2007クリスマス企画
12月24日深夜〜12月25日 朱音
「俊貴さん…」
彼が腕に上着をかけたままベッドの脇まで歩いてくる。先ほどまで麻里ちゃんが居た椅子にゆっくりとした所作で腰掛けると、わたしの方に向き直り、そして少し表情を歪めて微笑んだ。
怒らないのだろうか?それとも謝るのだろうか?不安で心が揺れ、それに反応するかのように下腹部が締め付けられるように重く痛む。
「朱音、心配かけてすまなかった。だがおまえが心配するようなことは何一つ無い。」
本当ならそう信じたい。そう言ってくれるのをずっと待っていたから。でも、それじゃあの子はどうなるの?
「乃理香ちゃんって子が、あなたが自分のパパになるって…」
その問いに彼は苦笑した。
「ああ、それか。サンタにお願いしたのが叶ったとか言ってたのがそうだったらしいな。あの子は父親を知らずに育ったらしい。その下に1歳の弟が居るんだが、その子の父親も最近出ていったらしく、自分の父親が欲しいとずっと言ってたそうだ。」
でも、それじゃあの綺麗な女性との関係は?ただの関係じゃなかったことは誰が見ても判る…
「その子の母親を見たのか?」
曇るわたしの表情を見て、彼は尚更深くため息をついた。
「昔、客とホステスとして、何度かそういう関係になったことがある。妻と別れた頃の話だ。それも許せないか?」
やっぱりそうだったんだ。
わたしは許せるとも、許せないとも言えずにただ判らないとだけ応えた。今は考えられないほど心にも身体にも余裕がない。だから上辺だけの気を使った返事なんてまったく出来なかった。
「子供が居る女性だったから。大人の関係だったが、本音では彼女はその子の父親になりうる男性を捜していたのに気が付いた。だから、あの頃の俺は結婚などする気はなかったからすぐに別れた。それ以来あの店にも行ってなかったんだ。それに、お前に惹かれていってからは誰とも寝ていないしな。」
信じて欲しい。と彼は言った。
「一昨日帰れなかったのは下の子が高熱を出して病院で点滴を受けなければならなくてな、すんなり帰れなくて困っていた彼女にアフターを申し出て一緒に帰っただけなんだ。けれども夜中だろう?上の子を家に連れ帰って寝かせてくる間病院で付き添っていたんだ。嘘を付いて悪かったな。」
わたしは信じたかった。だから彼が言った子供が熱を出した話も全部信じようと思った。時折襲い来る痛みの間隔はどんどん狭まってくる。5分間隔になったら分ぺん室に移るらしい。それまでは耐えるしかない痛みだったが、永遠に続く痛みのような気がした。
「朱音」
わたしの前髪をそっと払い、頬に彼の手が添えられる。大きくてわたしを包み込む、安心出来る温もりだった。
「帰ってこなくて、心配したの…勝が女性と帰っていったって言うし。」
「ああ、本当にいらぬお節介をするヤツだ。俺はあいつほど節操なくないぞ?あいつはその間若いホステスに鼻の下伸ばしてたんだからな。」
勝ったら…人のこと言えないのに相変わらずなんだ。わたしは思わず笑っていた。だけどすぐに痛みが来る。彼の手がそっと痛むお腹を優しくさすってくれて、少しだけでも痛みが緩和されたような気がする。一瞬だけだけど。
「昨日は、急に子供が見れなくなって、仕方なく俺に連絡してきたんだ。昨日の今日で事情を知ってるからということでな。ただそれだけだ。もう二度と迷惑はかけないと言っていたし、俺ももう顔を出すつもりはない。他人の子でも心配なものは心配だが、一番は朱音とこの子だろう?無事に産んで欲しいんだ。それだけだから」
その真摯な言葉にわたしは嘘はないと思えた。愛されてるのは判っているし、子供を産む不安と、周りから与えられる不確定情報に振り回されていたのかも知れない。彼からすれば放って置けなかっただけなのだ。たとえ麻里ちゃんの子でもわたしが放っておけなかったように…
いつの間にか流れていた涙を、俊貴さんがキスで吸い取っていく。
今なら全部言える。感じていた不安も、想いも、全部…
「一人じゃ嫌なの…俊貴さんと一緒にこの子を育てたい。その為に産みたい…」
「ああ、そうしよう、俺たちの赤ちゃん、待ってるから。幸せにしてやろう?二人で」
「ん…そうすれば、わたしたちも幸せになれるんだよね?」
「ああ、その通りだとも。」
その時強い痛みが襲いかかってきた。
「うっ…痛い、ん…」
間隔が短くなっているようで、だんだんとまともに話せなくなっていく。身体を捩ってその痛みから逃れようとするけれども治まりそうにない。彼が必死で何か言ってくれてるのだけど、もう聞いていられないほど、痛みがキツくなり、冷や汗が流れる。
間隔がかなり短くなって、痛みも増してきたようだった。
看護師を呼ぶために立ち上がった俊貴さんが、部屋の真ん中まで離れて、それから再び戻ってきて耳元に囁いた。
「頑張るんだぞ?愛してる、朱音」
そう言って、少し渇いたわたしの唇にキスを残して。
産みの苦しみ、これって普通じゃないって思えた。
生理痛とも違う、便秘の苦しみともまた違う。どう力を入れていいか判らずに、ただただ助産婦さんの言葉に従う。お産前にならったことなど綺麗さっぱり忘れてしまったみたいに、あまり何も考えられないほど。
ただ、この子を無事に産む。それだけだった。
でもどうしていいか判らない、ただ本能で産もうとしているし、生まれようとしている。
「どうですか、強いの来てますからね!そろそろイキミますよ、そーれ、いきんでー!んー!もっとーもっとよっ!」
「んーっっ!!!んーっ!!」
腰が重いのを通り越して鉛を含んだような感覚。力を入れるのが怖いようで、でも入れなきゃ苦しくて…
はっはふーを途中繰り返しながら合図に合わせていきむ。必死でいきむ、最後までいきむ…何度も何度も
まだか、まだかと思いながらもドンドンと下に降りていく塊…
「あっ…」
でたって感覚?するんと、最後の瞬間、それが二、三度続いて産道を埋め尽くしていた圧迫感が滑り落ちる。
「…んぎゃ…んぎゃ」
小さな声は次第に大きくなる。
「う、まれ、た…?」
「お母さんよく頑張ったね!元気な男の子ですよ!」
「…ほんと、に?」
性別は敢えて聞いてなかった。産むまでの楽しみにしておきたかったから。でも実家の母も妙子もきっと男の子だって言っていたから、たぶんそうかなって予感はしていた。
身体が脱力する。身体と裏腹に心は軽くなる。嬉しくて、涙が出そうになるほど…
後処置の終わったわたしの所へ、しばらくして綺麗に洗われた赤ちゃんが隣に連れてこられた。側に置いてもらって、わたしはその手の小ささやその存在を必死で確かめていた。
ああ、生まれたんだ…わたしの中から生まれ出た命…
彼との、愛の証として、新しい家族として。
「朱音、頑張ったな。」
そっと近づいてきて、わたしとその隣の小さな命に視線を送ってきた。子供にはさすがに触れるのが怖いのか、看護師さん達の視線の合間、わたしの髪にそっとキスを落として。
「朱音、素敵な贈り物をありがとう。」
「え?」
「この子だよ、MerryChristmas、朱音」
いつの間にかイブは終わっていたのだ。今夜は聖夜だったんだと思い出す。
一連の騒ぎですっかり忘れてしまっていた気がする。
「あ…もう、クリスマス?」
「そうだよ、食事も何も出来なかったけど、すごい贈り物をもらってしまったな、俺たち。」
そっか、贈り物、でもあるんだ。クリスマスの聖なる贈り物…小さな命。
昨年のクリスマスから、欲しくてしょうがなかった、この新しい命に、授けてくださった神様にも感謝を贈る。
一時は出来ないのじゃないかと悩んだこともあったから。ため息をついて、思い起こす。
昨日一昨日と起こったことも、彼の過去のことも、どうでもいいことなのだ。こんな奇蹟の前には。
奥さんが居てもいいから、そう求めた人の過去になんの問題があるというのだろう。わたしはあの一瞬でもいいからと、そう願ったのに。一瞬でなく先の未来を手に入れたというのに、なにを嘆くことがあったのだろう?
これからを信じればいい。言いたいことは言えばいい。黙っていては伝わらない。
何度かした喧嘩でそれも判っていたはずなのに。無くすことを恐れて黙って逃げてしまった。
これは勝に感謝すべきなのだろうか?それは…ないかも、だけど。
「そうね、すごい誤解して、どん底まで悩んだけど、もうどうでもいいって思える…過去、だものね?」
「ああ、そうだ。俺だっていらぬ心配山ほどしたぞ?今さら富野に嫉妬などしたくもないのに…」
「ごめんなさい…」
勝に嫉妬なんて。わたしの方があの人に嫉妬してしまったって言うのに。
「謝るのは俺の方だ、悪かった。黙っていないで正直に言えばよかった。昔の所行を恨むよ。」
「他にもあるの?」
気になるからちゃんと聞く。
「…まあ、若い頃はな。それで、勘弁してくれるか?今はお前だけだし、これからもだ。」
勘弁してあげようと思った。だって、課長だもん。モテなかったはずがないだろうし、前の奥さんの事もある。フリーの間のことなんか、知りたくないほどありまくるんだろうし。
部屋に戻るための準備の為に、看護師に退出を促されて彼が立ち上がる。
「俊貴さん」
「ん?」
「お部屋で待ってて…さっきまで一緒に居れなかった分、一緒に居て?」
寂しいから…それにクリスマスはこれからだし、わたしたちにとってクリスマスは特別な日。
そしてこれからももっともっと特別な日になった。
新しい命の生まれ出た日。私たちは毎年、この日に、生まれてきてくれたことに感謝をして祝うだろう。
「わかった。待ってるよ。」
優しい笑顔に安心をもらう。
「MerryChristmas、この子にも、祝福がありますように…」
これからも、ずっと、幸せが続きますように
全てに感謝と愛をこめて言いたかった。
MerryChristmas
と…
2007.12.25
生まれました...でもココで終わりません。
俊貴バージョン同時upです!本当はこの話は昨日の夜上げたかったのですが、無理でした〜〜m(__)m
さてさて、最後までお楽しみ下さいませ♪
〜MerryChristmas!!〜