〜Prologue〜

 
 
 
久しぶりの実家だった。
といっても、もう誰も自分を歓迎してくれる人はいない。
祖父の13回忌だというので、他の親戚の手前呼ばれただけのことだ。
 
両親は俺が生まれてすぐに離婚して、母親は俺を置いてさっさとこの家を出たらしい。以来、顔も名前も聞いたことがない。
父親もその後出て行ったっきり、俺は祖父母に長男であった父の代わりに、この家の跡取りとして育てられた。
小学生の時、祖母が亡くなり、中学2年の時に祖父が亡くなった。
それからは、それまで離れに住んでいた叔父夫婦がこの家を取り仕切り、俺は高校になるとさっさと全寮制の高校に放り込まれた。
まあ、それもよかった。
早くこんな家、出て行きたかったからな。
 
「あら、奎吾さん早かったのね。相変わらずお仕事忙しいんじゃないの?」
 
叔父の妻、つまりは俺の叔母に当たる女がふくれた身体をゆすりながら近寄ってくる。
祖父はそこそこ大きな会社を経営していた。俺はその後を継ぐのだと、幼い頃から祖父にいろいろ教え込まれていた。だが、突然祖父が倒れたとき、俺はまだ跡が継げる年齢ではなかった。その為叔父が祖父の後を継ぎ会社の運営にあたった。
叔父といっても祖父の愛人の息子、つまりは俺の親父とは異母兄弟だ。本妻の子と言うだけで優遇されてきた癖に、家を出て好き勝ってをしていた父を、良くは思っていなかった叔父夫婦の俺に対する態度は酷いものだった。
俺から、屋敷で一番広く日当たりのいい部屋を奪い自分たちの息子に与えた。俺は離れの部屋で一人食事し、寝起きした。
だが、祖父が俺名義で残してくれたものは遺言状の力もあって守られ、それらを元手に俺は高校に入ってから仲間を集めIT系の会社を立ちあげた。オタクばりのプログラマーなどを集めプログラムを組み、システムを構築しそれを形にしてビジネスにするのが俺の仕事だった。学生達で自由に起案するのは楽しかったし、何よりも自分の力で生きていく自信をつけた。叔父や親族の力を借りなくても進路も自由になった。卒業する頃には私財を増やしていたし、今では何倍にもなっている。
叔父達はそれが狙いらしかった。
元々祖父からはなんの期待もされていなかった叔父には人脈もなく、才能もなく、会社は重役達の力も虚しく経営は傾くばかりのようだった。俺が社長になれば、その私財で何とか持ちこたえられるだろうが、まだ叔父はそれを認めない。
俺も、その方が良いとノータッチを決め込んでいる。
 
「あなた、桐吾さんとは連絡をとっているの?」
「いえ、成人してからはまったく取っていませんが?」
「でもあなた、前は桐吾さんに保証人とかになってもらってたでしょう?」
「昔の話です。今は必要ないので。」
 
高校生が会社を設立する際に未成年ではどうにもならなかった。社会的信用も兼ねて、あの頃の俺が社長を名乗る訳にもいかず、祖父の葬式の時に渡された父の連絡先に電話したのは、きっとあの時だけの気の迷いだった。
だが、あの人は、実印も印鑑証明すら俺に預けて、名前を貸してくれた。
 
「そう...あ、そろそろ中に入りなさい。皆さんいらっしゃるわ。」
「ええ。」
 
今までと手のひらを返したの如く、丁寧な扱い。
反吐がでる。
俺はムカつく胸を押さえ込んで無表情のまま屋敷の中に入る。

祖父の告別式ではじめて見た父親は、世間一般の<親父>という生き物とはまるで違っていた。
長身ですらりと姿勢良く、精悍で整った顔立ち、低い声、どれも想像していたよりも遙かに若く、男でも惚れ惚れするほどの美丈夫な男だった。葬儀の場だったので誰もが同じ黒の喪服なのに、あの人はちょっとだけ着崩した様子で、それがとても人の目を惹いていた。男も女も惹き付けるその様子はある意味不良中年って訳で、親戚連中の不評を買っていた。
誰もが遠巻きに見て近づこうとしなかったその男に対して、それが親だという認識は俺には湧いてはこなかった。
ただ、今ではその係累を己の顔や身体で感じることがある。
俺は父親に似ていた。
25を越えた俺の顔は益々似てきた気がするし、体型もほとんど変わらないほど俺の背も伸びた。そして同じように俺も今人の目を惹く存在のようだ。
父親だと名乗る男に話しかけられても俺はただ黙っていて、一言も話さなかったとおもう。
もうとうに、両親に対する思慕など持ち合わせていなかったし、親だと認めたところで何ら期待するほど甘えても居なかった。身内の非情さには、すでに叔父夫婦に思い知らされていたからな。
だから俺は父親に心を許しはしなかった。
二十歳になって、親父の名前が必要と無くなるまで、顔を合わせても用件以外一度もうち解けて話すことはなかった。
 
 
 

 

      
Copyright (C) 2007 Kei Kuishi & Rinju, All rights reserved.