風花〜かざはな〜

34
〜恭祐・回想3〜

すぐにでも帰りたかったけれども、後一つ受験が残っていたので帰れなかった。
2日後、館に帰ってもなかなかゆき乃の姿は見つけられない。
試験中なのは判っていた。だけど試験が終わっても、姿を見つけてもすぐに逃げ出してしまう。
避けられている?まさか……
僕はその姿を目で追うしかなかった。
ゆき乃が僕を嫌いになるなんて考えられなかった。だけどあの悲しそうな瞳は何を考えてるのだろう?
側に来て欲しい。ゆき乃の存在で僕をなだめて欲しかった。
そして、あの手紙の真偽を問いただしたかった。このままゆき乃を失うわけにはいかない。もう、兄の振りなどしていられないのだから……

「ゆき乃、お茶を頼むよ。昨日みたいに、他のものに来させたりしないで。いいね、これは……命令だから」
強い口調でそう言った。昨日はお茶を頼んでも他のメイドに持って来させたりしたから。
夜、やっとゆき乃本人が来てくれたのですぐにソファに座らせた。
「この手紙の意味なんだけれども、ゆき乃の本心なの?」
「はい……」
僕はあの手紙を差し出した。ゆき乃はそれをちらりと見ると顔を伏せたまま頷いた。
「僕は言ったよね、本気だって。なのに、なぜ?妹だって?兄としてだって?そんな想いじゃないと僕は言ったはずだ!」
ついつい声が大きくなってしまう。いつも穏やかな僕からは想像できなかったのだろう、ゆき乃がびくりと震えるのが判った。
「使用人とか、身分とか、そんなものに関係なく、ゆき乃が好きだと、幸せにするからと言っただろう?ゆき乃も応えてくれたはずだ。なのにこれからもずっと使用人として仕えるというのか?ゆき乃も僕のことが好きだと言ったじゃないか?!」
「あ、わたしは……恭祐様を兄のようにお慕いしています」
繰り返される言葉、僕は声を荒げて叫んだ。
「僕はっ……ゆき乃を妹だなんて思っていない!!」
ゆき乃の肩を強く掴んで揺すぶり、問いただした。違うだろう?ゆき乃も僕のことを……
自惚れなんかじゃないはずだ。なのにゆき乃は僕の気持ちを錯覚だと言う。自分は使用人だと繰り返す。
違う、そんなコトはない。昔は妹のように可愛いと思っていた。だけど、それが肉親に対するものとはまた違う独占欲を帯びていることにも気付いていた。そして力也の出現ではっきりと自覚した。ゆき乃を誰にも渡したくないと。綾女を抱いた時にも何度も思った。抱きたいのはゆき乃、欲しいのはゆき乃だけで、他に誰もいらないと。
ゆき乃をきつく抱きしめる。
ゆき乃が居たから、だからこれまでやってこれたのにと。ゆき乃も僕が居たから笑って来れたと言ってくれた。では、なぜ?やはり力也のせいなのか?いやだ、アイツにも渡したくない。
どれほどこの身体を求めてきたかと吐露する。それは身内に対する思いでなく、我慢を重ねてきたことも、欲望のためだけでなかったと告げる。そして抱きしめたその手をゆき乃の身体に這わせていった。
無理矢理にはしたくなかった。それをすれば父と同じだから……
「ゆき乃も同じ気持ちで居てくれるなら……いつでも僕のものに出来るって思っていたよ。上京してきたら帰るまで離さないし、館に帰ってきても、遠慮するつもりはなかった。約束はしたけれども、本当はゆき乃をその気にさせて全部貰ってしまうつもりだったんだよ?少しぐらい嫌がっても、もう遠慮するつもりはなかった。なのにあの気抜けするような手紙だ……一瞬目を疑ったよ。ゆき乃の気持ちは、僕が一番よくわかってるはずなのに、あんな、手紙……」
「あの通りです。わたしは恭祐様を兄のように……」
「兄なんかじゃない!!僕はゆき乃を愛してる。誰よりも大切な存在だ。誰よりも……」
そんな言葉を繰り返さないでくれ、兄?妹?違う、ゆき乃は僕にとってもう、たった一人の愛しい女性なんだ!!
「わたしは兄として恭祐様を……んっ!!」
僕はもう溜まらずにゆき乃をソファに押しつけて唇をふさぎ、逃げれなくした。もう、そんな言葉聞きたくない。
キスを深めてもう何も考えられなくさせてやりたかった。上あごから歯列を舌で掠め、ゆき乃の舌先を捕らえて絡め取り、吸い付き、思う存分蹂躙した。次第にゆき乃の身体から力が抜けていくのが判った。
「ううっ……ふぐっ……うぇ……えっ……」
くぐもった口中からゆき乃の嗚咽が響いてきた。
そんなに嫌なのか?僕は唇を離し、ゆき乃の身体を起こしてゆっくりと抱きしめなおした。
「ごめん……ゆき乃、ごめん。そんなに僕が嫌なの……?」
背中をそっと撫でて聞くとゆき乃は首を振った。
「それとも身分が違うとか、そんなコト考えてる?」
再び首を振る。一体何がダメなんだ??
「言えないなら、このままゆき乃を僕のものにしてしまうよ?身分だとかそんなものに捕らわれ、悩む間もないほど愛してあげる。何もかも判らなくなるくらい……」
再びソファに押し倒してゆき乃の着ていたメイド服のエプロンを緩める。ファスナーを降ろしていく。ゆき乃の素肌を早く見たくって、焦る手で素早く脱がしていく。
もう止まらなかった……
「ゆき乃っ、」
「ダ、ダメです、恭祐様……」
「もう、いくらダメだって言ってもやめないから……ゆき乃……」
胸に口づけてゆき乃のスカートの中に手を潜り込ませて下着に手をかける。
何をこんなに焦ってるんだ?僕は、もっとゆき乃を大事にするんじゃなかったのか?だけど、今のゆき乃の態度はおかしかった。もしかしたらもう二度と側に近寄ってこないつもりのような、そんな拒絶すら伺える。だけど、それじゃダメなんだ。早く、ゆき乃を自分のモノにしたい焦燥感に捕らわれて、僕はゆき乃を犯していく……
これじゃ父のやってることと変わらない。なのに止まらない、止まれない。
でも、ゆき乃の身体は言葉とは裏腹に僕を嫌がっていないと思えたんだ。
「本当にやめてください、ダメなんです……わたしは……わたし達は……」
「やめられないんだ、ゆき乃が欲しい」
僕は下着の隙間から、ゆき乃の脚の付け根に指を潜り込ませた。すでにそこは熱く泥濘み、くちゅりと卑猥な音を立てて僕を一気に興奮させた。
「あっ……」
愛している、おまえが欲しいと何度も囁く。
なのにゆき乃はイケナイを繰り返す。
「なぜ?こんなにも好きあってるのに?ゆき乃だって、ココ……こんなに僕を求めてる、違うのかい?」
「わたし達はダメなんです……」
「なにを言ってるんだ?」
「わたし達は……愛し合ってはいけないんです!!」
ぽろぽろと涙を溢れさせるゆき乃の嗚咽は止まらなかった。さすがにゆき乃の中に忍ばせた指を止め、そっと抜いた。
性急すぎたであろう行為を悔やんだ。だけど、何でそんなにダメを繰り返すんだ?
「わたし達は……血が繋がっているかもしれない……だから、ダメなんです!!」
血が?繋がってる?何を言い出すんだ?
「……ま、まさか?何を、冗談……」
「本当なんです……わたしたちは……血が繋がっているかも知れないんです」
「嘘だ……」
「そう言われました。そして……お館様が、今までわたしにお手をつけられなかったのが、なによりの証拠……」
血の気が引いていく気がした。顔も強張って唇もまともに動いていない気がした。
「嘘だろう?ゆき乃……」
ゆき乃が、本当に僕の、妹だとでも言うのか?
嘘だ!
では、ゆき乃は、以前からそれを知っていたと言うのか?
「わたしの、父親が誰かなんて、知らなかった。知りたくもなかった……だけど、お館様は、母を……抱いたと……わたしが、ご自分の子だと…….」
「そんなっ、だからといってゆき乃が自分の娘とは限らないじゃないかっ!父には山ほど女がいる。だが、未だに僕に異母兄弟が居るとも聞いたことはないぞ?!」
そうなんだ、不思議なことに、僕にはそんなモノ居なかったはずだ。
「奥様に見つかって、しばらく通わない間にわたしが生まれ、母が亡くなったと……計算が合うと……お館様は確信されてるようでした」
「そんな……ゆき乃が……父の子……僕の異母妹……」
「そうでなければ……お館様は、あ、わたしを……もう、とっくに、手に入れていると……母によく似たわたしを……」
聞いたことがある。ゆき乃の母は昔館で働いていたと。今のゆき乃によく似て、儚げで美しい人だったと。父がその女性を手籠めにしてそれが原因で出て行ってしまったと。
だけど、じゃあ、僕たちは……
「嘘だ……そんな……」
「だから、ゆき乃は……恭祐様を、兄のようにしか愛せないのです……」
「そんなっ、無理だ!今更ゆき乃を妹のように思えだなんて……そんなの無理だ!」
心も、身体も、全部ゆき乃を女性として愛してるんだ!求めているのは妹なんかじゃない、ゆき乃は、僕のすべてで……ゆき乃が居たから僕は今までやってこれたんだ。ゆき乃を一生側に置いておきたくて、僕は、それだけを願って……
「ゆき乃が欲しくて、欲しくて……その気持ちを必死で押さえてきた。そして……知ってしまったんだ。ゆき乃の唇の甘さ……胸元からのぞく肌の白さも、胸の柔らかさも、ゆき乃の中の熱い泥濘も……僕は、もう、何度も、何度も夢の中でゆき乃を抱いている。何度も僕は……想像の中でゆき乃を汚して、ゆき乃を……っくそっおおおおおっ!!!!!!」
僕は目の前にあったカップをテーブルから払い落とした。激しく音を立てて割れて散らばるのを聞きながらテーブルに突っ伏した。
こんな醜い顔はゆき乃にも誰にも見せたくなかった。恐ろしく歪められているだろう表情、そして熱くなる目頭、鼻の奥がつんと痛んで、嫌な感じがした。
「嘘だと言ってくれ……僕は、ゆき乃を……女性として愛してるんだ……なのに今更どうやって?どうやって思い直せと言うんだ???」
「お許し下さい…….ゆき乃は……ゆき乃もずっと、ずっと……言わずにいたかった。思うだけでも許されたかった」
それは、どういうことなの?
「1年前にそう告げられてから、辛かった。わたしにとって恭祐様はすべてでした。恭祐様に一生お仕えして、妙さんのようにこの館をお守りしていければいいと……いずれ迎えられる恭祐様の奥様にも、お邪魔にならないよう、影ながらお仕えできればそれでよかったんです。想いを口にするのもおこがましいほど、何も望まなかったのに……お側にいられるだけでよかったのに……血の繋がりなんて……そんなもの欲しくなかった。想っていられればそれでよかったのに……なのに、お館様は……」
1年もの間ゆき乃はその真実を知って苦しんだと言うのか?ゆき乃も僕と同じ気持ちだったと?
それを、まさか……
「父が何か言ったのか?娘なら、とでも?あの男なら考えつきそうなことだ。自分が手を出せなくても、娘だったら……自分が思うように使おうとするはずだ。女性を、性処理の道具としか思っていないような男だから……」
父に対する嫌悪感が沸き上がってくる。あの男のそう言うところが嫌いだった。子供の頃からどうしても好きになれなかった。
いつしか、物心着いた頃から、逆鱗に触れないようにたち振る舞っても、もう甘えたいとか好かれたい、可愛がられたいなどと言った希望は持てなかった。それほど、父は畏怖の存在であっても肉親の心情にはなれなかった。
「わたしは、ずっとこの館に居られれば……恭祐様のおそばに居られればよかったのに……せめて卒業するまでの間、想うことだけでも許されたかった……だから、心だけは、恭祐様のモノです。たとえこの身体がどうなっても……この館に居られなくなっても……」
ゆき乃の身体が?嫌だ、ゆき乃が誰かのモノになるなんて、考えられない!たとえ、血のつながりがあっても嫌だった考えたくなかった。
ゆき乃の腕を強く掴んだ。このまま引き寄せたい!
でも……その手を離してゆき乃に背を向けた。
「一人にしてくれ……」
ようやく絞り出した声は低く掠れていた。
背中にゆき乃が出て行く気配がした。



志望大学には合格していた。
だけど高揚感も、夢も、希望も全くなかった。
ゆき乃は異母妹、愛してはダメだなんて……僕のこの気持ちはどうすればいいのだろう?行き場のない激しい思いはどうすればいい?
だけど、アイツにだけは言って置かなければならないことがあった。
藤沢力也に、恥を忍んで頼みたいことがあった。だから卒業式の後、自らら力也に会いに行った。

「何だよ、呼び出したりして……そろそろ東京へ行くんだろう?」
「ああ、その前に話しておきたくてね」
「なんだよ、自分がいない間手出すなとか、そう言うのか?」
「藤沢……ゆき乃を頼む。守ってくれ」
「宮之原?それはどんな意味なのか聞いてもいいのか?」
「おまえの思うように解釈してもらっていいよ。僕はもう守ってやれないから……頼む」
僕は頭を下げた。ヤツはじっと僕の方を見据えたまましばらく動かなかった。
「じゃあ、俺なりの守り方でいいんだな」
「ああ」
藤沢の強い視線を見返す。
ゆき乃を無条件で愛することの出来る男、そして守り抜くことも、身体を重ねることも、将来の道を共に歩くことも出来る……
「わかった、約束する。ゆき乃はオレがまもる」
「ありがとう」
少ない言葉だったと思う。それ以上のことは僕も言えなかった。ヤツも判ってくれているようでそれ以上何も聞いてこなかった。
卑怯だけれども自分たちが血が繋がってるかもしれないという事実は告げることが出来なかった。そんなことをすればきっと力也は力づくでもゆき乃を手に入れるだろう。それは、まだ今の自分には受け入れることが出来なかったんだ。ゆき乃が他の男のモノに……自分のモノに出来ない上にそんな事実、気がおかしくなってしまうだけだったから。


大学が始まりあわただしい生活が続く。その間は忘れていられた。だけど、夜部屋に戻ると思い出してしまう。
ゆき乃を……この部屋で、このベッドでゆき乃を抱きしめて眠った夜のことを。
何度か妙が様子を見に来てくれていた。誰かこちらでメイドを雇うかとも言われたけれども、一人になりたかったから断った。食事は出掛ければよかったし、洗濯物はクリーニングに出せばよかったから。
季節は夏に向かっていた。
こんなに離れていて、その時間が虚しくて、やはり直ぐ近くにゆき乃の存在が欲しかった。平気な振りをしても、心は乱れ、耐えられなくなってきていた。
僕の中でゆき乃は妹にはならない。いくらそう思わなければと思っても思いは消えない。毎夜、異母妹であるはずのゆき乃に欲情する自分の身体が惨めだった。
食事もそこそこに、夜毎酒場に入り浸る日が増えた。
女はいくらでも寄ってきた。僕が誰かなんて知らなくても、僕が酔ってるのを見て、すり寄ってきては僕を誘う。
片っ端から抱いた。同じ女は二度とは抱かない。面倒だから。
酒場を替えて、付いて来る女を部屋に引き込みベッドに押し倒す。安物の香水の香りがゆき乃の匂いを消していく。
それでいいんだ。妹に欲情する兄なんておかしすぎる。
だけど、だれを抱いてもゆき乃になってしまう。心も体もゆき乃を求めることをやめてはくれない。どれほどあがいても、どれほど他の女を抱いても……

「はぁん、いいわぁ……もっとぉ、突いてよぉ!!ああ、イイ、イクぅ〜〜!!」
その夜の相手も男好きのする女だった。気軽にベッドに入って僕の上に乗って好きなだけ腰を振っていた。僕も少し冷めた感覚で腰を突き動かす。
女なんて、抱けば同じなのか?ゆき乃もこうやって力也に抱かれるのか?もしかして、もう既に抱かれているのか?女性関係ではそこそこの経験を誇っていたヤツが手を出さずに居るはずがない……
そう思うだけで高ぶり押さえられなかった。女の身体をひっくり返してベッドにうつぶせに押さえつけ、背後から乱暴に猛る自身を押し込み、冷めた熱情で激しく揺さぶった。
「あぁん、イイわぁ、そんな、激しいのぉ、たまんなぁい、また……いっちゃう……ああぁ……っ!!」
そこをヒクつかせて、女が搾り取ろうと締め付けてくる。
くそ、くそ、くそ!
「あうっ、ぐっ……はっ、ダメ、もう、またっ、ああ……死んじゃうっ!!」
最奥まで突き上げて、女を壊しかねない勢いで下半身を押しつけると、女は背中を反らせたあと身体を震わせながら強く締め付た。
限界まで張りつめたソレを引き抜いて女の背中にすべて吐き出す。
女ががくりと意識を手放したその隣に倒れ込むように身体をベッドに横たえた。
だるい倦怠感。
いくら欲望を吐き出しても、イケるのは身体だけで、心はちっともイケなかった。
「ゆき乃……」
虚しくて、苦しくて、胸をかきむしる。
気を失ってびくりとも動かない女の横で、僕は知らぬ間に涙を流しながら眠りについていた。

      

恭さま、また支持者減らないでしょうか?