風花〜かざはな〜

24

大学生活は順調だった。
わたしがどこの誰とか、そんなものには関係なく話しかけてくれる友人達。わたしという人格を認めて貰えるうれしさ。
付き合って欲しいみたいな申し出もあるけれども、それは丁重にお断りしている。大抵は恭祐様と一緒にいると何も言われなくて済む。恭祐様も同じだと言って、時間が合えば二人で居ることも多かった。
恭祐様はわたしのことを『身内の者』と紹介してくれていた。あえて異母妹と限定した言い方は避けて……雇用者としてでもなく、ただ、身内の者と。だから周りは勝手に遠縁だと思っているらしかった。
恭祐様も、学生でありながらはじめた仕事が軌道に乗って、大学にばかり出ていられないようだし、わたしもまず生活に慣れるのが必死だった。恭祐様の情報で、お館様が近くにいらっしゃるときはなるべく恭祐様の部屋で過ごした。たとえ恭祐様がお留守だったとしても、だ。
いつでも他人が自分のテリトリーに入ってこられるという恐怖は、鍵が付いていても家としての役割を果たさないものだということに気がついた。あんな小さな屋根裏部屋でも、誰かが無理矢理入ってくるなんて考えられなかっただけでも、一つの砦だったのだ。だけど、今回自分の部屋として与えられたアパートには、自分を違うものとして扱う違和感があった。エレガントだけれども男性を意識した下着、寝間着、洋服……すべてが男性を誘う様な大人びた女性のモノ。今まで飾り気のない実用的な下着や制服以外身に着けたことのないわたしにはとても恥ずかしくって袖すら通せなかった。仕方なく恭祐様が連れて行ってくださったお店で数点、今のわたしに違和感のないシンプルな下着や洋服を揃えて恭祐様の部屋に置かせて頂いた。
毎日、自分と恭祐様の為に使える時間があって、利害関係のない友人が出来て、誰かに使われるのでもない、自由な自分が居た。
このまま、お館様の支配下から出て行けるんじゃないのかと、そう思えるほどの幸せな日々。
でも……わたしは恭祐様ほど未来や夢を信じては居なかった。こんなに幸せなのも今のうちだけ、きっといつかこの幸せはわたしの手のひらからこぼれ落ちていく。
         それでも構わない。
だってわたしには、無くして困るものなんて、恭祐様以外ないと今なら思えるから……

二人きりの夜は、自然と二人で身体を寄せ合うコトが多かった。眠れなくても、熱いからだが収まらなくても、幸せだと思えてしまうから……わたしも最初は触れあえる幸せ、側にいられる安心感で満足していた。
だけど……
たまに、わたしの背中を撫でる恭祐様の指先に切ないほど性的な動きを感じたり、それにわたしが敏感に感じてしまったとしても、お互いの身体にそれ以上触れることは避けていた。恭祐様の押しつけられる下半身の熱いモノが納まらないほどどうしようも無くなってしまう時は、恭祐様が耳元で『ごめん』と謝って、バスルームに向かわれる。
わたし自身も、まだ交わりは経験がないというのに、身体は快感を覚えているみたいで、恭祐様の情熱を知らされるたびに、触れられる指先が蠢くたびに、下着を濡らしてしうほどのもどかしい疼きに耐えながら、夜を過ごしていた。
あまりに辛いのが判ると別々で寝ようとお互いに言い出してそれぞれの部屋に帰ったり、恭祐様の部屋にある客室のベットを使ったりしても、その間の寂しさに、また互いの温もりを求め合ってしまうのだ。
その繰り返し……

いつまで耐えられるのか、これほど苦しくて、甘くて、切ない幸せな夜は……
目が覚めたときに目の前の存在と身体を包む暖かさに安堵する。いつか、消えてなくなるかもしれない予感。
同じ父親でなければ、すぐにでも身体を繋げてしまいたいという思いは消えず、日に日に辛さが増していく。
なのに離れられない螺旋の渦に取り込まれたように、二人、このまま堕ちて行ければどれだけ楽だろうか?

どれほど、互いにそれを求めているのだろう……



「だから、ココは大丈夫だって俺が言ってるんだ!」
たまに尋ねてくる力也くん。今では一晩中でも議論を交わしあう仲だった。
「しかし、この会社の屋台骨は意外ともろいぞ?バックボーンもなしにアイデアだけでどこまでやっていけるか……」
「俺らがそのバックボーンになってやればいいだろう?これからのびるのはこういったアイデアとやる気のある若い会社だ!」
「信用という言葉は一日二日で作れるものじゃない。それなりに歴史も必要だ」
「ったくあいかわらず堅いな……だけどっ!」
「わかった。じゃあ、力也、オマエを信じよう。それならうちも30%の出資を飲むよ」
「ほんとか?じゃあ、うちも30%、あとはあいつらも自力で出すって言ってるから……」
こんな経営の話しなども遅くまで恭祐様の部屋で繰り返されてきた。
わたしは温かな食事を用意して、彼らを迎え、自分の意志で動き、自分で判断して、自分と自分の周りの大切な人のために動いた。それがどれほど幸せでやりがいのあることか……
そのうえ恭祐様の元で経営の勉強もさせて貰っている。恭祐様の元に集まってくる人達。彼に付いていこうと思わせ、そして付いてきて欲しいと思わせる人たちが、自然と出入りする。
この部屋は住居であって、事務所でもあった。
時折知り合いが転がり込んできて、客間のベッドやソファを占領されて、その度にわたしは恭祐様の部屋に向かう。
知らない人からすれば同棲しているようにも見えるのだろう。だけどもそんな噂を広げられないので、やはり身内だと公言している。それでも側にいれば想い合っているのは判ってしまうらしい。だから、こうしてたまに二人で同じベッドに眠っても、何もしていないのを知ると思いっきり呆れられる。
特に力也くん。
たまにふらっと来て居座ったり、突然来て用件を済まして急に帰ったり……
今では一番信用の置けるビジネスパートナーでもある。

「ふうん、恭祐の奴、まだ手出してないのか?信じられねえ……いくら異母兄妹でも、こうやって同じ屋根の下で一緒にいて抱き合って眠るだけってか?俺なら1時間も耐えらんねえぞ?なんなら、ゆき乃、今晩試してみるか?」
「おい……力也っ!」
それを聞いて恭祐様が子どものように表情を曇らせる。力也くんも判っていてわたしを引き寄せたりするから……
事情を知っている力也くんの前でだけ見せる表情。恭祐様がそれほど信用して頼りにしている証拠だった。
「あはは、冗談だよ。ったく、オマエらには……負けるよ」
力也くんの苦笑も、最後には恭祐様に向けられる。恭祐様も苦笑いを返す。

「なあ、今夜は泊まっていくだろう?」
「ああ、もう遅いしそうさせてもらうよ」
「じゃあ、久々に飲み明かすか?今夜は負けないよ」
「こっちこそ!」
二人は飲み明かす気らしくって、わたしには先に休むように言った。
こうやって二人で飲み明かし、語り明かしてそのまま居間のソファで寝てしまうことがあった。
そんな日は、わたしは一人で客間のベッドで休む。ほとんど一緒に暮らしていて、恭祐様の温もりで眠るのに慣れたわたしにとって、少し寂しい時間。二人が遅くまで話す声が聞こえてくる。
不思議だ。あれほど敵対していたのに、今では……
わたしにとっても力也くんは信用できる人になっていた。


「おはようございます。コーヒー煎ってますよ。飲まれますか?」
「ああ、貰うよ。力也は、まだ起きそうにないな……」
濡れた前髪をタオルで拭きながら、ワイシャツの前のボタンをとめないままのスラックス姿で、恭祐様がキッチンに入ってこられた。さすがに昨夜はかなり飲まれたようで、起きられてすぐにシャワーを浴びられる音がしていて、どっちかなと思っていたらやはり恭祐様の方だった。
「昨日はゆき乃が腕の中に居なかったので寂しかったよ」
そう言って、髪にそっとキスして、そのまま後ろからそっと抱きしめてくださった。
「恭祐様ったら」
「少し飲み過ぎたよ……」
「そのようですね。力也くんが来るといつもですわ」
「ああ……アイツは信用できるやつだ。ゆき乃を守るという目的では絶対に道を違えない。だけど……力也となら、ゆき乃はもっと楽になれるのにな。アイツにならゆき乃を任せられる。おまえがその気になったらいつでもアイツの所に行けばいい……」
「何を……急に?恭祐様?」
ぎゅうっと、わたしに回された腕に力が入り、わたしの頬に湿ったタオルが触れる。
「誰にも渡したくない……だけど、もしゆき乃がその方がいいなら、力也だったら……」
「そんなこと、言わないでください……わたしは今のままで十分幸せです。だから……」
「このまま……そうだね、ゆき乃の心は僕のモノなのにね。だけど時々気が狂いそうになるんだ。思いと裏腹に暴走しそうになる。もし、ゆき乃が力也を受け入れたらなんて考えると、身体が暴走してしまうんだ」
背中に熱い塊が押し当てられる。
「え……?」
「力也を飲み潰してしまっても、不安でしょうがないんだ。もし、力也がゆき乃の部屋に行ってゆき乃を抱いてしまえば、ゆき乃はそのまま力也のモノになってしまわないだろうかと。けれども、ゆき乃も僕と同じこんな思いしているのだったら……いっそのこと、その方が何もかも上手く回ると考えたりもするんだよ」
「まさか、そんなこと……力也くんはしたりしないわ」
「ああ、アイツは信用できる奴だよ。だけど、力也は今でもゆき乃を思っている」
「力也くんがそう言ったの?」
「ああ、アイツも昨日はかなり飲んだからな。なぜ、抱かないのかと言われたよ。愛しているなら、たとえ血が繋がっていても抱いてしまえと。でないと……『オレも諦めきれない』と」
「そんな……」
「僕だって、血の繋がりさえなければ……」
「恭祐様……っあ……」
いつもならそこまでしない、回した手がわたしの身体をまさぐる。頬を這っていった指先は首筋を伝い、鎖骨を撫でた後ブラウスの下から脇腹を撫で、そのまま這い上がり下着の上から胸に触れた。反対の手はスカートをまくり上げ太股の外側を何度もさわさわと撫でつけ、内ももへ向かっていく。
「あっ……んっ……きょ、恭祐様……」
「いっそのこと、力也が言うように抱いてしまいたい……だけど、そうすれば身体は楽になっても、心はもっと辛くならないだろうか?」
「力也くんが、居間にいるのに……んんっ」
恭祐様の指先が、胸の先と脚の付け根の蕾にたどり着き下着の上から緩やかに撫で上げた。
「居なかったら、今時分ゆき乃を押し倒して……抱いてるよ……」
「ああ……恭祐様っ!」
身を捩ると押しつけられたモノがビクンと波打ったように跳ね上がるのが布越しに感じられた。
「必死で我慢しているのに、僕はそんなにも平然としているように見える?力也に、あんな風に言われて、僕の箍は飛んでしまいそうだったんだ。誰かが許してくれるなら、いっそのことって、そう思ってしまうほど、僕は……」
体中で感じていた……
久しぶりに触れられた敏感な部分は立ち上がり、愛撫に答え、下着を濡らしてしまいそうだった。
この身体は覚えている。昇らされた恭祐様の愛撫を、どこが感じるかということを……
自分で恐る恐る慰めたコトもある。でも怖くて、わずかに触れただけで終わってしまった。
その場所を今、愛する人が触れている。血の繋がりが判った以上、もう二度と触れて貰えないと思っていたのに……
浅ましい身体だと自分で思った。だけども、同時にもっと愛されたいと願ってしまった。
その時、バタンと、バスルームのドアが閉まり、力也くんがシャワーを浴びはじめたのが聞こえた。
恭祐様の手はわたしの身体から一度離れて、そしてもう一度強く抱きしめて、また離れた。
「しばらく、戻らないよ」
「え?」
わたしは振り向くと恭祐様はもういつもと同じ、少しだけ目を細めた微笑みでわたしを見ていた。
さっきまで……熱い情熱を押し当てていた恭祐様はもう居なかった。それがすごく寂しくて、感じてしまったわたしは……
「どこへ……どのくらい、ですか?」
掠れた声を必死に絞り出してそう聞いた。
「海外だよ。力也と一緒にワインの買い付けに行ってくる。現地の人間には任せられないし、今のまま待つだけの輸入じゃワインのよさは上流階級だけのモノになってしまう。既にいろんな銘柄、産地のワインが輸入されているが、日本人好みのワインを探そうって考えなんだ。既に何種類か取り寄せて用意させているらしいが、アイツだけじゃワインの質を判断しかねるらしい。それを頼みに来ていたんだ。しばらく離れて頭と身体を冷やしてくるよ」
そう言って、二人はその日の午後、旅立っていった。

煽られたままのわたしの身体と、心を残して……

      

恭祐だけでない、ゆき乃も辛かったんです…
力也も、判っていて言ってしまった台詞。
あの時ドア越しに力也が居たのも知らずに恭祐は…