11.
 
章則が工藤のこと気にしてるのは何となくわかった。
あたしと工藤のことが地元の同級生の間で少し噂になってたらしいことも...
なぜならあたしと章則が二人で逢うときは街に出ることが多かったし、地元でも少し離れたとこに出かけてたのに、あたしと工藤は友達同士だって考えから地元の喫茶店でご飯食べて話しして帰ったから。地元で知り合いも多いからどこで見られてるかわからないけど、やましい気持なんてないから堂々としてたんだけど、案の定その場面を誰かに見られてたらしく、またそれに尾ひれをつけて噂は広まってた。
噂の元には『やっぱり』がついていたらしい。『やっぱりあの二人は高校時代から付き合ってるんだ』って。付き合ってないのに...
出元がわからなくては否定のしようもなくて、ただだれかに聞かれると違うよって答えていた。だけどそれを聞かれるのが章則だったら...やっぱりいやだよね、自分の彼女が他の男と噂になってるのって、それも自分の親友と...少しだけ後ろめたい気持があったからだろうか?気になっていた。
けれども、章則は口に出しては何にも言わなかった。
 
夏に恒例の飲み会に出かけた。まず街の居酒屋さんでたらふく食べて、呑んで...あたしも結構呑んじゃったみたいで足に来ちゃって少しふらついていた。ざるの京香と工藤はしゃきしゃきしてたけど、三宅も清孝も章則もそこそこ酔ってたみたい。今夜は寝ないぞって、未来はウーロン茶にしてたみたい。章則と未来が会計を済ませてる間あたしはお手洗いに行ったんだけど、まだふらついてる足下はおぼつかなくて、店から出るときの段差で思いっきりずっこけそうになった。
もう絶対鼻から顔直撃だって思った瞬間あたしのカラダは誰かに支えられていた。
「椎奈、呑みすぎだぞ?」
工藤だった。何年ぶりだろ?こんなに近くで声を聞くのは。
「ごめん、脚取られた...」
アルコールで早くなってる脈よりもいっそう逆上せてしまうほど耳元で聞いた工藤の声。だめ...もういい加減気にしなければいいのに。
意識してしまう掴まれた腕の熱さ。
「も、もういいよ、大丈夫だから...腕、工藤?」
体制立て直しても未だに離されない腕を見てあたしは工藤の方に顔を向けないままそういった。そのままでなんて、苦しくて...
「ああ、支えなくって大丈夫か?」
「大丈夫、一人で歩けるよ。」
あたしは出来るだけ工藤の方に行かず未来と京香にもたれながらおぼつかない足取りで歩いた。
 
その後でいつものごとく京香の部屋になだれ込む。それぞれ話し込んでとことん呑んでた。あたしはほとんど未来と話してたって言うか惚気られてたっていうか...京香は工藤と話し込んでるし、清孝の愚痴に章則と三宅が付き合わされていた。
避けてた訳じゃないんだけど、あたしは工藤とも章則ともあまり話をしなかった。工藤とは背中合わせだったし、章則は少し離れてたから...でも遠目で見ても今日の章則は飲み過ぎだった。空いたビール缶を集めるときに大丈夫って聞いても平気だよって言うだけで...
あたしも呑みすぎてたのか、いつの間にか寝ちゃってたみたい。相変わらずベッドには未来と京香。あたしは呑んでた場所でそのまんま肌布団を掛けてもらって寝てた。章則達は離れたところでそのまんま雑魚寝してる。
誰かが身体を起こす気配がして急いで寝たふりした。ゆらりと動くその影があたしの上で止る。
え?だれ...
あたしの額に触れる指先、嫌悪感はまったくない...優しい感触。その指で、そっと前髪が払われる。小さな声で『椎奈』と囁く声が聞こえて、あたしは余計に目が開けれなくなった。その声は章則の声じゃなかったから...
しばらくあたしの上で影を作っていた人が立ち去っていく。
なんなの?今のは、いったい...
だけどあの指先、声でわかってしまう。
工藤、なにが言いたかったの...?
 
 
帰り道、章則の運転する車でぼーっとしていた。あの後あまり眠れなかったのは事実。
「椎奈眠いの?」
「うん、少し...でも章則も眠いでしょ?だいぶ呑んでたし...大丈夫?」
「ああ...」
章則の口数がいつもより少ない。元々ぺらぺらしゃべる人じゃないけど、でもあたしが話しかけると丁寧に答えてくれるのに...疲れてるのかな?
「ね、どこかで休む?」
「いや、いいよ。飛ばして一気にうちまで帰ってもいいかな?帰りにちょっと寄って欲しいんだ。見せたいものあるから...」
「いいけど、ほんとに大丈夫?」
「ああ、椎奈は少し寝ていいよ。」
「ううん、運転する章則が疲れてるのに、あたしが寝ちゃったらよけい眠くなちゃうでしょ?だから頑張って起きてるよ。」
「そう...」
でも会話はあんまり弾まなかった。ほんとにどうしたんだろ?章則...すごく変?
 
章則の家に着くと、ドアには鍵がかかっていた。珍しいな章則のうちが留守なんて。彼のうちはいつもお母さんがおうちに居るのにね。買い物かなにかかな?そのうち帰ってくるんだろうけど。...
和風の引き戸の入り口の鍵を開けると、その戸をがらりと引いてどうぞと言われる。
いつもはみんなと一緒だから、一人なんてはじめてかな?みんなが一緒の時はたいてい居間なんだけど、今日はそのまま彼の部屋に直行だった。
綺麗に片づいた和風の部屋はやたら落ち着く。ベッドだけはスプレッドの上に布団が置いてあるタイプで、腰掛けるには少し低すぎて、あたしはローテーブルの側に腰をおろす。章則はベッドの布団の上に腰掛けた。なんかすごく無口?
「これ、今度行く予定のとこ、ここでいい?」
見せられたのは温泉のパンフレットだった。
「わあ、綺麗なとこだね。露天風呂もあるし...」
「ここ人気あるから、もう予約取っておいた。」
「そ、そう...でも章則の誕生日なんだからあたしが出すよ。ね?」
「いいよ。もっといいプレゼント、椎奈からもらいたいから...」
「もっといいもの?って...あ!」
あたしはそのプレゼントの正体に気が付いて、焦りを感じる。
「いつまでもそんなとこに座ってないで、こっちにおいでよ。」
章則はいつもと違って少し強引な声でぽんぽんとベットの上の自分の隣を叩く。
「こ、ここでいいよ...」
「僕は椎奈と一緒にいるときはくっついていたいけど、椎奈はそうじゃないの?」
あたしはどうしようか考えて悩んでしまう。たけど、いつもと違うちょっと苛立ったような章則の様子に訝しみながら立ち上がる。いつもならこんないい方絶対にしないよ?
「何もしないからって言いたいとこだけど、するかもしれないけど、おいでよ。」
「そんな...」
「わかった、しないよ。椎奈が嫌がるならしないっていつも言ってるだろ?」
苦笑いを浮かべてるのを見てようやく安心する。
あたしは立ち上がると章則の左隣に腰掛ける。だって、本当に嫌がることはしないって、信じてるから。
「じゃあ、章則のこと信じてるから、ね?」
「椎奈...そのいい方は、何にも出来なくなるだろ?」
ちょっと困った顔が一番今までの彼らしかった。
「え、するつもりだったの?」
ふざけて聞いたら章則の顔がまた真剣になってしまった。
「椎奈がさ、旅行一緒に行ってくれるって言ってくれてほんとに嬉しかった。けど、その前にちゃんと聞いておきたいんだ。」
「な、なに?」
「旅行に行くってことは、椎奈の覚悟は出来てるってことだよね?」
「覚悟?」
「僕のモノになるってこと。」
「そ、それは...出来てる、よ。だから返事したんだし...。」
「ほんとにそう?できれば椎奈とは自然にそういう仲になりたい思っていた。でも...椎奈は、椎奈のカラダはなかなか僕に気を許してくれないだろ?」
「え?なんで...」
「触れたら怯える、ゆっくり慣らしても何もされないってわかるまですごくカラダが堅くなってる。それは、しょうがないと思ってるよ。だから、急に泊まりで行っても、きっと椎奈は怖がるだろ?」
「それは...」
「3年、待ったよ...それでもなかなか自然になんて遠そうだったから、だから...実は今日、家族はみんな旅行に行ってるんだ。前に一泊出来ないかどうか誘ったのは、ココに椎奈を泊めたかったからなんだ。」
「で、でも今日は...そんな準備してないし、」
あたしは一人焦ってしまいそうだった。なんか、今日の章則は違うんだもん。あたしにあんまり余裕をくれない。
「...ねえ、椎奈の全部に触れてもいいのは僕だけだよね?」
「きゅ、急にどうしたの?」
「もう一人いることを思い出したんだ...」
もう一人。あたしに触れることの出来る男、工藤圭司
「なんで工藤はトモダチだよ?一緒に助けられて、だから平気なのに決まってるじゃない?でも、それが...」
それがどんな関係があるって言うの?あいつはあたしに触れてきたりしないよ。トモダチとしてのスキンシップぐらいで...
あ、あれもそうだった?それともまさか、章則みたの?あの夜の工藤を。でも、見たからって別にたいした問題じゃないはずだけど?
「あ、章則、今日変だよ...あっ」
「わかってる、わかってるんだけど...椎奈!」
抱きしめられていた。ぎゅうって...きつく...そして熱い彼の唇で塞がれる。
章則のどこにこんな激しい部分があったんだろか?奪われるようなキスに恐怖感は隠せないけど押し倒されて、ベッドに縫いつけられて、あたしは...
「んんっ...やっ!」
やっぱりすこしカラダが震えてしまう。動悸が激しすぎて頭までくらくらする。やばいよ...
「椎奈、椎奈は本当に僕のこと好き?」
あたしの顔のほんの数ミリ先で章則が聞く。
「好きよ...」
「この場で僕のモノになれるほど好き?今、僕が椎奈を欲しいと言ったら、どうする?」
「え?あ、章則?そ、そんな...」
しばらく沈黙が流れる。あたしに覆い被さったままの章則の視線が痛い。なにもかも見透かしてくるようで...
「ごめん...待つよ、旅行まで...だから、今日はもう少しだけ、こうさせていて欲しい...」
抱きしめられて、章則の腕の中、ドキドキもしてる、なのに涙が出そうになるのはなんでなんだろう?旅行を待たなくたって、好きならどこで彼のものになってもいいはずなのに、なんでこんなにも身体がついてこないんだろう?
抱きしめられて、身動きも出来ず、ただ目を閉じて章則のぬくもりだけを感じていた。暖かくって、大好きな彼の腕の中で...頭の中はぐるぐる回って混乱したままで、あたしは動けなくって、目を閉じたままただひたすら息を潜めていた。
 
 
「あ、あたし...ごめん寝ちゃってたんだ。」
すっかり辺りが暗くなって、あたし一人肌布団をかけれれて本格的に寝入ってしまってたらしい。
「椎奈、起きたの?じゃあ送ろうか。」
目を覚ました時にはもう章則は離れた椅子の上で煙草を吸っていた。
「どしたの、煙草なんて...章則すわないんじゃなかったの?」
「ああ、これ、圭司がこの前忘れて帰ったんだよ。ちょっと手持ちぶたさでね...吸わないだけで吸ったことない訳じゃないから...」
そういうと吸いかけの煙草を灰皿に押しつけた。
「誰も居ない家の中で、目の前に好きな女の子が寝てるのに、なんにもしないで居るのはね...」
「ご、ごめんなさい...」
あたしは章則の匂いのするベッドから抜け出た。これってやっぱり、普通じゃないよね。こんなにぐっすり寝ちゃうなんて...そりゃ、寝不足だったけど、だけど...
「それだけ僕は信用はしてもらえてる、ってことだよね?」
「もちろんだよ!」
「椎奈...」
ゆっくりと引き寄せられて軽く唇に触れるキス。
「ありがとう、けど、こんどはもう待てないかもだよ?僕は...本気なんだ、椎奈が好きで、欲しくてたまらない...僕だけのものにしたい。いいよね?」
あたしを見つめるモノがせつなげな視線に変わる。
あたしは黙って頷いてしまった。唇に、鼻腔にかすかに残った工藤と同じ煙草の香りに少しだけ戸惑った。
 
 
 
「忘れ物、ない?」
「うん、ないよ。」
「じゃあ出かけようか。」
秋晴れの日、章則の車に二人乗り込んだ。行き先は温泉旅館、今夜あたしは京香の家に泊まる事になってる。
京香にはちゃんと話した。章則と付き合ってること、初めての旅行のこと。
『まあ、うすうすはね、気が付いてたよ。こっちに残ってるのあんたたちだけだし、一緒にいるのがすごく自然に見えたからね。特に、土屋の椎奈を見る目はなんか次元が違うってかんじだよ。だけど、3年もよく我慢したね、しんじらんない。で、椎奈はちゃんとさせてあげる決心ついてるのよね?』
『うん、でも...』
追求されて、仕方なくあれ以来男性がだめになったこと、章則や身近な男性ならなんとか平気なことを言わなきゃならなかった。
『馬鹿っ!なんでもっと早くに相談しなかったの!!いくら土屋が居たからって...あたしらはそんなに頼りにならない??』
って案の定しかられた。でもすぐに辛かったねって京香はあたしを抱きしめた。
『京香ぁ...ごめんね、みんなに心配かけたくなかったんだ。だから誰にも言わなかった、知ってるのは章則だけだったんだ...あの件で、しばらくみんなに迷惑かけちゃったから、だからもう迷惑かけたくなかったの。それにすぐに治るって思ってたんだけど...意外とだめみたいで、ようやく章則とキス出来るとこまで...』
『そっか、でもさ、そんなので大丈夫?えっちてさ、スル前にもこんなコトしたりして慣らして、それから向こうが終わるまでずっとあんなことするんだよ?椎奈耐えられるの?』
え...そうなんだ...今聞いた話が頭の中ぐるぐる回っていた。スル前に、触ったり、な、舐められたり?ゆ、指入れてか、かき回す??そ、そのあとに...あたしは脳みそが沸騰寸前でもう、どうしようか考えると身体が震えてくるほどだった。
『土屋も経験ありそうに見えないけど、まあ任せておけばいいよ。それに嫌がったら止めてくれるんでしょ?ほんとに聖人君子のような奴だね。普通暴走し始めたら最後までやっちゃうよって...ごめん、椎奈がそれをきらってるからだよね。』
『うん、と、とにかく頑張ってみる...』
『アリバイはまかせておきなってば。』
 
 
「先にお風呂入ってこようか?」
宿屋に入って宿帳やらそんなの全部彼がやってくれた。それぞれ露天風呂に入って、部屋で夕飯食べて、お酒は、章則も止めておくって言ってたから余計になんか緊張が高まって...お膳が片付けられたころには二人ともかちんこちんで...
なんだか息苦しい。
大浴場に行ったんだけど、あたしはちょっと長湯をしてしまい、すっかり逆上せていた。実を言うと食事も喉通らなかった。緊張しすぎだよね、こんなの...
「椎奈、こっちきて...」
二つ並んだお布団の上で章則が待っていた。いつもならきちんと来ているはずの浴衣の襟元が少し緩んで、彼の素肌が覗く。あたしもお風呂上がってから浴衣を着ていた。でも恥ずかしいから下着は上もしたもきっちり着込んでたんだけど...
「あ、あた、あたし...」
やだ、震えてきた?動悸はさっきからひどいし、逆上せてるし...なんで?今まで側に行くくらい何ともなかったのに...立ち上がれなくって泣きそうになってしまう。
「わかったよ、ほら...」
そのまま抱き上げられる。お布団の上に降ろされて、でもそこはお布団じゃなくって章則の膝の上?
「椎奈...怖がらないで、いつもと同じだから...」
膝の上で抱きしめられて、何度もキスされる。キスが深くなり始めると、そっと身体が寝かされて、章則の手があたしを抱きしめた後ゆっくりと身体のあちこちを撫で始める。
え、や...触るの...
優しくだけど、触れる背中、腕、腰、太もも、そして胸...
「椎奈、椎奈...好きだよ」
キスはいつの間にか首筋を這って、帯がほどかれ彼の手が直に触れ始める。いろんな所に...
や、や、や
また血が上っていく。ぐるんぐるんで息も苦しい...息、やばいよ...
どんどん呼吸が荒くなっていく。開かれた胸を章則が優しく包んでいる、そしてそこに唇を落とされた瞬間思い出す、あの時の感触...だめ、違うよ...章則はあたしのことすごく大事にしてくれてるんだから。
ブラもはずされて、直に胸を触られる。胸の先も章則の口に含まれてしまう。その慣れない感触にカラダをふるわせながら、必死で数年前の記憶と戦っていた。
ちがう、ちがうんだから...
章則も慣れないみたいでぎこちない手で愛撫を繰り返す。
3年もの間、ずっと我慢させてたんだから、だから...
あたしの上に覆い被さる彼のカラダ。太もものあたりに感じる彼の熱いモノ...
そのすべてがあたしを欲しいと言っている。
大丈夫、決めたはずなんだから...
「椎奈、怖がらないで...お願いだから...」
章則の手があたしの胸から腰のあたりに下がってきて、それから太ももに移っていく。京香が言ってた。あそこを触られたり、指が入ってきたりするって。
ゾクッ...
からだが芯から震えた。あの時の、岡本の指の感触...長い間忘れられなくて、気持ち悪くて、イヤダッタモノ...
「あ、章則...やっ...」
呼吸が乱れる。頭はもう...
「椎奈、お願いだ、ココで、僕を受け止めて欲しい...」
でもでもでも...
ぶつりと違和感が走る。
「やぁっ!」
「椎奈?」
「やっ」
からだが固まる。
章則の指がゆっくり中に入り込んでくる、その感触...
「や、だ...やぁ...ひっ、ひっ...ひっ!」
緊張が限界に来る。息が...吐けない...
「ひっ、ひっ、ひっ!」
「し、椎奈っ??」
あたしの呼吸は一定方向に吸い込まれ続け、身体は瞬く間に硬直し、震えが止まらなくなった。
「椎奈、しっかり、椎奈っ!!」
 
 
 
たまたま携帯していた紙袋をあてがった。
過呼吸はすぐに止まったけれども、あたしその場で意識を朦朧とさせたままぐったりとした身体を横たえていた。身体を起こす力も出ない。
3年ぶりの発作...
あたしの隣で章則は自分を責めるようにうなだれてしまっていた。
あたしは声もかけれなくって、どうしていいかわからなくって...
「ごめん、椎奈...椎奈が緊張してるのわかってるんだけど、僕もはじめてだから、緊張してしまって...椎奈、ごめん...」
「ごめんなさい...あたしの方が...せっかくの、誕生日、なのに...あたし...」
「いいんだ、僕は椎奈を苦しめたくってこんなことをしたんじゃない...椎奈を、僕だけのものにしたかっただけなんだ。」
「ごめんなさい...」
あれだけ決心してきたのに...
「今日はもう椎奈に触れないよ...約束する。」
「章則...ごめんね、ごめんね...」
あたしは顔を覆って泣き出してしまう。申し訳なくって、悔しくって悲しくって...こんな身体の自分が嫌で、嫌いで...
「あたしなんか好きにならなかったらよかったのに...」
「椎奈?」
「あたしなんかに、何年も無理して付きあわなくっていいのに?なんで、あたしなんか?ちっとも魅力ないし、触れられただけでこんなになるし...章則は優しすぎるよ!もっと早くに嫌って、捨ててくれればよかったのに!」
あたしは枕に顔を埋めて泣いてしまった。辛いのはあたしだけじゃないのに...
「そんなこと、出来ないよ!椎奈はずっと苦しんでる。岡本のことだって、自分が悪いと思いこんでるし、男がだめなも自分のせいにして...でも僕は僕だけは椎奈に触れていいんだって、その事が嬉しかった。いつか椎奈の全部が欲しいと思ってた。けど、椎奈の心の傷は思ったより深かったんだね...それなのに僕は椎奈を欲しがってしまった。ごめん、椎奈...ごめん...」
二人涙が止まらなかった。
背中合わせで泣いていられなかった。
あたしはそっと身体を起こして這うようにして章則の側に行く。
「章則、ごめんね、せっかくの誕生日だったのに、ごめんね...」
「椎奈...もう僕のこと怖くて近寄れなくない?だ、抱きしめても大丈夫?何もしないから...」
頷くといつものように優しく抱きしめられる。けれどもいつもより切なさばかりが伝わってくる。
「椎奈、朝までこうしてよう...それだけでいいから...僕を信じて?」
「うん、信じるよ、信じるから...」
二人丸くなって朝まで寄り添って眠った。
 
 
 
それから少しぎこちなくなったのはしょうがないかもしれない。
「まったく、しょうがないね...それだけあんたの傷が大きかったってことでしょう?」
「でも...章則に申し訳なくって...」
あたしは自分だけで京香の所に来ていた。続けてで泊まれないから日帰りの予定で朝から高速飛ばして、車で...
「まあ、あいつもはじめてだったら仕方ないじゃない?男ってまあ、はじめてでも上手くやりたいって思うだろうからどっかで練習...ってわけにも行かないよね?あいつのあの生真面目な性格からすると...」
はぁ、と大きなため息をついたのは京香。
「妙に恋愛の不器用さっていうか似てるんだよね、相手に気を使いすぎてるとことか...でもさ、実際のとこどうだったの?椎奈は章則とセックスする気あったわけ?」
「してもいいと思ってたよ...でも、身体が...ついてこなかった。」
「どうしたいわけ?これから。えっちできるようになりたいわけ?それとも諦める?でもさ、実際椎奈は別にえっちできなくてもいいわけでしょ?したいのは章則だけ、違う?」
「そ、それは...」
「精神的にあんた達二人はちゃんと寄り添ってると思うんだ。そのままでいいならそのままの方がいいよ。まあ女が性欲抱くって言うのはそこそこ快楽を知ってなきゃだし...椎奈は自分でシタことなんてないでしょ?」
「自分で??」
「自分の触ったりしたことない?」
「そ、そんなこと、あるはずないじゃない!!」
京香、なんてことを聞いてくるのよぉ!
「だろうね...自分で触って、気持いいとこ見つけてごらん?そしたらえっち出来るようになるかもだよ?」
「そ、そんなの出来ないよ...」
「ま、椎奈には当分無理だろうね。だから、焦らず、何年でも待ってみたら?それまで土屋が持つかどうかだけど。それとも椎奈が他の男探すかどうかだね。」
「京香ぁ...だけど、あたし、土屋以外まともに触れられないんだよ?それにそんな気全然ないよ...」
「そうだったね。じゃあ、あんた土屋を逃したら他に誰もいないってわけ?範囲狭すぎなんじゃない?って...工藤も、大丈夫なんだよね?」
「く、工藤?そりゃ側に居ても平気だけど、あいつは違うでしょ?まずあたしみたいなの相手にしないし、彼女いるじゃん?問題外でしょ...」
一瞬どきっとした。けど、そっちは問題外。
「とにかく土屋も相当自信失ってるかもだね。男ってえっちできなかったっていうのはかなり落ち込むらしいからね。かなり準備していっただろうに...今回かわいそうなのはやっぱ土屋だろうね。いつかちゃんとリベンジさせてやりなよ?」
「うん、わかった...」
あたしはまたため息をつきながら高速をとばしていた。
 
 
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〜あとがき〜
とうとう強硬手段に出てしまった土屋。なぜこんなにあせったのか?詳しくはいずれ土屋視点のお話書きます〜。
で、だめだった椎奈。くそ真面目にも京香に相談したりしてますが...
さて、次回12話、土屋ファンの方ごめんなさい。彼は、きっと優しすぎたんです...
急展開していく親友シリーズ、予告でした。
 

 

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