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昼の月・夜のお日さま

4.顔をだしたお日さま

「しいちゃーん!」
「圭太くん!」
椎奈を見つけた圭太は駆けよるが、昔のように飛びついたりはしない。さすがに好きな子の前では恥ずかしいのか、反対に椎奈が圭太を抱きしめた。


「そうだったの...」
圭司に一通り説明を受けた椎奈は、和伊を圭司に預けると、愛華と遊んでいる圭太の元へ向かった。愛華は椎奈に言われたらしく圭司の元へやってくると、和伊の乗っていない反対の空いた圭司の膝の上にちょこんと乗っかった。菜月には絶対に出来ない行動だった。葉月が郁太郎にだっこされていても、その膝の上には乗ったことがない。前に...葉月が生まれる前に、何度か膝に乗せられたけど恥ずかしくてすぐに降りてしまったのを覚えている。
「愛華、もういいわよ。」
「はーい」
椎奈の呼び声に飲みかけのジュースをテーブルに置いて、圭司を振り返りニッコリと笑うと再び圭太の元へ飛んでいった。
可愛い、子供らしい仕草だった。圭司もそんな愛華を愛おしげに見つめている。ふと菜月は寂しさを感じた。
「圭太くんわかってくれたわ。母親の愛情は、たとえ血が繋がっていなくても半分になったりしないって話したの。日向子ちゃんはあたし以上に圭太くんのお母さんなんだものね。」
日向子の前に圭太の食堂にいて、圭太の母親代わりだったという椎奈にも日向子の気持ちがわかるのかも知れない。それなのに自分は嫉妬心から圭太にいらぬことを吹き込んでこんなところまで連れてきてしまった。この二人はそんな菜月達をしかりもせず温かく迎えてくれた。
「椎奈は日向子ちゃんが来るまで、圭太くんと離れたことをずっと引きずっていたからな。母親の居ない圭太くんに希望を持たせて、置いてきてしまったって、おまえは苦しんでいた...」
圭司の指の背が、すっと椎奈の頬に触れた。寂しげな表情をしていた椎奈がふっとその顔を緩ませる。そんな小さなふれあい一つで判り合い解け合えるこの二人の間には、たとえ子供でも入っていけない。
和伊はテーブルを掴んで、なにかしら遊んでいてそちらを向いては居ない。きっと目の前に菜月が居なければこの二人はキスでもしたんじゃないかと思う。自分の母親と父親も、菜月のいていないところでは何度もキスを交わし身体を寄せ合っているのを見ていた。
(愛し合ってるんだ...椎奈さんと圭司さんも。それから、お母さんと郁太郎も...)
今更ながらに菜月はそう確認した。

「でも、宗佑さんにだけでも、先に連絡しておかなきゃいけないわね。安心して、菜月ちゃん。郁太郎さんには一番最後にしてあげるから。」
ニッコリと笑ってバックから携帯を取り出すとさっさとダイアルする。
「あ、もしもし、椎奈です。お久しぶりです。あの、圭太くんなんですけど...いえ、実は今うちにいて、ええ、日向子ちゃん入院してるんでしょう?だから知らせない方がいいと思います。ちょっと寂しくなったみたいで...お母さんを取られちゃうって思ったみたいなんです。それで、実は...菜月ちゃんも一緒で...」
そこまで話すと圭司が立ち上がった。
「椎奈、代わってくれる?」
和伊を渡して携帯を受け取ると圭司はベランダの方へ歩いていった。
「ええ、菜月ちゃんが...しっかりしてますからね、彼女は。でも、そうなんです、一番我慢してたのはあの子ですから。ええ、サチさんには知らせても、郁太郎さんには...そうです、言わずにちょっと心配させてやりましょう。似たもの同士の意地っ張りなんですけどね、お互い素直になれないんだったら、そんな機会を作ってやらなきゃですよ。ええ、じゃあそっちはおねがいします。じゃあ...」
相談を終えるとニッコリ笑って戻ってきた。菜月には途中からの会話は聞こえていなかった。
ここまで来てしまったものの、これからどうすればいいのか、菜月は待っているしかなかった。目の前で圭司には椎奈がいるんだと言うことを見せつけられながら...



その夜は、そのまま工藤家に泊めてもらい、愛華の部屋に圭太と三人ならんで眠ることとなった。夜中トイレに行きたくなった菜月はそっと起きてトイレの方に向かった。二人は遊び疲れたのかぴくりとも動かなかった。

『そんなに菜月ちゃんが心配?』
『ああ、オレみたいな捻くれ方したらヤバイだろ?女の子なんだからさ...』
『そうよね、圭司酷かったものね、とっかえひっかえ...』
『馬鹿、今はおまえだけだろ?』
『その前がね、酷すぎたから...』
くすくすと柔らかい笑い声まで漏れ聞こえる。マンションなんて泊まったのは初めてだけど、意外と狭くトイレに行く廊下に部屋からの声も意外と聞こえてくるものなのだろうか?
そのまま菜月は佇んで、聞き耳を立てていた。
『菜月ちゃんが可愛いのね。興味がないならたとえ子供にだって愛想笑い一つしないあなたが、見ててメロメロよ?愛華と同じぐらいに。』
『そうか?確かにね、他人事じゃない気がするし、宗佑さんとこも郁太郎さんとこも親戚か何かみたいでさ...オレ、祖父母以外居なかったからさ、何か嬉しくて。頼ってきてくれたのがな...』
『そうだね、でも、菜月ちゃんは圭司に憧れてるみたいだよ?まるで、恋する乙女の瞳だもの。あたしの方を見るとき辛そうにしてたりするし...』
『まさか、菜月ちゃんはまだ10歳にもなってないんだぞ?』
『女の子は何歳でも恋をするのよ?』
『でも残念だな、オレには愛する椎奈が居るからさ。』
『あん、もう、愛華だってそのうち本当に恋して、お父さんなんかよりそっち選ぶんだからね?』
『それは寂しいけど...しょうがないさ。それにそっちも大丈夫だ。椎奈が居るから、淋しいオレをたっぷり慰めてくれるんだろ?』
『もう、あっ...やぁ』
その後は聞けなかった。郁太郎とサチのパターンと同じだ。急いで部屋にそっと戻り、布団をかぶった。
自分の気持ちが見透かされていたことに恥ずかしさを感じて、実らないことを再び実感して、菜月は声を潜めて泣いていた。


翌朝、真っ赤な目を見つけた椎奈がそっと冷たいおしぼりを菜月の目の上に載せてくれた。
「菜月ちゃん、お父さんがね今こっちに向かってるから。昨日の夜ね、必死で探し回ってたんだって。圭太くんも居なくなったことを日向子ちゃんに知らせたら心配かけるからって、ひとりで夜の公園や学校まで探し回って、警察に連絡しようとする前に宗佑さんに電話してもらって、ここにいることを告げたら今度夜中に車で飛び出そうとしたそうよ。」
「郁太郎が?」
「ええ、心配で心配で、あの何でも来いな人が真っ青な顔をしてすごかったそうよ?サチさんが運転は危険だって止めたら朝一番の新幹線に飛び乗っちゃったそうなのよ。もうそろそろ駅に着く頃だから、今圭司が車で迎えに行ってるのよ。」
怒られるのだろうか?まずそれはないだろう。郁太郎は自分に遠慮して、少々のことでも菜月を叱ったことがなかった。何度か怒らせようと思って、わざと郁太郎の大事にしてるものを破いたり壊したりしたけれども、寂しそうな顔をするだけだったのでそれっきりやめていた。まあ、裸のおねえさんの写真集なんかは破られても文句は言えなかっただろうけれども。


「菜月っ!!」
まだ圭太も愛華も和伊も寝ていて、菜月だけがリビングで椎奈に暖かいホットミルクをいれてもらって飲んでいるときに、大きな声で飛び込んできたのは郁太郎だった。
「な、なによ...」
その勢いに思わず構えた菜月だった。
「馬鹿やろう!」
ぱんっと頬が熱くなるのがわかった。そのあとすごい勢いで抱きしめられたので何が起こったのか理解するのに少々時間がかかったほどだ。
「親に心配かけるヤツがあるかっ!おまえは女の子なんだから、もしもの事があったらって心配するだろう!!」
世間では残忍な事件が横行している。女の子を持つ親なら、真っ先に心配する様な出来事が幼児にも起きているのだ。それを思い出すと郁太郎が心配するのもわかる気がするが、まさか頬をぶたれるとは思っても見なかったし、こんなに強く抱きしめられるとも思っていなかった。
「いく...」
郁太郎といつものように呼ぼうとした。その時頬がじんじんとした痛みを伝えてきた。この痛みは郁太郎の自分への想いの強さだ。苦しいほど抱きしめてるこの腕の強さも...
「ごめんなさい...お父さん。」
お父さんと口にしたのは何度目だろう?最初は必死でそう呼ぼうとしたけれども、あまりの郁太郎の自分への遠慮した態度に腹が立ち、それ以来えらそうに名前で呼んでいたのだ。
「菜月?」
「ごめんなさい、心配かけて...こんなに心配してくれるって思わなかった...葉月がいれば、あたしなんかいなくってもいいんだって...あたしがおとうさんの子だって実感がないのは判ってるんだ、だって6年も離れて暮らしてきたし...」
「そんなはず無いだろ!おまえは俺の子なんだからっ!このほっそい目も、きっつい顔も、全部俺の遺伝子だろ?実感ありまくりだっ!俺は、おまえやサチにには悪いコトしたって、ずっと思ってて、どう接していいかずっとわからなくて...おまえは割り切った大人びたことばっかり口にするしな、そんなとこサチそっくりだぞ?ったく、そんな面倒なとこ似なくていいのによ。オマケに、おまえまでサチの真似して出て行かなくてもいいだろ?言いたいことがあったら全部言えよ、文句でも何でもいいからよ、遠慮せずに、言えよな?」
郁太郎の背中越しに圭司がこちらを見て微笑んでいた。とゆっくり頷いて菜月に勇気をくれた。
「お父さんさ...葉月ばっかり可愛がりすぎ!6年もほったらかしてたんだから、あたしも可愛がりなさいよ!」
「お、おう!」
「あたしが悪いコトしたらちゃんと怒りなさいよ!でないともっと悪い子になってやる!」
「菜月が?悪い子にはなれねえよ。おまえはいい子だ。母親に心配かけまいと、何でも我慢して飲み込んじまうほどいい子なんだ。悪い子には絶対なれねえよ。けどもう我慢なんかするな、俺には思いっきり我が儘言っていいぞ?俺はな...たぶんおまえ以上に我が儘だからな。」
「いいよ、お父さんも我が儘言っても。でも、一緒にお風呂だけは絶対イヤだからね。もう子供じゃないんだから!」
「なっ、まだぺっちゃんこの癖に何言ってやがる!」
「あら、ちゃんとふくらんできてるんだからね!そのうちお母さんよりもっとグラマーになるんだから。そしたらすっごくカッコイイボーイフレンド連れてきても文句言わないでよね?」
「な、いるのか?もういるのか、ボーイフレンドって...」
「いるわよ。」
「だ、誰だ??」
焦る郁太郎をふりほどいてあたしは真っ直ぐ向かっていく。
「あたし圭司さんが好きなの。」
ニッコリ笑ってそう言うと、郁太郎がただでさえつっている目をさらにつり上げて、一昔前のヤンキー目線で圭司に詰め寄る。菜月は圭司の腕をとって離さなかった。
「圭司、きさま、まさか、俺の娘に...」
「郁太郎さん、いくらなんでもそれはない。けど、椎奈が居なかったらオレもわかりませんけどね。」
そう言って煽るように菜月のおでこにキスを落とした。
すごく優しいキス。それだけで菜月が浮かれるほどの...どんな種類のキスかはわかっているけど...
「オレの娘だからな!当分誰にもやらんからなっ!」
そう言ってあたしを圭司さんから引き離す。ぜいぜいと肩で息をする郁太郎のその滑稽な姿を、いつの間にか起きてきた圭太と愛華までもがぽかーんと見ていた。
「あいかは、けーたのおよめさんになりたいなぁ」
ぼそりと言ったその言葉に今度は圭司がひくっと顔を歪めた。
「あ、愛華はおとうさんのお嫁さんになってくれるんじゃなかったのか?」
「えー、だっておとうさんにはおかあさんがいるんだもん。けーたはあいかのゆうことなんでもきいてくれるんだって。」
ねーっと二人手を繋いだまま顔を見合わせて首をかしげた。
仕方ないといった表情で圭司は椎奈に向かってため息をついた。
「このままこっちに居て愛華を手元に置いておくべきか、それともさっさと向こうに行ったほうが愛華の恋の為になるのかな?」
そう聞かれて椎奈はくすくすと笑った。
「もう内示は出たんでしょう?諦めてください。」
「え?圭司転勤決まったのか?」
「ええ、4月からそちらでお世話になります。郁太郎さん。」
その言葉に飛び上がって喜んだのはやっぱり愛華と圭太だった。

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