888888番キリリク〜のりっち様〜

もう一つの事情



(あたしはなんでここにきたんだろう?)
たまたま休みがまとめて取れたのもあるけれども、誘いに乗ってそのまま遊びに来ちゃうなんて...それもほかに誘った子は誰も来れなくなったんだからやめておけばよかったかもしれない。

<休み取れたんだけどどこにも行くとこないよ〜(涙)都会はいやって言うほど暑いしね...>
そんなメールを思わず送ってしまった、あいつに...大学時代の友人、肘谷省吾(ひじや しょうご)に。
<なんだ、それならこっちこいよ!海の近くだから遊べるし、魚はマジうまいよ〜>
<じゃあ、木下やみどりにも声かけてみるね!>
省吾は就職して、今は地方に転勤になってるからたまにこうやってメールのやりとりをしている。こっちに帰ってきたときは、ほかの友人たちと一緒に飲んで騒ぐのだ。木下もみどりもその仲間。いわゆるグループってやつが今も続いてる。その理由はそのうちの二組がカップルになってしまったから。みどりと木下も目下恋愛中、この二人は就職してから付き合い始めたけど、佐伯と由子は学生時代からでそのままゴールインしてもうすぐ赤ちゃんが生まれるらしい。
「え〜、あたしその日だめだわ...旅行入れちゃった。」
みどりがそう答える。カレシとだと...まあしかたないか。そのカレシが木下だから二人ともだめってわけね。
ほかには...由子たちはもうそろそろ臨月だからもちろん無理だろうし。そう探し始めてふと思ってしまった。あたし一人が行ったら省吾はどんな顔をするだろうか?
大学時代、仲がよかったと言ってもいい。けれども付き合ってたって訳じゃない。彼は明るくていつも話の輪中心にいるやつだった。見た目もいけてる部類だったのでいつだって付き合ってる綺麗な彼女がいた。コロコロと変わるけれども、それはそれで遊び人ぽくってそれなりに付き合いやすい相手らしく相手に苦労はしていないらしかった。けれども友人としてのあいつは申し分なくて、ちゃんと人の悩みも聞いてくれるし、友達をすごく大事にしていた。
だから...あたしは最初っから警鐘ならしてたんだ。こんなのにひっかかっかたらヤバイって。本気になっても相手にされないだろうし、友人としての立場も危うくなる。でも本当は勇気がなかっただけ。告白する勇気も、振られてすっぱりあきらめる勇気も...
あたしと由子とみどりの3人は大学にはいってすぐに仲良くなった。同じサークルに入ってたんだけど、そこで知り合った佐伯くんと由子がつきあい始めて、その仲のよかった木下と省吾が加わってグループのようにつきあい始めた。最初はほかにもサークルのメンバーもいたけどだんだん減って今じゃこの6人がベストメンバーになった。その中でも木下とみどりがつきあってるって知ったのは衝撃的だったけど、だれもあたしと省吾もなんて言わなかった。だって省吾にはいつだって彼女がいたし、あたしも男友達扱いされていたのは判ってるから...あたしはそんなに男性の気を引くタイプじゃなかったし、しっかり者で通ってたけど、それは自分に自信がないから必死で繕ってただけなんだよね。
でも、もしかしたら...あいつのあの視線、どこか気がついてたと思う、あたしの気持ち。目が合うとちょっと迷惑そうにゆがめられる。そりゃ迷惑だよね、彼女がいるのに片思いしてる女がずっとそばにいたら...だけど最後まで知らんぷりされた。それでよかったんだ...だけど、何年たっても吹っ切れない想いにあたしはいい加減決着付けないとどこにも行けなかった。誰ともつきあえないままこれ以上歳は重ねられないよね?
あたしは誰とつきあっても盛り上がれなくて、結局すぐに別れてしまうことを繰り返していた。



「ごめんね、結局あたし一人になっちゃって...」
「ああ、構わないよ。久しぶりだな、映莉(エイリ)。」
駅まで迎えに来た彼は車のドアを開けてくれた。
助手席...
学生時代も車を乗り回していた彼の車の助手席はいつだってカノジョの指定席だった。あたしはいつもシートの背中越しに彼の横顔を見ていた。あのころの気持ちが今更ながらに蘇ってくる。いくら思っても無駄だと必死で気づかない振りしていた想い。無理して笑い続けて、誰もいないところで何度も泣いた。彼の助手席の存在に、引き寄せるほかの女性たちに何度嫉妬したことか...
「ごめんね、あんまりにもこっちがいいとこだって自慢するから一度来てみたくって...休みなのに申し訳ないなぁ。カノジョにも謝っておいてよね。」
「ああ、オレのカノジョか?」
「ええ、いるんでしょ?相変わらず...もてたもんね、省吾は。そうそう、由子がね、子供出来たらみんなで見に来てって。それと木下とみどりはサイパンだって。おみやげ楽しみにって言われちゃったよ。」
彼女の話は聞きたくないのでさっさと話を切り替える。
「そっか、みんな元気そうだな。で、オマエは相変わらずか?人の世話ばっかり焼いてずに自分の面倒ぐらいちゃんと見ろよ。長期休暇とっても一緒に旅行に行ってくれるカレシもいないんだろ、どうせ。」
「わるかったわね!!」
そんな言い方ないじゃない?まあ、ほんとにいないからしょうがないけど。
「な、どこか行きたいとこあるか?」
「省吾がいいとこ知ってるって思ったから、あたしなんも調べてこなかったよ?」
「はっ、オマエらしくないなぁ。ちゃっかり観光コース調べ尽くしてくると思った。」
「い、忙しかったのよ...」
違う...どう扱われるか、それが怖くて、でも、知りたくて...全部をカレに任せるつもりだったのだ。
「じゃあ、海にでも、行こうか?実は船を借りてるんだ。」
省吾はあたしたちと同じサークル(テニスだったの)以外にヨット部にも所属していた。大学時代にも、海が好きだと何度も聞かされていた。
「もしかしてみんな来ると思って気使わせちゃった??ごめんね、あたし一人なのに...」
「別にいいよ。オマエさ、一度船に乗ってみたいって昔言ってただろ?取引先で知り合った人が仲間内で持ってる船なんだけど、今日はみんなで船出すって待っててくれてるんだ。水着とか濡れてもいい服あるか?なかったらオレのかすから。」
そんなことならもっと早めに言ってくれたらいいのに...そう愚痴りながらも車はハーバーに着く。結局ジーンズにタンクトップ姿で、ヨットパーカーを省吾に借りた。
「それ一回着てるからちょっと臭うかもだけど、我慢しろよな。」
長袖の白のパーカーからはほんのりと潮の香りと、少しだけ省吾の香りがしたような気がした。身近で嗅いだことなんかほとんどない。たまに酔って肩組んだりとかした時ぐらいだけど、その時はたばこの香りやお酒の臭いでごっちゃになってしまってるから...
「すんません、無理言って船出してもらって...結局こいつ一人だけなんですけど。」
船と言っても二人っきりで乗る訳じゃない。二人ではヨットのように操作の必要な船は乗れるはずがない。数人の知り合いの人たちに紹介されて乗り込む。
「いいって、こんな可愛い子乗せれるなら楽しいもんだって。たまにはいいよなぁ、みんな。」
もちろんお世辞だって判る。結構年配の人も混じってるし、中には奥さん連れの人もいた。
「ねえ、あなた省吾くんのカノジョ?」
「いえ、ち、違います!ただの同級生です、大学時代の...ほかの子たちが都合悪くなってあたしだけ来たんですけど、ほんとはもっと人数多くて...それに、省吾のカノジョはもっと綺麗な人ですよ。」
「そうなの、省吾くんが女性連れてくるなんて初めてだからてっきり...」
「あ、あたしが学生時代から一度でいいからヨットに乗ってみたいって言ってたから...それでですよ。」
なんか言い訳がましい気もしないけどめいっぱい否定しておかなければ省吾のカノジョに申し訳ないものね。
「そう、じゃあ、船好きなら今日は楽しみましょう。いつも女性はあたし一人で寂しかったのよ。」
操船で忙しい彼らをほっぽってあたしは利香さんというその人と一緒に過ごした。お昼は簡単なものといってサンドイッチやおにぎりを船の上で食べる。それは全部利香さんが作って来たらしい。
「すみません、あたしまでいただいちゃって...」
「利香さんごめんね、こいつ馬鹿ほど食うけど許してやってね、その分オレが食べるの控えるからさ。」
「はいはい、いっつも馬鹿ほど食ってる省吾くんが遠慮するならいくら食べても大丈夫ね。映莉さんたくさん食べてね。」
「いくらなんでもそんなに食べませんよ...もうっ!」
まるで、ずっと前からその輪の中にいたように扱ってもらえる心地よさ。視界の端々に映る省吾のきびきびとした動きに見とれそうになっては視線を海に向ける。

「そろそろ帰ろうか、もうすぐ日が沈むからな。」
利香さんの旦那さんがそう言って船はハーバーに向かって戻っていく。だんだんとオレンジ色に染まっていく空と海、まぶしい輝きがだんだんと柔らかくその色を移していく。
「綺麗だろ...」
「うん、すごい...言葉になんか出来ないね。」
いつの間にかそばに省吾が立っていた。
「ああ、船から見るとさ、独り占めしてるような気になるだろ?」
「そうだね...」
夕日と海と、それと省吾を独り占めしている気になるよ...今だけ、ね。
「海と空って一つに見えるね。本当はどこまで行っても交わったりしないのに...」
まるであたしと省吾のよう...肩と肩の距離はわずか数センチ。向こうのデッキでは利香さんの肩を旦那さんがそっと抱いているのが見える。
「こんなの見たらオマエ癖にならないか?」
「ん、でも毎回省吾に無理言えないしね。ヨット好きのカレシでも探すかな?」
「ま、見つかるかどうかしらねぇけどな。」
「わ、悪かったわね!」
大学時代と違って、この年にもなって誰もいないなんてすごく惨めだ。
「ヨット乗りのカレシが見つからなかったらまた乗せてやるよ。オマエ利香さんに気に入られたみたいだしな。また連れて来いってさ。」
そんなの、カノジョがいるのに...次の話はきっとない。ただの社交辞令だから本気にしちゃだめだ。
あたしは返事をせずにただひたすら水平線が色あせていくのをじっと見ていた。


「おい、大丈夫か??」
「だ、大丈夫だよ...」
ふらつく足下、省吾の腕があたしを支えようとしてる。
結局利香さんに気に入られたあたしはそのまま利香さん夫婦やほかの仲間たちと一緒に夕食を兼ねて飲みにでた。メンバーの一人がやっている店だとかで、おいしい魚料理なんかを出してもらって結構飲んでしまった。
いつもならこんなにも酔わないんだけれども、なぜだかタガがはずれたように酔いが回る。あたしは今までみんなのいるとこで酔ったこともない。それがしっかり者といわれる所以かもしれないと思った。だってこんな風に誰かに支えられたことなんてなかったもの。
「で、ホテルは?泊まるとこどこ?」
「あっ!忘れてた...来てすぐに予約しようって思ってたんだ、なのにいきなり海に出ちゃって、すっかり忘れてた...」
「お、オマエらしくねえの。」
省吾はくすくすと笑ってる。
「そういううっかりしたとこ、昔からあったよな。けどオマエが酔ったりしたとこはじめてじゃないの?それが一番オマエらしくないな。」
「たまにはね...」
「そっか、まあ楽しめたんならいいか。もうちょっともたれていいぞ...」
あたしは酔ってるのをいいことにゆっくり身体を省吾に預ける。酔った勢いだからね、このぐらいいいよね?カノジョさん。彼の腕もあたしの腰に回されている。倒れないように支えてくれてるだけだけど、あたしの頭の上辺りにカレの顎があるし、もたれた胸の温かさまで感じ取れてしまい、思わずくらくらしてしまう。
男を知らないわけじゃない。大学を出てから付き合った何人目かの男に半ば無理矢理奪われた。付き合ってるからしょうがないとも思ったけど、どうしても好きになれない行為だった。それだったら自分でする方がよっぽどまし...目を閉じて自分に触れる時、必ず浮かんでくるのが省吾の顔だった。省吾の指、省吾の息使い...昇りつめていく吐息とともに漏らすのはいつも同じ名前だった。何度か身体を重ねた男の指を彼だと思いこもうとしたりもした。それですぐ別れてしまう。
「どうする?こんな時間からだし...オレも酒飲んじまったからタクシーでも呼ばなきゃな。それとも...オレのとこに、泊まるか?」
「え...?」
「このすぐ近くなんだ...オマエさえ、よければだけど...」
あたしは...小さく頷いた。



それからは急に二人とも押し黙ってしまった。
あたしが緊張するのはわかるよ?なのになんで省吾まで黙るんだろう。
「オレの部屋、ここ...」
思ったよりも女性の匂いのしない部屋だった。少しほっとしたけれども、やっぱり気になるっていうか、気にしてしまう。
この部屋で省吾はカノジョを抱くんだろう。そんな部屋に、ただ泊まるだけだと判っていてもやはり嫌だった。この部屋でどんな扱いを受けるかなんて想像できすぎる。男友達のように床に寝かされるかソファで寝ろって言われたり...もしかしたらカノジョが突然たずねてきたら?『こいつは男友達みたいなもの』とか言われたりして...それともかかってきた電話でカレの甘い声を聞かされるんだろうか?『ああ、好きだよ、おまえだけだってば』なんていってるのは聞きたくない。
「ごめんね...あたしがちゃんと部屋取ってなかったから...あの、やっぱりタクシー呼ぶわ。今からでも泊まれるとこ探すから。」
「何をいまさら言ってるんだ?ここは都会じゃないんだからそんなにたくさんホテルがあるもんか。せいぜいラブホぐらいだぞ?さっさと入れよ。潮風浴びてるから風呂に入りたいだろ?」
そう即されて、部屋に招き入れられて、さっさと風呂場に放り込まれた。
お湯が入る間、髪と身体を洗う。省吾の使ってるシャンプーリンスにボディソープは今のところ一種類だけ...もし頻繁に泊まりに来る女性や一緒に住んでる人かいたらもう少し多いはず、なんて想像してしまう。
あたしって...
今夜は単にホテルをとってなかったから泊めてくれるだけなんだから、なにを意識してるんだろう。今日女性が訪ねて来るんならあたしを泊めたりしないよね?本当はほかのみんなも泊まってるはずだったんだから。

「あの、ありがと...えっと」
「オレも入ってくるから、これでも飲んでなよ。」
テーブルの上にはビールと簡単なおつまみなんかが並んでる。もうちょっと飲もうってこと?まあ、その方がいいかな。男同士っぽくって...
あたしはとりあえずタンクトップと綿のショートパンツを身につけている。色気...なんかないし...
一度だけ寝た男にも色気ないって言われたなぁ、なんて思い出しながあたしはビールに手を付けた。


「そっか、あいつらな...」
よく考えたら昼間他に人がいたんであんまり話してなかった。だから結構盛り上がっていろいろ話して、飲んで...
「おい、映莉、大丈夫か?目がもう半分閉じかかってるぞ?」
「あ...ごめん、それでだれがなんだったけ?」
本当に目が閉じそうになる。すると目の前の省吾がふと立ち上がったかと思ったら隣に座り込んだ。
「しょ、省吾?」
「眠そうだから...だけどもうちょい話したいだろ?だからちょっとオレにもたれればいいよ。オマエがそんな風なのオレ本当、はじめてみるけど...普段知ってる分、ほっとけない気がする...」
肩にカレの手が置かれ、背中に体温を感じる。
どうしよう...これって肩を抱かれてる図だよね?
ここでカノジョならもたれかかるよね。さっきみたいに、もたれていいんだろうか?
あたしはゆっくりとカレの肩にもたれかかる。そして目を閉じて眠ったふり...
眠いけど、こんなに近くにいて眠れるはずがない。何よりもどうしてこの体制なのか自分でもよくわからない。
でも一つだけ判ってること...
省吾はたぶんあたしの気持ちを知ってる。その確信は大学時代からある。それでもカレは決してあたしに手を出してこない。その理由もわかってる。あたしが友達だから...きっと彼からしてみれば女性的魅力なんてないに等しい、はず...こうして泊まり込んでも何もない、はず...
だからこそ、男友達同様に扱われるはずだったのに、なぜ今彼が隣に座って飲んでるのか、それもあたしの肩を抱いてだなんて...信じられない。
あたしは触れた場所から広がる緊張を隠せなかった。だけどもそれだったら自分一人が意識してるようで余計に恥ずかしかったから、深呼吸して、徐々に緊張を抜いていくようにつとめてみた。だけども直接触れてる半身と、肩の部分だけは熱を持って固まってるような感じだった。
どうしよう...動けない。
だんだんと話すことがなくなって、ビールもなくなって、あたしは寝たふりしようかと思っていた。
自分からは動けない。今更告白したところで、どういう扱いを受けるかなんてわかりきってるもの。笑われて冗談で済まされてしまう。あの時のように...

『好きって申し込まれれば誰でも付き合うの?』
あまりにもコロコロと変わるカノジョにあたしは聞いた。
『まあね、許容範囲であればね。』
省吾は軽くそう言って笑ったから、つい...
『じゃ...あたしが好きだっていったら、どうする?』
でも帰ってきた答えは素っ気ないモノだった。
『え、でももう今の子に返事しちゃったしな。それにオマエは友達だろ?範囲外、冗談きついぞ。』
そう言われて冗談に決まってるよと切り返した。あれは3年の秋だったっけ...

「あーいい感じに酔っぱらったなぁ。オマエまで美人に見える。」
思い出のシーンをかき消すような明確な省吾の声。そして彼のいる方の頬に生暖かい湿った温もり...頬から首筋に流れるその温もり。
「え...?」
目を開けたとたん天井がひっくり返った。ううん、あたしが仰向けにされたんだ...
「しょ、省吾...?」
「女に見えるじゃないか...映莉。」
目を見開いたあたしに真近くまで降りてくる省吾の顔...
「おい、目ぐらいつぶれよ。ったく慣れない奴だな。」
くすくす笑う省吾の口元。
「は、はい...って、え?」
目を閉じかけてそれはおかしいとふたたび目を開けようとしたけれども、あまりにも省吾の顔が近すぎて思わずまた目を閉じる。
「んっ...」
唇をふさぐ省吾の影が落ちてくる。
あたしは...
あたしは今何してる?



その夜、体中に刻まれた省吾の記憶。
もう昔無理矢理抱かれた元彼の記憶なんて残らないほど...
「んっ、あ...ん」
「慣れてない割には反応いいよな、映莉は...」
優しくしないで欲しかった。言葉もいらなかった。
一夜だけの、お酒の上でのこと...男と女ならあり得た間違い。
それでよかったから、身体だけ求められればよかった。それを思い出に、もうこんな未練はきっぱりと切り捨てて、次の恋に行けばいい。
なのにあたしに触れる省吾の手はどこまでも優しかった。あたしを高ぶらせ、熱くする。省吾があたしの中に入ってきた時もゆっくりと優しくて、大事にされてるような勘違いをしそうだった。
きっと省吾は女性の扱いに慣れてるから...あたしを奪った男のように自分の欲望だけをはき出したりしないから。だから...勘違いしそうになる。
もしかして、カレはあたしのことを...って。
いつの間にか泣いていた。省吾の腕はあたしを優しく包んでそのまま朝を迎えた。

だけど...
朝が来たらまた友達に戻る。でもどんな顔していればいいのか、あたしは判らなかった。遊びなんてとうてい出来ない不器用な自分。慣れた女の振りでもすればよかったけど、出来ないモノはしょうがない。あたしみたいなのが重荷なのも判ってる。きっとカノジョにも知られたくないはず。
あたしはメモ一枚残して部屋を出た。
<泊めてもらってありがとう。映莉>
気配で省吾が起きてるような気がしたけど、そのままドアを閉めた。
心のどこかでは引き留めて欲しいなんて思ってたんだろうか?
帰りの電車の中、涙はとまらなかった。


結局5日もあった休みは省吾のとこに出かけた2日間と、あとは部屋で鬱々と過ごすだけの日々だった。何もかもが面倒で携帯の電源も切ったまま、部屋の中から一歩もでなかった。さすがに3日目、食料のストックが切れたので買い物に出ることにした。
電源を切ったままの携帯を見つめる。
どうせ持ってでたとこで誰からも連絡はないはず...
あたしは財布だけをもって部屋を出ようとした。
「映莉!」
部屋の外に省吾がいた。
「なんで、ここに?」
省吾がここの部屋を知ってるはずがない。カレが転勤してから借りた部屋。
「由子に聞いた。」
「あ、あたし、なにか忘れ物でもした?」
「ああ、オマエも、オレも、忘れ物してるぞ...映莉はなんでオレと...寝たんだ?」
「それは...酔ってたし...」
「じゃあ、その前にオマエは何でオレの部屋に来た?なんでオレを訪ねてきた?」
「そ、それは...省吾が、あんまりイイ所だっていうから...」
「なんで一人で来た?」
「ほかのみんなは予定があって...」
「映莉、オレは...」
「ねえ、気にしないでよ?一回寝たぐらいで...あたしたち友達同士なんだし、そっちだってカノジョいるんでしょ?なかったことにしようよ...」
あたしの中ではそんなこと絶対に出来ないけど、だけど...
「それでいいのか?映莉は、それでいいのか?」
「あ、当たり前じゃない...」
珍しくすごく怒った顔の省吾が鍵の刺さったままの部屋のドアをあけて引きずるように中へとあたしを押し込む。
「なに、あたし出掛けるんだけど...」
「あんな、慣れないウブなセックスしておいて、遊びの振りなんてするなよ!」
「省吾っ?」
「目が覚めたらいない、携帯はつながらない、どういうことだよ!」
怒った目、ここまでカレを怒らせたことなんてない...だけどなんで?
「何を怒ってるのよ...お願いだから、これ以上、あたしに構わないでよ!そのほうが省吾だって都合いいでしょ?一度だけ、あたしはそれで十分だったんだから!!」
「映莉?」
「お願いだから、これ以上...惨めにさせないでよ...」
「泣くなよ...」
いつの間にかまた涙。あたしは泣き出すと興奮してしまってうまくしゃべれないのに...
省吾の胸が間近になった。そのまま押しつけられて、カレの腕の中だった。
「オマエ何勘違いしてるんだよ...オレ、今は付き合ってるカノジョいないぞ?だから二股でもなんでもない!あの夜だって、オマエ辛そうだったから一回でやめたのに、翌朝になったら帰っちまって...電話してもでないし、オレと寝たこと後悔してるのかって思って追いかけなかったけど、さすがに3日も携帯つながらなかったら不安に思うだろ?」
急に声音が優しくなって、省吾があたしの顔をのぞき込む。
「遊びじゃないぞ...オマエのこと。覚悟してきたんだからな。」
「でも、でも...」
「なんだよ?」
「省吾昔言ってたじゃない!あたしは許容範囲じゃないんでしょ?友達だからって...」
「昔は、怖かったんだ...本気になるのが。だって、オマエみたいなくそまじめで不器用な女にはまったらオレもう終わりだろ?学生時代はもうちょい遊びたかったし、就職してからだって当分地方から戻れそうにないし...だから本気になるのはもうちょい先でよかったのに。一人でのこのこ来るから、ついマジになっちまっただろ?ま、これは全部オレの我が儘だけどな。」
「省吾...あの、どういうこと?」
「肝心の台詞言ってないもんな。オレは...オマエに本気になったらヤバイと思ってずっと逃げてた。だけどもあの海を一緒に見てくれるのも、オレの仲間と一緒に笑ってくれるのも、オマエしかいなかったって気がついた。それと、ほかの男に抱かれ慣れてないその身体、離したくないって思った...オレの跡だけ付けて、オレだけを感じさせたいって思った...オマエ、ほんとに遊んでねえのな。その年で...」
「わ、悪かったわね!!」
「な、教えて、俺の前は一人だけか?」
「一人だけ...2回しか、したことなかった...無理矢理だったから、それ以降他の人も怖くて、省吾となら大丈夫かもって、勝手に思ってた...」
思いっきり抱きしめられた。息が出来ないほど、きつく...
「それもオレが悪いんだろうな...オマエの気持ち知ってたくせに逃げてたオレが...オマエにハマるのが怖かったんだ。他にも言い寄ってくる女がいたから、それを理由に逃げてた。だけど久しぶりに一緒にいて、オレのそばにいるのがしっくりしてる女ってやっぱオマエしかいなかった。オレの好きな船や海を一緒に受け入れてくれたし、仲間も全部...オマエならずっと一緒にいてもそれが当たり前に思えるんだと思う。たぶん離れてても、オレ、オマエなら信じて離れていられる。だってオマエオレに惚れてるんだろ?」
「なっ、何言ってるの!」
すごい決めつけ...その通りなんだけど、だけど...
「オレも惚れてるらしい...一度抱いちまったらもう誤魔化せないみたいなんだ。だから追いかけてきた。とりあえずあの日の夜の続きやらせろよ。オレもオマエなら言わなくても伝わってるって思いこんでたけど、今日はちゃんと言うから、映莉が好きだって。」
「うそ...」
「オマエって昔っから、思いこみも激しいもんな。だったらじっくり身体で判らせてやるから。」
いきなりベッドに背中から落とされる。なに?この強引さ...これが省吾?
「ちょっとまって、省吾、帰らなくていいの?会社、ねえ?」
「明日は有給とったから、オマエも取れよな。」
すごくあっけなく服を取り払われていく。先日の甘い仕草とは全然違う...
「無理よ!そんなの...」
「じゃあ、病欠。オマエ明日の朝は動けないから、わかった?」
「動けないって...ね、省吾、なんかこないだと違うんだけど?」
「あ、あれは慣れずにビビって震えてるオマエのために優しくしてたの。結構押さえてやるの辛かったんだぞ?なんせ転勤してからカノジョ作る気しなくって、溜まってたし。」
うそ!女切れたことなかったのに?驚く思考を深いキスが溶かしていく。奪われるような強引な舌の侵入に息も出来ないほどで、あたしは酸欠になりそうになる。
「ま、たまにその場限りってのはあったけど、これからはオマエだけだから、明日の夕方までここに居られるから、わかった?」
判ったって言われても...要するに、あたしは省吾を好きでいていいの?遊びじゃなくって本気ってこと?ううん、遊びでもあたしを好きだって言ってくれるならそれだけでもいい。もうとっくにあきらめていたのに、なのにこうして、今あたしを抱いてる腕は紛れもなく省吾で、あたしを激しく求めてくれてるのもカレで...
「省吾...ずっと、好きだった...」
はじめて想いを口にした。
「ああ、知ってた。ごめん...これからはもうベッドの中以外では泣かさないから、また一緒に海で夕日を見よう。」
あたしはその夜、溶けて壊れてしまいそうな時間を何時間もカレと一緒にシーツの中で過ごした。


翌朝省吾が言ってたことが事実になっていた。足腰立たなくて、喘がされて枯れ果てた声で会社に電話した。『休ませてください』と...まじめだったあたしの要求はすんなりと受け入れられ、上司からはご丁寧に見舞いの言葉までもらってしまった。
まさか、男に抱かれ続けてそんな状態になっただなんて誰にも言えない...今もまだ省吾の腕はあたしを捕らえたまま離さない。
そっと抜け出して、カレの無防備に眠る顔を正面から見つめてつぶやく。
「また海に行きたいなぁ...」
「...もうちょいオレに抱かれるのに慣れてからな...」
眠ってると思ったのに?
再び省吾の腕の中に引きずり込まれ、この現状が夢でないことを身体で知る。
「慣れなかったらどうするの...?」
しばらくは遠距離になるものね。
「...オレのとこに来ればいい...そしたら毎日離さないし、週末には海に連れて行ってやる。」
「それって...?」
「だから言っただろう?こうなったらハマるの判ってたって...」
眠ったふりして目を閉じてしゃべっていた省吾が、薄く目を開けてあたしを、見たこともないような優しい視線で見つめていた。
「もう逃げないから、オマエもな?」
あたしは泣きそうになるのを堪えて、自分からキスをした。


Fin

       

のりっちさんのリクエスト、遅くなってしまってすみません!!当時連載中の親友の事情とキャラがだぶっていたのでこんなに遅くなってしまいました。のりっちさんのご希望のエピソードをちりばめましたが、中身はやはりいつもの展開です。
これは表行きかな??えっちしーん、肝心の中身ないですから(笑)