2.
 
 それから何度か工藤と一緒に帰ったりしてた。
三宅も一緒の時があったけど、ほんと誘われるまま...あたしって情けない。親友だなんて言われて、ちょっといい気分だったのは確かなんだけども。
今度はすぐには告られてないみたいで...って安心してた。
 
 
「ねえ、望月さん工藤君と付き合ってるの?」
いきなり聞かれたのは隣のクラスの上西さんだった。気の強い目がきっと上がってて、結構平気で女の子には突っかかってくるんで有名。その分男子の前での変わり身は早いけどね。
「え?付き合ってないよ。」
自分でそう答えながら、胸の奥が重く締め付けられた。
「じゃあ一緒に帰るのって、なんで?」
「トモダチだから、だよ。」
ふうんって顔してあたしを見る。
なに、すっごく嫌な感じ...あたしから帰ろうって言ったこと一度もないんだからね!ただ親友って言葉は使わなかった。簡単に言いたくなかった。
「あのさ、葉子がさ、工藤と付き合うことになったんだよ。だから、もう一緒に帰らないでくれる?」
上西さんが勝ち誇ったようにこっちを向いて言った。隣にいるのはおとなしそうな女の子。見かけたことはあるけど名前まではしらない。そっか、この子告白してOKもらったんだ。そこそこ可愛い感じの女の子。工藤の横に並んでも見劣りしないだろうね。
「別に約束して帰ってたわけでもないし、ただ単に帰りが一緒になってた程度だから...彼女が出来たらその子と帰るでしょ。」
「そうなの?よかったわ。望月さんたちのグループって仲いいじゃない?生徒会長だった清水くんと坪井さんだって付き合ってるじゃない?だからほかにももっとカップルできてるのかって思ってたのよ。けれども工藤君も彼女いないって聞いてたのに、最近よく望月さんと帰ってるのみかけて心配してたの。でもおととい三宅くんも一緒に帰ってたでしょ?だからもしかしたらって、ダメもとで葉子が付き合ってて申し込んだらOKしてもらえたのよ。」
「そう、よかったわね。ガンバってね。」
いつまで持つかは知らないけど...その言葉を飲み込んだ意地の悪い自分がいた。
 
 
 
それから、時々二人でいるとこを見かけた。
工藤が階段の壁にもたれて彼女と話してるとことか、一緒に帰ろうとしてるところ。
いつだって工藤はあの優しい笑顔を向けている。そのそばで真っ赤になりながらも少し勝ち誇った顔でこちらをちらっと見る彼女。
工藤はあたしがそばを通ると、他の男子にするように『よおっ!』って手を挙げる。あたしも去り際にひらひらと手を振って『お邪魔さま』と声かけて通り過ぎる。
あたしはやっぱりトモダチ。親友に相談は今のとこ全くない。
カノジョはあの子。もう、帰りに誘われることはないんだ...
 
「なんだよ、椎奈。最近話しかけても逃げてないか?」
「べつに...疑われたらいけないって思ってるだけだよ。」
「そんなコト気にするなよ。疑うようならそこまでなんだし。葉子はおまえの話しても何にも言わないぞ?」
葉子はいいのよ...その友人の上西がね、ガンつけてくるんだってば!
喧嘩は買いたくないけどね、あまりにもあからさまな敵意には何を返していいかわからないよ。彼女からするとあたしが工藤と話してるだけでだめなんでしょう?工藤と話ししてるあたしが許せないらしいのよ。何度か言われてるんだからね、あの上西に...
「それより、今日も一緒に帰らなきゃならんらしいから先に帰るけど、実行委員会の奴らによろしくな!」
「はいはい、さっさと行ってらっしゃい!」
文化祭間近でその準備がいそがしい。3年は実行委員会には加わらないけど、クラスで参加するからね。気にする間もなく動いてればいいんだけどついつい構ってしまう。で、結局三宅と一緒にお手伝いしちゃってるし...
だから、もうこっちは気にしなくていいのに。帰りにどこ行くとかそんな話し聞きたくはないんだよ、本当は。
 
 
「で、結局あたしらがやってどうするのよ?」
「やだなぁ、先輩方いてくださいよ〜ほんと去年むちゃくちゃ盛り上げた後なんでオレらも手が抜けないんですよ?」
新生徒会長のめがねの小西くんが泣きを入れる。
あたし達元生徒会や実行委員は生徒会室の中央のソファーセットを占拠してジュースをごちそうになってた。今日は後輩達から、一度寄ってくれと頼まれたのだ。
「なんで?用具の仕入れ先とかはそこのノートに資料のこしてるでしょう?後根回しいなきゃならないとこは三宅はやったげたんでしょ?」
「ああ、済んでるぞぉ。何びびってんだ、小西ぃ?」
めがねくんが三宅に首を締め上げられていた。
一応、受験に力はいってるから3年はクラス催し以外はノータッチなんだけどね。去年から今までと全然違うコトしてるから、現実行委員や生徒会がついていけないらしい。だってよそに比べたらずいぶんと地味なうちの文化祭はフォークダンスも何もない上に、関係者以外来校できなかったのをなんとか、チケットを作って身内プラスで一人5人まで呼べるように交渉したのがあたし達前実行委員だった。
来校者が増えることを前提に飲食店を増やさせてもらった。その実入りを生徒会、クラブ運営に回すことによって学校の負担を減らすからと交渉した。そのせいで去年から屋台や喫茶系が増えた。ただ普通にやっても人が集まって稼げないことは去年あたし達が証明してしまった。数ある喫茶関係の中で、うちのソフト部とサッカー部がダントツだったからだ。
クラスではコメディタッチの劇をやった。この場合募金と称して出口のところで良かったところにカンパしてもらえるようにもした。おかげで打ち上げするぐらいの募金は貯まった。だってうちのは京香に脚本書かせてあたしが監督演出したからね。
 
「去年のコレは受けたよね。」
あたしの頭の上から土屋がそう言って壁の方を指さした。土屋もあたしより頭一個背が高いんだよね。指さしたのは、でっかい写真のパネル。
ショートカットの髪をオールバックにしてスーツを着込んでせなかに羽を背負ってるあたしと、金髪の鬘にドレス姿の工藤を囲んだ実行委員会の面々が写ってる。
工藤もマジで綺麗かもだった...まあ、あたしが化粧したんだけどね。
あたしたちソフト部は、ちょっとボーイッシュな部員達に男装させて、、宝塚調喫茶店をやった。そこではジュースなどの水物でがっぽり部費を稼がせてもらった。
で、工藤の属するサッカー部では女装喫茶をやった。もちろん工藤の発案で、おまけに隣り合わせに場所を融通して、客呼び込み合戦もやった。こっちは歌と踊りのミュージカル付き、あっちはダンスショーをやったらしい。
その時の写真はノリまくった工藤があたしにしなだれかかってちょっと気色わるいけど、反対の立場だったら他の女生徒達に総スカン食らってしまいそうなべたべたした写真だったりする。
「コレいい加減にはずしなよ...」
あたしがため息ついていってもめがねくんは『いえ、これは生徒会の宝にします!』なんて言って...だって、かっこわるいじゃないの!!
「いいじゃない、あたしも写ってるし〜」
未来が嬉しそうに見てる。生徒会室には現生徒会役員と実行委員、それからあたしと未来と、三宅と土屋がいた。清孝と雅子はもちろん一緒に帰ったし、工藤も...たぶんそうだろうね。京香は今日は彼氏と夜デートだといって帰っていった。迎えに来た彼氏の車で...京香の彼氏はかなり年上の社会人だったりする。
「けどさ、土屋の和服姿も良かったよ。茶道部だって、文化祭でお茶たててるとこ見るまで知らなかったしね。」
「そう?うちの叔母が近所の人に茶道教えてるからね。それでちょこちょこ手ほどきされてたんだ。」
ちょっとがっちりした体格に和服は意外と似合っていた。穏やかな静のイメージの土屋と茶道、すごくしっくりしていた。
「そんな感じするよ、土屋って妙に落ち着いてるもんね。あたしはお茶菓子と一緒に飲むお抹茶は好きだよ〜おいしいもん。」
「じゃあ、当日飲みに来ればいいよ。これを椎奈にあげるから。」
彼は柔らかい物腰でチケットを手渡してくれた。すごく優しい動き、あたしとは正反対だね。あたしは動きそのものは男性的だって言われるから。
「やったね、ただ券ゲット!」
「いいなぁ、あたしの分は??」
未来がしっかり手を出していた。土屋は笑いながら未来にもチケットを渡す。
「先輩、よかったらコレ来ませんか?」
パソコンの前で作業していた2年の総務の島っていうでかいやつが、チケットを何枚か出してきた。
「オレ柔道部なんッスけど、焼きそばやるんッス。望月先輩、その、よかったら食べに来てくださいッス!!」
「え?いいの?ありがとう!!焼きそばゲッツ!これでお昼はOKだね。」
あたしはやっぱり食い気なんだろうか?なんだか嬉しくてほこほこしてた。可愛い後輩だなぁ、からだはでかいけど。
「椎奈...あんたね、」
「なに?」
未来が肩をとんとんと叩いた。ちょっと疲れたような顔して...
「なんだ、未来も欲しいの?はい、そのかわり一緒にお昼してよね?」
「はぁ...その日彼氏来るんだけど?」
未来にはよその高校に彼氏がいたんだよね。忘れてた!ちゃっかり文化祭には呼んでるって言ってた。なんせ小学から一緒だった幼馴染みで、それぞれ別のカレカノがいたけど、2年になってから両想いになれたんだって。
「おい、俺の分はないのかよ?」
三宅がふてていうけど、土屋も島も男にはやらないと悪態ついてる。
「じゃあ、俺にくれよ!そしたらこれ、サッカー部のショーのチケットやるからさ。ワンドリンク付きだぜ?」
ドアが開いていきなりそこに工藤の姿があった。
「あれ?圭司、彼女と帰ったんじゃなかったのか?」
土屋が振り返って声をかけると、鞄をぼんと机の上に置いてあたしの向かい側に座った。
「ああ、今日は先に帰ってもらったよ。先輩として後輩に女装の極意を伝授してきた。」
「なんだ、それ?今年もおまえがやればサッカー部はダントツで流行るんじゃないの?」
三宅が工藤の手からチケットを抜こうとして手をはたかれた。
「いやいや、ソフト部もなかなかね。今年もやるみたいだぞ、椎奈。これ後輩から預かってきたヅカ風喫茶のチケット。今年も出てくれって頼んで欲しいって言われたんだ。」
「な、なんで工藤が預かってくるのよ?まさか...買収されたんじゃ?」
「あはは、ばれた?椎奈をウエイターにしたらチケット10枚ゲットなんだよ。おまえ今年もやってこい!」
「い・や・だ!今年はゆっくり回るんだからね。お抹茶のんで焼きそば食べて...」
未来とだけど...一度ぐらい彼氏と回ってみたかったけど、その望みは今年も叶いそうにないしね。
「もったいない、椎奈の男装のファン結構多いらしいぞ?じゃあ、オレが色々もらったこのスペシャルチケットやるからさ、午前中だけでもやれよ。時間開けたんだろ?実はオレも午前中だけやる羽目になっちまって...おまえも道連れだよ!」
「そんなぁ!あたしは絶対にやらないから!!」
って言ってたのに後輩に拝み倒されて、当日またしっかりやる羽目になってしまった。
 
 
「椎奈、おい、化粧してくれよ。」
「なんであたしが?」
「おまえ去年やってくれただろ?あれうまかったじゃん。」
去年は必死に従姉妹のお姉ちゃんに頼んで教えてもらった。某化粧品メーカーの美容部員やってるおねえちゃんは、化粧道具もいらない奴いっぱいくれて、いろんなメーキャップ方法教えてくれた。去年の道具はそのまま持ってきてるけど...
「あいつらの化粧見てみろ、オレ絶対アレはいやだからなっ!」
ちらっとサッカー部の方を見ると恐ろしい化け物メークした男どもが...
「わかった、やったげるよ...」
そういってやり始めて後悔した。
去年はこんなに苦しくなかったのに?なんでこいつの頬や顔に触れるたびにこんなに苦しくなんなきゃならないんだ?目の前で目を閉じてあたしに全部任せてるそのキレイな顔をみては、どぎまぎする自分を取り繕う。この顔を近づけてあの子にキスするんだ...
だって、この間もあの子が大きな声で話してたのが聞こえた。
『工藤くんて、キスが上手いのよ。あたし背が低いでしょ?上から覆い被さるようにしてしてくれたんだ。』
葉子って子だった。上西の笑い顔ががちょっとだけゆがんでるように見えた。もしかして彼女も工藤のこと好きだったんだろうか?
「椎奈、どうした?見とれるほどオレってキレイか?」
「ば、ばかっ!どう料理しようか考えてたの!」
長いまつげをビューラーでカールさせマスカラをたっぷり付けて、アイシャドーもチークもちょっと濃いめに入れてやる。その間、触れる指先が震えないよう、胸の音が気が付かれないように...自分の息が工藤に掛からないように...息詰めてたら苦しくなった。
「で、出来たよ、これでさっさと仕事してくれば?『ちいまま』さん。」
今回のテーマはちいままだ。去年の清楚系よりもイケイケ風に仕上げてみた。
「へっへ、オレって美人じゃん?椎奈は化粧まだなんだろ?おまえも早く男らしく化けて来いよ。昼までにまた一緒に写真とろうぜ!」
またとるの?いやだなぁ、男らしい顔で横に並ぶのって...
でもって約束どうり写真とってから速攻で化粧を落とした。だってまじで写真部が飛んでくるんだもんなぁ。今回はサッカー部とソフト部合同写真だ。まさかこの写真部室に貼らないよね?
 
「椎奈この後は?」
着替えてそこを後にしようとすると、工藤が来た。
「...柔道部の焼きそばの前で未来と待ち合わせだよ。」
「あ、オレも焼きそば食べたいかも〜」
って付いてこないでよっ!だって周りの視線が痛いよ。カレシでもないのにそんな風に隣歩かれると...
「あれ、未来、並んでくれてたの??」
「だってすごい行列だよ?時間早かったけど先にならんどいた。」
前を見ると券をくれた島を筆頭とする柔道部のでかいのが汗だくになって焼きそばを焼いている。結構手間掛かるのかな?なかなか列は前に進まない。
「ありがと!これでも早めに離してもらったんだけどね。すごい人だね。」
「人気あるみたいだよ、焼きそば。工藤も来たんだ。それでどうだった?椎奈ちゃんと儲けてきた?」
「うん、ばっちりね!ね、未来あそこにいるの彼氏?」
列から離れた椅子の所に何度か見たっていうか写真で見せられた未来の彼氏がでんと座っていた。銀縁の眼鏡の秀才くんって風貌は間違いないね。あ、もしかして場所とってくれてたのかな?
「うん、場所取りしてもらってるよ。」
「そっか、じゃあここはあたしが並んで持って行ったげるから、彼氏と一緒にいなよ。最近逢えないっていってたでしょ?」
未来の彼氏は結構ハイレベルな進学校で、学校以外にも放課後は進学ゼミに通ったりと大変みたい。国立狙ってるらしいしね。
「ほんとにいいの?じゃあ、ちょっと戻ってくるね。」
未来からチケットを受け取ると、じゃあと照れた顔で彼氏の方へ向かっていく。いいなぁ、恋してるって感じで。彼氏に向かう笑顔もすごく幸せそう...いつもの未来と雰囲気まで違ってるよ。
「あ、工藤もいいよ、あっちで待ってれば?ちゃんと買っといたげるよ。」
「いいよ、オレも並んでる。あっちで未来に当てられたくないしね。」
「あの、葉子ちゃんだっけ、カノジョとお昼はいいの?」
「ああ、1時から約束してる。当番は3時からだろ?その間だけね。お昼は向こうもトモダチといるんだってさ。オレもこんなにすっとクラブから離してもらえるとは思わなかったしね。」
まだお昼前には早すぎるぐらいだったもんね。
「そっか...」
いやだな、並んでるの...だってさ、周りカップル多いんだもん。
「先輩、望月先輩!来てくれたんッスか?嬉しいッス!」
ようやく順番が回って鉄板の前に来ると島が見つけて寄ってきた。
「島、頑張ってるねはい、これ焼きそばの券、ちゃんと大盛りにしてよね?」
「もちろんッス!あ、工藤先輩もいたんッスか...」
「いちゃ悪いか?オレも大盛りな。」
なんか島って工藤嫌いなのかな?えらく睨んじゃってさ。
「未来、おませ〜」
山盛りの焼きそば両手に未来達のとこに向かう。うわぁ、耳元でなんかしゃべってる感じがカップルッぽいよ、羨ましい...
「ありがとね、椎奈。あ、そうだ、後で土屋のとこのお茶に行こうって言ってたけど、慎治ったらそう言うの苦手だっていうから...もらってるこの券で椎奈誰か誘って行きなよ。」
「そう?じゃあ、誰か誘うよ。」
仕方ない、って誰かいるかなぁ...
 
「ああ、おいしかったね〜」
大盛り焼きそばをしっかり平らげて、ゆっくりしてる未来とはそこで別れた。工藤も何だかんだいいながら未来の彼氏と話してたみたい。どうするのかなって思ったら、あたしが席を立つと一緒についてきた。
「やっぱオレたちお邪魔だったよな?」
「決まってるじゃない。でもいいなぁ、未来の彼氏って落ち着いてて、こう、なんか未来は僕のモノですって感じだったね。」
「おまえでもわかったか?あれは独占欲強そうだな。学校違うから余計だろうな。オレなんか牽制されまくりだったぞ。」
「カノジョ連れてないからだよ、しょうがないね。」
「何言ってるんだ?あいつオレたちのことカップルだって勘違いしてたぞ?だから穏やかだったんじゃないか。」
「へ?何言ってるの...?」
「オレ否定しなかったぞ、なんか怖えもん、あいつ。」
「ま、違う学校だから、いいけどさ...」
それでか、最後に工藤が言った『ごゆっくり〜』に『そっちもな』って返されてたのは。おまけに未来が爆笑してたのも?ま、いいけどさ、どうせ誤解だし...
「言ってくれたらもうちょっとカノジョらしくしたのに、悪かったね、馬鹿食いしてるとこ見せちゃってね。振りするんなら前もって打ち合わせしてくれたらいいのに。」
「ばあか、おまえはそのまんまでいいんだよ。」
また...そういうこと言うんだ。
「で、おまえこの後は?」
「誰か誘って土屋のとこのお茶しに行ってくるよ。」
「おまえ焼きそばの後で和菓子か?」
「デザートだよ。口の中おかしいから丁度いいじゃない?」
「じゃあ、オレも行く。その券オレのな。」
え?また一緒に来るの?なんか一緒に回ってるみたいじゃないのよ...そりゃ、やってみたかったけど、けどね...
「お、やってるやってる。」
和室のふすまから覗くと、和服をびしっと着込んだ若旦那風の土屋がお茶をたてていた。しゃかしゃかとした音に落ち着いてしまう。
勧められるまま座らされると、目の前に和菓子が出てきた。
「なあ章則、これ手で食っちゃいけないのか?」
「いいですよ、圭司の食べやすいやり方で。」
にっこりと笑うと穏やかな雰囲気が増した気がする。あたしはさすがにちゃんと楊枝をつかって食べたからね。うう、おいしいっ!
「どうぞ。」
差し出されたお茶椀、あたしは見よう見まねで何度か回し、口を付ける。三度にわけて口に含み最後一気に飲む。隣で工藤が『うげ、苦っ!』とかいってうめいてる。甘さの後の苦みがおいしい。
「おいしゅうございました。」
そういうと土屋がにっこりと笑顔を返してくれた。
「章則は休憩は?」
帰り際工藤が聞いた。
「あと30分したら休憩だよ。あとで生徒会室にでも顔出すよ。」
「そっか、じゃあな。」
「椎奈」
その後をついて出ようとしたあたしを土屋が呼び止めた。
「なに?」
「美味しそうに飲んでくれてありがとな。」
土屋の極上の笑顔をもらった。
 
「さて、どうすっかな?」
「約束してるんでしょ?カノジョと...」
「まだ時間あるよ。椎奈は?」
「いったん生徒会室に行くよ。誰かいるでしょ?」
「そっか、じゃあ、オレも生徒会室に顔出そうっと。」
また?もう、目立ちたくないよ...だってさ、付き合ってる子からすれば嫌だよね?文化祭に自分のカレシがトモダチだからといって他の女の子と歩いてるのを見たり聞いたりするのはさ...
あたし達は必然的に並んで生徒会室に向かって歩いていた。
「あれ、だれもいない?」
生徒会室はもぬけの殻だった。誰か緊急用においておけばいいのに...お昼の買い出しにでも行ったのかな?
「昼でも食いに行ったんだろ。」
「そっか、でもすぐに誰か帰ってくるよね、あたし待ってるよ。」
「そうだな、でもさ、どうせならここに隠れて、帰ってきた奴脅かしてやらね?」
なにを急に子供みたいな...
「工藤、あんたガキ?」
「うるせえ、誰が入ってくるのか、隠れて見てるのもおもしろいぜ?」
「...なるほど、それは一理ある。」
あたし達は顔を見合わせてにやりと笑った。ああ、この感じ、あたしらは最しょっからこんな感じで組み始めたんだ...
しばらくしてドアの開く気配がしてさっと会長机の影に隠れる。
「あれ、おかしいな、さっき望月と工藤くんがここにはいるの見かけたんだけど、いないみたいだよ葉子。」
この声は上西?
「あたしを呼びに来てくれてる間に出て行っちゃったのかな?」
あたしは工藤の方を見て出なくていいのって聞いてみたけど、工藤は口元に人差し指を当てて様子を見ていた。
「あの望月って女、本当にむかつくよね。工藤くんには葉子がいるのに、べたべたしてさ、男みたいにブスなくせしてさ。」
な、上西、いないと思って好き勝手なことを...!!
「ほんと、むかつくわよ。いかにも余裕ある顔でトモダチ面してるものね、望月さんって。きっと圭司にしつこく言い寄ってるんだわ。だって、圭司ってさ、誘えばいくらでも付き合ってくれるし、キスしてって言ってもちゃんとしてくれるけど、全然向こうからは誘ってくれないのよ。いっつも同じ顔で笑っててさ、あたし自信なくなってくるよ、なんか疲れて来ちゃってさ。」
え?あたしは思わず工藤を見た。またにやにやってあの顔、片眉と口元をつり上げて...
「何言ってるのよ、そんなコトしたら望月の思うがままだよ?あんなブスな出しゃばり女工藤くんに近づけちゃだめだって。」
「そうだね、もうちょっと頑張ってみるよ。ねえ、誰もいないから他に行ったんじゃない?探しに行こうよ。」
あいつらあたしのこと言いたい放題だな。ったく腹も立つけど、あんな風に思われてたんだ。すっごい誤解だけど、なんか悲しくなるよな、自分のことそこまで言ってるの聞いちゃったら。
「あいつらえらい勘違いしやがって...オレが椎奈を誘って、くっついてるだけなのになぁ?オレの親友の悪口散々言いやがって、ったく!」
「工藤...」
「気にするな、おまえは堂々としてろよ。オレが誰と付き合おうとおまえは親友だろ?一緒にいても何にもおかしくないさ。」
「う、うん...」
その時またドアの開く気配がしてそのまままた机の影に身を潜めた。
「アレ誰もいない?」
今度は...清孝と雅子だった。工藤と顔見合わせて飛び出そうとしたその時。
「ああ、だけどそのほうが都合よくない?雅子...キスしていい?」
「いいよ...んっ」
ひえっ、キ、キス始めちゃったよぉ!どうしようってちらっと横見ると工藤がにやにやしてる。くそう、こういう時って余裕だよな、こいつってば!
(椎奈、なに焦ってるんだよ。もしかして経験なし?)
耳元に工藤の声。な、なにを言い出すの?悪かったわね、あるわけないでしょ?彼氏いない歴18年のあたしがっ!
(そうやって真っ赤になってるとこ見たら、椎奈も女の子だったんだな。)
目の前では結構激しくなっていくキスシーン。気付かれないように工藤の声はあたしの耳元に直接囁かれている。うぐっ、男の声って結構響くみたい...ちょっと低くって、その分こう、腰のあたりに...
ええ??清孝、あんた何してるのよ?ここは生徒会室だよ??清孝の手が雅子の胸とスカートの中に...うわ〜〜っ、止めてよぉ!
「やだっ清孝くん、だめだってば、こんなとこで...あん」
(あらら、始まったかな?ちょいやべえな。清孝も意外と節操なかったんだ...)
(そ、そんなぁ。ねえ、どうする?出る?)
仕方なく工藤の耳元に近づけて囁いた。
(...それは、今は止めた方がいいだろう)
囁くために近づいてしまって身体が重なる。
(オイ、椎奈、オレのこと誘惑してるの?こういうときに身体近づけるとそっちのほうが危ないんだぞ?)
はぁ?どういう意味??
「あぁ、腹一杯になったなぁ!」
がらがらとドアを開けて現生徒会長達が帰ってきた。
「あ、清水さん、来てたんですか?済みません、食事に行ってました!」
「いや、あ、構わないよ。今度からは全員じゃなくって誰か残して行くようにしろよな。」
あたふたと答える清孝の声。その間にあたし達は物陰に隠れてそっと戸口の方へ這っていって空いたままになっているドアからそっと出た。
「椎奈?」
廊下で一息ついているあたしの耳元で聞こえた声に飛び上がりそうになるほど驚いた。
「な、なに?」
「オレ、約束があるから行くけど...大丈夫か、真っ赤だぞ?」
「なっ、ちょっと驚いただけよ!」
「...だよな、オレも焦ったもん。清孝も意外とやるよなぁ。」
嘘、余裕たっぷりだったじゃない?にやにや笑う工藤にちょっと腹が立った。
「じゃあ!」
あたしは顔を作ることも出来ず、その場から駆けだしていた。耳の奥にはまだ工藤の甘い声が響いてるきがしたから...
 
 
「椎奈、久しぶりに一緒に帰ろうぜ。」
もうすぐ夏休みで、終業式を目前にした放課後、また工藤が誘ってきた。
付き合う宣言を聞いてまだ2ヶ月たってないわよ??
「何いってるの、彼女は?」
「別れた...慰めてよ。」
「な、何であたしが慰めなきゃいけないのよ!?」
「う〜〜ん、椎奈といると元気が出るじゃん?男連中といるより明るいし。」
「よくいうわよ落ち込んでなんかないくせに...」
工藤が振られたって誰も慰めはしないわよ。だって落ち込んでなんかないんだもん。
「あ、わかる?いくらオレでも親友のことよく言わなかい子とは一緒にいられなかったってことかな?」
うそ、あたしが原因??ああ、上西の怒った顔が目に浮かぶよ...
「大丈夫、一応あっちに断らせたから。あんまり会話も続かないし、最後のデートでも思いっきり無感動でいたら、思ってたほど優しくないのねって振られた。まあ、何か違うっていうか、本気になれそうにはないなぁって思ってたけど。」
二人でいるとこみたら全然そんな感じしませんでしたけど?あの階段で話してるとことか...それにこいつが優しい?確かに見た目、笑ってりゃ優しそうだけど、あんまり人のこと構わないやつだよね、自分中心だし、気もあんまり使わないし...彼女には違うんじゃなかったの??
「それって、振られたっていうの?あんたの方も気持ち決まってたんでしょう?相手が言い出すの待ってたの?」
「ああ、普段はたいていそうだよ?だってさ、振られたら後引くだろ?女はさ、振ったっていうほうが自分に都合がいいんだよ。オレの場合付き合う前からイメージ固められてる場合が多いからなぁ。このパターンが一番多いの。」
「それでそんなに短いの?申し込まれた段階でそのぐらいわかれば?」
ついきつい言い方してしまうあたし。こんな話ばっかり聞かされるんだから腹も立つよ。
「あ、やっぱそう思う?う〜ん、やっぱ全部受けるの考え直した方がいいかな?オレって来るもの拒まずだけど、そうだな、好みのタイプに限定するかな。でもオレ好みのタイプってあんまりないけど...」
「こ、この節操なしっ!一生懸命相手の気持ち受け止めて、ちゃんと自分の気持ちを返せばいいんでしょ?いいかげんに笑ってすましてるからそうなるんじゃないのっ?」
なんか相談に乗ってる自分に腹が立ってきた。だって、こいつって相手の気持ちに不誠実なんだ。相手の一生懸命の気持ちをいい加減に受け流すから相手は気がつくんだ。そして早めにあきらめるか、しばらく粘るか...
「やっぱ、椎奈に話聞いてもらえるのがいいな。女の立場よくわかるよな、おまえでも一応女だし?オレ勉強しようっと。」
「わ、悪かったわね、一応、女でっ!」
 
今までから続いてるこんな会話。反省ナシの馬鹿野郎...
彼女と別れたらあたしと帰って、彼女が出来たらそっちと帰って...。彼女が方向反対で帰る途中にあたしと出会って一緒に帰って彼女に大目玉食らっったり...彼女からすればあたしは女なんだけど、こいつからすればあたしはトモダチ、だから彼女が怒るのがわからないと愚痴る。当たり前でしょと言っても親友と帰ってどこが悪いと居直る。そしてまた説得して彼女に悪いからと説明する。でもあたしは、その彼女や周囲の女の子にも呼び出されたりするから、トモダチだって説明してもなかなかわかってもらえない。そのうちそんな彼女に嫌気がさして別れられるようにし向けるのがいつも...
 
今までも繰り返されてきたコト。いったいいつまで繰り返されていくことか...
長いこの先...あたしは耐えられるんだろうか...?
 
BACK   HOME   TOP   NEXT
〜あとがき〜
ど、鈍行列車だ〜〜〜〜(涙)  なんだか全然進んでなくて、登場人物も珍しく多いし、じれったさだけで後何話...すいません。

 

Photo material By