風花〜かざはな〜

終焉〜恭祐〜

目覚めると側にゆき乃が居る。
どんなに忙しくても、どんなに辛くても、その温もりが自分のモノならば、どこまでもがんばれると思う。
ゆき乃を手に入れた。その心も身体も、人生も、未来も...共に同じ道を歩くべく手を取り合った。そのためには周りのすべてを黙らせた。宮乃原の身内も、重役たちも...使用人の娘を現社長の妻に迎えることを、誰もが不安に思ったのだ。大企業ともなれば、縁戚関係を生かして組織の拡大を目指すのが当たり前になっている世界で、何ももたない大学を出たばかりの元使用人にいい顔はしなかった。
けれども、そのぐらい...どうでもいい反対材料だった。
ゆき乃も、彼女の母も父親の籍には入っていない。認知すらされていない。それが幸いしていた。戸籍上、僕は宮乃原玄蔵の実子だし、ゆき乃とはまったく血縁関係はない。
そう、戸籍上は...事実は誰も知らない。ゆき乃の母志乃が父玄蔵と異母兄妹であることも、ゆき乃の父親がその異母兄の玄蔵だったとしても、その間に出来たゆき乃に罪はない。僕が宮乃原の血を少しも引いてないとしても...
言わなければ誰も知らない。知っている人たちも何も言わない。
ゆき乃には、身内がなくなんの後援者もなかったが、藤沢建設はまるで親戚のように付き合いがあった。力也がゆき乃の友人であった清水慶子と結婚してから余計だった。パーティ系の催しものにも二人で出かけるし、夫婦で出席するときもよく一緒に居たりするので、宮乃原と藤沢の繋がりは強硬に見えた。ゆき乃のもう一人の友人桐谷萌恵は数年前にミスコンテストで優勝したとかで、イベントに顔を出してる間に有名な政治家の長男に見初められて結婚したらしく、出会うと声をかけてくる。屋代詩織も、銀行員と結婚したらしいが頭取の息子だったらしく、公の場所で顔を合わすことはあまりないが、夫君の方とは仕事柄世話になっている。新崎も敵に回ることなく何とかやれている。弱みを握られた折原はすでに新崎の手の内らしく折原の父親を見かけることは少なくなった。
そういう相乗効果もあって、だんだんと声に出して不服を言うものは減っていった。それでも裏ではなんと言われてるか、ゆき乃もつらい思いは何度かしているようだった。
それでも、不安定だったがゆき乃が、次第に落ち着いてくる。子を産み育て、母の顔になっていくたびに、その存在を確かなものにしていった。
僕たちの真実など誰も気が付かない。それでいいんだ...
出生の秘密の不安などよりも、僕もゆき乃も家族を求めていた。
ずっと手に入らなかったもの。、自分の居場所、存在意義が欲しかったのかも知れない。新しい家族、生まれ出でる命に感謝こそすれ、もしもなんてことは考えないようにしていた。



「ゆき乃、まだダメだよ?疲れてるところ申し訳ないけれども、僕はまだ、なんだ...おまえが足りないと仕事に支障をきたすだろう?」
「あ、でも子供たちが目を覚ましてしまうわ?」
「竹村さんが見てますといってくれたから...しばらくは大丈夫だから、ゆき乃もう一度...」
「やっ、んん、だって、さっきしたばかりで...少し、休ませて...ああぁん!」
いったばかりできついゆき乃の中に再びもぐりこむ。ひくついて僕を締め付けてるきつさに耐えながら、先ほど果てたばかりなので今度は余裕を持って攻め立てる。押し広げた身体に激しく腰をぶつけてお互いを追い詰めていく。
「ゆき乃、ゆき乃っ!」
「ひゃっ、んんっ、ダ...メ...んっ!!」


現世に繋ぎ止めるかのように、激しくゆき乃を求め、身体を合わせ、共に昇り詰めてようやく納得を繰り返す自分が居た。二人も子供がいるのに、時々異常かなと思えるときもあった。だが、互いが居なければその均衡が崩れてしまいそうだったから...
二人の間が安定してきたのは子供達が育ち、ゆき乃が母としてしっかりと自分の位置を確保しだしてからだったと思う。式をあげる前にゆき乃のお腹の中に子供が居ることに気が付いて、驚きと共に喜びが沸いてきた。
子供が出来る、父親になる、家族が増える...自分が手に入れられなかったもの、それがすべて自分の物になっていくのだ。結婚したその年に生まれた慎祐、3歳違いの娘、美織にも恵まれた。二人とも親の愛情をいっぱいに受けて育っていた。慎祐も今年中等部に入ったし、美織も小等部の4年生になる。それなのに、僕が時々子供達より母親にべったりで、離さないという我が儘な行動を取るぐらいで...それさえなければ、ごく普通の家庭に見えたかも知れない。

「慎祐ったら、今日も沙那美ちゃんを避けてるのよ。沙那美ちゃんは美織の所に遊びに来ただけなのに...」
「しょうがないな。慎祐の方だぞ?『沙那美ちゃんをお嫁に欲しい』って言いだして、力也に頭下げて婚約させてもらったのは。いくら6つや7つの子供の言うことでも、本気かそうでないかぐらいわかるさ。まあ、慎祐も13歳になるんだ。その当たりの気持ちの変化はわかる気がするがな...沙那美ちゃんはまだ10歳になったところだから、男の生理を理解しろと言っても無理だろう?」
「あなたも...そうだったのですか?」
「あ、まあ...ね。怒る?その時の話をしたら...」
「怒りませんけど...新崎さんが出てくるんでしょう?」
「知ってる、んだよな?ゆき乃も...」
「はい。今更そんなことを責めたりしませんわ。けれども慎祐は何を考えてるのでしょう?」
「今度二人で話を聞いてみるよ。どうしてもと言うなら、一旦婚約を破棄してもいいしな。」
「我が家では美織が相変わらずですしね...」


美織が3歳になったばかりの頃、九州の田舎にいた橘亮祐の息子啓祐を引き取ることを決意した。野本に調べさせたところ、父親に似て、頭はいいのに経済的な理由で進学を諦め、地元の企業に就職しようとしていた。大学進学の援助を申し出てると、彼は難関の試験を突破し、東京に出てきたのだった。
育ちも年齢も違うとはいえ、僕によく似た啓祐を一瞬疑いの目で見るものも多かった。母親の姓を名乗っていた彼に橘という父親の姓を名乗らせ、従兄弟だと言うことを強調し、今はもう誰もいなくなった橘の実家を継がせた。継がせたと言っても形だけで、宮之原と苑子の実家の会社の株を譲渡しただけだったが、啓祐はいつまでも疑いの目で僕を見ていた。一枚だけ残っていた父親の写真とうり二つの僕を憎しみの目で見ることをやめられなかったのだと言った。
『もしかしたら、君は僕の異母弟かもしれない。』
宮之原の血を継いでいないかも知れないという事実をバラされる覚悟で啓祐に真実を告げた。
その真実を告げたあと、啓祐はしばらく帰って来なかった。
屋敷に来た当初から懐いていた美織が泣き出して、それでも何日も帰ってこなかった。
啓祐にしてみれば、自分と母親の違う兄との差を思い、ねたみ、憎んだのだろう。何の助けもしてくれなかった父親への積年の恨みが暴発したのだ。それほど、辛い幼少時代を送ってきたのだ。母親も早くに亡くなり、父無し子と蔑まれ、成績を上げて、周りに壁をつくって自分のプライドを維持する以外に自分を守る方法はなかったのだ。
力也からこちらの詳しい事情を聞かされ、アイツの許容範囲でうさをはらした啓祐が帰ってきた頃には、ほんの少しだけ素直になっていたと思う。
「た、だいいま...」
照れくさそうに、怒ったような表情のまま戻ってきた啓祐に飛びついたのも美織だった。
「けーすけのばかぁ!みおりのそばにいるってやくそくしたのに!ないとになってくれるっていったじゃない!」
戯れに強請られて読み聞かせた童話の騎士のように側にいて護る約束をしたのだと。『子供には出来ない約束はしちゃけないよな?』そう言いながら美織を抱き上げて啓祐は謝っていた。


美織が、それからもずっと本気で啓祐を追いかけて、啓祐も逃げ切れず...いや、出会ったときから逃げれなかったと言っていたっけ?二人がいずれそうなるかもしれないだろうと、わかっていたのかも知れない。だから全ての真実を僕は公にはしなかった。
僕は宮之原の跡取りで、ゆき乃は元使用人の子。啓祐は母方の遠縁の従兄弟。皆が他人、それでいいと...
啓祐が医学部を受験し直して遺伝子学を研究しはじめたのは荒れた後だった。
やりたいようにさせた。宮之原の力を使って...だが、僕もゆき乃も結果が欲しかったんじゃなかった。啓祐もいずれそれがわかるだろう。
もし、僕とゆき乃が異母兄妹なら、美織も慎祐も生まれてはならない子になってしまう。
啓祐と僕が異母兄弟なら、美織と啓祐は叔父と姪、これも結婚は法律では許されていない。
啓祐がどこかで踏ん切りを付けたかったのもわかっていた。
だが、彼も結果を知るまえに美織を受け止めた。
心に嘘は付けないと、美織に降りかかった縁談を払いのけ、女性関係をすべて清算して、ようやく美織を正面から見たのだ。
僕もゆき乃も二人の恋を止めることも咎めることも出来ずにただ見ていた。側で見守っていただけだった。



結局、慎祐もすったもんだの挙げ句、沙那美ちゃんと結婚することになった。いったん婚約を破棄しながら...だ。
まだ20歳で学生結婚だけれども、沙那美ちゃんのお腹の中には慎祐の子供が居た。力也は激怒したけれども沙那美ちゃんの意志も強く、二人籍を入れ、そのあと年子を3人つくってしまった。
それも力也が「本当に子供が欲しくて作ったのか!?」なんて言うから、慎祐のヤツも沙那美ちゃんもムキになって...だけど二人言ったんだ。『子供は可愛い、いくら居てもいいんです。』と。
美織も負けじと啓祐に猛襲をかけてはいたが、なかなか相手にされなかったが、さすがに力也が自分の息子と結婚させようかと悪巧みをしたところ、見事に引っかかったというか観念したというか...
啓祐は美織を受け入れた。



全てが落ち着いた今、会社を慎祐に任せて、ゆっくりとあの館に戻ろうかとゆき乃と話している。
隠居するには早いけれども、あの館で、もう一度幸せをやり直したかった。
旅行に行ってもいい。なにか人が喜ぶ事業を始めてもいい。
二人で...ゆき乃とした約束。

あの館にいつか帰ろう、と...
二人の育ったあの館で、幸せになろう。
ゆき乃のお母さんの分も。
僕の母の分も。
父の分も...
いつか言ったよね?
『長く夫婦で居るとお互いが空気のような存在になるっていうじゃないか?僕たちもはやく一足飛びにそうなれないかなんて、切実に願ってしまうよ。』
って...あの時は一生結ばれることはないから、兄妹としてずっと側に居ようと思っていたからそう口にしたんだけれども、空気のような存在には成れなかった。互いが今でも大事で、いくら歳をとっても抱きたいのが妻であるゆき乃だけなのは間違いない。
激しい営みが出来なくなっても、あふれ出るいとおしさは欲望の固まりになって噴出するんだ。ゆっくりと繋がり、ゆっくりと昇りつめる。その分長い快感を手に入れるだろう。
もっと歳をとっても、腕の中に抱きしめながら眠りたい。
そうして歳を取っていこう。
誰も真実を知らないまま、二人して眠りにつこう。
愛しているよ、ゆき乃。

僕の...


恭祐〜終焉〜

      

恭祐視点のラストです。
少しははっきりしてきたでしょうか?
これで本当に終わります。
最後までお付き合い頂いてありがとうございます。
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