6.
 
こうしてあたしの高校生活は終わりを告げた。
あの事件も誰にも知られることなかったし、不安な日は連絡すれば誰かが側にいてくれた。情緒不安定だった最初の数日は未来と京香が交代で泊まりに来てくれた。京香の家に泊まった夜、うなされて夜中にまた発作を起こしかけたのを心配してくれたみたい。
けれども京香も未来も離れた街の大学に行くことが決まっていて、ゆっくりしていられなかった。未来はO市の外語大学でみんなと少し離れてる。工藤が一番近いかな。三宅は京香と同じU市で、どちらも大学は近い。みんな月末には下宿に引っ越す用意を始めなきゃいけなかったし、4月の頭にはこの街を出る。最後まであたしの心配をしながら...
 
そうだ、みんなこの街から居なくなっちゃうんだ...
 
清孝も専門学校に決めて出て行くし、雅子はこっちに残るけど短大で方向が違う。同じ方向の大学は土屋だけ。
「椎奈、おまえ本当にもう大丈夫なのか?」
三宅と工藤も先に下宿先に引っ越していたけれども、月頭に一度こっちに帰ってきた工藤は土屋と一緒にあたしを心配して家まで訪ねてきてくれた。
「やだな、もう大丈夫だって。いざとなったらすぐ誰かに電話してるから...」
夢でうなされてたことも、未来たちから報告済みのようでやたらと心配する工藤。
ふたりは、あたしの部屋に上がっていた。前に清孝たちと来てるから親の覚えもいいみたいだし、あたしが聞かれたくない話が出ると思って部屋に通した。
あんまり女の子らしくないあたしの部屋に背の高いのが二人座り込むとさすがにちょっと違和感がある。
「いつ来ても椎奈らしい部屋だな。」
工藤がちらっと見回して言った。そういって笑う笑顔も以前と変わらないはずなのに、あたしはどきりと胸を鳴らしてしまう。
あの時...
とっさのことだったけど、あたしの唇に工藤が重なったんだ...なんの意味もない、緊急の場合の対処だったのも判ってる。あたしがたとえ本当に男だとしてもそうされてたんだから。だけど...意識してしまう。だめだよ、忘れた方がいいんだから...
「悪かったわね、女の子の部屋っぽくなくって!そんなのおいてるからって言いたいんでしょ?しょうがないじゃない、ないと落ち着かないんだから。」
部屋の片隅のバットとグローブとボール。これだけでもう男の子の部屋みたいだもんね。
「章則、おまえ椎奈と大学近いんだろう?」
こっちに残るのは土屋だけだった。あたしは自宅から通える女子大に決まっていて、土屋も同じ沿線にある大学。
「ああ、駅いくつかぶん僕の方が遠いけどね。」
「椎奈、おまえ本当に大丈夫か?オレ勢いに乗ってずっとみんながついてるって言ったけど、オレたちほとんどが街を出るだろ?そりゃ、もしもの時は章則がいるけど...」
「大丈夫だってば!もう平気だって言ってるじゃない!!」
平気...ほんとは全然平気じゃないけど。
大学には受験の時に行ったきりで、手続きとかは父親の車で行ったから何ともなかっただけど、実は電車がすごく苦手...
だってあれ以来、知らない男の人とかすごく怖いんだよ。触れられたくないって思ってしまう。近づくだけでおぞましく思えてしまう。
あの時の息使いや、嫌な指の感触、思い出すだけで、また、指先が凍り付く。
だから、知らない男の人が近くにいる電車の中は異常に緊張してしまう。電車通学しなきゃだから、すごく不安だった。途中まではあまり混まない単線の電車だけど、途中からの複合線に乗り換えになると、人も増えて満員になるから、嫌でも男の人が近くなってしまう。そうすると、また、息苦しくなって...。
「椎奈、顔色悪くなってるぞ?」
「え、なんでもないよ...」
「なあ、やっぱりまだ思い出すのか?」
「.....」
返事が出来なかった。みんなに心配かけたらいけないと思って、電車が怖いのとか、他の男の人が怖いとかはあえて言ってない。だって、あたしはこんな護られキャラじゃないんだもの...
「椎奈、オレたちが怖いか?」
間近まで近づいてくる工藤の顔。形のいい唇に目がいってしまうのが恥ずかしくて、うつむいて視線をそらせた。
「ううん、怖く、ないよ...」
「そうか、じゃあ、ちゃんとこっち向けよ。」
うう、そういうことを言うんだ...あたしはゆっくりと顔を上げる。工藤の目は真剣にあたしをみている。心配してくれてるのはすごく判るよ、でも...
「椎奈が教えてくれただろ?世の中千里みたいな女ばっかりじゃないって。だから、オレも言うよ。世の中岡本みたいな男ばっかりじゃない。信じろ、椎奈...」
「う、ん...」
工藤の手が肩におかれてあたしの顔を覗き込んでくる。今はあんまりみられたくないよ、だって泣くつもりなんてないのにかってに涙が溢れてきそうになって...
「いつでもオレらに弱音吐いていいんだからな?」
工藤の指先があたしのこぼれ落ちる前の涙をすくい取った。
だめだよ...苦しいよ、そんなに優しくされたら。たとえそれが親友に対するものでも、想いがまたかってに溢れて来るじゃない?お願い、これ以上優しくしないでよ...
工藤の手がぽんぽんとあたしの頭を軽く叩いた。
「章則、みんなの分まで椎奈のこと頼むぞ。」
振り返る先には土屋の心配げな笑顔があった。あたしの方をみて柔らかく微笑んでくれる。
「ああ、わかってるよ。椎奈、取りあえずしばらくは一緒に通おうよ。でないとみんな心配だから、な?」
「わ、かった...でも...」
「いいから、ちゃんと言うこと聞くんだぞ?」
工藤がだめ押しする。そんなの迷惑なのに...土屋にも悪いよ。そう思うのに断り切れない、弱気になったままの自分がいた。
 
 
 
「椎奈、おはよう。」
結局朝のラッシュ時とかは一緒に行くことを約束させられた。あたしの講義スケジュールを土屋に教えて、それにあわせた時間に彼も講義をとったらしい。1.2年は一般も多いから結構講義が詰まってる。
「おはよう、土屋。」
乗り換えるまで電車で40分、毎日二人並んで座っている。話してることも高校時代と変わらないことだし、土屋と二人でっていうのも今まであんまりなかったけれども、柔らかく笑って話を聞いてくれるのがとても楽だった。電車の中で異常に緊張しなくてすむし、その時間がとても短く感じられたから...
途中で乗り換えるまでは単線でゆっくり座れる。角に座れば、隣に土屋が座ってくれるから安心だった。でも、途中からは乗り換えて、満員に近い複合線になってしまう。立ったままでの満員電車は苦手だった。周りに男性が立つだけで身体が緊張してくる。息が荒くなって顔色がなくなってくるので、周りには電車に酔ったと思われる。
その日もあまりにも混んでいて、土屋と人一人分離れてしまっていた。
 
え、なに?
土屋とは反対の方向からあたしの体に手が伸びて来た。スカートの上から最初は鞄か何かが当たってるんだと思っていた。
だんだんと動きが変わってくる。身体はぎゅうぎゅう詰めの状態で動かせない。
やだ!そう思っても、つり革持ってる手がおろせない...というより恐怖感で体がどんどん固まっていく。息が苦しくなっていく。土屋の方を向いて声を出すことも出来ないほど手足が冷たくなっていく...
その見知らぬ指先はスカートの中に入り込んであたしの身体を下着の上からまさぐり始めた。
やだっっ!!いや、触らないで!!
だけども声も出ない、身体も動かない...
「椎奈?」
あたしの顔色と呼吸に変化に気がついて、土屋が間にいる人を押しのけて、あたしに痴漢していたその腕をひねりあげた。
「なにしてるんだっ!」
そのとたんに電車は停車し、ドアから人が流れ出していく。その流れを利用してその男は土屋の腕を振り切って逃げていく。
「あ、くそ!椎奈?」
すぐさまあたしを見てあたしがひーひーと息を吐けなくなってるのに気がついた土屋は、閉まる直前の電車のドアからあたしの肩を抱いて駅のフォームに飛び降りた。
「椎奈、椎奈?」
急ぎベンチに座らせてあたしの名前を呼んでいるけれども、返事をするどころか動くことも出来ない。手足が冷たく凍った固まっている。
「椎奈、袋は?もってないのか??」
がさごそとあたしの鞄をかき回して取り出した紙袋をあたしの口元に当てる。
「ゆっくりだよ、椎奈。ゆっくり息を吐いて...」
何度もそれを繰り返していくうちに体中の緊張がとれていく。しばらくは痺れたような倦怠感が残る。意識は朦朧としたままだった。
過呼吸症候群。
それがあたしの病名だと工藤が教えてくれた。緊張、不安、興奮、恐怖などの心理的な要因や疲労などの身体的な要因により、発作的に速い呼吸をして呼吸が苦しくなる病気。身体的な疾患は無い場合が多く、直ちに命にかかわる病気でないことがわかっていたので、あのときも病院に行ったりしなかった。工藤がその病気の子(後できいたら女子マネージャーだったらしい。若い女の子に多いらしい)にいろいろ聞いてくれたみたいだった。夢を見た夜も過呼吸になっていたけれども、こんなにひどくはなかった。
あのときと同じひどい症状だった。

しばらくするとやっと元に戻って落ち着いてきた。土屋が自販機で暖かいココアを買ってきてくれた。かたかたと震えながら、あたしはそのままゆっくりと缶に口をつけていた。土屋はずっと側にいて、大丈夫かといって肩に手を回してくれていた。それはちっとも嫌じゃなくて、安心できて、暖かかった。
「椎奈、触られたの?」
「....」
あたしは黙って頷いた。
「ごめん、僕がついていながら...でも、やっぱりまだ、だめなんだろう?」
「......」
答えられなかった。こんなにひどいなんて自分でも思ってなかった。
どうやらあたしは男の人に体に触れられるのがだめみたいだった。側に寄られたり、肩先が触れるぐらいだったら我慢出来たのに...
こうやって土屋や工藤だったら大丈夫なのに...もちろん父親や知ってる人は側にいても何ともないけれども、電車の中の知らない男性はだめだった。そしてあんなふうに触れられることは、怖くて、嫌で、どうしようもなくて...
「ね、お願い、このことみんなには言わないで...」
「椎奈、何言ってんの?」
「だってみんなに心配かけちゃうじゃない?あたしがこんなだって知ったら...」
「工藤や京香にも言わないつもりなの?」
「だって、言っても心配かけるだけだよ。向こうには向こうの生活があるんだし...お願い黙っていて。」
「わかったよ...けれどもこの調子じゃ一人じゃ通えないよ。乗り換えたら人も多いし、また痴漢が出るかもしれない。判ってる?」
「判ってるよ、出来るだけ人の少ない時間帯に乗るようにする。他にも方法考えるから。それに、もしかしたらそのうち慣れるかもだし...」
「電車になれても痴漢には慣れないだろ?」
「それは...」
それだけはきっと無理だと思った。あの嫌悪感、怖さ、思い出しただけでも何度も身体が震え出す。
「僕がいるから...同じ電車に乗ればいい。これからも毎日。」
「え、それはだめだよ、土屋!そんな、あたしにあわせてちゃ、なんにもできなくなるよ?どうしてもの時だけ頼むから、その時は連絡するから...」
「もう決めたから。幸い大学も近いし、なんとでもなるさ。」
「土屋...でも...茶道部にも入ったって言ってたでしょう?土屋には土屋の大学生活があるのに...」
彼は入学早々、茶道部にはいったらしい。知り合いに引きずり込まれたらしいんだけど、和服でお茶を点てる土屋はすごく似合ってる。優しい風貌の土屋は、女性に安心感や好感を持たれやすい。だから女の人ばかりの茶道部に入っても違和感がないんだよんね。そのうち土屋にだって彼女が出来るよ。そしたらなんであたしと帰るのかって、困るはずだよ。だから、あたしは一人でなんとかしなくっちゃいけないんだ。
「椎奈、今は遠慮してる時じゃないだろ?」
いつもならこんなに強い口調で話さない彼の強い口調。
わかってる...
あのときそばにいた土屋はあたしのことを放っておけない。なぜなら工藤が必ず守ってやると言ったあの言葉に頷いてしまったから。なのにそう言いきった本人は側には居ない...
そっと土屋の手が髪を優しく撫でてくれた。こんなふうに工藤もしてくれたっけ、あの時...
優しい穏和な土屋と付き合う女の子は幸せだろうな、なんて思うのに、なのにいつでもあたしの記憶の大半を占めてるのが工藤なんだ。
「こんな椎奈を放っては置けないよ。工藤に頼まれたからじゃない、僕の意志でそうしたいんだ。いい?わかったね。」
いつもは穏やかで、決して人に命令形なんか使わない土屋が今回だけは引かなかった。
「でも、ほんとにそれじゃ申し訳ないよ。」
「じゃあさ、こうしよう?椎奈たまにお弁当作って来てるだろう?その時に僕の分も作ってよ。それを朝受け取って、帰りに渡すって、それでどう?」
「そんなんでいいなら...でも...」
本当にいいのかな...そんなんで。きっと周りから誤解されちゃうよ?工藤の時みたいに。
「明日から期待してるよ、椎奈。」
土屋がまた元の穏やかな微笑みでそういった
 
 
それ以来、電車に乗るときのあたしと土屋のポケットには紙袋が入っていた。混雑する電車に乗るときは必ずドア近くの角場所、そこにあたしを立たせて土屋がその前に立って守ってくれるようになった。土屋以外を気にしなくて良くなった分、あたしはずいぶんと楽だった。
毎日じゃないけど作った日にはお弁当を2個持って、行き帰りはいつも一緒で、噂になってるのは判っていた。お弁当渡してるとこもみられたし、『美味しかったよ』って土屋が言うのを聞いてた子もいる。同じ大学の女の子はすっかりカレシだと思ってるらしくって、それはそれでとても助かったりした。合コンに誘われなずにすんだから...
でもさすがに面と向かって聞かれたときはカレシじゃなくてトモダチだよと話していた。でないと土屋に悪いものね。それを聞いたあたしの大学の友人に紹介して欲しいと頼まれんだけど、土屋はあっさりと断ってしまった。
『なんで?可愛い子だったのに?』
『もうしばらく、椎奈が大丈夫になってからね。』
笑ってるけど、やっぱりあたしが原因なんだよね...
帰りに同じ大学や茶道部の子達と一緒にお電車に乗り込んで来ても、あたしを見つけるとすぐに来てくれる。その時にちらちら見られるし、中には睨んでくる子もいるし...
あたし邪魔してるよね?優しい土屋に甘えるばかりじゃいけないと思い始めていた。
 
 
『椎奈、駅前の喫茶店で待っててくれる?今日はちょっと遅くなるから...』
「いいよ、でも先に帰ってもイイよ。たまにはゆっくりすればいいじゃない。」
『だめ、いつものとこで待ってて。』
その日急にかかってきた電話で夕方まで時間が出来てしまったあたしは、ぶらぶらと書店を回ったりして時間を潰してから約束の場所へ向かった。
「椎奈、遅かったね、ぼくらの方が早かったじゃないか?」
店内であたしを呼ぶのは土屋だった。ぼくら?...工藤。
「よう、椎奈、元気してたか?」
「工藤、帰省してたの?」
「ちょっとこっちに用があってな。実は車なんだけど、S宮に置いてきてるんだ。3人で食事でもしようや、帰りは送るからさ。」
「急に電話してくるんだから驚いたよ。」
にこにこ笑う土屋、相変わらずこの二人は仲がいい。
「しょうがないよ、急に彼女が送ってくれって言うもんだからさ。このまま、また下宿に帰るのももったいないだろ?それだったらって章則に電話したら椎奈と約束してるって言うからさ。」
「そう...なんだ、いきなりだから驚いたじゃない!?」
ああ、また彼女か...あたしは出来るだけ再会のテンションを下げないように明るく振る言って見せた。
「そうなんだ、二人して驚かせようって。」
「どうせそんなこと考えつくのは工藤でしょ。変わらないわね、考えること高校時代と。」
「うるせえ、奢ってやろうと思ったのに、奢ってやんないぞ?椎奈」
「ごめん、ごめん、工藤様のお供させていただきますわ!」
いつものノリで話できてる...よかった。
「そうだ、椎奈、忘れないうちに渡しとくよ。ごちそうさま。」
土屋がにっこり笑ってあたしにお弁当の包みを手渡した。工藤の目が点になる。
「え?え?お、おまえら...まさか?」
「ち、違うわよ!いつも送り迎えしてもらって悪いから、お弁当で御礼してるのよ。」
「そうだよ、圭司、誤解するなよ。椎奈も気使ってくれてるんだ。けど椎奈の卵焼きは美味しいよ。」
「なんだ、そうだったのか、驚ろかすなよ。」
そろそろ行こうかと言って工藤が席を立つ。ここからS宮までは10分ほど電車に乗っていくことになる。ホームが電車に滑り込んできて、吐き出された人の数だけまた人が吸い込まれていく。見慣れた風景、いつもの電車。ただ、今日は工藤がいる。
いつものように角にあたしを立たせた土屋はあたしの前にさりげなく立った。
「おまえら、いっつもそんな感じなの?」
「え?」
工藤がまた驚いたような顔をしていた。
「今までそんな感じだったかなって...」
「毎日一緒に電車乗ってるからね、こんなもんでしょ?」
それでも半分、工藤の分だけ開けられた私の前の空間。二人と対面する形であたしは立っていた。
 
炉端風居酒屋で食べて飲んで、久しぶりに3人で色々話した。大丈夫、まだまだトモダチとしてやっていける。少し離れてたぶん、自分がすごく冷静みたいだった。
「あ、オレの携帯だ、ちょっとまって...」
盛り上がってる最中に工藤の携帯が鳴った。工藤が携帯に向かって『え、これるの?』とか『ここはね』って店の名前を告げていた。まさか?
「彼女来るってさ、早めに自分の方終わったからって。いい?」
だめなんて言えないじゃない...
 
「初めまして、梨恵です。」
現れた彼女は同じ大学の2年だと名乗った。また年上彼女か...
「親友と会ってくるって言ってたから...女の子がいて驚いたわ。こっちのカレのカノジョなの?」
「違うよ、オレの親友たち、章則と椎奈だよ。」
「え?カノジョじゃないの?」
あたしは苦笑いする。最近は髪も少し伸びて薄くだけど化粧もするようになった。だから女扱いされてるんだろうけど...土屋と目が合うと奴はにっこりと微笑んで見せた。
「おお、よかったな、椎奈。おまえも立派に女扱いされるようになったぞ!」
「悪かったわね、今までそうじゃなくてっ!」
あたしの隣には土屋が、その前に工藤、その隣に梨恵さん。4人で腰掛けて、梨恵さんはことあるごとに工藤に身体を預けたりしてる。そんな仕草に二人の関係の深さが垣間見えてしまう。
「椎奈、おまえ飲まないんだったら運転しろよ!」
車があるので飲めない工藤がぼやく。
「何いってんの、免許なんて持ってないわよ!」
「だったら早くとれよ、そしたらオレら飲めるじゃん?」
「それいいかもな、な椎奈夏休みに一緒に取りに行こうよ。」
「免許か...」
車だったら、土屋に頼らなくても学校まで通えるだろうか?
「おまえらほんとに仲良くなったなぁ...」
「そりゃ毎日一緒に通ってるからね。」
「それって付き合ってるんじゃないの?」
「梨恵?」
「だって毎日一緒に通って、教習所も一緒に行こうなんて、付き合ってるのと同じじゃないのぉ?普通いくら友達同士でもそんなコトしてたら周りにはそう思われちゃうでしょ?だったらそれぞれカレシもカノジョも出来ないわけで、そこまでリスク背負って一緒にいるなんて何か特別な理由でもなかったら、付き合ってるってことになるじゃない?」
特別な理由...一瞬にしてあたし達は押し黙る。理由なんて言えないもの。
「あ、あたしが相手じゃ、土屋がかわいそうだよ、ねえ?」
「え、そんなこと無いけど...」
あぁ、土屋はこんな時工藤みたいにそうだそうだって言えないんだった...
「じゃあ、付き合えばいいのよぉ!ねえ、椎奈さん。」
「梨恵、もういいよ。オレたちが口出すことじゃないだろ?わるいな、椎奈、章則。」
ちょっと強い口調で工藤に制されて梨恵さんはちょっと不機嫌になってしまった。
「あたし帰る...圭司、送ってよ!」
「おい、待てよ。もうこんな時間なんだぜ?梨恵のとこはまだ電車あるだろうけど、こっちはもう電車ないんだよ。だからオレはこいつら送って行かなきゃならないんだ。」
「ひどい、カノジョ放って置いてトモダチ優先するの?圭司ってそんな奴だったの?」
飲んでるのもあるんだろうな。梨恵さんが拗ねた目線で工藤を見上げる。
「いいよ、工藤先にカノジョ送ってあげなさいよ。あたしらもうしばらくこのあたりうろついてるから。」
「椎奈、けどおまえだってあんまり遅くなれないだろ?」
「いいよ、いざとなったらここからタクシーだってあるし、ね?土屋と割り勘にすれば何とか帰れるから...梨恵さんごめんね、邪魔しちゃって。」
悪いといって工藤は立ち上がる。約束通り勘定を済ませて、感情をぷいっと機嫌を悪くしたままの梨恵さんをなだめながら店外へ連れ出していった。そうしてキスでなだめて、送り届けて...ううん、泊まってくるかもしれない。
「出ようか?」
あたし達は繁華街の中を並んで歩き出した。
「どうする?椎奈」
どうするって言われてもね。結構人の往来が激しい街の中、あたしは向かってくる人の酒気を帯びた男の人がすごく怖くて...
「どこかでコーヒーでも飲もうよ。」
「椎奈はコーヒーじゃなくてデザートだろ?」
すぐに察してくれたのかわずかに引き寄せられる。
「パフェの美味しい店とケーキの美味しい店、どっちがイイ?」
「もちろん、パフェだよ!」
あたしが大盛りのパフェを平らげる頃には土屋に電話が入った。
「ああ、工藤...今?目の前で椎奈がパフェ食べてるよ。ああ、わかった。そこまで行くよ。」
土屋は飲みかけたコーヒーを流し込むと店を出ようと言った。工藤が駅前で車止めて待ってるそうだ。
泊まりじゃないんだ。そっか...
さっさと支払いを済ませて出ようとする土屋。
「だめだよ、あたしの分払うよ!!」
いいよって言って、あたしの手を取るとすたすたと駅に向かって歩いていく。
「え?あの、手...」
どう見たって繋いでるように見えるよ?これって...
「椎奈どうせ駅どっちか判ってないだろ?急がないと駅前なんてそう長く車止めておけないからね。」
工藤の車までしっかりと引っ張られてしまった。
 
 
 
「わるかったな、あいつも何拗ねてんだか...一つ上だけど結構わがままでね、しょうがないんだ。」
あたしは工藤の車の後部座席に乗り込んだ。工藤が自分で買ったっていう中古の車はちょっと年季は入ってたけど、それなりに手入れされていた。土屋は前で工藤と並んで助手席に座ってる。
「そりゃ、トモダチ優先されたらカノジョも辛いよ。工藤が悪い。」
「そうだな、圭司、おまえが悪い。それにやっぱカノジョ椎奈を気にしてたぞ?いくら親友だって言われても女がいると嫌だろ?」
「そうか?ほんとに女はめんどうくさいよ。」
「あたしも女だけど...」
小さく言ってやる。あたしの存在忘れてるだろ?
「あはは、悪い悪い。オレの親友だって言ってるんだから仲良くしてくれればいいのになぁ。」
車は裏道を選んで峠にさしかかる。右に左に揺れて、ちょうどイイ揺れ具合で...あたしは二人の話し声を子守歌に寝入ってしまった。
 
「椎奈、椎奈、着いたぞ、椎奈の家だよ。」
「え...」
目を開けると工藤の顔が間近くに見えて驚いた。
「あれ、土屋は?」
「途中だったから先に降ろしてきた。椎奈よく寝てたな。」
あたしは開けられたドアからゆっくりと立ち上がる。車の中で寝てしまった身体が少し軋む。
「な、大丈夫なのか?」
「...何が?」
真剣な顔の工藤だった。
「心配だったんだ。土屋は大丈夫だって言ってるけど、おまえからは何の連絡もないしな。たまには電話でもメールでもして来いよ。」
心配してくれてた?でもちゃんとカノジョも作ってるし、よろしくやってるじゃない?あたしが連絡するとやっぱだめなんだよ。
「平気だよ、何ともない。」
「けどさ、今日は驚いたな。おまえら付き合ってるのかっておもっちまったよ。あんまり仲良さそうなんでな。」
「何言ってるの...工藤が頼んでいったからでしょ?土屋に。」
「ああ、けどな、男と女なんてどうなるか判らないだろ?けどな、もし別れたりするとさ、後々気まずくなるだろ?オレは章則も椎奈も親友として失いたくないんだよ...」
「そうだね...」
それがあるからずっとあたしはこの平行線の上を歩いてるんだものね。
「とにかく大丈夫ならよかったよ。じゃあな、椎奈おやすみ。」
「おやすみ、工藤...」
走り去る車のテールランプを、いつまでも見送っているあたしがいた。
 
 
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〜あとがき〜
大学編です。やはり大きな傷を残していたようです。椎奈はこのままなんでしょうか?
それにしても早速大学でもカノジョゲットしている工藤。土屋との接近。さてさて、これからどうなるのでしょうか??
まだまだスローペースです。すみません(涙)
 

 

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