2007クリスマス企画
〜勝&麻里〜
聖なる夜に、新しい命が愛し合う夫婦の元に舞い降りた。
離婚調停中の一組の夫婦が、その瞬間に立ち会うこととなった。
ただの偶然なのか、はたまた神の采配か。
愛し合う夫婦に訪れた突然の誤解、引っかき回したけれども結果的には治まるところに治まり、前より一層深い絆をえることが出来たのは離婚間際の夫婦のおかげではなかっただろうか?
完璧に見えても、無理をして我が儘一つ言わない朱音を見ていた勝。それは長年付き合いのある友人としてだが、元々出張が多い課長に文句の一つも言わない賢妻であろうとする彼女が、何度も妊娠中の身体を限界まで酷使していた原因に彼が気が付いていたからだ。完璧な上司であり、完璧な夫であろうとする課長が、一度失敗した同じ轍を踏むまいと必死だったのもよくわかる。そして何より優しすぎる二人に、頼ってしまったのは愚かな自分たちと切羽詰まっていたあの女性。
今回は上手く治まったものの、下手すれば破局や子供の命に関わっていたかも知れないのだ。
そう、男と女、いつどこで方向を間違うかわからないのだから…
勝と麻里も昔を思い出していた。
美奈を出産したときの『あの気持ち』を…命を授かった感動、そして親としての責任。
子供が大きくなるほど忘れがちになってしまった、その真摯な心。
「思い出したよ、俺…美奈が産まれたときのこと。」
「あたしも、一緒にお腹が痛くなるようだった…あの時の気持ち、忘れるとこだった。」
家路に向かう勝のレビンの助手席で、麻里が大きくため息を付いた後、そっと横目で運転する離婚調停中の相手の横顔を盗み見た。
(初めてのデートの時、助手席から見るこの人の横顔がカッコイイって思ったんだっけ)
結構凛々しく見えるその横顔、正面からだとにこにこ笑うばかりで人のいい彼が、やたらと素敵に見えてドキッとした瞬間を麻里は思い出していた。
恋愛して、結婚して、幸せになると誓ったはずなのに…
(どこで道を間違えたのだろう?)
夫が他の女と自分を比べるのが我慢出来なかった。自分より容姿も女としての魅力も下の歳食った女性が、自分よりランク上の結婚をしたのが悔しかった。
(幸せなんてものは人と比べるものじゃないのに…あたしは馬鹿だったんだわ。)
麻里は素直に口に出せなかったけれども、心の内では反省し思い直し始めていた。けれども、目の前の彼が今までと同じならまた同じ思いを繰り返し、また同じ行動に出るかも知れない。
思ったよりも優柔不断で、優しいけれどもそれだけで、子育ても育児も任せっきりで、夜泣きで眠れなくてノイローゼになりかけたときも仕事があるからと逃げてばかりだった。そしてだんだんと期待することを、何かして貰える事を諦めていった…
口に出して強気に出さないと、思った通りにならないと気が付いてからは、彼も付き合いだといって飲みに行ってるじゃないかと、かなり強引に遊び回ったりもした。子供から離れてないと、苛々をぶつけてしまいそうで怖かったのもある。
(彼も変わってくれるだろうか?)
自分も変わるためには、なにかきっかけが欲しかった。今回のことがそうなのかも知れない。
ただ、やりすぎた自分を勝が許してくれるのかどうか、あの家に戻ってやっていけるかどうか自信がなかった。
「なあ、どこかで、少し話さないか?」
「いいけど…この時間帯にどこか空いてるかしら?」
離婚の話をするなら、わいわいと騒がしいファミレスも、静かで話しづらいバーもダメだと二人ともそう考えた。第一車だとお酒も飲めない。
「そこ、入らないか?」
辺りを見回し、勝が指さした先にはラブホテル。ネオンは珍しく空室を示していた。
「いいけど、変なコトしない?」
「し、しないよ…静かに話せるし、飲んでも風呂入れば酔いも醒めるだろうし…」
それにクリスマスだし、と勝は付け加えた。
ラブホの何とも言えない明るさの中、二人はベッドに腰掛けていた。
初めて入ったわけでもない。独身時代は何度か利用したことがある。互いに自宅通勤だったから。
勝は早速冷蔵庫からビールを取り出して麻里に渡したが、二人とも一度口を付けただけだった。
「なあ、俺たちどこで間違えたんだろうな?美奈が産まれたときは、いい父親、いい母親になろうって言ってたのに…」
「あたしは…朱音さんを意識しすぎてたのかも知れない。でも、あの人って完璧に見えて、変なとこ遠慮するし、あんなに課長に思われてるのに自信なさげだし…人の子供ばっかり心配して、馬鹿よねぇ」
「課長だって、あんなに出来がいい癖にバツイチだし、自分の奥さん不安にさせて…同じ失敗はしないとか言ってたくせに、余所の子供の心配までして、お人好し夫婦って言うか、似たもの夫婦って言うか…」
「そういう意味じゃうちもそうなんじゃないの?お互いに余所ばっかり気にして…お互いのことより自分のことばっかりだったわ、あたしも…美奈が居たのに。いい母親じゃなかった。」
「俺も、子育ておまえに任せっぱなしで…仕事してないから全部おまえがやって当たり前って思ってた。任されたら任されたで嫌々だったし、やらされてるって思ってた。子育てって、一人で出来るもんじゃないのにな。」
沈黙が流れた。
「なあ、やり直さないか?あの時、おまえ達を守ろうと思っていたあの気持ちもう一度持ちたい。今からでも間に合わないか?」
「勝さん…」
「間に合うなら、まず、親としてやりなおそう。互いに親としての責任をきちんと果たそう。美奈は可愛い、それはおまえだって同じ気持ちだろう?」
「ええ…可愛いわ。離れてるとよけに思い出して…クリスマスだからって理由つけて、プレゼント買ってつい家まで行っちゃったぐらいだもん。」
「けど、その前に夫婦としてもやり直さないか?俺は、おまえも守って行きたい。美奈が産まれる前より、もっと前の付き合いだした頃の気持ちに戻って…」
「付き合いだしたときの気持ち?」
麻里はふと先ほどのハンドルを握る彼の横顔を思い出してドキリと胸を鳴らす。
「俺はおまえのこと可愛くてしょうがなかった。可愛くて、可愛くて…食べてしまいたいほど可愛くて…最初に食べた夜は興奮しすぎて、俺、手が付けられなかっただろ?」
「そうね、あの時の勝さんてすごい勢いで…壊されるかって思ったわ。前戯技とかしつこいぐらい長いし?」
麻里が思い出してくすくすと笑う。
そういえば、だんだんとセックスもおざなりになっていたと勝も思い返す。
身体の相性は悪い方ではなかった。だからこそ麻里も結婚を決めた部分もあった。
けれどもお互いに理想の最高値を思い描いて、期待と希望だけ膨らませすぎた。だから結婚した後、粗が見えすぎたのかもしれない。
互いに言い分もあった。だけど、もっと良いところにも目を向けるべきだったのだ。
「な、俺に抱かれるの、嫌か?」
勝の手が麻里に伸びる。
一時期、麻里は勝に触れられるのも嫌だった時期があった。長い前戯にいらついた心が余計に逆撫でされた事だってあった。育児で疲れている時に、気まぐれで起こされるのもたまらなく嫌に感じた時期もあった。
「麻里、抱きたい…俺のこと嫌いになったか?」
「もう…そういうとこストレートなんだから!もうちょっとムード出して言えないの?」
「そんな事言っても、なんか俺、我慢できそうにないっていうか…勃っちゃってるし?」
「馬鹿っ!」
「しょうがないだろ?溜まってるんだし、おまえの身体思い出したら、止まんねぇ」
麻里はどさっとベッドにそのまま押し倒されてしまった。
「言っとくけど、あたしは母親としてはホントに頑張るから。けど、これからはあなた次第なんだからね?あの家で、あたしの味方してくれなかったら、あたしが出て行くしかないってわかってる?」
「わかってます。だから、な?」
勝の手が太股に伸びてくるのを、麻里はぴしゃりと叩いた。
「ちゃんと約束して!やりたいからって理由で流されたくないのよ。わたしも悪かったところ反省する。だから、勝さんも約束してよ。」
「わかった。」
勝はベッドの上に正座した。麻里もそれに習って正座する。
「おまえを守りたい。これからも…美奈の親として頑張る。それから麻里の夫としても頑張る。だから、やり直そう。」
「あたしも、頑張る。母として、奥さんとして…あなたの元に帰らせてください。やり直して…いっぱい愛して…」
その言葉に勝はごくりと唾を飲み込んだ。
「抱いてもいいのか?」
照れながらも頷いた麻里に、満面の笑みをたたえた勝は両手を付き頭をシーツに押しつけて約束した。
「ご奉仕させていただきます」
その後、しつこいほどの愛撫を受け、麻里がへとへとになるまで体中を舐め回され、焦らされきった身体を勝が貫いた時には今までにない快感が麻里を襲った。
愛撫が長くとも、行為自体でこんなに感じたことがなく、互いに久しぶりのセックスを堪能した。
枕元に用意されたゴムでは足りず、最後の一回は生でしてしまうほど、身体が止まらなかったらしい。
「ちょっ、もう、いいって…やんっ、だめっ…はぁん、やっ、やっ…」
ベッドの上を這いながら逃げる麻里を後ろから貫く勝の激しい腰使いに、結局逃げられなくなってしまう麻里。
彼女が家を出てからの半年間、風俗には何度か通ったものの、行為は久しぶりの勝だった。まるで恋人同士に戻ったような激しさで求めてくるので、麻里もすっかり翻弄されていた。
「麻里、麻里…中に出していいか?」
「ん…いい…出して、中に、欲しいっ」
聖夜に授かる命を思い、互いに果てた後も抱き合って眠る。
二人のクリスマスの夜は、こうして朝を迎えたのだった。
離婚調停を取り下げた二人は、その後縁を戻し、新たに夫婦としてスタートを切った。
開き直った麻里が、朱音の件でしっかりしたところを見せたのを勝の母が気に入って、優柔不断な勝の尻を二人して叩いているという。
「美奈…お父さん、負けそうだよ。ばあちゃんとママがタッグ組んだら、無敵だよな…」
「パパ、がんばって。みな、おうえんしてあげる」
「そっか〜うれしいな!」
「みなね、まえはおおきくなったらパパのおよめさんになろうとおもってたんだけど…」
「え?」
「聖貴(まさき)くんのおよめさんになることにしたの!」
聖貴とは、朱音と課長のところに生まれた男の子の名前だ。
「なに言ってるんだ?年下だぞ?
「いいのーだってね聖貴くんのおよめさんになったら、あかねちゃんとーとしきおじさまのーこどもになれるでしょ?」
「パパとママはどうするんだよ??」
「あかちゃんができるからいいじゃない」
麻里の腹の中にはあのときの命が息づいている。
「あかねちゃんも、聖貴くんがいいっていったらかまわないっていってくれたもーん」
せっかく親を頑張るって二人で誓ったというのに…
確かにあの夫婦はあれ以来、前にもまして仲がいい。本宮課長は子煩悩で子育てにも積極的に参加中だ。
「でも、ちゃんとパパとママもだいすきだからね〜」
にっこり笑う娘には勝てないと思う勝だった。