1 主演映画。
 
幼い頃は、男女の性別差なんて無きに等しかった。
「もう、ホントに柾(まさき)は男の子みたいなんだから!」
大人たちにそうあきれられるたび、逆にまさきは得意げな気持ちになったものだった。
彼女は、男の子の仲間でいたかった。男の子と同類でいたかった。そして本当に
半ばそう信じていた。それで気分良く毎日を過ごしていた。─────なのに。
「悔しかったらお前らも立ちションしてみろー!やーい!」
あれは忘れもしない、彼女が小学一年の春。
高さ1m足らずのコンクリート塀の上に男の子達が一列に並び、道端で見上げている女の子達に向かって勝ち誇った顔をしてみせた。
そしてその後一斉に、彼らは溝に向かって派手なパフォーマンスを披露したのだ。
固まっていた近所の女の子達数人は、ヤダー汚ーい!とか、サイテー!などと負け犬の遠吠えを返した。内心、劣等感を隠し持ちつつ。
…そう、まだほんの5、6歳の児童にとっては、立ちションが出来る出来ないはおおごとで。
なぜ彼らに出来て自分達には不可能なのか、その事がまるで「お前達、オンナの負けだ」と言われているも同然だったのだ。
「まさきー、何か言い返してよォ」
歯切れの悪い声がまさきをすがるような目で見てくる。
…人一倍、負けず嫌いのまさき。ここは何が何でも見返さなくては気がすまなかった。
「よしッ!やってやる!」
意を決し、彼女は彼らの立つ塀に飛び乗った。一瞬ひるんだ、隣に住む兄弟。
近所の悪ガキ共達。
そのカオだけで、もう勝った気になったまさきは、勢いに任せて彼らの真似をし、……………結果、デニムパンツをビショビショにした。
───…その夜、彼女が家の者たちのいい笑い者になったのは言うまでもない。
 
あの春の日は、まさきにとっては衝撃の走るおぞましい思い出となっていた。
10年近く経つ今でも振り返りたくない過去。
…女の癖にみんなの前で立ちションした事が恥ずかしいんじゃない。…あの日、まさきは決定的に知ったのだ、自分は彼らとは違う種類なのだ、と。
もっと正確に言えば、『まさきとちいちゃんは違う』…どこまで行っても、まさきは部外者。ちいちゃんの友達仲間には入れない、って事。
その事は子供の彼女を絶望の淵に突き落とすほどの事実だった。生まれて初めて、屈辱的な落胆が身に染みたあの夜。一人、部屋で6歳のまさきは悔し泣きした。
 
今月からまさきは、高校生になった。4月の第二月曜日。新学期の朝。
いつものように、6時起床。
剣道場を持っている桶川(おけがわ)家の朝は早い。一番早いのはおじいちゃんで、5時。朝から道場で竹刀を振る。
まさきは母に言われて庭先に咲いた、名前も知らない朱色の花を切花用に何本か摘み、ダイニングに持ち帰った。
7時の朝食にはまだ早い。それから彼女は日課に従い、道場の床をぞうきんがけする。一心不乱に広い道場の隅から隅までを直線的に往復していると、やがて心が、ある寒い冬の晴れた朝みたいに透明感を持って引き締まる。彼女はこの感じが
たまらなく好きだった。
それを終えると、しばらくその磨かれた床に腰を下ろして正座し、目を閉じる。
背筋を伸ばすと、今日も一日が始まるぞ、って気分になってくる。
まさきは雨の日しか素振りをしない。代わりに近所を軽く走ってくる。早起きのご近所さん達が、笑顔でそんな袴姿に手を振ってくれる。
「まさきちゃん、ますます格好よくなって。」
「いよっ男前!うちの孫娘の婿に予約しといていいか?」
お年寄り達の若いとは言えないセンスのギャグに適当な笑顔を返し、住宅街の公園を突っ切り、車のほとんど通らない道を選ぶ。
彼女の凛々しい袴姿は、女の子達をときめかせるには十分なようで、公園を曲がると、いつも数人のファンらしき人物が固まってマラソンの沿道みたいにワーキャー言ってくる。
 
「まさきーっ、聖ちゃん来てくれたわよーっ!早くしなさーい」
階下から母が呼ぶ。始業式。どんな服装で出掛けていいのか、今になって慌ててしまう。
まさきの通う高校は私服。スカートをはかなくっていいからラッキーとばかりに決めたのに、私服は私服なりに気を使うという事を、初日朝にして彼女は知った。
…杢グレーのパーカーの上からいつものイエローブルゾン(いやこれってデザイン的にジャージかも?とにかく裏フリースのジャケット)を羽織って。
下はお決まりのブルージーンズ。リーバイス505。
「うわ、聖、何だよその格好!」
隣に住む幼なじみの渡辺聖(わたなべせい)は、肩に付く長さの髪をいつの間にかパーマヘアにし、今朝はサーモンピンクのツイードアンサンブルだった。まるで女子大生みたい。
よく見れば、大きな目の長いまつ毛にマスカラまで塗られている。
「まさきこそ、それあんまりじゃない?どっからどう見てもカンペキ男の子だよ?」
ま、格好いいけど、と。聖は女の子らしく両手を口元に当て、高い声で笑う。
まさきの背後で高い笑い声がもう一つ重なった。
「いいじゃないまさき、今日から聖ちゃんのボディーガードの役目ちゃんと果たすのよ?」
いいわね?しっかりね!と。…母が背後からそう付け加えて見送った。
 
二人は、どこからどうみてもカップルにしか見えないだろうと思う。
身長差、約20cm。まさきが初対面の人から「女」だと思われた事なんて、彼女の15年の人生歴史上、一度だってない。それどころか、宝塚俳優顔負けなくらい、彼女は中学時代もモテていた。…もちろん、女の子達から。
まさきが男っぽい言動をしたり、体育の時間に格好いい活躍ぶりを発揮すると、たちまち全校が沸いたものだった。
まさき自身も、逆に女らしい自分なんて想像しただけでも気持ち悪いから、いつもみんなの要望に応えて、そこら辺の男の子連中よりも男前な振る舞いをしてみせた。
…小さな頃からそんな調子だから、いっそ性転換したほうが自然体なくらい、彼女の男の子っぽいしぐさはナチュラルで。
出来る事なら、自分が女だという事実など忘れていたいくらいだった。
「いつの間にしたの?その髪!おとつい会った時はストレートだったのに」
呆れ顔で眉を上げたまさきに、聖はまた微笑う。
「高校デビューってやつ?うちの高校、校則厳しくないからこれくらい全然オッケーなんだって。」
歩きながら隣の聖がそう返す。まるで、この前入学式を済ませた新入生のセリフではない。
まさきがそう呟くと、「だってちいちゃんが言ってたもん。」という返事。
「?!」…ちいちゃん?!まさきは耳を疑った。
ギクリと心臓が身構える。
「ち…ちいちゃんってまさか…」
「そう、同じ高校だよ?今日から2年」
 
校門まで歩いて15分強。
「!」いきなりすごい熱気!…と思ったら、縁日みたいにクラブ活動の勧誘。
「ねぇねぇ、バレー部のマネージャーやらない?」
「いや軟式テニス部どうですか?」
慣れない二人の周りを、たちまち先輩達が取り囲む。…それも男ばかり。聖目当てだった。みんな可愛い彼女を自分のクラブのマネージャーとして迎えたくて仕方がないみたいだった。
聖はあいまいに笑いながら、カバンを女の子らしく胸元で抱え、困っている。
「あ、ねぇ彼氏も一緒にどう?野球部。あ!大丈夫、うち坊主にしなくていいからさ。」
「!」
いきなり野球部か。しかもやっぱり「彼氏」と思われてる。まさきは内心ため息をつく。
別に構わないけどさ。
「………がっ!!」─────その時いきなり、後ろから肩を無遠慮に掴まれた。
「何………ッ、」
「…ちいちゃん!」
振り向いた先に、やたら眩しい笑顔があった。
「─────………。」
まさきはその場に声も無く固まったまま。
聖の兄、ちいちゃんは、「久しぶり!すぐ判った、お前目立つなぁ」と、まさきの頭を軽く小突いた。
「─────………。」
尚も、リアクション出来ず立ち尽くすまさき。
「映研、入っとけって!よし決まりィ!」
「ち、ちょっと…ッ、」
ちいちゃんはまさきの手首を掴むと、人波を掻き分けるようにしてずんずん進む。
そして自らのブースらしき会議用デスクまで導くと、すかさず入部申込書をペンごと突き出した。何て隙のない動き。全てが直線的。…感心するほど武道家向き。
ちいちゃんの背は、まさきよりもまだ頭半分ほど高かった。
「待ってよぉ、」
ワンテンポ遅れて追いついた聖共々、まさき達は気が付けば『映画研究会』の部員にさせられていた。
 
ちいちゃんは、元々まさきの家である桶川家のお隣さんで。昔はだいちゃん(長男。大きいお兄ちゃんという意味。)・ちいちゃん(下のお兄ちゃん。)・末っ子の聖の3人兄弟の真ん中。
だけど、まさきが小学校を卒業する年、…つまり3年前、隣の両親は離婚した。
どうやら旧家の親との同居生活に加え、長男の嫁という立場が、お母さんを相当辛くさせていたらしい。詳しいことはまさきにはよく分からないけど。
離婚の際、長男であるだいちゃん、長女である聖はどうしても渡辺家が譲らなかった。こうして、お隣からはちいちゃんとお母さんが出ていった。
「…ちいちゃん、同じ高校だなんて知らなかった」
何だか、3年ぶりに会う彼は、別人のように変わっていた。
さなぎが蝶になる、って表現を、こういう時に使うものなのだろうか。
とにかく一言で言うなら───…セクシーになった。
うわ、と。セクシーだなんて単語、脳が認識した途端、まさきの頬が熱くなる。
…だけど、背の高い彼女にとって、ほとんどの男子は低い。その中で大人びた彼はどこかが違っていた。いつも泥んこでガキ大将だった彼が、何だかオシャレな髪型になってるのも、違和感を感じてしまう原因の一つだったかもしれない。
「だってオレ、絶対お前に言うなって口止めしてたもん、聖に」
「!何で!」
ちいちゃんはまさきが返した申込書の下のほうに何かを書き足しながら、淡々と告げる。
口で引き抜いたボールペンのキャップを咥えたまま。…さっきまで彼女が握っていたボールペン。
そんなしぐさまでが、見ている彼女の心を何だかザワつかせた。
「…来なかっただろ?」
「………えっ?」
「だってオレがもしもここだって知ってたら、お前このガッコ受けんのやめてただろ?」
「そんなこと…っ、」言い淀むまさきの声は小さい。
「あっただろ?」───いきなり、真正面から前触れも無く上目遣いに流し見られる。
睨むような視線は、たちまち笑顔に戻った。微笑うと目じりに皺が出来る。昔から。
「まぁ過ぎた事は忘れてさ、お互いもうガキじゃねんだし、そろそろ仲良くしよーぜ、なっ?」
短くした頭をクシャクシャと掻き混ぜられる。まさきはそんな彼に顔をしかめ、身を反らせた。
「ははは、これから同じクラブだし。なっ?まさき。」
─────名前を呼ばれて、やはり彼女の胸は高鳴った。…今、確かに。
ウソだろ?と自らを疑う。…信じられない。
 
「じゃあ、えーっと。ひとまず自己紹介と、映研らしく好きな映画でも。そっちの左端からね。ほい次期部長。」
2年にあがったちいちゃんは、どうやら部長に決まっているみたいだった。早くも『次期部長』などと呼ばれてる。
3年生に促され、『次期部長』は柔らかくスマイルしてみせた。
「2年1組の成瀬廉(なるせれん)です。」四ノ瀬中出身、趣味はアウトドアスポーツ全般。インドア系なら剣道。O型、おひつじ座。」あ、誕生日、もうすぐだからね、と付け加えて、3年生からたしなめられてる。
舌を出して肩をすくめてみせると、最後に好きな映画を言った。
「スティーブン・セガールの沈黙シリーズ。あとDENGEKIもよかった」
何で?!ってなカオして見ている新入部員をよそに、自己紹介は「時間ないから後は打ち上げで」と先に進められた。
───…ちいちゃん、名前変わったのか。もう「渡辺」じゃないんだ。
「成瀬」だって。違う人みたいだ。
…ラストのまさきを残して、隣の席の「渡辺聖」が自己紹介した。
この部室に居る男子生徒全員の注目が息を止めるみたいに彼女に集まっている。
「可愛いなぁ、彼氏とか居るの?」3年生の一人が言うと、間髪入れずちいちゃんが芝居がかった咳払いをしてみせた。
「そいつ、オレの妹です、先輩。」
一同、どよめく。してやったりと、いじわるに微笑ってみせるちいちゃん。
「…超可愛いじゃん、何それ?!お前ッ、不公平!」
先輩のクレームと拳にちいちゃんは自らの頭をかばうフリをして、尚もふざけていた。
まさきはと言えば、自己紹介でトリを飾るにふさわしく、いつものネタでとんでもなく驚かれた。
声が声変わりしてないんじゃなくて、性別が違うって事実。
「え?!マジ?」
女性部員に至っては、やーんウソォ、などと嘆きの混じった声が聞かれた。
それでも、彼女の声は体型や見た目にふさわしく、決して高くも女の子っぽくもない。
…女だってだけでどよめかれ、次に聖の彼氏でも何でもないんだと判った途端、他の新入部員男子からは安堵のため息が漏れていた。
「それにしてもおっとこ前だよねー!並んでると二人、すんごく似合ってる!」
まさきに対するみんなのコメントは予想した通りだった。
 
「お前、何で好きな映画『エイリアン』?しかも4?」
打ち上げと称して、登校初日から早くも日の落ちたカフェバーに部員達は居た。
奥のボックス席はどうやら映研の先輩達の溜まり場らしく、よく話を聞いてみれば、店のオーナーは映研OBらしい。サービスで出されたフレンチフライポテトの山は、ほんの数秒で半分の高度に沈んだ。
さっきからちいちゃんは頬杖を突き、隣に座ったまさきの顔を覗き込むようにしてあれこれと訊いてくる。3年ぶりの再会に、3年分の空白を埋めるがごとく、彼はまさきを質問攻めにした。
「なんで、って言われても…。好きに理由なんてねぇよ」
つい先輩なのだという事を忘れ、まさきはタメ口を利いた。…ついでに男言葉。
これはもう、中学時代さんざん女の子連中からリクエストされ、やってるうちに癖になってしまっていた。自分の事を、つい「オレ」と呼んでしまう。
「どの場面が好き?やっぱ最後のエイリアンの子供が宇宙の藻屑と化すところ?」
「……………。」
本当は、好きなわけではなかった。ただ、あの映画があまりにも彼女の心の中で印象強く残っていたため、思わず口走ってしまっただけ。
考えるように短い前髪を書き上げると、そんなしぐさに先輩達が黄色い声をあげてはしゃいだ。
「きゃー!何かすっごい格好いいッ!格好よかった、今の!ドキドキするっ、まさきくんみてるとッ」
「………は?」
「きゃー!今の『は?』のカオもいいッ!眉間の皺がサイコーッ!」
そんな女子部員に、隣でちいちゃんが肩を震わせている。
「まさき、今も朝稽古続けてる?」
いきなり剣道の話題を振られた。
「……………。今は走ってる。町内ぐるっと一周。」
 
翌朝。大きな木枠つきの玄関門を開けてみると、快晴の空の下、ちいちゃんがそこに立っていた。小声で、片手を口元に当て拡声器代わりにすると、「やっほー」とささやく。
「!」
驚きに目を見開くまさきには構わず、早く行こ、と肘を引くと、ちいちゃんは走り出した。
「何で?!」
走りながら眉をひそめる彼女に、
「おーっ、女受けするカオ!昨日騒がれてたのそれか!」とちいちゃんは笑う。
「お前の袴姿、とんでもなく決まってるよな」続けてそう呟いた彼は、上下そろいのトレーニングウェアだった。まるでロードワーク中のボクサー。青いワンポイントの効いた白い上下は、強い印象の彼に文句なくよく似合っていた。
「…なぁ、だから何でって訊いてんだろ?答えろよ」
んー?と彼は間の抜けた声。
「ホントなら、竹刀振りたい。オレ、実は世界中で一番お前ん家の道場が好き」
「ヘェ、物好き。…だったら道場使えば?構わないけど?」
───…言ってから、隣の横顔にまさきは失言をしたと気付いた。
謝るよりも先に、彼が小さく苦笑する。
「やっぱ、まずいっしょ、お隣さんだからぁ。…気づかれないようにしてても、きっとバレる。」
「───…別に、ちいちゃんなら構わないんじゃないの?隣のお祖父さん達も、きっと会いたいんじゃない、孫だもん」
謝るチャンスを逃して、仕方なくまさきは無愛想にそんなフォローを入れた。
「いや、きっと渡辺の家はオッケーだけどさ、お袋がなー」やっぱ、耳に入るとなぁ。
「……………、」
まさきは、言われて初めてそこまで考えが至らなかった自分を恥じた。
ちいちゃんは気にする様子もなく、「なぁ公園でちょっと休んでいい?」とバツが悪そうに笑った。
 
広い公園のベンチに腰を下ろし、ペットボトルの冷水をあおる。
「飲みっぷりも男前だな、まさき」
どうしてもおごってやる、と聞かなかったちいちゃんに手渡され、まさきはボトルを『一気』した。
遠巻きに見ているいつものギャラリーは、まさきに加え、横に並んでも全く見劣りのしないもう一人の存在に、なお一層エキサイトしていた。
「…何?あれもしかしてお前のファン?毎朝いるの?…マジですか?!」
「……………。帰れとも言えないだろ」
「うわー、そんなセリフ、オレも無表情で言い放ってみたい、男の夢!」
「………。行くぞ。まだ休むんなら一人でどうぞ。」
「待って!…まさきマジ、ペース速いって!」
 
新しいクラスでも、まさきはたちまちアイドル化していた。…もちろん、女の子達の間で。
「まさきならジャニーズJr入れるかも!」
「うん、絶対イケるって!わーんジャニーズ行っても友達でいてぇー」
………中学の頃、『モー娘に入れるよ!』と騒がれていた幼なじみの聖と比べたら、バカバカしすぎてお話にもならない。…だけど、結局レベルは一緒か。
要するにみんな退屈しているだけで。何かをネタに、バカみたいにはしゃぎたいだけなのだ。
「ねー映研ってさ、文化祭用に映画撮るんでしょ?あたしまさきが主演の映画観たい!」
一人がそんな事を言い出すと、途端に火がついたような勢いでクラス中が騒ぎ出す。
まさきは一人冷めた視線で、そんな女子達を見下ろし、ため息をついた。
「やーん、今のため息のつきかたも格好いいッ!もうッなんでそんないちいち格好いいのォー?!」
─────…何を言ってもダメだった。
 
「えッ?!嘘、ちょっと…マジで………?」
GW明けの映研部内。まさきのクラスの女子達が面白半分に騒いでいたアイディアは、どうやら現実となった。
「新聞部がアンケート取ったんだって。…したら、お前を主人公にした恋愛ものが観たいって!」
3年生は実質、夏休みまででクラブを引退する。機材の使い方や技術面でのフォローと引継ぎを終え、あとはちいちゃんが全面的に部を統括してゆくことになる。
「ち、ちいちゃん………ッ、」
事のほか、まさきはうろたえた。
「れ、恋愛ものって………出演って…、オレそういうの困る、」
「安心しろって。ヒロインやれとは言ってねーよ。」
いたずらっ子みたいに、目じりに皺を寄せ、白い歯をこぼしている新部長は、彼女がどう抵抗しようと、もうまさきが主演の映画を撮るつもりでいるらしい。
「ある意味、それも見てみたいかも、だけど」
他の男子部員がちいちゃんの言葉に反応してひやかし、それを女子部員が抗議した。
「今年の文化祭。我が映研の撮る映画の基本テーマは?」
この前の会議で決めただろ?と振られて。まさきはしぶしぶ答える。「…ズバリ、ヒットする映画。」
「そう、それだよ、」まさきの鼻先に、ちいちゃんの人差し指が突き出される。
「ヒットする映画ってどんな映画かお前考えたことある?」
更に問われて、まさきは低く返事する。「………面白い映画。」
ちいちゃんは大袈裟にため息をついて見せた。
「そりゃそーだっつーの。そんなの当たり前。…面白い内容、に加えてこの3つ。
話題性、意外性、華やかさ。…オレはそう分析したんだけど、どう思う?」
「─────…。うん、当たってるんじゃない?」
突っ立ったままのうなだれているまさきに、折りたたみイスに腰を下ろしたままのちいちゃんが微笑みを深くした。たくらみを含んだ表情。
「………ってことで。じゃあ、よろしく」
「…ッ、何が!」
二人のやりとりを見ていた、まさきと同じクラスの男子部員・高原が背中をのけぞらせ、派手にウケた。
 
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