと胸が苦しくなってしまう。
「オレらの連れなんだけど?」
工藤の声が聞こえた瞬間あたしの腕からその男の手が払われていた。工藤はあたしにおんぶするようにのっかかって相手を威嚇していた。この格好ってオレのモノって感じであたしはそっちにびっくりしてしまった。けれども嫌悪感のかけらもなくて、ただちょっと違う意味で苦しかった。
「奢ってくれるなら、全部で5個よろしくね。」
「な、なんだよぉ、男連れかよ!」
工藤に睨まれて、ちぇっと舌を鳴らした男たちは離れていく。
「なんだ奢ってくれねえのか。」
「そりゃ無理でしょ?けどいつまでのかってるつもり?」
お互い水着だから触れあってるのは素肌同士で...いくらナンパ野郎を追い払う為の演技だとしてもなんでいつまでも?嫌じゃないけど...怒った声で工藤の手を強めに叩く。こんなとこ土屋に見られたらいけないよね?いくら助けてもらったからと行っても...そりゃ最近は逃げずにすむことも多くなってきてるけれども、それでも、ね?
「ああ、悪ぃ。けど椎奈ってさ、色白で肌触りいいんだよなぁ。」
「もう、いやらし言い方しないでよ!離れてってば。」
言われたせりふに一瞬かぁーっと頬が熱くなる。触れただけなのにそんなこと言うの?いろんな女の人をその腕に抱いてるくせに?
あたしは思いっきりぶるんと顔を振る。おもしろがって全体重をかけられて苦しいのと、どきどきするのとで、頬が熱くなるのがわかる。それを怒ったせいにしながら...そのまま乗っかかられて潰される。いくら何でもあたしに工藤が支えられるはずがない。あたしは砂まみれにされてまた工藤を睨む。親友同士のじゃれ合いらしいから変に逃げれないのもあるけれども...全然嫌じゃない自分の反応がすごく不思議だった。
「ああ、こっちにいたの?」
二手に分かれてあたし達を探してたらしかった土屋がこっちにきた。砂まみれのあたしをみて土屋が心配そうに大丈夫か聞いてきた。
「売店の前で二人してナンパされてたんだよ。この椎奈がぼけっとしてるから追っ払ってやったよ。」
「え、そうななの!?椎奈、大丈夫だった?」
驚いた土屋の視線があたしに向けられるけど大丈夫って頷いてみせる。すぐさまほっとした顔の土屋に戻る。
「けどこのペアで歩くとなぁ、そりゃ声かけられるよな。」
工藤がそういってあたし達を指さすけど、スタイルのいい未来なら判るけどあたしはねぇ...未来はカットの大胆なワンピースタイプの水着から伸びるカモシカのような脚は相変わらずで、男の子が寄ってきてもしょうがないけど、あたしは胸元だけ大胆にカットの入ったシンプルなタイプの水着にパレオを蒔いている。ここに来る前の日に未来と一緒に買いに行った水着なんだけど、未来に『絶対これ!』とかいって強く勧められて買ってしまった一品。
「まあ、結構いい女に成長してるからな、二人とも。遠目から見ると今日の浜辺ではピカ一だろ?」
冗談でしょうと笑うと土屋までもがそうかもなんて...それだけ未来のレベルが高いってことだよね?
「ねえ、なんで探しに来たの?」
結局買いそびれてたアイス焼きそばを買い込みながら未来が工藤に聞いた。
「ああ、実はさっきメールが来たんだよ。清孝から、『オーバーヒートは何とかなったけど、帰れなくなったらいけないから、今からゆっくり帰ります。』って」
「それがどうしたの?」
あたしがもう一度工藤に聞き返す。
「そりゃこのままいるかオレたちも帰るかって話だけど、どう考えたってあの二人がそのまま帰るはずがないだろ?だから...」
「そのままって??」
あきれた調子の工藤がため息をつく。未来を見たら笑ってる。なんで?
「椎奈...ここに来る途中いっぱいあっただろ?ラ・ブ・ホ。行ってるんじゃないか、今時分。だから、智明が、ほれ、ちょっと荒れかけてるんでおまえらちょっと近づかない方がいいんじゃないかってな。」
あ、そういうこと...そっか、三宅はまだ雅子のこと諦め切れてなかったんだ。
「じゃあ、反対だよ、慰めてあげた方がいいんじゃないの?」
そう言ったとたん土屋が渋い顔をした。え?いけないの...?
「まあ、椎奈ならいいかもしんないけど、未来やオレは今のとこ敵状態なわけ。」
なんでかまだわからなくって首を傾げてたら未来が耳元で『カレカノ』がいるからだよって教えてくれた。
そっか、でも言ってないだけであたしと土屋もそうなんだけど、なんて思ってちらっと土屋を見ると困った顔して笑ってた。
焼きそばやたこ焼きジュースを山ほど抱えてパラソルの下に戻ると食べ物に見向きもせずに三宅が立ち上がった。
「俺、泳いでくるよ...」
暗く肩を落とした三宅の後を工藤がついて行こうとしたら振り向いて一言『おまえにはこの気持ちわかんねえよ!彼女持ちが...』そういったので仕方なく土屋がついて行く。たしかに表面上は彼女なしってことになってもんね。
足下に散らばったビールの空き缶を見て納得した。これは誰かがついてなきゃ危ないわ...
「ちぇ、しかたないなぁ。じゃあ俺は二人のお姫様のナイトでもやっとくか。さっきみたいにナンパに来られたらやばいもんな。」
そういってどっかりと座り込んで焼きそばに手を伸ばす。
「未来のカレシはここに来ること何にも言わなかったの?」
あの寡黙な青年を思い出す。
「だってあいつ合宿にいっちゃったんだもん。文句なんか言わさないわよ。それより工藤は?彼女は何にも言わないの?」
「ああ、来週海に行く約束させられたよ。それも泊まりでだぜ?ったくオレのバイト代あてにしやがって...また向こうに帰ったらバイト増やさなきゃなんねぇ。」
聞きたくなかった、そんな話し...
未来も半分のロケのような愚痴を工藤に話してる。まあ、お互いカレシ・カノジョがいる者同士でかなり話が弾んでる。
自分には彼氏がいないことになってるから二人の会話に入っていけなくて、聞き役に回ってしまう。ただ黙って聞いているとそのうち睡魔に襲われてうとうとし始めた。
目を覚ますと未来も反対側で背中を焼いていた。三宅と土屋はまだ海の中っていうか、帰ってこない、どこかで語り合ってるのかな?
「あれ、これ...」
あたしの背中にはいつの間にかビーチタオルが掛けてあった。
「ああ、オレの。椎奈は色が白いからさ、焼いたら真っ赤になって痛いだろ?」
そういう自分は日の当たるところで背中を焼きながらビールを飲んでいた。
「ありがと...助かったわ。焼けたらひどいから、あたし...」
身体をそっと起こしてパラソルの影に入る。ちょっと暑くって逆上せたみたい。側にあったイオン飲料水に口を付ける。
「なあ、椎奈はいま付き合ってる男はいないのか?」
「え?」
突然の質問に戸惑ってしまう。なんて答えればいいんだろう?
「な、なんで...?」
「いや、正月に撮った写真を見てさ、オレの大学のやつが椎奈を紹介しろってうるさいんだ?だめだっていったらカレシがいるのかいないのか聞いてきていなかったら紹介しろってね。」
「まさか、あたしじゃなくて未来でしょ?」
「未来にはカレシがいるって言ってあるよ。そいつは最初っから椎奈をってうるさかったから...」
なんだそういうわけ...
「いるって...」
「え?」
「いるって言っておいて。」
「ああ、そういううことね、じゃあそう断っておくよ。」
「ほんとにいるって思わない?」
「え、いるの...椎奈?」
「いてもおかしくないでしょ。」
自分で言わないって言ってたのになんだかすごく悔しくって思わずそう答えてしまった。
ばかな自分...工藤には関係ないのに?
「まあ、いてもいいよな。最近の椎奈は綺麗になってるしさ、そうだよね、そいつにはそう伝えとくよ。」
その日はそれ以上聞かれることもなかった。



正月にみんなで集まったときに、雅子の姿がなかった。
「清孝、雅子どうしたの?」
「今日は家族で出かけるってさ...」
「そう、しょうがないね。」
いつものように清孝の家で新年会をしたけれども雅子は来てなかった。まあ、要するに夏のあの日二人はそういう所に行ったってこと、文化祭のあの日の二人を見てもそんな関係だったのは、はっきりしてるんだけど。意識したところであたしとは別次元のことのように思えていた。
たまに土屋に抱きしめられることはあっても優しくつつまれるようにだし、キスは...ほんとにたまにで、ちゃんと『キスしてもいい?』って聞いてからだし...


雅子が来なくなったその理由は春にわかった。京香から聞いた話では、雅子の他の友達の元に結婚式の招待状がいきなり届いたらしい。あたし達には何一つ説明されなかったけど、彼女らにはその後結婚する旨が伝えられたらしい。
『雅子お見合い相手と結婚するって、らしいけど、雅子ってあれだよね?生徒会会長してた清水くんと...だよね?あの二人いつ別れたの?』
あたしの方にもそんな質問が飛び込んできたけれども、何とも答えられなかた。
「土屋は知ってたの?」
「ああ、智勝から聞いてた。けど聞いたのはついこの間なんだ。清孝が雅子と連絡が取れないって荒れ始めてすぐに...雅子から『結婚するから別れて欲しい』って電話で一言だったんだってさ。しばらくはもう、手もつけられなかったらしいんだ、圭司と智勝がしばらくは付いてないと危なかったくらいに...」
「そうだったんだ...でも、あの二人って夏には、それに、清孝もそんなこと全然...」
「父親に押し切られてらしいけど、雅子もそのこと一言も清孝には言わなかったらしい。」
「それって...」
「自分で選んだんだろ?相手いいとこの坊ちゃんらしいし、親に反対されるより、安定した幸せを選んだってとこかな。」
雅子の相手はエリートサラリーマンで、地元でも比較的有名な企業の次男だった。父親がえらく乗り気で一気に話を進めたらしかったけど、雅子は結婚話が進んでるのを知ってて、平気な顔して清孝と付き合ってたって言うの?あの夏の日だって...だってお見合いしたのは高校卒業した夏だったじゃない?それからずっと?そんな...
「女って怖いって思ったよ。あんなに大人しくって従順そうだった坪井さんがね...」
雅子とは普通に友達してた。途中からいとこのカノジョになんかなるからちょっと気をつかってたけど、だけど、こんな...

6月には雅子は何も言わないまま嫁いでいった。

それ以来清孝は実家にもなかなか戻ってこなくなって、いつも清孝のうちで催されてた新年会やクリスマス会もなくなってしまった。その代わりにあたし達が工藤や三宅達のいる街の方に出向くことが多くなっていった。それだったら、ばつが悪そうな顔しながらもたまに清孝も顔を出すし、未来も彼氏と半同棲状態で帰って来にくい所を顔出してくるし...たまに彼氏同伴だったりするけどね。京香は相変わらず実態のつかめない彼氏のようで、飲み会には必ず顔出してるし、三宅や工藤の部屋みたく荒らしてない分、いつもみんなのたまり場として部屋を提供してくれていた。

そのたびに土屋と二人こっちから出かけるんだけど、その事が少しだけ二人の関係を変化させつつあった。
      



 
 
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〜あとがき〜
つきあい始めたけれども変化のない二人。あり得るのか??そんなことが・・・(いや、今までのうちのキャラではあり得ないです〜〜〜!!)
さて次回いよいよ変化が??どうなる二人??って工藤は??どこに行ったんだ??

 

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